（３５）

　翌朝、美紀が康平をゆり起こす。
「課長・・起きて下さい。もう朝ですよ。」
「えっ・・そうか。」
　美紀は既にシャワーを浴びて服を着ていた。
　康平も起き上がり浴室に足を運ぶ。
　美紀はそのうちに化粧を済ませた。
　康平は浴室から出ると服を着てフロントに電話を入れる。
「さ、行こうか。」
「ええ。」
　康平は美紀に軽くキスをし部屋を出た。

「課長、私、一度家に帰って着替えてきます。」
「え、そうか、じゃ送ってくよ。」
「いえ、ここから近いし歩いてもしれてますから。」
「そうか。じゃ俺は車を取りにいって直接会社に行くよ。・・あ、そうそう。」
　康平が、携帯電話のメールアドレスの書いたメモを美紀に渡した。
「これから、このメールで美紀に連絡するよ。一度入れるから返信してくれ。そうすれば美紀のアドレスも解るし。」
「うん、わかった。」
　二人はロビーで別れた。
　康平は礼子に連絡し、直接会社に行く事を伝えるとタクシーをつかまえ車を取りに地下駐車場へ向かった。
（さてと、さっそく今日から作戦を考えないとな・・。）
　康平は、頭を回転し始めた。ある程度シュミレートしておく必要もある。
　まずは美紀に頼んで山口慶子の、それらしき行動を見つけてもらわないといけない。
（さぁー、忙しくなるぞ。）

　康平は、会社に着くと同期で管理課にいる大村に電話した。
　大村はＴ大学工学部を出てコンピューターを専門としている仕事だ。
「大村か・・荒尾だけど。ちょっと頼みたい事があるんだ。今から、そっちへ行くよ。ああ、電話じゃちょっとな。」
　康平は電話を切ると大村のいる管理課に向かった。
　管理課に着くと課長席の大村の席に進む。
「よっ。」
「荒尾っ、難しい依頼は受けんぞ。」
「ふっ、お前にとっちゃ朝飯前のことさ。」
　康平は具体的な内容を大村に話した。
　会社のコンピューターは全てネットワークランを組み独立したＯＡサーバーで構築されている。ネットにしてもメールにしても管理するＯＡサーバーを必ず中継しなければならない。
　要するに康平は、大村に頼んで総務課の山口慶子が利用した過去の外部へのアクセス先を全て調べて欲しいと頼んだのだ。
「なんだ、そんな事か。今すぐ解るぞ。」
　大村はそう言うと管理用のサーバー専用パソコンに座りデータを引き出した。
　しばらくしてプリントアウトしたデータを康平に渡す。
「ほれ、荒尾、これだ。」
　康平は、データに目を通した。
「ん？　大村、２年前の７月から外部データが記入されてないぞ。社内アクセスばかりだけど・・。」
「そのようだな。でもまぁ、単にアクセスしていないだけだろ。」
　康平は不思議に思った。企画データは社の機密事項だから限られた人間しか見る事が出来ない。ましてディスクに焼いて持ち運ぶ事などシークレットが働いて絶対に無理であるし、仮に手に入れたとしても退社辞に磁気カウンターを通過せねば社外に出れないので持ち運びは考えられない。
　となると、ランを利用して知り得た時点で随時ネット通信を使い漏洩していると思ったのだが山口慶子の外部アクセスの履歴が全くない。
　しかし、ひとつ気になることは２年前にアクセスが途切れているという事だ。
　２年前といえば、漏洩に気がつき山口慶子を調査し始めた頃と一致する。
　康平は腑に落ちなかった。
　ふと康平が、ある事に気付く・・
（そうか。おそらくこれだ。）
「大村、また頼む事があるかもしれないが、その時は頼む。」
「ああ、解った。」
　康平は大村に礼を言って管理課を出た。
　廊下に出た康平はロビーに行き美紀にメールを打った。
　山口の使っているパソコンにケーブルが繋がっているかを確認するためだ。
　１０分後に美紀からメールが返ってきた。

　美紀のレスの内容はこうだった。
［補佐のパソコンにはケーブルは繋がっていないわ。でも、ネットを見てるからネットカードを使っていると思うけど・・。］
（んーむ、やはりそうか。履歴が残らんわけだ。）
　康平は続きを読む。
　それから今まで気づかなかったけど補佐は幹部会議の秘書も兼ねてるから一緒に開発会議に出席してるけど、終わると必ず自分のパソコンを持ってミーティングルームに入って仕事してるの。
　後、余計なことかもしれないけど桑原常務に必ず電話してるわ。
（何？桑原常務だと・・。）
　太平洋製鉄には常務が３人居り桑原は康平が慕う北原常務とライバル同士である。
　４月の異動では北原か桑原のどちらかが現専務の町田の後継に座ると噂されていた。
　しかし町田が推しているＡ製品企画の担当者が北原である以上、成功すれば必然的に北原が専務になることは間違いない。
（なるほど、何となく読めてきたぜ。）
　もし山口が桑原常務と組んでいるとすれば、つじつまが合う。
　漏洩していることが分かっていながら証拠をつかめないということは力のある桑原が隠滅している可能性も大だ。
　桑原は北原を失敗させ専務の椅子を狙っているのだろう。
（こりゃ急がないとヤバイな）
　康平は焦りを感じた。
　まず、町田に電話し今後の会議には秘書を随行させないよう忠告せねばならない。
　そして、大村に依頼し恐らくパスワードを設定しているであろう山口のパソコンを何とかして起動してもらいディスクの中身を確認することだ。
　康平は早速、専務に電話を入れ事情を説明し了解させた。
　そして大村を呼び寄せて今回の件を１から説明し協力を依頼しなければならない。

　康平は再度、管理課へ行き大村を個室に連れて行った。
「なんだ荒尾、なに焦ってんだ。」
「大村、俺の話を聞いてくれ。」
　康平は、大村に内容を丁寧に説明した。
　大村の顔が蒼白していく。
「荒尾、それは本当の話か？」
「ああ、本当だ。ただ、桑原常務が絡んでいることは、まだ掴んでいない。」
「実はな、荒尾。一昨年の夏だったと思うが俺のところに桑原常務が直接来てな一部の課だけ外部アクセスをフリーにしてくれんかと頼まれたことがあるんだ。」
「・・・な、何？」
「もちろん即答で断った。会社を潰すつもりですかと言ったら黙って帰っていったけどな・・・」
（間違いない・・・桑原常務と山口は共謀者だ。）
「大村、頼みがある。会社内のシステムサーバーと管理サーバーのミラーを誰にも見つからないように作ってくれ。」
「な、なに・・いつやるんだ、そんな事・・」
「もちろん全社員が帰ったあとだ。」
「お前、気は確かか。出来ない事は無いが、そんな予算を今から取れないし　仮に出来ても経理の許可が下りる訳が無いだろう。」
「いくら掛かるんだ？」
「最低でも２千万だ。」
「よし準備する。」
「準備するって・・おまえ・・２千万だぞ。」
「実はな大村・・・」
　康平は、専務から預かった秘密経費のことを打ち明けた。
　大村は目を丸くして絶句した。
「・・・あ、荒尾・・・そ・・ほ・・」
「大村、お前も協力してくれ。」
「も、もちろんだ。」
　康平は、大村の協力を確認すると北原常務のところに出向いた。
　北原常務も既に町田専務から詳細を聞いているらしく康平が調査を行っていることを知っていた。
「荒尾君、時間のほうは大丈夫か？」
「はっきりいって焦ってます。」
「これからどうする？」
「とりあえず山口の動きは同じ総務課の榊原君に依頼しました。あと私の同期で管理課の大村にも新サーバーのミラーを頼んであります。」
「ふむ。」
「後は、桑原常務と山口の関係を探ろうと思います。」
「どうやって。社内では全くといっていいほど接触は無いぞ。」
「ええ、山口が会員になっているＳＭクラブへ足を運んでみます。」
「しかし、彼女がな・・・それもＳＭとは・・」
「私の感が当たっていれば桑原常務もソコの会員だと思いますよ。」
「ふむ、外でも会ってないとすると、その店で接触してる可能性は高いな。」
「ええ。」
「荒尾君、よろしく頼むよ。」
「はい、分かりました。」
　長い１日が終わった。康平は会社の帰りに、山口慶子が出入りしているＳＭクラブ『アルル』に電話をし自らも会員契約をしたい事を経営者に話した。
　既に調べておいた退会者の名前と嘘の紹介文、そしてパスを言うと、会員契約金を持って来てくれとの事だった。康平は、すぐにアルルのあるマンションに行き会員契約をする事にした。マンションに着き教えられた部屋をノックした。
　白髪で身なりの整った老紳士が出てくる。
「今さっき電話した者だが。」
「荒尾さんですね。どうぞお入りください。」
　康平は身分証明書を見せ、契約金１００万円を払うとパスワードが書いた銀色の会員カードを渡された。裏面にはインターネットのアドレスが記入されている。
　老紳士がクラブの内容を説明し始めた。
「なるべく、コマメに、ここへアクセスしてください。プレーする日を紹介してます。プレー代金は１回につき１０万円です。個室利用は更に追加金をいただきます。」
（高いな・・・・）
　更に老紳士は説明を続けた。
「ここは、ご存知かもしれませんがスワップも可能です。お客様もお連れの方がいれば交渉次第では女性を変えてプレーを楽しむ事も出来ます。」
（ほぉう、そうなのか。）
「わかった。」
「では、帰宅されてからネットを開いてみてください。ＳＭの経験はありますか？」
「あ、あぁ、まぁ、真似事くらいは・・」
「うちは初心者でも歓迎します。会員のＭ女性が男性のお客様を指名する事が頻繁にありますが、仮に初めてでも優しく教えてくれますのでご安心を。」
「あ、そう。」
「見学だけでプレーに参加しなくても結構です。その時は半額で結構です。」
「ああ、わかった。」
「では、ご来店をお持ちしております。」
　康平は、マンションを出た。
（べらぼうにブン取るな・・いくら会員制高級クラブでも程度ってもんがあるぜ。）
　秘密経費が無ければ、とても入会など出来ない。
　まして山口慶子の給料じゃ、無理だろう。
　それが常連というのだから余計に怪しい。
　出所は恐らく漏洩先の会社だろう。
　康平は、作戦を練りながら帰途に着いた。

（３６）

「帰ったぞ。」
「お帰り。」
「礼子、専務から大変な仕事を引き受けちゃったよ。」
「そんな重要なことなの。」
「ああ。」
　康平は礼子を促し居間に向かった。
　そして今回、専務から依頼された件を礼子に説明する。
「えぇぇぇーー、そんな大変な事を・・・・自信あるの康平・・」
「自信とかいう生易しい問題じゃないよ。社の危機にかかわるんだ。」
「そ・・・そうよねぇー」
　更に報酬やＳＭクラブに入会したことも話す。
「まぁ、凄いじゃない・・ね、ね、クラブに行ったら色々なプレー見てきてね。」
「礼子・・お前な・・ったくのん気だもんだぜ・・。こっちは必死なんだぞ。」
「ご、ごめん。・・でも康平・・こんな時に何だけど・・甲斐さん呼ぶ日、来週よ。」
「ああ、甲斐には事情を説明するよ。」
「うん、ちょっと残念だけど、康平の大変さを考えたら、そうも言ってられないわね。」「すまんな。でも、お前は、俺がちゃんと虐めてやるからな・・。」
「ふふっ、期待してるわ。」
「おお、まかせとけ！」
「でも、さっき言ってた、昔、そのぉー・・不倫を申し込んだ彼女・・えぇーーと・・」「榊原君か・・」
「そうそう、美紀さんっていう人とあまりやり過ぎないでね。」
「お前も課長とやりすぎるなよ。」
「ふふっ、私、最近、課長を弄ぶのが癖になっちゃって・・課長に悪いかしら。」
「はは、勝手にしろ。俺は風呂に入るよ。」
　康平は服をソファに脱ぎ捨て急いで浴室に向かった。

　湯船に浸かりながら作戦をじっくり考える。
（まずは、桑原と山口の接点を見つけないとな。）

　康平は、おそらくＳＭクラブが二人の密会場所だと予想した。
　康平は風呂から出ると急いでパソコンを起動し名刺に書かれた場所にアクセスした。
　トップ画面は、悩み相談室とある。
（なるほど、肝心な部分を隠蔽するためか・・。）
　空白の窓にパスワードを記入する部分があった。
　そこに康平は名刺に書かれたパスワードを打つ。
　数秒でカレンダーつきの予定表が現れた。
（おっ、さっそく明日にあるじゃねぇか・・。）
　康平は、美紀に電話をし、明日、山口が不信な動きをしたり社を出るようなことがあったら、直ぐに連絡をくれるように頼んだ。
　康平は電話を切ると甲斐に電話をする。
「もしもし・・甲斐か？俺だよ。ああ。」
　康平は、甲斐に来週予定していた件が駄目になった事を伝える。
　しかし康平の事情を聞いた甲斐は、快く承諾してくれた。
「本当にすまん。」
［いいよ、楽しみは後に取っておいた方が倍増するし・・。］
　康平は、再度、甲斐に謝り電話を切った。
　同時に礼子が風呂から上がり部屋に入ってくる。
「おっ、礼子。今、甲斐に電話しておいたよ。」
「そう、甲斐さん、何て言ってた？」
「楽しみが倍増するから構わんってさ。」
　そう言うと礼子は笑いながら康平に近づきパジャマの上から康平の股間を触り始めた。「何だ、礼子・・やるのか？」
「だってぇ、昨日で生理も終わったし・・欲しくて我慢できないゎ・・」
　康平は礼子の方に向きを変え羽織っているバスローブを左右に開いた。
　康平は礼子の亀裂を下から掬い上げた。
「んぁぁぁー・・康平・・指で掻き回してぇぇー」
　康平は礼子を後ろ向きにし床に手をつかせる。
　礼子は蜜壷を康平に突きつけた。
　椅子に座ったまま康平が礼子の蜜壷に指を入れ中を刺激する。既に大洪水だ。
「康平・・ベッドに行こうよ・・」
　礼子は甘えた声で訴えると康平は礼子を抱き上げベッドに移動した。
　バスローブを取り払い康平も裸になる。
　礼子は康平の肉棒に飛びつくように唇を被せた。
「礼子・・」
　礼子が肉棒を咥えながら康平を見つめる。
「今日は、気を失うまで攻めてやるからな。」
　そう言うと礼子は一層激しく肉棒を吸引し眼が虚ろになっていった。
　康平は、久しぶりの礼子とのプレーに酔いあらゆる性技を駆使する。
　その夜、礼子の歓喜の絶叫が何度も響きわたった。

翌朝

「礼子、起きろ。もうこんな時間だぞ。」
　礼子の菊門には、まだボールチェーンが刺さったままだった。
　康平は、それをゆっくりと引き抜くと礼子は小さく声を上げて眼を覚ます。
　同時に礼子の蜜壷から康平の分身が流れてきた。
「アンッ・・康平・・私、お昼から会社行くゎ・・。」
「どうでもいいけど亜美が幼稚園に遅刻するだろうが。」
　礼子は、飛び起きた。
「そう言えばそうじゃない。康平、亜美を起こしてっ。」
　礼子はガウンを羽織ると慌ててキッチンへ向かい朝食を作り始める。
　太腿には康平が放った液体が垂れてくるが礼子はお構い無しだ。
「礼子、もう俺は食べないで行くからな。」
「ええ、ごめんなさい。・・・行ってらっしゃい。」
　康平は、車に乗ると慌てて会社に向かった。
　まだ身体が覚醒しない。康平は煙草を1本吸う。
（カァー、腹減って眩暈がするぜ・・。）
　康平は、途中コンビニでパンと栄養ドリンクを３本買い車の中で食べていった。
　会社に到着するとタイムカードだけ押し専務の町田に電話するため屋上に向かう。
「もしもし、荒尾です。」
「おお、荒尾君・・・メドはつきそうか？」
　康平は、大村に頼んだ社内サーバーの件とＳＭクラブに入会し桑原と山口を探る事を詳しく説明する。
「ふむ、今のところ桑原君も目立った動きはしてないようだ。」
「そうですか。私は今日さっそくＳＭクラブに行ってきます。」
「ははっ、身体を潰さん程度に頼むよ。」
「大丈夫です。頑丈にできていますから。それでは、また報告します。」
　康平は、屋上を出て自席に戻った。

「荒尾課長、先程、大村管理課長から電話がありましたが。」
「そうか、・・ちょっと行ってくるよ。」
　そう言って康平は管理課へ向かった。
　階段を使って下へ降りると偶然、大村も上に上がってくる途中だった。
「おっ、荒尾」
「おう、俺も今お前のところに行くところだったんだ。」
「そうか、喫茶室に行くか？」
「ああ。」
　康平と大村は喫茶室に入る。

「荒尾、今日の夜、例の工事に入る。ただ部屋が無いんだ。」
「どれくらいの大きさなんだ。」
「そうだな・・ロッカー位はあるな。」
「よし、専務に頼んで山口が出入り出来ない幹部の部屋に置いてもらおう。」
「出来るか？」
「ああ、説明すれば即、許可くれるさ。」
「一応、管理データにアクセスした時点でどこから繋がったか判るように設定する。それから各デスクのマスターキーで山口の机を開けて山口の使ってるノートパソコンのハードディスクをいったん外す。それをオールコピーしてトランクアップするんだ。」
「そこまでしなくても起動パスなんかお前に掛かれば簡単だろ。」
「荒尾、よく考えろ。いいか、仮に起動してもリターンアクセスすれば自分以外が使った事がばれる。それにセキュリティーを使ってロックを必ず掛けてる。これを解読しようと思うと長くて７日は掛かるんだ。」
「そうか、そんなに・・。」
「だからディスクごとコピーして俺の家でじっくりやったほうが安全だ。上手くいけば数時間で済むかもしれない。」
「なるほど。解った。機械の金は俺が振り込むから口座だけ聞いておいてくれ。」
　大村は了解して課に戻っていった。
　康平は町田に連絡しサーバーを置く部屋を確保してもらうよう依頼した。
　場所を指定された康平は折り返し大村に連絡し設置場所を教えた。
（よぉーし、これで取り合えず今後のデータ漏洩は安全か。）

　康平は美紀に山口の様子を聞くためメールを送ろうとした時、背後から康平に挨拶をする声が聞こえた。
　康平は一瞬動揺をした。山口慶子だった。咄嗟に携帯を切った。
「やぁ、こんにちは。」
　山口が小さく笑いながら康平に喋りかけてきた。
「荒尾課長、サボってるんですか？」
「あぁ・・ま、そんなところだよ。
「エリート課長ですものね。・・ご一緒してよろしいでしょうか？」
「ああ、どうぞ。君もサボりかい？」
　そう言いながら康平は山口のコーヒーを注文した。
「いえ、会議の途中ですが今日はいいと言われて出てきたんです。」
（おっ、さすが専務もやる事が早いな・・。）
「そうか。・・・噂に聞くと君もかなりやり手のようだね。」
「荒尾課長に比べれば子供みたいなものですわ。」
「そんな事は無いよ。業績もいいし。なにか目標でもあるのかい？」
　山口は、一瞬顔色を変え康平の問いに口を閉ざす。
　康平は唐突過ぎた質問かなと思ったが更に続けた。
「確か、まだ独身だったよね。」
「ええ、あまり結婚に興味は無いんです。仕事も楽しいし、反面、遣り甲斐もありますし。」
「愛社精神も強いんだね。」
　康平は嫌味たっぷりに、真顔で言葉を返し山口の反応を窺った。
「勿論ですよ。」
　平然と言ってのける山口・・・・
（見てろ・・今に化けの皮を剥いでやるからな・・・）
　康平は、ふと山口の鞄に入った荷物に目をやる・・
（ふーん、やはり必ず持ち歩くんだな・・パソコンを・・・）
「では、課長これで失礼します。ご馳走様でした。」
「ああ。また、いつでもおごるよ。」
　山口は、冷笑し喫茶室を出て行った。
（今日、クラブに顔出せよ。）
　康平は、そう思いながら席を立ち自分の課に戻っていった。

／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／

（ふぅー、後、１時間で終わりか・・。）
　その時、美紀からメールが入った。
　山口慶子が早退するようだ。
（ん、やはりクラブに行くのかな？）
　康平は気が気でない。
　すぐさま康平も早退をして美紀の後をつける事にした。
　康平は、ロッカーに向かい違うスーツに着替えると社を出て玄関の隅に姿を隠し山口慶子を待った。
　その時、専務の町田から電話が入る・・・・
「そうですか、解りました。」
　桑原常務も早退したようだ。間違いなく二人は今日接触する。
　康平はそう確信した。
　山口慶子が出てきた。駐車場に向かうようだ。
（おかしいな？　確か電車通勤だと思ったが・・。）
　康平は、後ろからそっとつけて行く。
　山口慶子は、駐車場に入るとトヨタセルシオの助手席に乗り込んだ。
　隣に運転者がいるようだ。
（男だな・・。おそらく桑原だとは思うが。）
　しかしサングラスをはめているし夕日の反射でよく見えない。　
　しかもサイドはスモーク張りのウィンドウである。
　康平も急いで自分の車に乗り込んだ。

　康平は、気付かれぬよう間を開けてセルシオを追った。
　車は湾岸沿いを走る。
（どうやら、山口慶子のマンションへ行くようだな。）

　その通りセルシオは山口の住むマンションの地下駐車場に入っていった。
　出てきたのは慶子だけだった。どうやら中の男は車の中で待っているようだ。
　康平は、また、すぐ出掛ける事を予想して車を道路脇に止めて待つことにする。
　既に日は落ち周りは薄暗い。
　６階の一番右端の部屋に電気がつく。
（アソコか、山口の部屋は・・）
　案の定、山口の姿がベランダ側の窓から確認できた。
　カーテンを閉め洋服を着替えてるようだ。
　しばらくして電気が消える。
（出てくるな・・）
　駐車場からセルシオが出てきた。
　例のＳＭクラブがあるマンションに行くのだろうか。康平も後に続く。
　慶子の乗った車は、駅の方に走り始めた。
　駅近くに来るとセルシオは平地の月極パーキングに入っていった。
　康平は、急いで近くの有料駐車場に車を停める。

　康平は車から降りると急いで慶子たちを追った。
　まだ、車の中にいるようだ。
　中の二人が出てきた。
　ハンチングを被った中年男性と、これまた普段とは違う服装と化粧を施した慶子が眼鏡を掛けて変装しているようである。
（ふっ、やはりな。）
　運転をしていたのは、康平が思ったとおり桑原常務だった。
　慶子も、化粧と髪型を変えているせいか全く別人に見える。
　二人は、クラブには向かわず手前の中華料理店に入っていく。
　腹ごしらえでもするのだろうか。

　康平も、店に入った。
　店内の中央には中国風の衝立が並べられている。
　慶子と桑原は入り口の一番奥に向かい合って座っていた。
　康平も見つからないように反対側の席に座る。
　慶子たちの席からは康平が見えない。しかし何とか声は聞こえるかもしれない。
　康平は収拡付きの小型デジタル録音機を衝立の近くに置き煙草のパッケージで隠した。
　康平は、声で気付かれないよう小声でメニューを注文する。
　時計を見るとまだ６時だった。クラブが開店するまで１時間はある。
　隣も料理の注文をしたようだ。店員がさがると何やら小声で話し始めた。
　康平は雑誌を読むフリをして耳を澄ます。
「山口君、飯田さんから小言をもらったぞ。その後、どうなったとな。」
（飯田・・？　誰だ・・）
「すいません。実は何か妙なんです。」
「妙とは・・。」
「たぶんメンテナンスと思うんですが、昨日から企画データのアクセスがロックされてるんです。」
「何っ？」
「それから幹部会議も今日あったんですが退席させられて・・・。」
「企画会議か？」
「ええ。」
「んーむ、この会議だけは私も担当外で出席しないからな。」
「でも、私のパソコンに今までの分はストックしてありますしまだ新しいファイルのシークレットは開いていませんがおそらく新データだと思います。」
「しかし大丈夫かね。社に置いたままで・・。」
「しょうがないですよ常務、パソコンは勿論、ディスク類は全て社外に持ち出す事は出来ないんですから。ネットでデータを送る事も考えましたが社内サーバーで見つかってしまいます。一応カード通信にしてありますがこれも大量に送るとネット会社に付加がかかり見つからないとも限りません。」
「ふむ、まぁ按配よく頼むよ。私の首ひとつではすまん問題だからな。」
「大丈夫です。机に鍵も掛けてますし、ＤＤＵＴＹという米軍が使うパスソフトでシークレットを掛けてますから。普通の人間では解読できませんわ。」
「そうか。あと少しで正規の企画発表をするはずだ。上手くやってくれよ。」
「解りました。でも成功したら・・」
「解っておる。約束は守る。」
（ククッ・・一発で証拠を掴んだぜ。後は大村待ちだな。しかし約束ってなんだ・・？）　康平は、更に録音を続ける。
　しかし、その後は、それらしき話題にはならずＳＭの話をしているようだ。
　康平は何とか慶子を誘い出し、脅しを掛けて決定的な物理的証拠を掴まねばならない。
　桑原と慶子の計画の全容を確証するまでは・・。
「ねぇ、常務、そう言えば先週、お尻と太腿に入れたタトゥーが完成したわ。」
「ほぉう、見たいもんだな。」
「フフッ・・でも、常務のお目当ては飯田さんの奥さんなんでしょ。」
「ああ、飯田さんも今日は来るはずだ。君とは外でも出来るからな。」
「私は、一気に二人くらい指名しちゃおうかな。」
「ふっ、この好き者めが・・」
　二人は声を押し殺して笑った。
（また、飯田か・・誰だろうな・・ま、今から会えるだろうが。）
「さ、そろそろ行くか。」
「ええ。」
　桑原と慶子は店を出た。
　二人はクラブに行く事は間違いないので康平は急がない。
　録音したデータをポケットにしまい、ゆっくりと店を出た。

　康平はクラブのあるマンションに向かう。
　バッグに小型カメラがあることを確認し部屋をノックすると昨日の老紳士が顔を出した。