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（１２１）
豪と有紀は、剛士の言う事を承諾した。
「沙良っ。」
沙良は、剛士に頷いて現金を豪と有紀に渡した。
「これを持って久米島に行け。２００万ある。」
「え？」
「汚い所だが、俺のシークレットハウスがある。ここで身を隠しておくんだ。」
「・・・・解りました。」
「全てが終わったら、ここに戻ってこい。」
豪と有紀は、剛士の言葉に頷いた。
「よし、直ぐ準備しろ。四郎に頼んでおいた。船で行くんだ。」
「船？」
「ああ、船が一番安全だからな。本島まで行けば、そこからは飛行機に乗ればいい。」
「・・・解りました。」
豪と有紀は立ち上がって剛士と沙良に丁寧に頭を下げた。
豪が、剛士に強い口調で言い放った。
「伊武さん・・・・今日から兄貴って呼ばしてください。」
「・・・？」
「俺と有紀がまっとうになれたのは、伊武さんと沙良さんのおかげです。」
「・・・・・好きにしろ。・・・・・・豪・・」
「伊武さんが帰ってくるまで、・・・・・・俺、ずっと待ってます。」
「ああ。・・・・わかった。・・・・・さ、行け！」
なかなか出て行かない豪と有紀・・・
沙良が二人に優しく声を掛けた。
「豪君、有紀ちゃん、心配しなくていいわ。剛士は不死身よ。」
「・・・・・ええ・・・・」
豪と有紀は寂しそうに剛士と沙良を見た。
「・・・・・じゃ・・・・・・・・・・行きます。」
豪は、そう言って有紀の腕を引っ張った。
二人の背中がやけに丸まって見える。
剛士と沙良は、二人を名残惜しそうに眺めていた。
二人が出て行った応接室は静まり返っている。
剛士が沈黙を破るかのように声を上げた。
「沙良・・・・」
「・・・・な・・・なぁに・・・剛士・・・・」
剛士は、沙良の足に手を掛けた。
「やはり、俺一人で行く。」
「・・・・・私・・・・足手まとい？」
「そんな単純な理由じゃない。」
「・・・・じゃ・・・なぜ・・・」
「・・・・幸三が殺され・・・・穂波も殺られた。」
「・・・・・」
「・・・俺は、これ以上、大切な物を失いたくない。」
「私は・・・・・」
「それに、いま迷ってるお前をこれ以上苦しませたくない。」
「・・・・・」
「答えは、俺では出せない。お前自身が結論を出すんだ。俺が行っている間・・・・ちょうど、その時間がある。」
沙良は、苦汁の表情で俯いたままだ。
必死に考えた挙句、沙良は決断を下した。
「・・・・・・・・解ったわ。」
「とにかく・・・・・・とにかく事が済むまで隠れていろ・・・安全な場所に。」
「・・・剛士・・・・」
「解っているだろう。・・・・・・平岡さんのいる島へ行け・・・・」
確かに、一馬の居る島なら安全だった。
しかし、沙良は、言葉が出てこなかった。
決して、剛士は嫌味で言っている訳ではなかった。
自分の身を按じて剛士は、敢えてそう言ってくれているのだ。
沙良は、剛士の手を握り締めた。
「剛士・・・・・私・・・・待ってる・・・・待ってるからね。」
「・・・・・ああ。」
「剛士が・・・・もし・・・剛士が・・・・・・」
「・・・・・・」
剛士は、沙良の言いたい事が直ぐに理解できた。
沙良も、それを知っているのであろう。
だが、何とか気持ちを伝えたい沙良は、恐々と問いただそうとした。
「もしも・・・・・もしも・・・・剛士が・・・・」
「沙良・・・俺に、もしもは無い・・・」
「・・・・・・・・そうね・・・・そうよね。」
沙良は、顔を上げて剛士を見た。
剛士の首に抱きつき唇を合わせていく・・・そうしたかったのだ。
優しく沙良を押し離す剛士・・・・
「さぁ、準備しろ。駅まで送ってやる。」
「・・・・・・・うん。」
沙良は、重い足取りで荷物をまとめるため部屋に上がった。
１時間ほどで、沙良は支度を済ませ下に降りてきた。
「剛士・・・・準備できたゎ。」
「ああ。・・・・・行こうか。」
剛士は、車のキーを手にとり沙良と共に事務所を出た。
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「剛士・・・・少しだけ・・・少しだけでいいから遠回りしていって。」
チェロキーの助手席に乗った沙良は、小声でそう囁いた。
「・・・・・・・ああ・・・・わかった。」
剛士は、湾岸道路に乗った。
特に会話をすることもなく二人とも終始無言だ。
沙良は、イギリスから剛士を追っかけて日本に来たときの事を思い出していた。
あれから、もう５年になる。
夫婦でもなく、恋人でもない関係・・・・
しかし、それら以上の事を理解した関係を続けてきた。
（・・・・・・・・剛士・・・・・）
沙良は、剛士の横顔を見た。
必死に剛士の心を探ろうとするが読み取れなかった・・・・・・
剛士も沙良の視線に気付いたのか、何かを話そうとするが言葉が出てこない。
長い直線に入ると、剛士は胸ポケットから煙草のパッケージを手にとった。
（・・・・チッ・・・・・空か・・・）
パッケージを握り潰してゴミ箱に放り投げる。
沙良が、剛士に声を掛けた。
「・・・煙草無いの？」
「ああ。・・・・・・そうだ、ダッシュボードの中に入ってないかな。」
「うん。」
沙良は、ダッシュ−ボードを開けて煙草を探した。
奥の方まで探す沙良・・・・
「無いわよ・・・・」
「そうか・・・・いいさ、次で降りて買うよ。」
「うん。」
そう言ってダッシュボードを閉めようとした時、
隅の方にモケット張りのリングケースが沙良の目に入った。
（・・・・・？）
緩いカーブを降りてチェロキーは、一般道に出た。
駅に向かって車を走らせる。
しばらく走ると剛士は、コンビニに車を入れた。
「ちょっと煙草を買ってくるから待っててくれ。」
「ええ。」
剛士が、店内に入っていった。
沙良は、先程のリングケースが気になってしょうがなかった。
店内にいる剛士を見ながらダッシュ−ボードに手を掛ける。
（・・・・・こんな事して・・・・・・私・・・・）
しかし、沙良は、思い切ってダッシュボードを開けた。
先程のリングケースを手にとり、中を開けていく。
心臓の鼓動が早まった。
中には、洒落た彫刻を施したプラチナリングが填っている。
沙良は、それを抜いてリングを見た・・・・
“ Ｓ＆Ｔ ”
そう刻まれた文字が刻印されている。
（・・・ＳＡＲＡ・・・・・ＴＨＵＹＯＳHＩ・・・）
店内から剛士が出てきた。
沙良は、急いでリングを仕舞い元の場所に戻した。
車内に入ってくる剛士・・・・
「ダンヒルなんて売ってねぇーぜ。」
そう言って、国産煙草を咥え火を点けると剛士は車をスタートさせた。
沙良は、顔を真横のウィンドウに向けていた。
涙が止まらないでいたのだ。
「どうした・・・沙良・・・」
「・・・うぅん・・・・夜景が綺麗だから・・・・」
剛士と沙良は、それ以降、何も喋らなかった。
車は、繁華街を超えて駅に近づいてきた。
ロータリーに侵入し駅のホームに車を横付けする剛士・・・・
剛士は、車を降りて助手席にまわった。
ドアを開けて沙良の荷物を手に持った。
「・・・・ありがとう。」
車から降りると沙良は、剛士に相対した。
「・・・・剛士・・・・まさか・・・命を捨てようと思っていないわよね。」
「・・・・何故・・・・」
「・・・・ここで、永遠のお別れじゃないよね。また直ぐに会えるよね。」
「沙良、お前、豪たちに言ってたろ。俺が、不死身だって。」
「うん・・・・・うん・・・」
沙良の頬を涙が伝っていく・・・・
「俺は、明日の夜に向かう。１週間以内で済ませるつもりだ。」
「いつ・・・いつ帰ってくる。」
「来週には日本に帰ってくるさ。」
沙良は、剛士に抱きついた。
胸を合わせた二人の鼓動が重なり合う。
「・・・・・絶対に死なないで。」
沙良は、剛士から離れると荷物を持って剛士に囁いた。
「じゃ・・・行くわ。」
「ああ。」
沙良は剛士に背を向けてホームに走った。
一切振り向く事無く・・・・・
（絶対に会えるから・・・振り向かない・・・振り向いちゃ駄目よ、沙良・・・・）
しかし、剛士は、最後まで沙良の姿を目で追った。
（沙良・・・・・・）
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