（１０３）

　仙次郎は、２杯目のコーヒーを佳代に頼むと洋平の話を聞き始めた。

「暴力とは？」
「実は、俺のところに遠山冴子と言う女性が相談に来たんだ。親友が、脅かされて困っているから助けて欲しいとな。遠山から、その話を聞いて発覚したんだが、その脅かされているという女性は、管理部システム課の社員で、名は関口寛子というんだが、実は、彼女と交際してる男性が、同じうちの社員に居てな。名前は、斎藤俊二という男で営業２課員だ。こいつが、社内で関口に暴力を振るうところを何度か他の社員に目撃されているんだよ。ところが、二人が、付き合ってる事を他の社員も知っているから、徐に止めに入ることはしなかったらしいのだが、あまりにも頻繁に見られているんで公室から斎藤俊二に注意処分を出したんだ。」
「ふむ‥‥‥それで。」
「ところが、関口の同じ課の同僚で、相談に来た遠山冴子は、関口とは親友同士なんだが、彼女が言うには、注意処分を受けた事を怒ったのか、今でも暴力が続いてて、更に関口から頻繁に金もせびり取っているらしい。」
「金を？‥‥‥遠山冴子は、それを見かねて公室に相談にきたわけか。」
「そういう事だ。俺は、大隈と二人で、斎藤俊二の素行を調べてきたんだが、最悪な野郎だ。ギャンブル好きで借金もあるらしい。給料も殆んどを競馬に費やしているようだ。金がなくなると　関口のアパートに行っては、飯を食って朝一緒に出社する事もあるらしい。営業課員だから勤務中も外回りが多いのだが、仕事をサボって、如何わしい店に出入りしてるんだ。大隅の調べた所によると、よく出入りしているのは乱交パブのような店だ。」

　仙次郎は、怪訝そうに首を傾げて洋平に問いかけた。

「しかし洋平、暴力振るわれて、金をせびられても付き合ってるのか？」
「ああ、そこが俺も不思議なんだが、それは、引き続き調べようと思ってる。」
「‥‥‥そうか。」
「何か弱みでも握られてるんだろうか。」
「‥‥‥‥んーむ‥‥‥彼女を呼んで聞いてみたほうが早いんじゃないのか？」
「そう思ったんだが、仮に脅かされているとしたら喋らないと思うし。」
「どういう女性なんだ？」
「俺も直接は喋った事はないが‥‥‥んー‥‥‥ちょっと暗い感じはするな。」
「そう言う状態なら、暗くもなるだろうさ。‥‥‥‥‥‥佳代君‥‥‥」

　佳代は、関口寛子と斎藤俊二の社員データをプリントアウトして持ってきた。
　受け取った仙次郎は、データに目を通していく。

　関口寛子　２５歳　管理部システム課
　５年前、短大を卒業し、榊原グループに入社、現在に至る。
　業務成績は、特に劣った箇所はなく素行に問題はない。

（変わったところはないな‥‥‥‥‥‥‥‥ん？）

　仙次郎は、顔写真を見て、何処かで会ったような気がした。

（‥んー‥‥‥見た事あるような‥‥‥‥‥思い出せんな。‥‥‥‥ま、いいか‥‥）

　記憶を辿る仙次郎だが、思い出すことが出来なかった。
　続いて斎藤俊二のデータを読み始める。

　斎藤俊二　２７歳　営業２課
　私立大学卒業後、榊原グループに入社、現在に至る。
　業務成績は悪くは無い。しかし自分勝手な行動が多く態度も悪いようだ。

（‥‥‥‥‥‥ま、いるよな、こういう奴も‥‥‥）

　特に気にする事無く資料を見終わるとテーブルに置いて洋平に声を掛けた。

「で、洋平‥‥‥俺にどうしろと。」
「斎藤を辞めさせたい‥‥‥‥‥が、しかし、関口を無視するわけにはいかん。」
「ああ。恋人同士だからな‥‥‥理由も解らずに追い出す事もできないだろう。」
「それもそうなんだが、関口が、本当に斎藤に対し好意を持っているかだ。」
「そうでなければ、躊躇わず‥‥‥か？」

　仙次郎は、手で首を切る真似をして洋平に問うた。

「ああ。当然だ。‥‥‥‥そこでだ。お前に関口から事情を聞き出してもらいたい。」
「それはいいが、向こうから相談に来るならまだしも、こちらから彼女を呼び出すわけにはいかんだろう。」
「何とかならんかな‥‥‥‥こっちも彼女の真相を聞かないと動き難いし。」

　仙次郎は、腕を組みながら溜息をついた。

「ふぅぅぅー‥‥‥洋平、まずは、斎藤の行動を徹底的に調べて関口に対する気持ちを確認してておく必要があるんじゃないか。」
「‥‥‥というと？」
「仮にだぞ。関口が、そんな仕打ちを受けていながら斎藤の事を好きだとしても斎藤自身が、関口を利用して遊んでいるだけなら遠慮せずに追い出せばいいが、もしかしたら、二人以外の者には、判らない事情があるかもしれないだろう。」
「なら、いくら関口が斎藤を好きでも、斎藤がそうでなければ追い出してもいいんだな。」
「ああ。しかし、違う意味で、関口は心の傷を負うだろうがな。」
「しかし、その反対も考えられるぜ。ホッっとするかもしれん。」
「んむ。‥‥‥まあ、関連を調べてみろ。」
「どうやって？」
「つまり、斎藤が、よく出入りするという乱交パブとか、そこに関口もメンバーとして入っていないかだとか、強要されていないかとかをな。」
「なぜ？」
「いいか、洋平、何故、斎藤は、関口に暴力を振るうんだ。」
「‥‥‥‥‥それは‥‥‥」
「何か原因が無ければ、彼女に手をあげる必要は無いだろう。」
「そうだが‥‥‥‥」
「斎藤は、ギャンブル好き‥‥‥勤務中にも如何わしい店に出入りしている。当然、金が掛かるし、給料だけでは遊べまい。となると金をせびっている可能性もあるわけだ。しかし、関口だって、年齢的に高給とりではない。」
「そうか‥‥‥斎藤に遊ぶ金を要求されても出せるはずが無いだろうからな。」
「そういうことだ。」
「よし、そういう事なら、斎藤より関口に聞き出した方が判るかもしれんな。」
「ああ、職権を使えばいいんだ。」
「そうしよう。」
「んむ。反対に俺が斎藤を探ってやる。今日は特に用事ないし、斎藤が、よく行くという店を暇つぶしに見に行ってやるよ。」
「すまんな、仙次郎‥‥‥‥‥」
「なに、興味もあるしな。」

　仙次郎は、口元に笑みを浮かべて洋平にそう言い放った。

☆☆☆☆☆

（ここか‥‥‥）

　仙次郎は、斎藤俊二が、よく出入りしているというパブに足を運んでいた。
　雑居ビルの一角に、コンクリート造り２階建ての貸しビルがあった。
　外見上、普通のパブに見える。

　店内に入っていく仙次郎‥‥‥‥
　ドアを開け中に入ると狭い受付に店員らしい若い男が座っていた。

「いらっしゃいませ。」

　男を見る仙次郎‥‥‥‥
　壁の張り紙や怪しい写真を見ながら、仙次郎は、その男に声を掛けた。

「‥‥‥‥‥ここは、会員制かい？」
「いえ。一般の方も入れますが。‥‥‥お客様は初めてですか？」
「ああ。」
「それでは、男性単独ですと１５０００円をお支払いして頂くことになりますが。」
「構わんよ。」
「ありがとうございます。」

　仙次郎は、金を払うと数枚のコインを貰い、奥のカウンター席に案内された。
　店内を見渡す仙次郎‥‥‥‥
　中は、薄暗く少し離れると顔は認識できない程だ。

（ふーん‥‥‥普通の乱パブとは、ちょっと様子が違うな‥‥‥‥）

　周りには、カウンターを囲むようにして薄いカーテンに仕切られた
　ボックスが並び、そのボックス席では、数名のカップルが痴態を演じていた。
　本番をしている者、甘い声を漏らしながら男性に抱きついている者、中には、報酬を貰って複数の男性に写真を撮らせている若い女性もいる。

（なるほど‥‥‥‥‥裏パブか‥‥‥流行ってるわけだ。）

　仙次郎は、カウンター内にいる男にビールを注文した。

「かしこまりました。コインを一枚お出しください。」

　仙次郎は、コインをカウンターの男に渡すと煙草に火をつけた。
　直ぐにビールが仙次郎の前に運ばれてくる。

「お待たせしました。」

　グラスを持ち半分ほどビールを開ける仙次郎‥‥‥
　カウンターの男が仙次郎に声を掛けてくる。

「まだ、時間が早いのでお客さんは少ないですが、直に増えてきますので。」
「あ、そう。」
「お客さんは、この店は初めてですか？」
「ああ。ちょっと興味があってね。寄ってみたんだ。」
「それは、どうも。」
「君は、バイトかい？」
「いえ、ここの副店長です。」
「そうか、それは失礼したね。」
「いえ、とんでもありません。‥‥‥‥お客さん、ここは素人の単独女性も来ますので気に入った方がいれば声をかけて誘って頂いてもいいんですよ。」
「へぇー、そうなのかい。」
「はい。殆んどが小遣い稼ぎ目当てですけどね。その気が無ければボックス内のカップルのお客さまにチップを差し上げますと、そのカップルが、色々とサービスしてくれます。勿論、カウンターからしか見物は出来ませんが、席は自由に移動して結構です。チップは、２０００円単位ですので、私に渡して頂ければ、そのお客様にお渡しして交渉してきますので、遠慮なく言って下さい。」
「サービス？」
「ええ、例えば女性の裸や、セックスを見せてくれたり気に入られると３Pに誘われる事もたまにありますよ。」
「ほぉぉー‥‥‥‥」

　仙次郎は、副店長の話を聞きながら回りに視線を移していく。

「いらっしゃいませ。」

　店員の声に、仙次郎は、入口のドアに目をやった。
　派手な服装をした一人の女性が入ってくる。
　その女性は、仙次郎と対面のカウンター席に座った。
　シルバーに染めたヘアーに女豹のような鋭い視線‥‥‥‥
　ハーフカミューのシャツを着てスリムシガレットを咥えている。
　両手首にはシルバーの彫金ブレスをはめ、鼻、耳、唇にピアスをはめていた。
　気弱い男性ならば、彼女の視線に目を背けるであろう。
　その女性を観察する仙次郎‥‥‥‥

（‥‥‥‥ほぉー‥‥‥格好もそうだが、修羅場くぐってる眼をしてんな。）

　仙次郎は、そう思いながら２杯目のビールを注文した。
　グラスにビールを注ぎ軽く口を付ける仙次郎‥‥‥

（ん？‥‥‥‥）

　女性の視線を感じる仙次郎‥‥‥
　そして、何気に女性と目を合わせた。
　その女性は、仙次郎に妖しくも鋭い視線を投げかけていた。

（１０４）

　煙草をふかす仙次郎は、女性の鋭い視線を受け止めていた‥‥‥‥

（‥‥‥‥‥‥‥？）

　女性は、意味ありげな冷笑を浮かべて立ち上がると仙次郎の方に近づいてきた。

（俺に用か‥‥‥‥‥‥ククッ‥‥‥こりゃ面白そうだ。）

　仙次郎の横に立ったその女性が声を掛けてきた。

「隣、いいかしら？」

　女性を見る仙次郎‥‥‥‥
　断わる理由も無く仙次郎は、了承した。

「どうぞ。」

　女性は、クールな目つきで仙次郎をマジマジと見つめた。

「‥‥‥‥僕に何か？」
「フフッ‥‥‥昨日会ったばかりなのに覚えてないかしら？」
「‥‥昨日？」
「樹里さんと二人で私のプレーを見てたでしょ？」

　仙次郎は、そう言われて咄嗟に思い出した。

「あ！‥‥‥‥‥確か君は‥‥‥‥奈落のリンダ‥‥‥さん‥‥‥」
「本名は、黒田成美っていうの。‥‥‥一応、始めましてかな？」

　その女性は、昨日、奈落でステージに上がっていたＳＭ嬢のリンダだった。

「高輪仙次郎といいます。しかし、よく僕が判りましたね。」
「そりゃね。樹里さんが惚れた男を覚えておくのは当然よ。」
「え？‥‥‥どういう意味かな。」
「んー、まあ、はっきり言って焼きもちかな。」
「焼きもち？」
「私、樹里さんって言う人間に憧れてるの。私は、樹里さんとは逆にＳだけど彼女のＳＭに対する考え方とか、ショーを見せる技術とかに惚れてるんだ。」
「惚れてる？」
「つまり、プロ根性と言うのかな。いずれ独立したくて頑張ってんだけどさ。」
「へぇ‥‥‥そうなの。‥‥‥で、何故、僕に声を？」
「私たちＳＭ家から見て、樹里さんのような憧れの人が惚れる男性って一体どういう人かなと昨夜から思ってて。偶然、ここで会ってラッキーだわ。」
「昨日、樹里ちゃんから、少し聞いたよ。君も人気あるんだってね。」
「そうかな。まあ、地でやれるプレーだからかも。」
「なるほど。‥‥‥‥‥‥君は、ここへはよく来るの？」
「たまぁーに、暇つぶしでね。‥‥‥‥マゾっぽい子を探しにさ。フフッ‥‥」

　冗談っぽく言うリンダだが、半分は本音のようだ。

「なるほど。」

　仙次郎は、リンダを見つめて心魂を探った。
　狐疑心のない透いた瞳と意志の強そうな通った鼻筋、気持ち厚めの唇が異様にセクシーに映る。

（なるほど‥‥‥‥この商売に肝を据えてるようだ。）

「ねぇ、樹里さんとは、どういう関係なの？」
「どういう関係といっても‥‥‥説明しずらいな。」
「‥‥‥‥‥樹里さんとは、勿論、身体の関係はあるんでしょ。」
「まあ、数回は。」
「やっぱり、縛るの？」
「でなきゃ、彼女は満足しないから。」
「貴方は、サディスト？」
「とんでもない。」
「じゃ、なぜ、樹里さんと？」
「まあ、色々あってね。」
「ふぅーん、そう‥‥‥‥高輪さんは、お仕事何やってるの。」
「カウンセリングをね。心理学者なんだ。」
「へぇー‥‥‥ねぇ、例えば、セックスの事とかも相談受けるの？」
「どちらかと言うと７割は、性の相談だね。」
「ふぅーん‥‥‥じゃ、そういう事も勉強するんだ。」
「セックスそのものを勉強する事は無いけど、それに対する対人心理や環境心理とか、人間の持つ様々な心理状況を研究する事はあるよ。」
「‥‥‥‥‥‥例えば？」
「性の歴史から始まって、性戯、ＳＭ、拷問とかも研究した事あるよ。つまり、その知識と人間行動を知ることによって適切なアドバイスや相談者の対比が容易になるから、心理を探る上では必要な知識さ。」

　リンダの目が異様に輝いた。
　リンダは、その後もしつこく仙次郎に質問を繰り返した。
　嫌な顔を見せずに、説明をしてやる仙次郎‥‥‥‥

　３杯目のビールを飲み終えた仙次郎は、バーボンを注文し胸ポケットから葉巻を取り出した。

「しかし、色々な質問が出るね。」
「私、そういう人の心を読む技術を身につけたいの。」
「なんで？」
「私の性癖を破壊しないために。」

（！‥‥‥ほぉぅ‥‥‥なかなか面白い事を言うじゃないか。）

　葉巻に火を点け、煙を燻らせながら笑みを零す仙次郎‥‥‥
　仙次郎は、妙にリンダという女性が気に入ってきた。

「ねえ、高輪さん、私に色々と教えてくれないかな？」
「教えるって言っても‥‥‥そんな簡単に理解できるほど単純じゃないよ。」

　リンダは、拗ねたような表情で口を尖らせた。

「じゃ、その拷問史とかプレー内容とかさ‥‥‥その時の人間の心理とか。」
「話してもいいが‥‥‥‥一日じゃ終わらないよ。」

　リンダは、話を遠のけようとする仙次郎に苛立った。
　どうしても、話を聞いて自分の性思考のプラスアルファを望んでいるようだった。

「そうだ。ねぇ‥‥‥私を抱かせてあげるから、色々な話を聞かせてよ。」
「だから教えるって言っても‥‥‥‥‥‥え？‥‥‥‥抱かせて‥‥‥あげる？」
「そう。‥‥‥‥私、滅多に男にインサートさせた事ないのよ。」

　妖しい目つきで仙次郎を誘うリンダ‥‥‥‥

「‥‥‥‥‥‥い、いや‥‥‥やはり、それはいい。僕はマゾじゃないし。」
「馬鹿ねぇ、お店でやるような事を貴方にしないわよ。」
「ぇ‥‥‥ぁ‥‥そ、そう。‥‥‥‥‥ま、しかし遠慮しておこう。」
「えぇー‥‥‥もぉぅっ！」

　気が付くと、知らぬうちに周りは客で一杯になっていた。
　そこへ、一人のスーツを着た男性が店内に入ってきた。

（‥‥‥！‥‥‥斎藤‥‥‥か‥‥‥）

　仙次郎は、先ほど社員データで見た斎藤の顔を覚えていた。
　間違いなく、斎藤俊二だった。
　まだ、勤務時間だが、ビジネスバックを脇に抱え堂々とカウンターに腰掛けた。
　仙次郎の視線を追ってリンダが話し掛けた。

「高輪さん、知ってるの？あの人‥‥‥」
「え‥‥‥ああ‥‥‥‥実は、あの男を調べようと思ってこの店に来たんだ。」
「私、知ってるわよ、あの男を。」
「え？‥‥‥‥‥知ってる？」
「というか、エミーの男よ。よく店に迎えに来てるわ。」
「なにぃーっ！‥‥‥‥」

（そ‥‥‥そうか‥‥‥関口を見た覚えがあるはずだ。関口寛子はエミーだったか。）

　仙次郎は、先ほど社員データで関口寛子を見たときに見覚えがあった事を思い出した。
　ステージ用の化粧を施していたから特定できなかったのだがリンダの話で納得した。

「彼が、どうしたの？」
「いや、ちょっとね‥‥‥‥君は、彼をよく知ってるのかい？」
「うぅん、直接は喋ったことないけど‥‥‥。エミーから話を聞くからさ。」
「ほぉ‥‥‥込みいった話とかもするのかい？」
「ええ。最初は無口だったけど、徐々に慣れてきて話すようになったわ。彼女、性格が暗いし、いつも元気ないからさ。気を使ってやったのよ。だけど、相変わらず、私以外には誰にも喋りかけることしないけどね。」
「何故、君には？」
「そりゃ、一応パート−ナーだしさ。彼女、私に好意を持ってくれてるのよ。色々と悩みなんか話してくれるけど。でも私が二人の中に入る事は出来ないし、ただ、相槌をうって彼女の話を黙って聞いててあげるだけなんだけどさ。」
「‥‥‥‥‥‥‥そうか‥‥‥」

　仙次郎は、斎藤に気づかれないように様子を窺った。
　思いつめたような表情で、ウィスキーを飲んでいる。

（‥‥‥‥‥‥？）

　仙次郎は、斎藤を観察した。

（‥‥‥‥‥？‥‥‥深い陰があるな‥‥‥‥）

　仙次郎は、推測した。
　洋平や他の社員が言うほど雰囲気や人間性が悪そうには見えない。
　何かが、斎藤自身を、そういう行動に駆り立てている感じを受ける。
　斎藤は、疲れた表情で何かを思い悩んでいるように見えた。

（んーむ‥‥‥雰囲気から察するに過去事に連動している気がするな‥‥‥‥）

　仙次郎は、黙って酒を飲む斎藤から視線を外してリンダに声を掛けた。

「君、‥‥‥やっぱ付き合うよ。」
「え‥‥‥ホント？」
「ああ。そのかわり、関口‥‥‥あ、いや、エミーから今まで君が聞いた話を全て聞かせてくれないかな？」
「エミーの？‥‥‥‥‥‥まあ、いいけど。」
「よし、決まった。早速出よう。」
「え‥‥‥‥」

　勝手に席を立って店を出ようとする仙次郎‥‥‥
　リンダは、煙草をバックにしまうと慌てて仙次郎を追いかけた。

　表に出た仙次郎は、タクシーを捜した。

「高輪さん、待ってよぉ‥‥」

　後から小走りで仙次郎を追いかけてくる。

「表通りに出よう、ここじゃ、タクシーはつかまらない。」
「ぇ‥‥‥ええ‥‥‥」

　リンダは、仙次郎と肩を並べて歩き出した。

「君、背が高いね。」

　仙次郎も背は１８０あり、低い方ではないのだが、横に並ぶリンダは、仙次郎とさほど身長が変わらなかった。

「１７０あるの。それにヒール履いてるし。」

　足元を見る仙次郎‥‥‥‥
　踵に鉛筆が刺さっているようなハイヒールを履いている。
　まるで背伸びをしているような形なのだが、苦にする様子も無く普通に歩いていた。

（足腰がしっかりしてるな。‥‥‥‥なかなか、イカスじゃねぇか‥‥‥）

　周りを歩く者が、リンダに視線を送ってくる。

（‥‥‥‥この格好なら目立つわな‥‥‥）

　ハーフカミューのシャツは、ブラジャーと遜色が無い。
　臍にはチェーン付のピアスがはまっており、ヒップハンガーまがいのホットパンツはエナメル系の目立った色だった。
　何より、恥丘に施された薔薇のタトゥが、見え隠れするくらいのローライズパンツだから注目されてもしょうがない。

（こりゃ、急いでタクシー拾わないとたまらんな。）

　仙次郎は、急ぎ足で表通りに歩いていった。

☆☆☆☆☆

「高輪さん、お酒用意してくるから待ってて。」

　仙次郎は、リンダのマンションに来ていた。
　タクシーの中で、リンダに誘われたのだ。

【ね、高輪さん、私の部屋に来ない？】

【え？‥‥‥なんで‥‥】

【だって、色々と都合いいわよ。お酒もあるしホテルと違って寛げるもの。】

【‥‥‥‥‥んー‥‥‥まあ、いいけど。】

【決まりぃっ！　運転手さん、湾岸走って。】

　仙次郎は、車内の会話を思い出しながらソファで寛いでいた。
　リンダに勧められた缶ビールを飲みながら部屋を見渡す仙次郎‥‥‥

　壁には、ＳＭルックに身を包んだ女性の写真がパネルにされて所々に飾ってありソファは、皮製の高級品で更にシルバーフォックスの毛皮が掛けられていた。
　ボード上には、高級酒やブランド品が並べてあり部屋中が豪華な装飾である。

（‥‥‥かなり、リッチだな‥‥‥‥‥）

「高輪さん、お待たせ。」

　リンダが、冷えたワインを持ってリビングに戻ってきた。
　振り向く仙次郎‥‥‥‥

「‥‥‥！‥‥ブッホォォォー‥‥‥ゲホッ‥‥‥」

　飲んでいたビールを吐き出す仙次郎‥‥‥
　リンダは、真っ裸の姿でトレーに載せた料理とワインを運んできたのだ。

「ど‥‥‥どうしたの？」

　咳き込む仙次郎‥‥‥‥
　料理とワインをテーブルに置いたリンダが仙次郎の背中を擦ってくる。

「ビ‥‥‥ビールが‥‥‥‥ゲホッ‥‥‥き‥‥‥気管に‥‥‥‥‥」

　苦しむ仙次郎とは対照にリンダは、笑いながら呟いた。

「私が裸だから？」

　仙次郎は、大きく深呼吸して屈んでいた上体を起こした。

「‥‥‥ふぅぅー‥‥‥‥」

　リンダを見ながら苦しそうに呟く仙次郎‥‥‥‥

「‥‥‥‥な‥‥なんで‥‥‥そんな格好してんだい。」
「ぇ‥‥‥あぁ、私、家では、いつも何も身に付けないの。」
「客が来た時くらい‥‥‥‥それに、言ってみれば初対面の男に‥‥‥おかしいぞ。」
「そうかしら‥‥‥」
「普通、そんな格好で出てきたら、理性吹っ飛ぶぜ。」
「だって、直感的に判るんだもん。高輪さんは、そんな人じゃないって。」

　残りのビールを喉に流して落ち着きを取り戻す仙次郎‥‥‥‥
　無言でリンダを眺めた。

（しかし、鍛えてる体だな‥‥‥‥）

　贅肉の全く無いスレンダーな身体に似合わず乳房は豊満だった。
　ステージで見たとおり乳首に刺さったピアスがチェーンで繋がれており、肌は、手入れが行き渡っているのか艶っぽく輝いていた。

「んーむ‥‥‥‥‥さすが、奈落のスターだけあっていい体してるね。」
「アハハ‥‥‥‥言ってみれば体が商売道具だからさ。‥‥‥‥ね、飲もうよ。」
「ぇ‥‥‥あ、ああ‥‥‥」
「ワイン抜いてくれる。」

　仙次郎は、ワインクーラーからボトルを出し手馴れた手つきでコルクを抜いた。
　二つのグラスに注いでいく仙次郎‥‥‥‥

「じゃ、乾杯‥‥」

　グラスを重ねてワインを口に運んでいった。

「で、高輪さん、エミーのことって？」
「ああ、そうだった。実は‥‥‥‥」

　仙次郎は、関口寛子と斎藤俊二の話をリンダに聞かせた。
　大して驚く様子も見せずに黙って話を聞いていく。
　途中、何度か質問を繰り返しながらリンダは話を聞き終えた。
　怪訝そうな顔をして仙次郎を見つめるリンダ‥‥‥‥

「どうしたんだい？」
「ぇ‥‥‥‥うん‥‥‥今の話を聞いていると、エミーの彼氏が悪いような感じだけど、私がエミーから聞いた話と、ちょっと　食い違っているから。」
「と言うと？」
「いいわ。知ってる事を話すわ。」

　エミーは、スリムシガレットを口に咥えて火を点けると、仙次郎に話を聞かせ始めた。