「あ〜あ、これだけ残業が続いたらご飯もゆっくりと家で作れないわ。ぼちぼちトラバーユ考えなくちゃ。あ、そうそうコンビニに寄って帰らなくっちゃ」

　終電で駅までたどり着いた衣葡（いぶ）はかなり疲れ果てていた。
　マンションまでは徒歩８分ほどある。
　大通りから１本入っているので車があまり通らない。
　暗い夜道にブーツの足音だけが響く。
　住宅街を抜けてようやく１軒のコンビニに辿り着いた。
　最近残業が続いているため、毎晩この店を愛用している。
　もしかして店員も顔を憶えてくれているかも知れない。
　ただコンビニと言うのはいくら通っても、下町でよく見掛ける個人商店の「毎度〜！」という雰囲気は全く無い。
　その当たりが不満ではあるのだが、逆に煩わしくも無かった。

　衣葡は自動ドアをくぐると、すぐにプラスチックの容器を手にした。
　弁当や惣菜のコーナーに行き、スパゲティとゴボウサラダを買った。
　それから菓子のコーナーでスナック菓子を容器に入れた。
　そのままレジーに行こうとしたが、ふと、立ち止まって雑誌のコーナーに向かった。
　毎月購読している雑誌「ＪＫ」が今日発売日であることを思い出したのだ。
　今月の特集は見逃せない。
　テーマが｢女性の絶頂について｣だったから、好奇心の旺盛な衣葡にとっては見逃せなかった。

　雑誌のコーナーには数名の若い男女が立ち読みをしていた。

「あ、これだわ」

　女性ふたりの間にやや遠慮気味に割込むように手を伸ばした。
　ページを繰った。
　結構過激な挿絵までついて解説している。
　これは面白そうだ。
　ＪＫを容器に入れ、レジーに向かった。
　レジーは幸いに混んでいなかったのですぐに清算を済ますことができた。

（さあ、明日は休みだ。今夜はこの雑誌を読もう。うふふ、楽しみだわ。）

　週末とは言え、特にデートの予定は無かった。
　彼氏はいるのだが、人事異動で遠方に転勤してしまったのだ。
　週末、終業時刻と同時にルンルンと急ぎ足で帰るＯＬ達が羨ましくもあった。

（でもいいの。たまにしか会えないけど、会った時は人一倍甘えさせてもらうんだから。）

　衣葡は自分にそのように言い聞かせた。

　ドアを出て数歩歩きかけたその瞬間だった。
　後から自分を呼止める男性の声がある。

（誰？どうしたのかしら？私、おつりでも忘れたのかしら？）

　衣葡は訝しげに後ろを振り返った。
　若い男性店員であった。

「あの、ちょっと来て戴けますか〜」
「え？私が何か忘れ物でもしました？」
「そうです。忘れ物ですよ。とにかく来てください」

　どうも忘れ物をした客を呼びとめるには高圧的であった。
　だが、とにかく行くしかなかった。
　店員に付いて再び店内に入った。

　店員がレジーの横の既に開いているドアを指して、「どうぞ」と言った。
　店員に笑顔が無い。何かおかしい。
　忘れ物なのにどうして奥に案内するのかしら？
　と不審には思ったが、案内されるがままに従うことにした。

　中に入ると中央に大きなテーブル、奥には事務机やパソコン等機器が置いてあった。
　ダンボール箱や書類も積まれて雑然とした部屋であった。
　たぶんこのコンビニの事務所なのであろう。

　大きなテーブルの向こう側に初老の男性がこちらを衣葡を見つめ、高圧的に言葉を浴びせた。
　頭頂には髪は少なく、真横の髪を真上にかきあげたいわゆるバーコードヘアであった。
　痩せているからか皺が異様に多い男であった。
　このコンビニの店主であり、名前を松野と言う。

　松野は意地悪そうな目つきで衣葡に言った。

「困るんだよね。そう言うことされちゃ」
「え？何か…私が何か？」
「何がじゃないよ！あんたが私の店の商品を盗んだのを店員が見たんだよ。いわゆる現行犯って奴だね。さあ、とりあえず商品を返してもらおうか。警察に行ってもいいんだぞ！」
「そんな〜！嘘です。私、万引きなんてしてません！そんな酷いことを言わないでください！」
　衣葡は声を荒げ松野に抗議した。
「しらばっくれても駄目だ。どうしても出さないと言うなら改めさせてもらう。出てくればいっしょに警察に行ってもらう。いいね」
「そんな乱暴な！私、盗んでなんかいません。やめてください！！」

「まあ、調べれば判ることだ。さあ、検査しよう。なあ、お嬢さん。大人しくいていればすぐに判ることだ。」

　松野は衣葡のバッグを隈なく探した。当然何も出てこなかった。
　引続き松野は、衣葡の春物の薄手のコートの上からポケット当たりを触り始めた。
　すると左ポケットから、１包みの生理用品が出て来た。
　もちろんパックは開封されていなかった。

「はっは〜ん…やはり…」