（１２４）

　仕事を終えた仙次郎は、ロビーに降り立っていた。
　駐車場に歩き出そうと玄関前に出ていく仙次郎‥‥‥‥

「仙次郎君っ。」
「美優‥‥‥‥」
「フフッ‥‥‥来ちゃった。」
「どうした。」
「近くで仕事だったの。早く終わったから、寄ってみたのよ。」
「へぇー‥‥‥忙しい、お前が珍しいな。」
「ちょっと仙次郎君が気になってね。」
「バァーカ‥‥‥‥俺は、もう何ともないぜ。」
「フフッ‥‥‥そうね。‥‥‥‥‥ねぇ、明日から休みだし飲みにいかない？」
「そうだなぁ。‥‥‥‥よし、じゃ、行くか。」
「ええ。」

　仙次郎は、駐車場には寄らず、美優とそのまま繁華街へと歩き出した。

「しかし、お前も毎日大変だな。」
「まあね。‥‥‥今日も依頼人と裁判前の打ち合わせに行って話をしてきたの。」
「そうか‥‥‥」
「仙次郎君も、相変わらず相談は多いんでしょ？」
「ああ、大半が女性社員だ。」
「フフッ、手を出さないようにね。」
「ドアホっ！‥‥‥いくらなんでもそこまでしねぇーよ。」
「アハハハ‥‥‥」
「‥‥‥おい、美優、そこを曲がろうぜ。近道なんだ。」
「ええ。」

　仙次郎と美優は、愉快に話をしながら裏通りに入っていった。
　暫く歩くと、前方に道を塞いで若い男達がたむろしていた。

　仙次郎は、美優の前を歩き素通りしようとする。

「よぉ、おっさん‥‥‥‥俺達の会議を邪魔しときながら黙って行くのかよ。」

　立ち止まる仙次郎‥‥‥

「会議？‥‥‥‥何の会議だ？」
「くっ、くっ、くっ‥‥‥‥‥恐喝の会議さ。」

　そう嗾けてきた若い男が、仙次郎と美優に近づいてきた。
　美優を後方に下げる仙次郎‥‥‥‥
　男は、美優の顔を覗き込むと、吸っていた煙草の煙を吹きかけた。

「ゴホッ‥‥‥ゴホッ‥‥‥や、やめてよ。」

　仙次郎は、男の腕を取って押し返した。

「グッ‥‥‥て、てめぇ‥‥‥やるのかよぉっ！」
「お望みならばな。」
「お前、馬鹿か、女の前だからって格好つけてんじゃねぇぞ。」
「別に格好なんかつけていないさ。‥‥‥地だ。」
「な、なんだと‥‥‥‥‥こっちは、４人もいるんだぜ。」
「だから、どうした？」

　男らは、不敵な笑いを浮かべて仙次郎を囲んだ。

「美優‥‥‥下がってろ。」
「うん。」

　元キックボクシングの世界チャンピオンである仙次郎だ。
　負けるはずはないと落ち着いた様子で美優は、後ろに下がった。

「‥‥‥‥‥仙次郎君、過剰防衛は駄目よ。」
「へい、へい。」
「もう、弁護しないからね。」

　美優は、笑いながらそう言って髪を手ぐしでほぐした。
　男に吹き掛けられた煙草の煙を払おうとしたのだ。

「ったく‥‥‥煙草って髪につくと嫌なのよねぇー。」

　美優は、一人でブツブツと呟きながら、髪に付着した匂いを嗅いだ。

（ん？‥‥‥‥‥）

　美優は、首を傾げた。

（この匂い、何処かで‥‥‥‥‥‥最近だったような‥‥‥）

　美優は、思い出そうと記憶を辿っていった。

（‥‥‥‥どこだったかな‥‥‥‥）

　そんな事を考えているうちに仙次郎が、声を掛けてきた。

「美優、行くぞ。」
「え？」

　仙次郎の後方では、若い男達が、道に蹲って呻き声を上げていた。

「さすがね‥‥‥」
「最近の若い奴等は、ヘナチョコばかりだな。‥‥それより、美優、どうする、警察に連絡するか？」
「え‥‥‥こんな事で警察に電話したって時間の無駄よ。」
「アホォっ！‥‥‥こいつ等、大麻を吸ってるだろうが。」
「え？‥‥‥大麻‥‥‥」
「お前、顔に吹っかけられたろう。」
「えぇ！‥‥‥あの煙草の煙って‥‥‥‥大麻だったの？」
「なんだ、知らなかったのか。甘ったらしい、お香のような匂いがしただろう。」
「‥‥‥ぇ‥‥‥ええ。‥‥‥」
「まあ、全員の身体を探ったが、もう持っていなかったし、警察で事情を聞かれて、お前と飲む時間がなくなるのもなんだから、このまま行くか？」
「ぇ‥‥‥ぁぁ‥‥‥うん‥‥‥そうね‥‥‥‥」
「どうした？‥‥‥‥お前を抱く時間も減るぞ。クククッ‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥うん‥‥‥‥まあ、そうね‥‥‥‥」

　美優は、仙次郎の話が耳に入っていないようだった。

「何だ‥‥‥俺の話を聞いてるのか、美優‥‥」
「ぇ‥‥‥ああ‥‥‥そうね、行きましょうか。」
「へ？」

　美優は、仙次郎を残し勝手に歩き出していく。

「おい、待て‥‥‥‥美優‥‥‥‥‥」

　仙次郎は、倒した若い男達を跨ぎながら美優の後を追った。
　無言で考えながら歩く美優‥‥‥
　仙次郎の問い掛けにも上の空だ。
　その時、美優は、普通の表情に戻って声を上げた。

「‥‥‥‥‥‥‥あっ！」
「ど‥‥‥どうした？」
「‥‥‥‥‥思い出したわっ。」
「思い出したって‥‥‥何を？」
「あの煙の匂いをよ。」
「え？‥‥‥お、お前‥‥‥美優‥‥‥まさか‥‥‥‥何処かで吸ったのか？」
「‥‥‥馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ。」

　美優は、怒りを押さえながら仙次郎の裾を引っ張っると急ぎ足で歩き出した。

「おい、おい‥‥‥ちょ‥‥‥ちょっと‥‥‥‥美優っ‥‥‥」

　周りを見ながら、店を探す美優‥‥‥‥
　美優は、最初に目についた古ぼけた居酒屋に入っていこうとした。

「え‥‥おい、美優‥‥‥ここにか？」
「何処でもいいのよっ。」
「‥‥‥‥‥‥は？　どうしたんだ一体‥‥‥」

　美優は、店内に仙次郎を引っ張っていった。

　美優は、傾いたテーブルに腰掛けると神妙な顔をして仙次郎に話を始めた。

「仙次郎君‥‥‥‥この間、仕事が終わった後、亜希子さんと居酒屋に行った話をしたでしょ。」
「ぇ‥‥‥‥ああ‥‥‥それがどうした？」
「その時、ホテルから、一緒に亜希子さんと歩いて居酒屋に向かったのよ。」
「‥‥‥‥‥それで？」
「裏通りに入ろうと、路地を曲がったんだけど。ビル風が吹いたの。」
「まあ、吹くよな‥‥‥‥」
「‥‥‥‥その時に、亜希子さんの身体から、さっきと同じ匂いがしたのよ。」
「さっきと同じ匂い？」
「あの若い子が吸っていた煙の匂いよ。」
「‥‥‥な‥‥‥‥なんだと‥‥‥‥」
「私、以前、亜希子さんに聞いた事あるのよ。ムスク系の甘い香りが大嫌いだって。」
「ああ‥‥‥亜希子は、グラス系の香水しか使わないんだ。」
「‥‥‥‥じゃ‥‥‥」
「おい、美優‥‥‥‥本当に大麻の匂いがしたのか？」
「‥‥‥‥大麻かどうかは気づかなかったけど‥‥‥あの若い男に掛けられた匂いとは、間違いなく一緒だわ。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

　仙次郎の顔色が一気に変わった。

　もし、亜希子が、大麻を吸っているとしたならば、増田が尋ねてきた時に、亜希子との戯行で、亜希子は燃えていた。
　自分を離さない、と自慢げに語った言葉が、真実味を帯びてくる。

（大麻を吸っていたのなら、その可能性はある。‥‥‥‥‥だが、今更‥‥）

「仙次郎君‥‥‥‥助けないと。」
「美優‥‥‥仮に、仮にそうだとしても、俺としてはどうする事も出来ないだろう。」
「馬鹿っ！」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「私、思うのよ。何度も麻薬常習者の裁判も経験したけど、自分の思考とはまったく違う事を勝手に口走るのよ。」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥まだ、まだ解らないけど、‥‥‥‥‥もし‥‥‥もし亜希子さんが、大麻を吸っていたとしたなら増田って人の陰謀か策略かもしれないじゃない。」
「陰謀？‥‥‥策略って何だ。」
「つまり‥‥‥その‥‥‥」
「美優、何か目的がなければ、増田もそんな事する必要がないだろう。」
「‥‥‥‥‥でも、あったら‥‥‥」
「二人は、学者だ。他の利益を求めるものなど、あるのかな？」
「‥‥‥‥それは、解らないわよ。」
「いずれにせよ、俺には、どうする事もできない。ただ、やるとすれば、麻薬を止めさせることだけだ。ただし、本当に吸っていればの話だがな。」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「ね、仙次郎君‥‥‥‥」
「‥‥‥何だ？」
「いまから、亜希子さんに会いに行かない？」
「‥‥‥‥‥‥今から。」
「‥‥‥‥ええ。」
「‥‥‥‥‥‥」
「しかし、見ただけでは、吸っているかなど判らないだろう。それに、亜希子は、自ら麻薬に手を出すような女じゃない。」
「そんな事は、解ってるわよっ。」

　怒鳴る美優‥‥‥‥

「‥‥‥‥‥‥‥」
「仙次郎君‥‥‥とりあえず、会ってみましょう。」

　美優は、そう言うと席を立った。

　美優を見上げる仙次郎‥‥‥‥‥

「仙次郎君‥‥‥‥まだ‥‥‥‥まだ、本当のケジメは付いていないわ。」

　美優は、そう言うと出口に向かって歩き出した。

☆☆☆☆☆

　村上恵は、終業後、増田に呼ばれて部屋を訪れていた。

「亜希子君は、帰ったかい？」
「ええ、先ほど‥‥‥」
「そうか‥‥‥‥恵、明日から私は、海外出張で出かけるが、例の事は頼むよ。」
「はい。‥‥‥わかってます。」
「んむ‥‥‥‥」
「ところで、増田さん、大門先生とは？」
「ああ、上手くいきそうだよ。」
「そうですか‥‥‥‥‥計画通りですね。」

　寂しそうに俯く恵‥‥‥‥‥
　それを見取った増田が優しく声を掛けた。

「恵、心配しなくてもいい。亜希子君と結婚しても、お前を離さないよ。」
「‥‥‥本当‥‥‥本当ですか？」
「ああ。」
「良かった‥‥‥嬉しい。」

　恵は、増田の胸に飛び込んだ。

「私、増田さんに捨てられるんじゃないかと思って‥‥‥‥」
「そんな事はしないさ。お前の身体は最高だからな。」
「‥‥‥増田さん‥‥‥‥」
「しかし、亜希子とは、どうしても結婚する必要があるんだ。」
「‥‥‥‥‥え？」
「所長は、亜希子を気にいっている。優秀な学者だし、来秋の専門研究所に送り込む事まで決めているんだ。」
「そうなんですか。」
「私は、長い年月を掛けて、亜希子に接触した。何とか、身体の関係も持つことが出来たんだ。」
「‥‥‥増田さん‥‥‥」
「それは‥‥‥私が、この研究所の所長になるための準備としてね。」
「‥‥‥‥‥‥」
「恵っ、この国立中央研究所の所長になるためには、どうしても亜希子と結婚しなければならない。‥‥‥‥なぜならば‥‥‥‥‥亜希子は、国際生物学会のノーベル賞とも言われるネーブル賞に推薦されるからだ。」
「ぇ‥‥‥えぇぇー‥‥‥‥‥本当ですか。」
「ああ。‥‥‥‥極秘だが、うちの所長の耳に協会から連絡が入ったらしい。」
「増田さん‥‥‥‥」
「つまり、亜希子と籍を入れるという事は、必然的に私を所長にせざるを得ないわけさ。」
「‥‥‥‥な‥‥‥なるほど‥‥‥‥」
「そうすれば、毎年、国から支給される研究費の数十億円と言う金を自由に出来る。」
「‥‥‥‥‥」
「もし、私が、所長になったら、籍は入れる事は出来ないが、お前が私の妻だ。」
「‥‥‥‥嬉しいぃ‥‥‥‥‥」
「毎日のように抱いてやるぞ、恵‥‥‥‥」
「でも、増田さん‥‥‥‥研究部の薬品保管庫から持ち出した大麻がバレたら。」
「大丈夫さ、使用記録簿も正規記入してあるし、既に科学研究室の二人を買収して、実験に使用した事にするよう頼んでおいた。」
「‥‥‥‥そうですか‥‥‥それなら安心ですね。」
「それから、私の留守中、いつも通り亜希子のお茶に例の物を混ぜるように。」
「‥‥‥はぃ‥‥‥でも、増田さん‥‥‥‥大門先生の身体は、大丈夫なんですか。」
「心配しなくてもいい。計算して調合した薬だから。」
「でも、出張で会わないのに何故‥‥‥‥」
「いつも僕と会う前だけ、君に手伝ってもらったが、留守中に、ひょっとして別れた旦那の高輪と会うかもしれない。接触を拒ませるためにも必要なんだ。 」
「‥‥‥‥‥‥ゎ‥‥‥‥解りました。」

　不安気に俯く恵‥‥‥
　増田は、恵を安心させるために囁いた。

「‥‥‥恵‥‥‥君を愛している。」

　その言葉に、恵は強く反応した。

「増田さん‥‥‥‥‥抱いて‥‥‥ここで、抱いてぇ。」
「‥‥‥ここでかい？‥‥‥」
「安心したいの‥‥‥‥増田さんが、私を離さないっていう安心を‥‥‥」
「し‥‥‥しかし‥‥‥‥」
「お願い‥‥‥‥今すぐに‥‥‥」

　恵は、増田に抱きつきながらそう囁いた。

　増田は、急激に性欲を掻き立てられた。

「よし‥‥‥‥解った‥‥‥」

　増田は、恵のヒップに手を当てていった。

「ァァァ‥‥‥」

　恵は、増田の手を払い足元にしゃがみ込んだ。
　増田のベルトを外しブリーフを下げると、まだ力のない肉棒を口に含んでいく。

「‥‥‥ングッ‥‥‥ジュルッ‥‥‥ングッ、ングッ‥‥‥」
「おぉぉ‥‥‥恵‥‥‥‥いいぞ‥‥‥もっと‥‥もっと‥‥‥舌を‥‥」

　恵は、肉棒を握ったまま、自らスカートを捲し上げてストッキングごと ショーツを降ろした。
　亀裂に指を這わせて、湧き出る蜜を広げていく。
　増田の肉棒が恵の口の中で怒張した。

「ぁぁ‥‥‥増田さん‥‥‥入れて‥‥‥入れてぇぇ‥‥‥」

　恵は、立ち上がって壁に手をつくとヒップを思いっきり突き出した。
　左右に揺らしながら、増田を誘う恵‥‥‥‥

　増田は、興奮しながら恵の蜜壷に肉棒を侵入させていった‥‥‥‥‥‥‥‥

（１２５）

仙次郎と美優は、亜希子のマンションに到着した。

「さぁ、仙次郎君‥‥‥‥打ち合わせどおりに。」
「‥‥‥‥しかしなぁ‥‥‥着いてこないと思うぜ。」
「そこを上手く説得するのよ。」
「‥‥‥‥ああ‥‥‥‥そうだが‥‥‥」

　仙次郎と美優は、タクシーの中で、亜希子が大麻を使用しているか調べる方法を話し合っていた。
　結果、尿検査と血液検査をして確認するしかないと決断し、美優の知人で大学病院に勤める友人に連絡をしたところ、今日は、夜勤をしているので、いつでもいいと了解を得ていたのだ。

　仙次郎は、腕を組んで立ち尽くした。
　亜希子の灯のついた部屋をゆっくりと見上げる。
　無言で仙次郎を見つめる美優‥‥‥‥‥‥

「仙次郎君‥‥‥‥手遅れになると大変よ‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥わかった。行こう。」

　頷く美優‥‥‥‥

　二人は、ゆっくりとエントランスに足を運んでいった。

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「ぁぁ‥‥‥増田さぁ‥‥‥ん‥‥‥」

　亜希子は、トイレで自慰をしていた。
　用を足し、ウォシュレットの水が、ビデに当たった瞬間、急激に子宮の奥に痺れを感じたのだ。
　指を蜜壷に挿入し、内部の敏感な部分を刺激している。

「‥‥‥‥‥‥ゥゥゥ‥‥‥アァァァ‥‥‥」

　蜜壷の中からは、粘度の高い透明な液体が、便器の中に滴り落ちていった。
　流れ出る蜜の量も多い。
　亜希子自信も、こんな状態は初めてだった。
　そもそも、自慰などした事は、なかったからだ。
　イクにイケない、苛立った時間が過ぎていく‥‥‥‥‥
　亜希子は、トイレを出て、ベッドで続きをしようと思った時だった。
　ルームフォンが、鳴っているのに気づく。
　ショーツを上げ、スカートを降ろした亜希子は、トイレを出た。

（‥‥‥誰かしら‥‥‥）

　インターフォンに出る亜希子‥‥‥‥

「はい。‥‥‥大門です。」
『‥‥‥‥亜希子‥‥‥‥俺だ。』
「！‥‥‥せ、仙ちゃん？」
『疲れてるところすまない‥‥‥‥ちょっと話があるんだ。』
「‥‥‥‥‥は‥‥‥‥話って‥‥‥でも‥‥‥私は‥‥‥も‥‥‥もぅ‥‥‥」
『‥‥‥心配するな。‥‥‥俺達の話ではない。』
「‥‥‥え？」
『今、美優もここに居るんだ。』
「美優さんも‥‥‥‥あの‥‥‥なぁに‥‥‥話って？」
『‥‥‥確かめたい事があるんだ。』
「‥‥‥‥確かめたい事って‥‥‥‥？」
『会ってから話すよ。』
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

　亜希子は、迷った。仙次郎とは、会わないよう増田からも言われているからだ。
　しかし、美優と一緒に来ていることも気に掛かった。

（‥‥‥‥私たちの事じゃないと言ってたし‥‥‥‥）

　亜希子は、少々、考えて仙次郎に返答した。

「わかったわ、仙ちゃん‥‥‥でも、私たちの話は、無しにして。」
『ああ、解ってる。』
「じゃ、ここの前にライムっていう喫茶店があるでしょ。着替えてから降りていく。」
『解った。』

　美優に振り向く仙次郎‥‥‥‥

「降りて来るそうだ。」
「そう‥‥‥」
「そこの、ライムという喫茶店で待っててくれとさ。」
「ＯＫ‥‥‥じゃ、行きましょう。」
「‥‥‥ああ。」

　仙次郎は、美優と共にマンション前の喫茶店に入っていった。

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「仙ちゃん‥‥‥‥‥」

　喫茶店で待っていた仙次郎と美優の元に亜希子は現われた。

「‥‥‥よぉ‥‥‥‥元気か。」
「ええ。‥‥‥‥それより二人してどうしたの？　」
「ああ。‥‥‥‥まぁ、座れよ。」

　亜希子は、仙次郎に促されて二人の前に座った。

「それで、話って‥‥‥‥」

　美優が、仙次郎を見て促している。

「もしかして、仙ちゃん‥‥‥‥‥美優さんと？」
「亜希子さん‥‥‥」

　亜希子を見つめる美優‥‥‥‥‥

「フフッ、仙ちゃん、いいのよ、美優さんと一緒になっても。私、全然、気にしないし‥‥‥それに、もう増田さんと‥‥‥」
「亜希子‥‥‥」

　途中で話を途切れさせる仙次郎‥‥‥‥

「どうしたの、そんな恐い顔をして。」

　仙次郎は、吸っていた煙草を灰皿に揉み消すと、神妙な面持ちで、亜希子に問い掛けた。

「亜希子‥‥‥‥率直に聞く。」
「‥‥‥‥ええ。」
「‥‥‥‥‥大麻を吸ってるのか？」
「‥‥‥ぇ‥‥‥‥大麻？」
「‥‥‥‥‥‥」

　仙次郎と美優の真剣な顔付きをよそに、亜希子は、笑い顔で答えた。

「それって、悪い冗談？」
「いや‥‥‥‥真面目な質問だ。」
「何を馬鹿な事言ってるの。‥‥‥‥私がそんな物に手を出す人間に見えるの？」

　亜希子は、強い口調でそう答えた。

「いや、すまん‥‥‥‥‥ちょっと気になる事を聞いたんでな。」
「‥‥‥気になる事？」

　美優が、二人の間に割って入った。

「亜希子さん、この間、貴女と会った時、二人で居酒屋まで歩いたでしょ。」
「‥‥‥‥ぇ‥‥‥ええ。」

　貴女の身体から、大麻の匂いがしたのよ。

「‥‥‥‥‥‥え？」

　美優は、先ほど、若い男達に絡まれたことを亜希子に詳しく話した。
　黙って聞く亜希子‥‥‥‥‥‥

「‥‥‥そ‥‥‥そんな‥‥‥‥」
「貴女が、手を出すなんて思ってもいないわ。でも、誰かが吸っていて、それが、貴女の衣服や頭髪に付着しているって事もあるんじゃないかしら。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ね、亜希子さん‥‥‥‥貴女の周りに煙草を吸う人はいるの？」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥ぇ‥‥‥‥ええ‥‥‥‥」
「亜希子さん、失礼な事を聞くけど、増田さんも煙草を吸うでしょ。」
「‥‥‥‥‥ぇ‥‥‥ええ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥吸うわ。」

　目を合わせる仙次郎と美優‥‥‥‥‥‥

「な、なによ、二人とも‥‥‥増田さんを疑ってるの？」
「亜希子‥‥‥‥」
「仙ちゃん、そんなに私が増田さんと一緒になるのが気に入らないのっ。」

　興奮気味に、そう口走る亜希子‥‥‥

（おかしい‥‥‥‥こんなに取り乱す亜希子ではない‥‥‥‥）

　仙次郎は、亜希子の表情を窺った。
　顔付きも以前より変わっていた。
　妙に強張った緊張したような顔に見える。
　そして、皮膚の色も悪く、全体的に落ち着きがないようにも思えた。

「亜希子‥‥‥決して、そんな事を思っていない。」
「‥‥‥‥‥いい加減にしてよ。‥‥‥二人して私をからかいに来たの？」
「‥‥‥違うんだ。」

　怒りを露にする亜希子だが、美優は遠慮のない質問を亜希子に浴びせた。

「亜希子さん、増田さんは、どういう銘柄の煙草を？」

　怒った表情で、亜希子は、美優に答えた。

「‥‥‥‥‥‥わ、解らないわ。‥‥‥シガレットケースから取り出してるから。」

（‥‥‥‥‥‥シガレットケース？）

「フィルターは？」
「‥‥‥‥ま‥‥‥巻き煙草みたい‥‥‥‥‥‥」
「巻き煙草？‥‥‥本当？」
「だ、だって‥‥全部‥‥‥無くなるまで灰皿に‥‥‥‥置いてあるから‥‥‥。」

　仙次郎は、テーブルの下で拳を握り締めた。

「亜希子さん‥‥‥増田さんと肌を合わせるときも、彼は、その巻き煙草を吸ってるんじゃないかしら？」

　亜希子は、美優を睨むように見つめた‥‥‥‥

「‥‥‥‥‥ぇ‥‥‥‥ぇぇ。‥‥‥」
「その煙の匂いって‥‥‥甘ったるい香を焦がしたような匂いじゃないかしら。」
「‥‥‥‥‥‥‥」

　美優の質問に亜希子の身体が微かに震えた。

「‥‥‥‥‥‥そうなのね。」

　亜希子は、睨んでいた目を和らげて静かに囁いた。

「仙ちゃん、美優さん‥‥‥私‥‥‥‥‥妊娠しているかもしれないの。」
「え？」
「‥‥‥‥‥‥」
「ひょっとしたら、仙ちゃんの子供かもしれない。でも、彼に話したら、構わないって言ってくれたわ。君の子供なら僕の子供でもあるって。‥‥‥わたし、増田さんと一緒になるの。二人で、私達を壊さないで。」

　亜希子は、そう言って席を立とうとした。

「まって、亜希子さん。」
「もう話すことないわ。」
「馬鹿っ！」
「キャッ‥‥」

　美優は、亜希子の頬を思いっきり叩いた。

「亜希子さん、よく聞きなさい。」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「仙次郎君はね‥‥‥‥‥‥もう踏ん切りはついているのよっ。貴女と増田さんの仲を壊すつもりも毛頭ないし、貴女の気持ちを取り戻そうとは思っていないわ。ただ心配しているだけなのよ。」
「‥‥‥‥‥‥‥心配‥‥‥？」
「貴女の夢は何？　好きな生物学を研究して、世界を代表する学者になる事でしょ。‥‥‥‥でも、もし、もしも増田さんが大麻を扱っていたらどうなると思うの？‥‥‥‥その増田さんの女房となる貴女の夢は、全て‥‥‥‥‥全て‥‥‥‥‥」

　仙次郎が、美優の手を握って止めた。

「美優‥‥‥もういいだろう。」
「仙次郎君‥‥‥でも‥‥‥」
「いいんだ。」

　そう言って亜希子の顔を見つめる仙次郎‥‥‥‥

「亜希子、身体が侵されているかもしれない。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥身体‥‥‥‥私の‥‥‥」
「大学病院で調べてもらおう。」
「‥‥‥‥‥びょ、病院で‥‥‥‥‥」
「ああ。既に話はしてある。」
「‥‥‥‥い‥‥‥嫌よ。」
「亜希子さん、ちょうどいいじゃない。妊娠してるかもしれないんでしょ。」
「‥‥え？」
「それも、ついでに診てもらったらどうかしら。」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「恐いの‥‥‥亜希子さん。」
「そ、そんな事ないわっ！」
「そうかしら？‥‥‥‥‥」

　わざと亜希子に嗾けていく美優‥‥‥‥
　亜希子は、強がったような態度で了承した。

「いいわ。行くわ。はっきりさせましょう。」

　美優は、亜希子に目で頷いた。
　心なしか気持ちが落ち込んでいく仙次郎‥‥‥‥

　そんな仙次郎をよそ目に、美優は、電話でタクシーを呼んだ。