並木道の落ち葉を舞い散らしながら、シルバーメタリックのＡＭＧワゴンがＭ駅のロータリーへ滑り込むように入ってきて、人待ち顔の女の前に停止した。
「久しぶり。ぜんぜん変わらないね。さ、乗って。後ろから車が来てるから」
　左側の窓が開き、口ひげを生やした男が声をかける。
　ちょっとビックリした顔の女は、車の前を通って助手席のドアを開けシートに座った。
「やだ。これベンツじゃない。三上君、出世したんだ」
「そんなんじゃないよ。仕事でお客さんを乗せることが多いからね。まっ、見栄の営業車ってところかな。中古だしね」
「でも、すごーい。ベンツなんか乗ったの初めて‥‥」

　三上雄馬、４０才、職業、アートディレクター。（株）三上デザイン代表取締役社長。若いデザイナー２名と、形式上専務になっている妻と４人だけの小さな広告制作会社の経営者。
　助手席に座ったのは真行寺美枝子、旧姓佐藤美枝子。
　二人が十数年ぶりに再開したきっかけは、美枝子が趣味で開設したホームページだった。
　仕事で、新しいイラストレーターをインターネット上で探していた三上が、見覚えのあるタッチに目を留めたのが一ヶ月ほど前。美大にいた頃、同じゼミにいた美枝子のイラストとよく似ていたのだ。

　モニターに映し出されたイラストを見ていると、三上の脳裏に遠い昔の光景がフラッシュバックした。美枝子と芸術論を戦わせ、酔い過ぎたあの日のことを。
　いつも行く居酒屋では話が終わらず、三上と美枝子はアパートで安ワインを飲みながら理想のイラストについて語り合っていた。いつしか二人とも気を失うように寝てしまったらしい。目が覚めると無防備な姿を曝して美枝子が座椅子を枕に眠っていた。ミニスカートがまくれて艶かしい太ももが根元まで見えている。三上は生唾を飲み込んだ。手を伸ばせば、すぐにでも触れられる位置にある美枝子の肢体。
　目の位置を変えると真っ白なショーツが見える。三上は裾を持ち上げるようにして、そっとスカートをまくり上げた。
　美枝子は膝を曲げて横向きに寝ていたので、ふっくらとしたヒップが丸出しになる。プレーンなコットンのショーツ。クロッチの部分は柔肉の形を暗示するようにしわが寄っていた。三上が息を荒げながらそこを見つめていると、美枝子は寝返りを打った。
　仰向けになり、心持ち脚を開いた格好で寝入っている美枝子。恥骨の盛り上がりが美しい丘のような曲面を形作り、ストンと絶壁になって落ちている先の悩ましい翳りに三上の目は釘付けになった。
　しかし、三上はそれ以上先に進めなかった。
　美枝子のことを抱きたい。だが、三上が欲しいのは美枝子の肉体だけでなく、その全てだったからだ。ショーツを脱がせ肉欲を満たすことは簡単だろう。しかし、ここで強姦同様に美枝子の身体を奪ってしまい、結果、これまで築き上げてきた関係が崩壊してしまうのが恐ろしかった。
　そして、三上はまんじりともせずに夜明けを迎え、黙って帰ってしまったのだ。
　そう、美枝子は自分と同じ道を進む戦友でもあった。だからこそ最後の一歩が踏み出せず、気がつけば離ればなれになって今日に至っていた。
　あの日を境に二人の道が違う方向に向いてしまったのかもしれない。
　いささか青臭い青春の思い出に浸りながら、三上はモニターに映るイラストを眺め続けていた。

　風野舞という、いかにもペンネームらしい人物のイラストのサイト。針で描いたような精緻なタッチ。三上は、そこに掲載されている絵が美枝子の手によるものだと確信した。
　そして、あの日に見た美枝子の太ももの白さを思い出しながら、「ご感想」のアイコンをクリックしてしまった。

＜人違いであれば、ご無礼をお許しください。ひょっとして貴女は佐藤美枝子さんではありませんか？　私は三上雄馬です。もし、心当たりがなければ無視していただいてけっこうです。メールアドレスを記しておきますので、ご返事を待っています＞

　翌日、返信が届いた。

＜三上君、懐かしいなぁ。私、今は真行寺美枝子です。卒業してすぐ結婚しちゃったんだけど、まだ趣味でイラストは描いてるってわけ。それを、中学生になる息子がホームページにしてくれたんだけど、インターネットも捨てたもんじゃないわね。近況、いろいろ知らせてください。待ってるね＞

　このようにして、メールの交換が始まった。内容は、仕事のこと、子供のことなど他愛もない当たり障りのないものばかりだったが、お互い懐かしさを超えたものを行間から感じ取っていた。そんな、小さなスリルが三上の多忙な日常を癒してくれていたし、美枝子も退屈な生活にスパイスのようなものを感じていたのだ。
　二人が実際に会うことになったのは、巨匠の仲間入りをしているイラストレーター、矢野武彦の個展に、三上が美枝子を誘ったからだった。学生時代、二人とも矢野の大ファンだったのだ。三上はデザイナーとして仕事を始めたときから、矢野のイラストを好んで使い、今や親しい友人のようになっている。
　はたして、美枝子は大喜びだった。個展の会場は郊外にできた新しいギャラリー。美枝子の住まいに比較的近いので、二人は最寄りのＭ駅で待ち合わせたのだ。

　シートに押しつけられるようなＶ８エンジンの加速に、美枝子は三上の「雄」を感じていた。
（男って、いいわね。三上君、大学の時と比べて、すごく精悍な感じになった‥‥それに比べて私なんか今年４０のオバサンだもんなぁ‥‥）
　美枝子は「最近細かいところが描けなくなったので眼鏡を買った。もう老眼かも」なんて、メールに書いたことを後悔した。
　思い返せば、あまりにも平凡な生活を送っていた。中学に入った息子はサッカーに夢中で母親から離れて行ってしまったし、夫も仕事の愚痴しか言わないようになっていた。惰性のようにイラストを描き続けているが、それとて昔のように情熱を傾けている訳ではない。
（あーあ、このまま人生が終わったら悲しいなぁ‥‥）
　なんだか、ため息が漏れてしまうような毎日だったのだ。
「美枝ちゃん、変わんないね。すぐ分かったよ。俺なんか、髪の毛が真っ白になっちゃったもんなぁ」
　鷹揚に話しかける三上の言葉に、美枝子は心の中を見透かされたような気分になり複雑だった。
「やだぁ。私だって‥‥でも、こうして三上君に逢えたのって不思議‥‥」
「そうだよなぁ。卒業してから１８年かぁ。就職したデザイン事務所が忙しくって、気が付いたら、みんなバラバラで連絡とれなくなってたし。インターネット様々だな」
「でも、三上君、頑張ったんだね。なんだか、とっても偉くなっちゃったみたい」
「おいおい、しがない泡沫企業のオッサンつかまえて変なこと言うなよ。気持ちは２０代のときと、なんにも変わっちゃいないんだから。まっ、したくもない苦労だけは抱え込んでいるけどね」
「苦労か‥‥」
　きっと、その苦労が三上を、こんなにも逞しくしたのだろう。そして、お互いの作品を批評し合っていたあの頃とは、まったく異質の「強さ」みたいなものを身につけてしまった三上に対して、美枝子は畏怖に近い感情を覚えて、革のシートを握りしめた。
「なんだよ。考え込んじゃって。もうすぐ着くよ」
　美枝子が、そんなことを考えているとは、思いも寄らない三上は、さらにアクセルを踏み込んだ。エンジンが吠え、その加速感に、美枝子は後ろから抱きしめられたような錯覚に陥った。

「やあ、三上さん。よく来てくれました。お客さん第一号ですよ」
　いかにも芸術家風の矢野が手を上げて挨拶した。
「どうも、先生、ご無沙汰しています。いやぁ、いいギャラリーですね。作品の方もゆっくり見せてもらいますよ」
「おや？　そちらの方は？」
　憧れのスターだった矢野と三上が親しそうに話すのを見て、萎縮してしまい少し離れて立っている美枝子に、矢野は優しげな視線を向ける。
「紹介します。僕の大学時代の友人で真行寺美枝子さん。先生の大ファンなので連れてきたのですが、彼女も、なかなかいいイラストを描くんですよ」
「はじめまして。真行寺です。お目にかかれて光栄です。私のイラストなんか趣味の範囲を超えないもので恥ずかしいのですが、もう、ずっと先生の作品が好きで、ずいぶん参考にさせていただきました」
「ほう、それはそれは。是非、拝見したいものですな。ま、こちらへどうぞ」
　矢野は、二人をギャラリーの奥にある控え室のようなところへ案内した。
「夕方からのオープニングパーティー用に用意したものだが、三上さんが来たんじゃ開けないわけにはいかないな」
　そう言って、矢野が冷蔵庫から取り出したのはヴーヴクリコのラ・グランダムだった。慣れた手つきで栓を開け、フルートグラスに注いで二人に渡す。
「じゃ、作品を見てもらいましょうか」

（矢野先生の作品を、本人の解説付きで見られるなんて‥‥）
　花のような香りがするシャンペンを片手に、軽い酔いも手伝って、美枝子は夢の中にいるような、ふんわりとした浮遊感を感じていた。
　そして、ときおり矢野と軽口をたたき合う三上までもが、雲の上のひとのように思えてくる。

「じゃ、このランチコースでいいね？」
「えっ？」
　ふと、気が付くと、美枝子はギャラリーに併設されたトラットリアの椅子に座っていた。
「そうしなさい。ここの料理は、なかなかなもんですぞ」
　矢野が美枝子に話しかける。
「はあ‥‥でも‥‥」
「大丈夫。矢野先生の奢りなんだから、一番高いものを頼もう」
　こんどは三上が笑いながら言う。
「真行寺さんはスペシャルゲストですからな。三上君なんかとは仕事のつきあいだから、一緒に飯を食ってもつまらんが、貴女のような方とお話をしていると創作意欲が湧いてくる。まあ、そのお礼と思ってください」
「先生、そりゃあないでしょう」
　矢野と三上が声をあげて笑う。
「でもね、先生。僕がイラストの世界をあきらめてデザインの道を選んだのは、彼女がいたからなんですよ。学生時代、彼女のイラストを見て自分の才能を悟ったんだなぁ」
「そりゃあ、すごいな。三上君の目は確かだからな。こりゃ、ますます真行寺さんの作品を見たくなってきた。こんど、作品を持ってアトリエに遊びに来てください」
「そ、そんな‥‥三上さんのお世辞ですわ。ほんとに趣味で描いているんですから。もう、穴があったら入りたいくらい」
　自分を思いやって、一生懸命、話題を振ってくれる三上の優しさがうれしい。そして、矢野に期待される恥ずかしさも混じり合って、美枝子は顔を赤くした。

　ランチが終わると、二人は、矢野に別れを告げ、車に乗り込んだ。
「三上君、ほんとに楽しかった。ありがとう」
「いや、俺の方こそ、久々に美枝ちゃんに逢えてよかったよ」
「ねえ‥‥」
「ん？」
「さっきのこと、ほんと？」
「えっ？」
「私の絵を見て、イラストあきらめちゃったって話」
「ああ、それか‥‥」
「ごめん。変なこと聞いちゃった？　ごめんね」
　三上の表情が険しくなったので、美枝子はあわてた。
「いや、ほんとうの話さ。あのときは若かったから悔しくてしょうがなかった。正直、嫉妬したよ。美枝ちゃんのイラストにね。けど、そのおかげで自分の道を見つけられた‥‥感謝してるよ。今じゃ、ディレクションが俺の天職だって思ってるくらいさ。だから美枝ちゃんがイラスト続けてるって知って、うれしかったなぁ。俺、ほんとに美枝ちゃんのイラスト大好きだったんだよ」
　三上がそう言った途端、美枝子の目から涙がこぼれだした。
「えっ？　おい、どうしちゃったんだよ。俺、なんか悪いこと言ったか？」
「そうじゃないの。なんだか分からないけど、涙が出て来ちゃって」
　そう答えながら、美枝子は声をあげて泣いた。

　近くの公園の駐車場に、三上は車を停め、美枝子が落ち着くのを待った。
「三上君、私のせいで‥‥」
　まだ、美枝子は泣き続けている。
　創作の世界に身を置くことを避け安易な結婚に逃げてしまった自分に比べて、三上は、あらん限りの力を振り絞って今の地位を築き上げてきたのだ。そう思うと、三上のまっすぐな生き方に負い目を感じざるを得なかった。そして、そんな三上に対して昔以上の思慕が甦ってくる。自分のイラストを、三上がここまで評価してくれているとは思ってもいなかった。時を超えて自分を理解してくれていた三上が猛烈に愛しい。熱い涙が１８年の時を洗い流していくようだった。
「俺の才能がなかったのは事実なんだから、そんなこと気にすんなよ。むしろ、さっき言ったみたいに感謝してるんだぜ。それより、化粧直さなくっちゃ。俺、ちょっと外してようか？」
　三上は、美枝子の感受性の強さを思い出しながらいたわるように言った。
「ねえ、三上君。お願いがあるの」
「お願いかぁ。三つまでなら、かなえてあげます。かな」
　三上は場を和らげようとオヤジギャグで返した。
「こんなオバサンになった私でもよかったらキスして」
「えっ‥‥」
　美枝子の方を見ると、涙をためた真剣な目で見つめている。
　学生時代、美枝子に胸を焦がしながらも、おかしな競争心、そして意地とコンプレックスから手に届くところにある果実をもぎ取ることができなかった。そんな後悔が一気に弾けるのを三上は感じた。
　次の瞬間、二人はむさぼり合うように唇を重ねていた。
　かすかに漂うムスク系のコロンを嗅ぎながら、懐かしい再会にアバンチュールを夢見る気持ちはなかったか、美枝子は心の中で自問していた。
（ううん、ただ、想像の中で楽しんでいただけ。でも、三上君がこんなに素敵になってるなんて‥‥）
　なぜ、自分から求めてしまったのだろう。美枝子は、三上が酔っぱらって自分の部屋に来た日のことを思い出していた。三上が自分の股間を凝視しながら何もせずに去って行ったことを知っていた。三上に奪ってもらうことを望んで寝た振りをしていたのに、結局、二人は結ばれぬまま月日が流れてしまっていた。
　美枝子が卒業後すぐに結婚してしまったのは、三上が自分を女として選んでくれなかったという思いを吹っ切るためだった。三上と一緒でなければ、イラストの道を歩む気がしなかったのだ。
　消極的だった乙女の心こそ自分の青春の過ちだったのかもしてない。そう思うと、目の前にいる三上を離したくなかった。そして、その頭をかきむしるようにして引き寄せた。「待つことは罪」そう思った。
　お互い、むさぼるように唇を求めあった。
　欲情に火が点いた三上は、身体を離すとギアを入れ、車を発進させた。タイヤがキュンと鳴る。
　無言のまま車を走らせる三上に、美枝子は心地よいものを感じていた。どこへ向かおうとしているのかを察しながら。

　車は、インターチェンジのそばにあるラブホテルの中へ消えた。
　部屋へ入ると、美枝子はぶつかるようにして三上の胸へ飛び込んだ。それを、がっしりと受け止めた三上は、美枝子のあごを持ち上げ唇を合わせる。そして、力を込めて抱きしめた。美枝子は、身体中が燃えるように熱くなるのを感じ三上に応える。
　どちらともなくベッドへ倒れ込む。あわただしく、三上は美枝子のジャケットを剥ぎ取り、ブラウスのボタンを外す。
「お願い。明かりを消して」
　美枝子は、そう言うのがやっとだった。
　三上は、そんな言葉を無視するように、スカートのベルトを外し、ジッパーを下ろし始める。
「お願い！　暗くして。こんなにオバサンになっちゃった身体を見せたくないの。三上君に幻滅されちゃったら、私‥‥」
　いきなり立ち上がった三上は、ものも言わず、自分の服を脱ぎ始めた。そして、全裸になって、こう言い放った。
「美枝ちゃん。これが今の俺だ。もう、こっちにも白いものが混じるようになったけど、歳をとるのは醜いことじゃないと思う。もし、この俺を見て嫌なら、それは仕方がないことかもしれない。でも、俺は今の美枝ちゃんが好きなんだ。だから、見たいし、抱きたいんだ」
　その堂々とした物言いと態度に美枝子は圧倒された。そして、目の前にある三上の屹立を見て息を飲んだ。「美しい」と思った。この瞬間から、美枝子の頭の中にあった子供や夫に対する遠慮のようなものが吹き飛んでしまった。
「ほんとう‥‥ほんとうに、私のこと嫌にならない？」
「ほんとうだとも。きれいだよ、美枝ちゃん」
　事実、美枝子の身体は、昔と同じようなシェイプを保っていた。多少、ふくよかになった感はあったが、むしろ、それは三上にとって好ましいものだった。
　再び、三上の唇が重ねられ、悦びが美枝子の全身を支配した。
　三上は丁寧に美枝子のブラウスを脱がせ、首筋に舌を這わせながら、静かにブラジャーのホックを外す。豊かな胸が露わになり、その頂点には経産婦とは思えないうす茶色の乳首があった。三上は乳首をつまむように軽く噛み、先端を舌で転がす。
「あっ！　だめ‥‥いけないわ」
　それが、人妻としての、美枝子の最後の言葉だった。
　ズンッと甘い衝撃がかたまりになって下半身へ降りていく。
（三上君‥‥なにもかも、忘れさせて‥‥）
　祈るような気持ちで、美枝子は、三上の愛撫に身を任せる。
　ストッキングが丸められるように脱がされ、想像上だけのアバンチュールを楽しむために着てきたシルクのブラジャーとセットのショーツも、いつの間にか剥ぎ取られ、美枝子は生まれたままの姿でベッドに横たわっていた。
「ソバカスも昔のままだな。この身体を、何度、夢に見たか分からないんだぜ」
　三上が、美枝子の耳元でささやく。
　熱い息が美枝子の子宮を直撃する。それは、久しく感じたことのない感覚だった。
　色白の美枝子の肌が興奮で桜色に染まっていく。
「ああ‥‥もう、わたし‥‥どうにか、なっちゃいそう‥‥」
　恥ずかしさから、両手で顔を覆いながら、美枝子は呻くように言う。
　三上は、唇をうなじから胸へ、そしてウエストへと、ゆっくりと移動させながら愛撫を続ける。美枝子の肌は年齢など感じられないくらい滑らかで、肌理がこまかい。
「あんっ、お腹なんて、だめよ。太っちゃったから‥‥」
　両脚を擦り合わせるようにしながら美枝子が悶える。もう、じゅうぶん潤っているのが自分でも分かる。
　三上は股間の茂み鼻を埋めるようにして息を吸い込んだ。牝の匂いが鼻孔に充満する。
「あ、ああっ、いいっ」
　恥かしくても、身体が三上の愛撫を求めてしまう。
（早く、早く私の身体を満たして‥‥）
　美枝子は、心底、三上のものが自分の中へ入ってくるのを望んでいた。
　三上も、年甲斐もなく有頂天になっている自分を制しきれないでいた。ひたすら、美枝子を喜ばせたい、感じさせたいのだ。
　そして、味わい尽くしたい。
　自分の行為で、美枝子がよろこびの声をあげるたび、いきり立ったものの硬度が増していくように思える。
　美大を卒業してから、何人もの女を抱いてきた三上だったが、いつも、自分の欲望を満たすことが最優先で、相手の悦びが自分の快感になるという経験は初めてだった。
　美枝子の身体は、どこも柔らかで、手のひらから伝わってくる感触が新しい官能を呼び起こす。その中でも、太股とヒップの弾力が三上を夢中にさせた。三上は、美枝子をうつぶせにさせ、太股からヒップにかけてのラインを執拗に舐め、撫でる。
　美枝子にとっても、そこは性感帯であるらしく、ジンジンと熱いものがこみ上げて来る。
「だめっ！　もう、だめっ！」
　三上の舌が、ヒップの割れ目を這ったとき、美枝子は体を硬直させて、そう叫んだ。
　秘部に触れられることなくアクメを迎えてしまったのだ。
「ああ‥‥こ、こんなの、初めて」
　ビクン、ビクンと身体を震わせて、美枝子が荒い息をしながら言った。

　フォアプレイで達してしまった美枝子を見て、三上は軽い感動を覚えた。そして、もっと深い官能を与えたいと思った。
　美枝子を仰向けにさせ、膝を胸の方へ押すようにして脚を拡げる。
　秘肉の裂け目から、濡れきった花びらが、ほんの少し顔を出している。
（やっと、三上君とひとつになれる）
　三上の、逞しいものが入ってくることを期待して、美枝子は子宮の奥まで熱くなった。
　しかし、秘肉に分け入ってきたのは三上の中指だった。
　ヌプッ
　粘度が高い愛液が独特の音を立てる。
「あんっ」
　入ってきたのは期待したものではなかったが、それでも甘い声が漏れてしまう。
　指が二本に増え、ゆっくりと動かされる。
「あっ、ああんっ！　いいっ‥‥もっと‥‥もっと、ちょうだい！」
　思わず、懇願してしまった自分を、はしたないと思いながらも、押し寄せる快感に抵抗ができない。
　美枝子は、自ら腰を動かしていた。
　クチュッ、クチュッ
　蜜壺からの音が部屋に響く。
　三上の尖って硬い舌先が美枝子のクリトリスをとらえた。
「あっ、いいっ、ああっ！」
　蜜壺とクリトリスを同時に攻められると、下腹部から腰までがドロドロに溶けてしまうように感じる。
「ああ‥‥三上君‥‥もう‥‥もうだめ‥‥」
　否応なく二度目の波が押し寄せてきたのを感じ、美枝子は絶え絶えに言った。
　蜜壺から分泌される愛液が次第にサラサラになり、全体の感触が変わってきたのと同時に、子宮口が指にあたるくらい降りてきた。そこで、三上は指と舌の動きを早めた。
「ああ〜〜っ！」
　長く叫んで、美枝子の身体が硬直する。背中をのけぞらせ、足の指先までピンと伸ばしながら、腰をガクガクと痙攣させている。
　それでも、三上は愛撫を続ける。
「いやっ！　そんなにしたら‥‥また‥‥くぅっ！」
　シーツを握りしめ、腰をよじるようにして美枝子が悶える。
　あっという間に三度目の波がやってきたのだ。

　余韻で、ビクン、ビクンと痙攣している美枝子の身体から離れ、その肢体を見下ろした三上は、意を決したようにペニスを握り蜜壺へあてがった。
　グイッと力を入れて一気にインサートする。
「ああっ！」
　休む暇もなく攻撃され、ひときわ高い悲鳴を上げる美枝子。
「太っちゃったから見ないで」と言っていたウエストをキュッと凹ませながら、のけぞる美枝子の身体が汗で濡れ光っている。
　三上は杭打ち機のように力強く腰を打ち付ける。
「あっ！　あんっ！　あんっ！」
　美枝子の喘ぎ声にシンクロして豊かなバストが揺れ、シーツを握りしめる指に一層力がこもる。
　その姿を見ていると、愛しさがつのり、三上は覆いかぶさるように身体を合わせた。
　美枝子の腕がからみつくように背中へまわる。
　指先に力が入り、背中の肉に長い爪が食い込む。その痛みさえ、今の三上にとっては快感だった。密着した肌から伝わる弾力と体温が官能を高める。
　三上は、さらに腰の動きを激しくして唇を奪う。
「うっ！　ムグゥ！」
　舌を絡めながら悶える美枝子。やがて、腰をバウンドさせるように突き上げた。
　ペニスの先端に硬い肉があたる。まるで、子宮口が三上のペニスを飲み込もうとしているようだ。
「おおっ！」
　美枝子のオルガスムスを知った三上は雄叫びをあげながら奔流を放った。
「ああーっ！！」
　ほとばしるものを熱湯のように感じた美枝子は、もう何も考えることができず、ただ叫んでいた。

　抱き合ったまま、しばらく余韻に浸っていた二人だった。
　しばらくして、萎えたペニスが蜜壺から抜けると、愛液と精液が混じり合ったものがドロリとこぼれるのを感じ、美枝子はシャワーを浴びに立ち上がった。
　よろけながら、美枝子がバスルームに消えるのを見て、三上は仰向けになって眼を閉じた。

　髪を濡らさないように気を付けながら美枝子はシャワーを浴びた。指で花びらを開くと、ドロッと白濁した三上のものが流れ出る。それを流そうとシャワーの口をあてると、それだけで、また疼いてくるのを感じた。
（ああ、私ったら、どうしちゃったんだろう）
　そう思いながらも身体が勝手に動き、三上を求めて、裸のままバスルームを出てしまっていた。

　ベッドに仰臥している三上は眠っているように見えた。さっきまで美枝子をいっぱいに満たしていたものは茂みの中に小さくうずくまっている。美枝子は、無意識と言っていいほどの自然さで、三上のペニスを手に取り口にふくんでしまっていた。
「う、う〜ん‥‥」
　やはり、三上は眠っているようだ。美枝子は、さっきまで三上がしてくれたように、丹念に舐める。あの日のお返し、そんな意味がなかったといえば嘘になる。でも、寝入っているところを犯して欲しいと思っていたのは自分なのだ。その倒錯した想いが刺激になって、美枝子は熱心にしゃぶり続ける。
「ん、んんん‥‥あ、あれっ？」
　三上が気がついても、美枝子は行為を止めないでいた。
「み‥‥美枝ちゃん‥‥」
　美枝子にくわえられている、そう思っただけで、ふたたび三上のものは甦ってきた。
　口の中でグングンと大きくなっていくペニスに、美枝子は悦びを覚えた。まるで、自分の蜜壺の中で、それが膨れあがっていくような錯覚にとらわれ、ジンジンと股間が熱くなってくる。
（三上君。三上君。三上くん。みかみくん）
　美枝子は心の中で三上の名を連呼していた。
　三上の方も我慢ができなくなり、美枝子の腰を引き寄せ、シックスナインの体勢になった。
　柏餅を連想させるような大陰唇には、申し訳程度に柔らかな陰毛が濡れてへばりついている。花びらの中の鮮やかなピンク色が欲情をそそる。指で押し広げると、蜜壺がポッカリと口を開け、ムッと牝の匂いがした。
（奥まで見られている）
　そう思うと、また溢れてきた。恥ずかしさより、見られている快感の方が強い。三上の鋭い視線を思い浮かべただけで、芯の部分が痺れたみたいになるのだ。
（見て。もっと見て）
　美枝子は、一層熱心にしゃぶりながら、腰をうごめかせる。
　三上は硬く尖らせた舌先で花びらの合わせ目にある肉芽をとらえ、他の部分とは明らかに感触が違うそこを、ゆっくりと舐めまわした。
「ああっ！　いいっ！」
　思わずペニスから口を離した美枝子が叫ぶ。
「こんどは三上君にしてあげたかったのに‥‥やっぱり‥‥だめ‥‥お願い、めちゃくちゃにしてぇ‥‥」
　どちらかといえば気の強い美枝子は、昔、三上に対して「負けたくない」と思っていたところがあった。同じ、絵を描くものとしての意地だったのかもしれない。しかし、それは「三上に征服されたい」という欲望の裏返しだったことを、美枝子は初めて気がついたのだった。
「三上君‥‥どんなことでも、三上君の‥‥好きなようにして‥‥ああっ！」
　秘所を嬲られながら懇願する美枝子を見て、三上の凶暴な牡が目を覚ました。身体をずらして、美枝子の後ろへ回り込むと、腰をつかんで、屹立したものを力強く挿入する。
「ああ〜っ！！」
　インサートの瞬間、もう、美枝子はオルガスムスを迎えていた。
　背中をのけぞらせ、シーツを握りしめて痙攣する美枝子に、三上は容赦なくピストンを繰り返す。
　パンッ！　パンッ！　パンッ！
　肉を打つ音が響き、美枝子の喘ぎ声がシンクロする。
　見下ろせば、花びらの肉がペニスにまとわりつくように伸び縮みし、アヌスがヒクヒクと蠢いている。親指の腹で、そのしわを伸ばすように撫でていると、スッと吸い込まれるように第一関節まで埋没した。
「ああっ！　そ、そこは‥‥」
　言葉で抵抗したものの、あまりに甘美な感覚に、美枝子は尻を突き出すように応えていた。
　三上の器用な指先が、まだ誰も触れたことのない肉襞の内側をなぞるたび、背筋に電気が走ったようになる。
「いやぁ〜〜っ！！」
　絶叫を上げ、美枝子は経験したことのない深い波にさらわれた。

「み、みかみくん‥‥お願い‥‥」
「後ろの方は嫌？」
　美枝子の反応の激しさに、腰の動きを止めていた三上が答える。
「そうじゃないの‥‥」
「ん‥‥？」
「お尻が、こんなに感じるなんて‥‥恥ずかしいけど‥‥知らなかったの」
「そうか」
　三上にしたって、初めての経験だ。
「み、三上君。嫌じゃなかったら‥‥」
「嫌なことなんかないよ」
「私の後ろを犯して‥‥」
「えっ？」
「初めてのところを‥‥三上君に‥‥犯して欲しいの‥‥」
「‥‥」
「私‥‥いま、気がついたの。三上君のことが、ずうっと好きだったって‥‥だから、初めてのところをあげたいの。ううん、犯されたいの‥‥」
　三上にしても、アナルセックスは初めての経験だった。親指を入れたのも、意図したわけではなく、偶然そうなったに過ぎない。興味はあった。しかし、女性に無理を強いることが嫌いな三上は、その欲望を封印してきたのだ。指に残る不思議な肉の感触を自分のもので味わってみたいと思っていた矢先の提案に、三上は燃え上がるような欲望を覚えた。しかも、その提案は愛の告白をともなっているのだ。
「美枝ちゃん、俺もだよ‥‥ずっと、好きだったんだ」
　三上は、蜜壺からペニスを引き抜き、亀頭を菊蕾にあてがう。
（犯して‥‥犯して‥‥）
　美枝子は心の中で叫んでいた。
　しかし、いくら腰に力を入れても挿入はスムーズに運ばなかった。まるで処女と童貞のように、二人の興奮ばかりが空回りしてしまうのだ。三上は焦って、愛液をかき集めて菊蕾に塗りたくってみるが、こんどは指さえも入っていかない。
「美枝ちゃん、力を抜いてみて」
「こう‥‥？」
　美枝子も、尻を突き出すようにして協力するのだが、なかなかうまくいかない。
（あのとき、どうして、あんなにすんなり入ったのかしら？）
　必死で思い出そうとするが夢中だったため覚えていない。
　少し自棄になり、排泄するときのように力を入れた瞬間、するっと三上の指が菊蕾に収まっていた。
　あまりに、あっけなく侵入してきた指が、また、美枝子の官能を刺激する。
（ああ、こうすれば大丈夫なのかも）
　三上の指から伝わってくる不思議な感覚が、やがて全身を支配していく。
「ああっ、感じる‥‥こんどは、大丈夫みたい‥‥三上君、来て‥‥」
　三上は半信半疑で、指を抜き、ふたたび亀頭をあてがう。
　美枝子が、グッと、あのときのように力を入れると、ズルズルッとかなりの抵抗感があってペニスの半分ほどが菊蕾に埋没した。
「うおお」
　三上が呻く。
「い、いたぁい‥‥」
　バリバリと引き裂かれるような痛みに、思わず美枝子は悲鳴を上げる。
　その声を聞いて、三上はあわててペニスを引き抜く。ポンッと栓を抜くような音がして、蕾がゆっくりと閉じていく。
「ああんっ、やめないで！」
「だって、痛いんだろう？」
「いいの。痛くても、三上君にされたいの。お願い、もう一度‥‥」
　そこまで言われたら引き下がれない。こんどは、力任せではなく、慎重に事を進める。ゆっくりと力を入れると、ヌルッと亀頭が収まった。
「ハアッ、ハアッ」と、荒い息をしながら、美枝子はマットレスに顔を押しつけ、必死で耐えている様子だ。
「大丈夫？」
　美枝子を気遣いながら、その場にとどまったままでいた三上だったが、筋肉質の肉の感触がたまらず、どんどんとペニスの硬度が増していくのを感じていた。そうでなくても、自分のものが後ろの穴に突き刺さった光景は、恐ろしくエロティックなのだ。
（い、痛いけど‥‥でも、こうすると‥‥ああ、すごい。き、気持ちいい‥‥）
　括約筋の力の抜き方を工夫しているうち、ある種のコツのようなものをつかんだ美枝子は、まだ痛みはあるものの、だんだんと性感の方が勝っていくのを感じていた。
「三上君、大丈夫だから、もっと。もっと入れて」
「いいのかい？」
「うん、もう、あんまり痛くないから‥‥」
　それどころか、蜜壺の奥がジンジンと熱くなり、腰から背筋にかけてムズ痒いような快感が押し寄せてくるのだ。
「ああ、そう、そうよ。いいわ」
　だんだんと満たされていく。三上に挿し貫かれ、征服されているという気持ちになり、それが陶酔を深めていった。
「犯して‥‥三上君、私を、犯して‥‥」
　美枝子は蛙のような姿勢もまま、うわ言のように繰り返して言った。
　やがて、三上のものが根本まで収まる。
　入り口の、硬い肉が締め付けてくる感覚と、美枝子の喘ぎがダイレクトに伝わる内部の感触は異次元のものとしか思えなかった。
　本能的に抽送を試みるが、あまりの刺激の強さに三上は限界が近いのを悟った。それでも、ゆっくりとピストン運動を始める。
「ああんっ！」
　入れられるときより、抜かれるときの方が、数倍も感じる。まるで、身体が裏返ってしまうかのようだ。美枝子は次第に薄れていく意識の中で、三上に征服される幸福感に満たされていった。
　突然、熱いものが身体の中を駆けめぐる。
「おおっ！」
　三上が雄叫びを上げる。
（すごい。もう、どうにかなっちゃう）
　放たれた熱い精液が、脳にまで到達した感じだった。
　三上の方はいつまでも放出感が収まらず硬度も保ったままだ。それは異次元の快感としか言いようがない。精液のおかげで潤滑になったアヌスの中で、激しくピストンを繰り返す。
「あ、わっ‥‥く‥‥ひぃ」
　言葉にならぬ声を出して美枝子は意識を失った。

「はしたない女だと思ったでしょ？　でも、信じて。こんな気持ちになったの初めてなの」
　美枝子は、涙を流しながら、三上に訴えていた。
（恥ずかしくて死んじゃいたい。自分から、あんなことを求めて、おまけに失神しちゃうなんて‥‥）
　行為が終わった後、三上がシャワーを浴び、絞ったタオルで身体を拭いてくれるまで、気を失っていた美枝子なのだ。
　三上は、無言で美枝子を抱き寄せ、涙で濡れる頬にキスをした。
「私ね、今やっと気付いたんだけど、絵を描き続けてきたのは、三上君に見て欲しかったからだと思うの。それが分かったら、もう我慢ができなくなって‥‥」
　それだけ言うと、感情が高ぶって、ますます涙が溢れてきた。
　まるで、小娘のように泣きじゃくる美枝子の背中を、三上はやさしく撫で続ける。
　そして、決心をした。
「なあ、俺たち、昔みたいにコンビを組めないかな？　家族のこととか、いろいろ問題があるのは分かっているけど、俺は今の自分に素直になりたいんだ。不倫とか、そういう後ろ暗いのは嫌いだしさ。遅すぎるってことはないと思う。俺には美枝ちゃんが必要なんだよ」
　三上は、美枝子の目を、まっすぐ見つめながら言った。
「し、信じていいの？」
「もちろんさ」
　しばらく間をおいた後、美枝子がニコッと笑って答えた。
「もう、また泣かそうとしてるでしょ」
「じゃあ、決まりだな。順番が逆かもしれないけれど、これから祝杯を挙げないか？　昔みたいに酔っぱらって騒ごうぜ」

　美枝子は食事のとき矢野が言っていたことを思い出していた。
「私がこんな個展を開けるのは三上君のおかげなんだよ。ずいぶん前のことだが、スランプに陥っている私を、彼がすごい発想で蘇らせてくれた。彼にはものを創る人間を刺激する才能があるんだ。今日、真行寺さんを見る彼の目を見ていて、昔の彼を思い出したよ。だから、きっとあなたには何かがあるんだと思う。頑張ってください。描くことをやめちゃいけませんよ」
　三上が中座したとき、矢野は美枝子にこんなことを言ったのだ。
　そのときは分からなかったが、今の美枝子には分かる。１８年の時を超えて、二人はものを創る人間としてお互いを認め合い、欲していることに気が付いたのだ。時の力が青臭くドロドロとした情念を熟成させ創造のエネルギーに変えていた。そして、それを引き出すには、お互いの力が必要なことを言葉を交わさずとも分かり合えた。そう、離れてはいても、ずっと二人は一緒だったのだ。身体を交わすことは、その繋がりを確認するための通過儀礼にしか過ぎなかった。

　夕暮れの高速道路をＡＭＧが都心へ向かって矢のように疾走する。
「どこに行くの？」
「下北沢の、あの店。まだ残ってるか分かんないけど、あそこが俺たちの原点だったような気がしてさ」
「残ってるかしら」
「分かんないな。卒業してから、一度も行ってないんだ」
「ねえ‥‥」
「ん？」
「あのとき、どっちかが勇気を持っていたら、私たちどうなってたかしら」
「さあな。そんなこと考えたって意味はないさ。俺には、今、美枝ちゃんが隣にいることの方が重要なんだ。たぶん、俺たちは最強のコンビが組めると思う。なにしろ、たっぷりの熟成期間があったからね」
「そっか。後戻りじゃないのね」
　美枝子は、男として一回り大きくなった三上に、このとき出会えたことを感謝していた。そして、無性に今の気持ちを絵に描きたくなっていた。こんなに高揚した気分になったのは久しぶりのことだ。
「ねえ、この車、素敵ね」
「なんで？」
「だって、三上君みたいなんだもん」
　年月が三上を磨き、その放つ光が自分を解放してくれた。会えなかった時間も無駄じゃなかったと美枝子は感じていた。
「中古で、いささか草臥れているけどな。でも、まだまだ走れるさ。今日、初めて分かったんだ。若さだけが全てじゃないってね。Never to lateさ。なんだか、いままでのモヤモヤが晴れたみたいだ」
　三上はアクセルを踏んで、前にいたスポーツタイプの車を一気に抜き去る。その、圧倒的な加速に抜かれた方も毒気を抜かれたらしく、バックミラーの中でどんどん小さくなっていった。
　美枝子は、横目で晴れ晴れとした顔をしている三上を見ながら、懐かしいあの店が残っていることを祈っていた。