（７８）

　事業部に戻った安西は、一柳里子に気づくよう、
　隣の席で仕事をする村井という女性に声をかけていた。
　村井は、独身女性で建設課はおろか、事業部全体のマドンナ的存在だった。
　美人であり、おしとやかな性格から男性社員らを魅了していた。

　安西は笑みを浮かべ、いかにも親しそうな雰囲気を作り出していく。
　一柳は、そんな安西を落ち着きのない様子でチラチラと見ていた。

（！‥‥‥‥武弘さん‥‥‥‥）

　明らかに、安西の目に一柳の動揺が見て取れた‥‥‥
　安西は、一柳と視線を合わさないようにしながらも行動に留意していく。

　しかし、これ見よがしに無視しても不自然に思われ一柳が、疑問を感じてしまう恐れもある。

（‥‥‥‥‥あまり、大袈裟にやらないほうがいいかな‥‥‥‥）

　安西は、終業まで、じっくり時間を掛けて仙次郎に言われた通りの行動を取ることにした。

　しかし、一柳は、一旦、気にしてしまうと仕事が手につかなくなってきた。
　早く仕事を終え、安西と二人きりになりたいという欲求が湧いてくる。

　そして、頻繁に安西を見る回数が増えてきた。
　安西の隣に座る女性社員の村井の事も気になってしょうがない。
　時折、村井の方から安西に喋りかけているようだ。
　その度に、一柳の胃に小さな痛みが走るようになってきた。

（武弘さん、少しでいいから、こっち向いて‥‥‥‥）

　その時、仕事の事で、村井が何やら尋ねたのだろう。
　安西は、村井に身を寄せモニターを除きながら笑顔で教えている。
　一柳の目には、安西と村井が、まるで親しい恋人同士のような関係に見えた。
　その瞬間‥‥‥
　一柳の目が虚ろになったかと思うと、胸を押さえて立ち上がった。

　直ぐに、一柳に気づく安西‥‥‥
　一柳の胸ポケットには、カッターナイフが挿さっている。

（‥‥‥‥‥！‥‥‥‥まさか、また‥‥‥）

　安西は、一柳に気づかれぬよう後を追った。
　一柳は、背を丸め、おぼつかない足取りでトイレの方に向かっていた。

（さすがに、トイレまではついていけないな‥‥‥‥）

　安西は、一柳がトイレに入る前に声を掛けた。

「里子っ。」

　振り向く一柳‥‥‥‥

「‥‥‥ぁ‥‥‥‥‥た、武弘さん‥‥‥」
「何処へ行くんだい？」
「‥‥‥ぇ‥‥‥あ、あの‥‥‥トイレに‥‥‥」
「そうか。‥‥‥ところで今日、久しぶりにうちに泊まっていかないか？」
「‥‥‥‥え？」
「お母さんに怒られるかい。」
「ぅ‥‥うぅん‥‥‥そんな事‥‥‥‥‥」

　安西の、この一言で一柳の表情が変化した。

「もうじき、終わりだし一緒に帰ろう。‥‥‥あ、そうそう、飯でも作ってくれよ。」
「ええ。」

　暗い表情が、一気に明るくなり態度まで一変したのだ。

（ふぅぅー‥‥‥‥‥セーフか‥‥‥‥）

　安西は、安堵した。
　しかし、その反面、やはり、仙次郎の言ったとおり、自分に対する嫉妬からの行動と思わざるを得なかった。

/ / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / /

「里子、美味かったよ。」
「そぉう‥‥‥嬉しいわ。」

　安西は、里子の手料理を褒めながら様子を伺った。
　先ほどの状態とは、打って変わり、楽しそうに明るく振舞っている。
　後は、夜寝るときに仙次郎に言われたとおりに里子を試すだけだ。
　安西は、里子を試す題材として、事業部のマドンナ、村井の話をしようと考えた。

（内容を考えておかないとな。‥‥‥‥とにかく、里子の嫉妬心を引き出した後、様子を伺えということだから‥‥んー‥‥さて‥‥）

　安西は、煙草を吸いながら台詞を考えた。

「武弘さん、洗い物しちゃうからお風呂に入ったら。湯は溜めておいたから。」
「ああ‥‥‥そうだな‥‥‥‥‥」
「ねぇ、武弘さん、後から入っていっていい？」
「ぁ‥‥ああ、もちろんさ。」

　里子は、顔を染めながらキッチンに食器を運んでいった。

　安西は、上着を脱ぐと浴室に向かった。
　下着を脱ぎ中に入っていく。
　シャワーを浴び、身体を洗うと浴槽に身体を沈めていった。

「ふぅぅー‥‥‥最高っ！」

　安西は、一日の疲れが抜けていくのを感じていた。
　湯船に浸かりながら、仙次郎の話を思い出す。

（‥‥‥‥嫉妬か‥‥‥ある意味、嬉しくもあるが、心配だな‥‥‥）

　安西は、里子に対する愛が薄れている訳ではなかった。
　しかし、ほんの些細な事でヤキモチなど焼かれたら今後の生活にも支障をきたす事は明白だ。
　仕事で、他の女性とペアを組む事もあるし会話だってある。
　安西は、今のうちに何とか愛する里子のためにも、このような状態を改善しなければいけないと真剣に思っていた。
　暫くして浴室のドアが開く音が聞こえた。

「武弘さん、入っていっていい？」
「ああ。早く来いよ。」

　透きガラスのため、里子が下着を脱いでいる姿がよく見える。

（んー‥‥‥こういう形で見るのも意外とソソるな‥‥‥‥‥）

　安西の股間に力が漲ってきた。

「フフッ‥‥‥」

　里子は、小さな笑みを浮かべて浴室に入ってきた。
　下着に押しつぶされた里子の陰毛が、肌に張り付いている。
　安西は、里子の腕を引っ張り湯船に誘った。

「アン‥‥‥武弘さん、洗わないと‥‥‥」
「いいじゃないか‥‥‥後からで。」
「だってぇぇ‥‥‥」
「いいから、入れって。」

　強引に引っ張られた里子は、湯船に身を入れていった。

「もぉぅ、武弘さんったら‥‥‥」

　そう言いながら、里子は、安西に抱きついていった。
　安西の腰の上に跨り、激しくキスを交わしていく。

「‥‥‥‥‥ンァァ‥‥‥‥武弘さん‥‥‥」

　安西は、後から手を回して聡子のヒップを揉みあげた。

「ッァァ‥‥‥アゥン‥‥‥‥‥‥」

　安西の肉棒は、早くも固く怒張していた。
　里子は、股間部に手を回し、優しく肉棒を握って擦りあげていった。

「武弘さん、凄ぃーい‥‥‥もう、こんなに‥‥‥‥」
「里子、今日も、覚悟しておけよ。」
「ァァァ‥‥‥‥早く入れて欲しい。」
「ククッ‥‥何処に？」
「もぉぅ‥‥‥また変なこと言わせようとしてるぅ。」
「いいから言ってみろよ。何処に入れて欲しいんだい？」
「イヤァ‥‥‥‥エッチぃ‥‥‥」
「言わないと、入れてやらないぞ。」
「もぅっ、武弘さんったら」
「早く言ってみな。」

　里子は、頬を染めながら小声で囁いた。

「‥‥‥‥‥‥‥オ‥○‥ン‥コに‥‥‥入れて。」
「ククッ、ＯＫっ‥‥‥‥里子のここは気持ちいいからな。」

　そう言って、安西は里子の亀裂に指を這わせていった。

「ゥゥゥ‥‥‥アハァァァァァ‥‥‥‥‥」

　腰をくねらす里子‥‥‥‥
　安西の首筋に舌を這わせながら握っている肉棒を上下に擦りあげていく。

「里子‥‥‥‥口で‥‥‥‥」

　安西は、湯船から上がって浴槽に腰掛けた。

　里子は、虚ろな目で安西を見上げると唇を窄めながら肉棒を咥えていった。
　安西は、里子の頭部を左右から掴んで軽く揺らしていく。

「ンムゥゥゥゥ‥‥‥‥ングゥ‥‥」
「ぅ‥‥‥里子っ‥‥‥‥」

　里子の舌を絡める音が浴室に響いた。
　安西の下腹部に力が入り、肉棒が一層、波打っていく‥‥‥‥

「里子‥‥‥‥里子っ‥‥‥‥」

　安西は、我慢が出来なくなり、里子を立ち上がらせた。

「‥‥‥アンッ‥‥‥‥」
「里子っ、壁に手をついて。」

　安西は里子の身体を後ろ向きにし手を壁につかせると湯船に身を沈めて、里子のヒップを左右に開いた。
　亀裂が開き蜜壷が露になっていく‥‥‥‥

「イヤァン‥‥‥恥しいゎ‥‥‥ァァ‥‥‥」

　安西は、里子の蜜壷に舌を滑らせた。

「ゥゥフゥゥゥゥ‥‥‥‥ウァァァァ‥‥‥‥」

　里子は、ヒップを突き出して安西の愛撫を助けた。
　感じるのであろう、両足が小刻みに震えている。
　蜜壷の奥からは、透明な液体が流れ始めたいた。

「ァァ‥‥‥だ、駄目ぇぇぇ‥‥‥‥感じちゃうぅぅ‥‥‥」

　安西は、立ち上がって里子の蜜壷に肉棒を当てがった。

「ァァァ‥‥‥た‥‥‥武弘さん‥‥‥入れてぇぇ‥‥‥」

　安西は、ゆっくりと味わうように肉棒を挿入していった。

「ァァ‥‥‥ァ‥‥‥ァァァ‥‥‥‥アァァァァーッ‥‥」

　里子は、淫声をあげながら自ら腰を降り始めた。
　安西は、壁に手を付き、里子の腰の動きに身を任せている。

「里子ぉっ‥‥‥」
「ァァ‥‥‥ウゥゥゥゥゥ‥‥‥武弘さん‥‥‥イィ‥‥ァァァ、ィィィィー‥‥」

　里子の滑りが袋部分に到達した。
　安西は、後から里子の乳房を鷲掴みにし肉棒を突き上げていく。

「アゥゥゥゥゥゥゥゥゥ‥‥‥た‥‥武弘さん‥‥‥イィィ‥‥‥」

　安西の額に大量の汗が噴出し始めた。

「里子‥‥‥‥‥ここは暑い‥‥‥ベッドに行こう‥‥‥‥」

　そう言って、肉棒を引き抜く安西‥‥‥‥

「アァン‥‥もぉぅ‥‥‥いいところだったのにぃ‥‥‥」
「ゴメン･･･でも、ここは狭すぎるよ。」
「‥‥‥そうね‥‥‥わかった。体洗ってから、直ぐに行くわ。」
「ああ、先に出てるよ。これが萎えないうちに早く出て来いよ。」

　安西は、怒張した肉棒を里子に見せ付けると笑いながら浴室を出て行った。

☆☆☆☆☆

　里子は、安西の激しい腰の動きに悲鳴を上げていた。

「ウゥッ‥‥ウゥッ‥‥‥アグゥゥ‥‥‥ンアァァァァァ‥‥‥イィィ‥‥」

　結合部から漏れる湿った摩擦音に里子は、さらに淫らになっていく。

「里子‥‥‥凄くいいぞ‥‥‥」
「ァァ‥‥‥私も‥‥‥気持ちいぃぃぃ‥‥‥‥」
「何処が？‥‥」
「アッァァ‥‥‥オ○ンコ‥‥‥オ○ンコがぁぁ‥‥‥ァァ‥‥」
「俺も、気持ちいいよ‥‥‥」
「武弘さぁん‥‥‥‥そろそろ‥‥‥‥」
「ＯＫ‥‥‥‥ゴムはめるよ。」

　安西は結合を解くと、ベッド上にあるコンドームを手に取った。

　里子が、それに手を延ばして取り上げる。

「ん？」
「‥‥‥フフッ‥‥‥私が、はめてあげる。」

　里子は、パッケージを破くと中からサックを取り出して、安西の肉棒に被せた。
　丁寧に下へずらすと残り半分を唇で根元まで下ろしていった。

「んー‥‥‥‥さ、里子‥‥‥早くっ。」

　安西は、里子に促して背後位にさせた。

「ァァァ‥‥‥武弘さぁん‥‥‥‥‥‥」

　ヒップを振って安西を急かす里子‥‥‥
　安西は、濡れそぼった里子の蜜壷目掛けて肉棒をつきたてた。

「ンッハァァァァァァァァァー‥‥‥‥‥う、動かしてぇぇぇーっ！」

　安西は、里子の要求どおりに激しく腰を動かしていった。

「ハゥッ‥‥‥ァァァ‥‥‥イィィィ‥‥‥ァァ、イィィィーッ！」
「さ、里子ぉっ！」

　里子の菊門が、肉棒の出し入れで盛り上がりを見せている。
　安西は、その菊門を親指で押さえながら下腹部に力を入れた。

「アックゥゥゥゥゥー‥‥‥アハァァァァァー‥‥‥‥イキソぉっ‥‥」

　安西もピッチを上げた。

「た、武弘さ‥‥ん‥‥‥も、もう、駄目ぇ‥‥‥イク‥‥イクワァーっ！」

　ほぼ同時に、二人に大波が襲った。

「ウグゥゥゥー、イクゥ‥‥‥‥」
「里子っ、出すぞ‥‥‥」
「ウアァァァァァァァァァァァァァァァァー‥‥‥‥ァ‥‥ァァ‥‥‥」

　大爆発をした安西は、結合したまま里子の背中の上に倒れていった。
　熱い息が、里子のうなじに当たっていく。

　里子は、これ以上ない心地良さに全身の力が抜けていった。

（７９）

　安西は、里子を抱きながら、今から言う台詞を頭の中で整理していた。

（よし‥‥‥大体いいだろう‥‥‥）

　黙っている安西に里子が口を開いた。

「武弘さん、何考えてるの？」
「え‥‥‥あ、いや‥‥‥ちょっと仕事の事をな。」
「仕事？」
「ああ。」
「夕方、村井さんと喋ってた事？」
「え？‥‥‥ぁ、ああ‥‥‥そうそう‥‥‥ちょっとした指摘を貰ったんでね。」
「‥‥‥そぅ‥‥‥」

　急に声が小さくなる里子‥‥‥‥

（‥‥‥‥やはり、他の女性の話になると気になる様だな‥‥‥）

　しかし、安西は、話しを持っていきやすいと考えた。

「どうしたんだい？」
「‥‥‥うぅん‥‥‥別に‥‥‥‥」
「しかし、彼女は、明るくて素直な女性だね。」
「‥‥‥‥‥そ‥‥‥そうね‥‥‥男性社員にも人気あるし‥‥‥」
「そうだな。」
「‥‥‥‥武弘さんも、村井さんが気になるの？」
「馬鹿だな。僕は、君と婚約してるんだぞ。そんな事を考えた事もないさ。」
「本当っ？」
「ああ。でも、彼女と仕事をしてると皆の見る視線が痛いけどな。」
「え？」
「つまり、羨ましがってるのさ。彼女は美人だし気立てもいいからね。結構、独身連中は、村井君をモノにしようと狙ってるんじゃないかな。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥武弘さん‥‥‥‥」
「ん？‥‥‥どうした‥‥‥」
「もし‥‥‥もし、村井さんが武弘さんを誘ったらどうする？」
「はは、そんな事有り得ないさ。‥‥‥でも、そうだな‥‥‥本当に彼女に誘われたら、お茶くらい付き合ってもいいかな。」
「えっ？」

　安西は、敢えて里子の心を揺さぶる言葉を吐いた。

（ん？‥‥‥また、顔が曇ったな‥‥‥‥‥大丈夫だろうか‥‥‥）

　安西は、そんな事を考えながら仙次郎の言われたとおりに少々、二人の間を空ける時間を取る事にした。

「さて、里子‥‥‥シャワー浴びてくるよ。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

　里子は、無言でいた。
　安西は、気になる気持ちを押さえてベッドから降りると浴室に向かった。

≪安西さん、恐らく彼女は、不安な事を思い込むとリストカットに及びます。しかし、そうなるまでに１０分は掛かるので絶対に目の前に立たないで下さい。≫

　安西は、仙次郎の言葉を思い浮かべながら浴室に入った。
　シャワーのノズルを捻り湯を出す安西‥‥‥

　しかし、軽く浴びただけで直ぐにバスローブを羽織った。
　そして、慎重に時間を数えながら里子の様子を伺っていく。

　１０分ほど経過しただろうか。物音を立てないように浴室から出ると壁陰に隠れてベッドの方に目を向けた。

（‥‥‥‥‥ん？　居ないな‥‥‥‥何処に行ったんだ？‥‥‥‥‥）

　安西は、嫌な予感を浮かべながらも奥ヘ足を運びキッチンに目を向けた。
　カウンターの下の方から、何やら物音が聞こえる。

　安西は、静かに移動しキッチンの入口を覗いてみた。
　里子は、床にしゃがみ込み包丁を手に持っていた。

（さ、里子っ‥‥‥‥）

　包丁を見つめて何やら呟いている。

（‥‥‥‥‥なにを喋ってるんだ？）

　表情を伺う安西‥‥‥
　目は虚ろで濁っているように思える。
　安西は、詳細を仙次郎に伝えるためギリギリまで止めるのを留まった。
　以前までは、既に切った後の状態しか見ていなかっためか、いざ、こうして目の前で切る瞬間を眺めていると強い緊迫感と動悸を覚えた。

「武弘さんのバカ‥‥‥武弘さんのバカ‥‥‥武弘さんのバカ‥‥‥」

（‥‥‥‥？‥‥）

　そして、里子は、包丁を手に当てた。
　里子の両手は震えていた。

「里子っ！」

　安西は、もはや限界と見て里子に飛びついた。

「何やってるんだっ！」
「イ、イヤッ‥‥‥離してっ。離してよぉぉーっ！」
「里子ぉっ！」

　安西は、里子の頬を引っ叩いた。

「キャッ‥‥‥」

　落とした包丁を拾い上げると安西は、里子を抱き寄せた。
　そして、身体を揺すりながら里子の名を呼び続ける。

「里子っ‥‥‥里子ぉぉーっ！」

　里子の濁った目が覚醒した。
　目を開けて自分を抱きしめている安西を見つめる。

「‥‥‥‥た‥‥‥武弘さん‥‥‥‥‥わ、私‥‥‥‥‥‥」
「里子‥‥‥‥お前‥‥‥また、切ろうとしてたんだぞ。」
「どうして‥‥‥‥私‥‥‥何を‥‥‥‥」

（また‥‥‥また、いつもと同じ言葉を‥‥‥）

「里子‥‥‥‥お前、今何をしていたのか本当に判らないのか？」
「‥‥‥‥ぇ‥‥‥‥ぁ‥‥‥あの‥‥‥‥」

　安西は、再度、里子を抱きしめた。

（‥‥‥‥知らずにやったのか？‥‥‥‥）

　安西は、思い出していた。
　以前、トイレで倒れている時も、問いただして返ってきた言葉は意味不明な言葉を口ずさんでいるだけだったからだ。
　安西は、得体の知れない恐怖に包まれた。
　もし、これからも、先ほどのような言動を知らず知らずのうちに吐いてしまえば、また、里子がリストカットに及んでしまうのは明白だ。
　安西は、奥歯を噛みしめながら苦悩していった。

☆☆☆☆☆

−　翌日　−

　安西と里子は、仙次郎のへ屋を訪れていた。
　応対室に姿を現す仙次郎‥‥‥‥

「先生‥‥‥‥‥」
「どうも。‥‥‥‥安西さん、どうでした。」

　安西は、隣に座る里子を見て口を濁した。

「安西さん、大丈夫です。彼女の前で喋っても構いません。」
「‥‥‥‥はい。」

　安西は、昨夜の里子との出来事を詳しく仙次郎に説明した。
　隣で聞く里子は、安西の説明する言葉に俯いているだけだった。

「なるほど‥‥‥そうですか。」
「先生、やはり、里子は‥‥‥‥」
「ええ。嫉妬心からですね。そして愛情の疑問を抱えています。」

　里子は怪訝な表情で仙次郎と安西を見た。
　それもそのはず、里子本人は、その行為を覚えていないからだ。
　しかし、安西の口から嫉妬という言葉を聞いた時点で何やら思い当たる節があるのか、思い悩むような様子を見せた。

「ふむ‥‥‥‥一柳さん、いま、安西さんの話を聞いていたと思いますが、どう思われましたか？」
「‥‥‥‥ぁ‥‥‥‥‥あの‥‥‥私‥‥‥‥‥‥‥」
「一柳さん、まず思っている事を全て話しましょう。治したいんでしょ。このままでは、安西さんと結婚しても彼を苦しめることになりますよ。」
「ぇ‥‥‥‥は、‥‥はい。‥‥‥‥‥‥わ、解りました。‥‥‥」

　里子は、胸に手を当てて軽く深呼吸をした。

「‥‥‥‥確かに‥‥‥嫉妬かもしれません。‥‥‥昨日、武弘さんの言葉を聞いて‥‥‥私、見捨てられるんじゃないかとか‥‥‥本当は村井さんのほうが好きなんじゃないんだろうか‥‥‥とか‥‥‥‥‥‥そんな事を考えているうちに呼吸が苦しくなってきて、気が付いたら。」
「そうですか‥‥‥では、まだ、貴女が安西さんと、付き合う前の事を思い出してください。以前は、家で手首を切る行為をしていましたね。その時も今と同じように気がついたら切っていたという状態でしたか？」
「‥‥‥‥‥はい。」
「その時は、誰かに嫉妬をしていたんですか？」
「‥‥‥ぃ‥‥‥いえ‥‥‥‥‥‥その‥‥‥‥」

　一柳は、言い難そうだった。
　過去の事は、自分の口から安西には話していなかったからだ。

「里子、君が、手首を切る癖があるということはお母さんから聞いてたんだ。」
「え？‥‥‥‥‥‥い、いつ？」
「お母さんは、僕と君が付き合うようになってから、そういう事をしなくなって喜んでいたんだ。いや、安心していたんだろうと思う。でも、もしかして僕らとの付き合いに亀裂が生じて、また、手首を切るような真似をするんじゃないかと心配して教えてくれたんだ。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

　仙次郎は、黙って二人の話を聞いていた。
　安西が仙次郎に視線を移し頭を下げた。
　頷く仙次郎‥‥‥‥

「一柳さん、先日も説明しましたが、貴女はリストカット、つまり手首自傷症候群という一種の精神的な病気なんです。」
「‥‥‥‥‥‥」
「要因は、ヒステリー機制、そして、分離不安に直面するのを避けるため、と考えられます。」
「‥‥‥‥あの‥‥‥‥」
「貴女の口からは言えないでしょうから、私が代わりに言いましょう。安西さん、貴方もよく聞いて頭の中に叩き込んでおいてください。」
「‥‥‥はい。」

　仙次郎は、一日掛けてまとめた資料を開いて二人に聞かせ始めた。

「まず、貴女は、かなり甘えん坊で育ったと想像します。ヒステリー機制によるリストカットについて言うと、注目を集めようとして、リストカットをする。小さい頃からの記憶や甘えが消えないため気にして欲しいという願望が貴女の心と頭の中に潜んでいるんです。そして、乳幼児期のような、自分と他人との区別がないような一体感を得ようとしているのですよ。つまり寂しがり屋です。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ぁ‥‥‥」
「しかし、当然の事ながら、現実には、そんな願望は、なかなか叶えられませんので、貴女は、誰も自分の事を解ってくれない、ということに傷ついて、強い喪失感に襲われます。そして同時に、このような愛情対象を失ってしまったという喪失感に堪えられずに、何とか愛情対象を取り戻すことを試みたりします。そして、手首を切ることで、母親や周囲の人たちを心配させたり困らせたりして、そのことによって、みんなの関心を自分だけに釘付けにしようとするのです。違いますか、一柳さん？」
「‥‥ぁ‥‥‥‥ぅぅ‥‥‥」
「ところが、何とかして自分の気持ちを解ってもらいたいという、その一心で手首を切ってしまう。機制しようとするんです。つまり困らせたい訳です。」
「で、でも‥‥‥‥‥‥わ‥‥‥私は‥‥‥‥」

　仙次郎は、何か言いかけようとする里子を無視して話を続けた。

「母親や周囲の者が、心配すればするほど狙いが的中したことになるんですが、さらに、症状が固定したものになっていきます。そこで、他人との一体感を得るために別の心配してくれる人を探し出し、その人に気づいてもらうようにリストカットするんです。その人が驚いて心配してくれればいいんですからね。」

　里子は、ビクッとして仙次郎を見つめた。

「そう、貴女の隣に座る、最愛の彼‥‥‥安西さんですよ。」
「彼が、心配してくれれば貴女は満足なんです。貴女にとって心配してくれる人というのは、自分のことを解ってくれる非常にありがたい人なんですよ。つまり、心配される事と理解される事、と言う図式になっているわけです。ですから、もし誰も心配してくれる人がいなくなったとしたら、貴女は本当に絶望してしまい、本当に自殺してしまう事も有りうる。」

　安西が、驚いて声をあげた。

「せ‥‥‥‥先生‥‥‥‥‥‥」

　仙次郎は、安西に手をかざし、大丈夫と頷いて話を続けた。

「だからと言って、その行為を治すため、貴女を安易に入院させたりすると、それが愛する安西さんと物理的な分離を招くことになるので、愛情対象を取り戻そうと、安西さんが病院内でリストカットをしてしまう可能性もある。」

　安西は、驚きながら仙次郎と里子を交互に見た。
　
「そこでですが、これを解決するためには、貴女の不安因子を取り除き、確固たる絶対安心感を植え付ける必要があります。」

　安西と里子は、息を飲みながら仙次郎の次の言葉を待った。

「精神的な開放感を得る事と手首を切るに至る前の考えを中和させる事。自虐的な行為によって、安西さんと一体感を得ようとしてる訳ですから、別の一体感になる方法を探す。まず、手首にいくつも刻まれた傷痕に、精神的に依存したような状態になったりしてるから、その傷を完全に消す事です。多少お金が掛かりますが綺麗に治ります。出来ますか？」
「‥‥‥‥‥は、はい‥‥‥‥早速、形成外科に‥‥‥」

　頷く仙次郎‥‥‥‥

「それから、一柳さんの　防衛機制の背後に潜んでいるのは、愛情対象の喪失と判っています。その分離不安から来る精神的な自立を拒絶しているから、それも改善するんです。」
「どういう方法で？」
「簡単でしょう。僕は君が全てだという行動、愛を注ぐだけですから。」
「‥‥‥はぁ‥‥‥」
「自分が愛されて受け入れられているんだという確信を持つことが出来ない、常に見捨てられるのではないかという不安を一柳さんは抱えているんです。」
「それを取り除くんですね。」
「そう、できるでしょ。」
「はい。もちろんです。」

　仙次郎は、次に、一柳に対して話を始めた。

「一柳さん、貴女は、乳幼児期に、何らかの理由でお母さんとの愛情の絆が十分に結ばれておらず、そのために人に対する信頼感を持てず、人間関係にとても敏感になっているんですよ。本当の意味での親離れが出来ておらずにお母さんも子離れができない状態で、母子間の適切な心の距離を保つことが出来ていません。色々な意味で気持ちが激しく揺れ動いているんです。」
「‥‥‥‥‥‥ぁ‥‥‥‥せ、先生‥‥‥‥なんで‥‥‥‥」
「昨夜、貴女のお母さんに私から電話をして説明をしました。そして、色々な話も伺いましたよ。お母さんは、理容店を経営しているんですってね。まだ、貴女が物心つかないうちに、お父さんが病死し、生活していくために大きな借金をして、店の経営を開始した。毎日が忙しく、幼い貴女をなかなか構ってやる事が出来ず可愛そうな事をしたと言っていました。母子二人だ。貴女も色々な事を話したり悩みや相談も聞いて欲しかったでしょう。しかし、お母さんは貴女を育てるために必死だった。当然だ。お母さんは、たった一人で店を切り盛りしてきたんだから。」
「‥‥‥‥‥‥‥ゥ‥‥‥‥‥‥ゥゥ‥‥‥‥」
「３０代後半、女性として一番充実し、心身的にも女性らしさを発揮できる時期に、甘えたい亭主も居らず、貴女だけのために頑張ってきたんだ。時には抱いて欲しい時もあったでしょうね。‥‥‥しかし、それだけ苦労を掛けたお母さんに貴女は社会人になっても心配を与えるようになった。愛情を感じていないと勘違いし、リストカットをするようになった。お母さんは、毎日、貴女の事を考えない日はなかったと言っていましたよ。でも、それを一言でも貴女に言わないでいたんだ。」
「‥‥‥‥‥ゎ‥‥‥‥‥私は‥‥‥‥‥」
「それは、感情が激しい貴女の性格をお母さんは知っていたからですよ。知っていますか？　貴女が、安西さんと婚約をした日に、お母さんは、お父さんの仏前で涙ながらに二人の婚約を報告したと言っていました。」
「‥‥‥‥ぇ‥‥‥」
「貴女のお父さんは、お酒が好きだったらしい。いつも貴女を抱いてお母さんと、楽しく会話をしながら飲んでいたと言ってました。」
「‥‥‥‥お父さんが‥‥‥‥」
「だが、お母さんは、いまだにお酒が飲めない。でも、本当に婚約した事が嬉しくて、飲めない酒をお父さんと交わしたらしいですよ。天国で婚約を喜んでいるお父さんと飲みたかったんでしょうね。貴女は、お母さんの気持ちなど考えた事ないでしょう？　お母さんは、貴女が思う以上に、貴女に愛情を注いでいたんです。貴女は、それを知らずに甘えていたんだ。」
「！‥‥‥‥ゥ‥‥‥ゥゥ‥‥‥‥ゥッ、ゥゥゥゥゥ‥‥‥」

　里子は、遂に嗚咽を漏らした。
　仙次郎は、里子が理解を得たと判断し最終段階に入っていった。

「それから、一柳さん、安西さんの事ですが、同じその愛情を貴女に抱いています。昨日、私がこの耳で確かに聞きました。大好きな、そして心から愛する貴女のお母さんを安西さんは、将来、引き取って一緒に暮らすつもりと言っていましたよ。」

　肩を震わせ涙を流しながら安西を見る里子‥‥‥‥

「た‥‥‥武弘さん‥‥‥‥‥‥‥」
「貴女を愛していなければ、言える台詞じゃありませんよね。これで、解るでしょう。貴女は、不信を抱いていたお母さん、そして、安西さんからも、心から愛されているんですよ。」
　
　里子は、遂に大声で泣き叫んだ。

「･･･ごめんなさい‥‥‥ごめんなさぁいぃ‥‥‥‥ぅぅぅ‥‥‥」

　安西は、優しく里子を抱きしめた。

（ふぅぅー‥‥‥これで、彼女も分離不安は解消されるだろう‥‥‥‥）

　二人の後で、仙次郎にウィンクを送ってくる佳代‥‥‥

（チッ‥‥‥また、聞いていやがったな‥‥‥‥‥クククッ‥‥‥）

　佳代に親指を立てて、静かにソファから立ち上がる仙次郎‥‥‥‥

「一柳さん、人を信じる事だ。そして愛してくれる人を信じる事です。人を疑う気持ちは誰もが持っている。しかし、それを弄しては駄目だ。」

　嗚咽を漏らしながら何度も頷く里子‥‥‥‥
　そして、安西も仙次郎に丁寧に頭を下げた。

　仙次郎は、優しい笑みを返し席を離れた。
　そして、佳代の背を押し、二人を残して部屋を出て行った。