１．春風の日

　すがすがしい春風がそよぎ、木漏れ日がほほに心地よい昼下がり、木立を抜けると広大な敷地を囲う真っ白な漆くい塀が続く、そこには古びたお屋敷がそびえ建っている。
　和磨が間借りした小さなアパートは、そんな大きなお屋敷のある林を越えた林の谷間に、寂しげに建っている。
　地方紙の新聞記者となって２５年、職業がらなのか、物静かなお屋敷の中をみょうに気にしながら、日々わきを通り過ぎていく和磨である。
　黒塗りの高級車の後部座席に、着物姿で座る清楚で気品に満ちた美女を通勤途中に見たことは、和磨の興味をさらに深めてしまっている。

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「康夫さん、あぁ〜」
　淡いピンクとブルーに装飾された、いかにもというホテルの一室で、優子は歳相応に熟れた身体を身悶えさせている。
「おぉっ、いいぞそれ…うっ」
　男は、ヒクヒクと痙攣するように締め付ける柔肉に歓喜の声をあげている。
「まだまだだぞ」
　弛緩して力が抜けていく浮気相手の裸体を前に、男はここぞとばかりに抽送を速めては、大腰を使っている。
「あぁ〜、すごぉ〜い、だめ、あっ、またぁ〜」
　優子は、繰り返し押し寄せる大波に、逆らうすべもなく何度も巻き込まれていく。
　２時間にも及ぶ雄雌の攻防の後。
　優子は、また惚れ直したように甘えた表情で男の胸に顔を寄せている。
「もう、離れたくない…」
　そんな女をなだめるようにして、男は大きなベットを出ると手早く着替え始めている。
　二人は、ガクガクする足を引きずる面持ちで、抱えあうようにしてホテルを出た。

・

　飛び石連休に強引に有給休暇を押し込んで、のんびりと休暇を楽しむ和磨は、眠い目をおして昼飯にはすでに遅い時間に何か食べようと町へ出ている。
　町はずれの派手な装飾が目立つビルが多数立ち並ぶホテル街の近道を抜けて、繁華街を歩いていると、見覚えのある黒塗りの車がスルスルと追い越して行く。
　和磨は、はたと目をとめる。
　ウム…っと、和磨の脳裏にひらめくものがよぎると、あわてて今来た道を引き返し、ホテル街を監視するようにわき道に身を潜めた。
　常時、持ち歩いている小さなデジタルカメラをポケットの中で転がす和磨。
　１０分が過ぎ、あきらめ半分に和磨が足を進めかけたとき、すぐ間際のホテルから抱かれるようにして見覚えのある清楚な美女と見知らぬ男が姿を見せたのである。
（いただき…）
　和磨は、急がずあわてず小さなカメラのシャッターを落としていく。
（誰だ、あの男…？）
　詮索する和磨をよそに、二人は手早く挨拶を済ませると、女は中央通りへ進んでいく。
　和磨の目線が、見とれるようにぼんやり女を追っているうちに、男は逆方向に姿を消していた。
　連休をまだ数日残した和磨に、記者の魂が湧き上がる、が思惑はそれだけではない。
　翌日には、大きな屋敷についてあれこれと調べ上げていた。

　物静かな別荘地に、大きな屋敷を手にするほどに成功した篠山剛三は、伸び行く日本経済の波に乗って不動産業を成功させると、瞬く間に全国各所にホテルチェーンを築き上げ、３０才も歳の離れた若い嫁をもらいうと引退し、いまや悠々自適の隠居生活を送っている。
　剛三の妻、優子は３２才、熟れた身体とやんちゃな小学生の男の子を持て余すようにして日々の生活を送っている。
　剛三には先妻の娘、今日子２５才がいるが、優子とは友達どおしのように仲のよい関係で贅沢な保養地にある大きなで屋敷に暮らしている。

「片桐さん」
　気安く声を掛けてくるのは、ふた周りも下の後輩になる良輔、和磨の記者仲間で同じ高校出身なのある。
「おお、どうだ調子は？」
「調子って…、世の中平穏無事、事件もなにもないですから…」
　つまらなさそうに、良輔は愚痴っぽく言う。
「そうか。それも良かったじゃないか」
「そうですか？　僕も連休にしとけば良かったですよ。　どこか行ったんですか？」
「いやっ、のんびりだ」
　和磨は、ほとんど座ることのない机の上に山になった書類を片付け始める。
「良、面白くなりそうな話があるんだが一口乗らないか」
　和磨は、思わせぶりに問いかける。
「なんです？　飛び切りの特ダネですか？」
「いや、そっちじゃない」
「と、言うと？…」（また、女）
　良輔は、以前に取材で得た情報をもとに、美味しい思いをしたことがあることを頭に浮かべて、ニヤついている。
「あはは、まだどうなるか解らんがな」
「乗ります。もちろん乗りますよ、…退屈してたところなんですから」
　良輔は、身を乗り出して来る。
「……」
「で？　どんな話なんです？　何をしたら？…」
　押し黙る和磨を前に、良輔はじれったそうに言う。
「いいだろ、まずこれを見てくれ」
　考え込むように悩ましげにした和磨は、ホテル街で使ったデジカメを投げ渡す。
　すかさずキャッチした良輔は、手馴れた手付きで画像を再生する。
「美人ですね」
　声をひそめて言う良輔。
「で？　どんな意味があるんです？　この写真」
「バックを見ろ。難しい話じゃないだろ」
　穴でも空けるのかというほど、カメラの液晶画面を見つめる良輔。
「あ〜、そういう事ですか」
　にたり顔の良輔。
「どうだ？」
「いいですねぇ、これ頂いちゃうんですね」
「まぁ、そういう事だ。　まず男の素性を調べてくれないか」
　和磨の言葉に、いぶかしげな表情の良輔。
「えぇー、顔写真だけなんでしょ、…どうやって？」
「うむ、女の方は調べがついてる。そう付き合いも広くないだろうからな…」
　和磨は、連休中に調べた篠山家の情報を伝える。
「じゃ、まず篠山不動産から当たってみますか」
　良輔は、ノートＰＣ検索画面に、キー入力を始めている。

　３日を過ぎたころ。
　良輔は、帰宅したばかりの和磨の自宅に浮かれた様子で電話する。
「片桐さん、解りましたよ。写真の男、やっぱり社員でした、予想どおりです。秘書課の課長で、藤堂康夫って男です。歳は４１才、妻も子供も居ます、住所は…」
「わかった、わかった。今どこだ？」
「会社のすぐ近くの…」
「そうか、なら家まで来てくれないか。飯でも食いながらどうだ」
「わかりました。すぐ行きます」
　はしゃいだ様子の良輔は、携帯を折りたたむ。

「話は、簡単そうじゃないですか」
　良輔は、和磨のゆでたミートスパをつつきながら、手にした成果に自信をもっていう。
「どうかな？？」
「老人というほどに年老いた男に嫁いだ女の浮気、チャタレイ夫人…って感じでしょ」
　浮かれた様子の良輔。
「おお、そうだ…だから難しいだろ」
「どういう事です？」
「女が今の生活を捨てる気なら…どうする」
　和磨は、そう簡単には…と良輔を諭すようにいう。
「いや、大丈夫ですよ。子供も居るんですから…」
「そうだな、たしかにそれもある」
　二人は、この先の手順の打ち合わせを進めるのである。

　就業時間をゆうに過ぎた時間にかさこそとＰＣを操る良輔。
　デジカメのデジタル画像を、キャビネサイズ（２Ｌ）に調整してプリントアウトする。
（世の中変わったなぁ〜）
　現像や焼き増しというような手間なく写真を手にいれられることを、ぼんやり思いながら作業を進める。

　良輔は、和磨の指示で藤堂を着けまわしている。
　優子のもとに送りつけた封書で、男が動きだすのではと監視しているのである。
　藤堂の様子に変化はなく、会社と自宅を往復する日々がつづいている。
（やけに、まじめなやつだなぁ）
　飲み歩くことも、パチンコ店に寄ることもなく、タバコも吸わない藤堂の様子に、良輔はあきれている。
（趣味は、女だけか）
　つまらぬ追跡に、あきあきした良輔が和磨に連絡をとる。
「片桐さん、大丈夫そうですね、今日も動きは無しですよ」
　自宅の玄関を入る藤堂を見届けた良輔がいう。
「そうか、ご苦労…じゃ、予定どおり決行するか」
「あはは、それじゃ少し体調整えて禁欲生活に入りますよ」

　優子のもとに届けた封書には、ホテル前で盗撮した写真とともに、平日の昼間の方が出掛け安いだろうと、金曜の昼に駅前のホテルを指定して呼び出しを掛けている。
　良輔の連絡を受けた和磨は、すかさずホテルへ予約を入れている。
　翌日には、ホテルを下見して１階のフロントとは別に、歩道橋から２階の入り口へ直接繋がっているようすに満足顔で、エレベータの位置を確認している。

　つづく