１．

　光司は、りえの左足の親指と人差し指の間に、ゆっくりと舌を差し入れた。
　その瞬間、りえは背中を反らし、薄く開いた唇から「はあんっ！・・うぅっ」と、小さく声を漏らす。
　同時に、光司の舌に、痺れるような苦味がひろがった。
　光司は、そのままゆっくりと舌を抜き差ししながら、舌の縁の部分を使って、指と指の間の股にあたる箇所を、丁寧に舐め始めた。
　さらに、舌を巻きつけるようにして、人差し指にねっとりと絡みつける。
「あっあんっ・・あぁ、ハァ、ハァ、あぁ・・はああぁ・・くっうぅぅ！」
　あまりの気持ちのよさに、りえは、眼を閉じ恍惚とした表情を浮かべながら、鳴くような歓喜の声をあげる。
　細かく震える唇の端からは、涎が一筋流れ出している。

　光司は一頻り指の間を舐めた後、一旦舌を指の間から抜くと、りえの足元に跪き、その左足先を自分の顔の位置に捧げ上げた。
　それから、両手で足の親指と人差し指を持って、その間をそっと拡げる。
　途端に、指の間の赤く爛れた場所から、むっとする臭気が辺りにひろがった。
　おもわず、光司は足から顔を背けてしまった。
　光司は反射的に顔を背けてしまってから、ハッと気がつき、視線を戻し、りえの顔色をうかがう。
　すでに、りえは、覚悟したように視線を下に落とし、口を歪めながら、悲しそうに涙を流している。
　この姿を見た光司は、申し訳なさと、いじらしさで胸が一杯になり、意を決して次の行動を起こした。
　そのまま、りえの足に顔を近づけ、赤く爛れた指の間に舌を伸ばしてゆく。

２．

　光司がどうして、こんな事をすることになったのか？
　事の発端は、この前日に遡る。

　前日の午後、光司は週５日のアルバイトの仕事を終え、自転車で自宅アパートに向かっていた。
　途中で夕食を買っていこうと、いきつけのコンビニに立ち寄る。
　中で弁当を買って、光司が自転車に乗ろうとしていると、店の中から女子高生が出てきた。
　光司の横を通り過ぎる女子高生から、甘い薫りが漂ってくる。
　光司は自転車のペダルに足をかけながら、眼で女子高生の後ろ姿を追った。制服のミニスカートからすらっとした脚が伸びている。
（「綺麗な脚だな。どんな顔をしてるんだろう。」）
　そんなことを考えながら、顔を女の子のほうに向けたまま、光司が自転車を動かしはじめた次の瞬間、ドンッという大きな音とともに、急に自転車が前のめりになって停車した。
　光司は前方に大きく投げ出され、そのままダイブするように道路に叩きつけられる。
　よそ見をしながら自転車に乗ろうとした光司が、店の前に停車していた車に気づかず、そのまま車に激突してしまったのだ。
「うぐうぅぅ」
　痛さのあまり、その場にうずくまる光司。地面に落ちる時に、両膝を嫌と言うほど打ちつけていた。
　大型の高級外車から運転手が走り出してきて、倒れている光司に駆け寄る。
「大丈夫ですか？ 」
　膝を抱えたまま、痛さで返事もできない光司。ズボンの膝のところが破れ、両方のひざ小僧の傷から血が流れ落ちている。
「これはひどい。すぐに医者に行かないと」
　運転手は、ポケットから携帯を取り出して救急車を呼ぼうとした。
　と、その時、車の後部座席の窓が開いて、中から女性の声が聞こえた。
「この車で先生のところまで行きましょう。その方がずっと速いわ」
　運転手は「はい」と答えると、光司を肩で支えながら、素早く車の後部座席に乗せ、車を発進させた。

３．

　後部座席に乗っていたのは若い女性だった。
　歳は１８、９ぐらいか、上品なブルーのワンピースに白いカーディガンを羽織っている。
　薄く化粧をした顔は、黒い瞳と高い鼻が印象的で、くっきりとした顔だちの美人だ。
　髪は、肩までの真っ直ぐな黒髪をきちんと分けて、耳の後ろに自然に流している。
　肌は抜けるように白く、少し病的な感じさえした。
　微かに香る、高級そうなコロンの匂いが、女性を実際よりも大人に感じさせている。

　光司は膝の痛みに顔をしかめながら、外部の音が全くしない車内を見回した。
（「確かドイツの車だ。いったい、いくらするんだ？」）
　すると、女性の真っ赤な唇が開いた。
「痛みますか？すぐに病院に着きますから」
　光司は自分の体より車のほうが気になって、
「すいません。俺の不注意で車に傷をつけてしまって。修理代は少しづつでも、お返ししますから」と、小さな声で答えた。
　女性は、にっこりと微笑むと「そんなこと気になさらなくて結構ですよ」と、優しく言った。
　先程から光司は、自分よりは明らかに年下のこの女の子が、自分よりも遥かに年上の女性のように感じていた。

　車は光司の住む下町から、山の手方面へ向かっていた。
　走り出してから２０分ほどで、車は大きな大学病院に着いた。
　検査の結果、骨には異常が無く、傷口を消毒して薬をもらい、帰宅が許された。

　帰りの車内で、光司は女性に自分の名を名乗り、あらためて礼を言った。
　女性は「申し遅れました。私は、小早川りえ、と申します」と名乗った。
　それから、楽しそうに「ケガがたいしたことがなくて、よかったですね。ところで、光司さんは、お仕事は、なにをなさっているんですか？」と、話しかけてくる。
　この時初めて光司は、言葉だけでなく彼女の声も、品が良く涼やかで、とても心地がいい事に気がついた。
　りえの問いかけに対して、光司は恥ずかしそうに、定職がみつからなくて、今はフリーターをしています。と答えると、
「そうですか、私は、本来は大学生なんですが、ちょっと事情があって今は休学しています」
「あの、もしよろしければ、これから私の家で、夕食をご一緒にいかがですか？」と、りえは思いがけない提案をした。
　光司が上流階級の家庭を想像して、返事を躊躇っていると、それを察知したりえが、
「どうか遠慮なさらないで下さい。うちは、私と住み込みのお手伝いさん、それと料理を作りに来てくれるコックさんと、この運転手さんしかいませんので」
「両親は、私が小さい頃に亡くなって、私は祖父に育てられました。その祖父も、去年亡くなって、今は私一人なんです」
　彼女の言葉の中に、（寂しいのでどうか来てほしい）という意思を感じた光司は、夕食に行くことに同意した。
　車は途中の交差点を右折して、ベイエリアに向かう。
　着いたのは、海沿いに建つ高層マンションだった。
　りえと光司は、地下駐車場から専用エレベータで最上階へ上がる。その階は、ワンフロアー全てが、りえの自宅になっていた。
　フロアの広さに驚いた光司が、「うわぁ、すごく広いですね。ここは家賃が大変でしょう」と言うと
「ここは祖父がオーナーだったので、最上階を自宅として使っています。一人では少し広すぎるんですけど・・」
「今、私は、祖父の残してくれた信託財産で暮らしているので、勝手に引っ越す訳にはいかないんです」
（「なんとも贅沢な悩みだな。うちの風呂無しアパートを見たらなんて言うだろう」）と、光司は心の中で思っていた。

４．

　夕食はすぐに用意された。その日はイタリアンだった。
　料理はどれも、とても美味しく、一流シェフが作ったであろうことは、容易に想像できた。
　光司は、遠慮なく沢山食べた。
　りえはあまり食が進まないようだったが、豪快に食べる光司を、嬉しそうに眺めている。
　りえは夕食前に、服を着替えていた。
　脇にスリットが入った紺のタイトスカートに、白のブラウス。
　車の中では気がつかなかったが、引き締まったふくらはぎに、豊かなふとももがとても魅力的に見える。

　食後、りえは光司に、今日は遅くなったので、どうぞ泊っていってくださいと勧めた。
　光司は、女一人の家に泊るわけにはいかないと、心にもない答えをする。
　りえは笑いながら、光司さんのことは信用しています。と言うと、光司も笑いながら、ありがとうと答え、その日はりえの家に泊っていくことになった。

　りえは光司のために、大きい方のバスルームを用意した。
　風呂から出た光司がバスローブを羽織り、寝室に向かって廊下を歩いていると、明かりの消えたリビングから、なにか物音が聞こえる。
　時刻は、午前零時をすこし回っていた。
　そっと部屋の中を覗いてみると、窓際にりえが立って、外の夜景を眺めている。
　外からの明かりに、ネグリジェを着たりえの身体のラインが透けて、とても艶めかしい。
　横から見たそのシルエットは、長く美しい脚、形のいい尻から細くくびれたウェスト、ピンと上を向いた乳首まで全てを映し出していた。
　光司がごくりと喉を鳴らしながら、入り口から身を乗り出す。
　と、よく見るとりえの肩が小刻みに震えている。顔を見ると、頬に涙が光っていた。
（「泣いているのか？、一体どうしたんだろう」）
　光司がそう思いながらみていると、りえが突然しゃがみこんだ。
　そして、自分の足首を掴んで、苦しそうに顔を歪める。
　光司は思わず、「どうしたの？どこか具合が悪いの？」と、りえに声をかけていた。
　ハッとした表情で立ち上がったりえは、厳しい声で「いつから其処にいたんですか」と、訊いた。
　光司は「廊下を通りかかったら、君のいるのが見えたから・・覗くつもりはなかったんだ。ごめん」と、正直に答えた。
　そして「泣いている様にみえたけど、なにかあったの？」と、疑問をぶつける。
　りえは悲しそうな顔で「なんでもありません。ただ・・」と一瞬口籠ると、突然、衝撃的な言葉を喋った。
「私、もうすぐ死ぬんです。」

５．

「えっ？！」びっくりして、言葉に詰まる光司。
　そのまま、りえは、両手で顔を被うと、泣きながらその場にしゃがみこんでしまう。
　居ても立ってもいられなくなった光司は、りえの元に駆け寄り、両手を優しく二の腕に添えて、りえをそっと立たせる。
　そして「本当なの？」と、おそるおそる訊いた。
　りえは泣きながら頷いて、話を続ける。
「原因不明の病気で、あと一ヶ月ほどしか生きられないの」
「そんなばかな・・元気そうにみえるけど、どこが悪いの？」
「足にできた腫瘍が、徐々に大きくなって、やがて全身に拡がるんです」
「それなら、手術をするとか、放射線をあてるとか、なにか治療法があるよ」
「先生のお話しでは、これは前例のない症例で、腫瘍を傷つけると、すぐに内部の毒が全身に拡がってしまう。それから足を切りとったとしても、いくらもたたないうちに、また他の場所に腫瘍ができるだろう。と・・」
　りえは、真っ直ぐに光司を見つめながら、眼から涙をぽろぽろと流した。
　言葉を失った光司は、りえを引き寄せ、ただ、抱きしめることしかできなかった。
（「なぜだ！、なんで、こんなに若くて綺麗な娘が、こんな目に遭うんだ」）

「光司さん、私のこと好きですか？」
　光司の腕の中で、身体を震わせながら泣いていたりえが、突然、こう呟いた。
　光司は、りえの顔を覗き込むようにして、じっと見つめると、親指でりえの頬を伝う涙を、そっと拭った。
　そして、「光司さん、私・・」と、何か言いかけたりえの唇を、自分の唇で素早く塞ぐ。
　いたわるような、長く優しい口づけの後、光司は「りえちゃん、愛してる。すぐにでも代ってあげたいくらいだ。」と、自分の胸の内を、そのまま言葉にした。
　その時、大きく見開いたりえの瞳が、一瞬、輝いたようにみえた。

「ありがとう。光司さん。私、本当に嬉しい」りえはそう言うと、光司の胸に、そっと、もたれかかった。
　それから、光司の下半身にゆっくりと手を伸ばすと、バスローブの紐を解き、前の部分をはだけさせる。
　そして、光司の両腕を自分の腰に宛い、わき腹から手を光司の背中に回して、自分の身体を相手に密着させるように、強く抱きしめた。
　薄いネグリジェを通して、りえの弾力のある胸が光司の胸に押しつけられ、柔らかく広がる豊かな乳房が、光司に夢のような気持ちよさを与えた。
　光司は、おもわず「はあぁーー」と、ため息を漏らすと、恍惚とした表情で瞳を閉じる。
　りえは光司の首の下に頬を埋めて、両手で優しく背中を撫で回す。りえの髪から、うっとりするようないい匂いが漂う。
　光司は、りえの身体のふくよかな柔らかさと、匂いたつ薫りに夢中になり、すでに下半身は固く勃起して、りえの腹を強く押していた。
　りえは光司の反応を確かめるように、顔を上に向けて光司の目を見つめる。そして、瞳を閉じて半分開いた唇を光司の口に近づけた。
　光司が堪らず顔を寄せてりえの口に唇をあわせると、りえは唇を開いて、光司の舌を自分の口の中に誘い入れた。

６．

　お互いの舌を絡め合わせ、相手の口の中を舐め回す、長く激しい口づけの後、りえは潤んだ瞳で光司を見つめながら、
「光司さん、お願いがあるんです。どうか、私を助けて下さい」と、囁いた。
　光司は、ハァ、ハァと息を荒げたまま「できればそうしたいけど、俺にはなんの力もないよ」と、力無く答える。
「光司さんしかできないことがあるんです。助けていただけますか？」と、りえは真剣な眼差しで光司に言った。
　光司は力強く頷きながら「もちろん、俺にできることがあればなんでもするよ」と、返事をした。
　これを聞いたりえは、少し間をおいた後、静かに話しはじめる。
「じつは、私の母も、これと同じ病で亡くなっているんですが、その時に、祖父が会社の調査部門を使って、この病気について調べて、わかったことがあるんです」
「集めた資料の中のインドの古代の文献に、これと同じ病気の記載があって、そこには、この病気に効く薬の調合方法も書いてありました。それは幾つかの植物の根と、薬草を組み合わせたもので、現代でも手に入る薬です。」
「ただ・・、その薬を患部に塗る方法が、特殊なんです」
　りえは、ここで話すのを止めて、ちょっと顔をしかめた。
「というと？」光司が続きを促すと、りえは続きを話した。

「薬を丸薬にして、舌の上で溶かしながら、患部を舐めるんです」

「えっ？！」と、驚く光司を無視して、りえは話し続ける。
「生きた人間の唾液に含まれる殺菌成分と、人間の体温のためらしいのですが、これには条件があって、舐めるのは若い男の人でないとダメなんです」
「光司さんに、私の足を舐めていただきたいのです。やっていただけますか？」りえは確認するように光司に訊いた。
　光司は平静を装って、「もちろん。舐めるだけなんでしょ。やりますよ」と、言った。
　りえは光司の心の内を見透かしたように、少し不安な顔をみせた後、部屋の戸棚のところまで行って、薬の入った箱を取ってきた。
　それから、ソファーに座ると、左足にだけ履いているソックスを脱いだ。光司が、りえの隣に腰を降ろす。
　りえの左足は、指と指の間が赤く爛れたようになっていた。
　それは一見すると、悪化した水虫のようにみえるが、よく見ると、皮膚と赤く見える部分の境界線が盛り上がり、その内側は皮膚が剥けてなくなり、中の血管が透けてみえている。
　光司はりえに、「すごく痛むの？」と、訊く。
「いえ、痛みは全くないんですが、そのかわりに、ものすごく痒いんです」
「指で掻くと、腫瘍を壊してしまうので、我慢するしかないんです」そう言うと、りえは、爪をたてて自分の左足の脛を、ガリガリと引っ掻いた。これを見た光司が、嫌なものを見るように顔を歪める。

　りえから丸薬を渡された光司は、諦めたようにこれを口に含むと、りえの左足を手に取り、屈み込んで顔を近づける。
　舌を伸ばし、りえの足を舐めようとした次の瞬間、もの凄い悪臭が光司の鼻をついた。
　物が腐ったようなその臭いに、おもわず光司は顔を背け、りえの足を放り出して、後退りした。

「やはり・・光司さんも・・おなじ、うっ、うっ」りえはなにか譫言のように呟きながら、肩を震わせて泣き出した。
　それを見た光司は、なにか大変な事をしてしまったような気がして、りえの手を取り必死になって謝った。
「こんなつもりじゃなかったんだ。ごめんよ、君を傷つけるつもりはなかったんだ。許して、りえちゃん」
　りえは何も喋らず、ただ泣き続けていた。
「でも、これはできないよ。勘弁して。他の事はなんでもするから」
　りえは泣きながら光司に「私のことを愛していると言ってくれたのは本当ですか？」と、問いかけた。
「本当だよ」と、光司が真剣な顔で答えると
「もしも、命が助かったら・・そして、光司さんが望んでくれるなら・・」
「その時は、私の身体をあなたに差し上げます。あなたのもとに嫁いで、一生をあなたに捧げます。どうか、わたしを・・」
　りえは、泣きじゃくりながら、光司に哀願する。
「えっ？、何を言いだすんだ、りえちゃん」びっくりして、光司が、りえの顔を見る。
「私の身体も、財産も、全てをあなたに差し上げます。だから、お願い・・助けて」
　無性にりえの事がいじらしくなった光司は、泣きじゃくるりえをきつく抱きしめ、
「そんな事を言わなくていいんだ。僕が悪かった。もう一度やらせて、今度はちゃんとやるから」
　と、決意を込めた声ではっきりと、りえに告げた。

７．

　覚悟を決めた光司は、舌を長く伸ばし、指の間の赤く爛れた場所をべろべろと舐めはじめた。
「あっ！、ハッ、はあぁっ、そっ・・そこっ、あっ！、あっ！、気持ちがいいっ、ああぁ・・いいぃーーっ！」
　掻きむしりたいほど痒い場所を的確に舐められたりえは、気が狂いそうな快感に悲鳴を上げながら、身体を大きく仰け反らせる。
　そして、赤い唇から舌を長く垂らしたまま、悶絶するように、ぶるぶると身悶えした。
　その姿は、先程までの清楚で上品な少女とは、まるで別人のようだった。
　光司は、そのまま足の指全体を口に含み、口の中で舌を、のたうつウナギのように動かしながら、すべての指と指の間を丁寧に舐め回す。
「ひっ！、ひいぃーーっ！、ハァ、ハァ、ああぁ・・お願い、そのまま・・お願いッやめないでぇ！」
　りえは、とろけてしまいそうな気持ちのよさに、身体を痙攣させながら、大きく開けた口から涎を垂らし、狂ったように舌による愛撫を求め続けた。
　部屋には、べちゃべちゃと舌を動かす湿った音と、若い女の悲鳴に近い歓声が共鳴している。

　１５分後、ようやく、りえの足から口を離した光司は、そのまま、ぐったりと床に崩れ落ちた。
　薬の影響か、身体中に怠さが押し寄せていた。
　瞳を潤ませ官能的な微笑みを浮かべたりえが、「ありがとう、光司さん」と、囁きながら、ゆっくりと光司の頭を自分の胸に抱き寄せる。
　りえの豊かな胸に顔を埋めた光司は、心の中で（「ああ、このまま死んでもかまわない」）と真剣に思っていた。
　そのまま光司は、深い眠りに引き込まれてゆく。

８．

　目が覚めると翌朝になっていた。
　部屋には誰もいない。

　光司はふらつく足で、マンションの各部屋を見て回ったが、どの部屋にも人はいなかった。
　しばらくその場で、ボーとしていた光司は、なにかを思いついた様に立ち上がった。
　そして、１階に降りると管理人室に行き、最上階のビルのオーナーについて尋ねてみた。
　すると、最上階は数年前から売りに出されており、今は不動産会社の管理で、見学を受け付けている。と、教えられた。

　なにが起きたのか解らず、頭が混乱したままの光司は、ビルの前でタクシーをひろって、自分のアパートに帰った。
　部屋に入ると、仰向けに寝転んだ光司は、
（「あれは全部、幻だったんだろうか？」「いや、今でもりえの身体の感触が手に残っている」「りえの病気は治ったのだろうか？」「りえにもう一度会いたい」）
　そんなことを、頭の中で、ぐるぐると考えていた。

　ふと、喉の渇きを感じた光司は、流しに立ち、コップで水を飲む。
　と、その時、光司は舌にぴりっとした痛みを感じた。
　口を開け、目の前にある鏡を覗き込んだ光司の顔が、恐怖に凍りつく。

　そこには、先端に小さな赤い爛れができた舌が、写っていた。