| ６９ 上り階段 早朝の情報番組が短いニュースを一つ流していた。 「今日、未明・・・貿易業、大西勝太郎さん所有の木造平屋建て地下一階の住宅から出火し、住宅およそ３００平米を焼く火事がありました。」 「焼け跡からは、大西さんの長男、勝さん１７才が遺体で見つかり、そのそばで折り重なるようにして身元不明の２０代と見られる女性の遺体も発見されました。」 「二人の死因は、一酸化炭素中毒と見られ地下にいた勝さんと女性が煙に気付かず逃げ遅れたものと見ており、火の気のない玄関付近の燃え方が激しいことなどから、警察と消防は、近所で相次いでいる連続放火事件として調べを進めています。」 「・・・・つぎのニュースです。・・・総選挙を・三日後に控えた・・・・。」 どこにでもありそうな日々のニュースの中、見たものの感覚はいずれも違っていた。実行させた田辺は、ほくそえみながら次回の佳乃の嗜好研修日に合わせ入札を開始していた。 実行した酒臭い男は、田辺から受け取った金で久しぶりの安宿に泊まり、朝のニュースを見ながら唖然とする。二人の死者を出したことに身震いするが、カップ酒を飲み干すとそんなことも忘れ、自分の放火した家の映像とそれを読み続ける女子アナの声色を聞きながら、汚れた陰茎をしごいている。 何も起こらなかった昨日の嗜好研修を終えた佳乃は、朝食の支度を止め心臓の高鳴りを押さえるのに必死だった。伝わったニュースは断片的ながらも、学生証の幼い顔をした勝は佳乃の知る勝と同一人物で間違いなくその横に折り重なっていたのは由香里であることも確信していた。 「ゆ、由香里さん・・・・。」 佳乃は由香里の名を呼び、テレビの画面に向かい手を重ねるのが精一杯であった。一度しかあったことのない由香里に対するせめてもの供養のため声に出さない経を唱えていた。 高山と大島は、朝の情報番組から得る情報など何もないためか、テレビ画面は真っ暗のまま。しかし、高山の携帯がけたたましくなったのはニュースの三分後で金山が興奮気味で詳細を話す。 「あぁ・・そうか。・・・放火か。・・・自殺やないんか？」 「・・・違うようです・・・放火みたいですね。」 「ええ客・・無くしたなぁ・・・。」 「それより・・・高山支配人・・・一緒に死んでた女・・・おそらく元備品ですよ。」 「最近だけでも２人いたんちゃうか。・・・払い下げは。」 「・・・昨日のＮＯ２６との嗜好研修中にあいつの持ってきた動画のなかに・・・もう一人の元備品のスナッフフィルムが流れてたんで・・・そいつはどこかで恐らく殺されてます。」 「なんやその・・ややこしい名前は。」 「・・簡単に言うと殺人ビデオです・・東欧なんかで人気があるんです。誘拐してきた女を殺して、そのフィルムを高値で売りさばく・・・商売なんです。」 「恐ろしい・・・・なんて奴や。せやけど一緒におった元備品、焼死体やったら・・・身元わからんのと違うか？」 「いや、一酸化炭素中毒らしいですよ・・・ＤＮＡ鑑定なんか・・しますかね？」 「そうやなぁ・・・万が一のこともある・・・調べを入れといてくれ・・・詳しくな。」 「はい・・・わかりました。・・・なにかわかりましたらご報告いたします。」 「頼んだでぇ。」 高山の電話を切ると金山は、ネット上に氾濫する闇サイトなどを開いていた。頼まれたものの情報源はネットの中にしかなく金山の仕事は限られ、成果を挙げることはないことを自覚していた。 「・・・放火事件？」 「えぇ、今朝の放火事件・・あの家の住人は嗜好研修の会員でして・・・。」 「・・それが？」 「えぇ・・・・昨日、その嗜好会員を送るさい、あるバイクに尾行されてました・・・・。」 「・・そいつが犯人だと？」 「いえ・・・私の勘では、多分・・・・そいつは探偵です。」 「では、その裏に誰かが・・いると？」 「えぇ・・・嗜好研修所から・・つけられていたとなると・・・その日・・・重複していた男の差金ではないかと思いまして。」 「その男が・・・何かメリットでもあれば別だが・・・わざわざ殺すこともなかろう。」 「えぇそうなのですが・・・。」 「笹山警部・・・・はっきりいいなさい・・・狙いはなんだ？」 「犯人の特定をされますと・・・所轄が動き始めます。」 「そうすれば君は動きにくくなる。」 「はい。・・・もう一つは・・・所轄に引っ張られる前に・・実行犯もしくは教唆犯を・・・研修所に・・。」 「そうすれば・・幹部に気に入られると・・そういうことだな。」 「えぇ・・早めに・・・幹部への心証を良くしなければ・・。」 「しかし・・教唆の男・・・嗜好研修所がそのままにしておくとは・・・限らんぞ。」 「えぇ・・・消しに掛かるでしょう・・・その実行部隊の組織も明らかになります。」 「そいつらは・・生贄か。」 「岸本警視監・・・・多少の犠牲はかまわないと・・・・。」 「あぁ・・そういったな・・・。やむをえまい・・・こいつらも・・・犯罪者であることに違いはないのだからな。で、私は・・・なにを？」 「警視監には・・・所轄の捜査情報を伝えていただくだけで・・・。」 「それが問題だな・・・私が首を突っ込むやまではないから・・彼らも詮索をしよる。」 「・・・。」 「まぁいい・・やり方は・・いくらでもある・・・ちなみに・・・どこの所轄だ？」 「田沢署だと思います。」 「ほう・・・あそこの署長は・・・。」 「なにか？」 「いや・・・私の苦手な男の、子飼いでな・・・・少しやりにくいが。・・で、放火された自宅の所有者は何て名前なんだ？」 「・・・はい、大西勝太郎という男の所有です。・・・息子の勝・・と、女が一人仏さんに・・。」 「大西勝太郎の・・・・所有。・・・・・・そうか。」 「ご存知で？」 「い、いや・・・知らないが・・・・長くなった、また連絡をいれる。・・・ガチャ。」 笹山は、岸本の動揺をうかがい知ることもなく、通話が遮断された携帯電話をポケットにしまう。 高山から報告を受けた大島は、右から左に聞き流すように話を逸らす。 「どうでもええ話やないか。」 「・・・・。」 「ガキが一人と・・・牝が一匹死んだだけや。」 「でも・・・なにか、勘付かれやしませんか・・・サツに。」 「そうやな・・足がついたところで・・・腕利きの先生に頼んだらしまいやけど・・・。」 「・・けど？」 「貸しをそれこれと作るわけにいかん。」 「はい・・・で？」 「頭の悪い奴やなぁ・・・・一人居ったやろ・・・うちにも・・・探りの上手い奴が。」 「金山には・・・声かけましたが・・・あいつは覗き専門で・・。」 「あほうぅ・・・・加山佳乃の監視員しとる男・・・あいつを使え・・・。」 「まだ・・新参ですよ・・・。」 「わしは・・あいつの目を見たときから・・・上に上がって来る男やと、おもってんねん。」 「・・・佐々木が？」 「あぁ・・そうや・・・手配せい・・・その間は違う監視員を付けても構わんから。」 「へい・・では、あいつに犯人探しさせます。・・・代わりの監視員は、神崎とこの三治にでもさせます。」 「ええやろ・・・頼んだで。」 高山の方をポンと叩くと大島は欠伸をしながら扉の外に消える。高山は携帯を手に取り佐々木へ発信する。しかし、話中で留守電に変わると咳払いののちに用件を録音し始めた。 「・・高山や・・・後で話がある・・・詰め所に入ったら折り返し電話せい。」 数分の時間を待つと折り返しの電話が鳴り、高山は時間を指定し打ち合わせの時間を夕方に設定させた。 佐々木の狙い通り上階へ進む足場は組みあがり、組織の内部への潜入は２段飛ばしで進行していた。 |
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| 2009.12.30掲載 |
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