（４２）

　仙次郎は、資料を睨んでいた。

（よし、さっき質問を遡って聞いてみるか。）

　仙次郎は、万全の準備を整えて応対室に戻った。

「堀内さん、再開しましょう。」
「‥‥‥はい‥‥‥」

　堀内は、ヘッドフォンをはめて目を閉じていった。
　マイクで質問を開始する仙次郎‥‥‥‥

「堀内さん、大学時代は楽しかったですか？」
「ええ‥‥‥‥まぁ‥‥‥」
「先程、愛していたと言う彼氏を思い出す時がありますか？」
「‥‥‥ぇぇ‥‥‥はい‥‥‥‥‥よく‥‥‥‥」
「よく思い出すとは？‥‥‥‥何か貴女の心に拘りがあるようですね？」
「‥‥‥‥私は‥‥‥‥‥」

　堀内は言葉に詰まった。

「いいでしょう。‥‥‥‥‥では、初体験を教えてください。」
「‥‥‥ぁ‥‥‥あの‥‥‥‥」

　グラフが、再び乱線し始める‥‥‥‥
　恐らく、堀内は、喋る事ができないだろう。
　仙次郎は、堀内の経験したであろう事を予測して問いただした。

「堀内さん、貴女は、その愛した男性が、初めての男性ではありませんね。」
「‥‥‥ぁ‥‥‥そ‥‥‥‥それ‥‥‥は‥‥‥‥わ‥‥‥‥‥‥‥‥‥私‥‥‥」

　堀内の身体が、急激に震え出した。
　顔色も蒼ざめ、首筋と掌は、大量の汗をかき始めている。

（‥‥‥極度の恐怖症状だ‥‥‥‥‥‥）

　仙次郎は、話を続けた。
　そして自分の推測した事を堀内に遠慮なく質問した。

「堀内さん‥‥‥‥貴女の初体験は、愛した彼ではなく‥‥‥無理矢理‥‥‥‥」
「‥‥‥ぃ、いや‥‥‥‥‥‥‥‥いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ！」

　堀内は、狂ったように泣き叫んだ‥‥‥‥

（間違いない‥‥‥‥強姦されている‥‥‥‥‥犯されたか‥‥‥‥）

　仙次郎は、堀内のヘッドフォンを外してセンサーを手首から取り去った。
　堀内は、涙を浮かべて唇を震わせていた。

「堀内さん、落ち着きましょう。大丈夫‥‥‥大丈夫ですよ。」
「‥‥‥先生‥‥‥‥先生ぇ‥‥‥私‥‥‥‥‥」
「堀内さん、‥‥‥‥貴女のヒステリーの起因が判りました。」
「‥‥‥‥‥‥せ‥‥‥先生‥‥‥‥‥‥た、助けて‥‥‥‥」
「堀内さん、大丈夫‥‥‥‥大丈夫です。」

　仙次郎は、佳代に水を持ってこさせた。

「堀内さん、冷たい水です。少し飲みなさい。」
「は‥‥‥‥は‥‥ぃ‥‥‥」

　仙次郎は、送風器を堀内の顔に当てて低濃度の酸素を流した。
　興奮状態を継続させすぎると過換気症候群に陥りやすい。
　荒い呼吸をする事によって酸素を吸いすぎ、肺気交換が正常に行われなくなるのだ。

　堀内が、落ち着いたのを見計らい、仙次郎は、慎重に説明をした。

「堀内さん‥‥‥‥初体験は、見知らぬ男性‥‥‥つまり強姦されたんですね。」

　ゆっくりと頷く堀内‥‥‥‥
　堀内は、小さく深呼吸をして言葉を発した。

「‥‥‥‥‥アルバイトしていた帰りに‥‥‥‥人気の無い空き地に‥‥‥‥‥ひ、引きずり込まれて‥‥‥‥‥中年くらいの‥‥‥‥男でした。」
「そうですか‥‥‥‥辛かったでしょうね。」
「‥‥‥‥‥‥‥自殺も考えました‥‥‥‥でも‥‥‥馬鹿らしくて‥‥‥」

　仙次郎は、自殺を留まった堀内の性格と、その意志に改善の見通しがあると感じた。

「堀内さん、貴女は立派ですよ。そんな事で自殺をしても意味がない。」
「‥‥わ‥‥‥‥私は‥‥‥‥」
「堀内さん、今から私が言う事が間違っていたら、喋っている最中でもいいから否定してください。」
「？‥‥‥‥‥はい。」
「貴女は、当時、付き合っていた彼氏に処女を捧げるつもりだった。当然、彼も貴女が処女だと言う事は知っていた。しかし、貴女は、彼と関係する前に、その男に犯されてしまったのではないですか？」

　コクリと頷く堀内‥‥‥‥

「貴女は、彼に、犯されていた事を隠し通していた。彼に抱かれるまでの間、時間が、相当長く感じていたでしょうね。つまり、彼を失望させたくない。
　何よりフラれたくないという不安感があったからでしょう。そして、嘘をついていたと思われる怯えと悲壮感、そして何より強姦されたと言う屈辱感‥‥‥‥貴女は、そのときから少なからず男性に対しての恐怖感を抱いた。」
「‥‥‥‥‥は‥‥‥い‥‥‥」
「‥‥‥‥貴女は、とりあえず彼とは関係したんですね。」

　静かに頷く堀内‥‥‥‥

「多分、私の勘ですが、彼は、処女じゃない事に気づかなかった。いや、気づいたかも知れないが君に何も言わなかったのでは？」
「‥‥‥‥そ、その通りです。」
「そして、‥‥‥‥‥彼とは、関係が途絶えてしまった。」

　涙を流す堀内‥‥‥‥

「貴女は、彼が離れていった原因が、自分が処女ではなかったから、彼に嘘をついていたから離れていった。と思っているでしょう。」
「‥‥‥ぇ‥‥‥‥‥ぇぇ‥‥‥‥」
「それを確認したんですか？」
「‥‥‥‥ぃぇ‥‥‥‥‥‥し、してません。」
「じゃ、実際には、彼の気持ちが解らないまま、彼との交際を終えたんですか。」
「‥‥‥はい。」
「蟠りが残ったでしょうね。貴女の心に吹っ切れない何かが残っている。」
「‥‥‥‥はい‥‥‥‥いまだに‥‥‥‥」
「解りました。質問を変えましょう。」

　仙次郎は、違う資料を取り出した。

「貴女は、ご主人と３年前からセックスレスと言っていましたが、それまでは、ごく普通に夫婦の夜の関係はあったんですよね。」
「ええ‥‥‥はい。」
「貴女とご主人は、どうやって知り合ったんですか？」
「私が、入社して間もない頃、同僚の女性連中と合コンに行ったんです。そこで知り合いました。」
「ご主人の職業は？」
「公務員です。」
「そうですか‥‥‥結婚したほどですから、当然、愛していたんですよね。」
「はい。毎日が楽しくて仕方がありませんでした。」
「なるほど。その時点では、前の彼氏の事を忘れ、今のご主人に　没頭する事が出来た訳ですね。」
「はい。‥‥‥‥大恋愛でしたし、会えなくても毎日、連絡しあって‥‥」
「なるほど。‥‥‥それでは、３年前から夫婦の交わりが無いのは、貴女が、強姦された事に関係あると考えるのですが、違いますか？。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「堀内さん、解決の糸口を見つけたいんです。話してください。」

　堀内は躊躇しながらも重い口を開いた。

「‥‥‥‥主人が、酔って遅くに帰ってきたんです。当時、主人は昇格し、残業も多くなってきました。私も、ちょうど主人と同じ時期に係長になって責任が増えました。お互いがそんな状態で、小競り合いや喧嘩が増えてきたんです。いつもイライラしてて。」
「ふむ‥‥‥‥‥で？‥‥‥」
「私は、無理矢理起こされて愚痴を聞かされていました。私も疲れているし、夜食を作れと騒ぎ出して、また喧嘩になったんです。主人は酔っていて私が怒っているのも判断できませんでした。‥‥‥そして‥‥‥‥‥‥‥私を抱こうとしたんです。別に主人を嫌っているわけではありませんが、眠気と疲れとイライラとで拒否しました。しかし、主人は無理矢理‥‥‥」
「貴女を抱こうと襲ってきたわけですね。」
「はい。」
「なるほど‥‥‥‥そして、貴女は、過去の犯された時の事が回想されてしまった。心の奥に眠っていた辛い思い出が、浮かび上がって、愛している主人が急に別人に思えてきてしまった。ご主人が強姦した男とダブってしまう。‥‥‥そうですね。」
「はい。」
「堀内さん、もう一つあると思います。先日、部長の加藤さんも言ってましたが、女性に対してだけは、ヒステリー症状が全く無い。むしろ、女性社員からは好かれている。それは、どうしてなのか。‥‥私は、色々、考えたんですよ。」
「‥‥‥‥‥」
「つまり、貴女は、強姦された事によって、男性自体を憎んでいるんです。いつしか男性を許せなくなった。男性不審ではなく男性そのものの性欲に疑問を持ち始めた。それが証拠に貴女のヒステリー症状は、男性だけだ。上司、部下、そしてご主人‥‥‥全て男性だけにしか、現われないんです。」
「‥‥‥‥え？‥‥‥あの‥‥‥」
「つまり、体力で敵わないため、女性特有の敵対行動を取るようになったんです。」
「ぇ‥‥‥‥ぁ‥‥‥」
「職務柄、しょうがないとは思いますが、自分の指示や意見に対して反抗したり、文句を言ってくる者に対して、激しい感情をぶつけるようになってきたんです。」

　堀内は、仙次郎の説明に言葉を詰まらせていく。

「でも、それは、知らず知らずにね。更に悪循環なのは、貴女に意見を要請してくるのはほとんどが男性社員の役職者だ。つまり、命令する者ばかりの人間です。女性社員は、命令される事が多い。だが貴女は、怯まずに意見を伝えていく。女性社員らは、威張ってものを言う男性を嫌っているが直接言う勇気がない。だが、貴女は、媚びずに堂々と渡り合っていく。つまり、他の女性らが、貴女を英雄視するようになる。貴女は、それを雰囲気で感じ取ったんです。そして、貴女に賛同する。」
「‥‥‥‥‥‥ぁ‥‥‥ぁ‥‥‥」
「貴女は、女性社員に、男なんか、こんなものよ。という態度をとって、それに応えていった。どうですか堀内さん、心当たり、あるでしょ？」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は‥‥‥‥‥‥‥ぃ‥‥‥」
「そして、ご主人もだ。普通、家庭では女房は、何かと亭主の世話を焼く。しかし、それは、愛の一部です。貴女は、それを可逆してしまった。つまり、無理矢理されてしまったという感が記憶から抜けないでいる。正直、酔って嫌がる貴女を抱こうとしたご主人は、悪いかもしれない。」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「しかし、ご主人は、特別です。貴女という人間は、ご主人の宝物なんですよ。」

（！‥‥ぁ‥‥‥‥‥‥‥‥ゥ、ゥゥ‥‥‥‥‥）

「とりあえず、貴女のヒステリーを起こす起因は、はっきりしました。問題は、どう改善していくかです。これは、貴女の努力以外ありません。」　
「ぁ‥‥あの‥‥‥具体的には‥‥‥‥どうすれば‥‥‥」
「強姦されたという暗い過去を完全に拭い取らないといけません。」
「‥‥‥‥‥‥？」
「堀内さん、肝心な事を言いますよ。私の今までの経験と研究からして高い確率で、改善されると思いますが、その前に聞きたい事があります。貴女は、見知らぬ男に犯された事を今までご主人に話していませんね？」
「‥‥‥は‥‥‥はい‥‥‥」
「今夜、話す勇気がありますか？」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「堀内さん、きちんと、ご主人に言えば貴女の心の奥にある蟠りが消えますよ。」
「でも‥‥‥‥‥」
「それを黙って、一生を終われる人も居ます。しかし、貴女は違う。貴方は、育ってきた家庭環境や物事の考え方がしっかりしている。自分自身にも嘘をつくことが出来ない性格であるにもかかわらず、１０数年、ご主人に言わないでいた。いや、言えないでいたんだ。」
「‥‥‥‥‥‥」
「それはね‥‥‥‥堀内さん‥‥‥‥貴女が、ご主人を愛しているからです。」
「！‥‥‥‥‥ぁ‥‥‥‥ぁぁ‥‥‥‥‥‥‥」
「たった、一つの切っ掛けで、ご主人との仲が悪くなってしまった。夫婦仲が悪いのも貴女のヒステリーの要因です。直ぐに、ご主人に説明してスッキリしなさい。そして、貴女が、心の底からご主人を愛していると言う事を説明しなさい。絶対に解ってくれるはずです。」
「‥‥‥‥わ‥‥‥わたしは‥‥‥‥」

　涙を流す堀内‥‥‥‥‥‥

「嘘をつき通す、隠し通す事ほど、人間にとって苦しい事はありません。」
「‥‥‥先生‥‥‥‥‥わ、わかりました‥‥‥‥私‥‥‥主人に話します。」
「堀内さん、男性にも女性に対して理解を示し、優しく手を差し伸べる者はたくさん居ます。ご主人がそうだったんでしょう。ご主人の理解を得て、仲良くし、また楽しい生活を取り戻せば、貴女の心は正常に戻ります。ヒステリックな状態も改善されますよ。絶対、大丈夫です。安心しなさい。」

　堀内は大粒の涙を流して呟いた。

「‥‥‥‥先生‥‥‥‥私‥‥‥‥‥‥相談してよかった。」
「頑張ってください。ご主人も会社も貴女を必要としています。」
「‥‥先生、ありがとうございます。‥‥本当に‥‥‥‥本当に‥‥‥‥」

　堀内聖子は、落ち着いた表情に戻っていた。
　今回、仙次郎に、要点を説明され起因を見つけてもらい改善の手立てを教えてもらっただけでも、全体が明るくなっていたのだ。

　堀内は、仙次郎に深々と頭を下げて部屋を出て行った。

　堀内が出ていったのを見計らって佳代が飛び込んできた。

「さっすがぁー、先生‥‥‥お見事でしたぁ。」

　執務室から出てきた佳代が、仙次郎に囁いた。

「親身になってやらないとな。」
「しかし、コツは何ですか？」
「フハハ、とにかく、心の奥を読むんだよ。その人と同じ状態になって考えてやる事さ。」
「じゃ、先生‥‥‥私の心を読んで同じ状態になってください。」
「え？‥‥‥何で？」
「もぉぅっ！‥‥‥さっき、後で続きするって言ったじゃないですか。」

　そう言って、仙次郎を見つめながらベルトを外していく佳代‥‥‥‥
　仙次郎は、苦笑いをしながら佳代を見つめた。

「しょうがないな。‥‥‥‥‥しかし、君の心理は理解に苦しむよ。」

　佳代は、仙次郎の話をろくに聞くこともせず肉棒を貪るように咥えてくる。

「おい、佳代君、聞いてるのか？」
「ンムムゥゥッ‥‥‥ングゥッ‥‥‥」

（ったく‥‥‥‥‥ウッ‥‥‥し、しかし、気持ちいい‥‥‥‥）

　仙次郎は、佳代の頭部を左右から掴んで舌技を堪能していった。