（８３）

「局長、製鉄の北原常務からお電話です。」
「ああ、わかった。」
「もしもし、荒尾です。」
［おう、康平か。急にすまんな、頼みたいことがある。実はな昨日、本社にスワン企業調査社という訳のわからん変な客が来てな。］
「訳のわからん客？・・・スワン・・・・そいつが何か・・・？」
［うむ、女性なんだが企業オンブズマンかと思うような言動だったんだ。というのは、ゆすりかと俺は判断したんだが出資を要求してるような内容でもあるし太平洋のアラを酷評しているような内容でもあってな。実際、何が言いたいか俺には理解できなかったんだが、妙でな・・。］
「・・・製鉄を、ターゲットにしてるということですか？」
［というより探りを掛けてきたと言った方がいいかもしれん。］
「なるほど。・・・その会社は、どういう組織なんですか？」
［それを調べたいから、お前に電話したんだよ。何でもトップ企業が何件か的にされて私的示談という形で金を巻き上げられてるらしい。少なからず、何処の会社でもあると思うが、見えない運用出資や流用というのはあるさ。しかし株主をはじめ消費者から見れば、納得いかない経営項目ではある。奴らは、それを見つけて強請る。そういう仕事をやってるようだな。］
「ほぉーっ。しかし、オンブズマンなら、何らかの団体から任命か依頼されて処理業務をするのが仕事なんじゃないですか？」　
［昨日の話では、弁護士をやっていたらしい。］
「弁護士・・・・ですか。」
［俺の直感的には、やり手に見えた。かなりの自身あふれた態度だったぞ。］
「・・・・そうですか。」
［実は、太平洋グループの、お前らがやるセンターの業務内容も知ってるようだ。］
「・・・・」
［しつこくセンターの業務呈示を要求していた。断ったがな。恐らく、お前のところにもい行くと思うがよろしく頼むぞ。］
「判りました。至急調べます。」
［んむ。］

康平は電話を切ると東堂と黒田を呼び説明をした。
　黒田が首をかしげながら康平に意見を言う。
「局長、元弁護士っていうのが怪しいですね。本当なんですか？」
「ああ、俺もそう思う。」
「それに、事実そんな仕事って、手に入る金額なんか知れてると思うんですが。」
　東堂が冷静に意見を言った。
「局長、恐らく、それだけが仕事じゃないと思いますよ。他にも怪しい仕事をやってるんじゃないでしょうかね。」
「んむ。・・・ま、いずれにせよ徹底的に、ここの組織を調べてくれ。うちがターゲットにされているのなら先手を打っておいてやるさ。」
「判りました。」
　康平は煙草に火を付けると天井に向け紫煙を吐いた。

（・・・チッ・・嫌な予感がするぜ・・・）

「局長、スワン企業調査社の吉池という方から、お電話です。」
「何ぃっ！」
　康平と係員の言葉を聞いて黒田と東堂が局長室に飛び込んできた。
　康平が黒田と東堂を見ながら受話器を取る。
「もしもし、お電話代わりました。センター長の荒尾ですが。」
［お忙しいところ、お電話しまして申し訳ございません。私、スワン企業調査社の吉池澪と申します。始めまして。］
「・・・ご用件は何でしょうか？」
［フフッ・・・・さすが太平洋の頭脳部分を仕切っているだけ合って警戒しているようですね。実は今日、お会いしたいと存じまして。］
「ほう、センターが太平洋の頭脳部分とは、かなり調べられていますね。」
［ご都合の程はいかがでしょうか？］
「・・・・・」
［私と会うのが怖いですか？荒尾さん。］
　いささか、怒りを覚えた康平だったが冷静な口調で返答する。
「・・・・しばらく、お待ちください。」

　康平は、電話を保留にすると黒田と東堂にスワン企業調査社のデータを後、どれくらいで集められるか聞いてみた。
「２時間は要ります。」
「んむ・・・２時間か。よし、わかった。１４時に呼ぶぞ。」
　黒田と東堂が頷く。

「お待たせしました。１４時に時間を空けておきますのでどうぞ。」
［さすが太平洋のエースですね。ありがとうございます。それでは１４時に伺います。］「・・・・・わかりました。」
　康平が電話を切ると同時に黒田と東堂はデスクに向かい作業を始めた。
　東堂が調査係長の遠藤と情報係長の美紀を呼んだ。
「遠藤、吉池澪という女性の経歴とその会社の業務実績を調べてくれ。」
「はい。」
「榊原君は、この女の私生活、家族構成全てだ。」
「わかりました。」
　黒田、東堂をはじめ係員が一斉に分担して調査をしていく。
　言ってみればセンター員の全員が優秀な諜報員みたいなものだ。
　そういう社員を抜選して集めただけあって情報収集も早い。
　１時間も経たないうちに、東堂の調査報告書が康平の手元に届いた。

「局長、かなりのもんです。」
　康平が資料を受け取る。

　吉池澪　３０歳

　両親とは死別し叔父に引き取られて育った。
　中学･高校時代と常にトップの成績で大学でも法曹界のほとんどを占める東王大学の法学部に入学する。
　在学中に司法試験に合格し、卒業後、最高裁判所司法研修所の４８期で1年半の司法修習を経て弁護士になる。
　中央共同弁護士事務所に勤務するが１年で辞め叔父の経営する会社の顧問弁護士に就するが、巨額の収賄の指揮陣営に加わったとして弁護士資格を剥奪されていた。
　その後、修習生時代に知り合った男性と現在のスワン企業調査社を設立し現在に至っている。
　スワン企業調査社では、富士丸工業や日王光電といった一流企業の違法商法や非公権を見つけては法的恐喝に近いやり方で落とし、莫大な処理項献金を手に入れていた。
　社員は、７名いるが、殆んどが事務員で、実質的な活動運用は吉池澪が動いているようだ。

「ほぉー、大したもんだな。富士丸や日王をか・・・。」
　遠藤が局長室に入ってきた。顔が僅かに笑っている。
「局長、私生活は無茶苦茶ですね。」
　康平が、遠藤から書類を受け取った。
　全てを読みきった康平が溜息をつきながら感想を述べる・・・・
「んーむ・・・壮絶だな。超がつく好色女か・・。この会社の社長も吉池の言い成りみたいだな」
「ええ、吉池が全てを仕切っているといってもいいでしょう。社長といっても実質は吉池が運営しているようですよ。」
「で、毎日遊び歩いてるのか？　」
「おそらく最大の武器は、捨てる程ある金と男好きする身体でしょう。さらに広い知識と巧みな話術で　男を誘ったり引きつける技術は相当なもののようです。この手の女は、局長の得意なタイプですね。」
「・・・遠藤、お前な・・・・どういう意味だ。」
「す、すいません・・・・」
　更に康平は書類に目を通していった。
「刺青？・・・刺青を入れてるのか？」
「局長、それより３枚目の書類を見てください。」
「・・なにぃ？・・風俗を営業してるだと。」
「２０店舗も近く持っています。他にもパチンコ店などの娯楽業を。」
「ふーん。ある意味凄いな・・」
「それが、経営者を全て別名者登録してます。自分の世話する男達のようです。一応、これら吉池が任している経営者全員の人間も調査済みですが、ほとんどが外国人や身元がわからないゴロツキばかりでろくな人間じゃありませんね・・。」
　この後、続々と調査書が康平の元に届けられた。
　ほんの些細な文面も隈なく読んでいく・・・
　その時、吉池の交友関係で見覚えのある名前を見つけた・・・・・

（・・・ん？・・・鎌田・・・・？・・・・どこかで・・・）

（・・な・・・何ぃーっ・・）

　康平が、ある人物の名前を見つけた。

「黒田っ！」
　康平は、部屋に入ってきた黒田に書類を渡した。
　受け取った黒田は康平に言われるまでもなく書類に目を通す。
　しばらくして・・・
「・・きょ・・・局長・・これは・・・」
「ああ、現役の事務次官、鎌田元造だ。急いで調べろ。」
　黒田が、一目散にデスクに戻り吉池澪との関係を洗い出した。

（・・・しっぽが見え出したな。）

　昼食も摂らずに黒田が、吉池と鎌田の関係を調べた。
　１３時を過ぎようとした頃、黒田が顔色を変えて局長室に入ってきた。
「局長、完璧ではありませんが、今現在わかる最大の情報です。」
　康平が書類に目を通した。

・・・・・・・・・・・・・・・

　康平の嫌な予感が的中した。
　吉池は鎌田の愛人であり、鎌田を介して現役大臣とも肉体関係にあった。
　康平は思った。今回は、かなり危険かもしれない・・・
　下手をすれば食われる。康平は今までで最大の緊張感を覚えていた。
　読み終わった康平が、係長以上全員を集めた。
「みんな、聞いてくれ。今回の仕事は、非常に・・・やばい。しかし、俺はやるつもりだ。もうじき来る吉池のバックは事務次官、蒲田元造、そして代議士で現役大臣の金井東一だ。吉池と鎌田とは、愛人以上の仲だと思う。そして金井もだ」
　東堂が一切の迷いなく答える。
「局長！　逃げるわけにはいきません。我々の存続にも影響します。我々が負けると言う事は太平洋グループの負けを意味します。」
「その通りだ。正直、いい機会だ。太平洋が一筋縄では落とせない事を証明する。吉池などいい。鎌田と金井の二人を失脚させる。」
「はい。」
　全員が東堂と黒田に各担当を振り分けられ、まさに闇の作業に取り掛かる。
　一切、表沙汰にせずに極秘に調査が進められていった。

　康平は、もうじき来る吉池澪との、やり取りをシュミレーションし始めた。
　今まで培ってきた技術と戦法を駆使しなければならない。
　女といえども一流企業を落とす実力は持っている。
　徐々に康平の身体から目に見えない戦士的な雰囲気が浮き出てきた。

（８４）

　女性社員が局長室をノックする。
「局長、スワン企業調査社の吉池様がお見えになりました。」
「ああ、通してくれ。」

　吉池が、軽く会釈をしながら部屋に入ってきた。
　女性でありながら面構えがいい。
　まるで女豹を感じさせるイメージだ。
　しかし、更にその上をいく康平の雰囲気を感じ取ったのか吉池の身体が微かに強張る・・・・
「はじめまして。吉池です。お時間を頂きありがとうございます。」
「いえ、・・・・・まぁ、お座りください。」
　康平は、しばし吉池を注視した。
　吉池は意外だったのだろうか康平を見て戸惑っているようだ。

（・・ク・・・・・・甘く見たわ。・・・この男、・・・・手強い・・・・）

　しかし、さすが男顔負けの手腕を振るうだけあって切り替えも早かった。
「以外でしたわ、荒尾さん。」
「何がですか？」
「もっと、お歳かと思いました。」
「私を知らなかったんですか？」
「いえ、噂は兼々・・」
「昨日、製鉄の常務と会ったそうですね。こちらには何の御用でしょう。」
「フフ、あまり警戒なさらないでください。」
「いや、警戒以前に処理するのが私の役目でして。」
　物静かに応対する康平だが眼光は鋭い、さすがの吉池も長い時間、康平を注視するのは至難だった。
　自分を落ち着かせるために話題を変える吉池・・・・
　すでに３０分以上、質問や応答を繰り返していた。

「吉池さん、焦らさずに本題にいきましょう。」
「そうですね。」
　吉池がバックから資料らしきものを取ると康平に渡した。
　康平は吉池から封筒を受け取り中身を取り出すと、さっそく厚い書類に目を通した。
　太平洋グループを含む関係各社及び子会社全ての経営規模から運用・業績・取引等を事細かく調査してあった。
　更に指摘報告書と記された書類に太平洋の子会社４社の不適事項が網羅されている。
　康平は、一言も喋らぬまま書類に目を通した。
　おおよそ、企業社妨害は書類に仕掛けを施す場合が多い。
　やられる会社に限って、ほとんどが、いい加減にしか書類を見ないからだ。

　吉池も何一つ喋るわけでもなく康平が読み終るのを待っている。
　既に２時間はたっただろうか・・・・・
　全てを読みきった康平が、やっと口を開いた。
「ほぉう・・詳しく調べましたね。・・・・で、これが何か？」
「荒尾さん、それを国の財務及び企業庁に報告するといったら。」
　東堂と黒田は、局長室での康平と吉池の会話をシークレットホンで聞いていた。
　東堂の額から冷や汗が落ちる・・・
「どうぞ、報告してください。」
　黒田が驚いた。

（え、・・・？　きょ、局長、そんな事言って・・・・ど・・）

　あっけなく答える康平に吉池は、唖然として即座に言葉が出てこない。
「・・・そ、それらの会社が潰れてもいいんですか。」
「ええ、構いません。」
「な・・・・太平洋の資策利益に影響するんじゃないですか。」
　東堂がネクタイを緩めて、きつく目を瞑るとイヤホンを外した。

（局長・・・賭けですか・・・・・・・）

　康平は吉池から視線を外すことなく答える。
「ま、多少はね。」
「では、損失を受けた提供会社にはどう対処するんですか。」
「全て保障します。それでも解決できなければ太平洋のベンチャーとして組織登録してもらっても結構です。そうしたほうが提供会社も喜ぶんじゃないですかね。」
「・・そ・・そんな・・・・国の監査が入りますよ。」
「でしょうね。」
「・・・・わ、私の言ってる意味が・・・判ってるんですか？」
「正直、その程度、何てことありません。」
　吉池は作戦が狂ったのだろう、予想外の返答と康平が身体から発する異様な雰囲気で、次の言葉がなかなか出てこない。

「吉池さん、要するに太平洋が持つ各界の運用権限と、経済界いや国にも発言力を持つ我社の権域が欲しいんでしょう。本当はもっと調査してからここに来るべきだった。そう後悔してるでしょう吉池さん。しかし慌てなければいけない理由があった。」
「・・・さすがね。率直に言うわ。いろいろな意味を含めて私どもスワンとお付き合いをお願い出来ないかしら。決して悪い相談ではないと思うけど。」
「お断りします。」
「・・・・・私たちを敵にまわすと後悔するわよ。」

　東堂と黒田は心臓がはちきれそうだった。
　とても康平の言動を真似することなど出来ない。

「やけに強気の発言ですな。脅しですか？」
「・・・・脅しではないわ。」
「たかが、数名規模の会社が日本経済の一端を担う企業を操れるんですか？」
　康平は、吉池の反応を試す・・・・
「それは、どうかしら。外部に大物の協力者がいるとしたら・・。」
「・・・もうじき解散総選挙ですからね。慌てるはずだ・・・。」
　吉池の顔が一瞬引き攣ったのを康平は見逃さなかった。

「・・・荒尾さん・・・どういう意味ですか？」
「吉池さん・・確かに貴女には、大物の協力者がいるでしょうな。」
「・・・言ってる意味がよくわからないんですが。」
「あんたが鎌田事務次官と金井大臣の女だからだよ。」

　東堂と黒田が向き合って目を強張らせた・・・
（い、言っちまったよ・・・局長・・・）

　吉池は、驚愕したあと、開き直ったのか薄ら笑いを浮かべて康平に話し掛けた。
「・・・・さすがですね、荒尾さん・・・そこまで知ってるとは・・・・」
「ま、それが仕事ですから。」
　吉池は、しばし沈黙の後、康平に誘いをかけてきた。
「荒尾さん、今夜、お暇ありますか。」
「すいませんねぇ、私、勤務外は仕事はしませんので。」
「じゃ、プライベートでお付き合い願えるかしら。」

　今の時点では、目的は金ではないことは判った。
　高い確率で太平洋グループが持つ経済界への発言力、出資力の提援をバックである金井が看板として欲しいのだろう。
　いくら大臣といえども太平洋の会長に、直々、話を持っていくのは危険であるが故に吉池の会社を利用して落とそうとしたのだろう。
　しかし、太平洋グループの官房的な役割を果たす康平や、その手腕、そして頭脳部であるセンターを無視しては通れない。
　自信を持って現れた吉池だったが、康平の崩れぬ態度と自信、そして手強さに予想外の状況になり困っているようだ。

「プライベート・・・？・・私とですか。」
「ええ、貴方みたいな凄い男と飲んでみたいわ。」

　康平は、あらゆる状況を想定した。
　吉池がトラップを賭けるかもしれないからだ。
　しかし虎穴に入らなければ更に奥の真相はわからない。
　康平は時計を見た、既に５時を回っている。

「じゃ、今から行きますか。」
「嬉しいわ。」

　康平は、吉池を部屋に待たせて、東堂と黒田に指示をした。
　二人が冷や汗を拭きながら康平に対する・・・
「会話は録音したな。」
「はい。」
「とりあえず、吉池は金井の女である事を認めている。今後の仕事は金井を失脚させるための資料集めだ。吉池が手を打つ前に金井と鎌田に引導を渡すんだ。」
「わかりました。」
　東堂も緊張したのだろう職位名を忘れて康平に質問をした。
「先輩、金井を落とす勝算はありますか？」
　一瞬、康平の目が鋭くなる・・・
「・・・・東堂、怖いか？」
「・・・はい。・・しかし、先輩に着いていきます。そして信じます。」
　黒田も無言で頷いた。
「中心部を支える俺達にとって恐怖感を持つ事は必要だ。しかし臆しちゃ駄目だ。」
「・・・・・・！」
　東堂と黒田の身が引き締まった。
「じゃ、行ってくる。」

　康平は、センターを出ると吉池を連れ立って出かけていった。
　東堂と黒田は、康平の度胸は勿論、どんな相手でも物怖じしない身体全体から発する迫力に改めて圧倒された。
　東堂が康平の後姿を見ながら囁いた。
「黒田よ、確かに俺は、今回の件が怖い。しかし俺は、あの人の下で働けて幸せだ。」
「・・・東堂、俺もだ。」

（８５）

　康平と吉池は、製鉄がよく使う料亭の個室で相対していた。
「吉池さん、何を飲まれますか？」
「荒尾さんと同じもので結構です。」
　康平はうなずくと女将を呼び、ビールと料理を注文した。

「荒尾さん、唐突ですが私が金井の女と知ってどう思いました？」
　しばらく沈黙の後、康平は駆け引きに入った・・・
「そうですね・・・政治力を使ってでも強引に来るなと思いましたよ。」
「他には？」
「貴女が自分達の手を汚さなくても違法的手段で我々を消す事は出来ますね。」
「違法的とは・・」
「吉池さん、あなたの周りには怪しい人間がたくさんいるでしょう。」
　吉池は、再度センターの情報力に舌を巻いた。
「そこまで知ってるんですか。」

　女将が外から声を掛けた。康平は返事をして部屋に入れさせる。
　２名の若い女性が酒と料理を運んできた。
　女将達が部屋を出たのを確認し康平が続きを話す・・・・・

「正直に言いましょう。貴女は優秀かもしれない。頭も良い。しかし女性では限界がある。もし貴女個人に野心があれば、なにも金井の女になる必要がない。ところがあなたの性格を分析すると、そうじゃありませんね。金井の実力を上げるために愛人をやっているのではなく、いずれ貴女が金井を利用するために身体を許しているだけ・・・つまり今は布石の時期と考えてるんでしょう。」
　吉池は、康平が人の心理を読む力が尋常ではない事に気付いた。
　まるで康平の言葉が催眠術のように聞こえる。
　吉池は今まで経験した事のない意味不明の恐怖を康平から感じ取った。

「貴方を侮ると私が危ないわね。」
「率直に言いましょう。太平洋を的にするのは辞めたほうが無難です。。」
「・・・・自信あるのね。でも、そうはいかないわ。」
「何故・・・？」
「・・・・・・・今は言えない・・わ。」
　これは何かある。康平は直感的にそう思った。
「ね、荒尾さん、私と組まない？」
「私は、貴女と違って野心もないし、人を蹴落として地位や名誉を得ようとも思わない。まして組むなど。」
「なぜ、そこまで太平洋に執着するの？」
「執着？・・・・フッ、やはり、貴女はその程度ですか。何をやるつもりか知りませんが、そんな質問する事自体不思議でなりません。知識や経験、資金力だけでは一流になれないし、私の仕事は出来ないんですよ。」
　吉池は、康平にビールを注いだ。
　康平は、気を見て吉池の穴を探る質問をする・・・
「貴女は、かなりの男好きらしいですね。それも若い男を好んでいる。毎日、男を替えては豪遊しセックスを満喫しているらしいですね。」
「・・・」
「それなのに、なぜ、７０近い金井の愛人なのか。なぜ金井じゃないと駄目なのか。確かに当選６回のベテランだ。大臣も今回で２回目、保守系の大物実力者ではある。」
　康平が更に続きを喋ろうとした時、吉池は持っていたグラスを強く床に置き怒鳴った。
「それ以上言わないでっ！」
「・・・・・？」
「・・・か、金井は・・・・・」
　そこまで言って吉池は、口を閉ざした。
（・・んーむ、こりゃ吉池より先に金井を徹底的に調べる必要があるな。）

　康平は、自分でビールを注ぎ口に運んだ・・
　吉池が康平を見ている。何か言いたげな視線だった
「どうしたんですか。」
「荒尾さん、私を抱いてみない。」
　吉池は立ち上がると片足を台に掛けスカートを捲し上げた。
「皆、私のここを名器って言うわ。」
　吉池は下着をつけていなかった。無毛の恥丘には上部から延長している刺青が見える。
「いや、遠慮しときます。」
「・・・・フフッ、そうよね。貴方もたくさん女性がいらっしゃるようだから。」
　そう言うと、吉池はバックを手にとり出口に向かった。

「荒尾さん、ご馳走様でした。また、直ぐに会う事になると思いますわ。」
　そう言うと吉池は、中庭の廊下を通り店を後にした。
　康平の携帯が鳴る・・・

（ん、美紀か。）

「もしもし、どうした？」
[荒尾さんかい？]
　電話の相手は美紀ではなかった。
　嫌な予感が康平の頭を過ぎる・・・・・・・
「誰だ、貴様っ。なぜ美紀の電話で掛けてる！」
[いやぁー、二人ともいい女だねぇー。・・]
　そう言うと男は、電話を切ってしまった。
「おいっ、待てっ・・・・二人って・・おいっ！」
（ク、クソッタレッ　、やられた・・）
　その後、直ぐに康平に電話が入る・・・義姉の優子だった。
「もしもしっ。」
[あ、康平さん。亜美を預かってるんだけど礼子って仕事遅くなるって言ってたかしら？　いつもは必ず電話するのに掛かってこないのよ。]
（・・・クッ・・もう一人は・・・・礼子か・・・）
「ゆ・・・優子さん・・しばらく亜美をお願いします。事情は後で連絡します。」
　康平は、突発的な自体に考えの収拾が付かなかった。
　事実、このようなことは予測できていたのに・・・・

（落ち着け・・落ち着いて考えろ康平・・）

　康平は極力、感情を押さえて冷静になることを心がけた。
　まず、東堂に電話をしセンター員全員に連絡するよう指示する。
　家族のいるものには十分注意するよう促した。
　その後、主任以上をセンターに集結させ緊急の作戦会議を開く事にした。