１．

「ただいま。」
　いつも通り、マンションの四階、一番奥のドアを開けると同時に声をかける。
　こじんまりとした玄関に入り、床にビジネスバッグを置いて、くたびれた靴を脱ぐ。これもいつも通だ。
　俺の名前は、橘秀和。今年で二六歳。都内の某電機メーカーでサラリーマンをしている。一年前に、一年間付き合っていたふたつ年下の三沢綾子と結婚して、都内のマンションで新婚生活を送っているわけだが、一年も経つと新婚生活もだいぶ新鮮さを失い、落ち着いてくる。
「ふー。今日も暑かったな。」
　靴を脱ぎ、ネクタイを緩めながら狭い廊下をリビングに向かって歩く。リビングの扉を開こうとしたとき、一瞬早く扉が開く。
「おかえりなさい。」
　仕事は続けているが、俺よりも帰宅の早い綾子が、笑顔で出迎える。これもいつも通り・・・のはずだった。
「あれ？」
　リビングから出てきたのは綾子ではなかった。
　明るい栗色で、シャギーの入ったセミロングの髪。やや丸めの顔の中には、クリっとした瞳とやわらかな弧を描く眉、小さめの鼻と、程よくぷくっと膨れたピンク色の唇が、綺麗にちりばめられている。
　身長は155センチくらいだろうか。180センチある秀和を見上げているその顔の下には、水色のタンクトップと白いミニスカートをまとった、すらっとした身体がそなわっている。
　だが、すらっとはしているものの、でるところはでており、小柄だがスタイルは良い。
　クリッとした瞳と、ぷくっと膨れた唇が綾子に似ている。それはそうだ。目の前に立っている彼女は、綾子の妹、三沢凛子なのだ。
　凛子は、今年の四月から大学進学のため上京し、秀和達の所に居候として転がり込んでいるのだった。
「あれ。リンちゃん。綾子は？」
　いつもなら、綾子が出迎え、凛子は自分の部屋にいるか、遊び歩いていてもっと遅い時間に帰ってくる。
「え。お姉ちゃん今日は泊りがけの出張ですよ？」」
「あ・・・。」
　うっかりしていた。確かに綾子は今日泊りがけで出張だといっていた。
　だからこそ、昨夜はいつもより激しく交わったしうんう、今朝も出がけに、いつもより濃厚なディープキスを交わした。
　六月としては異常な暑さと、いつもより多忙な仕事のせいで、すっかり忘れてしまったのか。
　そんな自分に呆れながらも、昨夜の綾子との情事を思い出す。
『抱いて・・・。』
　そう言ってバスローブを脱ぎ、逸しまとわぬ姿でベッドルームに入ってきた綾子は、気がつくと俺の上に跨り、豊満な乳房を上下に揺らしながら自ら腰を振り、精液を一滴残さず搾り取るように吸い尽くした。
　下から見上げる綾子は、クリッとした瞳は焦点が定まらず、ぷくっとした唇は半開きになり、脇から唾液を、口からは、喘ぎ声と共に重く熱い吐息を吐いている。
　普段のクールな彼女からは連想しがたい、「痴女」という言葉が当てはまりそうなその顔を思い出し、思わず顔が緩みそうになる。
　そんな俺をよく似た顔が、じっと見つめているのに気づき、ドキッとしながらも慌てて回想を振り払う。
　そんな俺の状況を知る由もない凛子が、遠慮がちに口を開いた。。
「私も今帰ってきたばっかりなんだけど、夕飯どうしますか？」
「夕飯か。どうしよっか。」
「どこかに食べにいきますか？それかピザでも取るとか・・・。」
　料理を作るのが苦手。それが、凛子が一人暮らしではなく、居候を選んだ理由のひとつでもある。
「いや。冷蔵庫になんかあるだろ。パスタかチャーハンでも作るよ。」
　俺は、リビングのソファーに鞄を置き、背もたれにジャケットをかけながらいった。料理は面倒だが、それ以上にまた外に出るのが面倒だった。
「え、でも疲れてるんじゃないですか？」
　凛子が心配そうに尋ねてくる。彼女は、クールで意志の強い綾子とは対照的に、おとなしく遠慮深いところがある。もっとも、新婚生活に割り込んでいるという負い目もあるのだろうが。
　だが、俺はそんな凛子が妹のように・・・といっても義理の妹ではあるのだが、可愛らしく思っていた。
　綾子にしても、綾子と凛子とはもともと仲のよい姉妹だったので問題はなく、俺達の生活はうまくいっていた。
　夫婦の夜の営みに関しても、気をつかってか凛子は、夕食が終わるとほとんど部屋に閉じこもって、出てこないので、問題はなかった。
　最初のころは綾子も遠慮していたが、新婚夫婦がそう長い間我慢することも出来るはずがなく、凛子が同居して一週間と経たず、凛子の部屋の向かいにある二人の寝室で抱き合った。
　いざ交わってみると、妹がすぐ近くにいるということから、いつも以上に綾子は濡れ激しく乱れた。しかし、慣れというのは不思議なもので、そんな状態も一月もすれば落ち着き、気がつくと凛子と同居する以前と同じように、ほぼ毎晩俺と綾子は。重なり合った。
「大丈夫だよ。チャーハンとか簡単なものになっちゃうけどね。それより、リンちゃん先にお風呂でも入ってくれば？」
　俺は、ネクタイをはずし、ワイシャツのボタンを二つはずし、腕まくりをしながら言ってやった。
　凛子も帰ってきたばかりといったが、その通りなのだろう。部屋には冷房がつけられていたが、顔や胸元がわずかに汗ばんでいる。
「え、いいんですか？でも・・・。」
　凛子は、また申し訳なさそうな顔をするが、その中にも「早くシャワーを浴びたい」という意思が読み取れた。
「遠慮しなくていいよ。上がってくるころには飛び切り美味しいチャーハンが出来上がってるから、早く入っておいで。」
「あ、ありがとうございます。じゃあ。」
　凛子は、嬉しそうににこっと笑い、足早に自分の部屋へ戻っていった。
　笑顔も綾子にそっくりだな。そう思いながら俺は、リビングとつながっているダイニングへ足を進めた。
　冷蔵庫を開けてみると、様々な食材が綺麗に収納されている。几帳面な綾子のおかげだ。たまねぎ、ニンジン、ピーマン、ソーセージに卵・・・。チャーハンの具を取り出し、最後に缶ビールを一本抜き出し冷蔵庫を閉める。
「うん。チャーハンだな。」
　缶ビールのプルタブを引き、冷えたビールを流し込む。至福のひと時を楽しんでいると、ひょこっと凛子が顔を出した。
「じゃあ、お先に失礼します。」
　胸元に着替えを抱え、ペコリとお辞儀をする。
「あぁ、ゆっくりしてきな。」
　俺は凛子が浴室へ向かうのを見送ってから、料理をはじめた。
　この時はまだ、自分があんな行動に移るとは思いもよらなかった。