（８６）

「みんな急ですまん。」
　全員、深刻な表情で康平の説明を聞いていた。
「東堂から電話で聞いていると思うが俺の女房と榊原君が拉致された。」
　恵美子が、悔し涙を流し俯きながら康平に言葉を吐いた。
「局長・・・警察に・・・・・」
「・・・恵美子、これは極秘だぞ。その時点で俺達の負けだ。・・・判るだろう。」
　恵美子は嗚咽を漏らしながら小さく頷く・・・・
「美紀の携帯から電話が掛かった後、直ぐ吉池に電話をしたんだ。嘘を言ってると思うが、一切そんな事は知らないと言い張っている。事実、社に来てからは、ずっと俺と一緒だったし外部に連絡はしていない。それに時間的に、それ以前に、二人は捕まってるはずだ。恐らく吉池が事前に計画していたかもしれないな。」
　黒田が疑問を投げかけた。
「じゃ、吉池の命令という事は間違いないですね。」
「それは、わからん。」
　康平が慎重に言葉を選んで説明をする。
「吉池は何も言わなかったが、俺と今日、会う事を金井と鎌田は知っているはずだ。」
「・・・え？　という事は奴らが・・。」
「ああ、間違いないだろう。金井も立場上、自らの手は汚さないだろうし、当然、鎌田も同様だ。ということは、奴らから聞き出す事は無理に近い。なんとか吉池澪を捕まえたい。また直ぐに会う事になるとは言ってたが。」
　遠藤が焦りながら康平に問い掛ける・・・・
「局長、礼子さんと榊原係長を見つける方法はありますか？」
「・・・・　とりあえず最悪の事態は避けたいが。」
「・・・・・・！」
「しかし、・・・屈辱を受けている可能性も・・・・あるかもしれない。」
　康平の言葉に全員が一斉に拳を握り締めた。
「・・・出来る限り・・・・出来る限り情報を掴んでくれ。」
　全員が散らばり全力で可能性のある場所を特定しはじめた。
　康平は礼子と美紀の携帯に何度も電話するが電源を切られているようで繋がらない。

　それから２時間が経過した。一向に情報収集が進展しない。
　康平は甲斐にも電話し協力を仰いだ。
［何ぃぃー。礼子さんがぁぁー・・・・ぬぅぅぅっ、判った。こうなったら手段なんぞ選んどれんぞっ、康平っ、俺の全力を尽くしても探すぜっ。］
「・・すまん、甲斐・・・」
「・・・・・・・・康平・・・・・任せろ！　会社の金を全部使ってでも見つける。」
　そう言うと甲斐は、康平の心中を察し静かに電話を切った。

　センター員が、夜を徹して情報をかき集めた。
　今現在わかっているのは、拉致した人間は、恐らく吉池が雇っているであろう外国人だということだけだ。
　既に５時間が経過した。既に外は薄っすらと明るくなってきている。
「局長、甲斐さんから電話です。」
　黒田が、康平に駈け寄る。
「甲斐、どうだった。」
「み、見つけた・・見つけたが・・・」
「ど、どうした？・・ま、まさか。」
「い、いや、見つけたんだが、同時に入ってきた訳のわからん男らに・・」
「え・・？　どういう意味だ。」
「恐ろしく強い男達だった。そいつらが礼子さんと美紀さんを連れて・・・」
「な・・」
「それが、拉致していた男達まで連れて行ったんだ。」
（・・ど・・どういう事だ・・・？）
「情けないが、俺が雇った強者たちも一発でやられた。」
「・・・・・」
「康平・・とりあえず連れ去った車は追跡している。」
「そ、そうか・・・甲斐・・・本当に・・迷惑を掛けてすまん。」
　甲斐が怒鳴った。
「・・・・・・・康平っ！・・・水臭い事言うんじゃねぇー！・・」
「・・・甲斐・・・」
　急いでるのであろう甲斐はそう言うと電話を切った。

（・・・くっそー・・・・・限界か・・・・・・・・・・・。）

　康平は、遂に決心をし、ある人物に連絡を取ろうとした。
　その時、恵美子が走って局長室に入ってきた。
「局長、お電話です。」
「誰だ？」
「それが、名前を言わないんです。」
　康平は、恵美子を外に出すと受話器を上げた。
「もしもし、荒尾です。」
「・・・・よおっ・・・・久しぶりだな・・・・康平。」
「！・・・・・・・あ・・・兄貴・・・か。」
「・・・・・・なぜ、もっと早く連絡してこないんだ。」
「え・・？」
「金井の事だよ。俺もある事で金井を探っていたんだ。」
「・・・・・兄貴・・・・・実は今、掛けようと思ったんだ。」
「相変わらず強情で負けず嫌いな性格は変わってないな。我慢にも程があるぞ。」
「・・・・・・」
「礼子さんと、お前の部下、榊原さんだったか。今、助けた。これから送っていくつもりだ。何処に連れて行けばいい？」
（・・・・さっきの・・甲斐・・・そ、そうだったのか）
　康平は、安堵感から一気に全身から力が抜け椅子に座り込んだ・・・・

　荒尾修平
　康平の兄で３人兄弟の次男である修平は国家機関で内閣調査室の官房付主任調査官として勤務していた。
　元々は、地検特捜部の検事だったが、国からの特命で現在に至っている。
　しかし、調査官とは名だけであり、実質は、機密操作や内部工作の各関係事項を国会自体にも極内密に行うため実情は幽霊組織となっている。
　そういう理由もあり、兄弟といえども修平自信が康平を含め家族との付き合いを意識的に遠ざけていたのだ。

「安心しろ。二人とも命に別状はない。」
「・・・・兄さん、相手は何者だった？・・・何処で？」
「チンピラ外国人だ。しかし、誰かの雇われだろう。」
「・・・・そ、そうか。・・でも、何故そんなところに兄貴は・・」
「偶然だ、本当に偶然、見つけたんだ。・・・・・・」
「・・・・そうか。」
「どうするつもりだ。」
「兄さん、俺は今、血液が沸騰して怒りが収まらん。意地でも金井を落としたい。ここへ来れるかい？」
「・・んむ。・・３０分後に行こう。」
「・・待ってる。」

　康平は、甲斐に連絡をし事情を説明した後、部屋を出て全員を集めた。
「みんな、ご苦労だった。妻と榊原君を助ける事が出来た。もうじき、ここに助けた人間が連れてくる事になっている。」
　全員から歓声が沸いた。
「無事なんですね。」
　恵美子が必死の形相で康平に確認する。
「ああ。みんな、ご苦労。少し休んでくれ。」
「・・はい・・・。」
「東堂、係長以上で部屋に来てくれ。」
「はい。」

　康平は、今回の件に関しての決意を集まった係長以上の者に話した。
「局長・・・しかし。・・違う意味で危険なのでは・・・。」
「もうじき、ある人間が妻達を連れてここに来る。その時に話そう。」
「ある人間って・・・。助けた・・・人ですか？」
「ああ。」
　ちょうど、その時、センター員が駆け込んできた。
「局長、奥様と榊原係長が・・・。」
　康平らが立ち上がり急いでドアに駈け寄る。
　康平を見て礼子と美紀が泣きながら抱きついてきた。
「・・礼子・・・・美紀・・・・・・・・・・すまん。」
「・・・・大丈夫・・・・康平・・・・・・・大丈夫よ。・・・お義兄さんが・・・・来てくれなかったら・・。」
　美紀も泣きながら康平に詫びた。
「局長・・・すいません。」
「・・いいんだ。もう言うな。」
　康平が、奥に視線を投げる。
　全員も後ろを振り向いた・・・
　ドアの前では、精悍な顔をした男が立っていた。
　なに言わずとも、全員が康平と良く似ている顔であることから兄弟であると思ったのだろう。
「・・・兄貴。」
「車の中で礼子さんに聞いたよ。全裸にされていたが何とも無いようだ・・良かった。」「中に居た男達は？」
「俺の部下が拘束した。いま取り調べている。」
「恵美子、礼子と美紀に何か飲ませてやってくれ。」
「はい。」
「兄貴、入ってくれ。」
　修平は頷き、康平の後に続いた。

（８７）

　康平の前に修平が座り、両隣りには東堂と黒田、そして遠藤が囲んでいた。
「みんな、紹介する。今まで黙っていたが、俺の兄で国の調査官をしている。」
　全員が驚きながら頭を下げた。
　康平と一糸変わらぬ迫力に加え威厳がある風貌だ。
「みんな、実は、兄も金井を探っていたらしい。」
　全員は、とてつもない事件なのではという顔をして修平を見た。
「康平、お前は何故、金井を・・・」
　康平は、スワンの話、吉池の依頼、そして太平洋の利権を金井が狙っている事を詳しく説明した。

「なるほど、そうか。礼子さんたちが拉致されていた場所は風俗店が集合しているビルの地下だ。その吉池という女が経営する店だろう。」
「兄貴、俺としては表沙汰にしたくない。」
「康平よ。それは俺も同じなんだ。」
「・・え？」
「実は、歴代首相を含む国家幹部、そして経団連の会長から直々に令を受けた。」
「・・・・・」
「奴は危ない。日本を駄目にする男だと・・。」
「しかし、事件性にまでは発展させたくない。」
「俺はするつもりは無いが、何故？」
「詳しくは言えないが主要３省庁を奴は既に押さえたらしい。という事は、金井に服従という事だ。奴はとてつもない事を企んでいるようだ。俺は今それを探っているんだが。」
「ん？つまり・・・・」
「日本を揺るがす大事件になる・・・という事だ。」
　東堂たちの身体が震えている。
　まさか、そんな凄い事になるとは思わなかったのだろう。

「兄貴は具体的にどうするんだ。」
「ふっ、そんなこといえる訳ないだろう。」
「だな。・・・・」
「お前の目的は？」
「鎌田をかやの外に出すのは簡単なんだ。しかし金井は難しい・・・最悪は・・」
「んむ。とりあえず今回に限り２週間はお前の行動を見て見ぬ振りをしておいてやる。警察にも手を打っておこう。」
「すまん、兄貴・・」

　東堂や黒田らは、修平の言葉を聞き耳を疑った。
　いくら調査官と言え、なぜ警察に・・・という疑念であろう・・

「・・・・また、しばらくは、お前と会う事も無いだろう。」
　そういうと修平は、立ち上がってドアに向かった。
　出ようとした時に思い出したように立ち止まり康平に振り向く・・・・
「康平、恭平兄さんから連絡はあるのか？」
「・・・・いや・・。」
「康平・・・・いつか、恭平兄さんと３人でゆっくり飲ろう。」
「・・・・ああ。・・・・・・そうだな。」

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　応接室で礼子と美紀も落ち着きを取り戻し、康平の質問に答えていた。
「とにかく横に車が止まったと思ったら瞬間的に引き寄せられて目隠しされて。」
　礼子が、喋り終えると美紀も同じ事を言った。
「気が付いたら部屋の様なところに閉じ込められていたわ。そうしたら礼子さんも居てびっくりしたんです。」
　数人の覆面を被った男数人が礼子たちの衣服を脱がし縛り上げて椅子に固定されたらしい。
「悪戯をされそうになったんだけど、男の携帯に電話が掛かってきたの。でも話し終わって切ったとたん、その男が他の男達を制止したのよ。」
（吉池かも・・）

「局長ぉぉーっ！」
　東堂がノックもせずに部屋に飛び込んできた。
「わかりました。」
「ん、？」
「吉池と金井の本当の関係がわかったんです。」
　康平は奪い取るように調書に目を通した。
　しばらく書類に目を通していた康平が唸った。
「んー、そういうことか。」

　吉池澪の父親は、金井に殺されていたのだ。
　しかし、直接、手をくだした訳ではなく自殺に見せかけて・・・・・・・。
　吉池の父親の経営する会社は、国の受注を受ける指名業者の一つだったのだが金井が政務次官時代に収賄の容疑が持ち上がってしまった。
　その事件に関わる業者が、吉池の父親だったのである。
　吉池の父親は、取調べに応じた際、非を認め、翌日には容疑を認めるつもりでいたのだが、金井の指示により、その日のうちに何者かに偽装自殺に見せかけ殺されていた。金井は、難を逃れたが、吉池の妻が疑惑を持ったため、口止めのために自ら説明しようと自宅に押しかけ母親と会う事になった。当時、担当だった鎌田も同行していたが、金井が納得しない吉池の母親を強引に犯したのを鎌田が目撃している。
　鎌田は、金井に逆らうと自分も同じ目にという思いが強かったのだ。

「その様子を吉池澪も見ていたわけだな。」
「はい。その直後、吉池の母親は自殺しています。」
「局長も察していると思いますが、吉池という姓は母方の旧姓で実際の姓は加藤といいます。」
「ふむ、読めた。吉池は復讐のために金井に・・・」
「間違い無いと思いますね。」
「しかし腑に落ちんな・・。」
「そうなんです。既に金井に近づいているし復讐するチャンスは幾らでもあるのに、わざわざ金井の利権のために協力しなくても。」
「たぶん、たぶんだが徹底的に金井を上に昇らせておいて精神的にも苦痛を与えてやろうって腹だ。吉池が何店舗もの風俗店を経営して莫大な資金を得ているのは金井に復讐するために使う資金集めのためだろうな。」
「そうですね。」
「どちらにしろ自分の目的達成のために無茶やるもんだ。お仕置きが必要だな。」
「・・・・どうやってですか・・？」
「それより、吉池には悪いが、先に俺達が金井を落とさん事には太平洋グループに影響してしまう。２週間しかないからな。」
「局長・・・どうすれば・・・」
「トラップを仕掛けよう。・・・俺が直接やる。」

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「ンァァァー・・・・、もっと虐めてぇぇー・・」
「ふぅー、相変わらず、お前のここは、具合が良いな、ええ、澪・・」
　吉池澪を上に乗せ腰を振らせながら金井が呟く・・・
「どうやら、荒尾の女房と部下を拉致したのは失敗したらしいな。」
「ぁぁ・・・・・え、ええ。」
　吉池は金井から降りるとブランデーグラスを持ち口に運んだ。
「センターの社員以外に貴方を嗅いでる人間が居るみたいよ。」
「なにぃ？　何者だそいつらは！」
「それが、まったく掴めないのよ。」
「澪っ、大丈夫なのか？」
「それが頼んだ男達に連絡が取れないのよ。捕まったかも。」
「おい！いま失敗すると計画が台無しだぞ。」
「精一杯やってるわよ。」
「太平洋の財力と企業権力は魅力だ。トップを落とすのは容易ではない。しかし太平洋グループのセンターを懐に入れれば何とかなるんだ。」
「・・・荒尾康平という男は半端じゃないわ。センターを任されてるだけある。それに、あの凄みと迫力は作ったものじゃない。・・・・正直、怖かった。」
「お前がか？」
「・・・・」
「いいか、俺は首相なんて目標じゃない。日本のドンになるには全ての者を平伏す力が必要なんだ。それには権力と金が要るんだ。太平洋は、財力、企業資質のすべてに置いて国の信用がある。金は、幾らでも稼げる。しかし、権力だけは金では買えん。」
「明日にでも荒尾康平に会ってみるわ。」
「頼むぞ。」
　吉池はベッドで足を広げて金井を誘った。
「ねぇ・・舐めて。」
　金井は吉池の股間に顔を埋め、味わうように舌を駆使していった・・・・・