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（１０８）
翌日、昼近い時間に洋平が、仙次郎の部屋に足を運んできた。
「仙次郎‥‥‥‥解ったぜ。‥‥‥‥かなり驚いた。」
「どうした。」
「お前が言うとおり、斎藤は、まともな男のようだ。」
「‥‥‥詳しく聞かせろ。」
「ああ。」
仙次郎は、煙草を灰皿に揉み消し足を組んで洋平を見つめた。
「関口寛子は、やはり仙次郎の予測どおり斎藤俊二の弟と学生時代に交際をしていた。」
「‥‥‥‥やはりそうか。」
「斎藤の弟は光男というんだが、光男は、昨日の話どおり関口に散々弄ばれて、一方的にフラれたんだが、光男は、それを苦に自殺をしてしまったらしい。」
「‥‥‥じ‥‥‥‥自殺か？」
「ああ。」
「斎藤俊二は、弟を自殺に追いやった寛子を強く恨んでいるらしいぜ。」
「‥‥‥‥‥‥んーむ‥‥‥‥」
「なんとしてでも、復讐をすると大学時代の友人に語ったらしいのだが。」
「復讐か‥‥‥」
洋平は、更に仙次郎に詳しい話を聞かせた。
関口寛子は、斎藤の弟、光男にあらゆることで貢がせていた。
高価な装飾品を買わせたり、タクシー代わりに夜中に呼び寄せる事も頻繁にあった。
俊二は、弟の光男が関口と付き合っていた事は知っており当時から、弟の光男に、そんな女とは交際を止めろと何度も説得していた。
弟の光男とは違い、気が強く、性格的にもしっかりしている俊二は、関口に顎で使われているような光男に苛立っていたからだ。
斎藤は４人家族で、しっかりとした両親の元で育った。
しかし家計は苦しく、平均以下の生活を強いられていたが、家族全員が仲のいい幸せな家族だった。
共働きで働く両親の帰りも遅いこともあり、俊二は、小さな頃から、二つ年下の光男の世話をしてきた。
長男としての責任を自覚していたのか弟の面倒見もよかったのだ。
また光男自身も小さい頃から、何かにかけて兄に頼っていた。
ことの他、光男に対しては厳しい俊二ではあったが、内心、弟思いの優しい男でもあったのだ。
両親は、貸し店舗を借りて細々と料理屋を経営していた。
家計は苦しかったが、それでも、兄弟二人を大学まで進学させ両親は必死で頑張っていた。
両親の苦労を知っている俊二と光男は、小さい頃から必然的に店を手伝い両親を助けた。
貧しいながらも、自分らを必死で育ててくれた両親‥‥‥
家庭の事情を知っているため、苦にする事無く両親を助ける兄弟‥‥‥‥‥
だが、むしろ、一緒に両親と居られるという思いのほうが両親も小学生であった二人の兄弟も強かったようだ。
一番友達と遊びたい時期であろうはずなのに一言も愚痴を言わずに頑張って店を手伝う息子達に両親は苦労をものともしなかった。
高校に上がっても、二人の手伝いは続いた。
さらに俊二ら兄弟は、毎朝二人で新聞配達をした。
二人は、そのアルバイト料を貯めて、苦労している両親に片時の余暇を与えようと温泉旅行をプレゼントしたらしい。
共に家族の在り方と愛を学び、人間として理想の形を確立していた。
兄弟は、大学に進むが、それでも家の手伝いは続いた。
そして、俊二が大学４年の時、家族全員の苦労と努力が実って店を開く資金が貯まったのだった。
家族で喜びを分かち合っていたのだが、その１ヵ月後、店を出す資金が内緒で引き出されていた。
弟の光男が、黙って持ち出したのだ。
「なるほど‥‥‥‥関口に使っていたんだな。」
「そうだ。８００万という大金だったらしい。所詮、貢ぐ金に使うだけだったんだがな。 関口は、必ず借りた金は返すから何とかならないかと光男に相談したという事だ。だが、結局、斎藤の弟は、関口フラれてしまい、家の金を持ち出した罪悪感と、関口にフラれたショックで自殺をしてしまったんだ。
ところが悲劇は、これだけでは終わらなかった。店を出す話が進んでおり、両親は、やむなく銀行から金を借りたんだが、その翌日に光男が自殺した事によって、相当なショックを受けた両親は、光男の後を追うようにして、斎藤一人残したまま心中してしまったんだ。」
「な！‥‥‥‥‥なんてこった‥‥‥‥両親も自殺なのか？」
「斎藤の怒りは限界を超えたわけさ、必死に頑張って資金を貯めてきた両親、小さい頃からその両親の苦労を知ってる斎藤兄弟も、一言の愚痴や文句を言わず親を手伝ってきたんだからな。そんな頑張り屋の息子達に、両親は苦しいながらも、二人を大学まで出してくれたんだ。しかし、弟の光男と付き合った関口のせいで、長年の苦労と努力、全てが水の泡になった訳さ。」
「‥‥‥‥‥‥そうだったのか。」
「関口に貢いだ金はざっと１０００万円を超えていたらしい。通帳から引き出して関口に貸した８００万の金も海外旅行に行ったり豪遊して、あっという間に使ってしまったらしいぞ。」
「事情を知らない関口は、罪悪感など感じていないって事か。」
「ああ、だろうな。関口自身は、光男を金持ちの息子と思っていたと言うが‥‥。残された斎藤は、尋常じゃなかったろう。銀行に帰すローンも利子が貯まるし。
まだ学生だった斎藤は、悲しさを堪え何とか卒業はしたものの必死だったようだ。両親と弟の墓も、まだ建ててないらしいぜ。まあ、そんな状態ではなかったろう。」
「‥‥‥‥そうか‥‥‥‥」
「その後、斎藤俊二は、関口寛子が榊原グループに入った事を調べ、大学を１年留年し、関口の後を追って、１年遅れで榊原グループに入社したんだ。そこから斎藤の関口に対する復讐が始まったのさ。」
「なるほどね。」
「斎藤は、関口に借金の穴埋めをさせるためにやっていたんだろうな。」
「いや違うな。」
「‥‥‥‥‥違う？」
「ああ、弟と両親が味わった悲劇を関口にも味合わせてやろうと思ったんだろう。」
「というと？」
「一年遅れで、斎藤が入社し、直ぐに復讐が始まった。それから４年だ。榊原の年収は、ボーナス込みで４００万、そろそろ返し終わる頃だ。」
「それが‥‥‥」
「借金が終わったら、はい終わり、という訳には行くまい。間接的ではあるが、斎藤の両親と弟を殺したと言える。斎藤は、恐らく手を汚さずに、つまり、関口を辛い目に合わせて、失った家族同様、自殺させようとしたんだろう。」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「しかし、引っ掛かる事がある。」
「なんだ？」
「昨日、関口がここに来た。」
「え‥‥‥？」
「まあ、何も答えなかったが、俺は、感じたんだ。」
「何を？」
「関口は、斎藤に対する仕打ちに対して、苦労や辛さを感じていないように見えた。」
「なんだと‥‥‥どういう意味だ。」
「それは、二人をここへ呼んでから説明しよう。」
「は？‥‥‥‥二人を呼ぶって‥‥‥どういう意味だ。」
「まあ、その前に俺の推測の確信を得るため、今度は斎藤と会ってくる。」
「斎藤と？‥‥‥‥それこそ、奴は、外に出てるぜ。」
「‥‥‥そうか‥‥‥例のパブかな。‥‥‥とりあえず行ってくるぜ。」
「おい‥‥‥仙次郎っ‥‥‥」
仙次郎は、上着を羽織ると、急ぎ足で部屋を出て行った。
☆☆☆☆☆
パブのドアを開けて中に入っていく仙次郎‥‥‥‥
先日と同じように、客はまだ少ない。
仙次郎は、この前と同じカウンター席に腰掛けた。
「いらっしゃいませ。‥‥‥‥‥‥あ、貴方は、先日の。」
カウンターの男は、前回同様、副店長の男だった。
「また、寄らせてもらったよ。」
「どうも。‥‥‥それはそうと、この間は、凄いベッピンさんと出て行きましたね。」
「ああ、知り合いだったんだ。」
「そうだったんですか。彼女もたまに来てくれるんです。」
「らしいね。」
「今日も、待ち合わせですか？」
「いや、彼女じゃないんだけどね。‥‥‥‥‥ところで、流行ってるようだね。」
「ええ、おかげさまで。」
「ここは、君が任されているのかい？」
「いえ、移転するんですよ。店長も新しい店の準備に追われて毎日忙しいので、ここの所、僕がずっと店を任されてまして。」
「移転？」
「ええ。もうちょっと規模を大きくするんです。このビルは、いってみれば個人住宅ほどの面積しかありませんし、お客の待ちが多くなってしまって。」
「へぇー‥‥‥じゃ、ここは、近いうちに店仕舞いか。」
「ええ。でも、もう買い手が見つかりましたし、新しい店が完成したら直ぐに移転する予定ですので。お客さんも、是非、来てください。」
「買い手がついた？」
「ええ、個人購入のようですよ。若い女性らしいですが。」
（まさか‥‥‥‥関口‥‥‥だとすると、俺の推測は、やはり合っている。）
仙次郎は、徐々に前想が見えてきた。
「へぇー‥‥‥若い女性ね。」
「よく、店長と掛け合っていたらしいですよ。」
「店長と？」
「個人同士の売買は危険なので、不動産任せにしていたんですが、その女性が、是非、自分を優先させてくれと何度も店長の自宅に。」
「ほぉー‥‥‥相当、欲しかったんだね。」
「実は、２ヶ月前に買い手が現われ仮契約の段階までいってたんです。」
「そうなのかい。」
「ええ。その時からかな。店長が言ってましたが、毎日自宅に押しかけてきては、売ってくれと言ってきたらしいです。」
「へぇー、そう。」
「店長が、酔っ払って話してましたが、その女性を抱いたようですよ。」
「ん？」
「つまり‥‥‥そのぅ‥‥‥その女性に、ここを売ってやる条件で‥‥‥」
「‥‥‥なるほど、そういう事か‥‥‥」
「しかし、その後が大変だったようですよ。」
「何で？」
「先に、契約していた男性が不動産屋に怒鳴り込んだらしいんです。」
「なるほど‥‥‥しかし、それは怒って当然だよな。」
「しかし、今の持ち主は、店長だし文句は言えないんですけどね。まあ、その男性も、最後は、泣く泣く諦めたらしいのですが。この店に、よく来ますよ。まだ諦めきれないんでしょうねぇ。」
「へぇー‥‥‥」
「あ、その男性が来ましたよ。」
振り向く仙次郎‥‥‥‥‥
（やはりな‥‥‥）
入ってきた男性は、斎藤俊二だった。
仙次郎は、自分の推測が、ほぼ間違いないことを確信した。
後は、直接、斎藤自身に話を聞いて、それを決定付ければいいと考えた。
「君、僕のグラスを彼の横に運んでくれないか？」
「え？‥‥‥‥あ‥‥は、はい。」
仙次郎は、立ち上がると斎藤の座ったカウンターの横に席を移動した。
横に立つ仙次郎を怪訝そうに見つめる斎藤‥‥‥‥‥
「あ‥‥‥‥あの‥‥‥僕に何か？」
「ええ、ちょっとね。」
「‥‥‥‥‥貴方は？」
「私は、榊原グループの厚生部の者です。」
「えぇっ‥‥‥‥‥あっ‥‥‥‥オフィスクリニックの‥‥‥‥」
「はい、高輪といいます。」
「‥‥‥す‥‥‥すいません‥‥‥あの‥‥‥僕は、‥‥‥サボってるわけじゃなくて‥‥‥‥‥その‥‥‥つまり‥‥」
「いいんですよ。貴方のサボリを指摘するんではありませんので。」
「え‥‥‥」
「座っていいですか？」
「は‥‥‥はい。」
仙次郎は、椅子に座ると店員が運んできたビールを一口飲んだ。
「君も飲むかい？」
「い‥‥‥いえ‥‥‥僕は‥‥‥」
仙次郎は、斎藤を無視してカウンターの中の店員に酒を注文した。
「彼に、いつものやつを‥‥‥」
「はい。」
戸惑う斎藤‥‥‥‥
「ぼ‥‥‥僕に‥‥‥‥何か‥‥‥」
仙次郎は、前を向いたまま斎藤に話し掛けた。
「君と、関口さんの関係を確認したくてね。」
「ぇ‥‥‥えぇっ？」
驚く斎藤‥‥‥
仙次郎は、関口の親友、遠山が公室に相談生きた事、関口が、斎藤の借金を返している事、関口がＳＭクラブで働いている事、そして、斎藤の過去を公室次長の洋平が調べて、先ほど聞いた事などの経過を時間を掛けて説明した。
「‥‥‥‥‥そこまで‥‥‥わかってるんですか‥‥‥‥」
「君を‥‥‥‥いや、正確に言うと二人を助けたい。」
仙次郎の言葉に首を傾げる斎藤‥‥‥‥
「‥‥‥あの‥‥‥意味がよく‥‥‥‥助けるって‥‥‥‥」
「僕からの話は後にしよう。‥‥‥‥まずは君の話を聞かせてくれるかい。」
斎藤は、仙次郎の落ち着いた声と、安心だと察せられる雰囲気に少々落ち着きを取り戻したのか、聞かせる事を了承した
「まず最初に、なぜ、ギャンブルを？」
「早急に‥‥‥お金が必要だったんです。それも、大金が‥‥‥‥‥‥普通に勤めて会社から貰う給料なんて、たかが知れてます。僕は、何とか、短い期間でお金を儲けようと浅はかな考えで‥‥‥」
「なるほど。‥‥‥‥‥‥‥彼女とは、４年間、恋人ではない付き合いが続いていたようですね。」
顔が険しくなる斎藤‥‥‥
「‥‥‥‥ぇ‥‥ええ。‥‥‥しかし、ここ１年くらい悩んでいたんです？」
「‥‥‥‥何を？」
「一応、‥‥‥弟が、惚れた女だど‥‥‥その惚れた女を僕が、こんな事をして苦しめていてもいいのかと‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥ふむ‥‥」
「しかし、関口が、弟を弄んだせいで、弟は自殺し、そして懸命に店を切り盛りしながら、僕らを育ててくれた両親の命まで奪った女です。恨んでいますし、心の収まりが付かないのは確かです。‥‥ただ‥‥‥」
「ただ‥‥‥‥なんだい？」
「関口も、辛い仕打ちにあっているのに逃げようとしない。‥‥‥彼女は、給料の殆んどを銀行に返していたんです。更に、僕に内緒で、ＳＭクラブに勤め始めまして‥‥‥そこまでする必要ないと止めたのですが‥‥‥彼女は。」
「彼女は自分の意思で勤めたんですか。」
「はい。‥‥‥‥僕は、何度言っても辞めない関口に苛立っていました。‥‥‥‥怒りを我慢する事が出来ずに、会う度に彼女を叩いて‥‥。」
「‥‥‥‥暴力の振るう理由は、それだったんですか。」
「ぼ、僕は、理由もなく女性を叩くなんて事は‥‥‥しません。でも、彼女は強情で‥‥‥店をやめないことが気に入らずに。」
「ふむ‥‥‥‥ところで、なぜ、ここにに出入りを？」
「そ‥‥‥それは‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥この店は、君の両親が店を出す予定だったビルじゃないんですか？」
「！‥‥‥‥な‥‥なんで、それを‥‥‥。」
「いえ、単なる私の勘です。」
斎藤は、仙次郎の底の知れない推理力に舌を捲きながら話を続けた。
「実は、そうなんです。‥‥‥僕は、このパブが、店を移転するため、半年前から売りに出している事を聞いて、よく通っていたんです。」
「‥‥‥‥なぜです？」
「両親の悔いを晴らすために、‥‥‥‥そして、夢を叶えるために、この店を購入しようと‥‥‥‥‥しかし、他に渡ってしまうと、もう手に入れる事は不可能になる。僕は、借金してでも、このビルを買おうと思って‥‥‥だから、暇あるごとに通って情報を掴もうと。買い手が、見つかる前に‥‥‥なんとしてでも購入しようと‥‥‥。ところが、ここのオーナーは、不動産屋に依頼している事を知って。」
「そうでしたか‥‥‥‥しかし、夢を叶えるって‥‥‥」
「‥‥‥‥‥僕は、調理師免許を持っているんです。もし、ビルが購入できたら‥‥‥‥会社を辞めて‥‥‥」
「このビルで料理店の経営を？」
「‥‥‥‥‥ええ。‥‥‥小さなビルですが‥‥‥斎藤家の夢でしたので。」
「‥‥‥‥‥‥そうでしたか。」
「僕は、２ヶ月前にやっとの事で、この店の購入の仮契約を取ったんです。しかし、ここの持ち主が、不動産屋と相談して違う者と契約を‥‥‥‥僕は、不動産屋に怒鳴り込んだんですが、本契約を既にしてしまったようで。」
「君が、このビルを購入したいと言う事を関口君も知ってるんですか？」
「どうかな‥‥‥‥酔って話した事はあるかもしれません。」
斎藤は、薄っすらと涙を浮かべて酒を飲み干した。
（この男、正直者だぜ。しかし、鉄棘を背負いすぎている。）
「君は、恨みを晴らすために、関口を追っかけて榊原グループに入ったそうだが、この４年間のうちに、少しずつ自分が変化してきた事に気がついたのでは？」
「え‥‥‥‥どういう意味ですか？」
寂しそうな表情で仙次郎を見る斎藤‥‥‥‥
「‥‥‥ふむ‥‥‥‥では、会社に帰ってお話しましょうか？」
「え‥‥‥会社に‥‥‥って‥‥‥」
「彼女は、会社に居る。彼女を呼んで話をしましょう。」
「えっ‥‥‥‥‥‥ぼ‥‥僕は‥‥‥別に‥‥そ、その‥‥‥」
「言ったでしょう。君たち二人を助けたいって。」
「だから‥‥‥助けるって‥‥‥‥その‥‥‥」
「解らん人だな君は。二人の心に絡みついた鉄の棘を僕が取ってあげると言ってるんですよ。」
仙次郎は、そう言って斎藤の脇を持って立ち上がらせると出口に向かって歩き出した。
戸惑う斎藤‥‥‥‥
しかし、仙次郎に吸い寄せられるように、斎藤は後を追っていった。
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