１

　ポルシェを乗り回し、食事は決まってホテルの高級レストラン。デートの度にブランド名を見せ付ける様に大きな紙バッグを抱えて、待ち合わせ場所にやって来る。
　大学時代に始めた携帯電話事業が当たり、総資産額は外国の雑誌に紹介されるほどだった。今時、バチが当たりそうなバブリーな生活を春彦は送っていた。
　こんな男性を求めていた恵理なのに、いざ付き合ってみると期待外れだった。春彦のメッキは意外とあっさり剥がれた。

　初めてベッドを共にしたのは３回目のデートだった。横浜にあるホテルの最上階のロイヤル・スウィート。その広さと幻想的な夜景に、恵理の中には連れ込まれたという感覚はなかった。眼下に広がる宝石を眺めて優雅なムードに浸りきっていた恵理の気持ちを、一瞬に砕いたのは春彦だった。
　背後から急襲されたのだ。いきなりスカートを捲り上げられパンストとパンティーを足首まで下ろされた。
「ど、どうしたんですか…春彦さん…やめてくださいっ…こんなこと…」
　そのつもりで身に着けたダナキャランのパンティーはゆっくりと脱がしてもらうつもりだったのにと恵理は心の中で舌打ちをした。春彦もスーツを脱がず、ファスナーだけを下ろし固さを覚えた男性自身を押し付けてきた。壁に手をつかせ恵理のまだ濡れていない女芯に無理矢理挿し入れようとする。当然、うまくいかない。自分の右手を舐め唾液を擦り付けてはみるものの入らない。

　焦る春彦とは対照的に恵理は冷静だった。金はあってもこの男、育ちが悪いわと的確に分析していた。
　貧しい家庭環境で育った子供は食事のテーブルに好物の品があれば、後の楽しみとして残しておく事はせず、真っ先に食べてしまうと何かの本に書いてあった。次にまたいつ食べられるか分からないという不安がそういう行動を取らせてしまうそうだ。食事とセックスは繋がっている。射精だけが目的のセックスからは育ちの良さなど感じられるはずもなかった。

　何でも買い与えてくれるし、美味しい物も食べさせてくれるから、春彦の内容の無い貧しいセックスにも恵理は耐えていた。シャワーも浴びず、服も脱がず、前戯もなく、ただ乾いた痛みが大事な入り口から、毎回広がっていく。
　女のほうが賢い。脱がなくても結合できる股割れパンティーを通販で手に入れたのは恵理だった。

２

　前回のデートから２週間。そろそろ春彦からお誘いがあるんじゃないかとぼんやりと考えた瞬間だった。メールの着信があった。
“今夜どうです？いつものロビーでいつもの時間に。春彦”
　待ってました。恵理はすぐに返信した。
“分かりました。恵理”
　勤務を終え、会社の制服から私服に着替えると、ロッカーに常備してある股割れパンティーを手に、はきかえる為にトイレへ駆け込んだ。

　いつものように先に来て待っていたのは春彦だった。恵理を一度も待たせたことは無いし、それに恵理がどんなに遅れても文句ひとつ言わなかった。

　高級中華を口にしながら春彦は切り出した。
「今夜は部屋、取ってないんだ」
「えっ、お食事だけ？」
　恵理は心の中で小さくガッツポーズを取った。
「いや、実はね、トイレでしてみたいんだ…」
「トイレ？」
「１階のフロントの横にトイレがあるだろ。あそこで人の出入りの気配を感じながら、したくてさ。ダメかな？」
　エルメスの大きな紙バッグを差し出しながら春彦は懇願した。そのかさばり具合から小物でないことは確かだ。
「トイレでなんて、したことないし…」
　軽く困惑してから紙バッグを受け取った恵理。交渉は成立した。

　婦人用のトイレの一番手前にある個室が空いていた。恵理の手招きに吸い込まれるように春彦が個室へ消えた。
　何も期待していない恵理だったが、嫌な臭いもせずピカピカの床を見ると少しホッとして、サービスしちゃおうかなとまで考えていた。
　ガチャッと鍵を閉める音を合図に二人は唇をむさぼり合った。夏樹の身体を壁に押し付け、顔の下半分を吸い上げるように春彦は口を大きく開けキスを続けた。チュパチュパと下品な音が個室に響く。
　舌を最初に挿し込んだのは恵理だった。細長い舌は獲物を求めて、口の中を上へ下へと忙しく這い回った。
　二人の唾液は潤滑油となりお互いの唇を滑るように密着して激しさを増した。
「んんっ…チュピ…チュピ…んはっっ…」
（どうしたんだろう…今夜の私。）

つづく