（５）

　一行は、車に乗り込むと家路を急いだ。
　礼子が、仁美や恭子、そして姉の優子に電話を絶え間なく掛け続けている。
　製鉄の北原や立川にも電話した。
　黒田と東堂は、到着してからもう一度電話すると言っても今から康平の自宅で待っていると言い張った。

「みんな元気でやってるんだな。嬉しいよ。」
　恭平が囁く・・・
「康平、俺も国連を退職して日本に帰ってきたんだ。久美子も一樹たちも既に家に行ってるだろう。」
「そうか。早く会いたいな。」
修平も話し始めた。
「静江もいるぞ。そう言えば、お前がいなくなってから二人目が生まれたんだ。」
「ああ、お腹にいるって言ってたな。また男かい？」
「いや、女の子さ。真央っていうんだ。今日がお前と初対面だぞ。」
「そうか、義姉さんに似てると美人だけどな。」
「バカやろっ・・どういう意味だ。」
　車の中が会話で騒がしくなってきた。
　また昔どおりに戻ってきたのだ。

　礼子が康平に伝えた。
「さっき電話をかけたら、みんな半信半疑だったけど凄く喜んでたわ。」
「そうか・・・・皆もそうだが、お前と亜美には辛い思いさせてしまったな。」
「・・・康平・・・・そんな事・・そんな事言わないで・・・」
「・・・・１３年分の穴を出来るだけ早く埋めたいよ。」
「康平、とりあえず当分は心のリハビリが必要と思うがこれからどうするつもりだ。仕事には復帰するのか？」
　修平の質問に、礼子と亜美も、その答えを聞きたかった。
「ああ、・・・俺もさっきから、それを考えていたんだが・・・・・仕事には、戻るつもりは無いんだ。これからは・・・俺は・・・・」
「・・・・・・・」
「礼子と、・・・・究極の探し物をしたいと思ってる。」
　恭平も修平も・・・そして亜美も意味が解らなかった。
　しかし、礼子だけは、康平の言葉を理解していた。

　昨日、美紀に語ったとおりの言葉を康平も思っていてくれた事に礼子は心の奥から嬉しさが込み上げてくる。

「ま、再スタートだ。お前の好きにするがいいさ。」

　康平は、思い立ったように皆の近況を聞き始めた。
「礼子、お前仕事は？」
「まだＩＫ観光に・・・今、広報部長なの。」
「へぇー、凄いな。」
「・・・そんな事より亜美がどこに就職したか知ってる？」
「・・・どこだよ？」
「太平洋グループよ。」
「え、そうなのかっ？」
　亜美が康平を見つめて頷いた。
「それもね・・・この４月からセンターに配属になったのよ。」
「えぇっ！」
　亜美が康平の手を握り締めた。
　康平が亜美を見つめる。

「そうか・・・・そうなのか・・・・亜美・・・」
「びっくりした？お父さん。」
　康平の目には涙が浮かんでいた。
　照れ臭そうに目をそらす亜美・・・・
「亜美・・・パパって呼んでみろ。」
「え・・えぇっ・・・・は、恥かしいわ・・」
「いいから言えって。」
　礼子は、笑いながら康平に持たれかかっていた。

「んーむ、オッパイも大きくなったし本当に綺麗になったな。お前も母さんと同じようなパンツ穿いてるのか？彼氏は？」
　亜美は、真赤に顔を染め康平の耳を引っ張った。
「あたた・・たっ・・」
　修平が、溜息をつきながら康平に呟く・・・
「康平、そう言う話は家に帰ってからやれよ。さすがに、俺も恥かしくて聞いとれんぞ。」
　車の中は、笑い声で埋まっていった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　数時間後、康平らの車が、家に到着した。
　東堂と黒田が、走りよってドアを開ける。
　康平が照れ臭そうに車から降りてきた。

「せ、先輩っ！」
「・・・・・東堂、黒田、本当に心配掛けた。すまなかった。」

　東堂と黒田は、康平に抱きついて男泣きした。
　康平が、義姉の優子と一男に気付く・・・

「優子さん、義兄さん・・・」
「こ、康平さん・・・」

　優子は、涙で言葉にならなかった。
　一男も康平の顔を見て何度も何度も頷いた。

　さすがの康平も胸が一杯で、なかなか声が出ない

「・・・・・さ、さぁ・・・・・中に入ろうっ。」

　久しぶりの我が家に康平も気持ちが明るくなっていく・・・
　綺麗に片付いた居間が康平を迎える人であふれかえった。

「さぁー、荒尾の帰還祝いだっ！宴会やるぞぉーっ。」
　甲斐が、声を張り上げる。
　全員が康平を取り囲み祝い酒を飲み交わした。

　優子と一男が、亜美を撮った成長記録のアルバムを持ってくると康平に手渡した。
　康平は、ページをめくる度に亜美を見て微笑む。
　次第に涙が頬を伝っていった・・・・・

　重なる酔いにつれ、遂に愛子と恭子が康平の隣りで歌いだした。

　甲斐が、真赤な顔をして康平に恵美子と結婚した事を報告する。

　澪が我慢出来ずに後ろから康平に抱きついた。

　東堂と黒田が康平にピッチャーごと渡し酒を注いでいく・・・・

　北原と立川が康平の復帰を説得していた。

　仁美は、いつまでも康平を見いって泣きやまない。

　同期の大村が、花束を持ったタキシードで現れ皆を笑わした。

　遠藤が美津子を伴い１０年遅れの仲人を依頼しにくる。

　修平が２人目の子を連れて康平に紹介した。
　康平が、娘の真央に無理矢理キスをして亜美に叩かれている・・・

　恭平の妻、久美子も、修平の妻、静江も相変わらずの、やんちゃな康平を見て笑い顔を見せていた。

　そして、礼子は、康平の隣りで、決して腕を離すことなく心と心で康平と会話をしていた・・・・・・・・・・

（・・・・・康平・・・・貴方は、本当に、幸せ者ね・・・・・・）

（ああ、・・・・・礼子、・・・それは俺の側に・・・・お前がいるからだ・・・）

−　数週間後　−

　康平と礼子は、息つく暇もなく連日挨拶をして廻っていた。
　毎日のように康平を祝う宴がおこなわれ、やっと一息つける日を迎える。

　その夜・・・

　康平は、礼子と寝室のベッドに並んで腰掛けていた。
「康平、お疲れさま・・・」
「ああ、本当に疲れた。でも嬉しいよ。」
　康平と礼子は、キャリーボードの上にあるグラスを持つと軽く乾杯をした。

「・・・・・康平・・・・・」
　礼子の小さな呼びかけに康平は、グラスを置いてガウンを脱いだ。
　礼子も着ているものを全て脱ぎ捨てる。

　二人は、立ち上がって向かい合った。
　康平が礼子の手を取り身体を引き寄せる。
　じっと康平を見つめる礼子・・・・
　自然と唇が吸いつけられるように重なっていく。
　その瞬間、突如、春雷が鳴り響き煌煌とした稲妻の光が二人を包んだ。
　礼子の瞳から流れる雫が美しく輝いた・・・

「俺たちの再出発の合図だな。」
「・・・今度こそ・・・見つけれるわよね・・・康平・・・」
「ああ。」
　康平は、礼子を優しくベッドに導いた。

「・・・・・・・・礼子・・」
「・・・・・・ァァ・・・・康平・・・・」

　礼子は、会社に長期休暇を出し康平としばらく旅に出ることにした。
　康平も１３年間空いていた礼子と自分の心のすき間を癒す必要があると感じたのだ。

「じゃ、亜美、俺は、お母さんとＨの旅に出るから頼むぞ。」
「・・・・な、なに、馬鹿なこと言ってるのよ。それより気をつけてね。」
「ああ、お前も留守中、変な男と遊ぶんじゃないぞ。」
「もぉー、いい加減にしてよ、お父さん。」
　康平の顔が真剣になった。
「ま、冗談はさておいて、俺たちと、お前のセンターでの出発が偶然にも重なったんだ。亜美、お前は色々な経験を踏むんだぞ。
　頭も心も、徹底的に鍛えあげて俺を追い越すような人間になれ。そして、やりかけた事を絶対に中途半端で諦めない癖をつけろ。いいな、亜美・・・・俺からお前に言えるのは、それだけだ。」
「・・・・・ありがとう、お父さん。頑張るわ。」
　康平は、亜美に、これ以上無い笑顔を投げた。

「じゃ、行ってくる。」
「いってらっしゃい。」

　亜美は、康平と礼子の後姿を見えなくなるまで見つめていた。

　お父さん、お母さん・・・・・やっぱり二人は、お似合いだわ。
　私も二人みたいになる。絶対に・・・・そう、絶対に・・・・・