▽

　疑問は解けないままだったが、ひとつだけわかったこともあった。
　それは、菊江がいくら下着や身体を汚しても、スカートが汚れないような対策だけは施していたことである。

　ロングスカートの内側には、尻の部分にポリエチレンの薄いシートが下がっていた。
　つまり、少なくても菊江は、普通のパンティーしか穿かず、ナプキンを交換しないままでいれば、何時間か後には、そうした恥ずかしい事態に陥るのを知っていたことを意味する。

　初経を迎えたばかりの少女でもない限り、当然といえば当然なのだが、そのときの秋山には、極めて重要な発見のように思えた。

「茜ちゃん、お願い…」
　汚れた下着をさらしたままで菊江が言うと、茜が立ち上がり、赤い箱の蓋を取った。

　中に何が入っているのか、秋山は大いに興味をそそられたが、覗くのはやめた。そのほうが楽しめそうな気がしたからである。
　赤い箱から茜が最初に取り出したのは、蓋の付いた透明なガラス容器だった。秋山にはその用途が瓶と、いや、ぴんと来た。

　茜にパンティーに手をかけられて、菊江の身体が一瞬びくっとなった。緊張が一気に高まった証拠とも言える反応だ。

　汚れたパンティーは、ゆっくりとずり下げられていった。そのスピードは、菊江がたくし上げたロングスカートに劣るとも勝らなかった。
　秋山には、茜が必要以上にゆっくりおこなっているように感じられた。

　初めて目にする異様な光景に、秋山は何度となく唾を飲み込んでいた。しかし唾液は、いつもより粘って喉をうまく通らなかった。
　もし秋山に心理的な余裕があれば、「今度から、溜まっているときは尺八を遠慮したほうがいいかも知れない」と、そんなことを考えたかも知れない。

　菊江の汚れたパンティーは、裏返される状態で下げられていき、腿の付け根のすぐ下で、ウエストのゴムが足口のゴムを追い越したとき、「汚れきったパンティー」と名を変えた。

　ナプキンはというと、陰唇にへばり付くような形で留まっていた。
　いや、正確に言えば、秋山の網膜にはナプキンとして映っていた物が、ほんの一瞬そこに留まっていただけである。

　てっきりナプキンと思い込んでいたそれは、腿が広がると同時に剥がれ、裏返ったパンティーの中に落ち、正体を明らかにした。

　まるでスローモーションを見ているようだった。その分、秋山には時間があった。
　マダムが部屋を出ていくときからの十数分間の過去を、瞬時に振り返れるだけの時間的余裕が、脳細胞には充分にあった。いや、十二分にあったという表現のほうが適切だ。

　なぜ菊江は、マダムから念を押されていながらも、ご挨拶を省略しようとしたのか。
　どうして菊江は、ご挨拶の途中でナプキンを口にした際……違う、「ナプキン」という単語を口にする際、二度も三度も「ダッ」だの「ダ」だの、接尾語とも接頭語とも判別がつかない無駄語を口にしたのか。
　
　そうした疑問を解く鍵は、マダムが菊江に与えた注意、すなわち「きちんと挨拶しろ」と「言いまちがいに気をつけろ」にあった。

　つまり菊江は、ナプキンではなく脱脂綿を使わされ、それが自分にどんな結果をもたらすかを予想できていたために、ご挨拶だけでも省略しようと図ったのだ。

　ところがあいにく、椿がそれを許さなかった。椿にストップをかけられた。
　結果、菊江としては、パンティーを汚れきった状態にした責任の何割かを、できれば脱脂綿に負わせることで、自身が味わう恥辱を減少させたいという望みを断たれ、その未練が「ダッ」と「ダ」という形で表れたのダッダ…違う、表れたのである。

　もしも椿に、秋山の半分ほどの優しさがあれば。そしてまた秋山の親友で、「二枚舌を操る正直者とは俺のこと」と自慢する橋本の半分ほども、椿が巧みに駄洒落を操れれば。

　おそらく菊江が最初に「ダッ」とやった時点で、こんな助け舟を出しただろう。
『いいからいいから。物が物だけに、包み隠さずというのも変だが、わざと交換しないで来た物を、わざわざ言いから…いや、言い換えまでしなくていいから』

　しかし、椿は非情。
　橋本に言わせれば「仕事の腕は異常とも言えるほど立つし、確かに弁も立つんだが、短小の棹が立たないせいかどうか、この俺でさえ腹が立つほど、短気で非常に非情」な椿が、助け舟を漕ぎ出すわけもない。

　スローモーションをストップモーションに切り換え、わずかに時間を戻してみれば。

　てっきりナプキンだと思っていた脱脂綿が、菊江の陰唇から離れたとき、秋山の鼓膜はボトッという落下音が聞こえるのを予感した。脱脂綿はそれほど多量の経血を吸収し、単なる生ゴミ…いや、生々しい赤ゴミと化していたのである。

　脱脂綿の重さを考えれば、落下音が聞こえて不思議はなかった。
　だが、秋山の耳はその音を聞かなかった。脱脂綿がパンティーの中に落下するより早く、強烈な月経臭に嗅覚を襲われたショックで、聴覚が働かなかったせいである。

　ナプキンから経血が漏れたとか、パンティーに染みたとか、そんな生易しい状況ではない。長時間に渡って蒸れ続けた臭いの発生源が、あからさまに剥き出しになったのだ。
　パンティーと脱脂綿自体によって、かろうじて閉じ込められていた臭いまでが、すべて一気に空中に拡散したのである。
　秋山の鼻が驚いたのも当然だった。

　たとえ秋山ほどに鋭敏な嗅覚を備えていなくても、そのときの臭いなら誰でも充分に感知できただろう。また急性副鼻腔炎を患っている人なら、炎症が軽度であれば鼻詰まりが治ったと錯覚したかも知れない。
　それほど強烈な月経臭だった。

　事実、臭いの発生源に正面から向き合った茜などは、ときどき息を止めていた。彼女が慢性副鼻腔炎を患っていない証拠であり、饐えた生臭さに辟易させられていたことの証明に他ならない。

　菊江にしても同様だ。茜にパンティーを脱がされている間、彼女はスカートの裾を顎の下まで引き上げたまま、瞼をしっかり閉じ、顔もそむけていた。
　羞恥に耐えるのが第一目的だったのだろうが、ときどき思い出したように顔を振る姿からは、股間から立ち昇る月経臭のきつさに閉口している様子が窺えた。

　当時すでに閉経を迎えていた女性なら、メンスの手当てには脱脂綿を使うしかなく、自身の発する月経臭を気にする機会も多かっただろうが、菊江のように閉口するようなことまでは、絶対になかったはずである。

　秋山と椿が凝視を続ける中、すっかり汚れきったパンティーが、何の役にも立たなくなった脱脂綿をその中央に抱いたまま、菊江の足首から抜き取られた。

　茜はパンティーの中から脱脂綿を摘まみ上げると、まるで椿と秋山に見せびらかすような動作をした。脱脂綿は今にも経血を滴らせそうにも見えたほどで、股間で揉まれ続けたために、脱脂綿であることさえ判別が困難な状態と化していた。

　学生時代の秋山は、喫茶店や飲屋のトイレで汚物入れを覗いたこともある。
　ホテルに誘った女から生理を理由にことわられたりすると、その言葉に嘘のないことを承知したうえで、「いいじゃないか。後学のためにちょっと見させろよ」と強引に連れ込み、股を開かせて見学会を開いたことさえあった。

　しかし、ただの一度として、菊江の脱脂綿ほどに汚れた物を見た記憶はなかった。
　それほどまでに凄まじい汚れ方で、凄惨としか言い表せないほどの状態であった。

　ガラス容器の用途は、秋山の予想していた通りだった。女性専用の汚物入れだ。
　もっとも現在の秋山なら、『橋本に言わせれば、椿さんのような男専用の宝物入れだ』とでも評していたことだろう。

　容器の中に、茜が指先で摘まんだ脱脂綿を捨てると、今度はボトッという音が聞こえた。
　茜は手にしたパンティーの白い部分で菊江の股間をざっとぬぐうと、それもガラス容器に捨てた。

「菊江さん、もうちょっと足を広げてください」
　茜が赤い箱からお絞りを取り出し、菊江を見上げながら言った。
テーブルの上に立ったときには肩幅ほどに広げられていた足も、いつのまにかほとんど揃えられていた。

　女性の生理の実態を、赤の他人にも等しい男たちに見せるために、同僚から下着を引き下ろされ、赤黒く汚れた股間をさらけ出すのだ。そんな恥辱的な状況に羞恥を覚えない女がいるはずもない。
　意識的ではないにしても、菊江の脚が徐々に閉じられていったのも無理はなかった。

「菊江さん、お願いですから、早くしてください」
　菊江が脚を閉じたままでいると、どういうわけか茜がせかした。
「ごめんなさい……」
　茜に謝り、菊江がおずおずと足を広げていくにつれ、汚血にまみれた陰部一帯があらわになった。

《そういえばなー…高校のときに処女の女とやったときも、後で見たらこんなふうになっていたっけ……あのときには俺が拭いてやったんだよなー……》
　秋山は十年以上も前の経験を思い出してしまった。

　茜がお絞りを使い始めると、菊江も彼女の手が動きやすいように、みずから股を開き気味にしただけでなく、中腰にもなってた。そんな姿勢の恥ずかしさよりも、早く汚れを落としてもらってさっぱりしたいという気持ちが勝っていたのだろう。

《ああ、確かメンスのときにホテルに連れ込んだ女は、俺が何にもしないのを知って「もう…ただ覗くだけなのー？　せめて汚れくらいは拭いてくれたっていいじゃない……」とか言ったんだ》
　茜の手元を見つめているうちに、大学時代の記憶が蘇ってきた。

《で、俺は結局、ティッシュで拭いてやってから、豆を撫でて二回いかせてやって、それからまた拭いてやったんだっけ……。ビラビラはけっこうデカかったし、毛も濃かったから、拭くのもひと苦労だった……えっ！？》
　そのときの女と眼前の女とでは、股間の様子がまったく異なっていることに気づいた。
　菊江には陰毛が一本も生えていなかったのである。

　それまでは、白い肌と血糊を思わせる赤黒い経血との、あまりにも無惨なコントラストに気を奪われていたせいで、黒い叢のないことに気づかなかったのだ。

　秋山は目を凝らした。
　見事な盛り上がりを見せている菊江の恥丘には、小さなゴマ粒のような黒点が見て取れた。
　少ない数ではない。恥丘が太陽なら、理科の試験の答案用紙には「黒点群」と記入しなければ、少ない点数しかもらえないだろう。

　太陽の黒点は容易に消えないらしい。寿命の長いものは、一カ月ほども存命すると聞く。
　菊の挿し芽と育苗はそれほど難しいものではなく、挿し芽してから二週間程度もあれば根が生えてくるが、もしも菊江が生来の無毛なら、陰毛が急に芽を出すとは思えない。

《なるほど、誰かの手で剃られたってわけだ》
　秋山が納得していると、急に茜の手が止まった。
　汚れをぬぐい終えたからではない。何度かお絞りを換えながらぬぐってはいたものの、菊江の陰部にも太腿にも、まだ汚れがこびり付いていたのだ。

《どうしたんだ？》
　不思議に思いながらも様子を窺っていると、茜はお絞りを手にしたままソファーに腰を落とし、苦しそうに下腹をさすり始めた。
　秋山のタバコに火を着けようとして出来なかったときと、まったく同じ格好であった。

「茜ちゃん、早くしてちょうだい」
　今度は菊江が催促したが、茜はなかなか元の作業に戻らない。
「茜ちゃん……ねえ、茜ちゃん……」
　菊江が広げたままの股ぐらを上下に揺するようにして訴えても、茜にはいっこうに立ち上がる気配が見えなかった。

「茜ちゃんのときは、いつも菊江が最後まできちんとしてあげてるじゃないの……。だから、ね？　早くナプキンだけでも当てて……パンティーを穿かせて……うっ、お願い、後生だから…うっ、うっ…ううう……」
「ごめんなさい……。すぐに…やりますから……」
　菊江の泣き声にせかされるようにして腰を上げた茜は、顔面蒼白だった。額には脂汗まで滲ませていた。
　それでもどうにか彼女は、赤い箱の中から真新しいピンクの月経帯と、個装されたナプキンを取り出した。

　茜が月経帯を広げると、その肩に菊江が手を置いた。片足を上げるためにバランスを取ろうとしたのだ。その時である。
　秋山の鼓膜が大きく震えた。茜の尻が鈍い音を響かせたのだ。菊江の体重を受け止めようとして、腹筋に力が入ったらしい。

　頭の回転と尻音は鈍くても、反射神経は鋭いらしく、茜の反応は速かった。月経帯を持った右手をそのまま瞬時に尻の下に敷き入れてソファーに座るや否やテーブルに見事に突っ伏した。

　その結果、菊江は待ち望んでいた月経帯を穿くことができなくなった。何度も何度も「茜ちゃん…ねえ、茜ちゃん」と呼びかけるのだが、茜は頭を左右に小さく振るばかりであった。

　一方、秋山の理解も早かった。しかも一度にみっつのことを理解した。

　ひとつ。茜はただ屁を我慢していたのではない。椿の指名を受けた段階で、おそらくマダムか誰かに浣腸を施され、おならどころか排便そのものを我慢させられていたのだ。
　そうでなけれは、尻に手を当てて苦しみ続けるわけがない。

　ふたつめは、秋山が茜の頭の程度を誤解していたことだ。
　今にも洩らしそうな状態であれば、それを堪らえるのに精一杯で、ブランデーとバーボンのボトルを見分ける……くらいのことはできても、誰がどちらを飲んでいたのか、失念しても不思議はない。
　秋山などは、デパートでの買い物中に突然の下痢に襲われ、女性用トイレに駆け込んでしまったために、痴漢と間違えられそうになった。

　そしてみっつめが、『クラブＳ＆Ｓ』のサービスの内容だ。
　極限とも言える恥辱を使命として課せられた女たちが、苦しみ悶えながらも限界まで耐える姿を見せること、それが一番のサービスに違いなかった。

　ではなぜそうしたことに気づくのが遅れたか。理由は単純だ。
　当時の秋山は三十三歳、平常時の頭の回転速度は毎秒七十八回転。それが真空管を使った音響機器の良さを知らず、オヤツにドーナツを好むような、青二才並みの四十五回転にまで落ちていたからに他ならない。
　
　頭が本来の回転速度を取り戻してしまえば、茜の洩らしたガスの分析など、マ○コ一秒…失礼、コンマ一秒と要さない。
　クラブＳ＆Ｓのサービス内容を理解できた頃には、嗅神経から届いた『アンモニアもインドールもスカトールも高濃度』というデータに基づき、『今のガス洩れは実洩れ警報、緊急性が高い』との結論を下し終えていた。

　菊江が涙に濡れた目で椿を見た。早くナプキンを当ててほしい、月経帯を穿かせてほしい、そう訴えている目であった。

「仕方がない。茜ちゃんの手当てのほうが先決だ。菊江ちゃんはそのままスカートを脱いで、茜ちゃんの世話をしてやってくれ」
　椿の口調は投げやりだった。だが、それまでと違い、槍を投げて脅すような命令ではなかった。
　当人にすれば、『三顧の礼』とまでは行かないまでも、メンスの血潮にまみれた『満湖の礼』として、穏やかに頼んだつもりに違いなかった。

　しかし、菊江は首を縦に振らなかった。うつむきながら横に首を振って応じた。

　経血はなおも流出を続けているのだ。いくらわずかずつとはいえ、いや、時にはまとまった量が流れ出すことも多い二日目だ。なにも手当てをしなければ、再び股間を汚すのは目に見えていた。
　泣きだしそうなほどの恥ずかしさに耐え、破廉恥なご挨拶までした努力も無駄になってしまう。

　これじゃ明らかな“えこひいき”じゃないの。常に公平であるべき審判が、後ろ攻めのほうに肩入れなんかしたら、先に前を辱められたほうとしては、堪ったものじゃないわよ。言えばマダムに怒られるから言わないし、言えば茜ちゃんに誤解されそうだから言えないけど、あんたみたいな人を、クソッタレって言うのよ。

　秋山にも、首を横に振った菊江の気持ちだけは、手に取るようにわかった。
　茜の気持ちも容易に推察できた。すでに身を悶えさせているのを見れば、今にも実が洩れそうなことくらい、彼女の下腹に手を当てなくてもわかる。

《どうなるんだろう》
　先行きに対する心配と期待を胸の中で勝手に葛藤させていると、くぐもった濁音が再び耳の中まで響いてきた。
　茜の右手と両脚が大腸の苦悶を思いやり、肛門周辺に隙間を作ってやったのだ。

　初回に比べ、二回目の音は小さく短かった。反面、臭いはかなり濃くなってきていた。
　彼女の様子を見れば、まだ本格的な粗相に至っていないの明らかだったが、あたりに漂う便臭は、菊江にまで鼻の下で拳を軽く握らせるほどであった。

　菊江にとっては、茜がカメムシのようにも思えたかも知れない。あるいはカメムシという名を知らず、ヘッピリムシという俗称を思い浮かべた可能性もある。

　だが、秋山の場合は違う。
　秋山の類稀なる嗅覚と香りの分析能力は、茜の放ったガスの中に、豆類の含有するヘキサナールが多量に含まれていることを感知した。
　当然、ヘキサナールと名称の酷似したヘキセナールは、カメムシが屁のように放つ臭気に含まれていることも熟知しており、両者の嗅ぎ分けなどは何の造作もなく行なえた。

　そんな秋山にとっての茜は、並みのカメムシではなかった。
　外敵に対してガスを放つときには必ず“屁音”も発し、その強烈な臭気を放つガスを浴びた敵は、粘膜や皮膚の組織を化学的にも侵され、さらにはガスの噴出自体を命がけで行なうことから『即使用可能な毒物性小型生物兵器』とも称される『ヘッピリムシのチャンピオン』、ミイデラゴミムシにも相当した。

　ただ、それよりなにより、彼女のガスがヘキサナールを多量に含んでいることは、彼にとって注目に値した。いや、むしろ無視できなかったと言うべきかも知れない。

　なぜなら最初に嗅がされた茜の口臭には、ニンニクの匂いを不快臭に変える原因成分、アリルメチルスルフィドよりも、焼いたニンニクに香ばしさをもたらすアリルメルカプタンのほうが、より多く含まれていたように感じたためであり、それは即ち、彼女が“ニンニク焼き”を食べた時間や、食べさせられた目的の推定推測に、大いに役立ったからである。

《しっかし、普通そこまでやるか〜ってな感じだぜ》
　秋山が呆れるほどに感心している間に、茜の身悶えが激しさを増し、その動きは単なる尻振りへと変化した。

　大腸菌の活発すぎる活動、言い換えれば、大腸菌群による無用なガスの過剰生産と、浣腸によってもたらされた強烈な便意に、長く苛まれてきた大腸と直腸がタッグを組み、実だけは洩らすまいとする肛門と格闘を始めた証拠だ。

　テーブルを含めた部屋の状況、そして茜の肛門が、本来は味方であった大腸と直腸を相手に「一対二」の乱闘を繰り広げていること、さらには茜も菊江もプロの女性であり、すでに二人でレズまがいのショーまで見せたことを考えれば、格闘技の種目はプロレス以外に有り得なかった。

「ほら、早くしないと、茜ちゃんが間に合わなくなるぞ？」
椿が菊江をせかすと、茜が顔を上げた。蒼白だった顔は真っ赤に変わっていた。

「菊江さん、お願いします……。も、もう、だめなんです……うっ……こ、今度粗相したら、ショウタさんに……んっ、だめ…」
　茜の肛門が蝶野…違う、腸のタッグに一敗を、いや、一発を喫した。「短発」とはいえ、単発も通算三発目ともなれば、もはやその音は、空気だけとは思えないほどの濁り方をしていた。

「菊江ちゃん。もしこのまま茜ちゃんが洩らしたら、菊江ちゃんもハルキさんを悲しませることになるんじゃないのかい？　ハルキさんを悲しませたくなかったら、早く手当てしてあげたほうがいいと思うけどな……。茜ちゃんとは連帯責任なんだろ？」
　椿の口調は冷めていた。傍観者の立場で発言したというより、まったくの他人事として捉え、完全に突き放したようにも受け取れそうな、厭味たっぷりの口調でもあった。

　菊江は恨みがましい目で椿を見ていたが、やがてスカートを脱ぎ始めた。そして下半身をすっかり剥き出しにしたままの格好で、テーブルの上を片付け始めた。

　椿が身を乗り出すようにして茜の肩を叩くと、茜は尻に手を当てたまま、のろのろとテーブルに上がった。
　秋山がその珍妙な姿を眺めながらタバコを取り出すと、テーブルの反対側からライターの火が届いた。火をもらって椿に目で礼を送ると、彼もタバコをくわえながらウインクを送り返してきた。
　これからがお楽しみ……ウインクの意味を秋山はそう理解した。

《それにしてもなあ……茜ちゃんが洩らすことと、ショウタさんやハルキさんとやらと、何の関係があるんだ。どうしてそいつらが悲しむことになるんだ？》
　新たな疑問を抱えながらタバコを吸っているうち、ふとパンツの前が冷たいのに気づいた。

　秋山としては、女たちの行為を冷静に観察しているだけだと思っていたのだが、それほど興奮していたのである。
　思わず椿のほうを見ると、彼もタバコを吸う動作がせわしなくなっていた。興奮の度合いは秋山と同様だったらしい。
　
　テーブルに茜が身体を横たえた。菊江はすでに黄色の箱からオシメとオムツカバーを取り出し、準備を終えていた。
　菊江が片膝立ちになり、茜のスラックスを脱がし始めたのを見て、秋山はタバコを消すために灰皿を探した。

《あ、そうか…さっきマダムが飲物と一緒に運んでいったんだ》
　仕方なくガラスの汚物入れを灰皿代わりに使うことにしたが、蓋を外した途端、中にこもっていた月経臭が溢れ出た。まるで経血が濃縮されたような臭いだった。
　秋山が火の着いたタバコを捨てると、椿もそれに習った。

　菊江にスラックスを脱がされた茜は、横になったまま“気をつけ”の姿勢で瞼をしっかりと閉じ、真っ赤に上気させた顔を横に向けていた。

　もしも茜が女子プロレスラーなら、「絶対に肩を浮かせることはしませんので、一秒でも早くフォールしてください」という無言の意思表示になるだろうが、実際のところはボディーランゲージを用いた懇願。
　その意味するところは、「お尻を浮かせて協力することも惜しみませんので、スリーカウントとは言いませんが、せめてテンカウントの間にオムツをあててください」でしかなかった。

「茜ちゃん」
　菊江の呼びかけで、茜が尻を浮かせた。そのほうがパンティーを脱がせてもらいやすい。
「ストップ」
　レフェリー担当の声で、菊江がパンティーを脱がせる手を止め、椿を見た。秋山もほとんど同時に視線を向けた。

　椿はソファーから腰を上げると、茜の両膝に手をかけてグイと広げた。
「ぁゃ！」
　茜が小さく叫んだ。わずかに身体を固くしたようにも見えた。だがもちろん、絶対的な権限を持つ主催者の行為に抵抗したわけではない。
　足首を持たれて膝を折られ、男の肉茎を迎え入れる体勢を取らされても、ただ両手で顔を覆っただけであった。

「こうするとよく見えるでしょう。いや、秋山さんには、よく匂うでしょうと言うべきかも知れませんがね」
　椿が悪役ぶりを遺憾なく発揮し、わざわざ見せてくれたのは、茜のパンティーの状態だった。薄いシルクの白いパンティーは、陰裂が透けるほどに濡れ、陰唇にへばり付いていたのである。
　無論、秋山は黙って頷き返したが、茜がそうした状況を迎えているのはとうに承知していた。

　部屋には月経臭が濃く漂っていた。茜の放った屁の臭いも消えてはいなかった。
　しかしそれでも秋山の鼻は、菊江が茜のスラックスを脱がせにかかった時点で、月経臭の中に新たな悩ましい匂いが混入してきたのを、充分に知覚できていた。

　匂いの正体を突き止めるのに、ものの数秒と要さなかった。茜の透明な淫液の匂いなら、少し前に菊江の手から嗅いだのだ。秋山の鼻が好ましい匂いを忘れるはずもない。

　椿の手によって茜が取らされていた体勢は、淫液の匂いを振りまく目的に適っていた。だが、肛門を締めておくには不適当も極まりなかった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　▼
（ん？）
　誰かに腰を押されている。
　子供だ。小さな男の子がふたり、おしくらまんじゅうをしているせいで、その影響が私にも及んでいるのだ。

（あ、そういうこと）
　気づいてみれば、目の前の棚には絵本がズラリ。
　おしくらまんじゅうをしている子供たちの目的は、絵本選びをするための場所の奪い合い。
　絵本と児童書のコーナーで、今の私が立ち読みをするのはハタ迷惑も極まりない。

　さらに左へずれてから、なおも立ち読みを続ける。