（１０）

−　週末　−

　午前の業務が終わるころ、名倉が、仙次郎の部屋を訪れていた。

「先生っ‥‥‥名倉課長がお見えに‥‥‥」
「え？‥‥‥‥あ、そう‥‥‥‥‥行くよ。」

　仙次郎は、眠そうな目を擦りながら応対室に入っていった。

（！‥‥‥‥‥‥ほぉぉー‥‥‥‥これは、これは‥‥‥）

　仙次郎を見て笑顔を見せる名倉‥‥‥
　髪を落ち着いたブラウンカラーに染め、ヘアースタイルも変わっている。
　今まで、薄化粧程度だった名倉が、綺麗にフェイスラインを整えパールリップを唇に引いていた。

　服装も暗いスタイルを替え、明るい色のオフィススーツが決まっている。
　スカートから出している足はダークミラーのストッキングを穿きセンスのいいヒールが足全体を飾っていた。

「先生‥‥‥‥先日は‥‥‥‥どうも‥‥‥」
「名倉さん、見違えましたね。」
「昨日、美容院に行ってきたんです。」
「なかなか、似合ってますよ。」
「名倉課長、本当に素敵です。」

　コーヒーを運んできた佳代が相槌を打った。

「ありがとう。これだけ自分が変わったのを始めて見ました。先日の先生のアドバイスどおりに早速変身してみたんです。」

　仙次郎は、名倉に頷きながら囁いた。

「名倉さん、冗談抜きで、男性は、貴女を他っておきませんよ。」
「実は、部署に居ずらくて‥‥‥‥‥」
「え？」
「皆がジロジロと見るんです。廊下を歩いてても、振り返ってヒソヒソと話を‥‥‥」
「はははっ‥‥‥皆がそれだけ魅力的に変わった名倉さんに驚いているんですよ。」
「‥‥‥‥‥」
「ひょっとしたら、もう、誘いを受けたんではないですか？」

　名倉が顔を赤らめて恥しそうに答えた。

「実は‥‥‥‥社内メールが何通も‥‥‥‥」
「ほぉぅ‥‥‥そうですか。‥‥‥‥いや、いい事じゃないですか。」

　名倉は、照れながらも嬉しそうな表情を浮かべている。

「名倉さん、女性はいつまでたっても男性の視線を浴びますよ。それを意識すれば、彼方はもっと魅力的になっていきます。」
「ええ、頑張ります。‥‥‥私、燃えてみたいんです。‥‥‥‥この間みたいに。」
「え？」

　佳代が怪訝そうな表情で声を上げた。
　咳払いする仙次郎‥‥‥‥

「ぁ‥‥‥‥いえ、川島さん‥‥‥‥何でもないのよ。」

　名倉は、慌てて佳代に言い改めた。

「つまり、その‥‥‥そう、映画でね‥‥‥ほら‥‥‥‥恋愛ものを見て。」
「‥‥‥そうなんですか‥‥‥‥」

　名倉は、仙次郎を見て肩を竦めた。

「で、では、先生‥‥‥私は、これで。」
「今後の健闘を祈っていますよ。恋に、仕事に。」
「ありがとうございます。」

　名倉は、仙次郎に深々と頭を下げて部屋を出て行った。

「先生、名倉課長、見違えましたね。」
「ああ、元がいいからな。‥‥‥‥しかし、あれほど変わるとはな。」
「元々、綺麗な方だけど、極端すぎるほど垢抜けしましたよ。」
「んむ‥‥‥切っ掛けがあれば、人間誰でも変貌できるさ。」
「先生って、やっぱり凄いんですね。」
「チェッ‥‥‥‥疑ってたくせに‥‥‥‥」
「そ、そんな‥‥‥‥」
「ククッ‥‥まあ、いいさ。‥‥‥さてと‥‥‥佳代君、暇になったし、少し昼寝するから起こさないでくれよ。」

　仙次郎は、佳代に、そう言い残して執務室に入っていった。

　ところが、あまりにもの変貌を遂げた名倉の噂を聞きつけたのか暫くして、仙次郎の元に社員からの電話が殺到した。
　ほとんどが、女性であり内容は似通ったものばかりだ。
　佳代は、スケジュールを睨みながら、何本も入る電話を保留にし、受付にてんてこ舞いの状態だった。
　管理職以外は、昼の休憩と就業後のみの相談となっており予定を組んでいくのに慌しい時間を過ごしていく。

（‥‥‥な、なによ、これ‥‥‥‥‥‥‥冗談じゃないわ。）

　一方、仙次郎は、佳代が、そんな状態とはいざ知らず、寝息を立てて気持ちよく眠っていた。

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「先生、先生ったら‥‥‥起きてください。」

　ソファで気持ちよく眠る仙次郎の身体を揺り起こす佳代‥‥‥‥

「‥‥‥んぅぅ‥‥‥‥な、なんだ‥‥‥もう昼か‥‥‥‥飯でも食うか？」
「食事どころじゃありませんよ。早く来てください。」
「え‥‥‥‥‥なに慌ててるんだ？」

　アクビをしながら応対室に入る仙次郎‥‥‥‥
　なにやらドアの外が騒がしい。

「なんだ？　やけに外が騒がしいな。」
「社員の相談が殺到してるんですよ。」
「何で？」
「そんな事知りませんよ。‥‥‥それより何とかしてください。」

　仙次郎は、首を傾げながらドアを開けた。
　廊下には、女性社員が行列を作っている。

「！‥‥な‥‥‥なんだ‥‥‥‥‥」

　一斉に仙次郎に寄り添ってくる女性社員‥‥‥

「先生っ、ご相談が‥‥‥」「私の悩みを聞いてください！」

「私が先よ‥‥‥」「ちょっと待って、私が‥‥‥‥」

　女性らは、姿を現した仙次郎に一斉に声をかけてきた。
　仙次郎は、慌ててドアを閉め部屋に戻った。

「ど、どういう事だ？」
「私が聞きたいですよ。」

　仙次郎は、不思議に思いながらも考えた。

（ははぁーん‥‥‥‥‥‥さては、名倉さんが‥‥‥‥）

　その時、偶然にも名倉から電話が掛かってきた。

「高輪ですが‥‥‥‥‥あ、名倉さん‥‥‥‥」
「先生、ひょっとして、何かご迷惑が掛かってないかと思って‥‥‥」
「ええ‥‥‥いま、女性社員が行列を作ってます。‥‥‥名倉さんの宣伝ですね。」

　名倉は、済まなそうに小声で返答した。

「すみません。実は、同じ課の女の子に先生のお話をしたら、あっという間に社内に広がってしまったようで‥‥‥‥。」
「やはり、そうでしたか。」
「本当に、申し訳ありません。」
「いや、誤る事ではありませんし。‥‥‥‥‥大丈夫、何とかしますので。」

　仙次郎は、そう言って電話を切った。
　相変わらずドアのノックが続いている。
　仙次郎は、溜息をつきながら佳代に言い放った。

「佳代君、しょうがない。今日のところは、一人づつ診よう。但し、予約した順だ。それから、時間内に見れない人は違う日を指定してやってくれ。上手に説明してやってくれよ。」
「わ‥‥わかりました。」

　佳代が、受付表を持って廊下に出て行った。

（これは、ちょっと対策を考えないと、とんでもなくなるな‥‥）

　仙次郎は、大きな溜息を吐きながらソファに座り込んだ。

★★★★★

　休憩時間を２０分ほど超過して仙次郎の相談が終了した。
　通常、休憩中に見れる者は、せいぜい二人が限界だった。

「フゥー‥‥‥喋りすぎて喉が渇いた。」
「今、お水持ってきます。」

　佳代が小型冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを持ってきた。

「ああ、ありがとう。」

　仙次郎は、一気に半分ほど飲むと佳代に呟いた。

「‥‥‥佳代君‥‥‥ちょっと、内規を決めよう。」
「‥‥‥そうですね。」
「これじゃ、とても適切なアドバイスをしてやれないよ。」
「先生、私、思ったんですけど、大半が、不順な発想で予約に来ていますよ。別に、悩みなど無いのに、先生を一目見ようとか、誘惑掛かった相談とか。」
「だろうな‥‥‥‥‥だが、はなっから追い返すと違う問題も出てくるぞ。」
「そうですけど‥‥‥‥‥‥‥」
「あと、何人いるんだ？」
「３４人です。」
「なにぃぃぃーっ‥‥‥‥‥‥‥ま‥‥‥参った‥‥‥‥」
「先生、単純に計算しても１ヶ月以上は掛かりますよ。それに１回で解決する人ばかりとは思えませんし。」
「‥‥‥だな。」
「下手をすれば‥‥‥‥半年‥‥‥‥さらに、他の社員や子会社の社員が来ると。」
「‥‥ハ‥‥‥ハハ‥‥‥‥‥‥‥」
「変な、笑い方しないでくださいよ。」

　仙次郎は、真顔になって佳代に言い放った。

「えぇー、佳代君‥‥‥‥‥‥明日から休みだし、また来週から頑張ろーっ。」

　仙次郎の、冗談と解る表現に、佳代はガックリと肩を落としながら項垂れた。