（６１）

　礼子はベッドで康平の胸に頬を当てていた。
「そうか・・・そんな事があったのか。」
「ごめんなさい・・・・・怒ってる？」
「いや、反対に礼子の俺に対する気持ちが嬉しくてたまらないよ。」
　礼子も、康平の言葉が嬉しかった。

　どんな悩みも、悲しみも吸収していく宇宙の様な存在の康平・・・・・
　こんな凄い人から離れられるわけがないと、つくづく思ったのだ。

「ね、プレートの文字・・どう思う？」
「礼子が考えたのか？」
「うん、その時、思った事を正直に手帳に書いたの。」
「へぇー・・・そう・。」
「・・それって、かなり皮肉な返事に聞こえるわよ、康平。」
「いやっ・・そ、そうか。」
「・・・・・」
「ところで、その吉竹って人はそんなに俺に似ていたのか？」
「・・・うん。言葉ではとても言えないけど雰囲気といい全てを包み込んでくれるような不思議な感じだったわ。」
「ふーん、そうか・・・・会ってみたいな。」
「えっ？」
「興味が沸いてきたよ。会ってみようかな？　」
「・・・ど・・・・・・・どう・・し・・・て・・」
「いや、変な意味じゃないんだ。お前、確かハーバーの社員って言ったよな。」
「え、ええ。」
「ハーバーに限らずアメリカっていう国は全く分野外の企業同士でも利益と企業拡大のためなら自国以外にも簡単に合併する業績第１主義国なんだよ。」
「・・・そう・・よね・」
「実は、ハーバーは、先月に日本の建設業界３位のヤマハタ建設を買い取ったんだ。」
「えぇっ？」
「実質は乗っ取りだ。それで同じくアメリカの提携している建設会社ナショナルハーバーがヤマハタ建設を操っている。この会社は、うちの太平洋建設のライバル会社なんだ。」「・・・・え・・・・・・・・そ・・・んな・・」
「どうした？・・・まさか、礼子・・俺が太平洋の人間だと・・・・」
「い、言ちゃったけど・・」
「ど、どこまで？」
「か、かなり・・・詳しく・・」
「それって、吉竹って人と関係持つ前か？」
「・・・そう、会ったその日に・・・」
「んー・・・まさかとは思うが。」
「康平・・もしかして私・・とんでもない事を・・」
「いや。別に喋ったくらいでどうなるって事はないさ。向こうがアクション起こしてるわけじゃないしな・・。」
　礼子は、考えた。一瞬ではあっても吉竹に惚れた事は間違いない。
　しかし吉竹が、自分の亭主が太平洋関係の人間と知ったときの執拗な質問に礼子は、今更ながら疑問に思えてきた。
（ま、まさか・・それで・・・だ、だとしたら私って・・なんて・・馬鹿な・・女なの）
「礼子、ニューランドホテルって言ったな？」
「え、ええ。」
「よし、明日、早速会ってくる。」
「・・あ・・あの・・康平・・」
　礼子が心配そうに康平を見つめた。
「心配するな。紳士的に対応するよ。勿論、礼子の会社にも影響しないように。」
「・・・康平・・本当に・・・ごめんなさい。」
「何を言ってんだ。まだ相手が俺を探ったというわけでもないんだ。真相を確かめるだけさ。それに今回は、さほど危険を感じないんだ。」
「・・うん。」

　翌日、康平はニューランドホテルに足を運んだ。
　朝一番で昨夜、黒田に依頼したデータをメールで受け取っていた。
　ロビーに行き吉竹がいるかを確認する。
　フロントの係員が吉竹の部屋に電話を入れた。

「おはようございます。フロントサービスです。荒尾というお客様がお見えになっておりますが。」
　吉竹は、康平と確認を取ることもせず、直ぐに下に行くといって電話を切った。
　普段着で慌ててフロントに顔をだす吉竹・・・
「あちらのロビー席でお待ちです。」
　吉竹が、康平の方に振り向いた。
　康平が軽く会釈をする。
　驚いた顔で吉竹が康平のほうに歩き出した。
（・・ん、やはり俺の顔を知ってるようだな・・。）
「あの・・貴方は・・もしかして？」
「始めまして。荒尾康平と言います。妻の礼子がお世話になったそうで。」
　吉竹の顔が曇った。
　康平がソファに座るよう促す・・・
「私を・・どうしようと・・？」
　康平が笑いながら答えた。
「吉竹さん、貴方を殴りに来たわけでも、訴えに来たわけでもありません。」
「・・・・・・」
「礼子の話ではないんです。」
「えっ？」
「率直に言わしていただきますが礼子から詳しく話を聞きましたが、かなり私や太平洋グループの話を聞いていたようですね。」
「ああ、あれは・・その・・単なる興味で・・」
　公平の意表をつく質問に表情を強張らせる吉竹・・・
「惚けるのはやめましょう。ハーバーが日本のヤマハタ建設を乗っ取り実質、ナショナルハーバーが、開発戦略をこの日本で行う話は、既に判っているんです。ヤマハタは、うちのライバル会社ですからね。」
「・・・・・・・・つまり・・・、私が産業スパイとでも・・・？」
　やはり二人は似ているのであろうか、全く隙を見せない。
　共に堂々と受け答えを繰り返す。
「ええ、部下に昨夜、貴方の事を調査させました。確かに貴方はハーバーの人間ですがワールド・ハーバーではなく親会社のグランド・ハーバーの社員じゃないですか。」
　吉竹の目が微かに反応した。
「それで・・？」
「既に、こちらに来る前から私と、妻の礼子の顔は確認していた。そして私にアポをとる前に妻の礼子から落とそうと考えた。」
「・・・・」
「しかし、礼子から聞いたあと、妙に貴方の行動に疑問がわきましてね・・。」
「・・というと」
「私の勘ですが、スパイではなく、私をハーバーに引き抜きに来たようですね。」
　康平を睨んでいた吉竹の目が徐々に緩んでいった。
　僅かの沈黙の後、吉竹は大声で笑い始めた。
「やはり睨んだとおり貴方は凄いっ！　そう、その通りです。」
　康平も本音を吐いた吉竹に笑みを浮かべ話を続ける。
「・・・・・しかし、貴方は私の引き抜きを諦めた。」
「・・・ええ、昨日ね。」
「・・・・・？」
「あの時、礼子さんを尾行してたんです。その日は確認しに行っただけなんですがまさか偶然とは言え同じ和食屋に礼子さんが入ってくるとは思いませんでした。それも、私と相席ですよ。彼女が観光関連の仕事をしている事を知っていたので私もグループ会社のワールド・ハーバーの社員だと偽って彼女を騙したんです。」
　康平は吉竹の考えを代弁するように話した。
「要するに・・・・・まず礼子を自分に惚れさせ、私を落とす作戦に出た。そして私に対し、礼子を糧にハーバーの引き抜きを決意させようとした。恐らく愛する妻を返して欲しければハーバーに、という作戦で・・・。」
　吉竹が静かに頷く・・・
　康平は続けた
「しかし、失礼だが貴方は、反対に礼子に惚れてしまったようだ。だが昨日、礼子が私に対する正直な気持ちを貴方は聞き・・・」
　そこまで話すと吉竹が割って入ってくる。
「正直、貴方の引き抜きは諦めて、礼子さんを本当に連れて帰りたかった。」
「・・・・」
「しかし、今、貴方と会って改めて判断できました。礼子さんが、こんな凄い男から離れるわけがないと。」
　康平が苦笑いをする・・・
「実は、先程から貴方の身体から発する威圧感と言うか、包み込んでいく雰囲気に背中と手の平が、冷や汗でびしょ濡れです。やはり世の中は広い。私も自信を持っていましたが、貴方は更に私の上をいっていますね。」
「いえ、とんでもない。貴方こそ・・」
　吉竹はまじまじと康平を見つめた。
「それから妻の会社の件ですが・・・」
「あれは、本当に提携をさせていただきます。既に連絡は取りました。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「荒尾さん、私と握手してもらえますか？」
　吉竹が席を立って康平に手を差し出した。
　康平も立ち上がり吉竹の握手に応じた。
「会社には、貴方の引き抜きに失敗したと連絡します。」
「そうしてください。」
　康平が笑みを浮かべて吉竹に質問した。
「ところで吉竹さん、礼子はどうでしたか？」
　吉竹は、一気に顔を赤くしながら照れ始めた。
「あ、、い、いや・・・そう、貴方に色々と聞きたい事があります。どうですか、まだ朝ですが、一杯飲りながらお話できませんか？」
「ええ、いいですよ。」
　二人はホテル内のレストランに入ると早速、ビールを注文しグラスを交わした。
　吉竹が、康平に質問を重ねる。それに答える康平に何度も驚きをみせる吉竹・・・

「吉竹さん、お互い浮気などと思っていないんです。」
「と言う事は、礼子さんは私の他にも・・・他の男性と・・」
「ええ。」
　吉竹は信じられないといった様子で康平を見つめる。
「失礼ですが、本当に愛し合ってる・・んですよね・・・？」
「勿論ですよ。」
　吉竹は昼近くまで康平に礼子との事を問い掛けてきた。
　正直に答える康平に驚きを隠せない。
「んーむ、凄い・・・私は、礼子さんもですが、貴方にも惚れました。」
「やはり、我社に引っ張りたいですよ。」
　康平が、微笑みながら時計を見た。
「吉竹さん、私は、そろそろ、これで・・。」
　吉竹が立ち上がり康平に礼を言う・・
「荒尾さん、色々と失礼しました。もう会う事はないでしょうが。」
「ええ、そうですね。」
「今日、貴方に会えて色々なお話を聞く事が出来た事が嬉しかった。日本に来た甲斐がありましたよ。明日の夜、アメリカに帰ります。」
「・・・・お元気で。お互い戦う事がない事を祈ります。」
「いや、そうなったら私は断ります。貴方に勝てそうもない。」
　二人は再度、握手をして別れた。

　康平は歩道を歩きながら思った。
（・・・うーん、確かに俺と似た所があったな・・しかし、まだまだだなっ！）
　康平は、礼子に無事すんだ事を電話した。
「礼子か？俺だ。今すんだよ、やはりスパイではなかった。家を出る前に東堂から連絡を貰ってな俺を引き抜くつもりだったらしい。ま、詳しい事は夜にでも話すよ。」
「・・うん。・・・・康平・・・・・・あの・・・本当に・・・ごめんなさい・・。」
「・・・・・気にするな。・・・礼子。」
　康平は、電話を切った。
　大きく溜息をつきながら携帯電話に向かって康平が呟いた・・・
（礼子・・・仮に、そうだったとしても・・俺がお前を奴に渡す訳がないだろう・・。）　康平は、ポケットに携帯をしまい足早に会社に向かった。