（１０）

　−　８月末　−

　夕方、所用を済ませ、事務所に戻った剛士が沙良を呼んだ。
「おぉーい、沙良っ、ちょっと来いぃ！」
　剛士に呼ばれた沙良が、２階の自室から降りてきた。
「何か用？　剛士・・」
「用があるから呼んだんだ。」
　沙良は、ソファに座る剛士の膝に腰掛けた。
「だぁぁーっ・・暑苦しい、くっ付くなよ。」
「もぉぅ・・いいじゃない・・」
「大体、何だ、その格好は？」
　沙良は、ホットパンツにブラジャー１枚を着けただけの姿だった。
「てっきり、剛士とやると思って。」
「・・・・・昨日、やったばかりだろうが。」
「何言ってんのよ。明日もやるか、って言ってたじゃない。」
　剛士は、ガクッっとしながら話を元に戻した。
「もういい、・・・仕事だ。今回は簡単だから、お前が単独でやってみろ。」
「え、一人で？」
「ああ。駅裏にソープ街があるだろう。」
「ええ。・・・・えっ？　そんなところで働かないわよ！」
「あほっ、最後まで聞け。ここのランセルという店の店員からの依頼だ。」
「へぇー・・・何なの？」
「実は、いま店に行って聞いた来たんだ。」
　剛士は、内容を沙良に説明した。

　依頼人キャシーこと、花田裕香は、トップランクの人気風俗嬢なのだが、１ケ月ほど前から常連の一人に、付き合いを申し込まれて困っているとの事だった。
　かなり、しつこく付きまとわれており、何とか、関わりを絶ちたいというのが彼女の要望であるのだが、警察に依頼すれば、という剛士の問いに難を示した。
　その訳は、恋人に内緒で風俗店で働いているからというのが最大の理由らしい。

「へぇー、彼に内緒で働いてるの、その人・・。」
「ああ、そうらしい・・。」
「後、一つは、その彼からプレゼントされたペンダントをその男が、持っていったというんだ。後から気づいたそうだが、証拠はない。」
「何故、それが判るの。」
「彼女は、私服から着替える前に装飾品を外してバッグに入れるらしいんだがそのバッグは、プレールームまで、持っていくんだ。で、そのペンダントも入れたことは、間違いないと言ってるんだが、その客を送って部屋に戻ると入れたはずのペンダントが無い事に気づいたらしい。客は、そいつだけだし。」
「じゃ、可能性は高いわね。」
「ああ。」
「普段は何してるの？」
「小さな会社の事務員らしいんだが・・・」
「ふぅーん・・・・そんな普通の女性がね・・・」
「でも、中々、テクがあったぞ。ボディーマッサージは良かったなぁ。」
「へぇー・・・・・・・え！？　何、剛士っ、プレーして来たのっ？」
（し、しまった・・・）
「い、いや、つまりだな・・そのー、そう、性格とかも知っておかなきゃいかんし。」
「馬鹿っじゃないの。全然関係ないじゃない、そんな事昨日、私とやっておいて、よくそんな元気あるわね。」
「つい、コスチュームにだまされて・・・」
「コスチューム？・・どんな格好していたのよ。」
「・・・・・派手な浴衣を・・」
「・・あ、そう・・・・今夜、私も浴衣着るから、お願いね。」
「グッ・・・マ、本気か・・」
「当ったり前よ。」
「・・・・・・・」
「・・・・でも、キャシーって、何処かで聞いたことあるわね。」
「そう言われれば・・俺も・・・」
　二人は、首を傾げながら暫し考え込んだ。
「あぁーっ！」
　二人は思い出したのか、同時に声を上げる。
「もしかして・・・・幸三がよく行く・・・・」
「そうよ、確か、冬木さん、本名は、裕香って言ってたもの。」
　剛士の顔が、引き攣った。
　急いで幸三に電話をする剛士・・・・

『はい・・冬木電気です。』
「おう、俺だ。」
『あ、兄貴・・仕事っすか？』
「いや、ちょっと聞きたいんだがな・・」
「・・ええ。」
「駅裏にあるソープランドのランセルって店にいるキャシーって確か・・」
『ええ、俺がよく行く店の女の子ですよ。』
「やはり、そうか。実はな・・」
　剛士は、裕香から依頼された内容を幸三に話した。

『あぁ、やっぱり彼女の話は、本当だったんですか。実は俺も彼女に相談されてそんなに嫌なら俺の知ってる探偵事務所があるから、相談してみたらどうって兄貴の事務所を教えた事があるんですよ。結局、彼女から相談あったんすか？』
「あ、ああ・・・さっき店に行ってプレーしながら話を聞いてきた。」
『ハハハハッ・・・・ぇ？　えぇーっ・・・プレー？　という事は、俺と兄貴は、間接兄弟じゃないすか。』
「おめぇーと、兄弟なんかになりたかねぇーよ。」
『そんな言い方しなくても・・・・・・でも良かったでしょ、彼女・・』
「ま、まあな・・・・じゃ、これで。」
『え？　兄貴・・もしもし・・も・・』
　剛士は、喋る幸三を無視して電話を切った。

「やっぱりそうだったの？」
「ああ・・・ま、そんな事はいい。沙良、頼むぞ。」
「はぁーい・・・・・で、どうすれば？」
「そんな事は、自分で考えろよ。こんな簡単な仕事は珍しいんだから。」
「冷たいわね・・・・・優しいのは、抱く時だけじゃない。」
「怒りながら抱く男がいるか！」
　クールな視線で睨む剛士に、沙良は舌を出しながら部屋へ駆け込んでいった。
（ったく・・・・）

　部屋に戻った沙良は、さっそく作戦を考えた。

　ストーカーを働く男の名前は、三谷一哉　年齢も住所もわからない。
　裕香の情報から普通のサラリーマンのようだが、ギャンブル好きで儲かった金は全て、裕香につぎ込むという熱の入れようだった。
（とりあえず、彼女と会ってみるか。）
　沙良は、裕香が店を終わるであろう時間を見計らって事務所を出る事にした。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　沙良は、ランセルの店の前にある焼鳥店の入口付近で裕香が出てくるのを待っていた。
　剛士の話では、早番で１９時には終わるという事だった。

　腕時計を見る沙良・・・既に１９時を少々過ぎている。
　その時、ランセルの裏口から数人の女性が一緒に出てきた。
　その中に、キャシーこと裕香の姿も見える。

　沙良は、女性らに近づいて裕香を呼び止めた。
「あの・・花田裕香・・さんですね？」
「え、ええ・・・・・・あのぅ、貴女は？」
「私、伊武探偵事務所の清水と言います。」
「ああ、お昼に来て頂いた伊武さんの。」
「ええ。お昼は、伊武が、貴女にお世話になったようで。」
　裕香は、クスクスと笑いながら沙良に問い掛けた。
「貴女は、伊武さんの・・？」
「アシスタント兼ラブパートナーです。私が今回担当しますので。」
　裕香は、沙良の放った言葉に、声を出して笑い出した。
　沙良も笑みを浮かべ、話を聞くために裕香を焼き鳥屋に誘った。
「裕香さん、お話を詳しく聞かせていただける？　そこのお店でどうかしら。」
「ええ。解りました。」
　二人は、店の暖簾をくぐった。

　カウンター席に座った二人は、生ビールを注文した。
「早速だけど、花田さん。その男性の事を、どれくらい知っているの。」
「名前しか判らないんです。ただ、独身で毎週、店の定休日の前日と、前々日には必ずお店に来るの。」
「え、決まってるの？」
「私を誘うためにだと思うんだけど。」
「へぇー。・・・・・そう言えば、冬木さんとプライベートでたまに会ってるんですって？」
「はい。彼は優しいし、話を良く聞いてくれて好感持てるの。彼は、私の常連でいてくれるんですけど、しつこくないし。」
（プッ・・・しつこいのよね・・それが・・）
「一ファンだと言ってくれるので警戒はしていないんです。今回も冬木さんに紹介してもらって、お願いしたんです。」
「そのようね。で、その男は？」
「その人は、三谷一哉というんですが、お店では特に乱暴を働くわけでもありませんし、ごく普通のお客さんなんです。でも、終わったあと、私が店を出るまで外で待ってて家を教えてとか、デートしてとか、かなりしつこく迫ってきて。」
「へぇー・・」
「最初は、適当にあしらっていたんですが、ペンダントの事もあるし彼に貰った大切な物なので、何とか返して欲しくて、あまり無視もできないんです。三谷さんという証拠はないんですが、あまりにも偶然が重なってるし・・最近、そういう事件で殺人まで犯す人が多いと聞いているから怖くなっちゃって。それで冬木さんを通じて。」
「なるほどね。・・・で、偶然が重なるというのは？」
「たまに、高価な下着とか、バッグの中の小物が無くなるの・・」
「・・・彼が・・なの？」
「ほとんどがブランド品だし・・・高価な物も多いし・・」
「へぇー・・」
「それに・・・それだけじゃないんです。」
「え？」
「つい、先週、俺と付き合わないと、彼にソープで働いている事をバラすって脅かしてきたんです。」
「そうらしいわね、聞いたわ。でも、裕香さんの彼を知らないんでしょ。」
「でも、いつ、何処で会うか判らないですもの。」
「そりゃ、そうよね。・・・・・でも、裕香さん、何故、風俗で？」
「・・・・・・・・そ、それは・・」
「・・・ごめんなさい。いいのよ言わなくて・・」
　沙良は、裕香の曇った顔色を伺いながらビールに口をつけた・・・・・・・

（１１）

　明後日が店の定休日であるため、三谷は、明日来店する可能性が高い。
　焼鳥店で、詳しい話を聞いた沙良は、明日、三谷をつける事にした。

「じゃ、裕香さん、明日、同じくらいの時間に来るわ。」
「ええ。解りました。お願いします。」
「私の電話番号を教えておくから、三谷が店を出たら連絡くれる？」
「ええ。・・・・でも、私を待ち伏せしていると・・・・」
「何とか、見つからないようにお店を出て。私は、三谷の家を調べるまでいつまでも張っているから。もし貴女に絡むようなら、私が出て行くわ。」
「・・解りました。」
　沙良は、裕香から知り得るだけの情報を聞き出し店を出た。

（フゥー・・・なんとなく飲み足りないわ。）
　沙良は、そう思いながら、ブラブラと歩いて帰ることにした。
　駅の表通りに出て高架下の数十件並ぶ屋台に歩いていく沙良・・・
（・・・剛士を呼んで飲もうかな？）
　そんな事を考えていた時、沙良を呼ぶ女性の声が背後から聞こえた。
「あれっ？　沙良さんじゃない？」
　後ろを振り向いた沙良が、呼んだ女性を見て顔を顰めた。
「ゲッ・・麻衣子さんか・・・」
「ゲッって何よ、沙良さん・・・・その嫌そうな目も・・・」
　
　麻衣子と呼ばれた女は、この辺りを管轄する中央警察署の女刑事、小柳麻衣子だった。
　２９歳になる麻衣子は、２年前、交通課勤務から刑事課に異動したばかりである。
　伊武の探偵という仕事柄、当然、地元の警察とも面識があり麻衣子も、その例外ではなかった。

　麻衣子は、一度だけ剛士と体の関係を持った事がある。
　交通課勤務の時に取り締まった暴走族に取り囲まれているところを剛士に助けてもらった事があるのだ。
　翌日、民間人に助けてもらったというショックからヤケ飲みをしていた居酒屋で偶然、剛士と出くわし成り行きで関係したのが付き合いの始まりだった。

　麻衣子は、既に顔を赤く染めており、酒を飲んでいた事がうかがえる。
　麻衣子は、とても刑事とは思えない性格で特に酒を飲むと人が変わってしまうほどだった。
「貴女とは、飲まないわよ。ひどい目に会うから・・」
　沙良も何度か麻衣子と飲んだ事があったのだ。
　当然、剛士と身体の関係を持った事も知っている。
　麻衣子が、密かに剛士に好意を持っていることも解っていた。
「何でぇぇ、一人で寂しいのよぉ。付き合ってよ、沙良さん。」
「今から、事務所に帰って剛士とエッチするの。サヨナラ・・」
（ぇ・・伊武さんと・・・・・）
　麻衣子は、その場を立ち去ろうとする沙良の腕を引っ張った。
「お願い、沙良さん、３０分だけでいいから・・・」
「・・もぉぅ・・刑事が酔っ払ってていいの？」
「明日から１週間、休暇を取ったのよ。暇でさぁ・・・」
「デートでもしたら？」
「男が居れば、こんなところで一人飲んでないって。」
「そりゃ、そうね。」
「・・・ね、飲もっ・・」
　沙良は、麻衣子に引っ張り込まれて一件の屋台に入った。
「もぉー・・ちょっとだけよ。」
「わかてるってば。」

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「キャハハハ・・・ウッソォーッ・・」
「本当なのよ。でさ、その男性がさ、私にこう言ったのよ。一生、はずれない愛の手錠を君に掛けてやるさ。って。」
「キザぁぁー・・・今時そんな台詞を吐かないって。」
「よねぇー。」
　少しだけと言っておきながら、沙良は麻衣子のペースにはまり酒量も増えていった。
　そして、会話も徐々に盛り上がり内容も下ネタになっていく・・

　いつの間にか、沙良と麻衣子は、３件をハシゴし、剛士の事務所にたどり着いていた。
「剛士ぃぃー・・ただいまぁぁーっ！」
　剛士は、ワインを揺らし、寛ぎながら映画を見ていた。
　騒がしく入ってくる沙良に、眉を顰める。
「うるさいぞっ、沙良、ちゃんと仕事やってきたのか？」
「やってきたわよーっ。」
　ご機嫌な返事の沙良に、剛士は、グラスを持って事務所に降りていった。
　沙良と麻衣子はソファに座って、ペチャクチャと話の続きをしている。
　相変わらず、喋っている話は、アダルトな内容だった。
「何だ、お客さんか？」
　剛士の声に沙良と麻衣子が振り向いた。
「ゲッ、ま、麻衣子・・・」
　剛士は、急いで部屋に戻ろうとした。
「何処へ行くのよっ、伊武さんっ、逃げる事ないじゃない。３Ｐやろ！」
「さ、３Ｐ・・・・い、いや、ちょっと体調が悪くて・・休もうかなと・・・」
「体調の悪い人が、お酒飲んでるの？」
　剛士は、グラスを持って降りてきた事を後悔した。
「伊武さん、私たちに付き合ってよね・・」
「そうよ、剛士ぃ、一緒に飲もうよぉ・・」
　甘えた声で、剛士を誘う沙良・・・
　既に、二人は、相当酔った状態だった。

　眩暈を覚えながら、剛士は、渋々、ソファに座った。
（よし、もうちょっと、飲ませてダウンしてもらうか・・・）

／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／／

「ヤダァー・・・本当なのぉー、伊武さん。」
　無言でいる剛士に代わって沙良が答えた。
「でね、ワインのラベルを見て一人でニヤニヤしながら別のワイン飲んでるのよ。気味が悪いときあるわよ。」
「キャハハ・・・・・でも、その、ワイン飲んでみたぁぁーい。」
「絶対っ、駄目だ。」
「お願ぁぁーい、飲みたいのぉー。」
　麻衣子は、そう言うとスカートを捲し上げて派手なショーツを剛士に見せつけた。
　酔っているとはいえ、麻衣子の大胆な行動は相変わらずだった。
　しかし、剛士は全く動じない。

「ケッ、男もいないくせに、派手なパンツ穿いてやがるな。」
「何よっ・・・伊武のケチぃっ！」
「何とでも言え。あの、ワインは滅多に手に入らないんだ。」
「じゃ、これならどう？」
　麻衣子は、ブラウスのボタンを外して前を肌けた。
　そして、今度はブラジャーを下にずらして剛士に見せつける。
「お、大胆だな・・・・・・・が、しかし、飲ません。」
「もぉう、馬鹿ぁぁっ！　タダで見せて損したわ。」
「見せるお前が悪りぃーんだ。そもそも厳格な職につく人間のやる事かよ。」
「警察だって普段は普通の人間よ。それに私は警察に長く居座るつもりないの。」
　麻衣子は、怒りながら一気にグラスの酒を空けてしまった。
（しかし、こいつら強ぇーな・・・）
　二人は、剛士が持ってきた国産のブランデーを早くも半分開けている。
　剛士は、早く潰れてくれないかと思いながら二人に付き合っていた。
「こうなったら、なんとしてでもワインを飲まないと気がすまないわ。」
「ふん、何をしようと無駄だ。」
　沙良が、立ち上がって剛士の隣に座りなおした。
　股間に手を伸ばし軽く撫でながら首筋に唇を滑らせていく・・・
（大分と酔ってきたな・・・・よし、よし・・）
　剛士の魂胆を知らずに唇を這わせる沙良・・・・
「くすぐったいぞ、沙良っ！」
「ワイン飲ませてくれないなら３人でエッチしようか？」
（・・な、・・・冗談じゃねーぞ・・）
「沙良さん、いいわね、それ・・」
「あほかいっ！　・・・・よぉーし、解った。そのブランデーを空けたら飲ませてやるぜ。」
「本当！」
「ああ、いいぜ。」
　二人は、グラスにブランデーをストレートで注ぎ始めた。
（ククッ・・・馬鹿めっ・・・これで潰れてくれるな。）
　剛士は余裕を見せながらビールを喉に流し込んだ。
　ダンヒルを口に咥えて火をつけると気持ち良さそうに紫煙を吐き出していく。

　沙良と麻衣子は、話をしながらブランデーを飲んでいた。
（・・・？・・・・・まさかと思うが・・・）
　二人は、１杯目を空けると最後のブランデーを均等に注ぎ足した。
（・・・・マジか・・・・・や、ヤバイかも・・・）

　剛士の予想は当たってしまった。
　二人は、顔色を変える事無くブランデーを空けてしまったのだ。
　その間、わずか１０分・・・・
「はい、剛士、空けたわ。」
「・・・・・・・・・お、お前ら・・・ザルかよ・・・」
「伊武さん、約束よ。」
「麻衣子さん、大丈夫よ。剛士は、約束破った事なんか無いから・・・」
　僅かに剛士の目尻が引き攣っていた。
　ショックな様子が目に見えてわかるほどだ。

「ぅぅぅ・・・くっそぉぉーっ！　こうなったらヤケだ。俺も飲むぞぉっ！」
「やったぁー！」
「沙良・・・持・っ・て・こ・い・・・」
　沙良は、笑いながら剛士のワインセラーに、先程話題に上がったワインを取りにいく。
　そして、氷がたっぷりと入ったワインクーラーに、ボトルを入れた沙良が戻ってきた。
「ゥッ・・クッ・・・残念だ・・・・・非常に残念だ・・・・」
　剛士の独り言のような台詞に、沙良は笑いながらスモークチーズを切り始めた。
「でも、伊武さん、どういうワインなの？　そんなに希少なの？」
　チラッと、麻衣子を見ると、剛士は、溜息をつくものの自慢げに説明を始めた。
「スペインワインなんだが、国際的な知名度では、リオハを抜いたとも言われているんだ。これは、リベラ・デル・ドュエロのワインだが、スペイン独特の高級品種でテンプラニーリョ種にフランス品種であるカベルネソーヴィニヨン種を混合させ、なおかつ最新技術を駆使して凝縮感あるワインを作り出してるんだ。大人気のワインの一つだな。」
「へぇー、そんなに人気があるの？」
「ああ。とくにこの地方のヴェガ・シシリア・ウニコは、世界的に高い評価を受けている超高級ワインなんだぜ。」
「超高級・・・」
「なかなか手に入らない代物さ。」
「なかなかって・・・そんなに？」
　剛士の鼻の穴が、自慢げに徐々に膨らんでいく・・・
「かの、チャールズ皇太子が故ダイアナ妃との結婚披露宴でウニコを出したいと希望したが、出席者分の確保ができずにあきらめたといわれているワインだ。」
「へぇー・・・・・そんな話はいいから早く飲ませてよ。」
　一瞬、ムスッっとした表情になった剛士だが、溜息をつきながら器用にソムリエナイフでトップパックを切りコルクを抜き始める。
「いいか、お前ら・・・味わって飲むんだぞ。」
　剛士は、３つのグラスに丁寧にワインを注いでいった。
（・・・・約束とはいえ・・こいつらに・・・・もったいないような・・）
　
　３人は、乾杯するとそれぞれグラスを口に運んでいった。
「ん・・ホント・・美味しいわ・・」
　剛士もワインを見つめながら囁いた。
「んーむ・・・・・最高だっ！」
　剛士は、至極、幸福な表情でワインを喉に流し込んでいった・・・