| （２２） 手を伸ばして宮内の勃起に触れようとすると、男の身体がこつ然と闇に消えた。ならばと夫のペニスを握ろうとするが、またもや触れる寸前に消滅してしまった。 全裸のまま途方に暮れる若妻の姿を、ふたりの少年が見おろしている。すぐに真穂は、四つん這いの姿で拓海のもとへとにじり寄り、彼の勃起を握った。しかし、その手が掴んだのは硬い肉筒ではなく、サイドテーブルの上の置き時計だった。 ウーンと低く唸りながら、真穂は目をさました。 薄手の上掛けを胸元から払いのけ、寝返りを打って膝を丸める。性夢のためか、身体が異様に熱かった。指で触れてみると、肩や乳房に汗が浮いている。 そこまでしたところで、自分がどんな姿でいるのかにようやく気づき、真穂は身体を起こした。 パンティだけの裸身を息を詰めたまま眺め、次いで、無人の寝室内を見渡した。開きっぱなしの扉のほうにも視線を向けてみたが、リビングにも人の気配はない。 真穂は小さく息をつくと、ふたたびベッドに裸体を投げだした。 頭が重い。瞼を閉ざしたら、すぐにでも意識が飛んでしまいそうな気がする。単なる睡魔とはどこか異なる眠気だった。下半身には痺れにも似た性熱が渦巻いている。 淫夢の余韻からくる疼きではない。夢ならば、こんなにも肛門が燃えさかっているわけなどなかった。現実の勃起の感覚が、尻穴性交の充塞感がまだ肉体に残っている。 その記憶と光景を頭に思い浮かべた直後、尻に鈍い痛みが走った。 激しい情交で肛門が裂傷したのだろうか。いや、違う。痛みを発しているのは肛門ではなく、臀部の球面のほうだった。 尻肌の表面に、痛みともむず痒さともつかない妙な感覚があるのだ。低温火傷の痛みに似ている。 真穂は、身体を捻って尻に手を伸ばそうとする。そのさい、パウダーブルー色のパンティの股底が彼女の目に触れた。 嘘、こんなに濡れてる……。 目頭が熱くなった。水気を吸った布地が皮膚に張りつき、淫部の形状が透けて見えるほどなのだ。太腿やシーツにも粘液が伝い落ちている。 男たちとのさまざま淫戯が脳裏によみがえった。 思えば、今日は性交三昧の一日だった。しかも、ただの淫戯ではない。もっと奥深くて、倒錯的な、男女の性愛からかけ離れた非日常の淫行である。 トイレ内で少年たちに裸身を見せびらかすことも、人前で肛門性交に溺れることも、普通の女ならば生涯経験しない行為のはずだった。それを、わずか一日のあいだにことごとく実践したのである。どう考えても普通じゃない。まともな主婦が決してやってはならないことだった。 しかし、心の底から悲嘆に暮れているのかというと、そうでもない。快楽とは別の喜びもあった。悲しみの裏側に奇妙な充足感があった。 だからこそ不安も大きいのだ。日常と非日常の区別がつかなくなっているのが怖い。 淫に惑溺することは女の恥である。その思いは今も変わらない。不倫や浮気という言葉にも嫌悪感を持っている。では、自分はいったいなんなのか。一日に複数人の男と関係を持ってしまう今の自分はなんなのか。パンティやシーツに付着したこの濡れ染みはなんなのか。 恥ずべきはずの罪に溺れ、泣きじゃくることもせず、取り乱すこともなく、小さな安息すら感じている自分はなんなのか。 情緒不安定に陥った彼女の指が、パンティの内側へと潜りこんだ。 こんなときに、という自己嫌悪の意識が頭をかすめる。と同時に、こんなときだからこそという気持ちもあった。不安と混乱のいっさいを快楽で忘れてしまいたい。 濡れた淫裂をそっとひと擦りする。それだけで、すぐに淫のスイッチが入った。 「ああ……ン」 色っぽく震える腰のあたりを中心にして、溶けた鉛色の淫熱が渦を巻きはじめる。引火した、としかいいようのない感覚だった。 「いい……オマ×コ、いい」 躊躇もなく淫語をつぶやきながら、無毛の膣溝を擦り、肉芽を押し潰し、もう片方の手で乳房を強く握る。これが好きなの、好きでたまらないの。腰のくねつきが、徐々に開きはじめた太腿が、無言でそんなことを訴えている。 だめ、やめられない……わたし、もう普通じゃない、普通の女になんて戻れない……。 そんな諦めの気持ちに理性が負けて、淫裂いじりの指がいっそう激しさを増してくる。股の奥がぬるま湯を浴びせかけたようになる。 「ンンンゥ」 ピンと伸びきった足先が上掛けを蹴り、極端なほどにくびれた腰が一回、また一回と震える。喘ぎのなかでのけぞる。あらゆる男が息を呑むような若妻の絶頂である。 けれども、肉芽を苛める指は止まらない。この程度の絶頂では足りない。 「はン、だめェ、またイッちゃう……ッあ、ああーン」 寝室内に淫声を響かせながら、真穂は延々と指を動かした。快楽を貪れば貪るほどに、快楽とは別の欲求が生じてくる。 ほしい、オチン×ンがほしい……。 絶頂を重ねる真穂の心に、男たちへの憎悪の感情が浮かんでいた。 さまざまな男の顔が脳裏によみがえってくる。首輪のリードを引きながら笑う顔、トイレ内で淫裂を注視する顔。けれども、女を辱める男たちが憎いわけではない。 罪があるのは男たちの暴虐ではない、性熱に焦がされた女を放置する男たちにこそ真の罪があるのだ。今この場所にいないことが彼らの罪なのだ。そんな男たちが憎い。憎たらしくて、ひどく恋しかった。 男だけが持つ雄々しい激情で、そそり立つペニスで、この身体を八つ裂きにしてほしかった。誰でもいい。熱くて硬いものが今すぐほしい……。 不意に玄関のほうで物音がした。 真穂は身体を起こした。宮内が戻ってきたのだと当然のように思った。 すぐに彼女はパンティから指を抜き、ベッドをおりてリビングへと向かった。頭で考えるよりも先に身体が動いていた。 パンティ一枚の姿で廊下へと出たところで、ふと真穂は足を止めた。玄関先に立っていたのは、彼女を姦計とペニスによって失墜させたあの男ではなかった。 目の前の光景がすぐには信じられなかった。夫が帰宅するのは明日のはずだ。自分が丸一日眠っていたことさえ気づいていない。 妻のあられもない姿を目にして、慎一は、靴を脱ぎかけた姿勢のまま息を詰めた。 「真穂、おまえ……」 驚きの声が途中で切れた。真穂が、前置きもなしに唇を重ねてきたのだった。 慎一は、壁に片手をついてよろめきそうな身体を支えた。そうしながら、もう片方の手を妻の背中にまわした。土産の饅頭が入った紙袋が床に落ちる。 「慎一さん、ああッ……慎一さんッ！」 感極まった口調で夫の名を呼び、また彼の唇に吸いついた。白い乳房がワイシャツの胸に当たる。 「あいたかったの、ずっとあいたかったの」 「僕もだよ、ずっときみのことばかり考えてた」 「ああッ、あなた……」 「一日もはやくきみを抱きたかったんだ」 乳房に伸ばしかけた慎一の手が止まった。真穂が、ズボンのベルトに指をかけてきたのだった。 ペニスをなかなか取りだせないもどかしさのためか、真穂は「あン、あン」と拗ねた声をもらした。その積極性も、これまでの妻にはないものだった。そしてようやくトランクスを引きおろすと、躊躇もせずに肉茎を口に含んでいった。 「ああ、真穂……すごいじゃないか」 前後に揺らめく妻の顔を見おろしながら、すぐに慎一も上半身の着衣を脱ぎ捨て、全裸になった。 「きみもほしかったんだね、僕に抱かれたくて仕方なかったんだね」 「ええ、そうなの。これがほしくって仕方なかったの」 真穂は顔をあげた。今度は指で勃起をしごいている。 「だから、ねえ……お願い」 「わかってるさ」 ふたたび唇を重ねる。貪るような接吻である。 「今夜は眠らせないよ」 抱擁に見せかけた愛撫と口接を重ねたまま、もつれる四本の足がリビングへと移動する。真穂の背中が壁に当たり、棚のガラス戸に当たり、最後はソファの上に崩れ落ちた。そこは、彼女がはじめて宮内に犯された場所である。 「あなたッ……あ、あーン」 乳房の谷間に顔を埋めただけで、真穂は甘い声を発してのけぞった。 ふたつの乳首を交互に口へと含みながら、慎一は、強い驚きを覚えずにはいられなかった。出張前とは別人のような妻の反応に、驚愕以上のものを感じている。 ふたりで風呂に入るときさえ顔を朱に染めて恥じらっていたほどだ。そのような女が、パンティ一枚の姿で夫を出迎え、自分から勃起を口に含み、挿入をねだっている。けれども、妻を破廉恥な女だとは思わない。 激情に襲われているのは彼も同じだった。夫として、これ以上の喜びはなかった。愛する女を、同僚の男たちが羨むこの妻を、とことん乱れさせてみたい。 「脱がせてあげるから、お尻をこっちに向けてごらん」 「あン、後ろから入れるのね？」 「そうだよ、犬みたいにはめるんだ」 すぐに真穂は従った。上体を起こし、ソファの背に両手をついて、パンティの尻をさしだしてくる。何度見ても生唾が溢れてくるような形状の妖臀である。 パウダーブルー色の下着に指をかけようとしたところで、不意に彼は手を止めた。 パンティの端から白い何かが顔を覗かせていたのだ。湿布かと思ったが、そうではない。これは、透明の保護フィルムをメディカルテープで固定したものだ。その一部が、布面積の小さいビキニショーツからはみだしている。 フィルムの下の尻肌には奇妙な痣があった。打撲や火傷にしては黒ずみが強い。傷口にも見えるし、何かの模様のようにも見える。 「ねえ、はやく……はやくゥ」 「あ、ああ」 小さな疑念を心の片隅に残したまま、彼は、揺れる尻へと両手を伸ばした。透明の保護フィルムだから、パンティを脱がせれば傷の全容を確かめることができる。それに、とにかく今は挿入したかった。四つん這いの尻に勃起をねじこみ、腰を打ちつけ、妻の喘ぎと粘膜に包まれながら射精したい。 真穂の口から荒い吐息がこぼれはじめる。期待に染まった息づかいだった。慎一はパンティの腰紐を両手で掴むと、ひと思いに腿まで引きおろした。 （完） |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2008.11.1掲載 |
蘭丸さんの作品群→ |