（１０１）

　仙次郎の手に持つ本を見つめる泉美‥‥‥‥‥

「そ‥‥‥それは‥‥‥」
「ご主人が自宅から持ってきた貴女の本です。」
「！」
「気になった箇所にマーカーで記してありますね。」
「‥‥‥‥ぁ‥‥‥‥あの‥‥‥」
「他にも中世男女論、性に関する専門書とかにもマーカーがされている。私は、その部分を読んで色々と推理しました。そして理解しました。」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「流産する前までは、貴女とご主人は間違いなく愛し合っていた。奥さんも心身的に異常は無かったわけです。ところが、流産してからはセックスに恐怖心を抱くようになった。これは、そういう経験があれば誰しもあります。
　だが長く続くものではない。事実、奥さんは、日が経つと共に、その恐怖心も薄れていった。だが、ご主人は、奥さんを抱く事で、奥さんに嫌われるのではないかと、余計な心配をするようになってしまった。つまり、流産までして心身的に辛い思いをしたのに、性欲だけで、と、思われたくなかったからです。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ぇ？‥‥‥‥」
「ご主人は、奥さんの辛い気持ちを思っての事でしょう。元々、性に関して素朴であった奥さんを知っているので、自分の欲求を妻である貴女に対し要求できなかったんですよ。しかし、奥さんは、勘違いをしてしまった。
　ご主人は流産した事を気にしてたわけですが、貴女は、怒ってるのではと勘違いしてしまう。奥さんは、その気持ちが消えないから、ご主人に対し、気を使うようになった。決して怒らない、喧嘩をしない、文句も言わない、優しく大人しい妻でなければ、と思って、１０年間、虚を演じてきたんです。」
「‥‥‥ぅ‥‥‥ぁぁ‥‥‥‥‥」
「必要以上に気を使ってしまい、月に一度しか、奥さんを抱かなくなってしまった。ところが、ご主人は、正常で健康な男性であるから性欲もあるし我慢もできない。
　しかし、奥さんに気を使っているから抱こうとはしない。代わりに風俗へ行って済ましたり、自宅で自慰をする事も何回かあった。それを奥さんに見られた事もあったそうですね。当然、奥さんは悩みますよ。そうじゃないですか加藤さん。」
「‥‥‥‥‥‥‥ぅぅ‥‥‥」
「奥さんは、そこで、また思うわけですよ。なぜ、妻である私を抱かずに自分で処理するのかと。なぜ、お金を使ってまで風俗へ行くのかと‥‥‥しかし、気持ちの優しい奥さんは、ご主人に、私が濡れないからゴメンねと謝っている。そして、二人が徐々に勘違いの世界に突入していくわけです。」
「‥‥‥え？」
「奥さんは、抱いて欲しい。ところが、ご主人は、奥さんがセックスを嫌いと思っている。それをお互いが、話し合う事を一度もしなかった。‥‥‥だから、こう言う結果になったんです。解りますでしょう？」
「‥‥‥‥‥‥‥ぁ‥‥‥‥ぁ‥‥‥ぅぅ‥‥‥‥‥」
「男性であるご主人にも責任はあるんですが、奥さんの性格にも原因があるんです。」
「‥‥‥‥‥？」
「先ほどお話しましたが、お姉さんのセックスを小学校の時に見てしまった。驚くと言うよりも、かなり衝撃だったでしょう。男性の性器が、女性の中に入っているところを見れば。まず、これは、こうなった奥さんの起因です。」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「本来、夫婦の性交というのは、愛を確かめ合うべき行為であるはずなんですが、貴女は、結婚をすると相手の男性に辛い目に合わされるのだと思ってしまった。
　まあ、貴女に限らずに思春期前の少女なら誰しもそう思ってしまうでしょう。
　学校でもそういう勉強をするはずですが、ところが、貴女は、目の前でそれを見てしまっている。快感で声を出しているお姉さんなのだが、そうは見えない。
　苦しんでいるように見えた。この体験は、心理的に非常に大きく変容するんです。
　貴女は、それが原因で男性を敬遠するようになった。つまり、性に関する知識を成長するにしたがって身に付けようとしなかった。それが大きな起因になる。」
「‥‥‥‥‥‥」
「性知識のない貴女は、敢えて男性を敬遠していったんです。そうですね？」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はぃ‥‥‥」
「それは、何故ですか？」
「義兄が、姉を抱いている時に‥‥‥‥姉は涙を流していたんです。‥‥‥‥私は、姉が苦しんでいると思いました。‥‥‥‥姉は、この人と、嫌々、結婚するんだと思い込んでしまって‥‥‥‥。」
「それで？」
「後から姉に聞いたのですが‥‥‥‥‥その時に子供が出来たそうです。私は、姉の出産後に、お見舞いに行ったのですが、隣に寝る赤ちゃんを見る姉の幸せそうな顔が‥‥‥‥そして、義兄が涙を流して姉の手を握っているんです。姉は、義兄に愛を語るような言葉を言っていました。でも‥‥‥私は、それを見て困惑したんです。‥‥‥不思議に思って。」
「何故です？」
「そ‥‥‥‥それは‥‥‥‥」
「ふむ‥‥では私が言いましょうか。‥‥‥貴方は、お姉さんのセックスを目撃した時、義兄さんに、お姉さんが虐められていると思った。そして、嫌々、結婚すると思い込んだわけだ。しかし、久しぶりに会った義兄さんとお姉さんは、そんな風に見えなかった。つまり、貴方ながらに、仲が良く姉夫婦は、凄く愛し合っている風に見えた。‥‥‥‥‥‥そうですよね。」

　頷く泉美‥‥‥‥‥

「貴女は、夫婦と言う関係に興味を抱くのだが、性、つまり、セックスには否定的だった。」
「‥‥‥はい‥‥‥」
「貴女は、思春期を迎えても男性に興味を抱かなかった。いや、敬遠していた。それは、男性が、女性を好きになる切っ掛けは、単にセックスだと思い込んでしまったからですよ。だが貴女は、セックスは、必要であるとは理解していた。つまり、姉夫婦を見て、愛してるから、愛されているからこそ必要だと思ったんだ。」
「‥‥‥‥‥‥」
「従順で素朴で、愛は、純愛的でなくてはいけない。男性は、優しくて誠実な人でないといけない。と言う絶対的な条件を自分の心の中に植え付けてしまったんですよ。まあ、それは、それでおかしくはない。」
「‥‥‥‥‥」
「この時点で、貴方の理想の男性は決定付けられた。」

　視線を合わす隆一と泉美‥‥‥

「‥‥‥それが、今のご主人なんです。ご主人は、確かに真面目で誠実です。」
「‥‥‥‥‥‥」
「お二人が付き合い始め、貴女の心が惹かれたのも、理想とするタイプがご主人だったからでしょう。」
「‥‥‥‥‥‥‥ぅぅ‥‥‥」

俯く泉美‥‥‥‥‥

「それは、今も変わらないんですよ。‥‥‥‥‥だが、貴女は、結婚後、変わった。そう‥‥流産してから男性に対する考え方に疑問を持ってきた。それは、先ほど言ったように、愛しているのに、何故、自分を抱いてくれないかと言う疑問です。
　それに気づかなかったご主人も悪いのですが、そう言う素振りを見せる奥さんもこれまた悪い。そして、さらに輪を掛けて、ご主人が、他で処理をしてしまう。」
「‥‥‥ぅぅ‥‥‥」

　小さく呻く隆一‥‥‥‥‥

「それだけではありませんよ、加藤さん。」

　そう言って、隆一を見る仙次郎‥‥‥‥

「アダルトビデオを見ながら女性を抱くというのは、その女性の性器を使って自慰していると同じ事なんですよ。まして、自分の女房に対してするとはこんな失礼な事はありません。奥さんは、それを知って悩んでいたんです。
　そして、自分なりに色々と考えていたんです。創世記や中世男女論を読んで、本来あるべき夫婦間の愛を自分なりに勉強してきたんですよ。解りますか？」
「‥‥‥‥‥ゥッ‥‥」
「相互鑑賞もそうです。他人のセックスを見ながら性器に刺激を与えているだけなんです。つまり、刺激でセックスをしているだけで脳でセックスをしていないんです。本当に愛している妻や彼女の真意や思考を理解していない。それは、女性に対しても言えますがね。つまり、濡れてこないと言うのは、相手に対して愛を信じていないからです。つまり、貴方ですよ、加藤さん。奥さんは、それを嫌がっていたんです。」
「‥‥‥‥‥ぅぅ‥‥‥ぅぅぅ‥‥‥‥」
「貴方は、奥さんの身体を使って自慰をしていたと言う事です。本当に愛しているなら、二人で気持ちよくなろうとしませんか？」
「‥‥‥ゎ‥‥‥わ‥‥‥私は‥‥‥‥妻をずっと‥‥‥‥」
「ええ。貴方の言っている事も解りますし本心でしょうね。」

　泉美が、仙次郎を見る。

「奥さん、この二日間、ご主人の気持ちや貴女に対する愛情をこの耳で確かに聞きました。間違いなくご主人は貴女を心の底から愛しています。」
「‥‥‥‥‥‥」
「貴女は、流産してから、夫である隆一さんが、自分をあまり抱かなくなってしまった事を不安に思っていた。そうですね。」
「‥‥‥‥‥は‥‥‥ぃ‥‥」
「恐らく、二人の愛の結晶を失ってしまった事に、ご主人は気を使いすぎたようです。」「‥‥‥え？」
「つまり、ご主人は、流産した事に失望をしたのではなく、貴女の身体に気を使いすぎてしまったんです。貴女は、流産によってセックスに対する恐怖が湧いてしまった。しかし、子供が、欲しい事に変わりはなかった。当然、妊娠するという恐怖は、時間と共に消え去ったんですが、ご主人が貴女の身体を気にするあまり、手を掛ける回数を減らしていってしまった。そして、貴女は、ご主人が思う愛情に対して勘違いを始めたわけです。」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「奥さんは、自分の身体に興味がなくなったのではないか。と思い始めたんです。」
「‥‥‥‥‥‥ぅぅ‥‥」
「加藤さん。奥さんが、流産したからと言いましたね。それ以来、気を遣い子供を作る事を避けてきたと。」
「‥‥‥は‥‥‥はい‥‥」
「セックスする時、お二人は、避妊具を使っていなかった。しかし、貴方は、射精する時に膣外射精をしていたわけです。ところが奥さんは、その優しい性格から、何故、貴方が、中で出さないのか聞かなかった。だが奥さんは聞きづらいだろうし、貴方は、貴方で、奥さんに気を使って膣外射精をする。
　だが、奥さんは、実は傷ついていたんです。お互いが気を使いすぎてしまい、愛しているという貴方の言葉に、いつ頃からか疑問を持っていたんですよ。」
「‥‥‥‥‥ぁぁ‥‥‥くっ‥‥‥‥」
「本当は、私の事を好きではないんじゃないのか。‥‥‥私以外に隠れて付き合っている女性が居るんじゃないのか、家庭だけを守っていればいいと考えているんじゃないのか。‥‥‥とね。そして、それを頑なに思い始めた
　切っ掛けが、この本です。奥さんは、数ヶ月と言う短い期間に、男女論や創世記を読み始めた。中には、性の歴史や拷問史、或いは、快感を得る為に行われたプレー内容や、淫悦を味わう方法などが、詳しく書かれています。
　それは、男女の心理状態を詳しく例にはめて、それに対する理論を説いている。」

　顔を顰めて仙次郎の言葉を飲み込んでいく泉美‥‥‥‥‥

「貴方に、津谷さんを紹介したのは、男女論の第三章に書かれている相愛確認論から、思いついたのでしょうね。つまり、相手は自分を愛していると言っている。しかし、言葉だけでは、人間、中々信用を得る事が出来ない。そこで、それを確かめるために自ら不倫を公認し、相手の真意を確かめようとする手段なんです。これは、ポリガミーの相思確認の一つなんですよ。奥さんは、これを見て思いついたんです。」

　泉美は、仙次郎が、的確に自分の心を読んでいく能力と技術に驚きを隠せなかった。

　隆一が、解らないといった顔で仙次郎に質問をした。

「ポリガミーとは‥‥‥何ですか？」
「人類学用語では、一夫多妻制の事を言いますが、セクシュアリティを基とした考え方で言うと、一対一の関係ではなく、複数人との性的関係を志向する人です。」
「それが‥‥不倫と、どういう‥‥‥‥」
「つまり、好きな夫に対し、自分と同じ妻は、数人いる。しかし、女性の心理としては、その中でも、一番自分が愛されていると思いたい訳です。」
「‥‥‥‥‥」
「それを確かめる方法として、男女論の第三章の中で、相愛確認論は、丁寧にそれを紹介している。奥さんは、それを読み貴方に試したんだと思いますよ。
　貴方に不倫をさせ、本当にその相手を好きになって離れていけば、その愛は嘘と判る。非常に古い方法なんですが、奥さんは、それしか思いつかなかった。
　だから、部下であり貴方を好きという、津谷さんを紹介したんだと思います。」
「‥‥‥‥‥‥ぅ‥‥‥い‥‥‥泉美‥‥‥‥‥そうなのか‥‥‥」

　身体を震わせながら目を押さえる泉美‥‥‥‥‥

「奥さんは、貴方が、津谷さんを抱いた時の様子を詳しく聞くために、部下である津谷さんを上司という優位な立場で選んだんですよ。
　職位的に聞きやすいですからね。しかし、人間と言うのは不思議だ。
　貴方は、奥さんに、もうこういう事は止めようと言っているのにまだ、信じようとはしない。それは、急に嫉妬が湧いてきたからです。」

　ビクッっとする泉美‥‥‥‥‥

「リアルな説明になりますが、つまり、加藤さんは、津谷さんに対しては射精をしたわけです。しかし、奥さんには、膣外射精をする。奥さんは当然、気に入らないわけですよ。加藤さんは、奥さんを愛していると言うが奥さんは信用しない。そりゃそうでしょう。奥さんは口にこそ出さないが子供が欲しいのですからね。しかし、先ほども言いましたが、お互いが遠慮して、本音を言わないから、こんな事になってしまうんですよ。」
「‥‥‥‥‥‥」
「奥さん、何か言う事はありませんか？」

　泉美は、しばらく、すすり泣いていたが涙声で話し始めた。

「‥‥‥‥しゅ、主人に紹介した事自体が、軽率すぎました。‥‥‥凄く後悔したのですが、男性の性欲に関する知識がない私は、それらの本を参考にするしかなく‥‥‥‥や、やむなく主人に試したんです。初めて津谷さんを誘った時は、自分で何を言っているのか判らない状態でした。
　彼女から、主人との内容を聞いているうちに‥‥‥‥あ、頭の中が‥‥真っ白になってしまい‥‥‥　気がついたら‥‥‥‥彼女と‥‥‥‥‥せ‥‥‥性器をくっつけていて‥‥‥‥　そして、更に本の中で色々と書かれていた‥‥‥‥‥男と女の関係の矛盾に気がついてきたんです。」
「ふむ‥‥‥」
「とくに、中世論は、衝撃を受けました。そして、私は、津谷さんに怒りが湧いてきた事も確かです。私は、主人から津谷さんを切り離そうとして、酷い事をしてしまいました。ただ、一つ‥‥‥その行為で、私が潤う事も知ったんです。‥‥‥‥‥でも‥‥でも私は、レズに興味もありませんし、甚振ることも別に好きではありません。ただ、津谷さんが私自身とダブって見えたんです。私が、津谷さんだったら、　主人は‥‥‥と考えてしまって。私が津谷さんにしてきた事も今思うと主人にしてもらいたかったのかも‥‥」

（やはり、そうだったか‥‥‥‥‥）

　愕然とする隆一‥‥‥‥‥
　唇を震わせながら、妻、泉美に呟いた。

「‥‥‥‥泉美‥‥‥‥‥お‥‥俺は‥‥‥‥‥すまん‥‥‥」
「奥さんは、嫉妬と共に、津谷さんに対して怒りが湧いてきた。男女論第５章にマーカーされていた文章には、こういう事が書かれています。聞きますか？」

　頷く隆一‥‥‥‥‥

「大好きな夫を虜にする女性に対し、その女性をも不幸にしないため不倫を戒め、愛を取り戻す方法として性虐をし、自らも後悔の念を思い、恥じるとともに、心底から相手に対して愛を訴えるのだと。」
「‥‥‥‥‥‥」
「つまり、奥さんは、加藤さん、貴方を愛しているんですが、津谷さんとの関係が、上手くいっていると思ってしまった。それは、紹介した奥さんも自業自得なんですが、どうにも諦めきれない。離婚を告げるより自分から別れを言った方が、いくらかは気が楽になると思ったんではないでしょうか。だから、そう告げたんです。しかしだ。‥‥‥‥‥やはり、諦めきれない。」
「‥‥‥‥‥ぅぅ‥‥」
「自分から別れようといった手前、純朴で純粋な奥さんは、撤回しようにも出来ない状態になってしまった。だから、夫を津谷さんに渡しても、私とも付き合えと、津谷さんを脅したんです。津谷さんは、恐怖と苦痛で加藤さんと付き合う事を諦めると思ったからでしょう。言うなれば成功しましたよね。
　津谷さんは、我慢が出来なくなってしまったんだから。でも、津谷さんが、恐怖で悩んでいる事を　奥さんは知らないから、更に津谷さんとの関係を続けようとした。それは、紹介したにもかかわらず、ひょっとして二人が夫婦になってしまう事を恐れたからです。つまり、愛は消えていないんだ。」
「‥‥‥‥い‥‥‥‥泉美‥‥‥‥」

　小さく震えた声で泉美を呼ぶ隆一‥‥‥‥

「そして、加藤さん、貴方が不思議に思っていたもう一つの事‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥え？」
「奥さんが、自分には濡れなくて、女性である津谷さんとは濡れるという疑問です。」
「‥‥‥ぁ‥‥‥‥は‥‥‥はい‥‥‥」
「奥さんは、相手が、女性だから濡れたんではないんです。また、苛めるプレー、つまり、サディスティックな性格だから濡れたのではないんですよ。貴方とのセックスでも濡れるということを確かめたかったから、女性である津谷さんと関係を持つことを思い浮かんだんです。貴方の事を好きだと答えた津谷さんは、紹介してくれた奥さんに対し、恩義に似たものを持っているはずですからね。
　つまりだ、先ほど言いましたが、自分が津谷さんにしたプレーは、貴方から奥さんが受けていると錯覚をしたかったんですよ。そして、貴女の背広を着て鏡を見ていたのは、貴方に愛を求める奥さんのフェチシズムの一種です。」
「あ‥‥‥あの‥‥‥‥‥どういう‥‥‥‥意味‥‥‥‥」
「男女論第９章‥‥‥性染論で、こう書かれています。花蜜枯れし苦しむ女人に偽性を試しす方法ありとね。つまり、若い女性と性器を合わせる事によって、蜜の感触を思い出し、潤いを取り戻す思想的方法を紹介しているんですよ。
　奥さんは、津谷さんを自分に想定したんだ。そして奥さん自身は、貴方を演じた。解りますか、この意味が‥‥‥‥‥奥さんは、貴方の愛に飢えていたんです。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ま、あくまで儀式的な意味で、本当に、性感取り戻せるわけではないのですが。」

　そう言って、その部分が書かれた本を隆一に見せる仙次郎‥‥‥‥

「奥さんもレズではない。女性と関係するなんて、よっぽど勇気がいったでしょう。しかし、そんな心理状態ではなかった。濡れなければ、セックスが出来なければ、夫は戻ってこないと思って、藁にしがみつく思いで試したんだ。そしてＳＭ的なプレーは、隠偏性感を取り戻す方法としても有名なんです。これは、人間誰しも持っているものなんですが、その相手を痛めつける事によって、隠偏されている自分の性を目覚めさせる事があるんです。つまり、性交による結合がなくてもエクスタシーを得られる事ができるんです。違う例で言えば、人を殺した瞬間に射精をするとか、高い所から飛び降ると射精をするとかね。女性の場合ですと、男性の頬を殴ったり性器を痛めつけるだけでエクスタシーを感じたり、反対に汚い言葉を掛けられるだけで濡れてしまう人もね。つまり、津谷さんとの関係を続ける事によって、自分も流産前のように濡れるようになるかもしれないと考えた。更に津谷さんと関係を続ける事によって、自分からも夫からも逃げていくかもしれない。」
「‥‥‥ぁ‥‥‥ぁぁ‥‥‥‥う‥‥‥ぅぅ‥‥‥」

　呻く泉美‥‥‥
　仙次郎の的確な説明に驚愕をしながらも自分の心を呼んでくれた仙次郎を涙目で見つめた。

　仙次郎は、大きく深呼吸をしながら最後に一言を添えた。

「そう思ったんですよ。奥さんは。つまり、奥さんは、この本によって得た知識を全て試そうと思った。曰く、必死だった。‥‥‥‥‥‥‥‥と、私は推測します。」
「！‥‥‥ゥゥ‥‥‥‥‥ウゥゥ‥‥ウァァァー‥‥‥‥」

　泉美は、遂に声を上げて泣きはじめた。

　隆一は、蹲って泣く泉美の背中に優しく手を当てた。

「泉美‥‥‥‥‥すまない‥‥‥‥‥本当に‥‥‥すまない‥‥‥‥」
「‥‥‥ぅぅ‥‥‥あなた‥‥‥ごめんなさい‥‥‥‥‥ごめんなさいぃ‥‥」

　仙次郎は、間を置いて二人に声を掛けた。

「加藤さん、奥さん、もうお分かりでしょうが、二人とも互いを思う愛に偽りはありません。その真愛があれば、セックスなどは、二の次です。
　だが‥‥‥‥だが、その心配もないと思いますよ。恐らく、もう二人のセックスに関しては悩む事はないでしょう。方法を知ったのですからね。」

　泉美は、仙次郎の目を憚らず隆一に抱きつき大声を出して泣き叫んだ。

（ふぅぅぅー‥‥‥‥）

　安堵の笑みを見せて頷く仙次郎‥‥‥‥

　大きく長い息を吐き出すと、仙次郎は三冊の本を二人の前にそっと差し出した。

/ / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / /

「先生、お見事でしたぁっ！」

　二人が、帰ったあと、佳代は、応対室に飛び込んでくると同時に大声で、そう言い放った。

「ああ‥‥‥久々に、頭を使ったよ。」
「それにしても、よく、あれだけ、心を読み取る事が出来ますね。」
「‥‥‥‥長年の経験と研究の成果さ。」
「そうかなぁ‥‥‥‥」
「なんで？」
「なんというか‥‥‥‥‥つまり‥‥‥そのぅ‥‥‥先生は、天性的に、そういう力を持っているような気がするんです。」

（‥‥‥‥‥‥‥‥）

「何故、そう思う？」
「んー‥‥‥説明が難しいんですけど‥‥‥‥つまり‥‥‥‥ほらっ‥‥一つ一つの言葉に、全く矛盾がないと言うか‥‥」
「ん？‥‥‥というと‥‥」
「観察力や洞察力も凄いと思いますが、それ以上に相手を曝け出させる技術に優れていると言うか、自然にそう言う状態を作ってしまう技術が。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「でも、先生が、真剣な顔をして考えている姿は、凄く格好良いしセクシーですよ。私、その時、先生が何を考えているか、凄く気になって、じっと見ているんです。」
「‥‥‥‥いつもかい？」
「ええ‥‥‥‥先生の秘書になってから、ずぅぅーっとです。」

　仙次郎は、暫し佳代を見つめながら無言で考察を続けた。
　そして、仙次郎は、大声で笑い始めた。

「‥‥‥‥フッ‥‥‥ククッ‥‥‥‥フハハハハハハッ‥‥‥」
「え？‥‥‥‥なに笑ってるんですか？　変な事を言いましたっけ？」
「‥‥‥‥ハハハハ‥‥‥‥フゥゥー‥‥‥あ、いや、ちょっとね。」
「何ですか？　気になるじゃないですかぁ。」
「いいんだよ。」

　仙次郎は、佳代に、自分自身を観察されていた事に今始めた気づいたのだ。

　今まで、人の心理を探り当てる仕事をしてきた仙次郎だったが、自分を見られ、探られる事に気づかなかった事をひどく滑稽に思えたのだった。
　仙次郎は、優しい視線を佳代に投げながら呟いた。

「あぁーあ‥‥‥‥何となく、スッキリしたような、しないような‥‥‥‥」
「何ですか、それ‥‥‥‥」

　仙次郎が、佳代の手を持って引き寄せた。

「アンッ‥‥‥‥ど、どうしたんですか‥‥先生‥‥‥」
「いや‥‥‥何となく‥‥‥‥な。」

　そう言って佳代のスカートの中に手を入れていく。

「あぁーん、先生ぇ‥‥‥‥‥」

　仙次郎にしがみ付いていく佳代‥‥‥‥

「よしっ、佳代君、今日は、もう終わりにしてデートでもしよう。」
「えっ、本当ですかっ！　嬉しぃぃぃぃぃーっ！」
「まず、飯でも食いにいこうか？」
「先生っ、当然、その後も‥‥‥‥‥」

　仙次郎は、おどけた顔を見せ、佳代にウィンクを返していった。