（９２）

　神妙な面持ちで、ドアの前に立つ晴子‥‥‥‥

　仙次郎は、晴子に声を掛けた。

「‥‥‥どうしました。‥‥‥‥やはり、駄目でしたか？」
「いえ‥‥‥その、そうではないのですが‥‥‥‥実は‥‥‥」

　晴子は、仙次郎を見ながら口走った。

「あの‥‥主人が‥‥‥‥そのぅ‥‥‥エスカレートしてきちゃって‥‥‥」
「エスカレート？」
「ええ‥‥‥」

　昨日の晴子とは違い、表情は、さほど暗くはないようだ。

「‥‥‥‥‥‥ま、とにかく、中へ入ってください。」

　仙次郎は、晴子を部屋に入れた。
　ソファに座るよう促す仙次郎‥‥‥‥‥

「それで、エスカレートしてきたとは？」
「実は、あれから二人で色々と相談して、互いが満足できて、ストレスの無い楽しめるセックスをしようと決めたんです。」
「ほぉう‥‥‥いい事じゃないですか。それで？」
「よくよく、主人から話しを聞いてみると、ＳＭが好きという事が判って。」
「え？‥‥‥ご主人がですか？」
「ええ‥‥‥‥そうなんです。‥‥‥しかし、私は拒否しませんでした。主人が、それでいいならと覚悟をしたんです。ところが、私を苛めるＳＭじゃなくて、‥‥‥主人を私が‥‥‥その‥‥‥‥つまリ‥‥‥何って言うんですか‥‥‥‥あの‥‥‥反対に‥‥‥‥私が‥‥‥‥」

　そこで、仙次郎が口ずさんだ。

「俗に言う女王様役をですか？」
「そ‥‥そうです‥‥‥‥私にしてくれって。」
「んー‥‥‥なるほどねぇ。」
「私は、そんな経験無いので、どういう事をすればいいのか、インターネットで調べたりして、それを勉強したんです。」
「‥‥‥‥‥」
「そのぅ‥‥‥‥本心を言うと、私、このプレーを好きになっていました。そういう資質を持っていたのかもって‥‥‥つまり、虜になってしまって。」
「貴女が、サディズムに目覚めたと言う事ですか？」
「ぇ‥‥‥ええ‥‥‥‥その‥‥‥‥そんな激しい事をするわけではないんですが、そういうプレー自体が‥‥‥‥つまり、刺激があるというのか、楽しくて‥‥。」
「へぇー‥‥‥まあ、それは、それで夫婦なんだから‥‥‥。」
「しかし、色々と調べているうちに色々な事がしたくなって。」
「つまり、プレーがエスカレートして、田所さんが、ギブアップを‥‥」
「いえ、凄く喜んでくれるし‥‥‥‥毎日刺激的な日を過ごしてきたんですけど、そのぅ、困った事に、主人がもっと過激な要求をするようになってきまして。」
「ご主人の方がですか？」
「ええ。そうなんです。私自身は、ソフトＳＭ程度で満足なんですが。」
「具体的にどういう‥‥‥」
「その‥‥‥突き刺さるんじゃないかと思うほどのピンヒールを履かされて。それで‥‥‥‥‥‥‥ぁの‥‥‥つまり‥‥‥思いっきり、踏めと‥‥‥‥」
「踏め？」
「‥‥‥ええ‥‥‥‥‥‥えーと‥‥‥その‥‥‥‥男性のアソコを‥‥‥‥」
「‥‥‥‥ほ‥‥‥ほぉ‥‥ぅ‥‥‥」
「それだけじゃないんです。‥‥‥‥‥‥お‥‥‥お‥‥‥‥‥おし‥‥‥お尻の穴に‥‥‥‥入れてくれとか‥‥‥‥顔に唾を吐いてくれとか‥‥。」

　晴子は、真っ赤に顔を染めながら、小さな声で口ずさんだ。

「‥‥‥ハ‥‥‥ハハハ‥‥‥‥し、しかし、また‥‥‥‥‥」
「いえ‥‥‥‥そのぅ‥‥‥‥お恥ずかしいのですが‥‥‥私も、それが、そのぅ‥‥癖と言うか‥‥‥快感で‥‥‥」
「‥‥‥‥‥は‥‥‥‥はぁ‥‥‥なるほど‥‥‥‥」
「でも、ちゃんと、挿入してくれるし‥‥ただ‥‥‥その方法が‥‥‥」
「方法とは？」
「私は、主人が怪我してしまうんではないかとか‥‥‥これ以上、過激になって‥‥‥‥下手に身体でも壊したらと‥‥‥‥それを考えると‥‥‥恐くて。」

（‥‥‥なんてこったい‥‥‥‥）

　仙次郎は、なんと答えたらいいか解らなかった。
　しかし、このセックスの内容が、今の二人に合っており、充実している事には違いない。

「それで、貴女は？」
「ぇ‥‥‥ええ‥‥‥その‥‥‥‥」

　晴子は、真っ赤な顔をして仙次郎に囁いた。

「つまり‥‥‥‥‥‥私の命令で‥‥‥‥主人は‥‥‥射精を‥‥‥」
「命令とは？」
「いえ、‥‥‥あ、あくまで演技なんですけど‥‥その‥‥‥私が、主人に馬乗りになって‥‥‥‥」
「‥‥‥‥騎乗位ですね。」
「ぁ‥‥‥はい‥‥‥それで‥‥‥主人の頬を叩きながら出しなさいと命令するんです。‥‥‥‥ぁ‥‥いえ‥‥‥これも主人の要望で‥‥‥」

（‥‥‥‥プッ‥‥‥‥‥‥ま、マジかよ‥‥‥‥）

　仙次郎は、笑いを我慢して平静を保った。

「‥‥‥その‥‥‥つまり、そうしないと‥‥‥私の中に‥‥‥‥」
「‥‥‥ふむ‥‥‥射精しないんですね。」
「ええ‥‥‥‥更に‥‥‥‥そのぅ‥‥‥射精後に‥‥‥顔に跨れと‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

　仙次郎は、言葉が出なかった。
　というより、互いが、そのプレーを拒んでない以上、どうしたら良いという事が、言えないでいたのだ。

「田所さん‥‥‥‥そのプレー内容までを私がどうするとは、言えませんね。」
「‥‥‥‥や‥‥‥やはり‥‥‥そうですよね‥‥‥」
「つまり、今の貴女の心配は、ご主人を攻めることによって身体を壊したり、怪我をさせたりしてしまうかもしれないという事を懸念しているわけでしょ。」
「‥‥‥‥はい‥‥‥そうです。」
「それについて、敢えて説明するならば、ＳＭというのは、そういうプレーなんです。今の貴女の説明を聞くと、ご主人は、間違いなく真性のマディストに近いですね。」
「え？‥‥‥」
「つまり、痛みや刺激を受けることによって性感を得るタイプの人間と言う事です。そして、貴女も虜になったと言う事ですがサディストの資質を持っている。」
「‥‥‥‥‥ぁ‥‥‥は‥‥‥ぃ‥‥‥」
「あくまで、助言と言う形で聞いてください。」
「は‥‥‥はい。」
「ＳＭに関して、二人ともが、専門的に勉強する事をお薦めします。まかり間違って、とんでもないプレーに発展してしまう事もありえますので、知識を持つ必要があります。夫婦の事ですので、他人に迷惑が掛かるわけではありませんし、いい意味で、お二人がＳＭを楽しんで夫婦愛が保てれば、それはそれでいいと思いますよ。」
「‥‥‥‥‥ええ‥‥‥‥‥‥‥はい。」
「要は、ご主人の限界を知る事です。そして、違和感なくセックスを続けられる他の方法も見つけていけばいいんじゃないでしょうか。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥はい‥‥‥‥‥‥‥‥‥解りました。」
「知識がないＳＭは、やらないほうがいいですよ。」
「‥‥‥‥‥はい‥‥」
「よろしければ、専門のお店を紹介しますが。」
「ぁ‥‥‥‥ぜ、是非‥‥‥」

　仙次郎は、樹里の店を晴子に紹介した。

「奈落と‥‥‥言うんですか？」
「ええ、オーナーが、私の知り合いなんです。男性マディストのスタッフも居ますし、お二人にも勉強になると思いますよ。」

　晴子は、喜ぶと同時に不思議そうに仙次郎に問い掛けた。

「あの‥‥‥先生も‥‥‥こういうお店にいかれるんですね。」
「え‥‥‥‥ああ‥‥‥‥ハハハハハッ‥‥‥まあ、私も嫌いではありませんし。」

（‥‥な‥‥‥‥何、言ってんだ俺‥‥‥‥‥）

「ウフフウフッ‥‥‥少し安心しました。」
「え？」
「いえ‥‥‥その‥‥‥先生、見た感じ真面目そうに見えましたし‥‥‥‥」

　晴子が、そう答えた瞬間‥‥‥

「ンァァァァ‥‥‥イクゥゥゥゥゥゥー‥‥‥‥」

　執務室から佳代の声が僅かに漏れ。
　晴子が、怪訝そうな顔をして呟く‥‥‥‥

「え‥‥‥いま、何か声が‥‥‥‥」

（クッ‥‥‥オナってやがったな‥‥‥‥）

　仙次郎は、咄嗟に晴子に答えた。

「ぁ‥‥‥いや‥‥‥その、そう‥‥ちょっと資料を作るためにアダルトビデオを見てまして‥‥‥‥ハ‥‥ハハ‥‥ハハ‥‥」
「そうなんですか。先生のような、お仕事も大変なんですね。」
「ええ‥‥‥そうなんです。」

　冷や汗をかきながら苦しい言い訳をする仙次郎‥‥‥‥‥

「では、先生、早速、今日にでも見学がてら行ってみます。本当にありがとうございました。少し安心しました。」

　晴子は、立ち上がって仙次郎に礼を言った。

「‥‥‥そうですか。‥‥‥‥参考になればいいですね。」

　ドアに向かう晴子を見送る仙次郎‥‥‥‥‥

　そして、晴子が出て行くと仙次郎は、執務室のドアを開けた。

　佳代は、ソファに仰向けになり足をだらしなく投げ出していた。
　右手には、濡れた小型のバイブが握られている‥‥‥‥‥

（‥‥‥‥‥‥全くもって、この淫乱さは信じられん‥‥‥）

　恥しげもなく曝け出す蜜壷からは、透明な液体が溢れている。
　仙次郎は、全身の力が抜けていくのを感じていた。

「コラッ、佳代君‥‥‥何をやってるのかね。」
「ぁ‥‥‥先生ぇ‥‥‥」

　薄目を開けて仙次郎を見る佳代‥‥‥

「先生じゃないっつーの。客がいるのにオナってるとは‥‥‥‥」
「だってぇ‥‥‥いいところで、先生ったら行っちゃうんですもの‥‥‥」
「だからといってオナらなくてもいいだろう。言い訳するのに苦労したんだぞ。」
「‥‥‥つ、‥‥つい‥‥‥その‥‥‥バッグに携帯バイブがある事を思い出して。」
「そんな物を携帯しておくんじゃないっ！」
「‥‥‥‥え‥‥‥いざと言う時に必要かなと‥‥‥」
「いざと言う時って、どういう時だね？」
「そのぅ‥‥‥つまり‥‥‥‥‥ほら、あるでしょ、先生も。」

　仙次郎は、返す言葉もなくガックリと項垂れながらデスクに座って、煙草に火をつけた。

「どうしたんですか、先生ぇ？」
「呆れてるんだよ。」

　佳代は、舌をペロッと出しながらティッシュを蜜壷に当てて起き上がった。
　そして、仙次郎に背を向けると、片足に残したままのショーツに足を通していく。

　佳代は、長い足と形のいいヒップを惜しげもなく露にしながら、ゆっくりと衣服を整えた。

（お、いいアングルじゃねぇーか‥‥‥‥‥‥‥ん？‥‥‥イカン、イカン‥‥）

　軽く頭を振って雑念を払う仙次郎‥‥‥‥
　佳代は、全く気にせずにショーツを穿き心地良い様に修正している。

　仙次郎は、何故か無性に笑いが込み上げてきた。

「くっ、くっ、くっ‥‥‥‥フハハハハハハハッ‥‥‥‥」

　仙次郎に振り向く佳代‥‥‥‥

「なに笑ってるんですか、先生‥‥‥‥」
「ん‥‥‥‥あ、いや別に‥‥‥‥‥‥ちょっとね‥‥‥‥」

　佳代は、仙次郎を見つめながら、おどけてヒップをくねらしている。

　仙次郎は、思った。
　こういう女性がいても面白いかなと‥‥‥‥‥

　ガーターのホックを留めながら、セクシーな瞳で、屈託のない笑顔を仙次郎に投げかける佳代‥‥‥‥

「‥‥‥‥‥‥！」

（なるほど‥‥‥‥‥今、気がついた。‥‥‥この瞳だ‥‥）

　前々から、佳代の醸し出す不思議なセックスアピールに疑問を持っていた仙次郎だったが、始めて今日気がついたのだった。
　通常、女性の場合、性交が終わった後などは、恥らった仕草をするものだが、佳代の場合は、常に堂々としており、更にあっけらかんとした態度が相手の緊張を解きほぐすような不思議な空気を作り出しているのだ。
　佳代自信の持つ性癖や、その性の大胆さは、ある意味、魅力を感じさせる。
　そして、それを印象付ける表情が、あの潤んだ瞳で笑みを浮かべる佳代独特の視線だった。

（‥‥‥‥ふむ、そういう事か‥‥‥‥なるほどな‥‥‥いい女だ。）

　佳代は、自分を見つめる仙次郎に頬を染めながら近づいていった。

「先生、私の顔に何か付いてます？‥‥‥‥それとも、本当に呆れたんですか？」
「いや‥‥‥ちょっとね‥‥‥君の心を読み取ろうとしたのさ。」
「え‥‥‥‥私の？」

　佳代は、仙次郎の足に腰を降ろした。

「‥‥‥‥‥？‥‥‥‥先生、今日は、怒らないんですね。」
「え？」
「だって、いつも重たいとか、暑苦しいからとか言うじゃないですか。」
「‥‥‥‥フッ‥‥‥そうだったかな‥‥‥」

　仙次郎は、優しい笑みを佳代に向けながら、静かに囁いた。

「僕は、今まで勘違いしてたが、そのエッチな性格を取り上げたら、君の魅力は半減するかもな。」
「え？‥‥‥‥」
「ハハ、君は、意味が判らなくていいさ‥‥‥」

　そう言う仙次郎に、佳代は、軽く唇を被せていった。

「アンッ‥‥‥‥」

　妖艶な瞳に変わる佳代‥‥‥‥

「先生‥‥‥私だけいっちゃったから、お口でしてあげましょうか？」
「ばぁーか‥‥‥いいよ。」
「遠慮しないで下さい。私、毎日、練習してるんです。」
「練習？‥‥‥‥何の。」
「フェラチオですよ。」
「フェラチオの練習を？‥‥‥‥毎日‥‥‥」
「ええ。バイブで‥‥‥ウフフ‥‥‥」
「何で、練習なんかするんだい。」
「だって、いつも先生に責められてばかりで、私がしてあげる事がないんですもの。」
「僕は、別に構わないが‥‥‥‥」
「駄目です。」

　佳代は、仙次郎の腰から降りるとベルトを外し始めた。

「コラッ、いいって‥‥‥‥おい、佳代君‥‥‥」

　慣れた手つきで仙次郎のベルトを外すと、ブリーフを捲って肉棒に吸い付いた。

「‥‥‥‥ったく‥‥‥‥‥」

　上から佳代を見る仙次郎‥‥‥‥

（‥‥‥‥やっぱ、やってもらっちゃおうかな‥‥‥‥‥）

　そう思うが早いか、仙次郎の肉棒は、一気に怒張していった。

「ンムゥゥ‥‥‥」

　鼻声で呻く佳代‥‥‥
　暫く続けていたが、知らぬうちに指が蜜壷を刺激している。
　佳代は、仙次郎の肉棒から口を離すと妖艶な瞳で呟いた。

「先生ぇ‥‥やっぱり駄目ぇぇ‥‥‥オ○ンコに入れたくなっちゃったぁ‥‥‥」
「‥‥‥‥君は、言う事が、コロコロ変わるね。」

　仙次郎の言葉が耳に入っていないのだろう。
　佳代は、スカートを捲ってショーツを強引に横にずらした。

「おい、伸びちゃうぞ。」

　佳代は、肉棒を握ると自ら蜜壷に導いていった。
　そして、静かに腰を降ろしていく‥‥‥‥‥

「ンアァァァァァー‥‥‥先生ぇぇぇぇ‥‥‥‥」

　生暖かい感触が、肉棒を通して全身に広がっていく‥‥‥‥

「‥‥‥ふぅぅ‥‥‥ま、いいか‥‥‥」

　仙次郎は、佳代のヒップに手を回して首筋に息を吹き掛けた。

「ァァァァァ‥‥‥せ‥‥‥‥先生ぇ‥‥‥大好きぃぃぃぃーっ！」

（こりゃ、彼女と仕事をしてると早死にするかもしれんな‥‥‥‥‥）

　仙次郎は、そんな事を考えながら強烈に肉棒を突き上げていった。

（９３）

　仙次郎の元に、中年男性と一人の若い女性が訪れていた。

　男性の名は、企画部第二企画課、課長補佐、加藤隆一４０歳
　女性は、同じく建設部設計課員の津谷純子２８歳独身だ。

　二人は、不倫関係という間柄である。

　仙次郎は、驚いた表情を浮かべながら加藤に話し掛けた。

「正直、驚いていますよ。」
「え‥‥‥？」
「いや、堂々と不倫関係といって、ここを訪れて来た人は初めてですので。」
「はぁ‥‥‥すいません。‥‥‥しかし、先生、その‥‥不倫も妻公認なんです。」
「えぇっ？」

　仙次郎は、興味深そうに加藤に尋ねた。

「実は、今回の相談と言うのは、私の妻の事なんです。」
「貴方の‥‥‥奥さん？」
「はい。」
「失礼ですが、その方と一緒になりたいから離婚の手助けをしてくれと言う相談ならお断りですよ。」
「いえ、違うんです。」

　加藤は、全てを話す覚悟を決めてきたのか、冷静に説明を開始した。

　加藤の妻、泉美は、榊原グループの建設部設計課デザイン係長で、隣に座る津谷純子の上司にあたった。

「私の妻は、３５歳になりますが、結婚して、ちょうど１０年経ちます。家庭では、非常に良妻で、結婚以来、一言も私に口ごたえした事もなく、何一つ私に不満を訴えた事もありませんでした。それでも私自身、それに甘える事無く妻を大事にしていましたし、ある意味、二人の関係は上手くいっていたんです。ところが、ただ一つ悩みがあったのです。‥‥‥‥つまり、夫婦の営みで‥‥‥‥‥‥‥」
「セックスですか？」
「はい。‥‥‥‥‥つまり‥‥‥妻は、濡れないんです。」
「濡れない？」
「厳密に言うと、濡れなくなったと言った方が‥‥」
「以前は、そうでもなかったわけですね。」
「ええ。しかし、今は‥‥‥要するに‥‥‥‥入れることが困難で‥‥‥」
「ふむ。インサートが出来ないということですか？」
「ええ。‥‥‥‥非常に痛がるんです。結婚前までは、そうでもなかったのですが。」
「つまり、結婚してからということですか？」
「‥‥‥はい‥‥‥」
「お子さんは？」
「いえ、一度、流産してしまったんです。かなりショックを受けていました。それ以来、私は、妻の身体の事を思って、子供を作る事を避けてきたんです。」
「奥さんも、そう思っているんですかね？」
「いえ、直接聞いてはいないのですが‥‥‥でも、妻も暗黙で了解しているようでして。」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「そういう事もあって、１年ほど、夫婦のセックスを控えていたんです。今思えば、それからでしょうか‥‥‥インサートが困難になったのは。」
「なるほど‥‥‥そうですか‥‥‥‥」
「ただ、決して私の要求を拒まないのですが、どうにも濡れないので、結合に苦労しましてね。　そういう妻が、可哀想なこともあって。」
「‥‥‥？‥‥それと、不倫とどういう関係が？」
「ええ。実は、妻は、いつも、そう言う機会があるたびに私に詫びていたんです。普通にセックスが出来ない事を悪いと思っていたのでしょう。何時頃からかは、忘れましたが、私も半分諦めて妻を抱く事をしなくなったんです。しかし私も性欲はあります。けれど妻は、そういう状態すし、風俗店で済ませる事が多くて。」
「なるほどね‥‥‥‥‥貴方が、風俗に行ってる事を奥さんは？」
「それは、妻も知っていました。毎回済まなそうに私に詫びたりして。」
「ほぉぅ‥‥‥それもまた不思議な奥さんですね。」
「ところが、ある日、妻が突然、私を好きな女性が、部下に居るので会ってみないかと言いまして。最初は意味がわからなかったのですが。」
「それが、その方なんですね。」

　そう言って、純子を見る仙次郎‥‥‥‥

「ええ。私は、妻の言葉を本気で受け止めていなかったのですが、ある日、何の前触れもなく妻が彼女を自宅に連れてきたんです。」
「‥‥‥ほぉぅ‥‥」
「私は、とても驚きました。‥‥‥更に驚いたのは、純子君が、妻の前で本当に私に交際を告げたんです。」
「‥‥‥‥‥」
「私は、どう答えたらいいか解らずに、冗談交じりで、適当にあしらっていました。その日は、３人で食事をして、会話を楽しんだだけなのですが、翌日、彼女から連絡がありまして。」

　そう言って、純子を見る加藤‥‥‥‥
　純子は、加藤に振り向く事無く言葉を発した。

「補佐を書庫に呼びだして来てもらったんです。‥‥‥‥私は、本気という事を告げるために、補佐に抱きついて私からキスを。自分でも大胆と思いましたが。」
「‥‥‥‥‥‥‥それで‥‥‥」
「私が、補佐を好いていた事は事実です。それを何かの酒席で、あからさまに、補佐の奥様である係長の前で喋った事があるんです。恐らく、それを覚えていたんでしょう。５ヶ月ほど前でしょうか、私は、係長に呼び出されまして。」
「‥‥‥‥‥？」
「係長は、私に、こう言ったんです。私の主人の事を本当に好きなのって。」
「ふむ‥‥‥それで？」
「私は、戸惑いながらも頷きました。‥‥‥‥そうしたら、急に深刻そうな顔になって、こう言ったんです。‥‥‥‥私の主人と不倫してみないって。‥‥‥‥私は、最初、からかわれていると思ったんですが、補佐と係長の関係を詳しく聞かされて、お二人が、セックスが困難という事を知りました。」
「ふむ‥‥‥‥貴女は、その話に乗ってしまったわけですね。」
「はい。係長は、凄く補佐の事を愛している言っていました。でも、補佐を可哀想な目に合わせている事を悩んでいました。セックスも出来ない女だと。」

（‥‥‥‥‥‥？）

　仙次郎は、怪訝そうに呟いた。

「‥‥‥‥今ひとつ意味が把握できませんね。つまり、加藤さんの性欲に奥さんが応えられないから、部下である津谷さんに、相手を依頼したと言う事なんですか。」
「‥‥‥‥ええ‥‥‥‥‥‥そうです。」

　加藤は、申し訳無さそうに、その続きを話し始めた。

「私は、妻が公認してくれているといえ、純子君との関係を躊躇していました。しかし、妻の気持ちと、今の状況を考えると、会うくらいは、という気持ちもあったんです。つまり、それで妻の気が和らぐなら、気が済むならと思って。」
「なるほど。」
「それでも、私は敬遠していました。」
「‥‥‥‥‥‥」
「ところが、その機を偶然にして、妻は、毎日、私にしつこく、純子君と会う事を訴えてきました。私は、止む無く会う事にしたんですが、妙な下心を持つ事無く普通に食事をするだけと決めていました。しかし、酒が入ると、妙に気持ちが変わってしまって。‥‥‥‥結局、その日の夜、彼女を抱いてしまったんです。」
「それ以来、津谷さんとの付き合いは続いているわけですね。」
「はい。‥‥‥‥‥先ほども言いましたが、純子君との関係が始まって５ヶ月が経つんですが、ところが、２ヶ月ほど前から、急に妻の態度が変わってきまして。」
「変わってきたとは？」
「前にも増して一段と私に優しくなったんです。‥‥‥‥」
「ん？」
「後々、気づいたのですが、　純子君と会った翌日の夜は特に‥‥‥」
「具体的には、どういう風に？」
「妻と交わる事はないのですが‥‥‥‥その、口で奉仕してくれたり‥‥‥」
「？‥‥‥つまり、フェラチオですね。」
「え、ええ‥‥‥‥態度も明るくて、これでもかというくらい私に世話を焼くんです。」
「ふむ‥‥‥何か、意味があるんでしょうかね？」
「それは、私にも解らないのですが、順子君の態度が、その時期と合わせて徐々に変化してきまして。私は、不思議に思い、無理矢理、純子君に問いただしたんです。」
　純子が、泣きそうな顔をして下に俯いた。

「実は、純子君は、妻とも関係を持っていたんです。」
「？‥‥‥え‥‥‥えぇーっ‥‥」
「私は、驚きを隠せなかったのですが、よくよく、純子君に聞いてみると、いつも私と会った日の翌日に、妻に呼び出されて、その時の様子を彼女に聞いていたらしくて。」
「それで、津谷さんも、それを正直に奥さんに報告していたんですか？」
「‥‥‥‥は‥‥‥ぃ‥‥」

　小さな声で返事をする純子‥‥‥‥

「奥さんと津谷さんは、いつから関係を？」
「先ほど、急に妻の態度が変わったと言いましたが、ちょうど２ヶ月前です。」
「つまり、それは、レズプレーですか？」

　津谷は、仙次郎の質問に何も答えなかった。
　いや、答えられなかった。
　それを見た加藤が、代わりに説明をしていく。

「レズと言うよりも‥‥‥‥‥拷問のような‥‥‥つまり、ＳＭに似たプレーを。」
「最初からいきなりですか？」
「最初は、そうでもなかったらしいのですが２回目以降から‥‥‥」
「２回目以降とは？」
「純子君の話では、妻は、濡れないから試しに女性と、と言ったらしいのですが、その内容を聞いたら壮絶で‥‥‥‥‥とにかく、聞いてビックリしたんです。」
「壮絶とは？」
「とにかく、純子君を苛める事に徹しているらしいんです。鞭で叩いたり、男性用の張り型で‥‥‥その‥‥‥肛門を犯したり‥‥かなり酷くて。」
「‥‥‥‥‥‥‥んーむ。」
「‥‥‥‥そして‥‥‥‥」
「ん？‥‥‥‥‥何です？」
「はい‥‥‥最後は、妻が、絶叫して果てるらしいのです。」
「果てるとは‥‥‥つまり、快感を得て‥‥‥イクと言う事ですか？」
「はい‥‥‥私は、驚きました。‥‥‥１０年間、妻が声にして悦びを表現した事は一度もありませんでしたので。‥‥‥順子君に聞くと妻は、バイブレーターや指を入れて昇天するそうです。抜いたバイブレーターを見ると確かに濡れているらしく。」
「‥‥‥‥ほぅ‥‥‥じゃ、濡れないわけではないんですね。」
「ただ、私に対しては。‥‥‥‥‥ひょっとして、妻は、サドなんでしょうか？　今まで男に興味がなかったから。それともセックス自体が嫌いだからなのか。」
「そうともいえないと思いますけどね。」
「順子君の性器は、勿論、身体も叩かれた跡が残るほどひどくて。この話しを聞いたのが、実は、３日前なのですが、悩んだ挙句、先生に相談をする決意をしたんです。どうにも私には手立てがなく。」
「つまり、それを止めさせたいという相談なんですか？」
「それもありますが、私は、この３日間、純子君と真剣に話しをしてきました。私は、妻を愛しているし、もうこういう関係は止めて普通の状態に戻ろうと説得しました。‥‥‥ところが‥‥‥‥非常に厄介な事になってしまいまして。」
「‥‥‥‥‥？」

　純子が、徐に顔を上げて、小さな声で呟いた。

「最初は、係長に頼まれて、関係を持つことを承諾したんですが。‥‥‥それでも、私は本当に補佐が好きでしたので、会うたびに真剣さが増してくるのがわかったんです。‥‥‥そして、本当に結婚したいと思うようになってしまって。で、でも、そんな事は絶対無理だし、会ってくれるだけで満足でした。しかし、補佐と会った次の日に、例のごとく、詳しく事の内容を話している時に、つい、本音を係長に言ってしまい。それが、２ヶ月前の事なんです。」
「本音と言うのは‥‥‥‥加藤さんと結婚したいと？」
「‥‥‥‥はい‥‥」
「‥‥‥‥それで、なんと言われたんですか？」
「険しい顔でしたが‥‥‥急に、笑顔に変わって一度だけ、私とベッドを共にしてくれと‥‥‥‥‥」
「へぇー‥‥‥‥貴女も驚いたでしょうね。」
「はい。係長は、自分の要求に応えたら考えてもいいと言われて。」
「ふむ‥‥‥ところが、奥さんとの関係は、一度だけでは済まなかったわけですね。」
「はい。‥‥‥‥初めての時に、係長は物凄く興奮していました。私の性器をいじったり、‥‥‥‥‥‥乳房に吸い付いたりして。そのうちに、私のお尻を叩き始めて‥‥凄く興奮しているのが判りました。顔が上気たっていましたし目が潤んでいたんです。」

（ほぉぅ‥‥‥‥Ｓの兆候は、あるみたいだな‥‥）

「そして‥‥‥‥」
「そして‥‥‥‥なんです？」
「私の‥‥‥その‥‥‥性器に‥‥‥‥係長が、自身の性器を押し付けてきたんです。‥‥‥‥そして、私を見つめながら、大きな溜息にも似た、いかにも感じているという声を出して。」
「なるほどね‥‥‥‥」
「私は、歯を食いしばって我慢していました。でも、やはり、嫌で自分から離れたんです。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

　純子は、目を伏せながら、小声で話を続けた。

「係長は、急に怒って私の頬を叩いたんです。‥‥‥私は悲鳴を上げたんですが、係長は、奇妙な声を出して興奮していました。そして、無理矢理、お尻を叩き‥‥こ‥‥‥肛門に指を入れたんです。‥‥‥‥‥私は、大声で泣き叫びました。‥‥‥‥その時、係長は‥‥‥‥‥荒い息をしながら、濡れてる‥‥濡れてると何度も呟きながら、自分の性器を触っていました。ひどく興奮していたんです。」
「その時は、その程度で？」
「ええ。」
「しかし、また、会うように要求してきたんですね。」

　頷く純子‥‥‥‥‥

「実は、ビデオを撮られていたんです。私との関係を続けないと、両親に夫と不倫している事を言うと。」
「‥‥‥‥‥‥」

　仙次郎は、厄介な相談だと思った。
　もし、本当に加藤の妻が、レズで、なおかつサディスト的な性癖を持つ人間だとしたら、今回の相談は、長丁場になると思ったからだ。

「加藤さん、一つ本音を聞かせてください。」
「‥‥‥は‥‥‥‥はい。」
「貴方は、本当に奥さんを愛しているんですか？」
「勿論です。だから結婚したんですし。」
「貴方は、先ほど奥さんが、サド的な、という表現をしましたが、もし、そうなら、今後の私生活に、ある程度、支障があるのを覚悟の上で、津谷さんの関係を絶つと言っているのですね。」
「はい。‥‥‥順子君には、丁寧に説明をしました。彼女も承諾してくれています。」

　純子を見る仙次郎‥‥‥‥

「補佐を好きな事は確かですが、仮に不倫を続けて幸せになれるとは、思っていません。それよりも、係長から脅かされて、補佐の関係を詳しく聞かれたり、係長との行為で身体を壊すことが、凄く恐くて。」
「しかし、貴女は、奥さんに本音を言ったといいましたよね。結婚したいと。」
「え‥‥‥‥ええ‥‥‥」
「そして、奥さんは、自分と関係を続けてくれれば、加藤さんを渡すと言った。」
「そ‥‥そうですが‥‥‥‥でも、補佐は係長を愛していますし‥‥‥」

　寂しそうに俯く純子‥‥‥‥

「まあ、その話は後にしましょう。普段、一緒に仕事をしているわけですが、職場では、そういう事があるんですか？　例えば、休憩中に誘われるとか。」

　純子は、涙目で加藤を見つめた。
　加藤は、重苦しい吐息をついて語った‥‥‥‥

「純子君が‥‥‥‥トイレに立つと‥‥‥‥妻が‥‥‥」
「‥‥‥‥？」

　加藤は、徐々に口が重くなってきた。

「加藤さん、この際、全てを正直に言ってもらわないと、私も相談に乗る事は難しいんですよ。どんな小さな事でも聞いておかないと、心理学的に穴が出来てしまうんです。この穴を見逃すと適切なアドバイスが出来ないんです。つまり、その人の心理を探る事によって、その状態、思考を理解するんです。」
「解りました。彼女からは言い難いと思うので‥‥‥‥私が‥‥‥‥」

　加藤は、そう言うと顔を顰めながら話を始めた。

「実は、その後も妻は、純子君のプレーをビデオで撮っていたらしいのです。」
「‥‥‥‥‥‥」
「そのビデオを繋ぎの材料にして、純子君を好き放題に扱っていまして。トイレの話もそうですが、純子君がトイレに入ろうとする時に声をかけ彼女の用を足している所を眺めて興奮したり、自分が便座に座って‥‥その‥‥‥‥せ‥‥性器を舐めさせたりと‥‥‥彼女は、そのビデオを両親に見せられたり、他の者に見せると脅かされているために‥‥‥。」
「ふむ、止む無く従っているわけですね。」
「はい。」
「しかし、加藤さん、貴方自身が奥さんを説得して、そう言う行為を止めればいいんじゃないですか？」
「この話を純子君に聞いて、直ぐに説得したんです。彼女とはもう付き合わないから妻にも、もう止めろと。」
「え？」
「妻は、涙を流しながら私に言ったんです。私は貴方を満足させる事が出来ない。こんな生活が続くのは、貴方にとっても私にとっても絶えられないと‥‥‥‥。」
「それで？」
「妻は、私が愛しているという事を疑いはじめていました。それはそうでしょう。自分が勧めたとはいえ、純子君と関係して普通に生活をしているのですから。」
「つまり、奥さんは、別れようと言ったんですね。」
「はい。そして、妻は、翌日、純子君にこう言ったそうです。主人と別れてあげるから、私と一緒になってもいいわよと。ところが、妻は、私を渡す代わりに自分とも関係を続けろと。」
「‥‥‥‥‥‥なるほど‥‥‥‥」

　仙次郎は、話の内容を理解した。
　恐らく、加藤の妻、泉美は本音で言ったのであろう。
　しかし、状況を推理すると、加藤を愛している事も間違いないと感じた。

　通常、自分の亭主を不倫相手に渡すのに自分とも関係を続けろとは言わないはずだ。
　まして、幾ら津谷とプレーを続けているとはいえ、同性愛的な要素はみられない。

　だが、純子とのＳＭ的なプレーに対し、泉美自身が持つサディズムな性戯が、今だかつて経験した事のない快感を得た事によって夫婦間の在り方や、性に関する思考回路が狂い始めていることも事実である。

「加藤さん、奥さんにとって本当にオルガズムを感じているとすればサディズム的な性癖を持つ者と理解してもいいかもしれませんね。」
「つまり‥‥‥それは‥‥‥‥」
「当然、男性である貴方とは、性交感覚を異するわけです。」
「サド‥‥‥‥‥と言うことですか？‥‥‥‥」
「まあ、色々とお話をして、サドに対する理解をする事から始まるわけですが、基本的に、貴方と奥さんが、性交可能であれば問題ないと考えるのが普通です。」
「出来るんですか？」
「それは、奥さんの全てをお聞きしなければ、私も判断できません。」
「私が、知ってる限りの事は、何でも話します。」
「解りました。では、その前にサディズムについて理解してもらいましょう。」
「‥‥‥‥‥は、はい‥‥‥」

　心なしか、落ち着かない様子を見せる加藤‥‥‥

　仙次郎は、加藤を待たせ、執務室に資料を取りにいった‥‥‥‥‥