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（９２）
「お嬢さん、お嬢さん。」
部屋をノックすると小さな声で返事が返ってきた。
「お嬢様に、お話があると言う方が・・・・」
雪子がドアを開けて顔を出した。
康平が頭を下げて挨拶をする。
「貴方は・・？」
「荒尾と申します。お話を聞いていただけませんか。」
雪子は、康平を見つめた。
しばらく考えていたようだったが康平を中に入れた。
「・・・どうぞ。」
「ありがとうございます。」
康平は、雪子の部屋に入った。
下部は、部屋の外で待機している・・・。
康平は、なかなか出てこなかった。
かれこれ２時間は経とうとしていた・・・・
イラついた下部が部屋をノックしようとしたとき康平が部屋から出てきた。
表情を変えずに応接間に戻る康平・・・
金井が康平に言葉を掛ける。
「・・・・長かったな。」
「金井さん、これから貴方の生き地獄が始まります。今まで、いい思いしたんだ。覚悟はいいですね。」
「・・・ぅ、ぅ・・・・クッ・・・・」
金井は、うなだれながら声を殺して泣き始めた。
「東堂、黒田、帰ろう。」
康平らは、金井の家を出た。
車に乗り込むと吉池を軟禁しているホテルに向かう。
「局長、吉池の妹に何を話したんですか。」
「それは、ヒ・ミ・ツです。」
「ふ、ふざけないで教えてくださいよ。」
康平は、笑ってゴマかしている。
気になってしょうがない東堂と黒田はしつこく康平に絡んでいた。
そのうちに吉池がいるホテルに到着する。
康平は、二人を駐車場に待たせて一人で部屋に向かった。
康平が遠藤と吉池がいるホテルの一室をノックする。
「遠藤、俺だ。」
遠藤が、部屋を空けた。
「きょ、局長・・もう限界ですよー。」
「な、なんだ、その顔は。」
「もう、暴れまくって・・。」
遠藤は、部屋を出ようとする吉池を制止しようとして、かなり苦労をしたらしい。顔が引っかき傷だらけだった。
「遠藤、ご苦労。下の駐車場で東堂たちを待たせている。後は俺に任せろ。」
「はい、助かります。」
遠藤は足早に部屋を出て行った。
「よぉ、吉池さん。金井とカタをつけてきたぜ。」
吉池が、凄い形相で康平を睨む・・・
「どういう真似よ、これはっ！」
康平は無視して吉池に喋りかけた。
「ま、掛けろ。」
康平は、吉池を椅子に座らせ金井とのやり取りを詳しく吉池に話した。
吉池は、黙って康平の話を聞いていた。
今後、金井は表舞台に立たないこと、吉池に対して重ずる謝罪をしたこと。
全財産を雪子に渡し自分は姿を消す事、当然、父親の会社も返ってくる。
全て最低限、吉池が納得せざるを得ない事を懇切丁寧に説明をした。
吉池は、今までの思いと悔しさもあったのだろう。
涙を流しながら嗚咽を漏らしていた・・・
「吉池さん、君も今後、これ以上、金井を追随しない事だ。君は、もちろんのこと雪子さんまで危なくなるからな。」
吉池は、康平の助言を認めざるを得なかった。
まして正攻法をとっても警察沙汰になる。
吉池は、身体を屈して涙を流し続けた。
康平が、小型冷蔵庫からウィスキーを出して紅茶に混ぜた。
多少、落ち着きを取り戻してきた吉池にカップを差し出す。
「実は、あんたの妹、雪子さんにも会って話をしてきた。」
「・・・・え・・・・ゆ、雪子と・・・・」
「あんたの事も全て詳しく話した。今日の夕方、君に会いたいそうだ。」
「・・そ・・そんな・・・・何で、何で、そんな勝手な事をアンタが決めるのよっ！」
「雪子さんが言い出したんだ。・・・君と会いたいと・・・」
「会えるわけないじゃない。アンタ全て話したんでしょ。私と金井の事も！」
「ああ、喋ったよ。俺が君と寝た事までな・・」
「・・・嫌よ、私行かないわ。雪子に・・・・・・雪子に合わせる顔がない。」
「そうかな？」
「・・・？」
「じゃ、俺が代わりに行って相手をしてやるか。いい身体してたしな。」
吉池は、康平に殴りかかった。
しかし康平は、吉池の攻撃を敢えてかわさなかった。
吉池の手の平が、康平の頬を思いっきり叩きあげる。
「・・・・・な、なんで・・かわさないのよ。」
「俺が、おせっかいを焼いたシメシだ。」
「・・・・・・」
「今日の夕方６時に臨海公園の日時計の前で雪子さんは、待っている。」
康平は、そう言い残し部屋を出ようとした。
「・・・・・行かないから・・・・・私、行かないからね。」
吉池は、雪子に罵倒されるのが怖いのだろう。
そして、復讐とはいえ、今まで自分がでやってきた行動・生き方を非難されることに不安を抱いているのだ。
康平は、吉池に背中を向けたまま呟いた。
「君は来るさ・・・・必ずな。」
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康平は、駐車場に戻った。
「あ、局長、ご苦労様でした。」
「ああ、みんなもご苦労さん。」
「で、局長、さっきの話ですけど・・・彼女の妹に・・」
康平が笑いながら返答する。
「東堂、しつこいぞ。」
「は、はぁ。」
「よし、今日は仕事は終わりだ。今から臨海公園へ行こう。」
「えっ・・何しにですか？」
「夕日を見にさ。」
「・・・・・」
「文句あるか？」
「い、いえ・・」
康平らは途中でビールをしこたま買い込み臨海公園に向かった。
男４人で芝生の上に座りながら海を見て缶ビールを飲んでいた。
「局長、もう帰りましょうよー。」
「もうちょっといいだろう。もうじきサンライズショーが拝めるし。」
康平は時計を見た。１０分前か。
康平が、ふと堤防を見ると一人の女性が階段を昇ってきた。雪子だ。
康平は、静かに雪子の方を眺めた。
「お、東堂課長、いい女が日時計の方に歩いていきますよ。」
「馬鹿モン、お前には桜井君がいるだろう。」
「・・・・・べ、別にそんな意味でいったんじゃ・・・」
康平が呟く。
「東堂、彼女が吉池の妹、雪子だ。」
「え？・・彼女が・・・・。」
「・・・・・あっ、と言う事は局長・・」
「６時に、吉池が来る・・・はずだ。」
「え、そうなんですか。」
黒田も驚いた。黒田は東堂と目を合わしながら笑みを浮かべた。
「おい、黒田、局長も粋な演出するもんだな。」
「ああ、先輩らしいよ。」
全員がチラチラと腕時計を見ている。
もう６時になるが吉池は現れない・・・
「局長、もう６時になりましたよ。」
康平も気になりだした。
（やはり、来ないのか・・・）
その時、猛スピードで車が堤防沿いの駐車場ゲートに入ってきた。
その車は丘に上がる堤防の階段の前で停車した。
シルバーのキャデラックから一人の女性が降りてくる・・・・・・・吉池澪だ。
吉池は、日時計の前に立つ雪子を見上げた。
そして、ゆっくりと雪子の方へ昇っていく・・・・・・
雪子も昇ってくる吉池に気付いたようだ。
吉池が、日時計の少し手前で足を止めた。
吉池は、まともに雪子の顔を見ることが出来ずに俯いていた。
両者とも無言のままだ。
吉池を見る雪子の眼からは涙が流れていた。
まだ無言状態が続く・・・・・
鋼船の汽笛が鳴るのを合図に雪子が声を掛けた・・・。
「・・・お・・お、姉ちゃん・・・・・よね？」
「・・・・・・。」
「貴女の・・・・・・妹・・・・の・・・」
（・・・・・・・え！？・・・・妹・・）
「・・・・・雪子・・です。」
吉池は、伏せていた目線を雪子に向けた。・・その時
「・・・・お姉ちゃん、・・・・・お姉ちゃんーっ！」
雪子が走り寄って吉池に抱きついた。
驚く澪だったが自然に雪子を受け止める。。
そして雪子は泣き声で吉池に呟く・・・
「お姉ちゃん、私のために・・・・・・今まで・・・ありがとう・・」
吉池は、雪子の言葉で今までの事が走馬灯のように頭をよぎっていく。
そして、心の奥にしまっておいた気持ちが遂に爆発し声を出しながら泣き出した。
「・・・雪子ぉーっ、・・・・ごめんなさい、・・・・ごめんなさいっ・・・」
二人は抱きあいながら、声をはばかることなく泣き声をあげる。
雪子が、しゃくりを上げながら吉池に呟いた・・
「あ、荒尾さんという・・・方から・・・き、聞いたの・・・私のために今まで・・・・身を焦がして・・・・ありがとう・・・ありがとう・・お姉ちゃん。私・・・怒ってなんかいない・・・・・・・むしろ・・・・むしろ・・・・・」
「・・・・・・・・・・ゆ・・・・雪子・・・・」
二人を眺めていた康平が立ち上がった。
康平に気付き、驚きながら涙を拭く吉池・・・・
康平は、吉池と眼が合うと照れ臭そうに指先で鼻をこすりながら横を向いた。
吉池が、ゆっくりと康平に近づいてくる・・・・・・・
そして康平の前で立ち止まった・・・
しばらく何を言おうか戸惑っていた吉池だったが指で再度涙をすくうと徐に言葉を康平に投げる・・
「・・・・・フンッ・・・荒尾康平・・・礼は言わないわ。」
「・・・・言ってもらうつもりもないさ。」
康平は、しばし吉池を注視したあと向きを変えて堤防に向かい歩き出した。
「さぁ、みんな行こうか。」
遠藤が慌てて康平を止める。
「局長、車はこっちですよ。」
「全員、飲んでるだろう。車は置いていけ。」
「そ、そんな。置いてけって・・ぼ、僕の車ですよ。」
「気にするな。」
「気にするなって、そんなぁー・・ちょ、ま、待ってくださいよー。」
そんな、やり取りを見ながら吉池が、康平を呼び止めた。
東堂たちは気を使って先に歩いていく。
立ち止まる康平・・・・・
「何だ？」
「これで終わりじゃないわ。たまに、貴方の仕事を邪魔させてもらう。正攻法で。」
「・・・・・望むところだ。」
康平が微笑しながら、背を向けた。
吉池が康平の背中に向けて声を投げかける。
「それと・・・・・・・・今度は、薬無しで私を抱いてみな！」
「・・・・フッ・・・俺から離れられなくなるぜ・・」
康平は、背を向けたまま、ゆっくりと歩き出した。
堤防に降りた康平は吉池の方を振り向いた。
吉池が雪子と、なにやらこちらを向いて呟いている。
距離が遠くて聞き取れなかったが吉池の口の動きで言葉が確認できた。
【 ア・・リ・・ガ・・ト・・ウ 】
（・・チッ・・・・・可愛くない女だぜ。）
康平は、待っていた東堂たちの肩を叩いた。
「局長・・全て・・・・完了ですね。」
「ああ。今回だけはさすがにビビったな。」
「・・・・・・・」
「・・・みんな・・・・・・・・・・ご苦労さん。」
その一言で、皆の目が赤くなっていく。
康平が満面の笑みで叫んだ。
「さぁーっ、飲み直しだ！ 今日は倒れるまで飲もう。」
「はいっ。」
大の男４人が、小躍りに走りながら、夜の町に消えていった・・・・・
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