（１３７）

「じゃ、美紀、恵美子頼むぞ。桜井君もな。」
「はい。楽しみです。」
　美紀が嬉しそうに康平に答えた。
「飲みすぎるなよっ！　それからカードを一枚づつ渡しておく。これで支払いをしてくれ。全て太平洋の交際費から落ちるから。」
　康平は、カードをそれぞれに手渡した。

　康平は、センターを出るとアンジェラに向かった。
　まだ開店前だがホストが数人揃っていた。
　大半は、同伴出勤が多いが新人やヘルプは店の準備や支度におわれる。
　康平の事は、すでに店長からホスト連中に説明をしておいてくれたようだ。
　全員が谷を追い出すためなら喜んで協力すると言ってくれた。

　準備を整えた若いホスト達が、康平の周りに集まって声を掛けてきた。
「荒尾さん、何とか頼みます。もう僕ら下っ端は大変なんですよ。」
「ほう。そんなに・・・」
「ええ。ボトルの一気飲みは日常茶飯事なんですけど、ひどい時は・・・」
　横から別のホストが口を出す。
「僕なんかフリチンにされてロッククーラー持ち上げろなんて言われたんですよ。出来るわけが無いっちゅーんですよ、んなこと。全く傲慢でヒドイ女なんすよ。」
「そりゃ、可哀想に・・・・」
「まだ、あるんです。うちのトップホストの明石さんなんか、谷がトイレに行くときも付き添わせて用を足した後に股間を拭かせてるんですよ。明石さんのメンツは丸つぶれですよ。」
「そ、そりゃ、やりすぎだ。」
　康平は、次々に出るホスト達の苦言に驚きを隠せなかった。
　先月に、辞めたトップホストは、高級車を買ってもらったものの朝から通勤代わりに呼ばれて、出社前に車の中で散々弄ばれてから谷も会社に入ってくという生活が延々と半年も続いたそうだ。
　遂には、本当に身体を壊してホストクラブを辞めていったらしい。

（んー、写真で見た限りでは、そんな事やるようには見えんかったがな・・・・・）

　店は７時から開店した。
　ホストの話では、客層で時間帯が判るらしい。
　早い時間には、主婦を中心とした女性が多く、酒も安物で時間を潰す客がほとんどだ。
　後半になると会社帰りのＯＬが中心となり深夜は風俗関連の女性に変わっていく。
　康平は、早く礼子や美紀達が来てくれる事を祈った。

（ったく、何やってんだアイツらは・・・・絶えれんぞ、この香水臭いおばはんは・・）
　そこへ、トップホストの明石が、女性客を同伴して店に入ってきた。
　主婦連中が拍手をして明石に声を掛けている。

（ほぉー、確かにイカす男だな。）

　康平に気付いた明石が頭を下げて近づいてきた。
「荒尾さん、明石です。店長から話は聞いています。何でも言ってください。協力は惜しみませんので。」
　康平は、静かに微笑みながら明石に頷いた。
　そこへ、美紀が入店してきた。康平を指名している。
　康平の源治名は、ヒデキという名が付けられていた。
「ちょっと失礼します。」
　康平は、香水臭い中年女性から離れると美紀のテーブルに向かう。
「遅いぞ美紀っ。」
「すいません。ばったり礼子さん達と会っちゃって。」
「そうか。礼子も来てたか。・・・で、どうしてる？」
「みんなで、お腹すいたからご飯食べようって・・・」
「ったく、俺の身にもなれよ。」
「フフッ、局長、何事も経験ですよ。」

　８時を過ぎたころだろうか、谷裕美が店に現れた。
　一瞬、ホスト達の身体がびくついたように見えたのを康平は見逃さなかった。
「あの、女ね。」
「ああ。」
　谷は、いきなり明石を指名する。店も一番金を使ってくれる谷に逆らえない。
　明石は、嫌々ながらも笑顔で谷のテーブルに足を運んでいった。
　しかし、トップホストの宿命か、指名が多く席を離れる回数も頻繁になってくる。
　谷もイラつきを隠せなかった。
　機嫌の悪い谷はヘルプにつくホストをからかって遊び始めたようだ。

　店に恵美子が入ってきた。
　康平の作戦通り普段より大きい店長のマイクの声が響く・・・

《ヒデキさん。３番へお願いします。》

　愛子も派手な姿で到着した。

《ヒデキさん。７番へお願いします。》

　続々と康平が依頼した女性が来店してくる。

《ヒデキさん。２番へお願いします。》《ヒデキさん。９番へお願いします。》

　谷が、頻繁に康平を呼ぶ声に目を移す・・・

《ヒデキさん。６番へお願いします。》

　康平を指名すると、全員が高級酒を注文する。
　必然的に谷も気にとめているようだ。

　更に来店して康平を指名する女性が増えるのに気付く。
　仁美も着てくれた。
　恭子も高級ブランドを身に纏いプレゼントまで持参してきたようだ。

「すまんな、恭子君」
「フフッ・・・中身は、ただの靴下よ。」

　さすがの谷も康平が気になるのかホストに康平の事を尋ね始めた。
「誰？あのホスト、・・・新人なの？」
「ええ、隣町のプラントからアンジェラに移って来たヒデキさんです。」
「へぇー・・・人気あるわね。」
「ええ、僕らホストの憧れの的なんです。」
「そんなに凄いの？」
「谷さん、ヒデキさんを知らないんですか？」
　谷は、バカにしたようなホストの言葉に怒りを込めてヘルプの頭からブランデーを全部こぼした。
　ちょうどそこへ、礼子が来店してきた。
　打ち合わせどおり、谷裕美の座る１２番テーブルの横に礼子は案内される。

　康平が礼子に近づくと、これも打ち合わせ通りに礼子が康平に抱きつき康平が礼子にキスして座らせるという演技をこなした
　谷は不機嫌そうに、康平と礼子を横目で見ていた。
　礼子が康平の股間に手を当てて耳打ちをしながら楽しく話をしているのが気に入らないようだ。
　康平も礼子のスカートに手を入れ首筋に唇を這わす。

（康平・・・止めてよ。恥かしいわ。）
（しっ！　我慢しろ。それに谷のテーブルからしか見えないから心配するな。）

《ヒデキさん。１４番へお願いします。》

「チッ、早いな。じゃ、行くぜ。」

　康平は、礼子の座るテーブルから離れた。
　呼んだのは、澪だった。
　今度は、谷の真正面に座った。

「すまんな、澪っ。」
「いいのよ。暇だったし。」

　妙にイラつく谷は、演技とはいえモテまくる康平を何とか物にしたいと思い始めた。
　しかし、明石同様、指名しても席に座っている時間は短いだろう。
　何とか外に連れ出せないかを必死で考え始めた。

　自然と耳に入ってくる康平と澪の会話に谷も興味を示す。
「でも、凄かったわ。あの時のＳＥＸ・・・・気が狂いそうだったもの。」
「凄い乱れようだったからな。」
　さすがにこういう話は事実だけあって康平と澪も自然と話が続く。
　谷は、澪の気が狂いそうという言葉を聞いて股間が熱くなるのがわかった。
　何とか康平を指名したいところだが今日のところは諦め明日一番で康平を指名し自分のものにしようと考えた。
「店長呼んでよ。」
　谷がヘルプに命令調で告げた。
　店長が谷のテーブルに近寄ってくる。
「店長、誰か出られないの？」
「え・・・そ・・そうですねー。ラウンドは？」
「そんな事判らないわ。１本出すから誰か呼んでよ。」
　店長が、ナンバー３ならと谷に返事をした。
「いいわ。呼んで。」
　店長は、当店のナンバー３である加藤を呼んだ。
　加藤は、顔を引き攣らせて谷に手を差し伸べた。
「じゃ、運転して。」
　谷は加藤にキーを渡すとカードを店長に突きつけ店を出て行った。

　後姿を追う康平・・・
　康平は谷が出て行ったのを確認するとヘルプについていたホストに声を掛けた。
「災難だったね。」
「ええ、でも慣れてますから。」
「で、彼女、何か言ってたかい？」
「何とか荒尾さんを指名したいと、それと荒尾さんを何者だ？って一応、荒尾さんに言われたとおりの台詞を言っておきました。」
「そう・・・・いや、ありがとう感謝するよ。」
　康平は、必ず谷が明日も来る事を確信した。それも早い時間に・・・

（さて、作戦を立て直すか。）

（１３８）

　翌日、康平は同伴出勤をする事にした。
　同伴出勤をすれば、１時間は指名が出来ない。
　恐らく一番で康平を指名してくるに違いない。
　初っぱなから焦らそうという作戦だ。

　康平は、谷裕美を焦らし続ける必要があると思っていた。
　とにかくプライドが高く自分の思い通りにならないと気が済まないような女は焦らすに限る。
　しかし、谷を落とす事も必要だが、肝心なのは提携している取り引き会社から手を引かせる事なのだ。

　センターの局長室では、東堂が康平に、ある報告をしていた。
「局長、谷ですが、ちょっと気になるんです。」
「ん？というと・・」
「物流の取引会社を強引にジャパンアドバンスが提携させようとしてるって言ってましたよね。」
「ああ。・・・・・で？」
「はっきり言って別に構わないんじゃないですか。正直、あくまで取引会社ですし、うちが損失するでしょうか？物流と取引したい会社はごまんとあるでしょう。」
「んーむ、東堂よ、いいところに気がついたな。」
「え？・・・：じゃ局長も。」
「何故だか解るか。」
「はぁ・・・推理ですが・・・・トラップ取引・・・・・ですか？」
「東堂、さすがだ。・・・・・じゃ、誰が？」
「それは・・・・・まだ。」
「んむ、じゃ俺の推理を言ってやろう。」
「はい。」
「トラップ計画は、間違いないだろう。そして谷は単に利用されてるだけだ。しかし、谷以外にも協力者がいなければならない。それも太平洋物流にだ。」
「は、はぁ・・・」
「指揮してるのは野川だ。」
「えぇぇーーっ！・・・・ど・・・・・どうして。り、理事に先日・・・・なったばかりなのに。」
「フッ、甘すぎるぞ東堂・・・何故、酒井専務が俺と野川をたかが女を落とす事ぐらいで勝負をさせると思ってるんだ。」
「え？」
「野川とジャパンアドバンスは、グルなのさ。」
「・・・・・・」
「奴を見てみろ。谷に近づく気配も無い。いや落とす必要などないんだよ。反対に俺を谷と寝かせる事によってスキャンダルを武器にさせる腹だろう。」
「という事は野川の懐に居るアドバンスの幹部を使って谷を操作しているわけですね。」「ああ、しかし谷はそんな事は全く知らない。だから谷を諦めさせれば必然的に野川の策略も失敗する。谷の代わりに使う人間はいないんだ。」
「そうですよね。谷は事業部ですから。それに性格は別として優秀ですし。」
「酒井専務は薄々感ずいていたんだ。さすが初代センター長を務めただけある。」
「で、具体的に野川は、どうやって・・・」
「言いか、よく聞けよ。奴は一旦、太平洋物流を窮地に落ち込ませる作戦にでる。そして自分の実力で復帰させると社の幹部に進言する。奴の実力を認めた幹部は業績として昇格させる。簡単さ、実際もう一度自分が元に戻すだけなんだから。」
「でも、局長・・・」
「んむ、一旦、株は暴落するだろうな。太平洋物流のトップの交替もありうる。しかし奴の狙いはそこさ。元の状態の戻すだけでなく結局は、谷が協力する事になるんだから以前より利益幅が広がる。そして株も上がる。奴は一気に認められて局長クラスだ。ま、当然ながら谷は、そんな事を知らないがな。」
「んーっ、さすが局長っ！凄いです。」
　東堂はそう言うと急いで事務室に戻り、康平に言われるまでも無く本格的な調査をセンター員に指示し始めた。

　康平は、東堂の的を射る視点に磨きが掛かってきた事を喜んだ。
　その時、北原が酒井を連れ添いセンターを訪れてきた。
　美紀が局長室に案内し部屋をノックする。
「局長、製鉄の北原専務と物流の酒井専務がお見えです。」
　康平は、二人を通すよう支持する。
　ソファに座るなり、北原がいきなり言葉を浴びせた。
「康平、どうだ進み具合は？」
「ええ、ま、ボチボチです。」
　酒井が目を光らせて康平に質問を掛ける。
「荒尾君、あの時、野川も居たから言わなかったけど・・」
　康平が途中で酒井の言葉を制止する。
「酒井専務、わかってます。既に調査に取り掛かりました。野川の陰謀は必ず失敗しますので、どうかご安心を・・・。」
　酒井がビックリしたような目で北原を見た。
　北原が笑いながら酒井に呟く。
「ほら、言っただろ富美ちゃん。康平はただ者じゃないんだから。」
　酒井が康平に向き直った。
「荒尾君、改めて貴方の凄さを思い知ったわ。」
「いえ、直にカタはつきますので。」
「よろしく頼むわね。」
「はい。それに、さほど難しくありません。むしろ楽しんでやってます。」
　酒井は康平の言葉に安心したのか、出されたお茶にやっと手を出した。
　他愛も無い話が続き康平も笑顔を見せている。
「ところで酒井専務、一つお聞きしたいんですが、先日、ホテルでお話していた専務の初体験が北原専務というのは本当なんですか。」
　北原が、全く本件に関係ない康平の質問に咳き込んだ・・・・
「ええ、本当よ。」
「ふ、富美ちゃん・・・・おいっ、康平っ・・・お、おまえな・・・・」
　酒井が笑いながら喋り始めた。
「私から誘ったのよ。でもふったのも私なの。」
「何故なんですか？」
　酒井が真顔になって話しはじめた。
「この人が、将来、太平洋製鉄をしょって立つ人間と判断したからよ。そう、その時は、聡さんが今が一番大切な時と思ったからなの。今でも聡さんを愛してるのよ。私が独身なのは、その愛を永遠にしたいから。」
「そうなんですか。」
　北原が真赤な顔をして目のやり場に困っていた。
　酒井が笑いながら北原に振り向く・・・
「康平・・・絶対に黙ってろよ。」
「はは、言いませんよ。・・・・しかし私もお二人が増々好きになりました。」
「それにね・・・・たまに聡さん抱いてくれるのよ。富美ちゃーんって言いながらね。笑っちゃうわ。」
「ふ、ふ、富美ちゃん・・・・そこまで言わなくたって。」
　康平は、腹筋が痙攣するんではと思うくらい笑いを我慢し平静を保とうとする。
　北原は、恥かしさが限界なのだろう。席を立ちドアに向かった。
「さ、富美ちゃん・・・い、いや酒井専務、もう行こうか。康平も仕事があるし、私も早く帰らないと会議に遅れるから。」
「さっき、今日は何もないって言ってたじゃないの。」
　しかし、そう言いながらも、酒井も北原の後を追って外に出て行った。
　思い出したように酒井が康平に言葉を掛ける。
「じゃ、荒尾君。よろしくね。」
　康平は、酒井に丁寧に頭を下げた。

（フッ、北原専務もなかなかやるじゃないか。イカすなぁー・・・）