（１１０）

　仙次郎は、駅前の繁華街を一人で歩いていた。
　久しぶりに、洋平と飲む約束をしていたのだ。

　約束の時間までには、まだ少し時間があった。

　仙次郎は、ゆっくりとした足取りでショーウィンドウに並ぶ商品や街の景色を見ながら目的の居酒屋に向かっていた。

　欠伸をしながら何気にステーションラリーを見る仙次郎‥‥‥

（‥‥‥ん？‥‥‥‥亜希子じゃねぇか。）

　駅ビルの前にある噴水を背にして、亜希子は、一人で立っていた。
　仙次郎は、笑みを浮かべながら、亜希子の方に近づいていった。
　手をあげ、声を掛けようとしたその時‥‥‥‥

　一人の中年男性が、笑顔で亜希子に近づいてきた。

（？‥‥‥‥‥あれは、確か、亜希子の上司の‥‥‥）　

　その男は、亜希子が勤務する国立中央研究所の専門官、曽田秀作だった。
　増田は、何やら、一言二言喋り掛けると亜希子の肩に手を掛け歩き始めた。

　仙次郎は、苦笑いを浮かべながら足を止めて二人を眺めていた。

（ほぉぅ、まだ、続いていたのか‥‥‥‥‥）

　仙次郎は、特に気にする事無く煙草に火を付けると、二人が、視界から消えるまで、その場で立ち止まっていた。

（‥‥‥デートかな‥‥‥‥）

　訳の判らない気だるさが仙次郎を襲ってくる。

「ふぅぅぅー‥‥‥」

　仙次郎は、小さく煙を吐き出すと携帯灰皿に煙草を揉み消した。
　腕時計を見る仙次郎‥‥‥‥‥

（まだ、早いけど先に行って待ってるか。）

　仙次郎が、歩き出そうとした時、後方から肩をおもいっきり叩かれた。

「アダダッ！」
「よっ、仙次郎君っ！」

　振り向く仙次郎‥‥‥‥‥
　叩いたのは、美優だった。

「み‥‥美優か‥‥‥いきなり叩くんじゃねぇ、ドアホーッ！。」
「アハハ、ゴメン、ゴメン‥‥‥ボォーっと、突っ立ってたからさ。」
「別に、ボォーっとなんかしてねぇぞ。」
「ふぅーん、そう見えたんだけど。」
「チッ‥‥‥俺も透かされたもんだぜ。」
「フフッ‥‥‥ところで、暇そうね。明日は、土曜日だし、私と付き合わない？」
「別に暇じゃねぇよ。」
「そうなの？」
「ああ。俺は、今から‥‥‥‥‥‥あ、そうだ。美優っ、今から洋平と飲むんだ。お前も来いよ。」
「えっ？洋平君と‥‥‥」
「ああ。」
「仙次郎君から、話は聞いていたけど、全然、会うタイミングがなかったからね。」
「‥‥‥‥‥忙しいからな、お互い。」
「久しぶりだわぁ、卒業以来よ。‥‥‥行く、行く。」

「よし、じゃ、着いて来い。」

　ぶっきらぼうに、そう言って歩き出す仙次郎‥‥‥‥
　美優は、仙次郎の袖を掴んで後をついていった。

☆☆☆☆☆

　仙次郎と美優は、洋風居酒屋で洋平の到着を待っていた。

「洋平の奴、遅っせーな‥‥‥もう、待ってられん。美優、先に飲んでようぜ。」
「そうね。」

　仙次郎は、さっそく店員にビールを注文した。

　さして待つ事無く直ぐにビールは運ばれてきた。

「さて、飲むぜ。」

　美優に、ビールを注いでやる仙次郎‥‥‥‥
　そこへ、洋平が汗をかきながら、小走りでテーブルに近づいてきた。

「すまん、すまん、遅くなったぜ。」
「おぅっ、来たか。」

　仙次郎の前に座る美優に気づく洋平‥‥‥‥

「ん？‥‥‥‥‥誰だ‥‥‥仙次郎‥‥‥」

　洋平は、不思議そうに美優を見ている。
　美優と気づかないようだ。

　美優は、呆れた様子で洋平に声を掛けた。

「おい、西条洋平‥‥‥まさか私の顔を忘れたんじゃないだろうね。」
「ぇ？‥‥‥‥‥」

　マジマジと美優の顔を窺う洋平‥‥‥‥

「ぁ！‥‥‥み、美優‥‥‥福島美優かっ！」
「気づくのが遅いわよぉー！」
「フハハハハハ、すまん、すまん。たまに仙次郎から話は聞いていたんだが、顔見るのは、大学卒業以来だからな‥‥‥‥相変わらず美人じゃねぇか。」
「ウフフ‥‥‥今の一言で許してあげるわ。」

　笑いながら、椅子に腰掛ける洋平‥‥‥

「ちょうど、今から乾杯するところだったんだ。」
「そうか。」
「洋平君、その若さで次長だって？」
「そういう、お前も検事辞めて凄腕弁護士で鳴らしてるようだな。」
「そんな事無いわよ。」
「おいおい、積もる話は後だ。まずは乾杯といこうぜ。」
「ああ。」

　グラスを持つ３人‥‥‥‥

「じゃ、乾杯っ！」
「カンパァーイッ！」

　上手そうにビールを飲み干していく３人‥‥‥

「フゥゥー、美味い。」

　料理を注文すると、３人の昔話が、華やかに開始された。

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「しかし、美優は、てっきり、仙次郎と一緒になると思っていたがな。」
「洋平君、その話はいいのっ。私も後悔してるんだから。」
「後悔？‥‥‥‥いかんなぁ、お前らしくないじゃないか。」

　しつこく美優を嗾けていく洋平‥‥‥‥

「んー‥‥‥‥そうかな。」
「ああ、俺は、そう思うぜ。」
「‥‥‥‥でもさぁ、人生、たまぁーに、神様が悪戯をするのよねぇ。」
「ああ、そのとおり。俺なんか、いまだに、女性とは縁が無いぜ。」
「アハハハハハッ‥‥‥」
「‥‥‥ぁ？‥‥‥‥笑い事じゃねぇぞ。」

　二人の会話を笑顔で聞く仙次郎‥‥‥‥

「おい、仙次郎、聞いてるかっ？」
「ああ、聞いてるさ。‥‥‥‥どうだ、洋平、美優と一緒になったら。」
「馬鹿野郎っ！　学生時代の４年間、お前とエッチしまくった女を、俺が、もらえるかっつーんだ。俺にも、プライドくらいあるぜっ。」
「よ‥‥洋平君っ。声が大きいってば。‥‥‥それにやりまくったって何よっ。」
「ぁ‥‥‥‥悪ぃ、悪ぃ‥‥‥」
「ったく、お前は‥‥‥‥言葉の限度を知れっつーの。」

　仙次郎の呆れた態度に、洋平も一瞬、おとなしくなるが、気にする事無く直ぐに喋り出した。

「しかし、なんだな。‥‥‥‥亜希子さんもそうだが、お前らは変わった関係だよ。」
「なんでだ？」
「だって、そうだろう。亜希子さんとは別れても関係は続いているし、それを知ってて、美優も仙次郎と会ってるじゃねぇか。でもって反対に、亜希子さんも美優と会っている事を知ってるんだろう？」
「‥‥‥‥‥俺は、嘘をつかないからな。」
「そこが、信じられんのだよ、俺は。」

　クスクスと笑いながら洋平を見る美優‥‥‥‥

「洋平君、世の中、色々な人間がいるんっだってば。」
「まあ、そうかもしれんが‥‥‥‥‥‥変わりすぎだぞ、お前らは。」
「そうかもね。」
「ところで、前々から聞こうと思っていたが、お前の初めての男は、仙次郎なのか？」
「ええ、そうよ。」
「‥‥‥‥正直に言う女だな。」
「だって、本当なんだもの。」
「‥‥‥‥‥ふぅーん‥‥‥‥」
「何でよ。」
「いや、お前の容姿だと高校時代から男が一杯居たのかなと思ってな。」
「馬鹿言わないでよ。私、ウブだったんだから。」
「別れた旦那とは、今もコンタクトあるのか？」
「うぅん‥‥‥全然よ。なんせ、１年で別れたからね。アハハ‥‥‥」
「旦那とは、相性が悪かったんだな。」
「すれ違いが多かったからね。あまり、抱かれる機会も少なかったわ。‥‥‥所詮、私の亭主になるには適さなかったって事よ。フフフッ‥‥。」
「なんだ、それじゃ、仙次郎に抱かれた回数のが多かったって事じゃないか。」
「洋平君、なんせ、仙次郎君は、私の今までのエッチ回数の９割９分を占めてる男だからね。」

　そういって仙次郎を見る美優‥‥‥‥

「グハハハハハハハッ‥‥‥‥まあな‥‥‥って、ドアホォーッ！　美優っ、要らんことを言うんじゃねぇ。洋平に文句言えんぞっ！」

　腹を抱えて笑う洋平‥‥‥‥‥

「しかし、お前らは、お似合いと思ったが。」
「もう、その話は止めだ。話題を変えろって。」

　頷く洋平‥‥‥‥

　しかし、話は更に燃え上がっていった。
　時間が経つにつれ、洋平のロレツが回らなくなってくる。

　片手で頬杖をついて頭を支える洋平‥‥‥‥
　いつの間にか、口数も減り静かになっていった。

「おい、大丈夫か、洋平っ‥‥‥‥」

　洋平の顔を覗き込む美優‥‥‥‥

「あら、あら‥‥‥‥寝ちゃってるわよ。」
「しょうがねぇー奴だな。」

　仙次郎は、店員に頼んでタクシーを呼んでもらう事にした。
　到着するまで、美優と会話を交わす仙次郎‥‥‥‥

　暫くしてタクシーが到着した事を店員が知らせに来た。

「さて、美優、俺達も出ようぜ。」
「うん。」

　仙次郎は、洋平を担いで外に向かった。

　洋平をタクシーに乗せる仙次郎‥‥‥‥

「美優、俺は、もう少し飲んでいくが、洋平と一緒に帰るか？」
「お馬鹿っ‥‥‥‥久しぶりに会ったのに帰させるつもり？」
「‥‥‥ふっ‥‥‥さっきの話で濡れてきたか？」
「フフッ、ちょっとね。それに、今夜は、私が居ないと潰れるといけないから。」
「なんで？‥‥‥」
「実は、さっき、駅前で私も見たのよ。」
「え？」
「亜希子さんが、男性と待ち合わせてたところを‥‥‥」
「‥‥‥‥‥なんだ、そうなのか。‥‥‥でも、あの人は、亜希子の上司だぜ。」
「そうかも知れないけど‥‥‥‥アダルティックな香りも漂ってたわよ。」
「‥‥‥解るのか？」
「‥‥‥‥なんとなくね‥‥‥」

　妖しい笑みを見せて仙次郎を見つめる美優‥‥‥‥

「ふぅぅぅー‥‥‥じゃ、お付き合い願うか。」

　仙次郎は、運転手に洋平の自宅住所を告げると後部座席のドアを閉めた。
　二人を残し、タクシーは、走り去っていった。

「何処に行く、仙次郎君？」
「んー‥‥‥‥‥そこの国際ホテルの上にバーがあるけど‥‥‥‥？」
「バー？」
「ああ、ジャズが流れてるんだ。俺のアロマバーさ。」
「いいわ、行きましょう。‥‥‥‥あ、お部屋とってね。」
「部屋とるって？」
「今から家に帰りたくないわよ。」
「チッ‥‥‥遠まわしな言い方しやがって。」
「フフッ、さ、行きましょ。」

　美優は、仙次郎の腕を組んで歩き出した。

（１１１）

　仙次郎と美優は、ホテル最上階のバーで夜景を眺めていた。

「綺麗だわ‥‥‥‥‥景色だけ見てると時が止まっているみたい。」
「‥‥‥‥‥‥昼間の喧噪が嘘のようだな。」

　仙次郎は、煙草に火を点けると大きく吸い込み、美味そうに紫煙を吐き出した。

　２杯目のバーボンをロックで注文する仙次郎‥‥‥‥

「今日は、楽しかったわ。」
「そりゃ良かった。」
「洋平君も忙しいみたいね。」
「ああ‥‥‥公室次長だからな。」
「出世コースに完全に乗ってるようじゃない。」
「社長の右腕的存在だからな。‥‥‥‥直に室長になるんじゃないか。」
「ふぅーん‥‥‥仙次郎君は、ずっと榊原グループに居るつもり？」
「‥‥‥‥‥さあ‥‥‥‥どうなるか。」
「え？」
「‥‥‥一応、社長に拾ってもらったが、いつまでも甘えているつもりは無いさ。」
「大学には戻れるの？」
「いや‥‥‥さすがに、まだ出所して１年経っていないからな。」
「‥‥‥‥‥‥でも、仙次郎君の生き方って、私、好きだな。」
「ん？‥‥‥‥どこが‥‥‥」
「なんて言うのかな。つまり、自分の勉強してきた事を職業にしてるし、それを一生懸命頑張ってるでしょ。‥‥‥格好いいわよ、そういうの。」
「‥‥‥‥‥まあ、そう言う意味じゃ幸運かもしれない。‥‥‥‥だが、心理学なんてのは、金にならないし‥‥‥ハハハハ‥‥‥」
「お金の事を言ったら誰も勉学に励まないわよ。」
「そりゃ、そうだ。」
「でも、難しい勉強して、それを専門にするっていうのも大変な事だと思うけど。」
「‥‥‥そういうお前も、そうだろう。検事になって‥‥‥独立して弁護士になって活躍している。‥‥‥‥学生時代に必死で勉強して司法試験受かって、その努力で、今のお前が居るんだから。大変な事さ。」
「‥‥‥フフッ、でも、その夢を叶えるために大学行ったんだから。」
「だな。しかし、エッチしたあと、六法全書読み始めるのはいただけなかったぞ。」
「アハハ、そうだったっけ？」
「‥‥‥‥‥だが‥‥‥懐かしい思い出だ。」
「仙次郎君‥‥‥‥‥もう一度大学に戻って教鞭とりたいんでしょう。」
「‥‥‥‥‥‥‥」

　美優は、窺うように仙次郎の顔を覗き込んだ。

「‥‥‥‥‥実は、前からアメリカの大学に誘われているんだ。」
「え‥‥‥‥留学してた時の？」
「ああ。‥‥‥‥‥しかし、今のところ行く気は無い。」
「‥‥‥どうして？」
「‥‥‥んー‥‥‥‥俺に相談に来る人たちの悩みを解決してやる満足感を継続したいってのが本音かな。」
「‥‥‥‥仙次郎君らしいわね。」
「かな。クッ、クッ、クッ。‥‥‥‥‥‥お前も、当然続けるんだろう。」
「当たり前じゃない。どうやって生活していくのよ。」
「ハハ、そりゃ、そうだ。」
「でも、こういう商売も人間関係が大変なのよ。」
「だろうな。」

　仙次郎は、指で合図をしてバーテンダーを呼ぶと３杯目のバーボンを注文した。

「仙次郎君、飲みすぎじゃない？」
「今日は、不思議と酔わないんだ。」

　美優は、外から飛び込んでくるシャワーライトを眺めながら呟いた。

「亜希子さんの事が原因でしょう。」
「‥‥‥いや‥‥‥‥というか、妙に不安な感覚が俺を襲っている。」
「‥‥‥‥不安？」
「俺って、何してんのかなってな。」

　そう言って、グラスを傾ける仙次郎‥‥‥‥
　美優は、仙次郎の横顔を見つめながら男の哀愁を感じていた。

　仙次郎の長い指が煙草を挟み、セクシーにロックグラスを包んでいる。
　時折、しなやかに動くその指は、妙に美優の子宮を擽っていった。

「仙次郎君‥‥」
「ん‥‥‥？」
「今夜は、私が、癒してあげる。」

　美優に、視線を向ける仙次郎‥‥‥‥

「‥‥‥‥美優が‥‥‥‥俺のスタビライザーってか？」
「フフッ、そういう意味なら、仙次郎君も私の精神安定剤よ。」
「俺が？」
「うん‥‥‥‥」
「そりゃ、光栄だ。」

　美優は、仙次郎の体に身を預けていった。
　前に居るバーテンダーが、自然な仕草でそっと消えていく。

「‥‥‥‥どうした‥‥‥‥もう、ボルテージが充たったか。」
「仙次郎君と居ると、いつも、その瞬間から充たってるわ。」
「‥‥‥‥‥‥ん？‥‥‥妙にセンチメンタルだな。」
「今日は、特にね。」
「‥‥‥‥‥‥‥」

　無言状態のまま、二人は、夜景を眺めながら、昔の事を同時に思い出していた。
　煙草を揉み消して、ゆっくりとグラスを傾けていく。

「‥‥‥‥‥仙次郎君‥‥‥‥‥」
「ん？」
「もう一度‥‥‥‥私、もう一度、学生時代に戻りたい‥‥‥‥」
「‥‥‥‥え？」
「もう一度、学生時代に戻れるのなら‥‥‥‥‥‥私‥‥絶対‥‥‥‥絶対に、仙次郎君を離さないのに‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥美優‥‥‥‥」

　美優の言葉に心を揺さぶられる仙次郎‥‥‥‥‥

　仙次郎は、カウンターに置く美優の人差し指を掴みバーボングラスに浮かぶ氷を掻き混ぜた。

「‥‥‥‥せ‥‥‥仙次郎君‥‥‥‥‥‥」

　仙次郎は、掻き混ぜた美優の人差し指を舐めるとバーボンを喉に流し込んだ。
　喉から鼻を通って抜けるフィニッシュが香ばしい。

「バーボンに溶かされてしまう氷より、バーボンを冷やす氷の方が最高さ。」
「‥‥‥‥‥‥ぇ？」
「‥‥‥‥美優‥‥‥お前は、味を損なわせず、冷やす氷になれる女だよ。」
「‥‥‥‥‥お馬鹿‥‥‥‥今さら言う台詞じゃないでしょ。」

　美優は、涙声でそう囁くと仙次郎の肩に静かに頭を乗せていった‥‥‥‥‥‥

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　美優は、ベッドで仰向けになる仙次郎の上に身体を密着させていた。

　肉棒は、まだ、美優の蜜壷に埋まったままだった。
　仙次郎の放った分身が、蜜壷の中でゆっくりと広がっていく。

　美優は、仙次郎の顔を細い指でなぞりながら蜜壷を締めたり緩めたりして余韻を楽しんでいた

「‥‥‥‥‥‥‥仙次郎君‥‥‥‥スッキリした？」
「フッ‥‥‥どういう意味だ、そりゃ。」
「ん‥‥‥何となく‥‥‥‥‥‥聞きたかったの。」

　美優は、仙次郎の首に腕を回して抱きついていった。

「私の心の中を、高輪博士に読み取ってもらおうかな。」
「クククッ‥‥‥」
「何、笑ってるのよ。」

　起き上がって仙次郎の鼻をつまむ美優‥‥‥

「アダダッ‥‥‥離せっての。」

　仙次郎は、美優の脇に手を挿し、軽がると持ち上げてベッドに降ろした。

「アンッ‥‥‥もうちょっと入れておいて欲しかったのに。」
「‥‥‥‥‥ふやけちゃうぜ。」

　美優は、クスクスと笑いながらシーツを肩から覆った。

「仕事、忙しい？」
「ああ‥‥‥まあな。」
「相変わらず、難しい本を読んでるの？」
「‥‥‥‥仕事だからな。」
「私も仙次郎君みたいに、相手の心理を探る事が出来たらな。」
「ばぁーか、超能力者じゃあるまいし、俺もそんな簡単に解る訳じゃないんだぞ。」
「でも、さっき、洋平君から聞いたけど、アイツは凄いって言ってたじゃない。」

　仙次郎は、苦笑いをしながら煙草に火をつけた。

「美優‥‥‥‥人が考えたり、悩んだり、出来事の本当の原因なんてのは、簡単には解らないんだが、実は、心の中では答えを作りだしているんだぜ。」
「え？」
「真実とは別に、心で考え出された原因によって、個人の心や社会の在り方も変わってくるだろう。」
「‥‥ええ‥‥‥‥まあ‥‥‥」
「俺達、人間は、心の中を見ることはできない。例えば、ある人が優しい心を持っていると言っても、その人の心を見たわけではないし、見れないんだ。優しい行動をとっているのを見て、その人は、優しい人だと判断するだろう。」
「‥‥‥ええ‥‥‥‥‥そうね。」
「心理学って言うのは、そこから、直接観察する事の出来ない心を研究するよりも、外に現れる行動を研究するべきという考えが生まれたんだ。人間は、外部や環境からどんな刺激を受けたら、どんな反応をするかってのを研究しようというわけなんだ。」
「その要素‥‥‥つまり心を調べるわけ？」
「心は、要素の集まりではなく、まとまりといったほうがいいな。」
「‥‥‥‥‥全然、解らないゎ‥‥」
「音楽を聴く時に音を1オクターブ高くして聞いても、メロディーは変わらない。一つ一つの音という要素は、全く違うのに、それでも同じ曲だと判るだろう。人間の心をバラバラの要素にしては、全体は理解出来ないという考え方なのさ。」
「‥‥‥‥難しいわね。」
「そうでもないさ。心は、意識ではなく、無意識という思考だ。人間の心の中で意識できる部分は、ほんの少しで、意識できない部分が多いという考え方かな。この無意識の働きで、行動も左右されたり、心の病気になったりするという訳だ。」
「‥‥‥‥‥‥」
「つまりだ‥‥‥俺が、美優の心を読んだり、美優が俺の心を読んだりなんてのは、言葉を交わさなくても、その人間性を理解していれば解るときがある。それは、家族、親子を見ると顕著だ。母親が、自分の子供の様子を見るとき、親の本能で子供の心理を探れるのは、心と心で会話をしているからだ。」
「‥‥‥‥‥言葉を交わさなくても‥‥‥‥」
「誰でも、そう言う術は持っているのさ。」
「仙次郎君‥‥‥‥私‥‥‥‥‥」
「‥‥‥美優‥‥だから‥‥‥‥‥‥俺は、葛藤してるんだ。」

　美優は、それ以上、聞く事をしなかった。
　言葉を交わさずとも人の心を読み取るには、相手の人間性を理解する。
　美優は、自分が、それを出来ている事に満足したからだ。

「‥‥‥仙次郎君‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥ん？」
「‥‥‥‥２回戦は、もっと激しくして。」

　笑う仙次郎‥‥‥
　美優は、飛びつくように仙次郎に覆い被さっていった。