（１６）

「なんですってぇーっ！」
　絵美の声が、休憩室に響いた。
「嘘を言わないでくださいっ！」
「いえ、本当の事です。」
　沙良の真剣な表情に、一旦テンションを下げる絵美・・・・
「・・・じゃ、昨日、私にくれるって約束したペンダントは？」
「ええ、三谷さんが、裕香と言う風俗店に勤める女性から盗んだものなんです。」
「裕香？」
「ええ・・・」
「・・一哉は、会社に忘れてきたって・・・・・でも、何で、そんな店に？」
　冬木が横から口を出して絵美に言い放った。
「アンタの彼は、その店の常連なんだぜ。」
「嘘です。一哉は、１回もそんな店に行ったことなんか無いって言ってます。」
　絵美は、そう言って冬木を睨んだ。

　しかし、沙良が続けて話を始める。
「三谷さんは、しつこく彼女をつけまわしているんですよ。今日も彼女に今朝、電話をしたらしいわ。そして、今日お店に行くって言ったそうよ。彼女は、三谷さんが店に来ると、私物が無くなる事が多いって言うの。」
「・・・か、一哉が盗んでるっていうんですか？」
「断言はできないけど・・・・。今まで、三谷さんから、貰った物ないかしら？」
「ぇ？・・・・・・・た、たとえば・・・・」
「銀細工のキーホルダーとか・・・・ブランドのスカーフとか・・・小物が多いんだけど、かなり高価な物ばかりと彼女から聞いてるわ。そうそう、彼女が穿く下着とかも、数枚盗られたことがあるって。」
　幸三も輪を掛けて絵美に言い放った。
「クリスタルビーズで作った高価な下着なんだぜ。あと、豹皮のティーバックとか。そうそう、滅多に手に入らない、ルーやキャメリンのブラジャーも確か・・・・」
　二人の話を聞いて、絵美の顔色が著しく変化した。
　更に幸三は続けた。

「ひょっとして、絵美さん、その下着まで奴から貰って使ってるって事ないよね。まさか、今穿いてたりして。」
　絵美の顔が、恥ずかしさと怒りで真っ赤になった。
　そして、これ以上無い力で机を叩く。
「・・・・・許せない・・・・・絶対に許せないわっ！」
「許せないのは、貴女だけでなく裕香と言う女性もなの。協力して頂けるわね。」
　絵美は、沙良の依頼に、ゆっくりと頷いた。
「・・い、いまから・・・・休みを貰ってきます・・・」
「私たちは、駅ビルの地下駐車場で待ってます。」
「解りました・・・・・すぐに・・行きます。」
　絵美は、そう言って休憩室を出て行った。

「沙良ちゃん、ここまできたら、ほぼ、成功だね。」
「ええ、後は、三谷が引っ掛かってくれればだけど。」
　そう言いながら、沙良と幸三も、休憩室を出て店内に入るとエスカレーターに乗って下階に降りていった。

　しばらくして、絵美が私服に着替えて駐車場に現れた。
「お待たせしました。」
「どうぞ、乗ってください。」
　沙良の言葉に頷き、絵美が、後部座席に乗り込んだ。
　沙良は、裕香に電話を掛けた。

「もしもし、清水です。」
『・・・・あ、沙良さん・・』
「三谷さんの彼女に説明をしたわ。今、一緒に居るの。協力してくれるそうよ。」
『よかった・・じゃ、私も店長に連絡して、三谷さんが来店したら、お店を出るように準備しておきます。』
「そうね。アパートは、探偵事務所の裏にあるホープ�Tの２０５号室よ。鍵は、事務所に行って、剛士から貰って。あ、剛士に手を出さないでね。」
　沙良は、笑いながらそう言い放つ。
『・・・そ、そんなことしませんよ。』
「それから・・・アパートに着いたら、彼にこう言って・・・」
　沙良は、三谷に対して喋って欲しい内容を裕香に伝えた。
『解りました。』
「私たちは、２０６号室で貴女たちの会話を聞いているから。」
　沙良は、そう言うと電話を切った。
　話を聞いていた絵美が沙良に問いただしてきた。
「あの・・・アパートって・・」
「・・・そこへね。彼女が三谷さんと現れるの。」
「ぇ・・・・・」
「三谷さんが、裕香さんに手を出そうとするわ。そこへ、貴女が踏み込んでくれればいいの。」
「・・・・・わ、わかりました・・」
　沙良たちは、早速、車を走らせて、ホープ�Tに向かった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　沙良たちは、車を事務所に止めると徒歩で裏のアパートに足を運んだ。
「ここよ。さ、上がりましょう。」

　３人は、２０６号室に入った。
　部屋に上がった絵美が、沙良に質問を投げた。
「あの・・ここは・・」
「事務所が、２０４号室から２０６号室まで部屋を借りてるのよ。全室、中から出入りできるの。隣の部屋も、モニターを使って全て確認する事ができるわ。その冬木さんが、設定したのよ。」
　幸三が、２０６号室のテレビのスイッチをオンにした。
　画面には、２０５号室の部屋の様子が映し出されている。
「これで、彼の三谷さんと裕香さんの全ての行為が確認できるわ。そして、その壁を横に開くと隣の２０５号室に入っていけるの。」
　沙良の説明に絵美は、顔を曇らせていく。
　本当に、恋人である三谷が、そんな事をするのかが半信半疑だったのだ。

「沙良ちゃん、もう昼を過ぎだし何か買ってくるよ。」
「ゴメンね、冬木さん。」
　既に、１３時近い。そろそろ三谷がランセルに入店している頃だった。

−　ランセル　−

「キャシーさん、ご指名です。」
「は、はい。」
　裕香は、緊張しながらエレベーターを降りていった。
　案の定、待合室で待っていたのは三谷だった。
「ご指名ありがとうございます。」
　三谷は、立ち上がって裕香とともにエレベーターに乗り込んだ。

　プレールームに入る二人・・・・
　三谷は、部屋に入るなり、いきなり喋りかけてきた。
「キャシー、ちょっと話があるんだ。」
「え、何？」
「昨日、俺のアパートに空き巣が入ったんだ。」
「えぇ！・・・・そういえば電話で私に来なかったかって聞いていたわね。」
　裕香は、ワザとらしく驚きの表情を見せた。
　三谷は、探るような目で裕香を観察している。
「キャシー、何か心当たりないか？」
「何で、私が知ってるの？　今朝も言ったけど三谷さんの家も知らないし。」
「・・・・・」
「何を盗られたの？」
「・・・・・それは・・・・ま、いいさ。」
　三谷は、口を濁しながら裕香を引寄せた。
「あ、三谷さん、お湯を溜めるから・・・」
「後でいいじゃないか。」
　そう言って、裕香の股間に手を伸ばしてくる三谷・・・
「駄目ってば・・・」
「キャシー、俺は、お前が好きなんだ。」
　裕香は、三谷を見つめた。
　何か言いたそうな素振りを見せつけるが、もちろん演技だ。
「俺の彼女にしたいんだ。」
　裕香は、呟いた。
「・・・・三谷さん、本当に・・心の底から、そう思ってるの？」
「当たり前さ。何回、ここに通ってると思うんだ。」
　裕香は、考える振りをして、暫し無言になった。
「三谷さんは、彼女居ないの？」
「居たら、わざわざ、ここに通わないさ。」
　更に演技を続ける裕香・・・・
　三谷を信用させるために心が動いてる態度を見せつける。

　そして・・・・
「・・・・・解ったわ。今、出ればプレー料金は要らないから・・・・私のアパートに行く？」
「え！・・ほ、本当かい？」
「ええ・・・そのかわり信用していいのね、三谷さんを。」
「もちろんさ。」
（ククッ・・・やったぜ。）
　三谷は、心の中で、ほくそ笑んでいた。

「解ったわ。体調が悪いからと言って早引きしてくる。三谷さん、タクシーを呼んで外で待っててくれる？」
「ああ、わかった。」
　三谷は、裕香とプレールームを出ると一人エレベーターに乗った。

　その頃、裕香は・・・・・
「店長、それじゃ、私、これで。」
「ああ、気をつけるんだよ。君は、この店のナンバー１なんだから。」
「はい。」
　裕香は、事前に店長に話をしており了解を得ていたのだ。
　コスチュームを私服に着替え、外で待つ三谷の元へ向かった。

　既に、三谷は、タクシーを呼んで裕香を待っていた。
「三谷さん、お待たせ。」
「キャシー、何度も、この店に通った甲斐があったよ。」
　裕香は、必死で笑みを作りながらタクシーに乗り込んだ。

（１７）

　裕香と三谷は、アパートに到着した。
　ランセルに行く前に、剛士から預かった部屋の鍵をバックから取り出す。

「ここよ、三谷さん。」
　アパートの前でタクシーは止まった。
　裕香と三谷は、車から降りると階段を上っていった。
　裕香の後を歩く三谷・・・顔は下心で緩んでいる。

　裕香は、２０５号室の鍵を開けて中に入った。
「来たわよ。」
　隣の部屋で、沙良が声を上げた。
　幸三と絵美が、モニターを覗き込んだ。

　三谷は、いきなり裕香に抱きつき体を弄っている。
　そんな三谷の行動に、絵美は、顔を顰めて声を上げた。
「か・・一哉・・・・・そんな・・」
　立ち上がって隣の部屋に行こうとする絵美を制止する幸三・・・
「まだだ。話を聞こう。」
　絵美は、顔を引き攣らせて座り込んだ。

「キャシー・・・もう我慢できないよ。」
「待って、三谷さん、そんなに慌てなくても逃げないわ。」
　裕香は、三谷を振りほどいた。
　三谷は、苦笑いをしながら裕香の言葉に理解を示した。
「そうだね。時間はたっぷりあるし。」
　三谷が、部屋を見渡す。
「それにしても、女の子の部屋の割には殺風景だね。」
　三谷は、観察するように部屋を眺めている。
「え、ええ・・・・ね、寝に帰るだけだし・・・」
「でも、よく決心してくれたね。」
「ね、三谷さん・・・もう一度聞くけど本当に彼女は居ないの？」
「居るわけないじゃないか？」
　隣の部屋では、絵美が怒りと悔しさで涙を浮かべていた。

　裕香は、沙良から言われた台詞を思い出していた。
「・・・・私、ちょっと耳に挟んだんだけど、宮田さんっていうデパートに勤めている人と付き合ってるって聞いた事あるの。」
「ぇ・・な・・なんで・・・・・」
　慌てる三谷・・・・
「彼女なんでしょ？」
「ば・・・・な、なに言ってんだよ・・・」
「実は、私も三谷さんが、その人と一緒に居るところを見たことあるの。」
「・・・え・・・ど、どこで・・・・・・・・どこでだ？」
　裕香は、沙良の言われたとおりに答えた。
「三谷さん、青い車で彼女を乗せて走ってたでしょ？　すれ違ったの覚えていない？」
　三谷の顔は焦りで冷や汗を掻いている・・・
「い、いや、ゴメン・・・・でも、あの女は彼女じゃないんだ。」
「そうなの？」
「あ、ああ・・・・・違うよ。凄く、しつこい女でさ・・勝手に、俺のアパートに押しかけてきたもんだから。・・送って行ったんだ。その時に見たんじゃない？」
　裕香と三谷の会話に、隣の部屋で聞いていた絵美が遂に声を出して泣き始めた。

「そう・・・なら・・いいんだけど。」
「嘘は、言わないよ。」
「三谷さん、本当に私を大事にしてくれる？」
「も、もちろんさ。誓うよ・・・」
　裕香は、三谷を誘う演技を開始した。
　シャツのボタンを外し胸元を肌けていく。
　裕香に近寄る三谷・・・
　そして、三谷は、裕香を押し倒した。
「・・あん・・・三谷さん・・・」

　隣の部屋で沙良が声を掛けた。
「そろそろ、いいわね。行きましょう。」
　幸三と絵美は、沙良のあとに続く。
　絵美は、涙を拭き、きつい表情に戻っていた。

　壁を開いて、隣の２０５号室に入る３人・・・
　必死で裕香の股間に手を入れている三谷は、まだ入ってきたことに気づかない。

　沙良が、ゆっくりと囁いた。
「お楽しみのところをお邪魔するわ。」
　沙良の声に、三谷が驚いて振り向いた。
「だ、誰だ！」
　しかし、絵美が居る事に気づき悲鳴のような声を上げる。
「ひぃぃー・・・え・・絵美ぃぃぃーっ・・・」
「・・・・一哉・・・隣で全部聞かせてもらったわ。」
　小声で、そう囁く絵美に三谷は声が出ない・・・
「・・・・ァ・・・ァヮヮ・・・・」
「どういう事か説明して。」
「・・ど・・どど・・・ど・・どう・・して・・・・」
　三谷は、ゆっくりと裕香に振り向いた。
　裕香は、ポーカーフェイスで乱れた衣服を直している。
「お、お前、だ・・・・だ、騙したなぁぁぁぁぁぁーっ！」
　裕香に飛びかかろうとする三谷を幸三が制止した。
　その幸三を押し退けると、絵美が三谷の頬を平手で叩き始めた。
「馬鹿っ！・・一哉の馬鹿っ！　貴女が、その女性を騙したんじゃない！」
「・・え、絵美・・・や、・・・やめ・・・・」
　何発叩いただろうか、絵美は、叩き疲れて大声で泣き崩れた。
　三谷は、ガックリと肩を落とし無言で下を俯いている。

　絵美が、座ったまま、バッグから何かを取り出した。
　シルバーチェーン、ロングスカーフ・シガレットケース等を畳に置いていく・・・
「そ・・・それ・・全部、私の・・・」
　裕香が、小声で囁く・・・
　絵美は、裕香を見ないまま小さく声を上げた。
「みんな、この男から貰ったの・・・・・・・貴女の物ですね・・」
「ぇ・・ええ・・・」
　三谷は、力なくしゃがみこんだ。
　絵美が、三谷に話し掛けた。
「何故・・何故なの・・一哉・・・・答えて・・・・・答えてよっ！」
「・・・絵美・・・・・ぉ・・・俺は・・」
　絵美は、力なくしゃがみ込む三谷を抱きしめた。
「馬鹿っ・・・一哉の馬鹿ぁぁ・・・・人から盗んだものを貰っても・・・私は、何も嬉しくなんかないわよっ！・・・・・私は、・・私は、プレゼントなんていらない・・・高価な物なんて・・・・・・・・一哉が・・・一哉が、居るだけで・・幸せなのにぃぃー・・」
　そう言って、絵美は号泣した。
　三谷も目から大粒の涙を流していた。

　黙って二人を見る沙良と幸三・・・
　裕香も、その様子を見て立ち尽くしている・・・

　しばらくして、まだ多少残る嗚咽を我慢しながら絵美が裕香に話し掛けた。
「裕香さん・・・・でしたね・・・」
「・・ぇ・・・・は、はい・・」
「彼を・・・・一哉を許してあげて下さい・・絶対・・もう絶対に貴女を・・・つけまわす様な事はさせません。・・・・・・・・だから・・だから・・・彼を許してあげて・・・お願いします。」
　あれだけ怒りと悔しさを表していた絵美は、裕香にそう言い放った。

　沙良は、思った。
　絵美と言う人間が、男の傲慢さと弱さの本質を理解している優秀な女性、いや頭の良い人間であると理解したのだ。
　裕香が、小声で絵美に答えた。
「わかりました・・・もう、いいんです。」
「ごめんなさい・・・本当にごめんなさい。・・・・一哉は、私がきっと・・・」
　沙良が、絵美の肩に手を掛けた。
「絵美さん、もういいのよ喋らなくて・・・・彼を連れて行きなさい。」
「はい・・・・・本当に・・・本当に、ご迷惑をお掛けました。」
　幸三が、三谷に言い放った。
「おい、三谷さんよ。お前、お前な、こんな素晴らしい女性を２度と、２度と悲しませるんじゃねぇぞ！・・・いいなっ！　正直、お前には、もったいないくらいの、最高の女性だぜ。」
「・・・・・は・・・・ぃ・・」
「・・・さ、行け・・・」
　絵美は、三谷の腕を取って立ち上がらせた。
　三谷は、力なく絵美に寄り添っている。
　そして絵美は、三谷を抱くようにしてアパートを出て行った。

　沙良は、絵美と三谷が出て行ったのを確認して裕香に近づいた。

　顔を上げる裕香・・・その瞬間・・・
　沙良は、裕香の頬を思いっきり叩いた。
「・・・・・キャッ・・・」
　頬を抑え、驚いたように沙良を見る裕香・・・
「あぁー、スッキリしたわ。」
　沙良は、そう言い放った。
「・・・・・・」
「裕香さん、どう思う？・・・・今回の件は、全部、三谷が悪かったのかしら？」
「・・・・・ぇ・・」
「ねぇ、裕香さん、貴女は、ある意味プロでしょ。客に、隙を見せないのが当然なんじゃないかしら？」
「・・・・・・」
「それに、最愛の彼が居るわけでしょ。その最愛の彼に、内緒で身体を売って、お金を稼いでいる。・・・その訳は聞かないわ。でも、彼が知ったら、どう思うかしら。今の絵美さんみたいに裕香さんの彼が、貴女を許すと思うかな・・一度考えてみて。」
　沙良は、そう言うと、絵美が置いていった物を拾って裕香に手渡した。
　ゆっくりと、それを受け取る裕香・・・
「ブランド品もいいけど・・・・・人間がブランドにならなきゃ。」
「・・・・・・沙良・・さ・・・ん・・」
「さ、事務所に行ってビールでも飲もっ！　裕香さん、貴女も付き合うのよ！」
　幸三も沙良の提言に、はしゃぐ様にして声を上げる。
「よぉーし、飲むぜぃ！」
「冬木さん、部屋の片付けと戸締りしてきてね。」
「えぇぇーっ・・・・そんな・・・」
　沙良は、裕香の手を引っ張り、先に部屋を出ていった・・・
「おい、沙良ちゃん・・・俺が行くまで待っててよ！」
　沙良は、幸三に笑みを投げながら、今件に終止符を打つようにドアを閉めた。