（１３９）

　１８時を少々回った頃、康平はアンジェラへ出かける準備をした。
　東堂と黒田は、もう少し居残って野川と谷のデータを調べてくれるようだ。。
　事務室に顔を出した康平が二人に声を掛ける。
「東堂、黒田、すまんがよろしく頼む。」
「はい。」
　康平は、同伴出勤を頼んである美紀とセンターを出た。
　美紀が康平に質問をしてきた。
「局長、彼女は乗ってきますかね。」
「誘いに乗るというか誘ってくるだろうな。」
「でも、かなり豪遊しているし女王様のような性格だから突っ張る局長をそこまでしてモノにしようと思うのかな？」
「ああ、確かに俺じゃなくても言う事を聞く男はいくらでも居るしな。」
「ええ。」
「しかし、反面、一度目をつけたら自分のモノにしたいという性格も持っている。」
「で・・・・どうするんですか？」
「当然、誘いに乗るさ。」
「その後の作戦は？」
「いずれにせよ、一線は超えるはずだ。」
「・・・・・」
「ま、正直に言って谷を諭すか、或いは東堂たちの結果次第で脅すかだ。ただ、怖いのは、野川が俺の行動に気付き、邪魔を入れてくる事だな。」
「有り得るんじゃないの？」
「美紀、今日、遠藤がいなかっただろ。」
「え、ええ、そういえば。」
「物流に行ってるんだ。太平洋社内のことだ。少々、悪さをさせてもらうことにしたよ。」
「盗聴？・・・・・でも・・・・・」
「ああ、社内でも盗聴は罪になる。しかし、それを武器にはしない。証拠となる野川の行動を把握するためだ。先回りできるだろう。」
「なるほど。偶然を装っての作戦も出来るわけね。」
「そのとおり。」

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　康平は美紀と腕を組みアンジェラに入っていった。
　既に谷は来店していた。康平が同伴してきたことに苛立ちの表情を見せる。
　康平は美紀をテーブルに案内し酒を取りに奥のカウンターに進んだ。

　康平がカウンターにいるホストに谷のことを聞き出す。
「いつから来てるんだい？」
「３０分くらい前です。誰も指名せずに荒尾さんを待ってたようですよ。」
　康平は、薄ら笑いを浮かべ、ボトルとグラスを持つと美紀の待つテーブルに戻った。
　康平に向けられた谷の視線を背中に感じていた。
　康平は、気付かぬ振りをして美紀の隣りに座り美紀に目で合図をした。
「局長、あの女、こっちを見てるわ。」
「目を合わせるな。知らん顔をしておけ。」
　康平は、グラスに酒を注ぎ小声で美紀と話し始めた。
　しばらくして、センターの女性社員が順次来店しはじめる。
　康平は、指名する社員達に美紀と同じ言葉を掛けていった。

　谷が、不機嫌な顔で店長を読んだ。
　なにやら耳打ちをしている。
「ねえ、あのヒデキって男の事聞かせてよ。」
「え、例えば・・・どういう。」
「女関係とか生活とかよ。」
　店長の木下は、康平に頼まれていた言葉を思い出し谷が興味を抱くような話を聞かせ始めた。
「とにかく、女性をいかせる技術は凄いらしいですよ。見てのとおりハンサムだしホスト特有のチャラついたところも無くて紳士らしいところが受けてますね。芸能人もお忍びで彼に会いに来るくらいですからアッチも相当なもんなんでしょう。」
　谷は木下の話に身体が熱ってくるのを感じた。
　こうなったら何とか康平をものにしたいと思い始めたのだ。
　谷は、店長になにやら手渡し小声で囁いている。
　話を終えた店長が康平に近づいてきた。
「荒尾さん、谷さんが少しでいいからテーブルに来てくれないかと。」
「ほぉー、意外と声掛けてくるのが早いですね。」
「初めてですよ。こんな事は。マイクで呼び出すなって言われて。それに、荒尾さんのことをかなり色々と聞いてきましたよ。どうしても来て欲しいと金を握らされました。どうしますか？」
「なるほど、解りました。」
　康平は、隣りにいる社員に次に入ってくる社員に合図があるまで入ってこないよう連絡する事を指示し席を立った。
　谷のテーブルに向かう康平・・・・
　しかし無理に呼んだ割には、表情を変えずクールな態度を装っている。
「ご指名ありがとうございます。ヒデキです。」
「座って。」
　康平は、空になった谷のグラスにブランデーを注いだ。
「貴方も飲んだら？」
「ありがとうございます。では頂きます。」
　二人は、グラスを合わせた。
　谷が口を開く。
「貴方、人気あるのね。」
「いえ、そうでも・・・」
「私、ここの常連なの。昨日も来てたのよ。」
「そうなんですか。気付かずに、申し訳ありません。」
「ねえ、私ってどう思う。」
「どうって・・・・ええ、美人で高貴な感じに見えます。」
「・・・・・・ぶっきらな言い方ね。」
「すいません。」
「私のことを、他のホスト達から聞いてないの？」
「いえ、特には。」
「そう。ならいいんだけど。さっき店長に聞いたら前の店ではトップだったらしいわね。ホスト達が貴方を目標にしてるらしいじゃないの。女性の数も半端じゃないみたいだし。」
「そうでもないですよ。」
　谷は、一呼吸置くと、いきなり誘惑的な発言をしてきた。
「ねえ、私と付き合わない。お金ならふんぱつするわ。」

（ククッ・・・来た来た。）

「は、はあ。しかし・・・・いきなり言われても。」
「お金欲しいんでしょ。好きなだけあげるわ。それに結構、いい体してるのよ私。」
「嬉しいんですが、他にも仕事上でお付き合いしている女性もいますし。」
「私が呼ぶとき以外に付き合えばいいじゃない。」
　谷の性格なのだろう。康平が反発する態度に腹が立つようだ。
　まるで自分中心に世の中が回っているような錯覚を起こしている。
「解りました。しかし今夜はちょっと・・・」
「いいわ、じゃ明日の夜どう？」
　康平は、少々、考える振りをして谷を見つめる。
「解りました。それではお迎えにあがります。」
「そう。じゃココへ迎えに来て。」
　谷は、ブランデーを一口飲むと満足そうに席を立って出口に向かった。
　康平も谷の後に続きレジに歩く。
　谷は康平にカードを渡しフロントで待った。
「ありがとうございました。」
　谷がカードを受け取ると康平の股間を下から静かに撫で上げる。。
「明日は、コレで楽しませてね。」
　谷はそう言い残し店を出て行った。

（やれやれ、噂以上の傲慢さだな。）

　康平は溜息をつきながら席に戻っていった。

（１４０）

「そうですか。声を掛けてきましたか。」
　東堂と黒田が康平に昨夜の話を聞いていた。
「ああ。しかし、とんでもない性格だよ。」
「会社では、トップ社員なんですけどね。」
「仕事も抜群だからアドバンスの幹部も谷に文句を言えんはずだ。」
「全く谷には、頭が上がらないようですね。」
「ああ、そのようだな。」
「そう言えば局長、谷をすべて調べ上げました。」
　黒田が康平に資料を渡した。
　受け取った資料に康平は目を通していった。
「ほぉー、凄いな。性格直せば完璧な人間じゃねえか。」
「ええ、東大ですよ。省庁へもキャリアでいけるくらいです。」
「不思議だな。」
「ええ。なんで彼女をここまでしたんですかね。」
　そこへ恵美子が別の資料を持って現れた。
「局長、課長、それはこれを見ていただければ解りますわ。」
　康平は恵美子から資料を受け取る。
　康平は内容を読んでいくうちに谷の性格に絡んだ一端を理解した。
「なるほど・・・・これだな。」
　康平が黒田たちに資料を渡した。
　東堂も黒田が受け取った資料を覗き込む。
「ははぁん・・・そういう事か。三林君、よく調べられたな。」
「時間掛かりましたよ。」
「だろうな。」

　谷裕美は、整形手術をしていたのだ。
　中学時代から男性はおろか同性からも、かなり酷虐な仕打ちを受けてきたらしい。
　高校時代には男性グループから醜い容姿である事を理由に体育館で真っ裸にされ面白半分に羞恥的な目に合い、さらに、その写真をばら撒かれてしまったため精神的ダメージはかなり大きかったようだ。
　そのグループの中に自分の好きな男性も居たというから、なお更だろう。
　就職してからも顔を理由に配属部署を男性だけの施設課にまわされ、そこでも男性社員に酷い扱いをされていた。
　谷は、辛哀な気持ちで１週間もしないうちに会社を退社してしまった。
　家に閉じこもり自殺まで考えた谷であったが悩みに悩んだ挙句、整形手術を決断し、そして誰しもが振り向く美人に変貌したというのだ。
　名も祖父側の性に変更し今までの自分を知る者から逃避するかのように過去を捨てたのであろう。
　美人に生まれ変わった谷は生活も一変し祖父から受け継いだ多額の財産を武器に美貌に磨きをかけていった。
　整形は、顔だけではなく身体にもメスをいれてるようだ。

　整形後は、今まで声など掛けてもくれなかった男性が黙っていても何人も近寄ってくるまでになった。
　元来、頭もよく金も持っている。そういう生活が長く続き、今では自分に平伏さない男性はいないとまで思うように性格が変化していたのだ。

「局長、アドバンスでも谷自信が目をつけた男性は全て身体の関係を持っているようですよ。弱みも握っているんでしょう。」
　恵美子の言葉に３人が頷く。
　黒田が疑問を投げかけた。
「しかし、何故、ホスト通いなんだ。」
「つまり、ホストは商売だ。金さへ出せばいくらでも自分の思い通りになる。しかし、会社や他の男は、必ずしもそうは行かない。いくら金を貰っても簡単に魂までを売る男は、そうはいないって事だ。違うか恵美子・・・」
「その通りです。やはり谷に限らず出来る男性は、そこまでして自分のプライドを捨てて服従するなんて事はしないと思います。」
「だから、金さへ出せば言う事を聞いてくれる商売の男性に・・・・・か。」
　恵美子が拡大した谷の大学時代の写真を康平に渡した。
「なるほど、全く今と別人だな。」
　康平は、谷の気持ちも解らなくはなかった。
　誰しも美しくなりたいという願望はある。
　整形手術も幸せな人生を送れるのなら必ずしもいけないとは言えない。
　しかし、谷の場合は違う。人生を踏み間違え金と汚い手段を使って過去の鬱憤を晴らすかのように、とんでもない事をやっている。
　それも反道徳的、社会的に・・・・・

「よし解った。今夜、谷を落としてみよう。」

　東堂と黒田は、既に仕事が終わりに近づいた事を知った。
　康平に掛かれば、これだけ集めた資料を持ってすれば解決したも同然と思ったのだ。
　要は、野川が囲んでいるジャパンアドバンスの社員を突き止めればトラップ取引の全容も聞き出すことが出来る。
　いわく、野川も失脚し提携会社もますます太平洋物産から離れられなくなるだろう。

「じゃ、局長、失礼します。」
「ああ、ご苦労さん。俺はちょっと出かけるよ。」
　康平は、センターを出て甲斐のところに向かった。
　今夜のために高級車を借りるためだ。

　康平は、応接室で甲斐と向かい合っていた。
「ほぉー、そういうことなのか。」
「ああ、まぁ簡単に済みそうだ。・・・・ところで甲斐、以前、お前に貰った例の塗り薬、あれ、まだあるか？」
「ああ、確か、もう一瓶あったぞ。でも康平、お前、前回の仕事の時にお前の兄貴に強力な薬をもらったって言ってたじゃないか。それは？」
「あれは危険すぎる。麻薬と一緒だからな。俺が欲しいのは純媚薬だ。」
「そうか。解った。待ってろ探してくる。」
　甲斐は、自室に戻って引き出しのなかを探した。
　瓶を取り出すと応接室に戻って康平に手渡す。
「すまんな。」
「まだ使うんなら輸入するぞ。」
「ああ、そうだな・・・・・今後の事もあるし頼んでおくか。」
　甲斐は意味ありげな笑いを浮かべていた。
「甲斐、勘違いするなよ。仕事で使うだけだ。」
「フッ、解ってるって。」
「ったく、変に勘ぐりやがって・・・・・」
　そこへ、澪がノックをして部屋に入ってきた。
「あら、康平さん。」
「おう、昨日は、すまなかったな。」
「いいのよ。」
「ところで何してるの。」
「お前こそどうしたんだ。」
「甲斐さんに雇用契約手続きをしに来たの。」
「そう言えば、承諾してくれたらしいな。」
「ええ、今月中には、桜貿易の仕事も終わるし来月早々から。」
「頑張れよ。甲斐も期待してるぞ。」
「ええ。」
　甲斐も満足そうに澪を見ていた。
「さ、俺はいくよ。」
「おお。又暇なときに遊びにきてくれ。これが車のキーだ。表に出してある。」
「サンキュー、じゃ借りるぞ。」
　康平は甲斐と澪に手を上げ応接室を後にした。

　海岸線を走りながら康平は、考え事をしていた。
　その時、遠藤から康平に電話が入った。
「俺だ。」
『遠藤です。野川が抱えてるアドバンスの人間がわかりました。』
「誰だ。」
『なんと、社長の桂木です。』
「ほぉー、なるほどな。どおりで谷のやることに口出しせんと思ったよ。」
『奴らも今夜、接触するみたいですよ。それは今から探ります。』
「解った。頼むぞ。」
『はい。』
　康平は笑いが込み上げてきた。

（ふっ・・・まるで漫画だぜ。）