（１１８）

　昼食を終えた美優は、店で仙次郎と別れ、依頼人の相談を受けるためセントラルホテルの小会議室で話を聞いていた。

「解りました。それでは、当事務所で今件を受けさせていただきます。」
「お願いします。」
「担当は、内の所属弁護士を当てますが、優秀な人間ですので安心してください。」
「どうか‥‥‥どうか、馬鹿息子を助けてください。」
「全力は尽します。」

　美優は、そう言って依頼人と握手をして部屋を出て行った。
　ホールに下りて受付前のソファに腰掛けると美優は、事務所に電話を掛けた。

「あ、私よ。今、終わったわ。このまま帰るからあとはよろしくね。」
『わかりました。お疲れ様でした。』

　携帯電話をバックにしまうと、大きく深呼吸した。
　ふと、昼間の仙次郎の話を思い出す美優‥‥‥‥

（‥‥‥‥‥‥‥‥仙次郎君、どんな心境なのかしら‥‥‥）

　美優は、腕時計を見た。

（もう、７時か‥‥‥‥‥‥‥飲んでいこうかな‥‥‥）

　そう思いきや決断は早かった。
　美優は、立ち上がって出口に向かおうとした。

（一人で飲むのもつまらないわね‥‥‥‥）

　美優は、もう一度、仙次郎を誘おうと思い、立ち止まって携帯電話をバックから取り出した。
　その時、前のエレベーターが開き、一組の男女が降りてきた。
　何気に、目を向ける美優‥‥‥

（‥‥‥ぁ！‥‥‥‥亜希子さん‥‥）

　亜希子が、増田と腕を組んでエレベーターから出てきた。
　そのまま出口に向かい、玄関前に出るとタクシーに増田が乗り込んでいく。
　何やら短い会話を交わした後、手を振って亜希子は増田を見送った。

（‥‥‥‥‥？）

　亜希子は、その場で増田と別れたようだ。
　美優は、亜希子の顔が火照っているように見えた。

　亜希子は、増田の姿が見えなくなると歩道に踊り出た。
　携帯電話をしまい亜希子を追いかける美優‥‥‥‥

「亜希子さんっ！」

　振り向く亜希子‥‥‥

「あら、美優さん‥‥‥お久しぶりです。」
「ぇ‥‥‥ぁ‥‥‥‥‥お、お久しぶり‥‥‥‥」
「元気そうですね。」
「ええ。‥‥‥まあね。‥‥‥‥‥ね、亜希子さん、ちょっと付き合わない？」
「いいですよ。そうだ、お食事しません？‥‥‥お腹すいちゃって。」
「そうね。私もお腹空いたわ。‥‥‥行きましょうか？」
「ええ。」

　亜希子と美優は、肩を並べて歩き出した。

　他愛もない会話をしながら二人は、飲食街のある裏通りに入っていく。

「ここ、右よ。」
「ええ。」

　曲がったとたん、ビル風が一瞬、二人を覆うように吹上げた。

（‥‥‥‥‥ん？‥‥‥‥）

　美優は、亜希子の身体から甘い香り流れてくるのを嗅ぎ取った。

（‥‥‥‥おかしいわね。いつも好んで付けていた香水と違うじゃない。）

　亜希子は、増田の好みに合わせて香水を変えたのだろうと思った。

（亜希子さん‥‥‥貴女、本当にあの男性と‥‥‥）

　そんな事を思いながら美優は、亜希子の横顔を見つめていた。

　暫く歩くと、二人は飲食街に到着した。
　美優と亜希子は、大衆居酒屋に入ることにした。

　奥の小さなテーブルに座る亜希子と美優‥‥‥‥

「美優さん、相変わらず忙しそうですね。」
「ええ‥‥‥おかげさまで。」
「仙ちゃんとも、たまに会ってるんですって？」
「ぇ‥‥‥‥‥ええ。‥‥‥‥なんで？」
「フフッ。仙ちゃん、何でも話してくれてたから。」

　そう言って、屈託のない笑顔を浮かべる亜希子‥‥‥‥

「亜希子さん、実は、今日、仙次郎君と昼食を一緒に食べたんだけど‥‥‥」
「え、そうなんですか。」
「‥‥‥聞いたわ。‥‥‥研究所の上司からプロポーズ申し込まれたんだって？」
「？‥‥‥仙ちゃんに聞いたんですか？」
「ええ。」
「そうですか‥‥‥」

　そこへ、店員が、お絞りと付け出しをもって注文に来た。
　亜希子は、別に気にする事無く料理と酒を注文している。

「美優さん、ビールでいいかしら？」
「‥‥‥ええ‥‥‥‥いいわ。」

　怪訝そうに亜希子を見つめる美優‥‥‥‥‥

「亜希子さん‥‥‥‥それで、返事をしたの？」
「え‥‥‥‥プロポーズの？」

　頷く美優‥‥‥‥
　亜希子は、これ以上ない笑顔で、指にはまるリングを美優に見せつけた。

「これ、素敵でしょ。」
「‥‥‥‥‥あ‥‥‥‥亜希子さん‥‥‥‥」

　二人のテーブルにビールと料理が運ばれてきた。

「美優さん、乾杯しましょ。」
「‥‥‥え‥‥‥ぇぇ‥‥‥」

　ジョッキを合わせる亜希子と美優‥‥‥

「乾杯っ。」

　亜希子は、美味そうにビールを飲んでいく。
　少しだけ口をつけた美優は、亜希子に問いかけた。

「亜希子さん‥‥‥‥仙次郎君には言ったの？」
「え‥‥‥何を？」
「だから‥‥‥その‥‥‥‥プロポーズを受けた事を‥‥‥」
「うぅん、言ってないわ。」

　驚く美優‥‥‥

「えっ‥‥‥でも、仙次郎君、言ってたわよ。結論が出たら、亜希子さんから連絡が来る事になっているって‥‥‥‥。」

　亜希子は、ジョッキを置いて美優に返答した。

「迷ったけど止めたの。このまま何も連絡しないで、　関係を切った方が、お互いに、いいと思って。」
「でも‥‥でも、最後まで仙次郎君に自分を見ててと言ったんでしょ。」
「ええ‥‥‥でも、仙ちゃん、言わなくても気づくかなと思って。」

　美優は、亜希子に怒りを感じ始めたいた。

「それって、おかしいわ。」
「‥‥ぇ‥‥‥何が？」
「亜希子さん、貴女、仙次郎君の愛に‥‥‥」

　美優がそこまで言うと亜希子が大きな声を上げた。

「もう、いいのっ！」
「‥‥‥ぇ‥‥‥いいのって‥‥‥」
「愛にも色々あるわ。‥‥‥‥‥仙ちゃんも、そう言ってた。」
「あ‥‥‥‥亜希子さん‥‥‥‥」
「‥‥‥ごめんなさい‥‥‥大きい声出しちゃって。」
「いいのよ。」

　料理に箸をつける美優‥‥‥
　美優は、俯きかげんの亜希子に声を掛けた。

「‥‥‥‥‥‥‥さっきの人でしょ‥‥‥‥」
「え？」
「さっき、ホテルのエレベーターから一緒に降りてきた人でしょ。」
「美優さん見てたの？」
「ええ。‥‥‥仕事で、あのホテルにいたの。偶然見たのよ。」
「そうだったの。‥‥‥フフッ‥‥‥‥お昼から休み貰って、あの人と‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥亜希子さん‥‥‥」
「だってぇ‥‥増田さん、我慢できないって言うから。今夜も、増田さんの家に呼ばれてるの。フフフッ‥‥」

　美優は、テーブルの下で拳を握り締めた。

「亜希子さん‥‥‥‥仙次郎君、どうするの？」
「どうするって‥‥‥？」
「貴女を信じて返事を待っているわ。」
「‥‥‥‥‥そう‥‥‥‥じゃ、今夜、電話しようかな。」

　あっけらかんとしたその言い方に、美優は、以前の亜希子と性格が変わってしまったような感じを受けた。

「‥‥‥‥‥そうしなさい‥‥‥‥約束なんだから。」
「フフッ‥‥‥美優さん。また仙ちゃんと縁り戻したら？」
「‥‥‥ぇ？」
「だって、大学時代、凄い恋愛だったんでしょ。‥‥‥まあ、どっちにしろ、仙ちゃんとは、離婚していたし、私も、年明けには、増田さんと籍を入れる予定だから。」
「年明けに‥‥‥‥」
「仙ちゃんと、美優さん、お似合いだと思うわよ。」

　美優は、亜希子に対し訳のわからない怒りを覚えた。
　その思いをぶつけたい気持ちがあるのだがしかし、亜希子に何を喋ったらいいか全く頭に浮かんでこない。

「‥‥‥‥‥亜希子さん‥‥‥‥‥私、帰るわ。」
「えぇー‥‥‥まだ、お料理、何も食べてないじゃない。」
「いいの。ゆっくりしてって‥‥‥‥」

　美優は、席を立ってその場を離れようとした。

「美優さんっ！」

　立ち止まる美優‥‥‥

「‥‥‥仙ちゃんって、凄く素敵な人よ。」

　そう言って、笑顔を投げる亜希子‥‥‥‥
　以前見た亜希子とは明らかに顔の表情が違って見える。

（こんなに‥‥‥‥こんなに変わるなんて‥‥‥‥）

　美優は、顔を顰めながら急ぎ足で居酒屋を出て行った

/ / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / /

　美優は、おぼつかない足取りで亜希子の言葉を思い出していた。

【‥‥‥美優さん。また仙ちゃんと縁り戻したら？】

【仙ちゃんと、美優さん、お似合いだと思うわよ。】

　美優は、身体が震えていた。
　恐怖でもない、不安でもない思いが、勝手に美優の全身を襲っている。

（亜希子さんが再婚‥‥‥‥‥そうなれば、仙次郎君と‥‥‥一緒になれる‥‥‥）

　美優は、自分の厭らしい想像に気づき憤慨した。

「‥‥‥馬鹿な事考えてるんじゃないよ、美優っ！」

　勝手に声に出してしまった自分に対する罵声に、周りを歩く者たちが美優に視線を向けた。
　美優は、そんな視線を気にする事無く歩いていた。
　自然と涙が、溢れ出てくる。

（‥‥‥‥‥‥‥？‥‥‥‥何で‥‥‥何で、私‥‥‥泣いてるの‥‥‥）

　美優は、苛立ちと怒りが、本当に亜希子に対しての事なのかを気づかなかった。

　心の隅に張り付いている思いを消し去ろうとする美優だが亜希子に言われた言葉に、鼓動の激しさを抑える事が出来ない。

（神様‥‥‥‥なんで‥‥‥なんで、いつも私に悪戯するの？）

　亜希子が、再婚をすれば、自分は、仙次郎と一緒になれるかもしれないという自身の持つ思いと煩悩が、美優の全てを遠慮なく掻き回していった。

（１１９）

　仙次郎は、先ほどまで佳代と夕食を共にし帰宅したばかりだった。
　帰り際に、しつこく誘う佳代を宥めて、やっとの事で帰ってきたのだ。

（しかし、佳代君も元気だな‥‥‥‥）

　ジャケットを放り投げ、浴室に入っていく仙次郎‥‥‥‥
　熱いシャワーを浴びて、一日の疲れを癒していく。

　浴室から出た仙次郎は、バスローブを羽織ってキッチンに向かった。
　冷蔵庫から、ジョンブル‥ビターを２本掴み、達也から貰った和牛の燻製を持って、リビングに行くと立ったままジョンブルを開け半分ほどを一気に喉に流し込んでいく。

「ふぅぅー‥‥‥美味いっ‥‥‥」

　ソファに座った仙次郎は、燻製をかじりながら残りのジョンブルを空けた。
　一口飲むと、ややうすい感じのするエールだが、肉類との愛称は抜群だった。

　２本目のビールを開け、テレビをつける仙次郎‥‥‥‥‥
　今度は、ゆっくりとジョンブルを飲みながらニュースに耳を傾けている。
　しばらくテレビを見ていた仙次郎‥‥‥‥
　空になったビールに気づいた。

（‥‥‥‥‥バーボンでも飲むか。）

　仙次郎が、キッチンに向かおうと立ち上がった時、ルームフォンがなった。

「はい。高輪です。」
『‥‥‥‥仙次郎君‥‥‥‥私‥‥‥‥』
「美優か？‥‥‥‥‥待ってろ、開けるから。」
『うん。』

　仙次郎が、エントランスドアの解除ロックを外した時だった。
　今度は、電話が掛かってきた。

「美優、電話が掛かってきた。部屋の鍵も開けておくから入って来い。」
『‥‥‥わかった。』

　フォンを戻した仙次郎は、玄関のロックを解除して電話に出た。

「はい、高輪です。」
『‥‥‥‥‥‥もしもし‥‥‥‥仙ちゃん‥‥』
「ぉ‥‥おう‥‥亜希子‥‥‥‥」
『‥‥‥‥‥いまいい？』
「ああ‥‥‥‥‥‥‥‥しかし長かったな。」
『‥‥‥ぇぇ‥‥‥‥‥あの‥‥‥‥‥ごめんなさい。』
「ハハ、別にいいさ。‥‥‥‥で、結論は出たか？‥‥‥‥」
『‥‥‥‥‥‥‥』
「‥‥‥ん？」
『‥‥‥‥‥私‥‥‥‥‥あの‥‥‥‥‥』
「‥‥‥‥‥‥‥どうした、亜希子‥‥‥」
『‥‥‥‥‥‥仙ちゃん‥‥‥‥ありがとう‥‥‥‥‥そして、ごめんなさい。』

　仙次郎は、一瞬、亜希子の言葉が理解できなかった。

　急激に足元が埋まっていく感じを受ける仙次郎‥‥‥‥
　暫し、無言のあと仙次郎は、返事をした。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥そうか‥‥‥‥わかった。」

　仙次郎の次の言葉を待つ亜希子だが、察したのであろう。

『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥じゃ‥‥‥』

　亜希子は、そう言って先に電話を切った。

　仙次郎は、まだ受話器を耳に当てたまま立っている。
　あまりにも、あっけない会話と亜希子の短い言葉に、仙次郎は、身体に風穴を空けられた様な気分になった。
　まるで、亜希子からの電話でない様な感じさへ受けたのか、仙次郎も直ぐには、全身を覚醒できないでいた。

「‥‥‥‥‥‥」

　後に人の気配を感じた。
　振り向く仙次郎‥‥‥‥‥

　目を真っ赤に腫らした美優が立っていた。

　持っていた受話器を静かに置く仙次郎‥‥‥‥
　仙次郎は、背中を向けたまま美優に呟いた。

「‥‥‥‥‥‥‥亜希子からだったよ。」
「‥‥‥‥仙次郎君‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥増田さんと一緒になるようだ。」

　美優は、何も言わずに仙次郎の背中に抱きついてきた。

「‥‥‥美優‥‥‥お前が、心配する必要はないぞ‥‥‥‥」
「‥‥‥‥だ‥‥‥‥だって‥‥‥‥‥」
「運命だ‥‥‥‥‥」

　仙次郎は、そう言って美優の方に振り向いた。

「さて‥‥‥美優‥‥‥‥今夜は、飲み明かすぞ。」
「‥‥‥せ‥‥‥仙次郎君‥‥‥‥‥‥」
「当然、付き合ってくれるだろ？」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥うん‥‥‥‥」

　美優の肩を押してソファに座らせる仙次郎‥‥‥

「飛び切り美味いワインがあるんだ。待ってろ。」

　仙次郎は、キッチンに向かい床収納箱から、トカイ‥アスー‥エッセンシアを３本取り出した。
　仙次郎を見つめる美優‥‥‥‥‥
　心なしか、仙次郎の背中が、緊張しているように見えた。

　仙次郎は、３本のトカイ‥アスー‥エッセンシアをバケツに入れると、氷を大量に放り込んでいった。
　それを持って、リビングに戻る仙次郎‥‥‥‥
　バケツを見た美優が、驚いて声を上げた。

「‥‥‥‥せ‥‥‥仙次郎君‥‥‥‥‥それ、全部飲むの？」
「あたぼうよ。」

　空元気なのだろうか、おどけた笑顔で美優を見る仙次郎‥‥‥‥

「おい、美優、グラスを出しておけ。冷えるまで何か料理でも作ってくるから。」
「え‥‥‥なによ、私が作るわ。」
「いいから、座ってろって。」
「お馬鹿、座ってられるわけないじゃない。」

　そう言って、仙次郎の後を追ってキッチンに入る美優‥‥‥‥

「‥‥‥‥相変わらずだな‥‥‥美優‥‥‥」

　そう言って美優を横目で見る仙次郎‥‥‥‥
　美優は、視線を仙次郎には向けずに呟いた。

「‥‥‥‥‥‥仙次郎君‥‥‥貴方は、優しすぎるのよ‥‥‥‥‥ 」
「‥‥ぇ？」
「とても魅力があって、私も貴方以上の男性を見たことはない‥‥‥‥‥だけど‥‥‥‥その優しさが、もどかしく感じる時があるの‥‥‥解る？ 」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「だけど‥‥‥だけど、それが、仙次郎君の最大の魅力と思ってる。」

　美優は、そう言うと冷蔵庫を開けて材料を探しはじめた。

（‥‥‥美優‥‥‥）

　美優は、明るい口調で声を上げた。

「男の一人暮らしの割には色々と入ってるわねぇ。」
「ふっ‥‥‥当たり前だ。俺も料理は得意なんだぞ。」
「フフッ‥‥‥じゃ、一緒に作ろうよ。」

　美優は、材料を選んでキッチンテーブルに並べると、まな板と包丁を取り出した。

　仙次郎は、締めてあった真鯛の昆布巻きを刺身に仕上げている。
　昆布を千切りにすると刺身の上に散りばめていった。

「美味しそうね。」
「ああ、絶品だぜ。」

　仙次郎が、箸で一切れをつまみ、美優の口に運んでいく。

「ほれっ。」
「ん！‥‥‥‥‥んー‥‥‥美味しいゎ。」
「ククッ‥‥‥だろ‥‥‥さて、ハマグリでも焼くぜ。」

　そう言って電子コンロに貝を並べる仙次郎‥‥‥
　美優も料理を続けていく。

　仙次郎が、開いた貝に出汁醤油をかけながら箸で火を通していた。
　美優は、野菜を切りながら仙次郎の背中を見つめていた。

（‥‥‥‥‥仙次郎君‥‥‥）

　美優の視線を感じたのだろうか、仙次郎は、優しい口調で呟いた。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥美優‥‥‥‥‥来てくれて感謝するぜ。」
「！‥‥‥‥‥‥ゥ‥‥‥‥‥ゥゥ‥‥」

　美優は、声を押し殺しながら涙を堪えた。
　零れた涙が、スライスしたセロリの上に落ちていく。

「‥‥‥‥美優‥‥‥‥俺の心配は無用だ。‥‥‥それほど柔な男じゃない。」
「‥‥‥‥ぅ‥‥‥‥うん‥‥‥‥‥‥うん‥‥‥‥‥」

　美優は、涙を飲み込みながら、まな板を包丁でたたいていった。

＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜

　二人の作った料理が、豪華にテーブルに並べられた。

「んー‥‥‥美味そうだ。」
「そうね。食事とってないから、おなか空いちゃったわ。」
「よぉーし、じゃ、乾杯といこう。」

　ワインをバケツから取り出す仙次郎‥‥‥

「おぉー‥‥‥ギンギンに冷えてるぜ。」

　そう言って、ワインのコルクを抜く仙次郎‥‥‥

「でも、バケツってのがいまいちセンスないわね。」
「しょうがねえだろう。３本も入るワインクーラーなんてないんだから。」
「‥‥‥アハハ、そりゃそうね。」

　仙次郎は、美優のグラスにワインを注いだ。

「仙次郎君、私が注いであげる。」
「ああ。」

　美優は、ボトルを受け取り仙次郎のグラスに注いでいった。

「よし、乾杯だ。」

　グラスを持つ美優‥‥‥‥

「‥‥‥‥‥じゃ‥‥‥‥‥‥‥‥俺の‥‥‥今後の‥‥‥‥」
「‥‥‥今後の？」
「今後の人生の成功を祈願して‥‥‥‥」
「フフフ‥‥‥‥乾杯っ！」

　美優は、仙次郎のグラスに軽くあわせた。

　仙次郎は、綺麗な音色を響かせるグラスが、亜希子との終止符を打つ鐘に聞こえた。

（‥‥‥‥‥さよならだ‥‥‥‥亜希子‥‥‥‥）

　仙次郎は、不思議とさっぱりとした気持ちになっていた。

　美優が、満足げに口走った。

「美味しいわね、これ‥‥‥」
「ハハ、そうだろう。」

　ボトルラベルを見て美優が尋ねた。

「トカイ‥アスー‥エッセンシアっていうの？」
「ああ、ハンガリーのワインなんだ。」
「へぇー‥‥‥ハンガリー‥‥‥‥」
「貴腐ワインさ‥‥‥‥高価だから保存がきくんだ。」
「そう‥‥‥‥でも、癖になりそうね。」
「それより、冷めないうちに食べようぜ。」
「ええ。」

　二人で料理したつまみに箸をつけていく仙次郎と美優‥‥‥

「なかなか、いけるな。」
「そうね。」

　料理を口にする美優だが、つい仙次郎の様子を窺ってしまう。
　それに気づく仙次郎‥‥‥‥

「おい、美優‥‥‥もう、俺と亜希子のことは気にかけるな。」
「‥‥‥‥‥‥‥うん‥‥‥‥‥‥‥でも‥‥‥‥」
「ハハハ‥‥‥‥お前の心の中も理解してるぜ。」
「え？」
「ま‥‥‥‥いいさ。‥‥‥‥後々な‥‥‥‥‥」

　美優は、箸を置いて仙次郎に言い放った。

「仙次郎君‥‥‥‥‥‥‥‥私、さっき、ここに来るまでに色々と考えたの。先日、仙次郎君に言った言葉が、もしかしたら現実になるかもしれないって。」
「ん？」
「ほら、もう一度、大学時代に戻れたなら、仙次郎君を絶対に離さないって言葉‥‥」
「ああ‥‥‥‥言ってたな。」
「亜希子さんが、再婚する事になって、私の心の中で不埒な思考が芽生えたわ。でも、それって‥‥‥‥‥私にとっては、フェア精神から程遠いって思えた。それが、恥しくて‥‥‥‥自分が情けなくて‥‥‥自分に苛立ってしまって。」
「‥‥‥そうか‥‥‥‥‥‥‥‥ぇ？‥‥‥‥‥ここに来るまでって‥‥‥」
「‥‥‥‥ぁっ‥‥‥‥あの‥‥‥‥実は、‥‥‥‥亜希子さんと‥‥‥‥」
「ん？」
「今日‥‥‥仕事終わってから‥‥‥‥亜希子さんと偶然、会って‥‥‥‥」
「亜希子と？」

　美優は、亜希子と居酒屋に行った事を仙次郎に話した。

「そうなのか。‥‥‥‥‥‥で、何を話したんだ。」

　美優は、話の内容を喋る事を躊躇した。
　先ほど、亜希子が口走った事を仙次郎に聞かせたくなかったらだ。
　また、正直に話したとしても、勘違いされたり亜希子を仙次郎から遠ざけるような気がしてならなかったからだ。

「美優‥‥‥‥‥大丈夫だ。‥‥‥‥俺に気を使っている事も解っている。美優自身の性格もな。話す事によって自分が有利になる事が恐いんだろう。」
「‥‥‥せ、仙次郎君‥‥‥‥‥」
「大丈夫だ。‥‥‥‥俺は、心理学者だぜ。」
「‥‥‥‥うん‥‥‥‥‥‥解った‥‥‥‥‥話すわ。」

　美優は、ワインを空けると、仙次郎に亜希子との会話を全て話し始めた。

（１２０）

　仙次郎は、美優の話を黙って聞き続けた。
　話す美優自身からも、心苦しい雰囲気が読み取れる。

美優は、大体の内容を仙次郎に聞かせ終えた。

「‥‥‥‥‥‥そうか‥‥‥‥‥」
「仙次郎君‥‥‥‥おかしいと思わない。」
「何が‥‥‥」
「何がって‥‥‥亜希子さん、そんな性格でもないし、そもそも、あんな話し方をする女性じゃなかったわ。顔付きも変わってた。何かに取り付かれてるような。」
「‥‥‥‥よっぽど、増田さんの魅力に取り付かれたんだろうさ。」
「‥‥‥そんな‥‥‥仙次郎君‥‥‥‥亜希子さんを忘れられるの？」
「どういう意味だ。」
「‥‥‥‥え‥‥‥そ‥‥‥その‥‥‥‥」
「存在を忘れると言う意味か？‥‥‥‥‥二人の思い出を忘れると言う意味か？」
「‥‥‥‥‥し‥‥‥‥‥いて言えば‥‥‥‥後者かな‥‥‥‥」
「記憶を消す事は、不可能だが‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「思い出さないようにすることは可能だろう。」
「‥‥‥‥え？」

　仙次郎は、溜息をつきながらグラスにワインを注いだ。
　一気に全部を飲みこんで、再度ワインを注いでいく。

　美優は、そんな仙次郎を止めなかった。
　恐らく酔わないのだろう。
　全体の雰囲気を見てもそれが美優には良く解った。

「‥‥‥‥‥‥‥確かに‥‥‥‥‥確かに、そんなことを亜希子が言ったのは、信じられない。だが、増田さんを選んだ事は事実だ。」
「でも、仙次郎君、もしかしたら‥‥‥」
「今更、強引に引き離すのは、筋ではない。」
「‥‥‥‥‥仙次郎君‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥俺は、亜希子に言ったんだ。愛の選択を決断するほど、難しいものはない、とな‥‥‥‥俺と増田さんを対称にした時に、愛と言う次元を超えた思考が出来るかどうか考えてみろと‥‥‥‥つまり、俺一人が解決できる事ではないし‥‥‥‥できないのさ。」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥亜希子には、無理だったようだ。」
「‥‥‥え？」
「‥‥‥‥‥俺は、出来ると思っていたんだがな。」
「‥‥‥‥‥‥仙次郎君‥‥‥」

　最後に会った時の、亜希子の、あの言葉が、エンドレステープのように何度も仙次郎の脳裏を行き交っていた。

【何があっても仙ちゃんは、私の全てよ。そして、私の全ても仙ちゃん‥‥‥貴方のもの‥‥‥それは紛れもない事実よ。】

【‥‥‥‥‥私は、私は、仙ちゃんが居てこその私‥‥‥】

　瞑っていた目を開ける仙次郎‥‥‥‥‥

（‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥）

「くっ、くっ、くっ‥‥‥‥ふははははははは‥‥はっ、ははははっ‥‥‥‥」

　いきなり笑い出す仙次郎‥‥‥‥‥

「仙次郎君‥‥‥‥あ‥‥‥あの‥‥‥」
「‥‥‥‥美優‥‥‥この話は終わりだ‥‥‥飲もう‥‥‥俺は、お前と飲みたい。」

　仙次郎を見つめる美優‥‥‥‥‥
　美優は、仙次郎の気持ちを理解した。

「‥‥‥‥‥わかったわ‥‥‥‥仙次郎君‥‥‥‥‥飲みましょう。」

　そう言うと、美優は、ワインを自分のグラスに注いでいった。

☆☆☆☆☆

　翌日、仕事を終えた亜希子は、一緒に増田の自宅に向かっていた。
　助手席に乗る亜希子が、昨日の事を増田に報告していた。

「え？‥‥‥‥ご主人に電話で。」
「ええ。黙っているわけにもいかないし‥‥‥‥」
「亜希子君らしいね。」
「あまり多くは、喋らなかったけど‥‥‥‥‥」
「そうか。‥‥‥一応、離婚しているとはいえ、元、君の旦那さんだった人だし互いにケジメをつける意味でも、一度、会って挨拶をしておいた方がいいかもな。」
「え‥‥‥別に、そんなことをしなくても‥‥‥‥」
「いや、私自身の礼儀も示しておかないとね。」
「でも‥‥‥そこまでする必要は‥‥‥」
「嫌なのかい？」
「‥‥‥‥‥‥もう、彼も、解ってくれていると思うし。」
「そうか‥‥‥‥じゃあ、止めておこうか。」
「ごめんなさい‥‥‥‥」
「はは、いいさ。それより、明日から一週間、出張だが、亜希子君、くれぐれも高輪さんに誘惑されないでくれよ。」
「もぉぅ、増田さんったら‥‥‥‥‥これ、填めてるでしょ。」
　
　そう言って、指輪を見せる亜希子‥‥‥‥

「ごめん、ごめん。‥‥‥それより一週間、亜希子を抱けないし‥‥‥今夜は。」

　亜希子は、増田のその言葉で子宮が痺れてくるのがわかった。
　普段は、決して、そんな状態にならないのだが増田と会う日に限って、蜜が湧き出てくるのだ。
　亜希子は、増田と言う人間に、心から惚れていると理解するようになっていた。

＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜＜

「ァァァァァァァァァァァー‥‥‥‥‥イィィー‥‥‥」

　増田は、亜希子の両足を広げて蜜壷に舌を這わせていた。
　亜希子は、自ら腰を突き上げ増田を助けている。

「クゥゥゥゥゥゥゥゥー‥‥‥‥‥いぃぃー‥‥‥気持ちいぃぃぃー‥‥‥‥」

　亜希子は、自分の流す蜜の量に驚いていた。
　流れ出て行くのが解るほどだった。

　今まで、増田に抱かれるときは、いつも仙次郎とダブらせていた亜希子だったが、今では、仙次郎の事を思い出すことは全くなかった。
　亜希子は、増田という男を、仙次郎から切り離した事によって、心から増田との性戯に集中できるようになったのだと思った。

　亜希子は、起き上がって増田を仰向けにした。
　逆に覆い被さりシックスナインの形で互いの性器を愛撫しあっていく。

「ンゥゥー‥‥‥‥ングッ‥‥‥ングゥゥゥゥー‥‥‥」
「亜希子‥‥‥‥そろそろ‥‥‥」

　亜希子は、妖艶な表情で増田を見つめると、びっしょりと唾液で濡れた肉棒を自ら蜜壷に導いていった。

「‥‥‥‥ゥゥ‥‥‥‥ォァァァァァー‥‥‥」

　増田の肉棒の先が埋まると、亜希子は、ゆっくりと腰を沈めていく。

「‥‥‥ゥゥゥゥゥゥ‥‥‥‥ゥゥ‥‥‥‥‥ンァァァァァァァァァー‥‥‥‥」

　完全に肉棒を飲み込んだ亜希子は、激しく腰を振り始めた。

「グッフゥゥー‥‥‥‥アウゥッ‥‥‥アゥッ。アゥッ‥‥‥アハァァァァー‥‥‥」

　結合部から漏れる卑猥な音に亜希子は興奮した。
　下からは増田が乳房を揉み上げている。

　亜希子は髪を振り乱して遠慮のない声をあげていった。

「亜希子‥‥‥‥亜希子‥‥‥‥‥‥いきそうだ‥‥‥‥‥」
「‥‥‥ぁぁぁ‥‥‥‥いいわ‥‥‥‥」

　亜希子は、増田の腰から降りて仰向けになった。
　自ら蜜壷を開き増田の挿入を待っている。

　増田は、亜希子に覆い被さると、一気に肉棒を蜜壷に突きたてた。

「ンアァァァァァァー‥‥‥う‥‥動かしてぇぇぇぇー‥‥‥」

　増田は、亜希子にヒップに手を回し押し上げるようにして肉棒を打ち付けていく。

「‥‥‥クァァァァァー‥‥‥‥‥駄目‥‥‥‥もう‥‥‥‥、もう駄目ぇぇ‥‥‥」
「いくぞ、亜希子‥‥‥」

　増田は、ヒップに当てている手の指を亜希子の菊門に挿し入れた。

「ンアッハァァッァァァァァァァァー‥‥‥イクゥゥゥゥゥゥゥゥー‥‥‥‥‥」

　亜希子の声と同時に、増田は、分身を大爆発させた。
　亜希子の身体に鳥肌が浮かび上がる‥‥‥‥

　亜希子が、蜜壷を締め付けるたびに菊門に入れた指をかき回す増田‥‥‥‥
　放出しても増田は、腰を動かし続けた。

（‥‥‥凄い‥‥‥こんな‥‥‥こんな、気持ちいいなんて‥‥‥‥‥）

　亜希子は、エクスタシーが、何分も継続した。快感が止まらないのだ。
　ここ最近、増田とのプレーで、こういう状態が続いている。
　亜希子は、こんな経験は初めてだった。
　仙次郎とのセックスでもこれほど続いた事はなかったのだ。

「ふぅぅぅー‥‥‥亜希子‥‥‥‥最高だよ‥‥‥‥君の全てが、僕の宝物だ‥‥‥」

　腰を動かしながらそう囁く増田‥‥‥‥

「ァァァァ‥‥‥嬉しい‥‥‥‥増田さん‥‥‥もっと‥‥‥もっとしてぇ‥‥‥」

　亜希子は、菊門に埋まる増田の指を自ら押し付けていった。
　増田の肉棒は、放出したにもかかわらず全く萎える様子はなかった。

　亜希子は、増田の動きを止めると起き上がった。
　蜜と分身の付着した増田の肉棒を舌で綺麗に舐め上げていく‥‥‥‥

「オォッ‥‥‥亜希子ぉ‥‥‥‥‥」

　四つん這いになって肉棒に貪りつく亜希子‥‥‥‥‥
　亀裂からは、大量の分身がシーツに零れ落ちていく。
　下腹部に力を入れると、ゴボゴボと音を立てながら泡だった分身が溢れ出てきた。

　全てを綺麗に下で拭い取った亜希子は、ヒップを益田のほうに向けて高く突き上げた。
　増田に振り向いて欲求を呟く‥‥‥

「‥‥‥今度は、後からしてぇ‥‥‥‥」

　口だけで笑みを見せる増田‥‥‥
　増田は、亜希子のヒップを左右に割っていきり立った肉棒を突き立てていった。