（１５０）

−　１年後　−

「亜美ちゃん、凄い上手ねー。」
　美紀が亜美の歌を聞きながら感心していた。
「ホント、歌手になれるんじゃない。」
　恵美子もワインを飲みながらテレビに向かって歌っている亜美を褒めた。
　美紀と恵美子は毎日のように家に遊びに来ていたのだ。

「美紀さん、恵美子さん、忙しいのにゴメンね。もう、私も大丈夫だから気を使わないでね。」
「何言ってるのよ礼子さん、私たちが来たいのよ。」
「・・・・んー・・・そぉう？・・なら良いんだけど、悪くって・・」
「全然、大丈夫ですって。ね、恵美子っ。」
「そうそう、それに礼子さんや亜美ちゃんといると局長の雰囲気が私達に伝わってきて嬉しいのよ。」
　礼子は恵美子の言葉が嬉しかった・・・
「・・・・・・恵美子さん・・・・ありがとう。」

　美紀や恵美子に限らず、休みの日には、愛子や澪も礼子を映画や食事に誘ってきた。
　そして月に1回は、康平と共にした女性が家に集まるのが恒例となりつつあったのだ。

　礼子は、心の中で皆に感謝していた。

（康平、皆が私と亜美に生きる勇気を与えてくれるわ。）

　礼子は、零れた涙を拭くと亜美の隣りで一緒に歌いだした。
　美紀と恵美子も、それを見て一緒に歌いだす。
　４人は、いつのまにか大騒ぎで、はしゃぎ始めた・・・・・・

　そこへ、愛子が、大きな声をあげて家に入ってくる。
「もぉーう、礼子さん、呼んでも出てこないんだからー。」
「あ、愛子さん、ゴメーンっ。」
　美紀も愛子に気付き言葉を掛けた。
「愛子さん、いらっしゃーーい。さぁ歌うわよーっ！」
「え？・・・な・・・・・・・」
　愛子も場の状況を察すると即座に参加した・・・・・・

　数分後には、甲斐と澪も現れた。
「えぇー、今日はどうなってんの？」
　礼子が、不思議そうに声をあげる。
「おう、礼ちゃん、康平の好きなバーボン持って来たぞ。飲むかい？」
「・・・・・フフッ、相変わらずねぇ・・・じゃ、つくってもらおっかな。」
　美紀が大声を発した。
「さぁー、こうなったら今夜は大宴会よーっ！愛子さん、飲むわよーっ！」
　礼子は、嬉しさで胸がはちきれそうだった。

　礼子がボードに立て掛けてある康平の写真を見つめた・・・・

（康平・・・見てる？・・・・・・・・私は、辛くはないわ。）

＜礼子・・・・・そうだ、それでこそだっ！＞

「えっ？」
　確かに礼子には、康平の声が聞こえた。

（こ、康平？・・・・・・康平、・・・・・・生きてるよね・・・きっと・・・どこかで・・・）

　礼子の心の奥深くに康平は、必ず存在している・・・・・・
　これからも・・・・・ずっと・・・・ずっと・・・・・・
　
　礼子は、康平の写真に向かって満面の笑顔を投げ掛けた・・・・・・

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−　１３年後　−

　太平洋グループのセンターに新しい職員が配属された。
　センター長の遠藤が全員を集めて新人紹介の報告を始めた。
　本社からは、本部長の東堂と黒田も同席している。

「みんな、新人を紹介しよう。」
　遠藤の隣りには、地味ではあるが背が高く華麗にスーツを着こなした
　女豹のような精悍さを醸し出す一人の女性が立っていた。
　センター長の遠藤が新人を前に出させる。

「みんな、この４月から製鉄の総務部から当センターに配属された荒尾亜美君だ。」

　全員が亜美に注目した。
　遠藤が亜美に挨拶を促す・・・・・

「荒尾君・・・・・・皆に挨拶を。」
「はい。」
「・・・・みなさん、始めまして。ただいま遠藤センター長から御紹介を受けました荒尾亜美です。・・・・・・・・・どうかよろしくお願いします。」
　全員から拍手が沸く中・・・・亜美の顔が更に精悍さを増した・・・・

「・・・・それから・・・・・私の目標を聞いてください
　・・・・・・・・・私の・・・・・私の目標は・・・・・・・・・・」
　全員が静まり返る・・・・
　東堂と黒田の握り締めた拳に力が入った・・・・
「私の目標は・・・・・・・・・この太平洋グループのセンター長になる事です。」
　亜美の言葉を静かに聞いていた遠藤の目からは大粒の涙が流れ始めた・・・・・・

（・・・・亜美君、・・・・・・・・・よくぞ・・・・言った・・・ぞ！）

　センター員からは、盛大な拍手と共に亜美を温かく迎える雰囲気が伝わっていた。

　東堂と黒田の目からも涙が溢れている・・・
　黒田が東堂に話し掛けた。
「東堂っ・・・・・・・亜美ちゃんが・・・・」
「ああ、・・・・先輩とそっくりだ。雰囲気がまるっきり先輩と一緒だよ。」
「・・・・・・東堂、俺たちの役目は何だ？」
「フッ、黒田、お前・・・・・俺と同じ事を・・・・・解ってるだろ言わなくても。」
「・・・・・・ああ・・・・・そうだな。」

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　亜美は、初日の研修と業務を終えセンターを出た。
　外では、礼子が亜美の終業を待っていた。
　センターから出てくる亜美を確認した礼子が声をあげる・・・
「亜美っ！」
「あ、お母さん。どうしたの？」
「センター出勤初日でしょ。お祝いに食事でもしようと思って。」
「わぁー、ありがとう。お腹ペコペコなの。」
「で、どうだった？」
「うん、まだ研修期間だから特には・・・・。」
「そうかぁ。でも、お父さんみたいになるまでには相当な時間が掛かるわよ。」
「うん、解ってる。でも・・・・でも頑張るわ。」
　礼子は、微笑みながら亜美に頷いた。
「さ、お母さん、行こうよ。」
「そうね。ね、何食べたい？」
　礼子と亜美は、あれこれと喋りながら肩を並べて大通りに向かった。

　街は会社帰りの人間で混雑している。
　二人は、楽しく会話をしながらグルメ街通りに入り店を選ぶ事にした。
「そこの横断歩道を渡りましょう。」
　礼子の言葉に頷きながら亜美が話しの続きを喋りだす。
　その時、歩道の中央あたりで、礼子と亜美は一人の男とすれ違った。

　その瞬間・・・・

　礼子と亜美の身体に稲妻の様な電流が頭上を抜けていった・・・・・

「・・・こ、康平っ！」　　「お父さんっ！」

　振り向きざま、すれ違った男性に声を発する礼子と亜美・・・・

　男は、礼子らの声に動じることなく歩いていってしまう。
　やはり違ったのだろうか・・・・・・

　同時に声を発した礼子と亜美が顔を合わせた。
　亜美が呟く・・・

「ま、まさかね・・・・・・」
　礼子は、男を見ながら亜美に答えた。
「・・・・・・・・そうよ・・・ね。」　　

（で、でも・・・・・・あの髪の色・・・・・）

　そして、横断歩道は赤に変わった。
　それでも気に掛かったのだろう、礼子は横断歩道の中央安全帯で立ち止まって男の後姿を追った・・・

（・・・・・・・・・）

　男の顔は、よく見えなかった。
　すれ違った男のジェットブラックの頭髪が風で揺れる・・・・
　男は、歩きながら親指で鼻の頭を擦った・・・
　それは、昔から康平がよくやる癖だった・・・・・・

「えっ！」

（・・・・康平っ・・・・康平よ・・・・康平だわ・・・・・・・・）

　礼子は、ふらつきながら道路に歩み出る・・・・
　車のクラクションが、けたたましく鳴り響く・・・
　亜美が慌てて礼子の手を引っ張った。

「お母さん、危ないわよっ。どうしたの？」

　礼子は思った。亜美も自分同様、すれ違った時に身体全体に何かを感じたのだ。
　あの二人同時に受けた感触は絶対に偶然ではない・・・・・
　礼子は、康平に違いないと確信した。
　大声で礼子が声をあげる。

「康平ーっ！」
「ちょ、ちょっと、お母さんったら・・・・・」
　男は、礼子の声で、一瞬、ピクリと肩を震わせ立ち止まる。

　礼子は、自分の声で確かに男が反応した事を確認した。

（間違いない、康平よ・・・・・・絶対・・・・）

　もう一度、礼子は男に叫んだ。

　しかし・・・・・・・・・・

　男は礼子の声に振り向くことなく
　吸い込まれるように人ごみの中へ消えていった・・・・・・・・

「・・ぃ・・いやーっ・・・ま、まって・・・康平ぇぇぇぇぇぇぇぇーーー！」

　第一章　　完