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（５７）
「康平、ご苦労だった。」
立川が、専務室で康平に声を掛けた。
「はい、でも相手がアホ過ぎて楽な仕事でした。」
新専務の北原も労を労った。
「やはり、お前に頼むと早いな、さすがだよ。でも、これからは、こんな仕事ばかりだぞ。」
「ええ、覚悟してます。」
「それから、町田社長も、感謝していたぞ。」
新常務の立川が昔話を始めた。
「しかし、専務、不思議なもんですね。また、こうして３人が同時に役員として揃うとは。」
「ああ、立川君が康平をしごいたおかげで荒尾君も今や我社にとって重要な人物になったからな。」
康平が苦笑いを浮かべる。
「まぁ、立川君、康平、また３人で暴れようじゃないか。」
「そうですね。・・・・しかし、康平、お前も一応役員ではあるが、当分は実働部隊だぞ！」
３人は、声をあげて笑いあった。
康平は専務室を出ると新係長の遠藤博を呼び出した。
遠藤が急いで康平の待つ応接室に現れた。
「遠藤です。失礼します。」
「よぉ、すまんな呼び出して。」
「いえ。」
「初仕事だ。前常務の桑原から金を受け取り商事の経理に届けてほしい。」
「解りました。」
「んむ。ところで君は、体格がいいな。スポーツをしてたのかね？」
「はい。というか・・今でもやってます。」
「ほぉう、何やってるんだい？」
「空手です。」
「へぇー、そうか・・・・・・・」
康平は、遠藤に興味を持つと共に、かなりヤバイ面で使えるだろうと判断した。
面構えもよく、康平の前でもオドオドしない。
北原が推薦しただけの事はあるようだ。
「今度、仕事があるときは俺と行こう。君の実力が見たい。」
「解りました。」
「ところで君、女は好きか？」
「はい。大好きです。」
康平が大笑いすると遠藤もやっと笑顔を見せ始めた。
「よし、解った。今度、遊びに行こう。」
「はい。是非・・・」
素直に答える遠藤に、再び康平は大笑いをして遠藤を部署に返した。
（なかなか面白そうな奴だな・・。）
康平は４月からの構想をほとんど完成させていた。
既に東堂と黒田も準備を整え康平に準備の完了報告がきている。
係長クラスも着々と手筈が進んでいるようだ。
（いよいよ始まるか・・・。）
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− １ヵ月後 −
ＩＫ観光では、礼子が新たに開発情報課の課長としての仕事を始めていた。
他社への挨拶を終えた企画部長の岡本が課に顔を出す。
「荒尾君、どうだね？」
「あ、部長・・・・ええ、順調です。」
「そうか。ところで今夜は企画部全体で新社員の歓迎をかねて懇親会をやるそうだが、幹事を君のところの宮口係長がやってくれるらしいね。」
すかさず話を聞いていた里美が岡本に釘をさす。
「部長、新人の子に手を出してはいけませんよ。」
「おいおい、宮口君・・・参ったな。」
「フフッ、ナイスミドルの部長の事ですから女性からの誘いにも・・・ねっ。」
岡本は、体裁悪そうに頭を掻いた。
「そう言えば荒尾君、観光協会へは行ったのかい？」
「今から出かける所です。」
「そうか、各観光会社の連中が集まるから色々な情報を仕入れてきてくれたまえ。」
「はい、そのつもりです。」
礼子は、さっそく里美と順子に事務を任せて出かける準備をする。
バスを乗り継いでも１０分も掛からない場所にあるため礼子は歩いて行く事にした。
礼子が観光協会のあるビルに到着した。
大ホールで観光や旅行・サービス内容に関する発表がされた後意見交換が交わされ、提携する関連会社等から前年度の事業内容を教えあった。
礼子もノートパソコンに情報を書き込んでいく。
礼子は一連の作業を終えフロアーやロビーに散らばる各会社の者に挨拶を始めた。
新課長として情報関連の事務事業を担当する礼子に各社も関心があるようだ。
特に男性が礼子に近寄ってくる。女性が多い中でも礼子は一際目立っていた。
礼子は、最低限の社交に留め、誘いに対し隙を見せない。
明らかに仕事以外の誘いも少なくなかったからだ。
礼子は一通りの事を済ませるとロビーの椅子に腰掛けて書類の確認を初めた。
向かいの椅子に男性が一人、同じように煙草を吸いながら書類に眼を通している。
何気なく男性を見ていた礼子は、その男と眼があってしまった。
男が礼子を見て僅かに笑みを見せる。
礼子は、男の視線に胸が鳴った。
その男性の雰囲気と態度に飲まれたような錯覚を感じたのだ。
礼子は軽く頭を下げ慌てて目線を外す。
その男は立ち上がると席を立ってフロアーのほうに歩いていった。
（なんだろう、この変な気持・・・・・・初めてじゃないような人だったわ。）
礼子は、そう思いながら書類とパソコンを鞄に収めると顔見知りの関係者に挨拶をしホールをあとにした。
時計を見ると正午近い時間だ。
礼子は社に電話をし昼食を済ませてから帰社すると連絡する。
（さぁ、何を食べようかな？）
礼子はビルを出ると、周りを見ながら店を探した。昼時のため、どこも満員のようだ。
礼子は、比較的空いている和食店に入るが中を見渡すと、ここも満席であった。
店員が礼子に相席で良いかを聞いてくる。
礼子は止む無く頷いて了承した。
壁よりの席に案内された礼子は、既に座っていた向かいの男性に頭を下げる。
男は、英字新聞を読んでいた。新聞を下げ礼子を見る。
「・・・・あれ、貴女は、さっき・・」
礼子が男の言葉に視線を合わせる。
先ほどロビーの椅子に座っていた男性だった。
礼子の胸が再び鳴った。
（えっ？・・ま、また・・何だろう。）
そう思いながら挨拶をする。
「・・・先程のビルのホールで・・・ご一緒でしたわね。」
「奇遇ですね。また向かい席とは。」
礼子は、笑みを見せながら日替わり定食を注文した。
男が礼子に喋りかける。
「この定食は美味しかったですよ。」
男は、そう言うと、また新聞を読み出した。
礼子は、妙な感覚を体感した。包み込まれるような眼と端正な身なり、堂々とした態度。
間違いなく初対面なのだが始めて会った気がしなかった。
男の身体から発する雰囲気なのだろうか？ 礼子は男が気になってしょうがない。
礼子の前に定食が運ばれてきた。
礼子は、男をチラッと見ながら箸をつけ始める。
普通、見ず知らずの男性の前で食事をするのも抵抗があるものだがそうさせない男の仕草や態度が礼子の心身をリラックスさせている。
その時、礼子は感づいた。
（そうか・・康平と雰囲気がそっくりなんだ。道理で・・・）
礼子は、心のモヤモヤが吹っ飛び痞えが取れたようだった。
礼子が、男に喋りかけた。
「あの、先程、あのホールに居たという事は観光関連の方ですか？」
男が新聞から目を話し礼子を見た。
「ええ、まぁ。」
「いつも向こうの新聞を読んでるんですか？」
礼子の不思議そうな顔を見てとった男は、新聞を置き名刺を渡して自己紹介した。
「私はアメリカの観光会社、ハーバーの社員で吉竹と言います。」
「・・・・・ええぇーっ、あの有名なワールド・ハーバーの・・・」
吉竹は笑みを浮かべながら礼子を見つめる。
「ハーバーの社員の方が、なんで・・あそこに？」
「ええ、日本で提携してくれる会社を見つけるために１ヶ月間ですが視察に来たんです。私はハーバーで、海外観光する客にアドバイスをする仕事を受け持っていまして。」
「そうなんですか。」
「貴女は？」
「す、すいません。挨拶が遅れました。」
礼子が慌ててバッグから名刺を取り出す。
「ＩＫ観光の荒尾礼子と言います。私は情報課でプランの分析や新規開発をしています。」
「ほぉう、まだお若いのに課長さんですか。」
「まだ、この４月に昇格したばかりで・・・。・・吉竹さんは、ずっとアメリカで？」
「ええ、大学もアメリカで、そのまま向こうに就職しました。」
「そうなんですか。」
「・・あの・・」
吉竹は、せっかくの機会だから日本の観光拠点や観光事情を礼子に聞こうと思っていた。
「荒尾さん、宜しかったら、色々と、こちらの話を聞かせていただけませんか？ 高校を出て以来、日本は１７年ぶりなんです。まったく当時と変わってしまって。」
「えっ？ ・・・・・あの・・私でいいんですか？」
「荒尾さんのＩＫ観光は国際線を持つ航空会社からの委託も持ってるんですか？」
「ええ。私とは担当が違いますが、ありますわ。」
「そうですか。それも含めて私の話も聞いてください。」
それは、礼子にとっても意味のある事であった。
礼子は、さっそく部長の岡本に電話を入れ事情を説明すると是非、いい情報を聞かせて貰えと言う返事が返ってきた。
願わくばハーバーに・・と言いかけて岡本は言葉を詰まらせた。
礼子は、咳ばらいをして電話を切った。
「吉竹さん、私でよければ。」
「ありがとうございます。」
二人は、和食店を出た。礼子は落ち着いた場所で話を聞こうと自然公園として有名なグリーンパークにあるカフェに吉竹を誘った。
吉竹のレンタカーに乗ると礼子は道案内をしながらグリーンパークに向かった。
車内でも、お互いが質問したり、しあったりと会話が弾む。
礼子は、時折メモを取りながら吉竹の話に耳を傾けた。
グリーンパークに着くと池の脇に設けられたテーブルに座り二人はコーヒーを注文する。
礼子は、長い時間を掛けて吉竹から色々な話を聞かせてもらった。
既に３時間も経とうとしている。
「あの・・・礼子さん・・って呼んでもいいかな？」
「ええ。」
「もう遅いし送りますよ。もし、宜しければ明日も話を聞かせてもらえないかな？」
「ええ、勿論です。 私のほうこそ、まだ聞きたい事が沢山あるし。」
「よかった。僕は駅前のニューランドホテルに滞在してるんです。」
「ええーっ・・さすが、ハーバーの社員ともなるとホテルも高級ですね。」
吉竹は、笑いながら礼子と席を立った。
帰りの車内ではプライベートな話に進展していく。
礼子は、いつの間にか吉竹と、打ち解け合っていた。
「えっ、礼子さんのご主人は、あの太平洋グループの関連会社にお勤めなんですか？」
吉竹の目が一瞬強張った・・・・・
「知ってるんですか？」
「勿論ですよ。日本のトップ企業ですからね。それより、ご主人が羨ましいよ。礼子さんの様な綺麗でセクシーな女性を妻に持てる男性なんて・・。」
執拗に吉竹が康平の仕事内容を聞いてくる。
怪訝に思いながらも興味があるんだろうと疑うこともなく礼子は吉竹の問いに答えていった。
「その若さで役員とは、ご主人も優秀なんですね。」
「どうかしら？」
「いやー、本当に礼子さんが羨ましいですよ。」
礼子は照れながら吉竹のことも聞きかえした。
「吉竹さんは、奥さんは居るんですか？」
「いえ。・・・・・あっ、でも以前いました。」
「・・・・・そ、そうですか。」
吉竹が苦笑いをしながら答えたが、多くを語りたくないようだった。
ふと礼子は時計を見た。かなり長い時間、喋ってしまったようだ。
礼子は吉竹に会社まで送ってもらうと明日の約束を確認した。
吉竹は車から降りると助手席を開け礼子をエスコートする。
日本人とはいえ、さすがレディーファーストの国柄だけあって扱いに慣れている。
礼子の頬にキスをして車に乗り込んだ。
日本ではキスは習慣でないがスマートすぎて礼子も驚く事はしなかった。
吉竹は礼子に手を振って車を出した。
「帰りました。」
「おう、荒尾君、ご苦労さん。どうだったね？」
「ええ、かなり積極的に日本の観光に興味を持っていました。」
「んーむ、荒尾課長、こりゃチャンスだな。次回も会う約束をしたんだろうね。」
「ええ、明日にまた・・」
「でかした。なんとかＩＫ観光を売り込んでくれないか。君の担当ではないが企画部としては事業拡大出来るぞ。」
礼子もチャンスがあれば、そのつもりでいたが、それ以上に、吉竹と言う男に興味を持っていたのを礼子自信は気づいていたのだ。
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