（１０１）

　礼子は、寝室で康平に今日の事を話していた。
　康平は礼子の話に態度が一変する。
「礼子・・そのコーヒーというのは小野口が・・」
「ええ、里美も部長も小野口次長に出してもらったのよ。」
　康平は、ここまで来たら礼子に小野口の正体を話さねばと思った。
　これ以上、奴を野放しにしておくと礼子が危ないと思ったからだ。
「礼子、話があるんだが、その前に・・・・これを見ろ。」
　康平は、先日、小野口から送ってきた動画を礼子に見せた。
　礼子の顔が見る見る恐怖と羞恥に変わっていく・・・
「こ、康平・・・・こ、これ・・・私・・・・？」
「ああ。奴に飲まされたコーヒーの中に薬らしきものが混入してあったんだろう。」
「・・そ、そんな・・」
「恐らく里美さんも部長さんも、お前と同じコーヒーを飲んで命令に従ってしまったんだろう。まったく恐ろしい薬だ。」
「恐ろしいって・・・どれくらい・・？」
　康平が諭すようにゆっくりと説明をする。
「礼子、よく考えろ。お前は意識無く小野口の言う通りに従っている。これを飲ませて人を殺す命令を受けたらどうなると思う。反対にこの時、窓から下に飛び降りろと言われていたら、今頃、お前は・・・」
　礼子は、紅潮していた顔が一気に蒼ざめていく。
　身体の震えが止まらない礼子は康平にしがみ付いた。

「こ、康平・・・小野口って・・・何者なの・・・」
　康平は、小野口の正体を説明した。
　静かに聞いていた礼子は眩暈を覚え倒れそうになる・・・
「・・なんで・・・なんで、こんな目に会うの・・・・なんで康平ばっかり・・・・・」「・・・・礼子・・・・すまん・・」
「・・・ごめんなさい・・・康平のせいじゃないわよね・・・」
「礼子、さすがの俺も打つ手が無く修平兄さんに電話をしたんだが、連絡が取れないんだ。一応、遠藤を業者に変装させて、お前に付き添うよう言っておいた。亜美と優子さん達にも遠藤の部下を張り込ませている。・・・最初は俺の個人的な話だったんだが正式に太平洋重工の専務を通じてセンターに阻止依頼が来た。」
「・・・・・」
「実はな、今日、東堂に家を調べてもらったんだが盗聴器が部屋中に取り付けられていた。電話にもだ。メールも読み取られている。」
「・・・・・？」
「下手すると俺の命を狙ってくる。」
「・・い、嫌よ・・康平・・嫌っ・・危ない事しないで・・」
「・・・・そうはいかんのだ。」
「・・で、でも・・・・・」
「礼子・・・・言わないでおこうと思ったが・・・・・ハーバーの吉池が、俺と同じように断ったため小野口に殺されているんだ。」
「！」
「・・・・・危険な男なんだ・・小野口は。」
　礼子は、康平の目を見つめて涙を流した・・・

「死なないで・・・康平・・」

「・・・俺は死なんさ。」

　礼子は康平に、きつく抱きついた・・・・・・・・・・

−　翌日　−

　礼子は、会社に通常通り出勤した。
　遠藤も礼子の出社に合わせて近くをガードする・・・

　普段どおり何事も無かったように仕事に従事する礼子・・・
　岡本は体調がおかしいという事で休んでいた。
　１０時を過ぎた頃、礼子は休憩をしようとロビーに向かう・・
　遠藤も廊下の隅から礼子を追った。
　その時、小野口が何処からともなく現れ礼子に近づいていく。
　礼子も小野口に気付いた。礼子は極力、平静を装っている・・・。
　遠藤は咄嗟に身を隠し二人の様子を見張った。

　礼子の耳には、遠藤から渡されたインターコムが装着してあった。
　全て二人の会話は遠藤に伝わっている。

「荒尾課長、昨日は失礼しました。誘っておきながら。」
「い、いえ。あの本、大変参考になりました。」
「それは、よかった。どうですか昨日の続きを・・」
「え、ええ。今日は・・」
その時、遠藤からインターコムを通して礼子に指示がいった。
（礼子さん、誘いに乗ってください。）
　礼子は、横目で遠藤を確認した。
「そうですね・・・・、じゃ、また資料室へ・・」
　礼子はそう言うと立ち上がって小野口と歩き出す。
　そして二人は資料室に入っていった。

　遠藤は、康平に連絡し礼子が小野口と接触した事を報告した。
「そうか・・・・よし、今から向かう。」
「解りました。何とか小野口を引き止めます。」
　康平は、東堂と黒田を呼び寄せた。
「東堂、黒田、もし、もし俺と遠藤に何かあったらセンター業務を止めることなく、お前ら二人で機能させていくんだ。任せたぞ。」
「・・・はい。・・・・・・・局長・・」
　東堂が何かを言いかけた。
「・・・・・・・心配するな。」
　そう言うと康平は、センターを出てＩＫ観光に向かった。
　黒田が、心配そうに康平の後姿を見ながら東堂に囁く・・・
「東堂・・・・局長は・・・」
「黒田っ、あの人は・・・・あの人は・・・・最後には何とかする男だ。」
「・・・・あ、あぁ・・そうだな。」

　康平は駐車場に向かった。
　車に乗り込みエンジンを掛けた瞬間、康平は後ろからいきなり
　羽交い絞めに締め付けられた。
「グッ・・だ、誰・・・だ。」
　凄い腕力である・・・・康平も渾身の力を込めて腕を捻りあげていく・・・
「・・ほぉう・・・なかなかだ・・・」
「・・・・ん・・そ、その声・・・・・あ、兄貴か？」
　男は康平の首から手を離した。
「隙だらけだぞ康平っ・・・」
「兄貴、何でこんな所にいるんだ。」
「俺か・・・さて、何でかな？」
「・・・・まさか・・・小野口を・・」
「ふっ、まあな。小野口誠一こと李貴誠をだ。」
「李貴誠？・・・奴は中国人か！」
「ああ、俺の部下がＩＫ観光を張っていたんだ。」
「そうなのか。それで２回目に礼子が小野口にコーヒーを飲まされても薬が効かなかったんだな。そうだろ兄貴？」
「コーヒー？　なんだコーヒーって・・・・・薬・・・？」
「え、知らんのか？　俺はてっきり今の話で兄貴が何かやってくれたと思ったぜ。」
「・・・・・・」
　康平は、修平と喋りながら車を走らせた。
「しかし驚いたぜ。お前も李に狙われるとは結構有名なんだな。俺も上から指令もらって笑ったぜ。また、お前かよってな。」
「兄貴・・・今度は何なんだ？」
「・・・・・ま、直に解る。」

−　資料室　−

「遠藤さん、遠藤さんっ、大丈夫？」
　礼子が泣き叫んでいる。
　遠藤が小野口にナイフで太腿を刺されていた。
「荒尾の部下か？　かなり腕は立つがやはり素人だな。」
「うぅぅ・・・・」
「私の部下が、君の連れてきた男達も全員片付けたよ。残念だったな。」
「な、・・・な・・に？」
「心配するな。怪我はしていない。気を失ってもらっただけだから。」
「く、くそーっ。」
「さぁ、荒尾課長、もうじき、ご主人がいらっしゃるようだ。待ちましょうか。」
　そういうと小野口は遠藤の鳩尾に蹴りを入れる。
　遠藤は、苦痛で気を失った。

　康平の車はＩＫ観光に到着した。
　社前の駐車場に車を留めると康平と修平は車から降りて資料室に向かう。

　部屋の前にきた康平と修平の二人はお互い顔を見て頷きあった。
　康平がノックをしようと手をあげた瞬間、凄い速さで影が動いたかと思うと何者かが康平の手首を掴んだ。
　咄嗟に身構える修平・・・
　男は接遇顧問の武藤だった。
　武藤が人差指を口にあて声を出すなと目で訴える。
　修平が、その男に問い掛けた。
「誰だ貴様は？」
　武藤が透明なゴム系のパックを静かに額から剥がしていった。
　武藤を睨む康平と修平は、素顔を見て驚愕した・・・・・・・・

（１０２）

　目を丸くしながら修平と康平が同時に武藤に声を発した。
「・・あ、・・・き、恭平・・・・」
「に、兄さん・・・」
「・・ククッ・・・・愚弟共が・・」
　修平が呟く
「・・・・・・ぐ、愚弟はないだろう・・・・久しぶりに会った弟に・・・・」
「しかし、こんな所で３人兄弟が顔を会わすとは皮肉なもんだ。」
　修平が恭平に呟いた。
「しかし兄貴がこんな所に居るという事は・・・」
「ま、その話は後だ。」

　資料室の中に居た小野口が外の気配に気付いたようだ。
　礼子を見ながら囁いた。
「お、ご主人が来たようですよ。」
　小野口がドアを開けるといきなり拳が飛んできた。修平が放ったパンチだ。
　笑いながら軽くかわす小野口だが、更に見えないほどのスピードで恭平のパンチが小野口の顎をとらえた。
　小野口が勢いよく後ろに吹っ飛ぶ。

　部屋に入る３人・・・
　小野口が康平らを見上げると瞬時に身体が硬直した・・・
「お、お前は・・・・・内閣調査室・・・え・・・な・・・・・」
　更に恭平を見た小野口は、額から脂汗を流しはじめる・・・
「・・・な、なぜ・・国連特命の・・・・お前が・・・・・お前ら・・何者だ！」
　礼子も驚きながら自然に声を漏らす・・・・
「お、お義兄さ・・・ん・・」
　礼子の言葉を聞いた小野口が声を荒げた・・・・
「！・・な・・何だとぉーっ・・・・」
　修平が小野口に言葉を投げた。
「久しぶりだな小野口・・いや、李貴誠・・・・・」
「お前ら３人は・・・・そ、そうか兄弟だったのか。」
　修平が更に言葉を続ける・・・・
「残念だな。俺どころか国連の特命諜報員も一緒とは・・・・・。」
　修平は、康平に遠藤を病院に連れて行くよう指示した。
「しかし兄貴・・・・俺はコイツに・・・・・」
「後でここに来い。」
　修平は康平に紙切れを渡した。
「わかった。・・・礼子、何事も無かったように仕事に戻れ。」
「でも・・康平・・この人の・・・仲間が・・」
　恭平が礼子に声を掛けた。
「礼子さん、大丈夫、俺が片付けておいた。」
　小野口は、恭平を見て叫んだ。
「武藤が貴様だったとは迂闊だったぜ。この女に薬が効かなかったはずだ。」
　小野口の言葉に礼子も驚く・・
「え？・・・・・あ、どおりで・・お義兄さん、ひょっとして・・」
「ああ、あの時、礼子さんの湯飲みに抗体薬を入れておいたんだ。」
「やっぱり・・・」
　修平と康平は訳がわからなかったが恭平が一枚絡んでいた事は間違いない。

　康平は、遠藤を連れて資料室を出た。
　康平がすまなそうに呟く。
「遠藤、すまなかった。」
「局長、すいません。」
「いいんだ。俺でも敵わんかったかもしれん。奴はプロなんだ。」
「え？・・プロって・・・・・」
「ま、簡単に言うと殺し屋だ。」
　遠藤の顔が引き攣る。
　康平は遠藤を車に乗せ病院に向かった。

−　病院　−

「先生、頼みます。」
「うむ。ま、レントゲンを撮ったが鍛えてある足だ。心配はない。」
　遠藤は麻酔で眠っている。
（遠藤、又来るからな。）
「お願いします。」
　康平は、再度、医師に頭を下げ病院を出ると、修平に渡された紙に書いてある場所に向かった。
　康平は、あるビルに到着した。中に入る康平・・・・

（おかしいな？・・・普通の会社のようだが・・・）

　中は、受付もあり、ごく普通の会社のようだ。
　康平が周りを見渡していると一人の男性が近づき康平を確認した。
「荒尾康平様ですか？」
「はい。」
「地下２階の第３会議室に行ってください。」
「・・・わかりました。」
　康平はエレベーターで地下に向かった。

（地下に会議室？・・ここは、どういう会社だ？）

　康平が、地下２階の第３会議室に着くと部屋をノックした。
　小窓が開き中から修平が覗く。
　康平を確認すると鉄製のドアを開け康平を中に入れた。
　中に入ると小野口こと李貴誠と一人の女性が下着姿で椅子に座り身体を固定されていた。ちょうど恭平が女性の腕に注射をうっている最中だった。
「恭平兄さん、何やってんだい？・・・その女性は。」
　修平が代わりに答える。
「この女は、お前の所の太平洋重工が雇った経営顧問の教授だ。」
「・・え？　じゃ、この女も・・・」
　注射を打ち終った恭平が康平に説明をする。
「この女は、杜楊姫といい李の仲間だ。」
「・・・・？」
「康平、こいつらの正体を知らんのか？」
「ヒューマンハンターとか言ってたが・・。」
「ふっ、そんな生易しい組織じゃない。こいつらは香港の金龍社の人間だ。中国の旧華僑の身内や子孫を中心にして運営する反社会的組織で金と武器を使って要人や相敵を消すのを仕事にしている。ある意味マフィアや小国の警察など子ども扱いに出来るほどの組織だし軍隊並みの腕と実力がある。」
「・・・な・・・」
「正直、いくらお前が度胸と知恵があっても、一人では太刀打ちできないんだ。こいつらは、金龍の日本担当員で太平洋重工の海外会社を中国に作るよう操作し正規譲渡をしたあと武器生産する工場に仕立てるってのが、こいつらの任務さ。」
「・・・・」
「ま、康平見てろ。今から俺がこいつらを落とすところをな・・・。」
　恭平は、そういいながら李貴誠を睨むと李は身体を震わせながら額から大量の汗を流し始めた・・・・・・