それから時は流れ、季子にオンナの肉体と学問を教わり、ついに第一志望の大学の合格発表の日がきた。
　既に滑り止めの大学には合格しているので、少しは気が楽だが、やはり、本命に受かりたいの思いは強い。
　それにしても、必死に勉強した。
　こうして、必死に勉強してこれたのも、季子とセックスできるという最高に甘い飴があったからだが、それよりも、模試の結果がよかったときの季子の笑顔が見たかったからだ。あの天使のように微笑む季子の笑顔が嬉しかった。
　そして、今日、合格したら真っ先に季子の住むアパートへ報告にいく約束をしている。　最高のご褒美をもらうことと、大学生になったら、と封印されていた季子への交際の申し込みを解放するために。　
　なやましく喘ぐ季子の姿が目に浮んできた。
（あ、やばっ、たってきた）
　それもそのはず、年が明けてから、季子とセックスをしていない。それまでは、毎週日曜日に季子の部屋に行き、交わっていたのだが、いよいよ最後の追い込みということで、出入り禁止令が出されてしまった。
　しかし、季子と合えなかったわけではない。
　直前対策ということで、先週までは家に来ていた。
　だが、あの夏の日と違って迎えの部屋には妹、一階には母がいるので、さすがに恭平の部屋ではセックスまではできない。
　けど、たまるものは溜まる。
　そんなときは季子の口や手で抜いてもらった。
　もちろん、細心の注意を払いながら。

　そんなことを思いながら歩いていると大学の正門が目にはいった。
　笑顔、涙、暗い顔、いろいろな表情の人間が正門からでてくる。
　自信はあった。
　ポケットの中にいれた、季子からもらった合格祈願のお守りをきつく握り締めながらキャンパスに一歩踏み入れると、季子の姿があった。
「あれっ、季子さん、うちで待っているんじゃ、なかったっけ？」
「うん、そうしようと思っていたけど、どうしても、落ち着かなくて、来ちゃった」
「で、見た？」
「まだ見てない。恭平くんと一緒にみようと思って」
　
　合格者のナンバーが表示されている掲示板の前に立った。
　目で番号を追っていく。
「あったぁぁっ！」「あるっ、あるよぉっっ！」
　二人はほぼ同時に声をあげ、どちらかともなく手を握りながら喜びをわかちあった。

　そして、興奮覚めやらぬ中、恭平と季子はキャンパスからでて、駅の方に向かった。

「ほんと、よかったぁ。あ、おめでとう」
「ありがとう。これも季子さんのお陰だよ」
「そんなことないよぉ。わたしはただきっかけを作っただけ、全ては恭平くんの実力なのよ」
「へへっ、そうかな……でも、やっぱり、季子さんて出会えたからだと思うけど」
「ははっ」
「ふわぁぁっ、でも、ようやく、解放されたよぉぉぉっ」
「うふっ」
　と最高の笑顔を見せつつげる季子の耳元に唇を寄せ、
「ねぇ、季子さん、ご褒美は？」
「え？　ご褒美って」
「セックス」
「何、言っているの？　こんなところで」
　季子の頬を朱に染め小声で言った。
「だって、年明けからずっとセックスしていないし。それに、このままじゃぁ、せっかく教えてもらたテクニックを忘れちゃいそうだしね。ねぇ、いいでしょ」
「そうね、あっちの方も合格させないとね。でも、お腹がすいたから、先にご飯を食べましょう」
「え、でも、おれ、千円しかない」
「ばかっ、そんなの気にしなくていいの。今日は、恭平くんの合格祝いっていうことで、奢るから」

　そして、駅前の洒落たカフェで昼食を済ませ、その近くのラブホテルにはいった。

＊
　
「あぁぁっ、いいっ、いいっ！」
　この日のために、オナニーを我慢し精液を溜めに溜めこんだ恭平の肉棒は怖いくらいに強暴だった。
　季子も言ってたが、恭平自信も見た目でわかるくらいにいつもより大きく膨らんだ強棒が季子の膣奥の中に深く突き刺さっている。
　お尻の穴と結合部がはっきりと見える後背位の体制が恭平の興奮をより誘う。
　恭平はオンナの腰をがっしり掴んで、背後から激しく突きまくった。
「あぁっ！　だめっ！　そんなに強く突いたら、壊れちゃうっっっ！」
　季子が首を仰け反らせながらダメッと大きな声をあげたが、心の底から嫌がってるのではないことが、抜き差しする肉棒に絡みつく白く濁った粘液からわかる。
「壊れて！　ぶっ壊してやるよ！」
　言葉遊びには応えることで、性感が高まってくる。
　恭平は、さらに力強く肉棒を膣の奥にぶつけだした。
　男の恥骨と女のお尻が激しくぶつかりパンッパンッという音が鳴り響く。
　身体を支えていることが辛くなったのか、季子の上半身は崩れ落ち、ベッドマットに頬を押し付けた。
　投げ出された細指はきつくシーツを握っている。
　季子の耳朶は真っ赤に染まり、開いた唇からは唾液さえ流れている。
　本気で感じている証拠だ。
「あぁっ、いいっ、いいっ！　そこっ！　気持ちいいっ！」
　快楽で眉をしかめながら、季子はいう。
　もぉ、何度も射精感を抑え込んだ。射精しそうになるたびに、難しいことを考え気をそらしたり、前後から回転へ腰の動きを変化させ肉棒への刺激を抑制したりと。
　初めてのとき、一分も持たずに射精したのと違い、何度か肉体を重ね、恭平は自分の快感をコントロールできほどまでに成長していた。
　もちろん、性技のバリエーションも増えている。
　季子の教えもあったが、恭平は受験のための勉強だけでなく、女の肉体や性技についてもインターネットで学んでいた。
　今日なんて、バリエーションの富んだ愛撫に季子が驚いたほどだ。
　が、そろそろ、我慢も辛くなってきた。
　ぴったりと亀頭に密着する膣肉の凸凹が何度も射精を誘ってくる。
「あぁっ、いきそうっ」
　季子のイクという声が恭平の興奮を高めた。
「あぁ、季子さん、俺も、俺もっ」
　と、ズンッと膣奥まで肉棒を突き入れた。
「あぁんっ、いいわっ！　もっと、もっと激しく突いてっ！」
　待ってましたと言わんばかりに、射精へ向けて、腰の動きを早めた。
　生の膣肉が肉棒に絡みつき、たちまち射精感が込みあがってくる。
「あぁ、いくっ、いくよっ」
「あぁっ、一緒に！　一緒にいってっ！　あんっ、あんっ、いっ、イクッッ！」
「あぁ、で、で、ぐっ、いくっ、ううっ、うっ！　うっ、うっ！」
　下腹部が震え肉棒に痺れが走った。咄嗟にキュッと締め付ける膣肉から肉棒を引っこ抜くと、竿の底から亀頭に向けて強い脈動が波打った。
　亀頭の割れ目が開き、真っ白の精液がジュ、ビュッと残り少なくなったポンプ式のシャンプーボトルの小さな口から出るような下品で淫猥な音をたて、季子の丸いヒップにふりかかった。

＊

「どう？　季子さん、合格かな？」
　俯伏せのまま肩で呼吸している季子のお尻についた大量の精液をテッシュで拭き取りながら季子に声をかけた。
「すごい、すごいよ……恭平くんじゃないみたい」
　季子が身体を反転させ、応えた。
「それって、どういう意味？」
「ふふっっ」
　季子は笑ってそれに応えずに半身を起こし、恭平の唇にチュッと唇を重ねた。
「今までで、一番よかったわ」
「それって、どの男よりも？」
「……たぶん、そうかも」
　照れたようにいう季子に胸がキュンとなった。こんな、季子を見たのは始めてだ。可愛い、愛しい。たまらずに、季子を抱きしめ、押し倒す。
「あぁん、そんなにきつく抱かれたら苦しいよぉっ」
「季子さん、好きだ、好きで好きでたまらない」
　そういいながら、季子の太ももにザーメンと愛液で濡れた肉棒を押し付ける。
「あぁ、すごい、まだ硬いまま」
　季子が肉棒を握ってきた。
「もう一回しよっ」
「ばかっ、あんっ」
　再び、パックリと開いた割れ目に肉棒を挿入した。

＊

　そして、二回戦の終了後、恭平と季子はベッドの上で全裸のまま快楽の余韻に浸ってた。
「もぉ、恭平くんったら、激しいんだから」
　季子が言いながら胸をつねってきた。
「いててっ……でも、季子さんも感じたでしょ？」
「うん、感じた。一回目よりも、よかったかも……」
「ははっ」
「ほんと、上手になったね。もぉ、わたしが教えることは何もないみたい。て、いうことは、卒業かな……」
「え、卒業って」
「言葉のまんま、これでわたしから卒業するの」
「卒業なんていやだよ」
「大丈夫、もぉ、自信を持っていいわ。あとは、大学にいって、恋をして、その彼女を喜ばせてあげなさい」
「いや、そうじゃなくて、俺の気持ち、わかっているでしょ？」
「えぇ、なんだろっ？」
「だから、これからは恭平くん、季子さんじゃなくて、恭平、季子って呼べる関係になりたい」
「ははっ。それって、もしかして、告白かな？」
「茶化さないでよ。合格したら、俺とちゃんと交際してほしい、彼女になってほしい。そう言うって、約束したでしょ」
「そ、そうだったよね。でも、答えは今すぐだせないよ……わたしの中での恭平くんは生徒であり、弟のようなものだから」
「普通、弟とセックスしないよ」
「あはっ、それもそうね。まぁ、弟がいないわたしには姉が弟に対する感情はよくわからないけど。弟がいたら、こんな感じなのかな？　とか思って」
「……」
「ねぇ、弟ってことじゃあ、だめ？」
「無理だよ、俺はそういう思うことはできない。だって、季子さんを愛しているんだから！」
「愛、愛かぁっ……ねぇ、愛することって、どういう意味だか、わかってる？」
「うーん、そんなのは言葉じゃない、理屈じゃないんじゃないの？　ただ、愛する本人だけが知っている感情のことだから」
「うーん、違うんだよなぁ」
「じゃぁ、なんだよ、愛って。俺にはわからないよ、どういうのが愛するっていうのか教えてよ」
「あのね。愛することって、相手に全てを捧げることなんだよ。相手が一番幸せになることを思って行動するの。例えばね、わたしの将来を幸せを願って、身を引くということもそう。恭平くんはわたしの為にそこまでできる？」
「それは違うでしょ。だって、愛していれば、愛する人を欲しい、愛する人とずっと傍にいたいというのが、本当の心でしょ。身を引くなんて、そんなのは愛じゃないよ」
「うーん、もし、身を引くことによって、わたしが最高の幸せを掴んでも？」
「……そんなの、わからないよ。もしかして、好きな人ができた？　それで、俺に身を引けっていっているの？」
「好きなひと……、そうね。今、言い寄られている男性で気になっている人がいるのは確かね」
　恭平の脳裏に見知らぬ大人の男に抱かれている季子が浮かび、胸に鋭い痛みが走った。
「もしかして、そいつと？」
「ははっ、そんなわけないじゃない。わたしは、何人もの男に同時に身体を預けるほど器用な女じゃないわ。身体を重ねる相手は一人だけでいいの」
「ということは、今、俺を好きなんだよね」
「うん、嫌いだったら、こんなことしてないし、初めてのときに絶対拒否しているよ」
「うん、で、嫌いじゃないっていうりは、曖昧だなっ。好きっていってよ」
「好きだよ……」
「俺も、季子さんのこと好きで好きでどうしようもない」
　恭平は力強くいい、言葉をつづけた。
「だったら、何も問題がないじゃん。付き合おうよ。好きあっていたら付き合うのが自然でしょ」
「うーん、さっきも言ったけど、その答えは、今すぐは出せない。少し時間を頂戴、真剣に考えたいから……。さっ、今日は帰りましょ。お家のひとも結果が気になっているでしょうから」
「まだ、いいよ」
「だめっ、帰りなさい。それにわたしもこれから予定がはいっているし」
　再び、恭平の中に見知らぬ男が浮かんだ。
「ふぅぅん、そいつと会うんだ」
「もぉ、ほんとに怒るわよ！　前にも話したでしょ。生徒は恭平くんだけじゃないの。これから、その生徒さんのところにいかきゃならないの！」
　力強くいう季子に圧倒されシュンっとなった。
「ごめん……けど、いつ返事をくれるの？」
「実はね、お母様から恭平くんが滑り止めに受かったとき、第一志望の合否に関わらず、お食事会をしましょうってお誘いを受けているの。だから、その時まで待って」
「その日はいつ？」
「次の土曜日よ」
「わかった……いい返事を期待しているから」
　そうして、二人は着替え、駅まで会話なくあるき、別々の電車にのった。

　恭平は電車に揺られ、変わり行く窓の外の景色を見ながら思った。
（今日は最高の日になるはずだったのに、最低だなっ）

＊

　そして、食事会の日がやってきた。
　季子にあったのは三日前だが、一ヶ月以上もあっていないような感じがする。
　長かった。
　なにしろ、季子からじっくりと考えたいから、電話のみならず、メールさえ、送ってこないように釘をさされていたから。
　この三日間、どんな答えがくるのか？　季子は『好き』といったくれたから、きっと、いい答えがくると勤めて前向きに考えようとしたが、不安は消えない。『相手のことを考えて身をひくのも愛』という言葉が何度も頭の中で木霊した。

　食事会の会場である和食レストランがあるホテルのロビーに家族と共にいくと既に季子はいた。
　季子は、直に、こちらに気づき立ち上がって軽く会釈しこっちに歩んでくる。
　恭平は普段とは違う、スーツ姿の大人のおんなの季子にドキッとすると共に妙な引け目を感じた。
　一応、恭平も入学式のために新調したスーツを着込み、ネクタイをしているだが、傍から見るとスーツを着ているのではなく、スーツに着られてるという感じだろう。
　恭平自信も、そう感じていた。
（やっぱり、季子さんとでは、釣り合わないかな）
　とのマイナス思考が脳裏をよぎったが、あわててそれをかき消すように首を振る。
「なにやってんだ？　恭平」
　父の言葉に恭平以外の皆がドッと笑った。
「ほらっ、ボーっとしていないで、先生に挨拶しなさい」
「あぁ、こんばんは」
「こんばんは。あはっ、なかなか似合っているよ、そのスーツ」
　季子が満面な笑みを浮かべた。
（あぁ、やっばり、季子さんだ……それに、この笑顔、たぶん、いい答えが返ってくるに違いない）
　恭平は心の内側に自信が漲ってくるのを感じながら、レストランに向かう両親、季子につづいた。

＊

　二時間の食事会はあっという間に終わった。
　まだ、季子から返事はもらっていない。もちろん、返事をもらうチャンスがなかったからだ。
　恭平は季子と僅かでもいいから二人だけの時間を作りたいと焦った。
「じゃぁ、何度も言うようで、もうしわけないかですが、この馬鹿息子が志望校に合格できたのも、本当、先生のお陰です。ありがとうございました。また、これからもたくさんのお子様をご指導されていくのでしょうが、どうか、頑張ってください。それと、これはささやかな気持ちですので」
「いえ、いえ、お父様、そんな……」
「いや、これは私どものささやかな感謝のしるしですから」
　と、父が季子の手を取って強引に封筒を握らせる。
（あっ、おやじっ！）
　そんなオヤジに恭平はムカつき、「おやじ！」と声を荒げた。
　すると、母親が「あんたは、黙ってなさい」と耳元で囁く。
「ほんとうにすみません。こんなことまてしてもらって、何ていったらよいのか？　本当、恭平くんを指導することができて、そして、温かい家族の皆様と付き合うことができてわたしは幸せでした」
「そんな、これで終わりにしないで、先生さえよかったら、いつでも、遊びにきてくださいね。もぉ、うちは親戚なようなものだと思ってますから」
　と、母が言いい、「はい」と季子が笑顔で答えた。
「ほらっ、恭平もしっかりと挨拶しなさい」
　父がせかす。
「あぁ、季子さん、先生、今までありがとう。絶対、また遊びにきてね」
「うん、ありがとう。恭平くんも大学生活をエンジョイしてね」
　
「じゃぁ、これでお開きにしましょう。それと、これ使ってください」
　と、オヤジは言い、季子にタクシーチケットを手渡した。
「あ、すみません、そんなに気を使ってもらって」
「いえ、いえ……、じゃぁ、いきましょうか？」
「あ、すみません、その前に、ちょっとお手洗いに……」
　季子は言って、ちらっと恭平に視線を送った。
　恭平はその視線に気づいた。季子がきっかけをつくった。いよいよ、結果がわかると気が張り詰めたとき、「わたしもいく」と妹がいった。
「じゃぁ、わたしもご一緒しよかしら」と母が言う。
　あげくの果てには父までもが同じことをいった。

　結局、チャンスは作れずに、ホテルからでた。
　そして、父がタクシーを呼び、季子に乗るように促した。
（あぁ……）
　と、落ち込んだとき、季子がタクシーに乗り込む前に、ハンドバッグから封筒をとりだした。
「恭平くん、これっ、大学生活をエンジョイするための心得のようなものが書いてあるから、参考にしてね」
　と、封筒を渡してきた。そして、
「じゃあね」
　と、手を差し出してきた。
　その手を握った。強く、強く。
　ずって、握っていたかった。そうしていないと、季子がどこか遠くにいってしまう。そんな不安を感じたからだ。
「ほらっ、恭平、先生困っているじゃない」
　母の声にはっとして季子の手を離した。
「じゃあ、頑張ってね」
「じゃあ」
　扉がバタンッと閉まり、タクシーが発信した。
　恭平はずっと季子を見ていた。

＊

　家に戻ると真っ先に部屋にいき、貰った封筒を空け便箋を開いた。

　我が愛しき教え子、恭平くんへ。

　やったね！　合格おめでとう！
　先生も嬉しい！
　恭平くんなら、絶対、受かると思っていたよ。
　そんなことは、此間いったよね。
　
　それで、こないだの返事だけど。
　この三日間ほとんど寝ないでいろいろと考えたの。
　正直、恭平くんに告白されたときは、嬉しかったわ。
　久しぶりにドキドキしちゃった。
　けどね、わたし、怖いのよ。
　恭平くんの愛を受け止める自信がないの。
　だから、恭平くんが望むように恋人同士にはなれない。
　ごめんね。

　恭平くん、落ち込まないでね。
　キャンパスライフは楽しいから。
　それに恭平くんカッコイイから、絶対に可愛い彼女ができるから。

　そうそう、もしかすると、どこかで偶然出会うこともうるかもね。
　その時は笑顔で、ネ。

　恭平くんと一緒に過ごした時間楽しかったよ。
　楽しい思い出をありがとう。
　元気で頑張ってね。
　
　ｂｙｅ　ｂｙｅ

　季子
　
　恭平はの心に重たいものがずっしりと圧し掛かった。
　なんで！　納得がいかない。
　季子から拒否されたことは事実だが、会って説得すれば、なんとかなるかもしれない。
　恭平はバイクのヘルメットを手にし階段を駆け下りた。
「おい、どこにいくんだ」
　と、酒臭い匂いをプンプンさせた父がいう。
「ちょっと、友達んち」
　と言って、玄関をでて、単車にまたがってヘルメットを被りエンジンをかけ発信した。

　夜の道路は空いている。
　およそ、十キロ離れた季子の住むアパートに二十分でついた。
　エンジンを切り、ヘルメットをとり、単車からおり、季子の住む二階に向かって階段を駆け上った。
　季子の部屋の前にきた。
　電気がついていない。もぉ、寝たのだろうか？
　チャイムを鳴らした。
　反応がない。
　キッチンの小窓を叩き、小声で季子さんと繰り返し呼んだ。
　が、全く反応が無い。
　叩く手の力をこめた。
　すると、隣の住人の扉が開き、扉の隙間から女が顔をだしこちらを窺った。
「ちょっとぉ、何時だと思ってんのぉ。あたし、明日早いんだから、静かにしてよね！」
　女の声には怒気がこもっている。もぉ、十時過ぎである、当然だろう。
「あ、すみません」
　と、謝ったが、ここで帰るわけにはいかない。
　窓を叩くのはよして、再びチャイムを鳴らした。
「……ねぇ、君っ、お隣さんのお知り合い？」
　女が気だるそうな声をだした。
「はい。そうですが」
「あのね、その人だったら、此間、引っ越していったよ」
「はっ？」
「だから、引越ししたって」
「あ、そうなんですか！　で、引越し先わかります？」
「そんなのわかるわけないでしょ。友達でもないのにいちいち聞かないわよ」
「ははっ。そ、そうですよね……すみませんでした」
　恭平はガックリと肩を落としながら、季子の部屋から離れていった。

　単車に戻った恭平は携帯電話を手にし、季子の携帯にかけた。
　しかし、使われていないとのメッセージがむなしく響いた。
　メールも送ったが、もちろん反応はない。

　これ以上ここにいても無駄である。
　恭平はヘルメットをかぶり、単車を走らせた。
　どこを走っているかわからないほど、頭が混乱している。
　そんなとき、胸ポケットにいれた携帯が振動し、季子さんだ！　と何故か思った。
　単車を側道にとめ、携帯を開き、メールをみた。

　わたしを探さないで。
　いい思い出を壊さないで。
　早く家に帰りなさい。

　やはり、季子からだった。
　
　どうして？
　恭平の目にジワッと涙が広がった。
　直に、「一度だけ、最後いいから、会ってほしい」と返信した。
　そして、ヘルメットもとらずに、その場で一時間待ったが、携帯は反応しなかった。
　涙が次から次へと溢れてくる。
　涙がとまらない。
　
＊
　
　あの悲しみから四ヶ月がたち、大学は夏休みにはいった。
　季子が断言したとおり、彼女ができた。
　学年は同じだが、一浪している彼女は年上だ。
　彼女を抱けば、セックスすれば、季子を頭の片隅へ追いやることができると思い、何度も彼女を愛した。
　が、やはり、季子のことが忘れられない。
　愛撫をしている最中も季子の匂い、反応、甘くせつない声が、頭に浮かぶ。
　彼女を心から抱くことがてきない。
　きっと、彼女も満足していないだろう。
　こんな状態ならば、彼女に対して失礼だ。いっそ、別れたほうが、彼女にとって幸せなのかもしれない。
　優しくて尽くしてくれる、初心な彼女を騙しているようで、申し訳ない。
　今日のデートを最後に彼女と別れよう、と思う。
　そのとき、季子もそんな感じだったのか？　と、ふと思った。
　
　そして、最後のデートの日がきた。
　彼女には別れるということを伝えていない。
　バイト代を全て使い切るくらいに彼女にいっぱい楽しんでもらって、それから、別れを告げようと思う。

　そして、映画を見終え、雑誌で見つけた洒落たレストランへ食事に行こうと彼女と歩いているとき、前方から身に覚えのある女性の姿が目に入った。
（季子さん！？）
　とても幸せそうな顔をして長身の男性と話しながらこっちに向かってくる。
　腕は組んでいないが、きっと彼氏だろう。
　正直、嫉妬はあったが、不思議と冷静な自分もいた。
　本当、お似合いのカップルだった。
　だんだんと距離が短くなってきた。
　季子と目があった。
　一瞬、季子の瞳が大きくなったが、直に笑顔に変わり、会釈してきた。
　俺も軽く会釈した。

「ねぇ、だれっ、あの綺麗なひと」
「あ、あのひと、僕の家庭教師だったんだ」
「うそぉぉっ、あんな綺麗な人が恭平くんの！」
「うそっ、てことはないだろっ」
「……ねぇ、もしかして、恭平くん、あの人とえっちしてないだろうね」
「ま、まさかぁっ！」
「うそつき、顔がにやけているよ」
　そう言って、頬を膨らます彼女にドキッとした。
　心臓の鼓動が早鐘を鳴らす。彼女に対して、こんな感情になったのは始めてだ。好きになったのかもしれない。いや、間違いない、これは恋愛感情だ。
「大丈夫、俺が好きなのは」
　と、恭平は笑顔で彼女を人差し指でさした。
　ぽっと、彼女の頬が赤らんだ。
　そして、彼女も「わたしも」と囁いた。
「ははっ、嬉しいよ。じゃあ、いこっか」
　恭平は彼女の手を握り、歩を進めた。

　これでよかったんだ。
　俺みたいな若造と季子さんとでは、冷静な目でみて不釣合いだ。
　まぁ、あと十年もすれば、きっと俺もあの長身の彼に負けないくらいいい男になっているだろうけど。
　しかし、これで、ずっと残っていた季子への想いの踏ん切りがついた。
　こんな可愛い子が俺だけを見つめている。
　なんて、幸せなことなんだろう。
　これからは、目の前にいる彼女だけを想っていこう。
　さよなら、季子さん。
　ありがとう、季子さん。
　そして、お幸せに。

−完−