１．温泉旅行

　生温かいそよ風が頬をかすめ、小鳥のさえずりがピヨピヨと聞こえる、柔らかい日差しが心地よい。
　世間に注目される事もない中堅会社、丸友商事に勤める佐山達夫は、昨日、唯一の部下である小田健二と共に出張し、今年の夏に向けての大豆の商談をまとめ上げた。
　達夫は、４０才の手前になって、やっと部下が付き、自分の責任で仕事をさせてもらえるようになっていた。
　帰りの途中、健二の希望で、熱海の温泉で休息をとることにした。
　予定より三日も早く解決したため、ゆっくりして行こうというのである。
　一泊した、小春日和の朝。
「何か、好いことありませんかねぇ」
　在り来たりな問い掛けをする健二。
（商談がまとまったばかりだ、そうそう良いことばかりあるはずない）
「良い天気じゃないか。知らない土地で、ぼんやりとした休息にはもってこいだろ」
　気のない返事を返す達夫。
「そんなことじゃなくて・・・艶いろあるでしょう」
　思わせぶりな健二。
「なんだ、女が欲しいのか。デカイ観光地だ、探せばあるだろう付き合おうか」
　満更でもない達夫、女には自信がある。
「いや、いや。そんなんじゃなくて、行きずりの恋ってのが好いんですがね」
　と思いを漏らす健二。

　大金持ちというほどでもないが、先代の不動産事業の成功で、立派な門構えの屋敷と、お手伝いを雇っても苦にならない資金を確保している西崎家。
　美加は、嫁いでから約１０年。
　どこにでもあるサラリーマン家庭に生まれ、看護婦免許を取得し市内でも屈しの病院に勤めていたが、類稀な美貌に恵まれた美加は、交通事故で足を骨折して入院して来た、当時青年実業家の西崎耕二に見初められ結婚した。
　何不自由のない生活を保障され、夫の耕二に尽くし、主婦業に専念した。
　子供にも恵まれ、８才の娘と共に理想的な良妻賢母であっるが、何か物足りない、平凡な日々を送っていた。
　先日、美加にとって小学生時分からの唯一人の旧友から、温泉旅行の誘いがあった。
　どちらかといえば出不精の美加は、断ろうとしたが強引な説得に熱海旅行を同意していた。
「どうしたの、楽しくないの。たまには羽をのばして人生楽しまなきゃだめよ、・・・・どう言って出てきたの」
　文子の屈託のない声。
「旅行に行くとだけ」
　不思議そうに答える美加。
「まぁ、いいわねぇ。私なんか疑われちゃってるから同窓会ってことになってるわ」
「そうなの？・・・・熱海には、何時ぐらいに着くのかしら」
「３時ぐらいに着けるわ、温泉に浸かって、夕食食べたら出かけましょうよ」
「出かけるって、どういうこと」
「いや〜ねぇ〜、旅館に入り浸りじゃ楽しくないでしょ。アバンチュールしなきゃ、ネ解るでしょ」
　思わせぶりな文子。
「まぁ、何か予定でもあるの」
　不信そうにいう美加。
「予定なんてないわよ、それが良いんじゃない」

　達夫と健二は、暇な一日を過ごし、ちょっと豪華に飲もうと小奇麗ないで立ちのラウンジに足を運んだ。
「佐山さん、どうですその店、いい雰囲気してるじゃないですか」
　やっと見つけた思いどおりの店構えに満足していう健二。
（何処もそうかわらんだろ）
「そうだなっ」
　あい変わらず気合のない返事をする達夫。
　ドアを開けると、中は意外と広く椅子もほぼ埋まって賑わっている。
　何処かのスナックの有線と違い、落ち着いたＢＧＭが耳に心地よく、好い雰囲気を醸しだしている。
「うぅ〜ん、やっぱり好い店じゃないですか」
　と、空いたテーブルに向かう健二。
「いらっしゃいませ」
　二十歳前後の垢抜けした女が、お絞りを運んで来る。
　丁寧な扱いで、一人づつお絞りを渡す。
「何になさいます」
「そうだな、ビールといきたいところだが、お店に合わせてバーボンでも卸してもらおうか」
　気やいの入った注文をする達夫。
「佐山さん、そんなに飲めませんよ」
　心配そうに健二。
「いいじゃないか、気に入った店だろ明日も来れば・・」
「そうゆう事なら、ＯＫですよ」
　納得顔の健二。
「水割りにしましょうか」
　二人の世話をする女。
「いやっ、二人ともロックで、別に氷水もらえれば」
　達夫の趣味を知った健二がいう。
　・・・・・
　３０分も経ったころ、二人の女が入口の扉を開ける。
「どうかしら、このお店・・・まあっ、いっぱいだわ」
「すいません、今日はいっぱいで・・・・」
　すかさず、店員が歩み寄る。
　美加を見た健二、達夫に相談もなく声を発する。
「おねえさん、良ければ合い席いけますよ」
「合い席でも、よろしいですか」
「いいですよ」
　アバンチュール目的の文子、こだわりなく了解してしまう。
「文子さん・・」
　戸惑いを隠せない美加。
「それじゃ、こちらにどうぞ」

「小田、勝手になんだ」
　美加たち二人を見ていない、不満な達夫。
「佐山さんに、よろこんでもらおうと思ってですよ」
　にやついた顔の健二。

「すみません、ありがとうこざいます」
　文子が、声を掛けた若い健二の横に座る。
「どうも、失礼します」
　美加、仕方なく達夫の横へ。
「僕たち、仕事の出張帰りなんです。私は、小田。先輩は佐山です。お名前聞かせてくださいよ」
　よくしゃべる健二、あっけにとられている達夫。
「私は、文子。それに美加さん。・・下の名前でお呼びしたいけど、どうかしら」
　健二に負けずよくしゃべる文子。
「それは失礼、僕は健二です。先輩は、・・・・」
「達夫です、よろしく」
　タイミングだけは、外さず答える達夫。
　・・・・・
　・・・・・
　・・・・・
　文子と健二は、意気投合し５分程前に二人して席を立ってしまった。
「美加、がんばって」
　と文子は、一言残して出でいってしまった。
「どういう、仲間ですか。美加さん」
　沈黙をさけて、達夫。
「小さい頃からの、友達です」
「というと、同窓会か何かですか」
「プライベートな旅行です。ちょっとした息抜きかしら」
　・・・・・
　・・・・・
「そろそろ、出ますか」
　と達夫。
「ええ」
　遠慮がちながら、意思をもって答える美加。

　精算を済ませた、達夫。美加を連れて暗い路地を歩く。
　それでも、来る途中に見た、ラブホテルを目指す。