第二部

　ピンポーン、……ピンポーン、
　エクスタシーを感じるさなか、ふいに鳴り響いてきた部屋の呼び鈴に、麻希子の身体はビクッと硬直した。
　顔を強張らせ、ジッと様子を伺ってみる。だが、呼び鈴はなおも室内へ鳴り響いてくる。
　なかなか帰ろうとしない客に、麻希子は衣服の乱れを直して怪訝な表情で玄関に向かった。
「もう、せっかくイキそうだったのに……」
　不機嫌さを隠さずにインターフォンで声をかける。
「……どちら様ですか？」
「あっ、義姉さん！　おれおれ、昭二！」
　鼓膜を突き破らんばかりの野太い大声に、麻希子はおもわず受話器を落としそうになった。
　訪ねてきたのは、誠より五歳下の弟、昭二だ。
「ああ、昭二くんだったの？　ちょっと待って、いま玄関の鍵をあけるから」

　ガチャガチャ……キィ―――、

　ドアを開けると、そこにはビショ濡れの昭二が巨体を丸めて立っていた。
「あら、そんなに濡れてどうしたの？　えっ？　もしかして雨が降ってるの？」
「いやあ、突然降りやがってさぁ、おかげでビショ濡れだよ」
「とにかく上がってよ。いまタオル出すから」
「ごめんね、義姉さん」
　太い眉毛をへの字に曲げながら、昭二はエラの張った顎に大きな口をニッと広げて部屋の中へ上がりこんだ。
　容姿はどうみても誠より上に見えるのだが、実はまだ二十一歳の大学生なのである。プロレスラー並みの屈強な肉体は、幼いころから続けている柔道による賜物であろう。
「昭二君、身体拭いたらこれに着替えて」
「え、ああ。でもこれ、兄貴のジャージだよね？　俺に穿けるかなぁ？」
　誠用の細いジャージに首をかしげる昭二。それも無理はない。華奢な誠の体形が木刀だとすると、巨漢の昭二はさしずめ丸太棒といったところであろう。
「濡れた服を乾燥させる間だけだから。ほら、はやく着替えるのよ」
「う、うん、わかったよ」
　短く刈り込んだ髪をゴシゴシとタオルで拭きながら、ちらりとジャージを見やる。昭二は、姉さん肌の麻希子にまるで頭が上がらなかった。それは、恋心にも似た憧れの想いを強く抱いているからである。
　兄からはじめて麻希子を紹介されたとき、昭二の強靭な肉体は一瞬にして崩れそうになった。いわゆる一目惚れである。
　淡くとろけそうな匂いを発し、長い睫を揺らしながらニコッと微笑みかける麻希子の笑顔は、まるで天女が舞い降りてきたのではないか、そんなふうに思えるほどの衝撃があった。
　スラリとした身長に、アスリート並みに引き締まった肢体。麻希子の何もかもが昭二の心に突き刺さったのだった。

「昭二くーん、ちゃんと着替えた！」
　ホットコーヒーを落としながら、麻希子は脱衣所の昭二に声をかけた。
「あ、あの、義姉さん……やっぱりこれ、ちょっと恥ずかしいよ」
　リビング入り口で、なにやら巨体をモジモジさせている昭二。
「なにやってるの？　コーヒーいれたから早くこっちへ来なさいよ」
「あ、ああ、ありがとう……」
　コソコソと部屋に入ってきた昭二の姿に、麻希子はおもわず声を出して笑った。
「あはは、やっぱり昭二くんにはきつかったみたいね」
「だ、だから言ったじゃないか！　だいたい兄貴のジャージが穿けただけでも奇跡ものだよ」
　けっしてサイズが小さいわけではないのだが、丸太のような昭二の下肢によってジャージの生地がパンパンに伸び広がっている。まるでエアロビタイツでも穿いているかのような義弟の姿に、麻希子の笑いはしばらく止むことがなかった。
「ひ、ひどいな〜、義姉さん」
「あら、でもけっこうセクシーよ」
「じょ、冗談はやめてくれよ。本当に恥ずかしいんだからさ」
　昭二は冷やかしと捉えたが、それはあながち冗談でもなかった。
「……で、今日はどうしたの？」
　コーヒーをガラステーブルに運んでから昭二を三人掛け用のソファーに座らせると、麻希子もその隣へと腰をおろした。
「んっ、ああ。ちょっと義姉さんに聞きたいことがあってさ」
　エラの張った大きな口を小さく窄め、ズズッと音をたててコーヒーをすする昭二。その様がまた滑稽で、麻希子にはなんとも可愛らしかった。
「実はさ、あ、あのさ、……女性にプレゼントするなら何がいいか聞きたくて」
　急に照れたように頬を染めた昭二に、麻希子の勘がピンと働く。
「ふふ、ついに好きな人ができたのね」
「あ、いや、好きっていうかさ、あのー、まあ……ね」
「同い年の子？　それとも年下？」
「……二十五歳」
　ボソッと呟くように昭二は言った。
「ええ！？　に、二十五歳！　私とひとつしか変わらないじゃない」
　照れながらも気まずそうにうつむく昭二に、次々と麻希子の質問が飛ぶ。
　聞けば相手の女性は二十五歳のドラッグストア店員で、どうやらいまのところは彼氏がいないらしい。
　容姿は地味だが、ときおりゾクッとするような色っぽい眼をするのだという。昭二いわく、タレントの吉○美穂に似ているそうだ。そういえば、麻希子自身も以前に言われたことがあった。雰囲気がなんとなく吉○美穂に似ていると。だが、妊娠してからほどよく脂肪をつけたいまの麻希子には、もっと官能的で厭らしい女性のほうがあてはまっているのかもしれない。ムッチリとした肉体のなかでも、特にバストはエロティックだった。
　二カップもサイズアップした巨乳がマタニティドレスの胸元から大きく張り出し、男なら誰でも振り返らずにはいられないほどのエロスを醸し出している。
「ねえ、その人とはお店のなか以外でも会ったりしてるの？」
「まあ、何度かは……」
　どうやら全く望みのない恋ではなさそうだ。
「そうねぇ……アクセサリー類なんてありふれているし……あ、そうだ！　ねえ、旅行券とかプレゼントしてみたら？」
「旅行券？」
　麻希子は、昭二の厳つい肩をポンポンと叩きながら話を続けた。
「どこか素敵な風景の見えるところへ行くのよ。うーん、海もいいけど……やっぱり時期的に高原がいいかなぁ。あ、もちろん日帰りよ」
　艶めいた瞳をいっそう輝かせる麻希子に、昭二は密かに内心をドキドキさせていた。
「で、でも、いきなり旅行なんて誘って大丈夫かなぁ……」
「大丈夫、大丈夫。何度か二人っきりで食事したんでしょ？　だったら問題ないわよ」
「うーん、そうだなぁ……いちかばちか誘ってみるか」
　希望が沸いてきたのか、奥深い昭二の眼がやさしく歪んだ。そんな義弟の様子に、麻希子自身もなんだか嬉しくなってくる。
「もし上手くいったらそのままお泊りなんてことも……むふふ、がんばりなさいよ。もしかしたら、ちょっとぐらい強引なほうが好きかもよ、彼女」
「ええ！？　いくらなんでもそりゃ無理だよ。ほんとに真面目な子なんだよ、彼女。そ、それに、俺いまだにキスの経験もないし……」
「え？　昭二くん、もしかして童貞なの？」
「……あ、ああ」
「あらら、そうかぁ〜、まだ知らないんだ。……こんなに立派なもの持ってるのに」
　小声で呟いてから、チラリと義弟の股間に眼をむけた。
　ピッチリとフィットしたジャージからは、大きな睾丸の盛り上がりはおろか、ペニスの茎部分さえもハッキリとラインが浮き出ている。
（もしこれが勃起したら……いったいどれくらいの大きさになるんだろう……）
　つい想像し、うかつにも秘芯の奥がジュンと熱く濡れてしまった。
（い、いけない、相手は義弟なのよ！　変なこと想像しちゃだめ！）
　しかし、つい先ほどまで新たな快楽まで発見し身悶えしていた肉体が、いたらぬ妄想によって徐々に火照りだしていく。麻希子の肉体は、淫欲を乾されれば乾されるほど被虐的なセックスを好もうとする性質があった。もし相手が野性的で猛獣のような男なら、これほど喜ばしいことはない。原始的な肉体で、一方的におのれの欲だけを押し付けてくる自分よがりの荒々しい愛撫。そして、ただ我武者羅に力いっぱい男根を突き刺してくる野蛮なピストン。強靭な性の塊をもって、わたしをメチャメチャに犯してほしい……そんなマゾの血が流れているのだ。
「ね、義姉さん？」
　昭二の声に、麻希子はハッと顔をあげた。
「お腹、また一段と膨らんできたね」
「えっ？　あ、うん、そうなのよ。お腹の子も大きくなったのか、最近は頻繁に足で蹴るようになったわ」
　場の雰囲気を変えるような昭二の言葉に、麻希子もすぐに便乗した。
「腹の中から蹴られてさ、義姉さん自身は痛くないの？」
「痛いっていうか、なんだか変な感じかなぁ。でもね、元気よく蹴ってくれるとすごく嬉しいんだ。すくすくと育ってるんだなぁって実感するしね。あっ、またお腹蹴った」
「えっ、ほんとに？」
「ねえ、ちょっと触ってみる？」
「いいの？」
　昭二の顔がほんのりと赤らんだ。
「ここにそっと手のひらを当ててみて……」
　そう言って、麻希子はソファーの背もたれに上体を倒してからポッコリと膨らんだ腹部を突き出した。
「ど、どれどれ……」
　緊張を隠しながら、ゆっくりと手を伸ばす昭二。抑えようとするが、指先の震えがどうしてもとまらない。麻希子は、昭二にとって憧れの存在であり、雲の上の存在なのだ。考えたくなくても不埒な思いが無意識に沸いてくる。昭二は、心の中で兄に謝罪しながらそっとお腹に手をあてた。
「どう？　あ、ほら、いま動いたでしょう？」
「えっ？……うーん、よく分かんないなぁ」
「すこし力をいれて軽く撫でてみて。そしたらよく分かるから」
　麻希子に言われ、つるつるに張りきった腹のうえを軽く撫でまわしてみる。昭二の息が微かに乱れた。
（ふふふ、ずいぶんと緊張しちゃってるみたいね。見た目はこんなにワイルドなのに、本当に昭二くんって可愛いわ……んっ？）
　初心な義弟に柔らかな視線をむけていた麻希子の鼓動が、急にドキッと高鳴った。
　逞しい隆起を見せていた男根が、先ほどよりあきらかに膨張しているのだ。
（う、うそぉ〜、昭二くん興奮してるの？）
　うっすらと浮かんでいる肉茎の部分も、緩やかなカーブを描いていたのが少し直線的になったようにも見える。いや、微妙ではあるが、この瞬間も膨張しようとしている様がなんとなく伺えた。
「どう？　動いてる？」
「あ、ああ、うん、まだ……もうちょっとかな」
　真剣な目差しで何度も豊腹も撫でさする昭二。その手付きは、どこか魅惑の弾力を楽しんでいるようにも思える。夫の倍はあろうかという昭二の大きな手。その手が、昭二の純真と淫心をハッキリと伝えてくる。麻希子の脳裏に再び背徳めいた妄想がムラムラと沸いてきた。
（もし自分のものが完全に大きくなっちゃったら、昭二くんどうするかなぁ？）
　興味をそそられる一物を前に、淫靡な悪戯心がふつふつと込み上げてくる。今このとき、理性の半分は淫欲に侵されていた。
「ねえ、もうちょっと下のほうを擦ってみてよ。そしたらハッキリと分かるかも」
「う、うん」
　荒くなった呼吸を懸命に堪えようとしているのだろう。昭二の顔が真っ赤になっている。
「ほら、もっと下のほうよ」
「えっ？　も、もっと下のほう？……こ、ここら辺？」
　驚きながらも、昭二はへそのさらに下へと手を這わせていった。
「あっ！」
　滑り降りた指先が、ドレスの下にあるショーツの感触をとらえた。その瞬間、身体の温度が一気に上昇し、昭二はおもわず声を漏らした。
（あ、いまピクピクッて動いたわ。まあ、いつの間にかずいぶんと大きくなってるじゃない……まこっちゃんのと同じくらいかしら。でも、まだまだ余力がありそうね）
「あ、昭二くん、いま上のほうが動いたわ」
「あ、ああ、ここ？」
　ショーツの感触にすっかり舞い上がっていた昭二は、あわてて手を上に這いあげた。
「ううん、もっと上よ」
「えっ、こ、ここら辺？」
「うーん、もうちょっと上かな……」
「も、もっと上？　で、でも……」
　躊躇しながらも、みぞおち辺りに手を這わせる昭二。上体をひねり、右手で腹部を触っている昭二は、さりげなく左手を股間にあてて恥ずかしい膨らみを隠そうとしている。麻希子はさらに挑発した。
「どう？　分かる？」
「あ、ああ、うんうん」
　上背を前かがみにして昭二の顔を覗き込む。このとき昭二の手は、前かがみになったことでよりボリュームを増したFカップのバストに、なんとも卑猥な形で潰されていた。

　軽率なことをしたと、麻希子はいまになって後悔した。
　昭二のものが想像以上に獰猛で、獣じみていたからだ。
　実際に見てみたい……そして、触れてみたい……欲望の波が渦となり、残されていた理性をいとも簡単に飲み込んでいく。
（ほんとに大きいわ……あ、あんなもので突かれたらどうなっちゃうんだろう……）
　限界にまで引き伸ばされていたはずのジャージの生地。
　だが、昭二の男根はさらにジャージの生地を押し上げている。軽く添えられた左手の隙間からは、呼吸すら忘れてしまうほどの脅威が見え隠れしていた。
　その男根が大きさだけでなく、とてつもない力を携えているということを、下腹部とジャージのあいだに出来た僅かな隙間が証明していた。

　ハア、ハア、……ゴクッ、……ハア、ハア、……

　呼吸を荒げる昭二のとなりで、麻希子自身も己の淫猥な熱を感じていた。
（ま、まこっちゃん、ごめん……わたし、どうやら我慢出来ないみたい。ちょっとだけ義弟と遊ぶことを許してね）
　心の中で夫に手を合わせると、麻希子はそっと腹部から昭二の手を離して、スルスルとマタニティドレスの裾を引っ張り上げた。