（３３）

「沙良ぁっ！　早くしろぉー！」
「あーん、待ってよぉ。」
　剛士と沙良は、搭乗手続きをするため空港ロビーに急いでいた。

「だから、早く寝ろって言ったのに。」
「起こしてくれればいいじゃない。」
「アホォー、何度、起こしたと思ってんだっ。」
　二人は、小走りに急ぎながら、そんなやり取りをしていた。

　空港に入った二人は、急いでフロントに走った。
　パスポートを提出し、諸々の手続きを済ませた剛士と沙良は、ギリギリで飛行機に乗り込んだ。
　溜息をつく剛士と沙良・・・・
「フゥー・・・・慌てたぜ。・・・・ったく、お前のせいで。」
　そんな剛士の嘆きに、沙良は全くと言っていいほど無関心だった。
「こらっ、聞いてんのか？」
「え？・・・あ、ゴメン・・・」
　沙良は、剛士と二人だけの渡英旅行に喜びを隠せないでいたのだ。
　沙良は、人目もはばからず、剛士に頭を持たれかけてきた。
「おい、沙良・・・・・」
「こ・う・し・て・いたいの・・・・・」
「・・・・・」
（・・ま、いいか・・・）
　剛士は、もう一度、大きくゆっくり息を吐きながら静かに目を瞑った。

　シートベルトを確認するため客室乗務員が行き来している。
　離陸アナウンスが放送され、飛行機のエンジンが大きく唸りはじめた。

　数分後、飛行機は滑走路に移動をし始めた。
「さぁ・・・飛ぶぜ。」
　轟音を靡かせ飛行機は滑走した。
　心地良いＧが全身を撫でていく・・・・
　剛士と沙良を乗せたヴァージンアトランティック航空機は、定刻通り成田空港を出発し、一路ロンドンへと飛び立った。

「おい、大丈夫か、沙良・・・・」
　剛士は、沙良を心配するものの、笑いながら声をかけた。
「大体、何で、こんなのが空を飛ぶのよ。」
「アホかい、飛行機は空を飛ぶんだよ。」
「さっきから、ガタガタ揺れてるし、時々、落ちるし・・・」
「おまえ、どうやってイギリスから日本に帰ってきたんだ？」
「飛行機に決まってるじゃない。・・その時は、必死だったし、泣いてたし。」
「何度も乗った事あるんだろう。」
「あるけど、いつも、こういう状態だったわ。」
　沙良は、剛士の腕をきつく掴んだまま離さないでいた。
「・・・とにかく離せ。ビールが飲めねぇーぞ！」
「ぜ、絶対落ちない？」
「落ちねぇーよ。たらふく酒でも飲んで寝ろ。」
　二人のそんな、やり取りに隣の中年夫婦がクスクスと笑いを見せていた。

　約１２時間のフライトを終え、飛行機は、ビッグベンを見下ろしながらロンドンのヒースロー空港へ到着した。
　沙良は、剛士の肩に寄り添いながら、ふらついて飛行機から降りてきた。

「ったく・・・お前は・・・どれだけ飲むんだ。」
「だ、だって、美味しかったんだもん。」
「・・・・お前って奴は・・・・とりあえず、ホテルに行くぞ。」
　剛士は、沙良を支えながら手続きを済ませると、タクシーでホテルに向かった。

−　ウィレットホテル　−

　剛士と沙良を乗せたタクシーは、１週間滞在するホテルに到着した。
　堂々としたビクトリア調の内装を見事に保存しながら修復したウィレットホテル。
　レセプションエリアで特に目を引くのは豪華な彫刻を施したオランダ製の土台に立つ金メッキの時計だ。
　ステンドグラスのモザイク、印象的な絵画、そして往年のロンドンの豊かさを物語るビクトリア調のシャンデリアが素晴らしかった。

　沙良も、ホテルに入るなり、一気に元気を取り戻していった。
「キャァー、素敵ぃぃー。」
「確かにな。・・・・・俺も１０年以上いたが、ここに泊まるのは始めただ。」
「私もよ。こんな素敵なホテルで、毎日剛士に抱いてもらえるなんて。」
「な・・・ま、毎日・・・・」
「当たり前じゃない。」
　剛士は、軽い眩暈を覚えながらフロントに向かった。

　ボーイが、二人の荷物をカートに乗せ部屋に案内をする。
　エレベーターから降りボーイに続いて部屋に入る剛士と沙良・・・
　ボーイが荷物を降ろし丁寧にお辞儀をした。

「ありがとう。」
　剛士は、ボーイにチップを渡し礼を言った。
　紳士の国だけあり、ドアを閉めるボーイの仕草までもが華麗である。
　沙良は、ボーイが出て行くと大声で叫んだ。
「キャァァー・・・素敵ぃぃぃぃぃー！」
　沙良は、大ハシャギで部屋を走り回った。
　大きなダブルベッドに木目調のドレッサー、浴室も大理石で豪華さも際立っている。
　剛士は、そんな沙良を見て顔をほころばせた。

「沙良・・・気に入ったか。」
　沙良は、剛士に振り向くと、飛びつくように抱きついてきた。
「剛士・・・キスして。」
「フッ・・・お前は・・・」
　剛士は、沙良の腰を引き唇を合わせた。
　イギリスにきて初めて交わす口づけだった・・・・・
　その時、部屋にコールが掛かった。受話器をとる剛士・・・
「はい。」
『スミス様という方から、お電話が入っています。』
「繋いでください。」
　係員は、外線に切り替えた。

『よおっ、着いたようだな、ツヨシ！』
「久しぶりだな。スミスッ！」
『お前らが、着いたら電話をもらうようにフロントに頼んでおいたんだ。移動用の車のキーをフロントに預けてあるからな。自由に使ってくれ。そうそう、ツヨシ、お前の好きな、グランド・ツアラーだ。走るぜぇ！』
「お、すまんな。」
『ただ、高級車だからな。ぶつけないでくれよ。』
「フフッ、わかった。」
『俺は、まだ仕事だから夜にディナーでもとろう。女房も連れて行くぜ。』
「アリスか。・・・わかった、楽しみにしてるよ。」
『夜、７時にホテルに迎えに行く。まだ時間あるからブラついて来い。じゃぁな。』
「ああ。」
　剛士は、そう言って電話を切った。

「誰？」
「軍時代の友人だ。・・・沙良、疲れてなければ、車で飛ばすか？」
「行く、行くぅーっ。お買い物もねっ！」
「よし、出かけよう。」
　剛士と沙良は、さっそく部屋を出てフロントに下りた。

　ロビーで、スミスが手配してくれた車を出すよう依頼する剛士・・・
「お待ちくださいませ。」
　
　しばらくすると、ホテルボーイが、車のキーを持ちロビーに現われた。
「お待たせいたしました。」

　鍵を預かった剛士は、沙良を連れて表に足を運んだ。
　そこには、ブルーのアストンマーチンが、優雅に二人を待ち構えていた。
「格好いいーっ！　これがグランド・ツアラーっていうの？」
「アストン・マーチンだ。グランド・ツアラーっていうのは、ＧＴと言う意味さ。」
「へぇー・・」
「この、ＤＢ７ＧＴは、最高に快適だぜ。」
　アストン・マーチンは、スポーツカーでありながら快適な長距離走行性能をも備えているまさにアストンマーチンの真骨頂ともいえるグレードだ。

　剛士は、沙良を助手席に乗せてエンジンをふかした。

　最高出力、４３５ｂｈｐ、トルクは５５６Ｎｍあり、すべてのギヤにおけるミッドレンジの加速性能は最高だった。
　ＤＢ７は３速における８０ｋｍ/ｈから１１２ｋｍ/ｈへの加速が僅か２秒で達成されるほどだ。

「さ、行くぞ。」
　剛士はハンドルを切ってアクセルを噴かした。
　重低音のエキゾーストが、身体中に突き刺さってくる。
（・・・ククッ・・・最高だぜ。）
　剛士は、大通りに出るとアクセルを強く踏みつけた。
「うわぁー・・・久しぶりの風景だわ・・・・・」
　沙良の言葉に剛士も外の景色を懐かしがった。
　ヴィクトリア駅を超えるとバッキンガム宮殿だ。
「あ、剛士、衛兵交代やってる。」
「お、久しぶりに見るな。」
　剛士は、車を停めて、その光景を眺めた。
「格好いいわね。・・・」
「ああ・・・・・さ、動くぞ。」
　剛士は、再度、アクセルを踏み込んだ。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　２時間ほどドライブを楽しんだ剛士と沙良は、ホテルに戻ってきた。
「まだ、身体が痺れてるみたい。」
「ハハッ・・・ちょっと散歩するか。」
「うん。」
　剛士は、そのまま沙良と街を歩き始めた。

　二人は、ウエストミンスター大聖堂に寄り、中を少々見学した後、ビックベンを通り抜けピカデリーサーカスを見る事にした。
　ここでは、道化師の卓越した技術とユーモア溢れる演技に笑い
　そしてスリルと感動、更には美しい女性のショーに、二人は大満足だった。

　ピカデリーを見たあと、ナショナルギャラリーへと向かう。
　ここは、トラファルガースクエアに面して建っており、まわりには多くの人が記念撮影をしていた。
「ここも、俺は無縁だったな・・・」
「私は、２、３回来たことあるわ。」
「へぇー・・・」
　二人は、ギャラリーの中に入っていった。
「素敵な絵ばかりね。」
「ああ・・・」
　中は、かなりの展示数を誇る美術館だった。
　ゴッホやモネ、ピカソ、スーラ等、かなりの名画が所蔵されている。
　とても全てを見ることはなかったが、１時間程をそこで過ごした。

「俺には、絵画は、良くわからんよ。」
「フフッ・・・でも、有名な絵を見れるだけもいいじゃない。」
「まあな・・・さて、ホテルへ帰ろうぜ。ディナーに間に合わないぜ。」
「うん。」
　沙良は、剛士の腕を掴んで、身体を寄せながらギャラリーを出た。
　今日から、二人で過ごす一週間、今、沙良の心の中は、幸福感で一杯だった。

（３４）

　剛士は、ＳＡＳ時代の同僚、スミスの招待で、マービンズ・キングレストランでディナーを共にしていた。
　ビクトリア駅から南へ下ったテムズ川沿いにあるレストランで多くの人が毎日のように訪れる人気店の一つである。
　剛士と沙良は、スミス、そして妻アリスと向かい合って食事をしながら楽しく談話を交わしていた。

「ツヨシ、サラは、愉快で美人で楽しい女性だな。」
「ああ、日本でもこの調子だ。」
　スミスの妻、アリスが、沙良に問い掛けた。
「サラは、ツヨシとステディな関係なの？」
「ええ。もちろんよ・・・」
（嘘をつくなっちゅーの・・・他に二人もいるくせに・・）
「独身同士で羨ましいわ。でも、何故、結婚しないの？」
「おい、アリス、失礼だぞ。色々とあるのさ、男と女は。」
　剛士が笑いながら答えた。
「いや、スミス、いいんだ。・・ま、今、俺と沙良は、色んな意味で模索中なのさ。」
　沙良は、剛士の言葉に笑みを見せながらアリスに頷いた。
「おい、ツヨシ、そんなことより飲もうぜ。このワインは、最高に美味いんだぜ。」
　スミスは、剛士のグラスにワインを注いだ。
「ボルドーか？」
「シャトー・オー・ブリオンだ。」
「グラーヴワインで、メドックの第１級の格付されてるワインだな。」
「フッ、さすがに知ってるな。さぁ、沙良さんも・・」
　スミスは、沙良のグラスにも丁寧にワインを注いだ。
　自分の知らない剛士の面々をスミスは、楽しく語ってくれた。

　沙良は、スミスの話に夢中になった。
　特に、剛士がＳＡＳ時代に上げた武勇伝には、ことのほか興味を示した。
「えぇぇー・・・・そ、そんな事も？」
「ああ、ツヨシは、部下の憧れの存在だったんだ。」
「でも、そんなに怖い目に合ってまで・・・信じられない。」
「ツヨシのいた部隊は、対テロリスト専門なんだ。だから普段の任務は訓練ばかりさ。ツヨシがＳＡＳを辞めた時は、世界中のテロリストが、シャンパンを開けて喜んだって噂が、飛び交っていたくらいだからな。デルタフォースにスカウトされた男は、ツヨシくらいだと思うぜ。」
「デルタフォース？」
「ああ、アメリカの対テロ部隊さ。名実共に世界一のテロ専門部隊なんだ。」
　デルタフォースという言葉を聞いて剛士の顔色が、一瞬、翳りを見せた。
　スミスは、しまったという顔をして剛士を見る。
「ツヨシ・・・・すまん・・・」
「ふっ、いいんだ、スミス・・・・もう、とっくに吹っ切れてるぜ。」
　沙良が、剛士とスミスの顔を交互に見ながら首を傾げていた。
　そんな様子を見たアリスは、剛士に問い掛けた。
「ツヨシ・・・サラに話してないの？」
「ああ、理由まではな。」
「話してあげればいいのに・・・今は、サラに夢中なんでしょ。」
「・・・・・・」
「フフッ・・・照れないの。貴方の目を見ればわかるわよ。」
「・・・ま、別に隠しているわけじゃないがな。」
　サラが、二人のやり取りを聞いて呟いた。
「・・・剛士が、奥さんと別れた理由ってこと？」
「ええ。」
　アリスは、剛士の顔を伺いながら沙良に話を始めた。

「ツヨシが、隊を辞めて日本に帰ったのは、自分を吹っ切るためなの。何度も、死ぬ目に合って、負傷しては、入退院を繰り返すツヨシにケイトも、かなり神経をやられていたわ。でもツヨシは、意思が強く責任感があった。部下を育てない限り、絶対辞める訳にはいかないと任務を貫いていたの。休日であろうと夜中であろうと呼び出されればツヨシは出かけていった。でも、たった一人で、家で待つケイトは気が気でなかったのよ。大好きな人が死ぬところなんか見たくない。
　いつも、ビクビクしている、そんな生活に絶えられなくなったのよ。剛士を心配しながら、そんな辛い目に合うなら、いっそのこと別れてスッキリした方がいいと。ケイトは、その事を私に相談に来たわ。」
「・・・・・」
　アリスは、ワインを一口飲み、喉を潤すと話の続きを始めた。

「私は、ケイトを諭したわ。そんな時、まだ在隊しているツヨシにデルタフォースから誘いが掛かったのよ。スミスから聞いたけどツヨシは、強く心を動かしていたみたい。それを知ったケイトは今以上に、危険になる生活に遂にピリオドを打つ決心をしたの。」
「・・・・そんな事が・・・」
「でも、鈍感なツヨシは、ケイトが、そんな悩みを持っているとは思っていなかった。ツヨシが、自分の気持ちを打ち明けた時に、ケイトは、泣きながら思いを伝えたわ。ツヨシは、その時に初めてケイトの悩みと気持ちに気づいたのよ。ケイトの決心は固かった。
　ツヨシは、それを受け入れて離婚したの。でも、ツヨシも自分に対してかなり怒りを感じていたみたい。自分の妻も守れないのに人を守れるかって。ツヨシは、１年後全てを捨て日本に帰ったわ。」
　沙良は、苦笑いをする剛士を見ながら、アリスに話を返した。

「たぶん、私が、初めて剛士と出会ったのは、その頃だと思うわ。私も離婚したばかりで、これからどうしようと悩んでいた時なの。
　仕事帰りに、よく行くグランチェスターのパブで、同じ席で毎日のように、剛士は、お酒を飲んでいたの。いつも哀しい眼をしてた。同じ日本人だし親近感はあったんだけど声は掛けれなかったの。」
「・・・それで、どうしたの？」
　アリスは、興味津々に沙良に尋ねてきた。
　沙良は、剛士を見ると含み笑いをしながら喋り始めた。

「いつの間にか、興味が沸いてきて、・・というか気になる存在になってきたわ。そして、パブに通うのが楽しみになってきたの。私は、行くたびに剛士の席に近づいていったわ。いつもワインを飲んで、帰る間際に、ダンヒルを咥えて。」
「・・・・そ、それで・・・」
「５、６回目くらいだったかな・・・勇気を出して・・・・私から声を掛けたのよ。」
　沙良は、思い出すように、そのときの事を語った。

≪・・・あ・・・あの・・・・≫
　沙良は、恐る恐る剛士に声を掛けた。

≪・・・・・・なんだい？≫
　剛士は、前を向いたまま声を掛けてきた沙良に、そう答えた。

≪毎日、ここに・・・来てますね・・・・≫

≪・・・・・・・それが？≫

≪い、いえ・・日本の方でしょ・・いつも来てるし・・・・・こちらに住んでるのかなと思って。≫

≪・・・・・・≫
　剛士は、軽く溜息をつきながら沙良の方に視線を移した。

≪俺と話しても面白くないぜ。≫

≪そ・・・・そんな事は・・・・≫

≪・・・・・・・・・・・俺に興味があるのか？≫

≪・・・・ぁ・・・あの・・・≫
　剛士は、バーテンダーに指で合図をし、グラスを隣の席に置かした。
　そのグラスに、剛士は、ワインを注ぎ自分のグラスと重ね合わせた。

≪・・・君との出会いに乾杯・・・≫

≪・・・座っていいの？≫

≪・・・・ああ・・・≫
　低い声で、そう呟く剛士に、沙良は、笑みを浮かべて隣の椅子に座った。
　沙良は、その瞬間、剛士の全身から醸し出される不思議な雰囲気に魂を奪われた。

（・・・・え・・・な、何・・これ・・・・）

　包み込まれるような心地良い雰囲気と、別世界に引きずられていくような不思議な感覚に、一瞬、マジックを掛けられたような錯覚に陥ったのだ。
　沙良は、気を取り直して、剛士に色々な話をし始めた。
　剛士は、沙良の問いに、無表情でポツリポツリと答えていく。

　いつの間にか、剛士も沙良の独特な雰囲気に興味を注いでいった。
　その時、剛士は、何日か振りに空いた穴が塞がったような感じを受けたのだ。

≪ほぉぅ・・・医者なのか？≫

≪でも、今は、家の近くの診療所で手伝っているだけ。≫

≪・・・・・・・・さら・・・・沙良っていうのか？≫

≪ええ・・・貴方は？≫

≪・・・剛士・・・伊武剛士・・≫
　そう答えた剛士の眼に沙良は、瞬間に吸い込まれていった。
　この男に抱かれたい。
　沙良は、瞬時に自分の持つ心魂が、そう叫んでいる事がわかった。
　そして・・・

≪・・・・・・ね、・・・・・・私を抱いてみない？≫
　大胆な言葉にも沙良は、恥じらいを見せていない。
　酔いのせいだけではなかった。
　沙良は、本能的に、剛史に抱かれたいと感じていたのだ。
　剛士は、表情を変える事無く沙良を見つめていた。

　そして、数秒後・・・
　立ち上がった剛士は、沙良の腕を引きパブを出た。

「剛士が私の中に入った瞬間、全身に電気が走ったわ。あんな経験初めてだった。」
　沙良は、一通り喋り終えて、ワイングラスを手にした。
　アリスが、興奮気味に胸を押さえながら言い放つ。
「へぇぇー、それは、始めて聞いたわ。」
「それから、毎日会うようになったの。そして毎回身体を求め合ったわ。でも、相変わらず、哀しい眼と、思い耽る仕草は変わらなかったけど。さっき、アリスに話を聞いてやっと解ったわ。自分を責めていたのね。」
　剛士は、苦笑いをしながら沙良の話に耳を傾けている。
　アリスも話の続きをを嗾けていった。

「それから、ずっとなの？」
　沙良は、首を横に振りながら喋り始めた。
「ところが、ある日突然に、剛士の性格が変わり始めたのよ。何かが吹っ切れたように、急に明るくなって。おかしいなと思っていたとき、俺は日本に帰るって言い出すじゃない。」
「・・・・・・それで・・・？」
「黙って帰国しちゃったのよ。物凄くショックだったわ。そんなのあり？・・・・・私はどうするの、って感じ。」
「・・・・」
「私は、咄嗟に自分に答えを出したのよ。着いていくに値する男だって。それ以上に一緒に居たいって思ったわ。追いかけるようにして剛士の後を追って日本に帰国したの。探すのには、かなり苦労したんだけど。」
「へぇー・・・それで、どういう風だったの？」
「フフ・・・あのね・・」
　沙良は、当時の事を回想しながら語り始めた。

　沙良は、何日もかけて、遂に剛士の居場所を突き止めた。
　剛士は、突然現われた沙良に驚きを隠せないでいた。

≪・・・・・さ、沙良・・・・・≫

≪・・・・・・・３週間も探したわ。・・・・黙って行くなんて卑怯よ。≫

≪・・・・・い、いや・・・しかし・・・・・≫

　沙良は、部屋を一通り見渡すとポーカーフェイスで言い放つ。

≪・・・・・で、伊武探偵事務所って何？≫

≪・・・あ、・・・ああ、・・・見ての通りだ。≫

≪ふぅーん。・・・・・私、今日から、ここで、剛士と一緒に生活するから。≫

≪え・・・？　一緒にって・・・お前、仕事は？　家はどうしたんだ。≫

≪そんな事はいいの。それより、別れた奥さんを呼ぶの？それとも他に彼女でも？≫

≪い、いや・・・そんな予定は、全くないが・・・≫

≪じゃ、決定っ！　よろしくね。≫

≪よろしくって、おい・・・・≫

　沙良は、それまで見せていた態度を一変させ、涙を流しながら剛士に抱きついた。

≪剛士っ・・・貴方が好きなの・・・一緒に居たいの。もう、一人は、嫌っ。≫

≪・・・さ、沙良・・・・≫

　沙良は、思いを訴えるかのように剛士の胸で泣きじゃくった。

≪・・・剛士ぃ・・・私・・・・・・≫

　剛士は、泣きながら、そう叫ぶ沙良を優しく抱き返した。

≪・・・迷惑？・・・・・私が居ると・・・迷惑？・・・・・≫

≪・・・・・沙良・・≫

≪はっきり言っていいわ・・その方が諦めもつくし・・・≫

　沙良は、剛士の胸に顔を埋めたまま、そう囁いた。
　剛士は、ゆっくり、そして低く優しい声で囁いた。

≪・・・・・・・・・・・沙良・・・お前の部屋は・・・２階の左側だ。≫

≪・・・つ・・・・剛士・・・・・・≫

　沙良はそこで話を締めくくった。

「フフッ・・・で、今に至ってるってわけなの。」
　アリスは、感動で顔が紅潮していた。
　スミスが、剛士の肩をコツきながらからかっている。
「・・・サラ・・・感動したわ。映画みたい・・・」
　スミスが、顎を撫でながら声を上げる。
「いい話だぜ。よし、もう一回、乾杯しようぜ。」
　スミスの声に全員が、グラスを持った。

　沙良は、黙ったまま、じっと剛士を見つめた。
　剛士は、優しく沙良を見つめ返し、頷くように瞼を瞬かせる。

　スミスが、咳払いをしながら発声に備えた。
「では、ツヨシとサラの、今後の人生がハッピィーである事を祈って・・・乾杯っ！」
　４人の重ね合わせたグラスの音が、レストランに華麗に響き渡った・・・・・・・・