一ヶ月後。

「須藤さん、この件で先方と連絡とっておいてくれる？」
「はい、部長」

　マイは新しい会社で働いていた。
　中崎に与えられた愛撫を忘れられない事実。
　一度とは言え橋本に抱かれたという事実。
　そんな中で、中崎とどうやって顔を合わせればいいのかわからなかった。
（私が好きなのは中崎さんなのに、なんてことしたんだろう・・・）
　気持ちが一時的にでも揺れて身体を許してしまった自分を今でも責めては苦しむ毎日が続いていた。
　ただ、いつでもどんなときでも中崎のことは頭から離れなかった。
　中崎のぬくもりが偽物だったという橋本から知らされた事実。
　それだけは心のどこかでずっとひっかかっていた。

　一方、マイが辞めた後の中崎にも少なからず変化が起きていた。
　仕事中に手を止めることが多くなり、誰かと話していても心ここにあらずで目線が定まらない。
　中崎は今マイがどうしているのかは知らない。
　同僚にさえも知らせず、マイは突然辞めてしまったのだ。
「マイ・・・急にどうして辞めちゃったんだろ・・・」
「残業しても弱音言わないで頑張ってたのにな」
　橋本はそんなヒソヒソ会話に適当に調子を合わせて頷きながら、横目で中崎を見て複雑な気分になっていた。

　マイは、橋本にだけは話していたのだった。
「ほんとに辞めるのかよ、須藤。住所まで変えて・・・」
「ん。橋本くんの気持ちには・・・答えられなくてごめん」
「やめろよ、バカ。俺のほうが悪かったんだから。それより・・・いいのかよ、課長・・・」
「・・・・・中崎さんのことはね、多分これからもずっと好きだと思う」
「須藤・・・・・」
「でも今のあたしはダメ・・・橋本くんの言葉に簡単に左右されるようじゃ、ダメだから・・・」
「・・・・・」
「もっと強くなったら、またチャレンジしてみる。そのときは・・・」
　涙を目にいっぱいためたままマイは橋本に別れを告げ、そのまま会社からも姿を消したのだ。

　仕事が終わった後、橋本は意を決して中崎を呼び出した。そして単刀直入に切り出す。
「課長、どうして須藤を泣かせたりしたんですか」
　中崎は少し表情をこわばらせて、橋本から目をそらした。何も言わない。
　橋本はキッと中崎をにらんで、強い口調で中崎に怒鳴り声を上げた。
「課長、俺はずっと須藤を見てたからわかるんです。あいつは、あいつは・・・！」
「わかってる！」
　中崎が強く反論した。
　思わず橋本がひるんでしまうほどの迫力だった。
「俺だって同じだったんだよ」
　それから中崎は橋本をまっすぐに見つめてはっきりと言った。
「やっと決心がついたんだ。須藤さんの居場所・・・教えてくれないか」

（あーあ、あたしってどこで働いてても残業ばっかりだなぁ・・・）
　金曜日。時間はもう20時をこえていた。
　マイは残業を終え戸締りをしようとして、ふと手を止めた。
　あの残業の日、中崎の指を感じたことを今でも身体は覚えている。
　中崎の指がマイの中をかき混ぜて、舌がマイをのぼりつめさせたあの時間。
　あの官能の時間を思い出す。自然に身体が疼きだす。

　マイは抑えられずに部屋を暗くして壁にもたれたままいきなり秘所に手を這わせた。
　パンティの上から指をゆっくりと動かす。
　思い浮かべるのはもちろん中崎のこと。
　中崎の指、中崎の舌、中崎の声・・・
　全て思い出すだけでマイの身体を簡単に熱くしてしまうのだ。
（あぁ、中崎さ・・・）
　ヌルっ・・・・・
　蜜があふれてきたのがわかるとマイは一気に指を奥へ進める。
　そしてたっぷりとたくわえられた蜜をクリトリスへぬりたくった。
「あぁっ、はん！あん、あぁん・・・・！」
　くちゅ、くちゅ、くちゅ・・・
　音は絶えることなく快感と共に鳴り響く。
　マイの指が速くなる。
「あぁ、もぉ立ってられな・・・ぁん！ダメ、中崎さん、ダメえっ！いくぅぅぅっ・・・・！！」
　そのまま絶頂を迎え、その度に中崎を思い出して涙を流すこともしばしばあった。

　事務所を出るときには21時近くなっていた。
（はぁあ〜・・・・ふぅ、落ち着かなきゃ。こんなんじゃいつまでたってもダメだぁ・・・）
　マイは呼吸を整えてから事務所に鍵をかけて、ガシャンとシャッターを閉め終えた。
　そのときだった。

「残業か。相変わらずなんだな」

　マイは背後のその声にびくっとして振り返る。胸が急に早く鳴り始めた。
　あのとき「マイちゃん」と呼ばれたその声を聞き間違えるわけがない。
　大好きなドルガバの香水の匂いを間違えるわけがない。
　まぎれもなく、仕事帰りの中崎だった。
「どうして・・・」

　---どうしてここが？
　---どうしてここに？
　---いつからそこに？

　言いたいことはたくさんあるのに言葉にならずに戸惑っているマイに、中崎は近づいてきた。
「須藤さん、ちょっと話があるんだけど」
「え・・・・？」
　マイは何も答えられずにただ中崎をみつめていた。
　それからマイははっと気づいた。寒いところで長時間待っていたのであろう、中崎の鼻が赤い。
「寒・・・そう・・・」
「いや、たいしたことないよ」
　そう言って力なく笑う中崎は相変わらずとてもやさしい微笑みを浮かべる。
　マイは会えた嬉しさが急にこみ上げてきて、知らず知らずのうちにつられて笑顔になっていた。
「私の家・・・すぐそこなんです。よかったら・・・」

　マイの新しいマンションはワンルームで8畳はある立派な部屋である。
　マイは、部屋の真ん中のテーブルにあったかいコーヒーの入ったカップを差し出す。
　引っ込めようとしたその手を中崎につかまれた。

　ドキっ・・・・！！！

「な、中崎さ・・・」
「どうしても伝えたかった」
　手をつかんだまま、中崎はマイの目をみて話しだす。
「あのときのことを・・・君に目隠しをしたあのときのことを聞いてほしいんだ」
「・・・っ！！！」
　マイの動悸がさらに激しく激しく鳴り出した。

　どれくらい時がたったのだろうか。
　その、短いような長いような沈黙のあと。
　橋本に聞いたと思うけど・・・と中崎が切り出した。

「あのとき・・・おもちゃを持っていたのは嘘じゃない」

　マイは自分の心がすぅっと白くなっていくような気がした。