陸（おか）の人魚

　素っ裸のまま屋外へとつづくガラス戸を開けて、石畳の地面に足を踏みだしたところで、香川良輔の動きが不意に止まった。
　仕切りの板壁の向こうに人の気配があったのだ。その場所には、裏山に面した露天の岩風呂がある。彼の実家は県境の山奥にある小さな旅館で、一時期は五つの客室が連日埋まるほどの盛況だったという。
　ここ数年は馴染みの常連客が夏と正月に訪れるのみで、オフシーズン中の十一月の今は客などいない。今日も明日も、一週間先も、宿泊の予定はない。
　では、こんな真夜中に誰が露天風呂にいるのか。祖母は決まって夜九時には床に就くし、日本画家の父親は滅多に実家へは戻ってこない。街に住む中年の仲居も、早々に館内清掃を終わらせ夕方前に帰宅している。
　時折、野生のウサギが迷いこんでくることがあるが、竹垣で仕切られた岩風呂までは入ってはこない。となると、いったい誰がいるのか。考えられる答えはひとつしかなかった。
　板壁の前へと歩み、首だけを伸ばして覗きこんだ。
　湯気の奥に人影が見える。露天風呂に背中まで浸かっているのは、女だった。黒髪をアップにまとめ、あらわの白いうなじが妙に色っぽい。
　露見しているのは背中だけではない。斜め後方からの盗み見であるため、乳房の一部までが丸見えなのだ。相当な巨乳だとすぐにわかった。もっと近づけば、水面下に沈む乳首だって見えるかもしれない。
　良輔の鼓動が高鳴った。間違いない、入浴しているのはやはり彼女だった。香川萌子が、六年ぶりに帰郷した義理の姉が目の前にいる。
　何をきっかけにそうしたのか、不意に萌子は板壁のほうに視線を向けた。
「え、良輔くん？」
　慌てて顔を引っこめたものの、遅かった。
　板壁の向こうで湯の跳ねる音がした。萌子が身体の前を隠すために動いたのだろう。その姿をつい想像して、良輔の下半身が熱くなった。
「やだ、どうしたの？」
「すみません。その、ぼ、僕」
　自然とうろたえた口調になる。
「知らなくって、姉さんが入ってるだなんて思わなくって」
　板壁に背中を向けたまま、良輔は、ガラス戸の奥に視線を泳がせた。脱衣所の隅に女物のトートバッグがある。
　棚の藤籠を使用せず、かわりに姉はあのなかに着衣をおさめていたのだ。ちょうど棚の物陰にあるため、脱衣中は少しも気づかなかった。
「本当にすみません、すぐ出ますから」
「え、待って」
　ふたたび湯の揺れる音がした。
「出るって、もう裸なんでしょう？」
「ええ、まあ」
「なら、良輔くんはお風呂に入って。わたしが出るわ」
「気にしないでください、あとで出直してきますから」
　良輔はガラス戸に手をかけた。
「姉さんはゆっくりしていってください」
「いいのよ、もうじゅうぶんゆっくりしたわ」
「でも」
「遠慮しないで、勝手にお風呂を使ったわたしが悪いのだし」
「そんな、悪いだなんて」
「部屋の内風呂でもよかったのだけど、久しぶりだから、つい入ってみたくなっちゃって。それにお客さんも……」
　そこで萌子の言葉が切れた。良輔が派手なくしゃみを飛ばしたのだ。
　杉の葉がザワザワと音をたてて揺れる。まだ十一月の終わりだというのに、夜風には真冬の冷たさがあった。板壁の向こうで萌子は苦笑した。
「ほら、こっちにいらっしゃい。風邪を引くわよ」
「でも」
「いいから、はやく」
　萌子の声にはからかいの色が含まれていた。
　しばらく躊躇したあと、やっと良輔は動いた。タオルを腰に巻き、さらには両手で前を隠し、下を向いたまま板壁の外に出る。
　露天風呂は四、五人が同時に入浴できるひろさがあった。雨の日でも利用できるよう、洗い場は東屋となっており、シャワーも完備されている。
　檜の風呂椅子に腰かけ、姉に背を向けたまま水道の蛇口を捻った。
　丸桶に湯を張り、肩からかける。飽きるほど何度も浴びて、姉が立ち去っていくのをひたすらに待った。そのいっぽうで、何かを期待している自分もいる。
　けれども、なぜか萌子は風呂場から出ていこうとしない。すでに十回近く湯を浴びたというのに、いつまでたっても足音が聞こえてこない。やがて、姉の口から思いも寄らない声が飛びだした。
「いつまでもそんなとこにいないで、こっちにいらっしゃい」
　湯気に包まれた良輔の肩が揺れた。
「本当に風邪を引いちゃうわよ」
「え、でも」
「別にいいじゃない、姉弟なんだし。それに、混浴なんでしょう？　ここ」
　そうは言っても意識しないわけにはいかない。良輔とて健康な男子高校生なのだ。大人の女に裸を見られるのも、裸を見るのも恥ずかしい。
「ほら、はやくゥ」
　結局、姉の誘いと寒さに負けて、良輔も風呂に浸かった。
　いくら団体用の岩風呂とはいえ、リゾートホテルの大浴場ほどのゆとりはない。どれだけ隅に身を置いても、顔を横にそむけても、姉の姿が視界の端に映る。その肢体が水中で動いて、良輔のほうに接近してきた。
「となり、いい？」
　彼の返事を待たずに横に座る。少しでも肌の露出を防ごうという意図なのか、膝を抱き寄せ、極端に背中を丸めた姿勢である。豊かな胸も片腕をまわして隠している。
　だが、無意味な防御である。隠さねばならない時点ですでにはしたない姿だという証拠だった。いくら身を丸めたところで、手で覆ったところで、全裸であることに変わりはない。タオルの一枚すら持っていない。
「久しぶりね、こうしてふたりっきりで話すの」
　恥部のみを隠したヌードモデルと同じ姿で萌子は言った。
「五年……ううん、六年ぶりだったかしら」
「はい、姉さんが大学進学して以来です」
「驚いたわ。すっかり成長してるんだもの、良輔くん」
　彼の母親が日本画家の男と再婚したのも、その六年前のことだった。入籍時、すでに萌子は大学進学のために上京することが決まっていたため、彼女とともに生活したのは一ヶ月にも満たない。会話が妙によそよそしいのも、そのためだ。
　それでも、当時の記憶は今も鮮烈に残っている。
　こんな綺麗な女の人が、僕の姉さんに……。
　新しい父親から連れ子の娘を紹介されたさい、良輔は、子供ながらにそんなことを考えたものだった。
　良輔は姉の横顔を盗み見た。端正な顔立ちだった。以前にも増して色っぽさがきわだっている。都会で暮らす女性とは、みな姉のように美麗なのだろうか、と思う。その女が、一糸まとわぬ全裸で彼の横にいる。
「ごめんなさいね、お母様のお葬式に出てあげられなくって」
　良輔の母親がクモ膜下出血で急死した四年前、萌子は、カナダに長期留学中だった。
「いまさらこんなこと言うのもなんだけど」
　と、萌子は小声で言った。
「……わたしね、ずっと気になってたのよ、あのときのこと。お母様はもちろん、あなたやお婆様にも悪いことしたなって。それで、なかなか帰る踏ん切りがつかなくって、気がついたらズルズル六年もたってしまって」
「そんなことないですよ。父さんもそうだけど、仕送りも毎月入れてもらってるし」
「相変わらず日本じゅうを飛びまわってるの？　あの人」
「たまに帰ってきてますよ、年に二、三回」
　露天風呂には裸電球の灯が落ちているが、竹垣の外は暗闇に覆われている。杉林と空の区別さえつかない。
「僕や婆ちゃんが暮らせるのも、旅館が潰れずにすんでるのも、全部父さんと姉さんのおかげです」
「大げさよ、たいしたことじゃないわ」
「それでも感謝してますよ」
　そう言う良輔の声がかすれている。姉が、膝を崩して横座りになったのだ。
　姿勢の変化とともに肌の露出も増えた。特に下半身など、ほぼ丸わかりの状態だった。濁りのない透明な湯だから、臀部の丸みも、白い太腿も、全部ばっちりと見える。
　姉の右手は胸元に、左手は太腿の上にそれぞれ添えられているため、乳首や陰毛までは直視できない。が、むしろそれがいやらしい。かえって見せびらかしたがっている印象があるのだ。しかも、腕をまわすことで胸の谷間が強調されている。
　グラビア女優の入浴シーンなんかよりもはるかに色っぽい。良輔は、膨らみを増しつつあるタオルの股間を片手で押さえた。
「姉さんは、まだ東京の会社に？」
　注意を別の方向へと逃がしたくなって、ふと思いついたことを口にした。
「一流商社の秘書だなんて、すごいや」
　大学卒業後、萌子は丸の内にある東証一部上場の商社に勤務している。以前、帰郷した父親から聞いたことがあった。
「やっぱり仕事も忙しいんでしょうね」
「え、ええ」
「今は休みを取ってるんですか？　確か有休とかって言うんですよね」
「そんなことより、わたしは良輔くんの話が聞きたいわ」
「え、僕は」
「学校とか友達とか、好きな女の子のこととか」
　そういう話題をするときの彼女は、良輔と同年代の少女のような顔になる。しかし、彼の学校に姉ほど美人の女などいない。
「知りたいわ、良輔くんのこと。前はろくに話をする時間もなかったし」
「は、はあ」
「恋人とかもいるんでしょう？」
「そんなのいませんよ」
「嘘」
　長湯のせいか、姉の目が妖しく潤んでいる。
「良輔くんってカッコイイし、背も高いし」
「ぜんぜんですよ、僕なんか」
「謙遜しないで、女の子から人気あるでしょう」
「クラスの女子はアイドルにしか興味ないから」
「女はみんなそうよ。芸能人に熱をあげるふりをして、いつも身近な男の子を観察してるの」
　良輔は緊張した。姉が身体を揺らした拍子に、偶然、彼女の指が太腿に触れたのだった。しかし、感触に驚いたわけではない。
　左手がそこにあるということは、彼女の下半身は丸だしということだ。いつでも窃視できるということだ。しかし、それをすれば姉は怒るだろう。良輔をたしなめ、露天風呂から立ち去ってしまうに違いない。
　良輔は迷った。さんざんに迷いながら、視線をつい斜め下に落としてしまった。好奇心から生じた無意識の動作だった。
　少年の喉が小さく動いた。
　ほんの一瞬の盗み見ではあったが、確かに見えた。姉の股間に密生する黒いものがはっきりと見えたのだ。あれは間違いなく陰毛である。影とは異なる光沢と揺らめきがあった。
　もう一度窃視しようとした矢先、水中で姉の足が動いた。
　姿勢が変わり、股間の一帯が視界から隠される。かわりに萌子は、弟の太腿に指を添えてきた。今度は意図的な触れかただった。そのことが良輔にもわかった。
　姉に隣接している右足ではなく、彼女から見て奥にある左足のほうに指が触れているのだ。無意識の接触ならこんなふうにはならない。なるわけがない。しかも、タオルで覆われた勃起にも手首が当たっている。
「男の子だって同じでしょう？」
　姉の言葉の意味がすぐには把握できなかった。
「いつも女性のことを観察してる。女性の身体を、胸やお尻を眺めながら、想像のなかで裸にしてる」
「え、あの」
「良輔くんもそうなの？」
　良輔は動揺した。姉が彼の窃視に気づいたことは、もはや明白だった。
「女性の胸やお尻、見たいの？」
　萌子の口調に怒気はなかった。嫌悪感をあらわにすることもない。むしろ、期待をこめた目で良輔を覗きこんでくる。
　良輔は、姉という女のことがわからなくなった。弟の盗み見を咎めようともせず、狼狽や恥じらいのそぶりも見せない。そして、つい今しがた口にした意味深な言葉。
　女性の胸やお尻、見たいの……。
　まるで、見せてやってもいいと言わんばかりの口ぶりではないか。事実、先ほどよりも身体の密着が深くなっている。手首だってペニスに触れたままだ。
「すごく静かね」
　何かを再確認するかのように萌子は言った。
「ねえ良輔くん。あなた、本当に恋人はいないの？」
「うん」
「じゃあ、女性の裸を見たこともないのね」
　頷きながら、良輔は視線を横に逃がした。
「だめよ、ちゃんとこっちを見て」
　太腿から指を離し、萌子は、弟の正面へと身体を移した。水面が波打ち、良輔の肩に当たる。
「良輔くんならいいわよ」
　周囲を包む湯煙のように、蒸れた低い声だった。
「わたしが見せてあげるって言ってるの。女の人の裸、見せてあげる」
「え、あの」
「見たいのでしょう？」
　良輔は、姉が冗談を言っているものとばかり思っていた。表情に悪戯めいた微笑があったからだ。しかし、冗談や揶揄ではなかった。
　乳房を隠していた腕が離れた。
「今日は特別」
　弟の肩に両手を添えて、萌子は、水中で膝立ちの姿勢を作った。ちょうど彼の鼻先に乳房を寄せる形になる。
　良輔は低く唸った。彼女の下半身は水面下に沈んだままだが、腰から上は、たっぷりの雫に濡れて外気にさらされている。まるで陸を眺めたがっている美しい人魚だ。西洋人風の凛々しい美貌の持ち主だから、よけいにそんな印象が色濃い。
　けれども、人魚ではない。彼の前で見事な裸身をさらしているのは、歴とした人間の女である。二本の足と女性器を備えた彼の義姉である。何より、架空の物語に登場する女が、これほど旨そうな乳房を持っているわけがない。
「これが見たかったのでしょう？」
　そんな姉の声も良輔の耳には届かない。はじめて目にする女の裸身に、生の乳房に、すっかりと状況を忘れている。
「ねえ、良輔くん」
「え……あ、ご、ごめんなさい」
　いったん顔を起こしたものの、またすぐに胸へと視線を戻してしまう。
「すごいよ、すっごく綺麗だよ。姉さんのこれ」
　良輔は声を震わせた。完璧としか言いようのない大きさと形状の乳房だった。釣鐘型の丸みがツンと上向き、これほどの量感だというのに少しも垂れていない。そして先端には、上気色の肌よりも鮮やかな朱の乳首がある。
「本当にすごいや」
「はじめて見たのね、女の人のオッパイ」
「う、うん」
「興奮しちゃう？」
　鎖骨の窪みに溜まった雫がこぼれ、胸の谷間につうと落ちる。
「姉さんのオッパイ見て興奮してるんでしょう。そうなんでしょう？」
「うん、こんなのはじめてだよ」
「わたしも嬉しいわ、良輔くんが喜んでくれてるのが嬉しいの」
　良輔の鼻先にある乳房が揺れた。
「嬉しいから、もっと見せてあげる」
　ゾクリとするような声でそう言って、萌子は、炭酸水素塩を含んだ湯のなかで立ちあがった。雫が無数の小さな滝となって白肌を滑る。
「全部見せてあげる……見て」
　良輔の口から熱い息がもれた。
　圧倒的な眺めだった。湯あがりの濡れ光のせいなのか、それとも、水面からたちのぼる湯煙のためか、肉体の輪郭がぼやけて、肌全体が白く発光しているように見える。だが、幻想的なだけの裸身ではない。神々しさをうわまわる卑猥さも持っている。
　下から見あげる形となったため、乳房の量感もより凄みを増している。腰まわりから太腿にかけての肉つきもいい。けれどもウエストは搾ったように細く、もともとが長身のためか、全体的には細身の印象が強い。スリムでありながらムッチムチなのである。
　弟に裸身を熱視されても、萌子は平然としたままだった。子供を見守る母親のような顔で良輔を見おろしている。どこか誇らしげな表情だった。
　惑乱しているのはむしろ良輔のほうである。何せ、目線と同じ高さに姉の陰毛があるのだ。すぐ手の届く場所にあるのだ。ならば当然、陰毛の奥にあるものだって見たくなる。
　体勢を低くして、良輔は、姉の股間に顔を近寄せた。
「あン、良輔くんったら……そんなこと」
　萌子は、無許可で覗き見をしようとする弟を甘く咎めた。いや、そうではない。咎めるふりをした喜びの声だった。その証拠に、彼が見やすいように萌子は自分から太腿を開いたのだ。
「どう、見える？」
「ううん、暗くてよく見えないよ」
　裸電球の弱い光の下では、その部分は単なる影にしか見えない。顔の下半分を水中に沈めて覗きこんでも、姉がさらに足をひろげても、同じだった。
「だめだよ、やっぱり見えないや」
「なら、こっちで……」
　良輔は驚いた。姉の手が、突然に水中へと潜りこんできたのだ。
「え、姉さん？」
　慌てて横に逃げようとするが、それより先に、腰に巻いたタオルを奪い取られた。
　萌子は濡れたタオルを岩場の上に敷くと、たっぷりと丸い尻をそこに乗せた。膝を左右に開き、両手を後ろについて身体を支える。
「こうすればお尻も冷えないし……」
　照れ隠しのためにそんなことを言って、腰を前へと突きだした。岩場の上で股を開陳させたあられもない姿になる。
　良輔は唖然とした。女にとってこれ以上に屈辱的な姿はないはずだった。しかし、屈辱であればあるほど感じているかのように、姉の目は陶然と潤み、微笑すら浮かんでいる。
　まるで、ベッドの上で男の挿入を待っているかのようだ。けれども、ここには寝室ではない。ベッドどころか壁も天井もない。竹垣で仕切られただけの屋外である。
　露天風呂は旅館内からは死角の位置にあるし、付近には民家もない。が、夜空に輝くあまたの星はふたりを見ている。風に揺らめく杉林が見ている。その奥で誰かが息を潜めている可能性だって、ないとは言い切れないのだ。そのような危険をはらんだ場所で、東京の一流商社に勤務する二十四歳の女が淫部を見せびらかしている。
「ね？　今度は見えるでしょう」
「うん。す、すごいや。これが姉さんの……」
　良輔は顔を寄せて魅入った。
「おもしろい形をしてるんだね、女の人のって。僕、知らなかったよ」
「わたしのそこ、変じゃない？」
「形は変わってると思うけど、すっごく綺麗だよ」
　誰かと比較しているわけではない。生まれてはじめて女の性器を目にしたのだから、比較などできるわけがなかった。ただ純粋な感想を口にしただけだった。
「なんていうか……花みたいな感じがする」
「え、花？」
「うん、花。股のあいだに細長い薔薇の花がくっついてる感じ」
「面白いたとえかたをするのね、良輔くん。……でも」
　それが花なんかじゃないことを証明するために萌子は手を伸ばした。
　濡れた陰毛が肌にぴったり張りついている。水中で見たのよりも毛量の薄い陰毛だった。そこを姉の右手が通過し、彼が薔薇の花と呼んだ部分に触れた。
　二本の指で肉扉を左右に押し開く。圧迫に負けて、中心の溝も開口する。裂けた菱形の奥には、鮮やかな桃真珠色の粘膜があった。
「うわあ……」
　良輔の喉が動いた。
「どう、見える？」
「うん、全部見えるよ。すごいよ、なんかヒクヒクッて動いてる」
「良輔くんが見てるからよ」
「それって、興奮してるってこと？」
　Ｍ字に開いた股の前で顔をあげ、良輔は、姉の顔を見た。
「姉さん、僕に見られて興奮してるんだ」
「そうね、そうかもしれない。でも、良輔くんだって同じでしょう」
「え」
「オチン×ンだって、あんなにおっきくなってたし」
　はしたない姿ではしたない淫語を口にする。
「すっごくカチンコチンで大きかったわ、良輔くんの」
「それは……姉さんの裸がすごく綺麗だったから」
「わたしを見てそんなになっちゃったの？」
「う、うん」
「じゃあ、まだおっきいままなのね」
「……たぶん」
「ねえ、良輔くん」
　萌子が小さく肩を揺らすと、丸だしの膣粘膜もヒクリと蠢いた。
「……わたしのここに、オチン×ンくっつけてみる？」
「え、それって」
「誤解しないで、ただくっつけるだけ。入れるわけじゃないの」
「でも、そんなこと」
「良輔くんだって、将来恋人ができたらそういうことをするでしょう？　いざというとき困らないためにも、ちゃんと練習しておかないと」
「本当にいいの？」
「もちろん。でもね、本当にくっつけるだけよ」
　良輔は湯のなかで立ちあがった。姉に言い含められている感じもしたが、断る理由はどこにもなかった。裸の女性といやらしいことができるのならば、なんだっていい。
　萌子は、淫裂にあてがった二本の指を折り曲げた。人さし指と中指のあいだに小さな空間が生まれ、そこに勃起を挿しこむよう弟に促す。
　良輔は疑いもなく従った。姉の作った擬似膣に正面から勃起をくぐらせる。茎の横腹が裂け目の粘膜を擦り、萌子の顎が震えた。
「ンン、だめよ。そこじゃなくて……もう少し上」
「こ、こう？」
　いったん身体を引き、やや中腰の姿勢で再度、下半身を進める。今度は入った。指のアーチに勃起全体がおさまった。
　萌子はかぶせた指に力をこめて、勃起を包みこむようにした。抜け落ちないようにするための自然な動作だったのだが、良輔は驚いた。姉の指と淫裂でペニスを挟まれる形になったからだ。
　膣に入れているわけでもないのに、ただ圧迫されているだけだというのに、恐ろしく気持ちがいい。だが、姉に指示されて腰を前後に動かしはじめると、すぐに新たな快美が彼を襲った。
「うわッ、すっげェ」
　縦に滑る勃起が姉の指と擦れて、火の出るような刺激が下半身に走るのだ。しかも、押しこむたびに眼下の乳房がタプンと揺れる。
「あーッ、すごい気持ちいいよォ！」
　良輔は夢中になった。夢中で腰を前後させた。まるで、姉の指を使って自慰をしている気分である。いや、ひとりでするオナニーなんかよりはるかに気持ちがいい。
　そんな彼の陶酔は姉にも伝線し、萌子は、何度も熱い息をもらした。弟が腰を揺らすたびに、突き入れるたびに、欲情したクリトリスを男茎が擦り、体内で甘い火花が散る。何より、指のなかで動くペニスの感触がいい。硬さと太さがいい。
　いったい何がきっかけでこうなったのか、なぜ弟を相手にここまで欲情しているのか、自分でも判然としない。彼をからかってみたいという悪戯心なら、確かにあった。そのために水中でわざと股間を見せびらかしたり、タオル越しの勃起に手首を押しつけたりしたのだ。
　性的に無知な少年を誘惑し、彼が困惑する姿を楽しみ、ときを見計らって風呂場から立ち去るつもりだった。本当にそうだったのだ。ところが現実はどうか。こうして生の勃起を握り、互いの性器を密着させている。そして、密着だけでは物足りなくなっている。
　彼女がやりたいのはこんなことじゃない。真の性交である、互いの性器をぴったりとハメあう強い結合である。最初からそのつもりだった。直接的な言葉をだすのに躊躇があったから、こんなふうにまわりくどい誘いかたをしただけだった。けれども、もはや躊躇をしている場合ではない。
　硬い勃起でさんざんに肉芽を擦られたのだ、淫裂だってもうドロドロなのだ。相手が弟だろうと関係ない。今はただ、目の前にあるペニスがほしい。
　彼女は、指で挟んだ勃起を押して、やや下の位置へとずらした。
　突き入れの角度が変わり、亀頭がクリトリスを、茎が淫裂のぬかるみを擦る形になる。良輔はそのことにも気づかない。それほど腰振りの快感に夢中になっているのだ。萌子はさらに角度を調節し、膣口に亀頭がくるようにした。
　ヌプッ、と何かが埋没する粘っこい音がした。
「ああーンッ！」
　露天風呂の岩場の上で萌子はのけぞった。
　突然の割れ声に驚いて、良輔は腰の動きを止めた。そして、はじめて異変に気づいた。
　勃起を包む感触が異なっているのだ。先ほどまでは指のアーチをくぐるとき、亀頭のくびれに強い刺激が走った。ところが今は、幹の全体が圧迫されている。その締めつけにしてもひどく強烈で、痛いくらいなのだ。
　恐るおそる腰を前後させると、そこにも新たな変化があった。これほど強い締めつけだというのに、むしろ動きは潤滑になっている。ヌルヌルッというよりズプズプッという感じだ。そして、腰を送るたびに萌子がせつなげな声で泣く。
　良輔は生唾を呑みこんだ。
「はあン……良輔くん」
　萌子の指が股間から離れ、良輔は、自分の予感が間違いではないことを確信した。そこにあるはずの勃起が存在しなかったからだ。彼のペニスは、その大部分が淫裂の溝に埋まっている。突き刺さっている。
「いい？　このことは誰にもナイショよ……ふたりだけの秘密」
「でも、ね、姉さん」
「いいから突いて。良輔くんのやりたいことをやって」
　そう言って弟の頭を引き寄せ、乳房ごと肌を密接させる。
　反射的に良輔も姉の背中に右手をまわし、もう片方の手で太腿を抱き支えた。湯あがりの裸身はどこもかしこもツルツルで、スベスベだった。夜風にさらされたせいか、すっかりと冷えている。
　ペニスを呑みこんだ淫裂だけが、ひどく熱い。その灼熱が彼から理知的な判断力を奪い、良輔は、腰を前へと進めた。
「はァ……ン」
　萌子の身体が後ろに折れた。
　そんなふうに悶える姉の姿が色っぽくて、よがり泣きの声が魅力的すぎて、良輔は、さらに勃起を挿しこんだ。結合の度合いが深まるほどに、下半身を包む熱もひろがる。勃起を通じて膣内部の構造がわかる。単なる直線的な空洞ではなく、襞が複雑に入り組んでいるのだ。かまわず強引に突き入れると、萌子がまた枯れた声をあげた。
　良輔は人生最大の感動に酔いしれた。もはや遠慮をする必要はない。姉がいいと言っているのだ。何より、こんなにも気持ちがいいことをやめられるわけがなかった。
　この別天地の快感をもっと味わいたい。はじめてのセックスに身も心も埋没したい。そのために良輔は腰を振った。ただひたすらに姉を突いた。
「ひいン、す、すごい……あンッ、あンッ……も、もっとォ」
　美女のひずんだ声が夜の屋外に響く。ヘアピンが外れかかり、黒髪の一部が背中へと垂れ落ちる。首筋や頬にも張りつく。乱れきったその様相は、今の彼女の心そのものだった。
「ああッ、わたし怖いわ」
　女の荒い息が首筋にかかった。
「良輔くんに軽蔑されるのが怖いの、いやらしい女だって思われるのが怖いの」
「そんなの少しも思わないさ」
「本当に？」
「普段の姉さんも好きだけど、いやらしい姉さんはもっと好きだよ」
「良輔くん……」
　感動を言葉であらわすかわりに、萌子は彼の唇を塞いだ。甘い味の舌を突き伸ばし、口内で暴れさせる。ふたりの口元が涎でベトベトになった。
「……こんなことだってしてくれるしさあ。本当、最高だよ」
「良輔くんだからしてあげるの、良輔くんだからいいの」
「姉さん、僕……僕もう」
「ああン、イクの？　出ちゃいそうなの？」
　痛みに似た顔で射精をこらえながらも、良輔は腰振りの動きを止めようとしない。
　不意に、萌子のなかに戦慄が走った。女の肉体にペニスを打ちつける義弟の顔に、別の男の姿を見たからだった。その三人は学生時代の友人で、いずれも彼女に交際を断られたという共通点がある。
　今年の夏。萌子は、彼らに暴行された。
　同窓会のためにカラオケ店へと足をはこび、ノンアルコールのドリンクを二杯ほど口にしたあたりまでは覚えている。だが、そこから先の記憶が曖昧だった。たぶん飲料に睡眠促進剤が入っていたのだろう。タクシーに乗せられ、尻を掴まれながらどこかの建物に入り、有料チャンネルか何かのポルノ映像を眺めたような気がする。ビデオカメラの前で卑猥な言葉をかけられた記憶もある。
　彼女の勤務する商社内にある噂がひろまったのは、それから半月後のことだった。社員によく似た女の猥褻動画がインターネット上に流出しているというのだ。直後、噂の渦中にある秘書課勤務の女が、会社に辞表を提出した……。
　硬いペニスで膣内をえぐられながら、萌子は目を閉ざした。
　もしもあの男たちがいなければ、彼らにレイプされていなければ、こんなことにはならなかっただろう。会社を辞め、失意と孤独のはてに田舎へと戻り、こうして弟と関係を持つことだってなかったに違いない。
　きっかけは些細な偶然と好奇心だった。けれども、欲情の裏側には小さな野心も含まれている。今にして思うと、良輔を通してあの男たちに復讐したかったのかもしれない。
　弟を誘惑することで、彼を性的に屈従させることで、男の弱さや単純さというものを露呈させたかったのだ。その姿を眺めることで彼女自身が満足したかったのだ。なのに、こうして憎い勃起を挿入され、ヌルヌルの膣内を突き揺さぶられると、男に対する憎悪などもうどうでもよくなってくる。
　硬くて太いもので身体をえぐられる感覚がいい。純粋な情愛によって繰りだされる挿送だから、あの男たちにはないものだから、ひどく感じる。
「ああゥ……いい、これ、たまんない……へ、変になるゥ！」
　もし今、竹垣の奥で誰かが窃視していたとしても、すぐには喘ぎ声を押しとどめる自信がなかった。むしろ、視姦の危機感すら興奮の一部だった。もっと乱れてみたくなる。見せつけてやりたくなる。と同時に、こんな自分だからこそ強姦されてしまったのではないか、という不安が頭に浮かんでくる。
　彼女の内側に隠された淫靡を、あの男たちは見抜いていたというのか。あるいは、その淫靡が彼らを犯罪の道に走らせてしまったのか。そうなのだろうか……。
　頭を振って邪推を消し去り、萌子は、弟の背中に爪をたてた。さらには左右の足を彼の腰に絡ませ、加速する突き入れの動きに身を委ねる。
「だめだよォ、もう出ちゃうよォ」
「いいのよ、きて、全部だして。良輔くんの熱いの、お姉さんにちょうだいッ」
「ああゥ、ね、姉さァん」
「いっしょにイッて。ね？　いっしょに……」
　女の四肢が巻きついた少年の身体が震える。それは、射精時の男特有の痙攣だった。

あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。

2009.12.26掲載

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