（５５）

「・・・ァァ・・・・・・ゥゥ・・」
　沙良は、ホテルのベッドで、ある男と身体の関係を持ってしまっていた。
　巧みな言葉と、魂までをも奪い取られてしまいそうなキスで、いつの間にか、この男の術中にはまってしまったとしかいいようがなかった。
　たった今、男の分身を奥深くに注ぎ込まれた沙良は、朦朧としていた。

「フゥー・・・・・君・・・凄い名器だね・・・・・」
「・・・・・・ぇ・・・ぁ、、、、そ、その・・・」
　沙良は、まだ快感の余韻に浸って、なかなか声が出せなかった。

　直感的に、沙良は思っていた。
　この男は、決して怪しい男ではないと。
　しかし、時折見せる鋭い感覚と身体中から醸し出される独特な雰囲気に普通の人間ではないと察していた。

（・・・・この人・・・なんとなく剛士と似ている・・・・）

　沙良が、心を許してしまった理由の一つとして、まるで剛士にキスされているような感覚と抱かれた時の感触が、瓜二つだったからだ。
　肌を合わせたときの質感といい、奥深く痺れる心地よさといい他の男にはない特殊な感覚だった。
　男は、煙草に火をつけると、沙良に質問をしてきた。
「ところで、君は何故、あの男を調べていたんだい？」

　沙良は、四郎からの依頼を受けて、ある会社の重役に接触しようとしていた。
　難しい仕事ではあったが、剛士は、ＳＡＳ時代の同僚が病死し、６日前から葬儀でイギリスに帰っていたため、止む無く単独で行動していたのだ。
　沙良は、その重役の身辺を洗って剛士が帰ってくるまでに資料を作成しておくよう言付けられていたのだ。

「え・・ええ・・・ちょっと・・・・」
「君は、興信所の人だろ？」
「・・・・・・」
「ハハ、顔にそう書いてあるぜ。」
「わ、私・・・・」
「いや、俺は、別に君を詮索してるわけじゃないよ。」
「・・・・・」
「君が調べていた男性は、私の会社の上司でね。」
「ぇ・・ええっ！」
「はは、ゴメン・・・でも、誘ったのは君が綺麗だったし俺の本能がせっかくのチャンスを無駄にするなってね。」
「・・・・・」
　沙良は、少々、男を警戒し始めた。
「そんなに、怒った顔をするなよ。間違っても君の敵ではないから。」
「・・・・・な、なんで、そんな事がわかるの？」
「俺は、人の心が読めるんだ。君を見て悪意はないと判断したのさ。」
　沙良は、男を見ながら、慎重に質問をしていった。
「なぜ・・・私が、貴方の上司を調査してるって解ったの？」
「俺も社内で、そう言う仕事をしていてね。その上司を調べていたんだから気づくさ。」　怪訝そうに男を見つめる沙良・・・・
「・・・そ、そういえば・・・・名前を・・・・まだ・・・」
「あ、これは失礼・・・俺は、太平洋製鉄の建設部設計課長で荒尾康平というんだ。」
「太平洋製鉄・・・・荒尾・・・康平・・・」
「君は？」
「さ・・沙良・・・清水沙良・・・探偵事務所の者です・・」
「沙良か・・・いい名前だね。」
「・・・・ど、どうも・・・」
「君が調べていた上司は、社内でも評判のゴロツキで有名なんだ。社外に暴露される前に阻止する役目を俺が任されてるって訳さ。」
「・・・そうなんですか。」
「俺はてっきり、邪魔が入ったと思って、その真相を調べるため君を誘ったんだ。」
「しかし、それとは別に正解だった。素晴らしいセックスが経験できたからね。」
　そう言って笑う荒尾康平の笑顔に、沙良は自然と吸い込まれていった。
　とりあえず、敵でもなく邪魔者でもない事はわかった。
　沙良は、理由がわかり、やっと胸を撫で下ろす事が出来た。

「それで、君は、なぜ、うちの本部長を？」
「ぇ・・・ええ・・・実は、民政党代議士の松山里美が、その本部長の田口とグルになって工業団地開発区域に予定されている土地を不正に買い取ってる噂があるんです。その事実を掴むために私は身辺調査で。」
「やはり、そうか・・・・」
「え？」
「この工業団地にしようとする土地は、我社が買収しようとしてるんだ。当然、買収する金額は相当な額に上る。奴らは、それを事前に買い取り更に、他人名義で土地を売り、金を手に入れようとしてるわけさ。」
「それを事前に知ってるから・・・・田口は・・・」
「だろうね。」
「依頼者は、とにかく困ってて、証拠を掴めば自分の土地も不当に買収されずに済むんです。」
「我社は、正規レートで取引するし事前承諾も受けてるんだ。ところが、先月に入って土地名義人が、ゴロゴロ変わるから俺も上部から命令を受けてね。それで、追ってたって訳さ。」
「そうだったんですか。しかし、自分の会社を出し抜くなんて。」
「ああ・・・とんでもない男さ。それに、田口は、松山代議士と不倫の仲なんだ。」
「えぇぇーっ・・・」
「松山は、○○２区から選出された新人代議士だ。まだ３０代の若さで自分の事務所を拡大させる資金もなく活動費も手薄なはず。恐らく田口のテコ入れで、今回の事を計画したんだろうな。」
「山分けするってこと・・」
「それもあるが、田口自信、松山と親しい間柄である以上、色々な面で仕事もやり易くなる。それに結構・・・あっち方面も好きなようでね。」
「・・・・・・そういう事なのね・・・」
「代議士になった以上、公に男と遊ぶわけにもいかないからね。田口は、４０代後半なんだが、絶倫って噂もあるらしくてセックス好きの松山にとっては、極秘で会う必要のない男さ。」
「・・・・・なるほど・・」
「田口は、何かある事に、松山の名を出して俺には代議士のバックが居ると豪語していたからな。ま、田口を太平洋グループから追い出すいい機会だ。」
「・・・ぁ・・・あの・・・」
「フッ、俺は、黙って見ているとしよう。君のお手並み拝見だ。」
「・・・・・・」
「証拠を掴んで、それを渡してくれたら、当社からも礼金を払わせてもらうよ。それに、田口を我社から追い出せるし、松山を失脚させる事が出来るんだ。」
「・・・・え？・・・・・」
「松山は、代議士に向かないんだ。今以上に田口を利用して太平洋に介入しようとしている。田口の退職金分全てを報酬料にしてもいい。」
「・・・・・で、でも・・・」
「ま、考えておいてくれ。それより、もう一度君を抱かせてくれないかな？」
「え・・え？」
　康平は、返事を待たずに、沙良に覆い被さっていった。
「ァンッ・・・・イ、イヤァ・・・私は・・・・アァァァァ・・・」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

−　翌日　−

　沙良は、イギリスから帰国した剛士を空港まで迎えに来ていた。

「ほぉー・・・あの女狐代議士だったか。」
「ええ。大体の事は調べ上げたけど、証拠を掴まないと。」
「まあ、間違いはないだろうが、ああいう連中は、なかなか尻尾を出さないぞ。」
「うん。・・・・どうしよう。」
「その土地自体は、四郎の店にくる客の持ち物なんだろう。」
「うん・・でも、かなり強引に買い取られてるみたい。」
「暴力団を使ってるのか？」
「四郎さんの話だと、そうみたいね。」
「・・・・ま、今回は、俺がやるか。」
「お願い、そうして。」
「ま、ここまで調べたんだ。お前にしては上出来だ。」
「・・・・・」
　沙良は、昨夜、荒尾康平に抱かれた事を剛士に言うまいか迷っていた。

≪んー・・・君とは、お付き合いを続けたいな・・・≫
≪・・・ご、ごめんなさい・・貴方も素敵だけど・・貴方以上に好きな人が居るの。≫
≪・・・・ははっ・・・だろうな。・・・しかし・・・残念だな。≫
≪貴方・・・私の好きな人と似てるの・・・≫
≪そう・・・それは、光栄だな。≫
　沙良は、車を運転しながら昨夜の別れ際の会話を思い出していた。

「どうした？　急に黙って・・・」
「え？・・・ぁ・・うぅん・・・別に・・・」
「何だ、言えよ。」
「え・・ええ・・・・・」
　沙良は、昨夜の康平の言った条件だけを話す事にした。
　剛士は、黙って沙良の話を聞いていた。

「なるほど・・・太平洋製鉄といったら太平洋グループのメイン会社だからな。」
「そうなの？」
「ああ。あそこの会社は、品が良い。それに若手も優秀だ。証拠掴んで警察に渡すより、そっちの方が、面白いかも。」
「・・・・」
「それに、報酬も魅力だ。・・・クククッ・・」
「フフッ・・依頼人からのダブル報酬だしね。」
「ああ。・・・・ところで、何で、その男と接触できたんだ？」
「その人も田口を丈夫の依頼で調査してたんだって。」
「なるほど・・・あれほどの大会社だから、組織的に、そういう事もするだろうな。」
「かなり、優秀な人みたいよ。」
「何で、知ってるんだ？」
「え・・ええ・・・そ、それは、その・・調査中に・・色々あって・・・・」
「・・・ふぅーん・・・なるほど・・・・ま、いいが・・・」
　沙良は、それ以上詮索してこない剛士をチラチラと見ながら不審に思っていた。

（何か疑われてるかも・・・・）

（・・・沙良の奴、また何かあったな。・・・その男か・・ククッ・・）

　剛士は、笑いを押し殺して煙草に火をつけた・・・・

　その後、剛士は、５日間かけて情報を収集し作戦段階に入っていた。
　剛士は、事務所に幸三を呼び出し、その打ち合わせをしていた。

「兄貴、難しいですよ。自宅には常時秘書が居ますし。」
「確かに・・・誰かが必ず居るからな。・・・・何か、いい方法はないか？」
「・・・・・んーっ・・・俺には・・・」
「とにかく、会話を録音しない事には証拠にならない。話をするのは、二人きりの時しかないはずだからな。とすると、松山の自宅が一番可能性が高いはずだ。」
「でも、兄貴の調査だと、松山は、結構エッチ好きだってことだしホテルにでも入った時に、チャンスがあるんじゃないですかね。」
「そんな、いつ入るか判らないのを待ってる事は出来ん。」
「・・・ま、そうですけど・・・・・電話盗聴は駄目ですかね？」
「電話では、そう言う極秘的な話はしないと考えた方がいいだろう。」
「ですかね・・・」
「ああ。・・・・やはり、自宅に盗聴器を仕掛ける事を考えようぜ。」
「ええ。」
「幸三、とりあえず、精密な盗聴器を作っておいてくれ。」
「判りました。何種類か作っておきます。」
「頼むぞ。」

　しかし、そうは言ったものの、相手が相手だけに自宅侵入することは非常に困難である。
　あと数日で、土地買収契約が、打ち切られるため時間は残り少ない。
　剛士は、冷静且つ慎重に作戦を練り始めた。

（５６）

−　翌日　−

　剛士と沙良は、駅前通りを二人で歩いていた。

「剛士、いい手浮かんだ。」
「ああ・・・とりあえず田口自身に盗聴器を取り付ける。」
「えぇっ・・・出来るの？」
「奴が常に身に付けてるものにな・・・・」
「何だろう？」
「それを調べる必要がある。」
　剛士と沙良は、そんな会話をしながら歩道を歩いていた。

「ちょっと、そこの自販で煙草を買ってくるから待っててくれ。」
「うん。」
　沙良は、少し離れた歩道に向かい、手すりにヒップを預け剛士を待った。
　隣には、小さな女の子を連れた沙良と年恰好が同じくらいの母親が誰かを待っているようだった。
　剛士は、コンビニ店の前にある煙草自販機に歩いていった。
　煙草自販機でダンヒルを買おうとしたが先客が居た。
　ゆっくりと近づく剛士・・・

（ち、３つも自販機があるのに同じ煙草か・・・・・早く買えよ・・）

　その時、煙草を買っているその男が、背後にいる剛士に何かを感じたのか、強烈な気を現わした。

（！・・・・・）

（・・・ん？・・・・・・この男・・・）

　剛士も全身を緊張させ丹田に力を入れていく。
　その男と剛士の間に、切り裂けるような気がぶつかり合った。
　煙草を買っていた男が、釣銭をポケットに入れながら、ゆっくりと剛士に振り向いた。
　まるでスローモーションのように、二人は視線を合わせていく。

「ん？！・・・・・・え・・・い、伊武っ・・・」
「？・・・・・・・！・・荒尾かっ。」
　剛士と康平は、お互いビックリした表情で暫し見合っていた。
　自然と手が伸び握手を交わす二人・・・
「お前・・・・日本に帰ってたのか？」
「ああ・・・５年前にな。」
「久しぶりだ・・・礼子も、そこに居るんだ。」
「何、そうか。」
　視線を歩道に居る礼子の方に向ける康平・・・
　その時、康平は、礼子の隣に居る沙良に気がついた。

（ん？・・・あれは、昨夜の・・・・・な、なんで・・）

　歩道の手すりに歩いていく康平と剛士・・・
　康平と剛士に気づいた礼子は、剛士を見て驚いた顔をしている。

　一方、沙良も、昨夜抱かれた男が剛士と一緒にこちらに歩いてくるのを見て心臓が、激しく鼓動し始めた。

（えぇぇぇぇー・・・マ、マジ・・・・）

　４人が、一斉に声を上げた。

「礼子っ、伊武だ。」　「沙良っ、紹介するぜ。」
「つ・・・剛士・・・その人・・」　「・・剛士さん・・」

　同時に声を掛けた４人は、不思議な顔で顔を見合った。

「え？」　「何っ？」　「は？」　「えぇ？」

　またしても同じように、声を上げる４人・・
　暫し、沈黙の後、康平が剛士に声を掛けた。

「い、伊武・・・この女性は？」
「ああ、今、探偵事務所をやってるんだ。で、彼女がアシスタントをしてる。」
「・・そ・・・そうだったのか・・・・ひょっとして・・つまり・・」
「ああ・・・ま、そう言う関係でもある。」
　驚きで全く言葉が出てこない沙良・・・
　落ち着きのない沙良に剛士は声を掛けた。
「どうした？　沙良・・・・」
「ぁ・・ぁ・・あの・・・ふ、二人は・・し、知り合い・・・だった・・・の？」
「知ってるも何も・・・大学時代の同級生だ。・・・お前こそ知ってるのか？」
「ぇ・・えぇ・・・・き、昨日・・・」
「昨日？・・・・・え？・・・・あぁぁーっ、そうか・・・荒尾、お前、確か。」
「・・ああ・・・太平洋製鉄に勤務してる。・・・実は、昨夜・・・・な。」
　剛士は、沙良と康平の顔を交互に見ながら思考を巡らせた。
　そして、即座に理解をすると大声で笑い出す。
「クククッ・・・そうか・・昨日、沙良が相手した男はお前か。」
「・・・・すまん、全然知らなかった。」
　照れ笑いする康平・・・・
「ま、立ち話もなんだし、どうだ食事でも。」
「ああ。」
　昼が近いこともあり、剛士らは、近くのレストランで昼食を共にする事にした。

「亜美ちゃん、好きなものを食べなよ。」
「うん。」
　剛士の言葉に満面の笑みを見せる亜美・・・・・
　店内に入りテーブルに座ると、早速、礼子が康平に問い掛けてきた。
「康平、どういう事なの？」
「ああ、実はな・・・」
　康平は、昨夜の事を礼子に説明した。
　前の席では、礼子の性格を知らない沙良が、顔を真っ赤にして神妙にしている。
「そうだったの・・・・・・・剛士さん、ごめんなさいね。」
「何・・・いいさ。」
「清水さん、変な思いをさせてすみません。」
「い、いえ・・・こ、、こちらこそ・・・」
「しかし、こんなところで偶然合うなんてな。」
「全くだ。」

　一方、沙良は、自分の女房の前で、他の女を抱いたと堂々と喋る康平に戸惑いを隠せなかった。
　まだ、事情が飲み込めない沙良に対し、康平は、笑いながら説明を始めた。
　康平と礼子の関係を聞く度に、沙良は信じられないといった表情で驚きを見せる。
「えぇぇぇーっ・・・じゃ・・・礼子さんも・・・その・・・剛士と・・・」
「ええ・・・一度だけ、抱かれた事あるわ。」
　沙良は、そう言いのける礼子と、平然と聞き流す康平になかなか平常心が戻らない。

　康平が、剛士にビールを注ぎながら呟いた。
「で、伊武よ・・・彼女と愛欲を追求してるのか。」
「ふっ・・・ま、俺なりにな。・・・そう言うお前は、どうなんだ？」
　康平は、礼子を見ながら静かに答えた。
「ああ・・・・相変わらず模索中だ。」
「・・・ふっ・・・」
「伊武、沙良さんとは結婚しないのか？」
「んむ・・・・俺も沙良も、色々と拘ってる事があってな。」
「俺には、お前ら二人が、切れない鎖で繋がってるのがよく見えるがな。」
　康平が、剛士と沙良を見ながら、そう呟く。
　沙良は、康平の人を見抜く心眼に驚きを隠せないでいた。
「相変わらず、色々な面に長けてるな、荒尾・・・」
　沙良も会話が続く中、徐々に３人に打ち解けていった。

「ところで、荒尾・・・うちの田口を探ってるって？」
「ああ、依頼でな。　不当に買い取られて持ち主が悲鳴をあげているんだ。」
「沙良さんから聞いた。伊武よ、俺の社の人間だし手伝うぜ。」
「俺も沙良に聞いたよ。ゴロツキの幹部だってな。」
「んむ。追い出すよう指示されてるんだ。」
　剛士は、今朝方まで考えていた作戦を康平に説明した。

「なるほど、確かに、自宅以外での会話はないだろうな。それに、田口は、自由に松山の自宅に出入りできるし。」
「俺は、二人の事なんてどうでもいいんだ。単に依頼者の要求を果たすだけだ。」
「伊武よ、盗聴器は、俺に任せろ。証拠作りをお前がしてくれれば俺は、奴を追い出すための、段取りを整えておく事が出来るんだ。」
「スマンな。そうしてくれると、俺も助かるぜ。しかし、沙良との出会いが偶然を生んだな。」
　笑いあう二人、しかし、沙良は礼子の話に夢中になり剛士と康平の会話を聞いていなかった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　レストランから出た剛士らは、この場で別れる事にした。

「じゃあ、荒尾、よろしく頼む。」
「ああ、こっちこそ大助かりだぜ、伊武っ。」
　剛士は、礼子にも声を掛けた。
「礼子さん、じゃ、また、ゆっくりと。」
「ええ、家にも遊びに来てね、剛士さん。」
「ああ・・・また、いずれ・・・」
　康平も沙良に冗談を語る・・・
「・・・・あ、沙良さん、剛士に飽きたら俺に連絡をくれよ。」
　その言葉で礼子に腕を抓られる康平・・・・
「痛ででっ。」
「康平、何て事を言うのよっ。」
「・・・ジョークじゃねぇか。」
　二人のじゃれ合いに笑顔を見せる沙良・・・・・・

　沙良は康平と礼子の不思議な関係と性に関する考え方に感嘆を示していた。
　康平夫婦が追い求める愛欲の根源を・・・そして、その愛欲という言葉に深い意味がある事を改めて考え直す切っ掛けとなったからだ。
　何より、自分と剛士の探してる目的と一致しているのが妙に嬉しかった。
　初対面にもかかわらず素直な会話が出来たのは、自分と剛士が、康平夫婦と同じ考えを持っていたからであろう。

「じゃ、沙良さん、昨夜のことは思い出として取っておくよ。」
「はい。」
　沙良は、康平の言葉に頬を染めながら答えた。

　剛士と沙良は、停めたあった車に乗り込み事務所に帰ることにした。
「これで、一気に仕事も楽になったぜ。」
「そうね。・・・・・・ね、それより剛士、いつ礼子さんと関係を？」
「・・・・５、６年前かな？」
「へぇー・・・さっきの話の中でね、礼子さんがね、こう言ってた。まるで康平に抱かれているみたいだったって。不思議だったって。私も、昨夜、荒尾さんをそう思ったの。不思議で仕方がなかったわ。」
「・・・フッ・・・・」
「で、どうだった？」
「どうだったって？」
「つまり・・礼子さんとのエッチよ。」
「・・んーっ・・・ま、良かったな。ハハハッ・・」
　沙良は、剛士の股間を強く握りながら焼きもちをぶつけた。
　剛士の運転する車が、いきなり蛇行する。
「アホォォォー、離せっ、危ねぇーだろぅが。」
「あ、ご、ごめん・・・」
「ったく・・・・そう言う、お前も昨日抱かれたじゃねぇか。」
　沙良は、恐縮そうに下に俯いた。
　そのまま、小声で囁く沙良・・・
「・・・剛士・・・荒尾さんね、剛士にそっくりだったわ・・・何もかもが・・・」
「・・・・・・・・・そうか・・・」
　剛士は、無言で前を向いていた。

「沙良・・・・何故、・・・・何故、俺が荒尾とよく似てるか解るか・・・」
「・・・・・・・・」
「クッ、クッ、クッ・・・・ま、簡単に言うとセックスが好きだからなんだが、んーっ・・つまり、物理的に快感を得るのではなく、互いの調和によって、そして、一緒に居るだけで、それを得ることが出来るって信じてるからだ。」
「・・・・・ぇ・・・」
「つまり、それを追求してるから生き方までもが似てくるんだ。」
　沙良は、剛士の横顔をじっと見つめていた。

　そして・・・・
「・・・私は・・・・・・私は、剛士の女・・・誰にも魂は売らない。」
　剛士は、口元だけで静かに笑いを見せた。
「・・・いつか・・・いつか・・・・お前に・・・・・・・・・・・真珠色の涙を流させてやるさ。」
　沙良は、その言葉の意味が瞬時に理解できた。
　剛士の真意を心魂で受け止める事が出来たのだ。
　沙良は、身体中が喜びで震え出してくる。

「・・・つ・・・・剛士・・・・・」
　沙良は、涙を浮かべながら剛士の首に飛びつくようにしがみ付いた。
「嬉しいぃぃーっ！」
「ダァァァァァー・・・・・・ま、前が見えねぇぇぇぇーっ！」
　またしても、車は蛇行し周りから激しくクラクションを鳴らされる剛士・・・
「ア、アホォォォォーッ！」
「・・・・ぁぁ・・ゴ、ゴメン・・・」
　沙良の頭をコツく剛士・・・
　沙良は、済まなそうに剛士を見つめた。
「つい・・・・・・つい、嬉しくて・・・」
　大きく溜息をつく剛士・・・・
「フゥゥゥー・・・・・・・・お前は・・・・・・俺のものだ・・・」
　剛士は、沙良を引き寄せ肩に寄せ掛けながら優しい笑みを浮かべた。