（９０）

「先生、今日来る田所さんの、社員データはどうします？」

　佳代が、欠伸をしている仙次郎に問い掛けた。

「んー‥‥‥まあ、夫婦だからいいだろう。直接聞いた方が早いし。」
「分かりました。‥‥‥‥‥それで、どんな、相談なんですか？」
「名倉さんの話だと、セックスレスで奥さんのほうが悩んでいるらしい。」
「セックスレス？」
「ああ、まだ、新婚らしい。」
「え？　新婚なのに？‥‥‥‥‥‥‥不思議ですね。」
「別に仲が悪いわけじゃないらしいし、若いのにそういう状態は、やはり普通じゃないからな。」
「身体に欠陥があるとか？」
「いや、旦那のほうも自慰できるらしいし、奥さんのほうも異常は無いと言っていたが。」
「へぇー‥‥‥‥」
「ま、しかし、欠陥といっても程度があるからな、一概には言えないが。」
「どういう事です？」
「たとえば、短小だとか、包茎だとか、それを苦にして嫌がってるかもしれないし、反対に、女性の場合だと生まれつき膣内肥大してる人もいれば、奥行きが浅くて挿入感がないとか、不感症だとか、色々、問題を抱えている場合もあるからな。」
「でも、奥さんが相談したという事は、不感症ではないんですよね。」
「んむ‥‥‥ま、いずれにせよ詳しく聞かないと判断できないよ。」
「そうですね。」

　その時、ドアをノックする音が聞こえた。

「あ、先生、来たようですよ。」
「んむ。入れてくれ。」
「はい。」

　佳代は、ドアを開けて外を確認した。
　神妙な面持ちで二人の男女が立っている。

「田所さんですか？」
「は‥‥‥はい。‥‥‥あ、あの‥‥‥名倉課長から紹介を受けて。」
「はい、伺っています。どうぞお入りください。」

　田所と妻の晴子が、頭を下げて応対室に入ってきた。
　仙次郎を見て、再度、頭を下げる田所と晴子‥‥‥‥

「あ‥‥‥始めまして‥‥‥あの、田所真一です。こっちは妻の‥‥‥晴子です。」
「高輪です。名倉課長から大体の内容は、お聞きしています。」
「ぁ‥‥‥は、はい‥‥‥‥お、お願いします。」

　相談が、相談だけに緊張しているのだろう。
　二人は、気恥ずかしさと臆した態度が全体に現われていた。

「そう、緊張しなくても結構ですよ。どうぞ、お座りください。」

　ソファに座るよう促す仙次郎‥‥‥‥‥‥
　田所真一と晴子は、静かにソファに腰掛けた。

「それでは、さっそくですが、話をお聞きしましょうか。」
「は‥‥‥はい。」
「セックスレスという事ですが、いつから、そういう状態になったんでしょうか？」

　晴子が、チラっと真一を見てから話を始めた。

「‥‥‥‥昨年、私たちは結婚したのですが、‥‥‥‥‥新しい生活が始まって、ちょうど１ヶ月経った頃から‥‥急に‥‥‥そんな状態に。」
「急に？‥‥‥‥なにか原因でもあったのですか？」

　仙次郎の質問に、二人は、答えられないでいた。
　見た感じ、二人の仲が悪そうにも見えないし、何かを隠している様子も無い。
　その理由自体が解らず答えられないのだろう。

　仙次郎は、解決までのストーリーを思い浮かべながら頭を整理した。

「田所さん、セックスレスという言葉に対しての詳しい理解はしていますか？」
「え‥‥‥‥あの‥‥‥どういう‥‥‥」
「まあ、最近マスコミや雑誌などで流行っていますが、セックスレスや新婚インポテンツが増加してたり、そして男性の性力の弱体化などがとりあげられていますが、まず、お二人の悩みを解決するためには、その事実関係を私は知る必要があります。そして、セックスレスとなっている病因、または原因を分類し、そこから解決策を見出します。」
「は‥‥‥はい。」
「お二人は、結婚前に、当然、身体の関係はあったわけですよね。」
「え‥‥‥ええ。」
「その時は、特に、このような問題は無かったのですか？」

　仙次郎の質問に真一が口を開いた。

「ええ‥‥‥しかし、私は、営業でしたので、残業も多くて晴子とのデートが、なかなか出来ない事が多かったんです。」
「つまり、付き合ってる最中もセックスは少なかったと？」
「‥‥‥え‥‥‥ええ‥‥‥‥月に一度くらいだったでしょうか‥‥‥‥‥‥」
「それは、少ないですね‥‥‥‥性欲が無いわけではないんでしょ。」
「も、勿論です‥‥‥‥‥あの‥‥‥お恥ずかしいのですが‥‥‥‥いつも‥‥‥その‥‥‥ムラムラと‥‥‥して‥‥‥‥‥ぁ‥‥‥」
「いや、恥しがらなくても結構です。若い男性ならば当然ですよ。‥‥‥失礼ですが、二人とも今でも愛し合っているんですよね。」

　真一と晴子は、見つめ合って頷くと仙次郎に返答した。

「勿論です。‥‥‥‥でも‥‥‥なぜか‥‥‥‥僕の方が‥‥‥‥‥‥」
「ふむ‥‥‥そもそも、なぜ、奥さんは、名倉さんに相談したんでしょう？」
「ええ‥‥あの‥‥‥理由は色々あるんですが‥‥‥互いの両親が早く孫を見たいと言ってますし‥‥‥‥しかし、つまり‥‥‥しない事には‥‥‥」
「なるほど‥‥‥性交がないと子供も出来ませんからね。」
「あ、あの、勿論、私も主人も子供は好きですし早く作る事は願望なんです。」

　晴子の説明を聞きながら、仙次郎は、隈なく二人の様子を確認していった。
　基本的に晴子の方が、活発そうに見えるし言葉もはっきりとしている。
　一方、真一は、喋り方も控えめ気味で大人しそうな感じだった。

　仙次郎は、二人の性格、そして私生活でのやり取りを聞いてみた。

「田所さん、間違っていたらすみませんが、どちらかというとカカア天下つまり、普段から奥さんに結構押されているタイプではありませんか？」
「‥‥‥は‥‥‥‥はぁ‥‥‥‥じ、実は‥‥‥‥そうです。」

　そんな、真一を見て晴子が横から口を挟んでくる。

「とにかく、この人は、何かにつけてはっきりしない性格なんです。ちょっと、きつい事を言うと、直ぐに落ち込んでしまったりとか大人しい性格なんですよ。私が、強い性格という事もありますが。」
「ふむ‥‥‥田所さんは、奥さんから、そのような事を言われて怒らないんですか。」
「‥‥‥‥え‥‥‥‥え‥‥‥ぇ‥‥‥‥まぁ‥‥‥」

（‥‥‥‥ふーむ‥‥‥この男、かなり臆病というか弱い神経してんな‥‥‥‥）

「田所さん、貴方、奥さんから言われるキツイ言葉にショックを受ける事が、結構、多くないですか？」
「えっ‥‥‥‥‥ぁ‥‥‥ぁの‥‥‥‥」

　晴子を見て、すぐさま首を振る真一‥‥‥‥

「そ‥‥‥‥そんなことは‥‥‥あ、ありません‥‥‥」
「そうですか‥‥‥‥」

（‥‥‥フッ‥‥‥‥自分に抑制をかけていくタイプだな‥‥‥‥‥）

　仙次郎は、敢えて、それ以上聞く事をしなかった。

「では、田所さん、奥さん、根本的に最初から詳しい説明をしましょう。その中で、思い当たる例があれば、自分なりに考えてみてください。そして、互いに遠慮なく意見を言ってください。隠し事をすると解決しませんし、もっと、ひどくなっていく事もありますからね。いいですか。」

　真一と晴子は、仙次郎の言葉に頷いた。

　仙次郎は、データをまとめたファイルを開くと二人にセックスレス関連の話を聞かせ始めた。

「セックスレス、すなわち、セックスがない状態にあるためには、さまざまな原因が考えられますが、例えば、貴方たちのような場合、結婚した後、勃起障害などの理由で性交が行われていないようなケースなら、違った解決法を取るわけですが、ご主人は、そうではないわけですよね。マスターベーションしているようですし。」
「‥‥‥ぁ‥‥‥は‥‥‥はぁ‥‥‥‥」

　顔を真っ赤にして答える真一‥‥‥

「同居しているにも関わらず、また身体疾患や特別な事情がないのに、１カ月以上も二人に性交がない場合は病理とみなすこともできます。」
「びょ‥‥‥病理‥‥‥‥ですか‥‥‥」
「いわゆる、未完成婚です。仮に、挿入ができても腟内射精ができないものも未完成婚といえるかもしれませんが、お二人の場合、奥さんの性的欲求に対し応えられない場合もそうです。この場合も期間設定が必要なんですが夫婦間の年齢的要素も考慮しなければならないかもしれません。ただ、二人とも年齢的要素に当てはめるほど歳を取っていないわけですからね。しかし求められても１カ月以上もセクシャルコンタクトを持てない場合は問題となってきます。」
「セクシャルコンタクト‥‥‥‥というと？」
「例えば、キスや抱擁、性器への愛撫、オーラル‥セックス、裸での同衾などが上げられますが、お二人はどうですか？」

　モジモジする、真一をよそ目に晴子が、どうどうと答えていく。

「一応、なんとか全部可能なんですが‥‥‥‥‥。」

（‥‥‥‥‥‥‥ん？‥‥‥何か隠してるな‥‥‥ま、後で聞き出すか。）

　仙次郎は、頷きながら話しを続けた。

「そうですか。中には、性的な事柄全てに拒絶的な性嫌悪症や、性交痛のため拒否してしまう性交疼痛症とか腟痙れん、一部の不安神経症や恐怖症などもセックスレスの原因疾患となりうるんです。まあ、特に独身者の場合ですとセックスレスである事が病院にかかる動機となる稀なものに、性欲低下症があるんですが、これはもちろん既婚者でもみられることですけど、お二人の場合は、今言ったパターンには、当てはまっていないと理解していいですね。」
「ええ‥‥‥‥はい。」
「そうですか。‥‥‥では、心理的要因を考えると様々なんですが、独身時代からその病理性を持っているにも関わらず結婚するまで臨床的に露呈してこない例でアセクシャルというのがあるんです。これは、思春期を迎えたにもかかわらず自慰経験もなく、恋愛関係も知らず、性的なエネルギーを感じさせることのない一群なんです。しかし特に性を嫌悪したり、恐怖を感じているわけでもなく、エロスに対しては全く無関心でいられる人たちでなんです。男性では、時々夢精がありホルモンレベルも正常なんですが、女性では無月経であることが多いですね。これらの兆候も、お二人には、当てはまりませんか？　正直に答えてください。」
「ええ‥‥‥‥違います。」
「そうですか。わかりました。では、セックスレスの原因として最後に、回避型人格障害というのがあるんです。しかし、こういうタイプでも性欲はあり、自慰行為もするし、オルガスムもあるんです。独身時代も何ら問題もない。それが結婚して未完成婚という形で成りえてしまう。つまり、相手のあるセックスができずに回避してしまっている群です。」

　今の説明で、真一の表情が、僅かに強張った。
　仙次郎は、真一のその表情を見逃さなかった。

（‥‥‥‥‥‥‥これだな‥‥‥‥）

　仙次郎は、気づかない振りをして、話しを進めていく。

「セックスレス‥カップルを定義つけると、まず性交、もちろん膣内射精を含めてですが、これが不可能の場合、セクシャルコンタクトの回避、拒絶或いは、無関心である場合、これらを1ヶ月以上継続しているカップルにはセックスレスと判断します。つまり貴方達は、一年近くも性交関係がない。」
「‥‥‥‥‥はい。」
「つまり、セックスレスに違いありません。まあ、この定義に基づいて病因を分類すると色々な理由があるわけですが、まず、種類を言いますと勃起障害、性的回避、性嫌悪、性欲低下、アセクシャル、膣内射精困難、早漏、性知識の不足、夫婦間葛藤、膣痙れん、性交疼痛症、 処女膜強靱症、バラフィリアと１３の項目に分類されます。この中に、お二人に当てはまっているものが３つ４つあるんですが、これは、後からお二人に確認を取っていただきましょう。」
「‥‥‥え‥‥‥‥‥ぁ‥‥‥‥あの‥‥‥」

　真一が、不安そうな顔をして仙次郎を見つめた。

「ぁ‥‥‥‥あの‥‥‥‥もう‥‥‥‥そこまで‥‥判るのですか。」
「田所さん、一応、私も心理学では、ある程度、名の通った学者でしてね。」

　そう言って笑う仙次郎に、真一は怪訝そうな表情を浮かべた。

「ハハ、つまり、原因は、奥さんにあるんですが、要因は貴方なんです。」
「‥‥‥‥‥‥は？」

　真一、そして晴子も首を傾げながら仙次郎を見た。

「田所さん。貴方が奥さんと結婚するまでの私生活を話してくれますか。もし、その話の内容が私の想像している事と一致しているのならば、改善は容易です。ただし、それを奥さんの前で言う勇気があればですが。」

　田所は、仙次郎の言わんとしている事が、直ぐに理解出来たようだ。
　しかし、晴子の前で喋るには、それなりの覚悟がいるだろう。

　晴子が、仙次郎と真一のやり取りに疑問を投げかけてくる。

「あのぅ‥‥‥‥言う勇気って？‥‥‥‥何か、隠し事を‥‥‥」
「まあ、隠し事というか、昔のご主人の生活や思考、そして本来の性格を奥さんが知っていない、理解していない事が先ほど言った原因なんです。」
「え？‥‥‥‥でも‥‥付き合ってる時から色々と話してくれましたけど。」
「奥さん、男にはね、非常に邪魔な物があるんですよ。」
「邪魔な物？」
「ええ。‥‥‥‥‥女性に対するプライドです。」
「プライド‥‥‥‥ですか？」
「そうです。‥‥‥そのプライドが、ご主人は非常に強いんです。」
「ぇ‥‥‥‥あの‥‥‥だから‥‥‥その‥‥‥‥セックスレスに‥‥‥」
「ええ。そう考えてもらってもいいですね。ただし、要因は、ご主人にあると言いましたが、原因は、貴女にあるんですよ。」
「私に？」
「そうです。‥‥‥‥それは、今からご主人の話しを聞いて理解してください。」

　そう言って、真一を見る仙次郎‥‥‥‥
　真一は、落ち着かない態度と緊張した顔付きで仙次郎と晴子を交互に見た。

「‥‥‥‥あなた‥‥‥‥話して‥‥‥‥‥お願い。私、こんな生活嫌だもの。私、貴女を愛してるのよ。」
「そ、それは、僕も同じさ。」
「じゃ‥‥‥話して‥‥‥私、絶対に怒らない。嫌いにならないからっ！」

　晴子の強い口調に、真一は、重い口を開き始めた。

「わかった‥‥‥‥‥言うよ。‥‥‥‥僕は‥‥‥‥」

　真一は、事細かに仙次郎と晴子に、結婚前の私生活や暮らしぶりを話し始めた。

　父は、普通のサラリーマンであったが、真一に似て気が弱く、一方、母は支配的、感情的で、家庭では、母親が全ての実権を握っていた家庭だった。
　二つ離れた妹は、快活で真一とは非常に仲がよかったのだが性格は対照的で明るく、小さな事で悩む事もなく、何事にも果敢に進んでいくタイプである。
　ところが真一は、小さい頃から内気、敏感で、母の怒鳴り声に、いつもビクビクしながら育ち、また友人も少なかった。

　特に熱中した趣味もなく、何も面白くない学生時代を過ごしていたらしい。
　休みの日も家に閉じこもって勉強ばかりしていた事が多いという。
　大学では、同じ学部の女の子に好意を持った事もあったが何度も声をかけようとはしたが、勇気がなくできなないことが多かった。
　常に自分なんか相手にしてもらえないだろうと悲観する生活が続いていたのだ。

　仕事では、上司の顔色をいつも伺い、当初は、文句だけ言われないような仕事内容だったようだ。
　しかし、不思議と打ち解けた晴子と、１年半の交際後、結婚をする事が出来た。
　何より、喜んだのは、真一の両親だった。

　性格も明るく、強気な晴子に対し、憧れにも似た感じを真一は受けたのだ。
　情けない話だが、晴子なら頼れる存在だと、真一は説明で言い放った。
　反面、晴子も真一のような、妙に母性本能を擽るタイプに惹かれていたことも事実のようである。

　独身時代の性交は、数えるほどだったが特に問題はなかった。
　しかし、結婚式当日、真一の晴子に対する気持ちに変化が現われた。
　普段、口も達者で、明るく元気のいい晴子が、式当日は、おしとやかに、そして女性らしい振る舞いをし、また、友人の挨拶、そして両親に言葉を述べる時の涙を流す姿に真一の頭の中は真っ白になったらしい。

　自分の中で、晴子に対する理想像が壊れたような錯覚を覚えたのだ。
　翌日、新婚旅行先では、晴子を抱こうと思ったのだが恐くてズボンを脱ぐのがやっとの状態であり、抱きたい気待ちは十分あったのだが、結局、トイレで自慰をして寝てしまった。

　真一の説明に晴子は、驚いていた。

「つまり、それ以来、自慰が癖になったんでしょうか？」
「は‥‥‥はい‥‥‥‥‥」

　真一は、ドキドキしながら晴子を横目で窺っている。

「奥さんは、最初どう思っていたんですか？」
「ぇ‥‥‥あ‥‥‥はい‥‥‥‥‥当初、私ものんびりしていたのか、少しくらいセックスがない事に不思議さを感じていなかったんです。そもそも、男と女の性に関する情報にもあまり興味はなかったので。でも、友人に聞いたり、ネットや雑誌で記事を読んで驚いたんです。みな、回数も多いし、色々な事をして楽しんでるし‥‥‥‥主人に問いただしたら、適当な理由を言われて断わられる事が多くて。しかし、こんな事を恥しくて、親にも相談できないし‥‥‥私‥‥‥」
「ふむ‥‥‥‥失礼ですが、奥さんは、嫌いでないようですね。」
「え？」
「セックスです。」
「‥‥‥‥ぁ‥‥‥‥はい‥‥‥‥‥‥‥ぁ‥‥‥‥あの‥‥‥‥‥」
「ん？‥‥‥‥」
「つまり、結婚してから、友人の話題が、そう言う類に集中したりして‥‥近所の仲のいい奥さんたちとの会話も必然的に、そう言う話になるんです。だから‥‥‥いかに、私たち夫婦が、その‥‥セックスが少なくて‥‥‥つまり‥‥‥その‥‥‥‥楽しんでないかと判ったものですから‥‥‥。」
「別に恥じる事ありませんよ。特に今の貴女の年代はそうですし。」
「‥‥‥‥は‥‥‥ぃ‥‥」
「では、話をご主人に戻しましょうか。つまり、田所さんは、奥さんに指一本ふれずに、ひたすら、隠れて自慰をしていたわけなんですか？」
「いえ‥‥‥‥その、私‥‥あまり、お酒を飲めないのですが‥‥‥こういう状況を打破しようと、お酒を飲んで、晴子を誘ったことがあるんです。しかし‥‥‥その時‥‥‥‥晴子の言葉に‥‥‥‥‥」
「ん？‥‥‥‥田所さん‥‥‥言いましょう。奥さんも聞きたがっています。」
「はい‥‥‥今思うと、晴子も変な意味で言ったのではないと思いますが。実は、その時、久しぶりだったせいか。挿入しようと被さっていったら、その‥‥‥‥つまり‥‥‥‥入れる前に‥‥‥‥射精してしまいまして。晴子は、驚くと共に‥‥‥‥早すぎると言いながら私を中傷しまして。」

　晴子も、そのときの一件を思い出したのだろう。
　真っ赤な顔で話をする真一に済まなそうな視線を投げかける。

　勇気を出して話した真一、その真一を思う晴子の心情を読み取り仙次郎は、解決を急いでやろうと考えていた。
　仙次郎は、二人の様子を伺いながら、次の説明を整理した。

（９１）

　仙次郎は、真一の話をまとめながら例をとって二人に話しを聞かせた。

「二人とも、よく聞いていてください。今から、私なりにまとめた田所さんの性格を説明し、その対処法を３人で考えていきましょう。」

　田所と晴子は、静かに頷いた。

「まず、田所さんは、小さい頃から、母親の叱責にビクビクしながら育ってきた。依存欲求を表現できずに、受容された経験にも乏しく、友人の中に溶け込めずつまらない引きこもりの青春を送ってきた。周りの人の顔色を窺い、自分が傷つく事を回避するのに精一杯で、色々な事に意欲を向ける余裕も少なかった。
　また、結婚後も奥さんに、性を除外した部分では愛情を向けていたわけですが本心は、抱きたい、頼りたい、親密になりたいと思いながらも、自分に対する評価が低いため、嫌われるのではという不安から接近することができなかった。」

　そこまで話して田所を見る仙次郎‥‥‥‥‥
　田所は、その視線に気づき項垂れていく。

「一方、互いの両親や親戚からは、いい奥さんをもらったと褒められたり、早く初孫の顔を見たいと言われ戸惑ってしまい、逃げたくなるような気持ちが、常に頭に浮かんできてしまう。」
「‥‥‥‥‥‥」
「これは、田所さんの性交不安と捉える事が出来るのですが。つまり、田所さんは、心の中で、自分には、それ程までの能力は、ないとする勝手な自己評価の低さから、不必要な思考を強いられることになり、まして子供が産まれたら責任が重くなってしまうという無意識の力が働いて性交を回避していたものと考えられます。違いますか、田所さん。」
「‥‥‥‥ぁ‥‥‥‥ど‥‥‥‥どうかな‥‥‥‥‥そ‥‥そうかも‥‥‥」
「すなわち、求めながらも臆病で失敗や恥をかくことを恐れるあまりに田所さんの常軌を逸することができずに、引きこもる性格的特徴は、対人的な性的回避をしてしまう直接原因として働いていたと考えらます。」
「え‥‥‥‥‥？」
「つまり、田所さんは、自分では、本当は抱きたいんだと欲している背景に成功不安が存在している事には気づかず、まして親密になる事への不安があろう事など考えもしない。自慰が癖になり、それで満足感を得てしまう。」

　晴子は、心配そうな顔つきに変わって仙次郎に問いただした。

「先生‥‥‥その‥‥‥つまり、私が原因を作ったから？」
「ええ。少なからず、それはあります。田所さんも悪いのですが、プライドも高いために自分の本来の性格を奥さんに隠していました。奥さんが、悪気がなく放った言葉でも、ご主人は傷ついています。例えば、先ほどの話の中で、性交前に射精してしまった時に、かなり、ひどい事を言ったそうですけども、それも、貴方たち互いの心内を明かしていない結果がそうなったといえますね。」
「先生‥‥‥私‥‥‥その‥‥‥‥‥‥セックスを‥‥‥つまり‥‥‥」
「奥さん、貴女の言いたい事はわかってます。つまり、この事と貴女の不安感とは無関係と思っていたんでしょう。それに、このような事をあまり公の場所で話す事でもないし、こんな事を相談すれば、自分がセックスをしたがっているように思われてしまうという恥しさが、後々、とんでもない結果に繋がってしまいます。」
「えっ‥‥‥な‥‥‥‥‥どういう‥‥‥」
「例えば、完全に性不全になったり、或いは、離婚とかね。」
「私は、この人が好きなんです。別れるなんてありえません。」

（ふむ‥‥‥‥‥本音で言ってるな‥‥‥‥なるほど‥‥‥）

　仙次郎は、晴子が、田所のこういう大人しく弱気な性格を好むタイプの女性だと推理した。

「まあ、奥さん、人が性欲を抱くのは当然のことなんですよ。その事は、誰もが知っていますが、それをあからさまにする。或いは、二人の中心テーマとするというのは、はしたないとか恥ずかしい事という暗黙の雰囲気があるように思うんですよ。
　しかし、性の問題で相談を受けるというのは、性の問題が当然中心となり、その事に一番関心がある事を示しています。」
「‥‥‥‥‥‥あの‥‥‥‥‥‥ひ、否定はしませんが。」
「しつこいようですが、決して恥しい事ではないんですよ。」
「‥‥‥‥はい。」
「では、セックスレスとなっている要因を言いましょう。」

　田所と晴子は、息を飲んで仙次郎を見つめた。

「回避型人格障害、ＡＰＤと言うんですが、これが田所さんの要因となる症状名です。このＡＰＤの特徴としては、批判によって傷つきやすく、好かれているという確信がなければ対人関係をもとうとしない。つまり、臆病、求愛的という見方も出来ます。また、家族以外に信頼できる友人も少なく、重要な対人関係や活動、行動を避けたりする。恥をかく事を恐れ、人前では、無口になったり、引きこもりがある、というような事なんです。成功不安が、抑制をかけてしまうような性格傾向の持ち主なんですよ。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥あの‥‥‥‥」
「先ほど、奥さんの性格もお聞きしましたが、ご主人は、一人で処理した方が気楽と思っていたかもしれません。知らず知らずにね。或いは、奥さんの誘いにこう言ったら、こう言われるのではないかという不安を覚えたり、失敗をしたら貴女に嫌われると思うと近づけないというような事も考えていたと思いますよ。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

　仙次郎は、俯く田所に声を掛けた。

「田所さん、女性が感じる快感の中で、一番大きな快感は何か解りますか？」
「え‥‥‥‥快感ですか‥‥‥‥‥」
「ええ。そうです。食欲による満足感とは違う快感です。」

　田所は、首を捻りながら考え込んだ。

「やはり、性でしょうか‥‥‥‥」
「というより、好きな人と繋がっている安心感による快感です。」
「‥‥‥‥‥？」
「悦びの共感を介して心の絆を作ると、女性は、そこに大きな満足を見いだすんですよ。夫との場合も同様です。夫と、愛と信頼の絆で繋がれる事が、妻としてもっとも嬉しい事なんです。妻としての誇りでもありますしね。夫婦の場合、セックスにそれが現れます。」
「‥‥‥‥え‥‥‥‥」
「つまり、田所さんを見て、過去誇り高く生きてきたかどうか、夫がどれだけ妻である私の幸せを願っているのか、どれだけ私に対して思いやりがあるのか、それが、女性には、よく解るんですよ。逆に、女性を思いやる気持ちが無くて性欲だけでセックスをされる事を一番嫌がります。独りよがりなセックスを女性は、嫌悪するんです。奥さんは、それも確かめたかったんだと思いますよ。」
「ぁ‥‥‥‥‥は‥‥‥‥‥‥‥‥は‥‥‥ぃ‥‥‥」

　仙次郎は、いました説明を二人が理解した事を確認した。

「さて、それでは、今後、そういう状態を無くすため、私なりの案をお話します。」
「お願いしますっ！」

　晴子は、そう言って田所の手を握った。

「まず、田所さんの性格を今すぐ変えろと言っても無理です。と言うか、治らないでしょう。そして、それは奥さんにも言えます。明るく活発ですが、どちらかというと言動、思考、態度をとっても田所さんより上をいっており、通常、女性が男性を頼るものですが、奥さんの性格からして、田所さんに頼ると言うより、自分が引っ張っていくというタイプですよね。」
「‥‥‥‥はい‥‥‥‥‥そうです‥‥‥‥」
「そして、奥さんのそういう所を田所さんは、決して嫌いではないと思います。いや、むしろ、それを望んでいると言えますね。一方、奥さんも、男性に頼るタイプでなく、自分が、リードしていきたいと思っているんじゃありませんか。」
「‥‥‥ぇぇ‥‥‥‥そうかも‥‥‥‥」

　晴子は、そう返事をして田所を見た。

「つまり、何かにつけてリードしていく性格です。ところが、付き合っている頃から、お互いが、そういう性格を見せていなかった。二人とも、結婚したら、そうではいけないと考えてしまったんだ。そこが間違いですね。世の中色々な夫婦が居ます。本来の性格を隠し、夫とは、妻とは、と言う世間一般の常識に捉われて、二人の関係がギクシャクしてしまう事は、よくある事なんです。」
「というと‥‥‥‥」
「要は、自分の性格、考えを曝け出しせばいいんじゃないですか。セックスも田所さんが、リードするんではなく、奥さんが主導を握ればいいんです。そういう意味では、田所さんは、気楽ですよ。」
「でも‥‥‥私‥‥‥‥どうすればいいか‥‥‥‥」
「田所さんは、今までプレッシャーがあったんです。失敗して奥さんに罵声を浴びせられるんじゃないかとか、したいプレーを言えないが為にそれが、奥さんとのセックスを敬遠する要因になってしまいますから。」

　田所は、済まなそうに晴子に視線を向けた。

「あなた‥‥‥‥そうだったの？」
「すまん‥‥‥‥晴子‥‥‥俺は‥‥‥‥」
「これから、正直に言って。貴方のしたいセックスを‥‥‥‥私たち夫婦なんだから、できることならば、私、躊躇しないわ。」
「‥‥‥晴子‥‥‥‥‥」

　仙次郎は、二人の会話に割り込んで、まとめを言い渡した。

「とにかく、少し時間は掛かるかもしれませんが、今までの互いの考えをまるっきり正反対にして、徐々に、新しい性関係を試行してみてください。それでも駄目なら、また、私を訪れてくれればいい。夫婦のセックスは進化するんです。マンネリした時にも、二人で相談しあっていくんです。」
「‥‥‥解りました‥‥‥‥先生‥‥‥ありがとうございます。」

　二人の心の中の棘が刈られたのだろうか、すっきりとした表情になっていた。
　田所と晴子は、仙次郎に礼を言って席を立った。

　田所の手を引っ張り、ドアに向かう晴子‥‥‥‥

（‥‥‥‥‥しかし、態度が顕著に現れるもんだな‥‥‥）

　仙次郎は、笑いながら二人を見送った。

「先生、お疲れ様でした。」
「ああ。」

　佳代が、コーヒーを運んできた。

「先生、セックスレスでも色々あるんですね。」
「んむ。比較的、彼らは軽い方だよ。大体において若い人だと離婚となるからな。」
「私も、セックスレスにならないように気をつけないと。」
「ん？　まだ、結婚前で亭主なんか居ないじゃないか。彼氏とも別れたし。」
「いえ、先生とです。」
「は？‥‥‥夫婦や恋人でもあるまいし、俺と君とはセックスレスと言う言葉は当てはまらないだろうが。」
「いやぁーん‥‥‥‥‥私に新しい彼氏が出来るまで関係してくださいよぉ。」
「何を考えてるのかね、君は。‥‥‥‥‥‥早く男を見つけたまえ。」
「先生ったら、私の気持ちを理解してないんだから。本当に心理学者なんですか。」
「何を言ってるんだ。‥‥‥そういう問題じゃないだろうが。」

　佳代のヒップを叩いて佳代を叱る仙次郎‥‥‥‥‥

「アハハ‥‥‥‥‥ずっと独身で居ようかな。そうすれば先生に抱いてもらえるし。」
「馬鹿者っ！‥‥‥早く結婚しろっての。」
「ゥッ、ヤブヘビだったわ。‥‥‥‥さて、タイプしておこうっと。」

　佳代は、仙次郎のノートを持ち、ファイル作成に取り掛かった。

「ったく、もぅ‥‥‥‥」

　仙次郎は、コーヒーを啜りながら長い溜息を付いた‥‥‥‥‥

☆☆☆☆☆

　３週間後

　仙次郎は、執務室のソファの上に仰向けになっていた。
　腰の上には、佳代が馬乗りになって、腰を激しく動かしている。

「ンァァァァァー、先生ぇ、最高ぉぉぉー‥‥‥」
「佳代君、ソファが壊れるから、静かに動けよ。」
「イィ‥‥ァァァ、イィィィィィー‥‥‥‥」

（‥‥‥聞いてないな‥‥‥‥このアマ‥‥‥）

「先生ぇ‥‥‥オ○ンコが、オ○ンコが気持ちイィィィィィィー！」

（しかし‥‥‥‥日に日に淫乱になっていくな‥‥‥‥‥）

　仙次郎は、佳代の腰を持って身体を持ち上げた。

「アァーン‥‥‥駄目ぇぇぇぇー‥‥‥まだ、駄目ぇぇぇぇー‥‥」
「腰が痛いから、体位を変えるんだよ。」

　仙次郎は、佳代を立たせて壁に手を掛けさせた。

　思いっきりヒップを後方に突き出して前後左右に振り始める。

「先生、早くぅ‥‥‥早く、入れてぇぇぇ‥‥‥」
「慌てるなって。」

　仙次郎が、まさに蜜壷に挿入しようとした所だった。
　応対室のドアがノックされた。

「ゲッ‥‥‥佳代君、誰か来たようだぞ。」
「ええっ？」

　仙次郎は、慌ててズボンを穿くと佳代を残して応対室に向かった。

　ドアを開ける仙次郎‥‥‥‥

「あ‥‥‥‥‥君は‥‥‥」

　訪れたのは、田所晴子だった。
　妙に深刻な顔をしてドアの前に立っている。

（‥‥‥‥‥上手くいかなかったのかな？）

　仙次郎は、怒張していた肉棒が、スラックスの中で萎えていくのを感じながら晴子の顔を怪訝そうに見つめた‥‥‥‥‥‥