（５９）

　翌日、検査入院していた亜美と翔子が昼過ぎに退院しセンターへ出勤した。
　皆から労いの言葉を掛けられていたが、二人とも気丈に振舞っている。
　洋子が、亜美と翔子に声を掛けた。

「亜美、翔子、ごめんなさい。元は、私が原因なのに・・・」
「何言ってるんですか。係長は、全く関係ありませんよ。」

　亜美の言葉に翔子も同調する。

「そうですよ。偶然アメリカに居ただけなんですから。」

　３人の会話を聞き、美津子が談話室に３人を誘った。
　部屋に入ると美津子が３人を座らせる。

「亜美さん、翔子さん、大変だったわね。そしてシンディも・・・」

　亜美と翔子が、美津子の言葉に初めて薄っすらと涙を浮かべた。
　美津子が、二人を見て話を始めた。

「あなた達は、知らないかな？・・・」
「・・・・・」
「私も、あなた達くらいの時に、数人の男達に犯されたことがあるのよ。」
「・・・！」
「あの時は、遠藤も一緒だったの。その主人の見ている目の前でね。・・・・・」
「・・・・・」
「その時は、荒尾常務に助けてもらったわ。でも、ショックで立ち直れないと思った。その時、主人が、私に交際を申し込んでくれたの。そんな事があった直後なのによ。」

　亜美と翔子、そして、洋子が、美津子の言わんとする真意を感じ取った。

「妻ながら・・・遠藤博は、凄い男よ。その男を信じてるからこそ、愛しているからこそ、言う前に察する事が出来た。私と主人はね、喋らなくても会話が出来るのよ。お互いの心を置いているから。」

　美津子の、その言葉に亜美の身体が奮えた。

「亜美さん、翔子さん、今回の事は確かにショックだと思う。でもね、所詮、人生の一瞬なのよ。貴女たちは、根が強い。今後の糧にするの。本物の男は、そんな事を気にしないわ。」
「・・・・・・・・み・・・・美津子課長・・・・」
「さぁーてと、貴女たち３人、今から荒尾常務を迎えに行くから一緒に来なさい。」
「え・・・」

　亜美が、躊躇いを見せる。

「亜美さん、来なさい。我がセンターの大先輩なのよ。それに、今回の事は、常務の耳に全て入っているわ。」
「・・・・は、はい。」

　そして、３人は、所長の遠藤、裕二、そして美津子と共に空港に向かった。
　６人が空港に到着すると、ちょうど康平を乗せた飛行機が着陸した所だった。

　しばらくして、ゲートをくぐりラインコースから荷物を取った康平が出迎えに来ていた遠藤ら６人に気がついた。
　康平は、荷物を担いで、皆の所に歩いていく。

「なんだ、来てくれたのか。」

　遠藤が、康平から荷物を受け取った。

「常務、大変、ご苦労様でした。」
「ああ、久しぶりの駆け引きに、俺も心臓が煽ったがな。」

　康平は、ふと見ると亜美も居る事に気がついた。
　あまりの変貌に気がつかないでいたのだ。

（！・・・亜美・・・・・・・お前・・・遂に化けたか・・・・）

　康平が遠藤を見た。
　遠藤が口元だけで康平に笑いを見せる・・・・
　康平は、遠藤の肩を叩いて歩き出した。

「みんな、お茶でも飲んでいこう。」

　６人は、康平に続き、ターミナル内にあるティーラウンジに入った。
　康平が、早速、話を始める。

「亜美、翔子君、美津子君から、既に話を聞いたと思うが今回の事で君らは成長をする。決して悲観する必要はない。」
「・・・・・」

　洋子が、恐る恐る康平に質問をした。

「常務・・私、前から不思議に思っていたんですが、何故、常務や遠藤所長は、そうやって起こった出来事が解るんですか。何故、相手を読めるんですか？」
「洋子君、誰でもそういう素質は持っている。もちろん君もだ。キッカケが必要だな。」
「・・・・キッカケ・・・」
「ああ。ま、焦る必要はない。こういう仕事をしていると、いつか、そういう機会はあるさ。そして、必ず身につく」
「・・・・」
「しかし、それを過信してはいけない。あくまで武器の一つだ。」
「・・・はぁ・・」
「そして、自由に出したり隠したりを出来ないといけない。何故ならば、相手に隙を与えてしまうからだ。今、センターでそれを自由に出来る人間は、所長の遠藤だけだ。まあ、だからセンター長なんだけどな。」
「・・・・・」
「ふっ・・・解るかな・・・」

　亜美、洋子、翔子の３人は、康平をじっと見つめていた。
　亜美もセンターに入ってから康平に仕事上の話を聞くのは初めてだった。

　３人は、いつも遠藤の冷静な行動や振る舞い、そして精悍さに加え威厳さへある事を常々思っていたにも関わらず康平は更にその上をいっている事を感じ取ったのだ。

　亜美は、つくづく、父、康平の能力に驚嘆を示した。
　それに気付く康平が、亜美から視線を外すと裕二に声を掛ける。

「香坂君、君も一つ成長したようだな。」

　裕二の心臓の鼓動が、瞬時に高めいた・・・・

「・・・え・・・そ、そうですか・・・」

「ああ。・・心を置く事が出来たようだ。・・君のフィアンセにな・・・ハハッ・・」

裕二、そして亜美は、康平の心理眼ともいえる、その才能にもはや恐れさへ感じ始めていた。
　康平は、たった、数分、それも一目で見抜いたからだ・・・
　どんな強面の表情や態度、言動で人を威圧しても本物には通用しない。
　それを感じ取り、読み取る力は、非常に難しい技術なのである。

「常務・・・お、恐れ入ります。」
「ところで、遠藤、センターからの派遣は誰になった。」

　遠藤が、美津子を見た後、康平に即答をした。

「美津子を行かせます。」
「！・・・何・・・・遠藤・・・・」
「いえ、常務、私が、冷静に判断した結果です。美津子も既に理解していたようです。課長級を派遣しないと相手も納得しませんし、うちの今後の成果にも影響が出ます。」
「・・・・・・そうか・・・・・・」

　康平は、隣に座る美津子を見つめた。

「美津子君・・」
「はい。」
「遠藤から聞いてると思うが、今後、太平洋が逆にマーベラスをターゲットにする。」
「はい。」
「美津子君、君の働き次第で、国内、いや、世界の企業界では、敵はいなくなる。俺は、決して安泰のために同調したのではない。これは太平洋が仕掛けた戦争だ。」
「十分、承知してます。」
「美津子君・・・・君は、凄い・・・・君がセンターに来た時のことを思い出すよ。ここまで・・・・ここまでになってくれるとは夢にも思わなかった。いままでの君の努力・・・そして、遠藤を思う君の気持ちに心から敬意を祓わせてくれ。」

　康平は、遠藤と美津子を交互に見ると、低く静かに語った。

「遠藤、美津子君・・・・お前らの愛・・・・絆は、本物だ。」

　その言葉に、遠藤と美津子が、無言で丁寧に頭を下げた。

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　康平をグループ本社に送ると、遠藤ら一向は、センターに戻った。

「あ、今帰ってきました。お待ちください。所長、グループ本社から、お電話です。」
「ああ。」

　遠藤が受話器を取り話を始めた。

「・・・そうですか。解りました。」

　ほんの数秒で電話を切る遠藤・・・

「香坂、マーベラスからの派遣職員が決まったらしい。」
「・・そうですか。」
「直ぐに、メールで送ってくるそうだ。」
「解りました。さっそく見ておきます。」

　遠藤が、全員に声を掛けた。

「さぁ、今日は、業務終了だ。帰っていいぞ。」

　遠藤の声に、センター員が席を立ち始めた。

　裕二が、洋子に声を掛けた。

「洋子、病院に行くんだろう？」
「ええ、明日、出られるみたいだから。」
「また、頼みたい事があると言っておいてくれ。」
「マーベラスからの派遣職員ね。」
「ああ。」
「解った。伝えておくわ。」
「頼む。」

　洋子は、急ぎ足で病院に向かった。

　亜美が、ロッカー室から出て裕二の傍によってきた。

「ね、裕二さん、今日、お父さんが家に来ないかって。」
「え！・・・ああ、是非・・」
「フフッ、行きましょ。」

　裕二は、気分を入れ替え、亜美と一緒にセンターを出た。

（６０）

「お、来たか。」

　亜美と裕二が、玄関に入ると康平が、ちょうど風呂から出て来たところだった。

「常務、お邪魔します。・・・先ほどはいいお話を聞かせていただきました。」
「なに・・いいさ・・・それより香坂君、君も風呂に入ったらどうだい？酒が美味いぞ。」
「え・・・はぁ・・・」
「裕二さん、入ってきたら。スッキリするわよ。」
「ああ、・・・・・じゃ、お言葉に甘えて・・・」
「何なら、亜美に背中でも流してもらったら・・・」
「い、いえ・・・それは・・・」

　裕二が、照れながら手を振っている。
　そして、亜美の平手が康平の背中を強打した。

「ででっ・・・・いいじゃないか、婚約者なんだし。」
「・・・・・・・・・・・・、お父さん達の前では、嫌よ。」

　亜美は、そう言うと先に居間に入っていった。
　居間では、礼子が料理を並べている最中だった。

「うわぁ、美味しそう。」
「あら、亜美・・・久しぶりね。」
「お母さん、専業主婦は慣れた？」
「フフッ・・・ま・あ・ね・・」

　礼子が、並べ終えたお盆を取り立ち上がった。
　そして、亜美に振り向く・・・

「？・・・！・・」
「どうしたの・・・・？」
「・・ん・・うぅん・・・何でも・・」
「・・・・・？」

　礼子は、久しぶりに見た亜美の変貌に驚きを隠せないでいたのだ。
　解ってはいたものの、これほど早く雰囲気が変わった亜美を見て礼子は、言葉が出なかった。

「・・・亜美、大変だったわね。お父さんから聞いたわ。」
「・・・ウン・・・でも、・・もう、何ともないわ。」
「そう・・・・・・亜美、貴女、ちょっと変わったわ。」
「・・・ぇ・・・」
「フフッ、ま、いいわ。それより、運ぶのを手伝って。」
「うん。」

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「乾杯っ！」

　４人は、グラスを合わせてビールを口につけた。

「ふぅぅー、美味い。・・・さ、香坂君、飲めよ。」
「はい。」

　亜美が裕二のグラスにビールを注ぐ。
　康平も一気に飲み干すと礼子からビールを注がれていた。

「ところで香坂君、今、何か亜美との間で感じてる事はないかい？」
「え・・・ど・・・どういう事ですか、常務・・・」

　隣りで礼子が、裕二の動揺に笑みを見せた。

「おい、おい、香坂君、ここでは常務というのはよせよ。君は婿になるんだぞ。」
「は・・はぁ・・・しかし・・。」
「遠慮しないでくれよ。」

　笑いながら言う康平に、裕二も、多少、落ち着きを取り戻した。

「で、今の質問だが、どうなのかな？」
「はい。・・・・上手く表現できないんですが、・・・つまり亜美の目を見ると不思議と考えている事が解るんです。反対に僕が亜美に目で訴えると、亜美が理解して・・・いや判断して先に言葉を発してくるんです。凄く不思議で・・・・。」

　礼子が康平を見てにこやかに笑った。
　康平も鼻の頭を擦りながら口元に笑いを見せる。

「この前、君らが結婚の報告に来た時、少々、ヒントらしき事を言ったが、まさか、こんな早く辿り着くとは思わなかったよ。互いに心を置いたな。」
「え・・・」
「んむ・・・まず、その証拠に亜美が変貌している。そして、亜美の香坂君を見る目が以前とは全く変化した。それは、逆に君にも言える事だがな。要するに、互いの根が生えてきたんだ。それは・・・・・・・・・。・・あ、いや、もう言わなくてもいいだろう。」
「・・・・？」
「いずれ君らが、それを、お互いに言葉で表現できるようになるさ。」
「・・・・」
「さ、今日は飲むぞっ。向こうでは、あまり飲めなかったからなぁ。」

　たった、それだけの言葉だったが裕二と亜美は、康平が言わんとする事が理解できた。
　亜美と裕二は、何かモヤモヤしていた心の中がスッキリした感じがしたのだ。

　裕二が、亜美の顔を見て、来て良かったというような笑みを見せると亜美も裕二を見て微笑み返す。
　康平と礼子は、その二人の姿を見て、更に笑みを深めていった。

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　３月中旬

　太平洋センターでは、母体である太平洋製鉄と併せて人事異動の内示が発表されていた。
　今回、中央管理センターでは、センター員の増員を考慮し担当課を増やす事になったのだ。
　担当配置異動と昇格を含めた発表をセンターの母体である太平洋製鉄本部長の東堂から受けていた。

「では、発表する。」
「遠藤所長は、センター長のままだが、本部部長職と同等昇格とする。」
「はい。」
「第一課長は、京本君が留任で管理・情報を担当してくれ。」
「はい。」
「第二課長に美津子君の後任として鏑木補佐が昇格、調査・分析を担当してくれ。」
「・・・ぇ・・・・・・は、はい。」
「第三課長は、野口君が留任で外交・業務を担当だ。」
「はい。」
「そして同じく課長職で、名称を特命課、専門官として西田補佐が昇格」
「は・・・・・はい。」
「それから補佐だが今後、係長兼務を取り単独とする。第一課、第二課を製鉄総務課から復帰する西郷係長」
「はい。」
「第三課と特命課の補佐に香坂係長が昇格、なお特命課には、係長職は置かない。」
「・・・・えぇっ・・・・・・・あ、・・はい。」
「鏑木シンディ洋子は、係長職留任だが、めでたく、お腹に子供がいるので、現場の業務係から調査に配置を替える。」
「はい。ありがとうございます。」
「外交係長に来栖慶子主任が昇格」
「はい。」
「管理係長に横山主任が昇格、分析係長に田口主任が昇格、情報係長に飯田主任が昇格、業務係長に香川主任が昇格、役職員は以上だ。今回は、ほとんどが、昇格人事だが、君達は、選ばれてセンターに所属している。言ってみれば同期連中より号俸も上だ。
　そういう意味では、責任を持ってもらいたい。遠藤所長を中心に太平洋グループを円滑に運業できるよう努力をしてくれ。後は、遠藤所長から指示を受けるよう。以上」

　一斉に頭を下げるセンター員・・・
　東堂は、遠藤の肩を叩いてセンターを後にした。

　亜美と翔子は、それぞれ、遠藤から口頭内辞で主任に昇格した。
　遠藤が、全員に訓示を始める。

「先程、東堂本部長から昇格を受けた者は、特に気を入れてくれ。他の出先と違いセンターの昇格は、それだけ責任と量が増える。新年度から今まで兼務していた係長職も単独になる。それだけセンターの業務を細分化し更に任務拡大を図れという意味だ。」
「はいっ！」
「頑張っていこう。・・・よし、解散だ。」

　センター員が、一斉に散らばり各担当員がミーティングに入っていく。
　事務の引継ぎや説明を終わる頃には、既に終業を迎えていた。

　裕二と亜美は、センターを一緒に出た。

「裕二さん、昇格おめでとう。」
「ああ、でも、西田補佐の説明を聞いてビックリだぜ。実質、特命課は、西田補佐・・いや西田課長と俺を含めた数人だ。でもって俺は、三課も担当だからな。」
「それだけ、裕二さんに期待が掛かってるのよ。」
「ああ・・・しかし、更にマーベラスから来る派遣社員も受け持つしな。・・・シンドイぜ。」

　笑って裕二を見る亜美が、甘えた声で囁く・・・

「・・・・・・ね、もう身体も大丈夫だし・・・今日、裕二さんの家に行こうかな？」
「え・・・何っ、本当か？・・・よぉーし、飯は、家で食おう。」
「うん。」

　二人は、はしゃぎながら帰途を急いだ。