（１４９）

　数発の銃声が、礼子ら３人の背後から頭上を抜けて発射された。
　放った弾が、康平を捉える。
　反射的に、恭平と修平が男に銃弾を浴びせていた。

　礼子は、何が起こったのか頭の整理がつかないでいた・・・・
　スローモーションのように岸壁から海に向かって落ちていく康平・・・・・・
　ボディーチェーンが康平の手から落ち岩に引っかかった。

＜・・・れ、礼子っ・・・・・・・亜・・美・・・・・・・・・・・・・・＞

「イ、イヤァァァァァァァァァァーーッ！」

　礼子が、必死で康平のほうに走っていく。
　追い掛ける恭平と修平・・・・
「礼子さん、待つんだっ！」
　恭平が、ギリギリで追いつき礼子を制止した。
「離して、離してぇーーっ、康平ぇぇぇぇぇーーっ！」
　狂ったように泣き叫ぶ礼子・・・・
　礼子を抱きかかえる恭平を猛スピードで抜き走っていく修平・・・・
　恭平が大声を出す。
「修平、頼むぞっ！」
　修平は、岸壁の下を見ると、躊躇せずに海に飛び込んだ。

「・・・・・・・お、お義兄さん・・・・・こ、康平・・・が・・・」
　恭平は礼子の言葉に唇を噛む・・・・
「・・・・・ゥ・・・・・大丈夫・・絶対に・・・・絶対に無事だ・・・・・」
　礼子は、朦朧としながら立ち上がると、ゆっくり岸壁の方に歩き出した。。
　恭平は、礼子の腕を離さぬよう一緒に歩き出す。

　康平の手から落ちたボディーチェーンを拾う礼子・・・・・
　礼子は、静かに下の海を覗いた・・・・

＜・・・康平・・・・康平・・・生きてるよね・・・・・＞

　恭平は、念じるように小声で叫ぶ礼子の言葉に顔を崩した・・・

（修平っ、康平を・・・・）

　１時間が経過した。　
　まだ、修平は、戻ってこない。
　恭平は、礼子に声を掛けた。
「礼子さん、ここは身体が冷える。向こうで待ってよう。」
「・・・・お義兄さん、いいんです。ここで・・・ここで待ってます。」

　恭平は、礼子の言う通りにした。
　更に１時間半が経過した頃、ズブ濡れになった修平が崖脇の岩木を攀じ登って戻ってきた。
　礼子と恭平を見ると、すまなそうに下を俯いた。
　歯を食いしばって拳を握り締める恭平・・・・

　礼子が、恭平の一瞬の隙をつき崖に向かって走り出す。
「礼子さんっ、やめろーっ！」
　修平が、猛ダッシュしダイビングしながら礼子の腰に飛びついた。
　岩に転がる礼子は、大暴れしながら泣き叫んだ・・・
「離して・・・・後生だから・・・・離してぇぇぇぇ・・・ゥゥゥゥ・・・私も、私も康平と・・・・・康平がいないと生きていけないぃぃっ・・・」
　恭平は、礼子の手をとって起こした。
　修平も立ち上がる。
「・・お義兄さん・・・死なせて・・・・・私も・・・・・死な・・」
　恭平は、礼子の頬を叩いた。
「亜美はどうするんだっ！・・・・康平の意志はどうするっ！君と康平が愛し合った気持ちを亜美に伝えないで死ぬのかっ！」
　礼子は、恭平の言葉に膝を付いて泣き崩れた。
　修平も恭平に続いて礼子に言葉を掛ける。
「礼子さんが死んでも康平は喜ばないよ。」

　修平が礼子を抱き起こす。恭平も礼子の肩に手を掛けた。
　二人は、礼子を両脇から挟むように抱きしめた。
　恭平と修平の目からは、大粒の涙が止めどなく流れだしている。

　３人は、岸壁に背を向けゆっくりと歩き出した。
　その時、波が岩に当たる音で恭平と修平が、ほぼ同時に後ろを振り向いた。
「お義兄さん、後ろを振り向かないで・・・・・康平は・・・康平は絶対に・・・」
　恭平と修平は、礼子の肩を強く握り締めて応えた。
「・・・ああ・・・・そうだ・・・・・生きてるっ！」

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　礼子は、恭平らに送られ実家に到着した。
　すでに優子には康平の事を話しておいた。

　優子が涙を必死で堪えながら亜美と手をつないで家の中から出てきた。
「ママ、おかえりぃー。」
「・・あ、亜美・・・ただいま。」
「あれぇ、パパは？」
　礼子は、心臓が破裂しそうだった。
　奥歯で舌を噛み気持ちを押さえようとする・・・・
「・・パ・・・・パパね・・・・・急に仕事が出来ちゃって仕事で、外国へ・・・・外国へ行っちゃったの・・・・・」
「えぇー、さっき電話で迎えに来るって言ってたのにー。」
　優子が我慢出来ずに家に飛び込んでいった。
　恭平と修平も背を向けて涙を隠している。
　礼子は亜美を抱きながら諭すように亜美に囁いた。
「明日から、ママと頑張ってパパの帰りを待ちましょう。・・・・ねっ亜美っ。」
「・・・・うん、わかったぁ。」
「ちょっと、ここで待っててね。」
　礼子は、亜美を外に待たせて家に入っていった。
　修平が気を利かせて亜美を抱き上げる。

　礼子の母と姉の優子が入ってきた礼子を抱きしめた・・・・
　大声で泣く礼子・・・
　礼子の母が、優しく背を撫でながら囁いた・・・・
「れ、礼子・・・気張るんだよ。いいかい、気張るんだよ。」
　礼子は、母に抱きついて何度も何度も頷いた。
「・・・解ってる・・・・・解ってる・・・」

　礼子は、今後の事を母親に話して実家を後にした。
　恭平と修平が、礼子と亜美、そして優子を車に乗せて走り出す。
　亜美は、優子の膝の上で無邪気そうに寝息を立てている。
　亜美の寝顔を礼子は、じっと見つめた。

（亜美、ママは・・・ママは頑張って生きるわ。・・・・・あなたと・・・・パパのために。）

−　１週間後　−

　恭平が、空港に向かう前に礼子に話をしてきた。
「礼子さん本当に墓は作らないのかい。」
「ええ、康平を確認したわけじゃないし。それに仏壇もつくりません。」
「そうか。・・・・わかったよ、礼子さん。」
「お義兄さん、色々とお世話になりました。」
「・・・・礼子さん、静江を連れてまた来るよ。」
「はい。楽しみに待ってます。今日は見送りにいけなくてすみません。」
「いいんだ。俺も辛いから・・・・亜美にも黙って行くよ。」
　恭平は、礼子の肩をたたいて頷いた。
　礼子も無言で頷き返す。

　恭平が出て行くと礼子は静かに溜息をついた。
　さすがに疲れたのであろう。
　礼子は、昨日まで康平に関係する人たちに報告がてら挨拶をして廻っていたのだ。

　センターでは、東堂や黒田をはじめ美紀や恵美子が泣き崩れていた。
　仲人を頼んだ遠藤も手を膝について低く唸っていた・・・・

　製鉄では、社長が肩を落とし北原と立川が目頭を押さえて言葉を発せないでいた。

　仁美・・・・愛子・・・・恭子・・・・そして澪と全員が、信じられないと身体を震わして涙していた。

　甲斐といえば、顔を真っ赤にして壁を殴り続け礼子が止めに入ったくらいだった。

　礼子は、色々な事を回想しながら寝室に入っていった。
　無造作にボディーチェーンがベッドに置かれている・・・・

（・・・・・康平・・）

　礼子は、着ているものを全部脱いでボディーチェーンを腰に取り付けた。
　チェーンについているプレートを上に向けて文字を読んでみる。

　このプレートは、礼子がハーバーの吉竹の件のときに康平に対して永遠の愛を誓うために自ら作ったものだった。

　Reiko is Kohei's thing.　
　Kouhei is loved forever

（私は、康平のもの。貴方を永遠に愛します・・・・）

「・・・・康平、私たちは、いつでも一緒よ。」

　礼子はベッドに寝転んだ。

（・・・康平・・・・愛欲の向こう側を・・・・見る事が出来なかったね。）

「・・ゥッ・・・ゥゥ・・・・・・」
　礼子は、思い出したように涙を流し続けた・・・・・

　どれくらい泣いただろうか・・・
　知らず知らずのうちに寝入っていた。

（康平さん・・・・康平さんと一緒になれないなら・・・・私・・・死ぬ。・・康平さん、・・・好きっ、・・好きなの。一緒に・・・私と・・・）

（礼子、俺は、お前のために存在してるんだ。そしてお前もだ。）

（・・・・・私・・・）

（俺は、今、お前に言わせてしまった事を後悔している。）

（・・・俺が言うべき事を・・お前に・・・・・一緒になろう・・俺と・・。）

（・・本当・・・本当に・・・・・・）

「康平、女の子よ。」
「そうか。女の子か。」
「男の子が良かった？」
「いや、無事に生まれてきたんだ。どっちでもかまわないさ。」
「・・・・康平、名前は何て付けるの？」
「亜美・・・ってどうかな。前から考えていたんだ。」
「あみ・・・亜美か・・・いい名前だわ。」
「これから二人で一生懸命、亜美を育てよう。どんなに辛くても亜美の前では泣き顔を見せずに、笑顔を絶やさない家庭でいよう。」
「うん。・・・でも私たちに似てＨになると困るわね。」
「いや、それは有り得る。」
「ウフフッ・・・」

「私、最近よく思うの。私たちは前世も前々世も絶対に夫婦だったって。」
「・・・・・ああ・・・・・そうかもな。」
「康平が何も喋らなくても、考えてる事が全てわかるわ。」
「それは、おれも同じだ。」
「お互いＨなところもね。」
「クッ、クックッ・・・・それは間違いなく言えるな。」
　康平と礼子が向き合って笑っていた・・・・・

　夢を見ている礼子の泣き顔が、ゆっくりと、ゆっくりと笑顔に変わっていった・・・・　うわ言のように礼子が呟く・・・・・・

（また、生まれ変わっても・・・夫婦になれるよね・・・・康平・・・・）