敏感な部分を這い回る妖しい感触に亜希子は目を覚ました。
　まだ、朦朧としているのに、アルマーニのマニアの香りだけがはっきりと感じられる。
　目を覚ましかけているのを察した男がベッドにあがり、のしかかってくる。が、不思議と重さはない。
「俊？　俊なんでしょ？」
　亜希子の問いに答えようともせず、男の手は乳房をまさぐり、その頂に舌を這わせる。
　気がつくと全裸だった。

　危険な仕事をした帰りには、いつも、こうなのだ。亜希子の都合にお構いなく、俊は荒々しく身体を求めてくる。

　月明かりがレースのカーテン越しに、俊のたくましい筋肉を照らし出していた。
　背中に手をまわし、手のひらで、その筋肉の躍動を感じた途端、亜希子の官能にも火がついた。
　舐められている乳首が熱を帯び、その熱さがじわじわと子宮へと伝わっていく。
「ああ、俊‥‥」
　下半身の熱いような痒いような、蜜が溢れてくる独特の感覚に、たまらず亜希子は俊の身体を引き寄せる。

　俊との出会いは三ヶ月ほど前。
　フリーライターをやっている亜希子が、とある女性誌の仕事で蔓延するドラッグの実体を取材するため、渋谷の街を歩き回っていたときのこと。慣れない社会派の仕事に一息ついていると、突然、中東系らしい男達に囲まれ、ビルの間の暗がりへ連れ込まれてしまったのだ。
　浅黒い顔に、危険な光りをたたえた目が光っているのを見て、亜希子は恐怖に震えた。
（どうなっちゃうの？）
　無事には帰してくれそうもない絶望感でパニックに陥ってしまったとき、俊が現れたのだ。何語か分からない言葉で叱責すると、男達は舌打ちをしながら引き上げていった。
「あんたが嗅ぎ回っているのが、いけないんだぜ」
　安堵して、へたり込んでいる亜希子に、俊が声をかける。
「あ、ありがとうございました‥‥あっ、あなたは‥‥」
　３０分ほど前、取材で入ったバーともクラブともつかない店で、話を聞いていた店長の後ろにいた男が俊だった。
「あんたが店を出たとき、あいつらが血相変えて、あんたを追っかけていったのを見て、ヤバイなって思ってさ」
　俊が手を差しのばし、亜希子を立たせようとする。
「こんな仕事、女ひとりでやるもんじゃないぜ。世の中、知らない方がいいことだってあるんだから」
　危険な匂いのする得体の知れない男、これが亜希子の俊に対する第一印象だった。が、裏の世界にいる男が放つ汚らしさみたいなものがない。むしろ、不思議な魅力を漂わせてさえいる。
「じゃあな」
　立ち去ろうとする俊。亜希子は、急に不安を覚えて叫んだ。
「待って。ひとりにしないで。お願い」
　事実、恐怖の後遺症で、まだ足下がふらつき、まともに歩けない状態なのだ。
「まっ、無理もないか。そこまで送ってやるよ。タクシーでここを離れた方がいい」
　そう言うと。俊は、亜希子を抱き寄せるように支えて表通りに出た。そのとき、俊の指先から出るオーラのようなものが脇の下から伝わり動悸が激しくなった。
「ねえ、お店は大丈夫なの」
　不思議なときめきを押し隠すように、亜希子は尋ねた。
「ん？　ああ、あれね。あれは知り合いの店。俺は関係ねえよ」
「あなたって、どういうひと？」
「それ、仕事かい？」
「ううん、そうじゃないの。ちゃんとお礼がしたいし、それに‥‥」
「いいよ、礼なんて。おっ、タクシーが来たぜ」
　俊が手を上げると、支えを失った亜希子の身体がよろけた。
「ちぇっ、まだ危ねえな。乗りかかった船っていうし、家まで送ってやるよ。遠いのか？」
「ううん。祐天寺だから‥‥」

　結局、二人は亜希子の部屋で結ばれてしまったのだ。亜希子は、ひとりになるのが怖くて、俊にすがり、気がついたら官能の渦の中にいた。初対面の男と、そんな関係になるのは初めてだったが、今までのどんなセックスより感じてしまった。それだけが理由ではないが、以来、亜希子は俊に心を寄せるようになってしまった。

　俊は裏の世界で生きている男だった。母親は元ホステス。父親は誰だか分からないという。
「お袋は、人気のあったホステスでさ、子供の頃、お袋のファンだっていう、いろんな男に可愛がってもらったのさ。そいつらが、ただ者じゃなかったおかげで、こんなになっちまった」
　と、寝物語に、ふと漏らしたことがある。
　渋谷の特殊な環境で生まれ育ち、自然と裏社会に顔が広くなって、若くしてイリーガルな商売のフィクサー的な役割を担っているらしい。表向きは不動産業をやっているが、もし、俊がいなくなったら、外国人グループと地元ヤクザの間で、いつ抗争が起こってもおかしくないと、後日、亜希子は、俊と出会った店の男から聞いた。一説には、渋谷で最大の勢力を誇るヤクザの親分が俊の父親とも言われている。
　ぱっと目の俊は、そんな世界に身を置く男には見えない。ラフだが金のかかったスタイルは洗練されていて、インテリアデザイナーだと言われれば、ああそうかと納得してしまう印象だ。ヤクザっぽい喜平のブレスレットやネックレスもしていないし、派手なブランドものを身につけてもいない。だが、視線の鋭さは、数々の修羅場をかいくぐってきたことを物語っている。１８０センチを超える俊が、渋谷の街を歩いていると、そのしなやかな動作から、肉食獣の豹を思い浮かべてしまうくらいなのだ。軽い感じのするホストとも違う。十分に知的だし、少し陰のある表情は哲学者のようだ。

「ああっ、そこ‥‥」
　俊の手が股間へ伸び、柔肉を押し広げる。
　ニチャッ、ニチャッ
　指の動きに応じて、濡れた秘肉が、いやらしい音を立てる。
　濡れきっているのが分かると、俊は長い指を蜜壺に滑り込ませる。
「やんっ」
　挿入の快感に、思わず声が出てしまう。
　一番敏感な部分に親指が添えられ、揉みほぐされると、亜希子は完全に我を忘れてしまった。
「あっ‥‥あんっ、あんっ」
　器用な指の動きに合わせて喘ぎ声が漏れる。
　俊は、無言のまま愛撫を続ける。
　いつもそうだ。俊は、言葉による手続きを無視、省略して、襲いかかるように亜希子に挑み、果てるまで何も言わない。でも、そんなところに、亜希子は男らしさを感じている。
　初めてのときも、そうだった。部屋のドアを閉め、恐怖の余韻で「ひとりになるのが怖い」と言って俊を見上げたとき、唇が重ねられ、後はなすがままになったのだ。言葉でなく、身体で慰められた。
　身体が合うというのだろうか、俊に攻められると瞬時に反応してしまう。濡れきった内部の壁を撫でられながら、乳首を口にふくまれると、クリトリスが充血し、固くなっていくのが分かる。子宮の奥が熱くなり、つい淫らなことを口走ってしまう。
「ああ、そんなにしたら‥‥あっ、すごくいい。もっと。もっとよ」
　乳首に軽く歯をたてられると、痺れるような感覚が体中を駆け巡る。
「ああっ！　だめっ」
　乳首を舌で、蜜壷を中指と人差し指で、そしてクリトリスは親指で、同時に責められ、亜希子は腰のあたりがグニャグニャにとろけていくような錯覚に陥った。
「だめっ、もう、だめっ」
　あっけなく、一度目の波に襲われ、亜希子は、腰を持ち上げるようにしてのけぞった。
　それでも、俊の攻撃は止まない。むしろ、指の動きが早くなってくる。
「ああっ、そ、そんなにしたら‥‥」
　押し上げられた感覚が、まるで収まらない。
「だめっ、壊れちゃう」
　もう、何も考えられない。身体が灼熱した一個の火の玉になってしまったようだった。
　シーツを握りしめながら連続して押し寄せてくる波に耐えていると、ふっと意識が遠ざかる。
　ぐったりとなった亜希子をうつ伏せにさせ、ヒップを持ち上げるようにして、俊は屹立を蜜壷へ差し込んだ。

「クール」という言葉が俊にはふさわしい。
　渋谷の女達で、俊のことを悪く言う女はいない。
　当然のごとくモテる。が、俊は亜希子を選んだ。
「わたしでいいの？」
　つきあいはじめて、すぐの頃、俊に尋ねたことがある。
「ん？　何がだよ」
「だって、俊ったらモテるし、さっきの娘だって、すごく俊のこと好きみたい」
　一緒に、街を歩いていたとき、いかにも風俗の世界で生きていそうな娘が、俊に声をかけてきたのだ。
　俊と、二言三言、言葉を交わしたのだが、別れ際に亜希子を見つめる視線が尋常ではなかった。それは、明らかに敵を見る目だった。
「渋谷にいる娘は、家族みたいなもんだからな。変な気なんて起きないのさ。くだらないこと心配すんなよ」
「わたしが渋谷にいる女じゃないから、つきあってるの？」
「そうじゃないよ。正直言って、俺にも分かんねぇんだ。なんで、あんとき、お前を抱いちまったんだか。らしくねえっていうか、お前を見てたら、後先が分かんなくなっちまった」
　俊が、亜希子と親しくするのを見て、渋谷の裏社会に生きる男達は一様に驚いた。「女嫌いだと思ってた」と言う男もいたくらいだ。
　でも、亜希子には分かる。俊に女がいたことを。亜希子を抱くときの手順は、明らかに訓練を積んだものだったし、女が悦ぶツボをよく知っているからだ。
　俊は、亜希子に「好きだ」とも「愛してる」とも言わない。それでも、亜希子は十分愛情を感じていた。なぜだか分からないが、俊に見つめられると、テレパシーのように俊の気持ちが身体に染み通ってくるのだ。
「俊、好きよ」
　小娘みたいに、腕を抱きしめながらつぶやくと、俊の体温がブラジャー越しに伝わり、それだけで感じてしまう。
　俊は答えない。
　でも、気持ちは通じたようだ。歩調が早くなり、路地裏へ入っていく。
　雑居ビルのエレベーターに乗り、最上階のボタンを押してドアが閉まると、思い切り抱きしめられた。
「えっ、どしたの。だめよ、こんなところで」
　言葉だけの抵抗。
　エレベーターが止まって誰かに見られてしまったら、そんな不安がよぎるが、抱かれているだけで身体が反応していた。
「ああ‥‥だ、だめよ‥‥」
　息が荒くなり、言葉にならない。
　最上階に着くと、俊は亜希子を抱いたまま踊り場へ出て、部屋のドアを開ける。そこは、３０坪ほどのガランとした何もない空間だった。窓からは、渋谷の空だけが見える。
「ここ、どこ」
　全てを言い終わらないうちに、唇が重ねられ、バストをまさぐられる。やがて、俊の唇が首筋へと移動し、耳へ熱い息が吹き込まれる。
「いや。こんなところで。誰かに見られちゃう‥‥」
　言っても無駄だと思いつつも、恥ずかしさで、よけい感じてしまう身体が恨めしい。
「安心しな。空き事務所だから、誰も来ないよ」
　それだけ言うと、俊は亜希子の後ろへ回り、オフタートルのセーターの下から手を入れてブラジャーのホックを外し、両手でバストを揉みしだいた。
　すぐに、乳首が固くなり、あの、むず痒いような感覚が亜希子を支配する。
「ああっ、だめよ。恥ずかしい‥‥あんっ！」
　真っ昼間の空き事務所に、亜希子の声がエコーとなって響く。
　俊は、バストの感触を十分楽しんだ後、ひざまずき、後ろからフレアスカートをめくって、頭を中に入れた。ストッキングとショーツが一緒に降ろされ、ヒップの割れ目に舌が差し込まれる。
「だめっ！　そんなところ、駄目だったらぁ」
　予想もしてなかった俊の行動に、半ばパニックに陥り、亜希子は悲鳴を上げる。高い声が何もない部屋の中をいつまでもワーンと響き続ける。
　俊の指が、前からクリトリスをとらえ、ゆっくりと円を描くように動き始める。
「ああっ、いやっ‥‥あっ、ああんっ」
　いくら、無人とはいえ、こんなオープンな場所で犯されるような愛撫を受けると、倒錯した快感がわき上がってくるのを押さえられない。アブノーマルなシチュエーションが興奮を高めるのだ。
　俊の舌が会陰のあたりを彷徨っている。アヌスでもない、蜜壷でもない、その場所は危険な欲望をいっそう加速させた。
　いつしか、亜希子は壁に手をつき、ヒップを突き出すようにして、俊の愛撫を受け入れていた。
（ああ、もう駄目。もう、いっちゃいそう）
　膝がガクガク痙攣するほどの快感だった。
　俊の長い舌が蜜壷に差し込まれると、ジュン、と愛液がほとばしる。
「ああーっ、俊、す、すごいわ、もう、好きにしてぇ‥‥」
　そう言いながら、自然に腰が動いてしまう。
　その拍子で、俊の舌がアヌスへ。固くした舌先で襞を舐められると、ヒップ全体にザワザワとした感覚が広がる。それは、堪え難い尿意にも似てはいたが、子宮の奥が疼くような不思議な快感だった。
「ああっ。俊。もう、どうにかなっちゃう」
　亜希子は、いっそうヒップを突き出しながら叫んだ。
　アヌスがキュッと締まり、そして、ヒクヒクと痙攣をはじめた。
　俊は、ゆっくりと立ち上がり、ベルトを外すと、パンツとブリーフを一緒に降ろした。フレアスカートをまくり上げて、バックから、屹立したものを蜜壷にあてがう。そして、ぐいっと力を入れ挿入すると、いきなり、激しいピストン運動を開始した。
　パンッ、パンッ、パンッ、パンッ
　肉を打つ音がこだまする。
　その音にシンクロして、亜希子の断続的な喘ぎ声が殺風景な部屋の中に響く。
　両手で腰をつかんで、俊の激しい抽送が続く。
「あっ、あっ、あっ‥‥あんっ‥‥」
　壁に肘と顔を押し付けながら喘ぐ亜希子。
　丸く、どこまでも白いヒップと、俊の浅黒い腰のコントラスト。ブーツのところまで降ろされたストッキングとショーツが目一杯伸び、やはり、まくり上げられたセーターから釣り鐘型の形のいい乳房がのぞいている。
　傍目から見たら、亜希子が強姦されていると勘違いする者もいるかもしれない。そんなことを、ふと考えたら、「見られる」と「強姦」がキーワードになって、よけいに興奮してしまい、亜希子は我を忘れるほど乱れてしまった。
「ああっ！　もう、いっちゃう！」
　亜希子が叫ぶ。
　そして、次の瞬間、熱い奔流が亜希子の身体を満たした。
　俊の身体も硬直する。
　二人とも、崩れ落ちるようにして、Pタイルの床へ倒れ込んだ。

（なぜ、あのときのことを思い出してしまったのだろう？）
　ベッドの上で、余韻に浸りながら、亜希子は考えた。
（もしかしたら‥‥）
「犯される」という言葉が亜希子の頭をよぎる。
　もちろん、見ず知らずの男に犯されるのは嫌だ。でも、俊が相手だったら、犯されたい、いや、そういったシチュエーションで交わりたいと考えている自分がいた。
（ひょっとして、わたしってマゾ？）
　マゾという言葉から、自分が縛られ、俊に犯されているところを連想したら、さっきまで俊のペニスが激しく出入りしていた蜜壷が、ふたたび熱くなった。
　そう、俊は、寝ている亜希子を全裸にして、さんざん弄んだあげく、バックから意識がなくなるほど激しく責めた。そして、痙攣している亜希子を残し、また、出て行ってしまったのだ。
　俊とつきあうようになってから、亜希子はピルを飲んでいるので、妊娠の心配はない。なにしろ、俊は、突風のように亜希子を抱くから、用心のため苦労して手に入れたのだ。だから、まだ、身体の中に俊の精液がとどまっている。起き上がろうとすると、それが漏れだしそうな気配だったので、亜希子は、そっとベッドサイドにあるティッシュをつまむと、秘部へあてがった。
「あんっ」
　子宮に電流が走った。
　縛られている自分を想像したときの疼きが、まだ残っていて、思わず声が漏れてしまう。
（やだ。わたしったら、あんなに抱かれた後なのに、どうしちゃったのかしら）
　まだ、くすぶり続けている自分の身体が信じられなかった。
　それでも、後始末をしなきゃいけないという気持ちが勝ち、ベッドにしゃがみ込んで足を開き、ティッシュで溢れてきた精液を拭う。
（こんな格好、俊に見せられないなあ）
　そう思ったときだった。
　部屋の片隅に誰かがいるような気がして、あわてて足を閉じる。
（うそっ、誰もいないわよね。でも、どっかから俊が覗いてたりして‥‥）
　自分の恥ずかしい姿を、俊がどこかから覗いていることを想像したら、ジンジンとたまらなくなってきてしまった。
　中指で蜜壷の入り口を確かめてみると、新たに愛液が溢れているのが分かった。
「俊。見て。わたしの恥ずかしい格好」
　亜希子は、小声で、そうつぶやいてみた。
　すると、ほんとうに、俊がどこかから覗いているような気がして、大きく足を広げて中指で秘部をなぞってしまう。
「ああっ、俊。見て、見て‥‥」
　そう言いながら、自分を慰めると、押さえきれない波がやってきた。
　ビクンッ。腰が跳ね上がる。
　亜希子は、無我夢中でクリトリスを擦り続ける。
　足を開けば、開くほど感じてしまう。
　亜希子は、大きく足を広げられ、縛られている自分を想像していた。
　渋谷を取材したとき、照明室から見せてもらったストリッパーのポーズを、自分にオーバーラップさせていた。
　縛られて、俊に穴が開くほど見られたり、触られたりしたら、どんなだろう？　想像はどんどん膨らみ、両手、両足を拘束されて抵抗できない状態で、俊の太いものに刺し貫かれた自分の姿を思い浮かべた。
「いやっ！　やめてっ！」
　そう叫びながら、蜜壷に指を入れてかきまわすと、最後のうねりがやってきた。
　ただただ、俊のペニスが欲しかった。
「いやぁ〜っ！」
　のけぞりながら絶叫した亜希子は、そのまま、深い淵に落ちていった。

　この日を境に、二人のセックスには微妙な変化が起こった。
　まずは、亜希子の喘ぎ声が変わった。「いや」とか「やめて」という、抵抗するフレーズを使うようになったのだ。強引に犯されていることを想像しながら俊に抱かれると、どうしようもないほど感じてしまう。俊も、まんざらではないらしく、亜希子が抵抗の言葉を口にすると、動きを激しくしたりするようになった。
　あるときなど、縛られているところを想像して「やめて、やめて」と喘ぎながら両手を頭の上にやると、俊に手首を押さえられ、その瞬間、オルガスムスに達してしまったこともある。
　でも、亜希子は、それだけでは物足りなかった。
　どうしても、縛られたい、見られたいという欲望を抑え切れないのだ。しかし、恥ずかしくて、そんなことを言い出せるわけがない。亜希子の欲望は、澱のように心の底へ沈み溜まっていった。
　そんなある日、インテリアの特集記事を書くため、輸入物の高級家具を扱う店へ取材に行った。そこで、亜希子の目はフランス製のベッドに釘付けになった。ダブルサイズの真鍮製のパイプベッドだった。真鍮の妖しい光沢と、パイプの悩ましい曲線。そこへ縛り付けられている自分を想像してしまったのだ。
「このベッド、素敵ですね」
　思わず、そうつぶやくと、
「いやぁ、流石ですねぇ。これは、新鋭デザイナーの作品で、これから人気が出ると思いますよ」
　店を案内していた、広報担当の人間が、感心したように答えた。
　亜希子は、自分の欲望を見透かされたようで、恥ずかしかった。それを、ごまかすように、撮影用の商品の一つとして、貸し出しを頼んだ。
「うーん、紹介していただくのは嬉しいんですが、スタジオに運ぶんでしょ？　これ、何度も組み立てたりすると、痛んじゃうんですよ」
　たしかに、パイプに傷がついたりしたら、商品価値がなくなってしまう。
「じゃあ、撮影の後、私が買い取るってかたちでどうですか？　ちょうど、ベッドが欲しかったところなので」
「えっ、ほんとですか？　それなら、見本ってことで、安くお分けしますよ」
　渡りに船、といった感じで、担当者は微笑んだ。
　こうして、亜希子はベッドを手に入れた。そして、ベッドが届くまでの間に、インターネットで拘束具や手錠、ロープ、そしてバイブレーターなどを購入した。取材用の商品を装い、仕事先の編集部宛てに送ってもらう。

　どちらかと言うと、亜希子は、目立たないタイプの女だった。軽く栗色に染めた髪、切れ長の目、卵形の顔は古典的な日本美人と言っていいだろう。逆に言えば、派手さのない、おとなしやかな印象だ。いつも、茶系の地味な服を着ている。脱ぐと、意外にボリュームのある豊かな身体をしているのに、わざと、それを強調しない。
　性格も、見た目と同じに穏やかで、人の前にたって物事をこなすタイプではない。
　そんなところが災いしてか、亜希子の男性遍歴は、いつも、男の方が去ってしまうかたちで終わっていた。大学時代は身勝手な作家志望の男、小さな出版社に勤めたときは妻子持ちの上司、そのいざこざがもとでフリーのライターになってからも、口先ばかりのカメラマンとか、身体だけが目当ての同業者など、幾人かの男が、亜希子を通り過ぎていった。そして、熟した身体だけが残った。
　そんなときに出会ったのが俊だ。
　今までつきあった男の中で、この男が、もっとも胡散臭い感じだったが、中身は違った。
　そして、いま、亜希子は欲望の赴くまま、俊に、自らの肉体を捧げようとしていた。

　ベッドが届いた日、亜希子はベッドメイクを終わらせるとシャワーを浴び、丹念に身体を洗った。上気した肌が水滴を弾く。それをバスタオルで拭い、ドレッサーの前で全裸のまま、ランコムのトレゾアを一吹きする。そして、ベッドの上に拘束具と手錠を並べた。
　窓から差し込む西日が手錠に反射して輝く。
　亜希子は、俊の携帯にメールを送る。
「お願い。いますぐ来て！」
　と。
　そして、革製の拘束具を足首に装着し、ロープの長さを調節してベッドの柱に結ぶ。両足ともだ。これで、足を開いた格好で亜希子はベッドに固定された。しかし、まだ終わりではない。今度は左手首に手錠をかけ、上側の柱に繋ぐ。残った右手は、投げ縄の要領で手錠をベッドの柱にぶつけると、ガチャンと金属音がして、輪が柱に繋がる。すこし苦労したが、こうして、はりつけのような姿で、亜希子は自分の手足をベッドの四隅に固定した。
　手錠の鍵は、少し離れたドレッサーの上だ。もう、自分で戒めを解くことは出来ない。
　俊が来たら‥‥そう考えただけで、濡れてくるのが分かった。

　１時間ほど経っただろうか。もう、亜希子に時間の感覚はない。もう、外は暗くなりかけていた。
　ガチャッ、と、鍵の開く音がして、俊が部屋の中へ入ってきた。
　部屋の明かりをつけ、ベッドに繋がれた亜希子の姿を見て、目を見開く。
　一糸まとわぬ姿でベッドに繋がれている亜希子。オフホワイトのシーツの上に、興奮で桜色に染まった肌が艶かしく横たわっている。薄い茶色の乳首。ふっくらと盛り上がった恥丘に糸杉のように生えた恥毛とのコントラストに、俊は思わず息をのんだ。
「畜生！　だれがやった！　大丈夫か」
　ベッドに駆け寄る俊の目は、怒りで燃え上がるようだった。
「ち‥‥違うの‥‥」
　亜希子は、小さな声で、そう言うのがやっとだった。
「ち、違うって？」
　手錠を外そうとしていた俊が、なんだか分からないという顔をする。
「わたしが‥‥わたしが自分で繋げたの‥‥」
「‥‥」
　俊は、混乱してしまったらしく、何も言えずに立ち尽くした。
「俊、お願い‥‥軽蔑しないで。わたし‥‥俊に、こうして欲しかったの‥‥」
　ベッドに固定されている以上、逃げることも、隠すことも出来ない。抵抗することもだ。いや、そうじゃない。逃げなくても、隠さなくても、抵抗しなくてもいいのだ。亜希子は、そう思ってしゃべり始めた。
「お願い‥‥わたしを、好きなようにして。俊がしたいこと、なんでもして」
　それでも、俊は、何も言わず亜希子を見ている。
「俊、こんな、わたし嫌い‥‥？」
　そこまで言うと、涙がひとすじこぼれた。もし、俊が立ち去ってしまったら、このまま死んでしまいたいと思った。
「‥‥そうか」
「‥‥？」
「やっと、分かったよ」
「な、何のこと？」
「俺が、あのとき、お前を抱いた訳さ」
「えっ？」
「あのときは気がつかなかったけど、お前と俺は、同類だったのさ」
「どういうこと？」
「外人どもに襲われたとき、お前は、どこかで感じてたんだよ。その匂いに、俺の虫が騒いだんだろうな」
「そ、そんな‥‥」
「こうして欲しいんだろ」
　俊は、拘束具のロープをほどくと、上の柱に結び直した。
　亜希子は、足を開いたまま、高々と腰を持ち上げるような姿勢になる。開いた足の向こうに、俊の顔が見える。
「まずは、じっくりと見てやるからな」
　俊の親指が大陰唇にかかると、ピンク色に濡れ光る蜜壷がポッカリと口を開いた。
「そういえば、こうやって、明るいところで見るのは初めてだな」
　俊は、わざと、息を吹きかけるようにして言う。
「ああ‥‥やめて‥‥」
「きれいだ」
　やさしく広げられ、少し色づいた花びらも開き、ピンク色をした秘肉があらわになる。
　亜希子の秘部は、それほど毛深い方ではない。大陰唇の前半分くらいまで、淡く恥毛が生えている程度だ。色素も少なく、つくりも小振りだ。
「こんなところにホクロがあるんだな」
　会陰の右側、ややアヌスに近いところに、小さなホクロがあることを発見した俊は、軽く、人差し指で突ついた。
「ああんっ」
　それだけで、亜希子は子宮の奥にまで届くような衝撃を感じてしまった。
「ああっ、恥ずかしい‥‥」
　蜜が溢れるとき独特の熱い疼きを感じ、手で覆い隠したくなったが、できないのだ。できないということは、しないでいいということ、そんな状態で見つめられていると思うと、ますます感じてしまう亜希子だった。
「蜜が溢れて、後ろの穴まで濡らしてるぜ」
　俊は、いつもと違って、よく喋った。
「奥の方まで、よく見える。襞の一本々々までな」
　わざと、亜希子の羞恥を煽っているのだ。
「さあ、どうして欲しいのか、言ってみな」
「そんな‥‥恥ずかしいこと‥‥」
「じゃあ、しばらく、おあずけだな」
　そう言って、俊は、ゆるゆると円を描くように大陰唇を揉む。
　届きそうで、届かない。その焦れったさに、亜希子は泣きたくなった。でも、まだ恥ずかしくて「舐めて」とも「犯して」とも言えない。だが、そう口走ってしまうのも時間の問題だろう。
「ド、ドレッサーの‥‥上に‥‥」
　覚悟を決めて、そう言ってしまった。
「こんなものまで用意してたのか‥‥」
　ドレッサーの上には、シリコン樹脂でできた乳白色のバイブレーターが置かれていた。真ん中には模造の真珠が並んで回転する仕組みになっている。二股に分かれた子機は、単独で振動するタイプだ。横には真新しいロープまで置いてある。
「使ったことあるのか？」
　バイブレーターを手に取った俊に聞かれ、亜希子は首を振る。
「これを、入れて欲しいのか？」
　俊がスイッチを入れると、ギュゥン、ギュゥンとモーター音が響き、模造真珠が回転しながら、頭の部分がうごめく。バイブレーターの、あまりに禍々しい動きを見て亜希子の血が妖しく騒いだ。
「や、やめて‥‥助けて‥‥」
　欲望とは正反対の言葉に、俊の目が光る。
　そして、バイブレーターの先端を、蜜壷の入り口へ１センチほど沈めた。
「いやっ！　やめて」
　亜希子が、身体をよじりながら悶え、その勢いで手錠がガチャガチャと音を立てる。興奮で汗をかき始めたせいか、トレゾアの香りが強く漂う。
　そんな反応を楽しむかのように、俊は、バイブレーターを入り口にとどめたまま、亜希子の秘部を見つめている。
「ああっ！　お願い、意地悪しないで」
　５分ほど、その状態が続くと、焦らされることに耐え切れなくなった亜希子が悲鳴を上げた。
　それでも、俊は、それ以上のことをしない。
「入れてっ！　お願い」
　そう叫ぶ亜希子の言葉を待っていたように、俊はニヤリと笑い、一気にバイブレーターを蜜壷へ押し込んだ。
「ああーっ！！」
　突然の挿入感に、亜希子は絶叫する。
　子機の先端がこまかく震えながらクリトリスを刺激している。肉に埋まったことで、バイブレーターが発する音は小さくなったが、蜜壷の中で暴れ回っているのが分かる。
「ああっ、いやっ！　あっ、ああんっ」
　声を上げるたび、アヌスがヒクヒクと痙攣している。
　無理矢理とらされている格好と、道具を使われていることで、陵辱されているという気持ちが強い。初めての経験だということもあって、亜希子は自分でも信じられないくらい興奮していた。
　俊は、バイブレーターを左手で固定し、金魚の口みたいに痙攣する後ろの穴に中指をあてる。軽く力を入れると、そのかわいらしい穴が中指の第二関節まで飲み込んだ。
「あんっ！」
　新しい刺激に甘い声が漏れる。
　しかし、亜希子は腰全体が溶けてしまったように感じていて、何が、どこを、どうされているのか具体的には分からないほどの状態になっていた。
　そして、俊の名を叫ぶと、いままで経験したことのない、大きな波にさらわれ、意識を失った。

　俊は、手錠と拘束具をはずして、まだ、ときおり、ヒクン、ヒクン、と痙攣する亜希子の肢体を見下ろしていた。
　手首の、手錠の痕が痛々しい。
　シーツの上に置かれたバイブレーターは、まだ、愛液で濡れ光っている。
　ベッドに腰掛けると、いとおしげに、亜希子の額を撫でる。
「俊‥‥」
　目を覚ました亜希子が手を伸ばすと、俊が、まだ、服を着たままだと気がついた。
「ごめんね。俊。わたしばっかり‥‥」
　のろのろと、身体を起こし、俊の背中にすがりつきながら、そう言った。恥ずかしくてしょうがないのだ。
「ベッド、新しくしたんだな」
「うん‥‥」
「繋がれたいからか？」
「‥‥うん」
「どこまでして欲しいんだ」
「えっ？」
「縛られるだけでいいのか、それとも、もっと先があるのかってことだよ」
「そんなの‥‥考えてなかった‥‥」
「そっか、ちょっと安心したよ」
「どうして‥‥」
「俺のことも、話してやるよ。お前も恥ずかしかったろうから、これであいこだ」
　俊は、自分の生い立ちのことを話し始めた。
　中学生のとき、ひょんなことから母親の房事を覗いてしまったこと。背中一面に彫り物をした男が母親を縛っていたこと。それを見て異常に興奮してしまったこと。中学の卒業祝いにと、母が勤めるクラブの若い子にセックスを教えてもらったこと。その女に、縛ってみたいと頼んだら「血は争えないわね」と言われたが女も興奮し、そのままずるずると関係を続けていたこと。以来、縛らないと満足できなくなってしまったこと。ただ、鞭で打ったりとかのプレイには、あまり興味が無いこと。
　それらを、訥々と説明したあと
「前に、渋谷の女には手を出さないって言ったよな。半分は本当だけど、こんな趣味がバレるとヤバいしな。でも、お前と会ったとき、普通に抱けたからな。俺も不思議だったけど、あのとき、どこかで通じ合っていたんだな」
　と、結んで自嘲気味に笑った。
「俊、ありがと」
　初めて見せてくれた俊の優しさ、それは、やっと二人が本当の関係になった証だと思い、亜希子はうれしくて涙がこぼれた。
「お前も、前からこうだったの？」
「ううん、俊がいきなり来て、すぐに帰っちゃった日があったでしょ。気がついたらひとりぼっちで、さみしくて‥‥そのとき、俊に覗かれてるような気がしたの。で、俊に見られたり、縛られたりするところを想像したら‥‥」
「で、自分で慰めちゃったわけだ」
「‥‥うん」
　亜希子は、顔を真っ赤にしながら答えた。
「だったら、それを、俺に見せてくれよ」
　返事に困って、うつむいてしまった亜希子だったが
「いいだろ」
　と、念を押されると頷くしかなかった。見られたいという欲望を自分から言い出さずにすんだと思った。
「さあ」
　そう言って、俊は亜希子をベッドに横たえ、手を握って秘部へ導く。
　でも、なかなか始められるものではない。
「そのとき、なに考えてたか、言ってみな」
　俊が誘い水をかける。
「俊が帰ったあとも、どっかで覗いてるような気がしたの」
「で？」
「足を開いて、もっと見えるように‥‥って」
「だったら、そうやって‥‥見せてくれよ」
　俊が優しい口調で求めてくるのは初めてだ。そう思いながら、亜希子は催眠術にかかったように素直に足を開く。
　恥ずかしさとうれしさが混ざった不思議な感情。亜希子は、目を閉じて、ゆっくり指を動かし始めた。
　少し乾き気味だった蜜壷に、また、潤いが戻ってくる。溢れてきた蜜を、中指と人差し指ですくい上げるようにして、クリトリスのまわりを揉みしだく。
　俊が服を脱ぎ始めた。
　期待で胸がドキドキする。しかし、丸裸になった俊はベッドの足下にあがると、そのまま何もしようとはせず、亜希子の指の動きを見つめている。
　挑発するように激しく指を動かすと、見られている刺激とあいまって、うめき声が漏れてしまう。
「ああっ、俊。見て‥‥見て‥‥」
　限界まで足を広げ、腰を浮かせながら、そう言うと、あっけなく絶頂を迎えてしまった。
「ああ〜〜んっ！」
　腰がバウンドして、クリトリスを中心に全体が溶岩のようにドロドロになっていく。
　オルガスムスの後の脱力。
　俊は、ぐったりと四肢を投げ出した亜希子の手をとり、その愛液で濡れた指を舐めはじめた。
　指先を這う舌の感触が、じわじわと全身を浸食していく。
（なんで‥‥なんで、そんなところが感じるの‥‥）
　火照った秘肉が、焚き火に油を注いだように燃え上がる。
　手首に違和感を感じて目を開けると、ドレッサーの上に置いてあったはずのロープが巻かれていた。
「えっ？　なに‥‥」
　俊と目が合う。
「縛ってるのさ」
　微笑みながら言う俊の目は優しさに満ちていた。これまでに、見たこともない表情だ。
（わたし、縛られるのね。だから‥‥抵抗しないでいいんだわ‥‥ああ、俊‥‥犯して‥‥）
　身体を拘束されることは、逆に魂を解放すること、亜希子はそう考えるようになっていた。
　ロープで縛られた手首が引っ張られて足首に繋がれる。右の手首は右の足首に、左の手首は左の足首へ。亜希子は膝を立てて脚をM字型に開いたまま固定されてしまった。
「ああっ‥‥こ、こんな格好‥‥」
「恥ずかしいか？」
　亜希子は涙を浮かべながら頷く。
「そうか、うれしいんだ」
「‥‥」
　声に出して答えられなかったが、たしかに、そうだった。膝を閉じるくらいしか身動きが取れない身体が熱く燃え上がっていく。秘肉が疼く。一刻も早く、俊の肉棒が押し入ってきて、蹂躙されることばかりを考えていた。
　俊のたくましい胸が、膝の間に割って入り、乳首に唇が押しあてられた。両手でバストを荒々しく揉まれ、ときおり、軽く噛まれる。
「ああっ、うんっ‥‥いやっ‥‥やめてっ‥‥」
　亜希子が言葉で抗うと俊の愛撫はいっそう激しさを増す。
　ツボを心得た攻撃に、たまらず腰を浮かせ、恥骨を俊の腹筋にこすり付けてしまう。
　俊の舌の位置が、だんだん下がっていく。ゆっくり、焦らすようにアンダーバストから脇腹へ、そして臍のまわりへ。そして、肝心の部分を通り越して太ももの内側へ移ってしまった。
　順番通り、次は熱く濡れて溶けてしまいそうな秘肉を舐めてもらえると思っていたのに、見事に期待を裏切られた。
「ああん‥‥ひどい‥‥」
　亜希子は、熱いためいきを漏らしながら、呻くように言った。
　突然、俊は亜希子の身体を持ち上げ裏返した。
　それは、地面に叩きつけられたカエルのように、無様というか屈辱的な姿勢だった。しかし、そんな姿をさらしていることに、亜希子は不思議な悦びを覚える。
　俊がベッドから降り、ひざまずいて足の指を舐めはじめる。
　普段、そんなことをされればくすぐったいだけだろうが、ピリピリとした感覚がふくらはぎから太ももの裏側、そして蜜壷へと伝わり、秘肉全体がジンジンと熱くなった。
　なにかが太ももの内側を伝って落ちていく。きっと、愛液が溢れ出しているに違いない。
「ふふふ、こんなになってるぜ」
　俊が笑いながら、したたる蜜を舐め上げる。
「あうっ！」
　あまりに刺激が強く声にならない。
　そのまま、俊の舌は尻の方へ移っていく。
　白くて丸い形のいいヒップは、自分の身体の中でお気に入りの場所だった。以前から、ドレッサーに映し出しては、自分で見惚れていたくらいなのだ。そこを、俊がソフトクリームを舐めるように愛撫している。
（ああ、俊、もっと、もっと舐めて！）
　亜希子は心の中で叫んでいた。
　腰が妖しく蠢く。
　やがて、俊の舌は脇腹から背中へと移動していった。焦らされれば、焦らされるほど秘肉の疼きが激しくなる。舐められる場所がツボにはまると軽いアクメを感じ、それがいっそう秘肉を熱くするのだ。
「ゆ、ゆるして‥‥もう‥‥死んじゃう‥‥」
　耐えられない疼き。切れ切れにそう言うのがやっとだった。
　すると、俊の手がヒップの双丘にかかった。両手でグッと開かれる。亜希子の胸が期待で打ち震える。
「まだまだ」
　俊は、そう言うと、舌先を固くしてアヌスを突つく。
「あんっ」
　ザワザワと例えようのない感覚がヒップ全体に広がる。
　その感覚が収まりきらないうちに、ねっとりとアヌスを舐められると、全身が痙攣しだした。
「あっ、ああんっ‥‥こ‥‥こんなのって‥‥あうっ！」
　俊の長い舌が侵入してきたらしい。痺れるような快感に、最後は叫んでしまっていた。
「だめっ！　もう、だめっ！」
　オルガスムスに襲われ、亜希子は全身を硬直させた。アヌスもギュッと締まり、入っていた舌がニュルッと押し出される。
「ふふ、さっきもそうだったが、ずいぶん、こっちも感じるみたいだな」
　マットに顔を押し付け、荒い息をしながら震えている亜希子のアヌスに、俊は中指をあてて言った。
　ちょっと力を入れたら、ズブズブと指が飲み込まれていく。
「あうんっ」
　もう、何をされても感じてしまうのではないかと、亜希子は思った。
「じゃあ、そろそろ、こっちも可愛がってやるか」
　俊は、親指を蜜壷に挿入して、二つの穴の間にある肉壁をつまんで擦り合わせるようにして揉む。
「いやっ‥‥やめてぇ‥‥」
　目の前が真っ白になり、身体が浮遊していくようだった。
「溶ける‥‥溶けちゃう‥‥」
　思わず、そう叫んでいた。蜜壷に入ってきたのは熱望していた俊のものではなかったが、それでも感じ過ぎるほど感じてしまう。
「よ〜し、じゃあ、こっちもだ」
　俊が左手の親指でクリトリスを嬲る。
「ああ〜っ！　いやぁ〜っ！」
　絶叫を上げた瞬間、股間から熱いものが吹き出し、俊の身体を濡らす。
　漏らしてしまった。経験したことのないオルガスムスで、ぼんやりしてしまった頭では、あまり恥ずかしいという気持ちにならない。それに、縛られている身体では何もできないのだ。
　放出しているとき、熱い塊が外に出て行くような快感があった。男の人の射精って、あんな気分なのだろうか。半ば失った意識でそんなことを考えたりした。

　焦点の合っていない目を壁に向けている亜希子を横目に、俊はタオルケットで自分の身体を拭いた後、床なども拭いてまわった。幸い、ベッドはほんの少し濡れただけで無事だったし、床もフローリングなので後始末は楽だった。おまけに、ちっとも汚いなどと思えないのだ。むしろ、そこまで感じてしまった亜希子がたまらなく愛おしい。
　亜希子のいましめを解き、傍らに寝そべって、まだ、ときおり痙攣している亜希子の身体を眺める。
「しゅ‥‥俊‥‥わ、た、し‥‥」
「いいんだ。なにも言うな」
「で、でも‥‥」
　これ以上喋らせたら、きっと漏らしてしまった自分を責めるに違いない。そう判断した俊は唇を重ねて言葉を遮った。舌を差し込み、口の中を舐め回す。
「ん、んっ」
　亜希子も、それに応え舌を絡めて俊の背中を抱きしめる。
　お互い、ぴったりと密着した肌の感触を楽しみながら、唇をむさぼり合う。
　濃熱なキスが３分以上続いただろうか。我慢できずに下腹を押し付けてきたのは亜希子の方だった。膝を立て、腰を浮かせて、恥骨のふくらみを俊の下腹に擦りつける。足下から見れば、亜希子の蜜壷が俊のペニスをくわえ込もうとしているように見えるのではないだろうか。
　俊は背中を丸め気味にして、蜜壷とペニスの距離を縮め、右手を添えて入り口へあてがう。そして、ゆっくりと挿入した。
「んん〜っ‥‥んっ！」
　唇を塞がれているので声にならない。満たされた悦びで指先に力が入り、爪が背中に食い込む。しかし、律動をはじめた強靭な筋肉は、食い込んだ爪など弾き返してしまう。
「んっ、んっ、んっ」
　亜希子は呻きながら、自ら腰をつかいはじめる。
（やっぱり、俊のものがいい‥‥熱いもので、いっぱいになってる）
　蜜壷の中で、俊のペニスがどんどん膨らんでいくように感じ、また腰の骨がグニャグニャに溶けていくような気がした。抽送のストロークが長く、早く、力強くなるにつれ、その感覚はいっそう激しいものになってくる。
　亜希子は俊に愛されていると実感した。
　俊にしても、お互い心の裏側をさらし合ったことで、亜希子への気持ちが強いものに変化しているのを感じていた。
　そんな二人が同時に登り詰めていくのは、当然といえば、当然のこと。
　俊はラストスパートをかけるため唇を離した。そして、マットに両手をつき、力の限り抽送を繰り返す。
「あんっ、あんっ、あんっ」
　亜希子が高い声で喘ぎ、それに合わせて乳房が揺れる。
「うおおっ！」
　しばらくして、俊が獣のような雄叫びをあげた。
　マグマの噴出が長く続く。熱い塊が亜希子の蜜壷の中で爆発した。
「ああ〜〜んっ！」
　その衝撃に、亜希子は身体を硬直させて、高く、長く声を上げた。

　ハァ、ハァ
　二人とも、ベッドに仰向けになって荒い息をしていた。
「こ‥‥こんなの、はじめて‥‥」
　亜希子が息を切らしながら言う。
「俺もさ」
「ねえ、俊‥‥」
「ん？」
「ありがとう‥‥わたし、なんだか生まれ変わったみたい」
「そいつは、俺のセリフかもな」
「えっ、どうして？」
「俺の方こそ、お前に助けられていたってことさ。いままで、ずっとな」
「そ、そんな」
「今日、分かったんだ。お前が、過去の殻を破ってくれたって。いままで、乱暴にしてもついて来てくれたおかげさ」
「だって、わたしは俊のことが‥‥」
「分かってるさ。でも、昨日までの俺はお前を受け入れるのが怖かったんだと思う。でもな」
「でも‥‥？」
「お前は、もう、俺の心の中にいるってことさ。それが分かったんだ」
「ほ、ほんとう？」
「ああ」
「うれしい」
　亜希子が、俊の腕にしがみつく。
　俊が、はじめて心の底を告白してくれた。亜希子の胸に熱いものがこみ上げてくる。
「なあ」
「なに？」
「こんどの仕事にケリがついたら、二人で南の島へ行かないか？　前に、雑誌で見たことがあるんだ。小さな島で、コテージがひとつしかなくて、食い物やベッドメイクはホテルの人間が一日に二度来てやってくれるんだってさ。あとの時間は、裸で過ごそうが、何をしようが自由らしい。見たときから、ごみごみした渋谷から抜け出して行ってみたいって思ってたのさ」
「連れてってくれるの？」
「もちろんさ。お前がいなきゃ、意味ないだろ」
　亜希子は、うれしさのあまり泣き出しそうだった。でも、涙を見せるのが恥ずかしかったから、俊の腕に顔を埋めたままでいた。
　気がつくと俊は眠っていた。
　それは、俊が物心ついてから誰にも見せたことのない、安らかな寝顔だった。
　きっと、南の島の夢でも見ているのだろう。
「しゅん‥‥」
　亜希子は一言つぶやくと、満ち足りた気分になった。そして、俊の傍らで眠りについた。