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　秋山は茜がお絞りを使っている間、自分がなぜ見え透いた嘘をついたのか、ずっと自問を繰り返していた。そして茜を気の毒に思う気持ちが半分と、嘘をついたほうが、もっと茜をいたぶれると思う気持ちが半分だったことに気づいた。その時である。
　再び秋山の鼓膜が震えた。今度は音量こそ少なかったものの、鈍い音が断続的に響いた分、右手の指先も明確な衝撃として感じた。

「秋山さん。今度も、ですか」
「ええ、たぶん」
　さすがの秋山も、今度ばかりは答えを曖昧に濁すしかなかった。
　茜が見事に固まった姿を見れば、たとえ尻音が聞こえなくてもわかることであり、それ以上に、椿の口調が皮肉たっぷりだったからである。
　
　ナプキンを赤い箱から取り出した茜は、慣れた手つきで月経帯の中央にセットした。後は月経帯を引き上げてやるだけだ。

　茜の呼吸はさらに荒くなっていた。肩で息をして、腹のあたりを波打たせていた。
　それでもどうにかこうにか月経帯の穿き口を両手でつかんだ。そして、オムツに当てた秋山の指がきつい締めつけを感じたとき、彼女は一気に月経帯を押し上げることで作業を終了した。

　月経帯を両手でつかんでからの茜の一連の動作は、あたかも重量挙げの選手の動きを真似ているかのようだった。
　しかし、重量挙げの選手ならその体勢から顔を上げ、徐々に立ち上がろうとするものだが、彼女の場合は違った。顔をうつむかせて、そのまま動かなくなってしまったばかりか、わけのわからない言葉まで呟き始めたのである。

「ショウタさん…茜は頑張れたの……でも、もうだめ……。もういいでしょ？ ね？　ショウタさん……茜を許してね？」
　呟きの合間には、すすり泣きも混じっていた。
　椿を見ると、彼は腕組みをしたまま、くわえタバコで頷きを返してきた。菊江はと見ると、泣いている幼児でもなだめるように、茜の頭を撫でていた。

《いよいよか》
　茜の尻に当てている手にも力がこもった。

「うっ、出ちゃう……出ちゃうの、ショウタさん……いやっ、うっ、うっ……うっ……ううっ……」
最初の衝撃は短かった。音も小さかった。
　だが、茜が呻き、息を詰めるたびに、秋山が手に受ける衝撃は長くなった。音も大きくなり、濁りの度合いも強まっていった。
　
　手のひらが独特の重量を感じ始めた頃、噴出音はすっかりくぐもるようになり、音そのものも小さくなっていった。
　そして尻音が小さくなるのと反比例して、茜の泣き声は大きくなっていった。まるでなにかに取り憑かれたような泣き方だった。

　尻に当てた手にはまだ断続的な衝撃が伝わっていたが、秋山は途中で手を離した。もしも自分がここにはいない茜の恋人の立場だったらと、そんな思いが頭をかすめたからである。

　タバコを取り出そうとして、秋山は両の手のひらがじっとりと汗をかいているのを知った。緊張と興奮の証をさりげなくズボンでぬぐいながら、なおも視線だけは茜から外さなかった。

　決して茜は、橋本が好むような幼児体形とは言い難かったが、それでも菊江に比べると胸の膨らみが小さく、尻もそれなりに膨らんでいた割りに、腰周りはそれほど大きくなかった。
　顔立ちはいわゆるベビーフェイス。髪もオカッパに近いショートボブヘア。
　尻にオムツを当てている姿といい、菊江に頭を撫でられながら泣いている姿といい、さらにはその泣き声といい、身体の大きな幼女といっても良さそうだった。
　
　しかし、茜と幼女とでは、決定的な違いがあった。尻から一気に噴出したり、あるいは力を込めて息んだりすると、直後に決まって顎を大きく突き上げたのだ。
　そしてそのときの泣き顔、しっかり閉じられた瞼から涙を流す顔もまた、幼女の泣き顔とは似ても似つかなかった。

　オムツの中に、しかも異性の見ている前で、強制的に排便させられていたというのに、茜は成熟した女だけが見せる恍惚の表情を浮かべていたのである。

　部屋の中に便臭が濃く漂い始めた頃、ようやく茜が泣きやんだ。菊江が新しいお絞りで、涙と汗に濡れた顔をぬぐってやった。

「茜ちゃん。もう一回、思い切り息んでみたほうがいいと思うんだけど」
「ああ、そうしたほうがいい。ショウタ君とやらを悲しませないためにもな」
　菊江の助言に、椿が同調した。
　どうやら完全にガス抜きを終えないと、茜は恋人にまで迷惑をかけるらしい。

「っーっ！」
　茜が全身を震わせるほどに息むと、鈍い重低音が響き渡った。その音量は、見るからに重そうなオムツまで震わせた。

「みんな出たのか」
「はい…」
　茜は顔を椿に向け、意外としっかりした声で答えた。排便前とは違い、なにかが全身から抜け落ちたかのような態度だった。

「秋山さんも抜いていくんでしょう？」
　質問を発した椿自身、あまりにも直截的な表現に照れたらしい。春山が視線を向けたときには、すでにタバコに火を着けることで、照れ隠しをおこなっていた。

　秋山としては目や頷きで答えたくても、椿が視線どころか、顔も向けてくれないような状況では、声に出して意思表示するしかない。
　ただ、茜の尻に手まで当てていたことを思うと、明確に意思を伝えることが、何とも恥ずかしいように思えた。

「秋山様は…茜がお相手では、ご不満ですか？」
「いや、茜ちゃんや菊江ちゃんのような女の子は、僕の一番の好みさ」
「それでしたら……尺八のお相手しか務められませんが、茜は歯がこうなっておりますので……」
　茜が前歯に指をかけ、入れ歯を外した。

《おいおいおい》
　上の前歯六本が入れ歯だった。
　秋山が言葉を失っている間に、茜は入れ歯を元通りに嵌めた。

「下も外してお見せしたほうがよろしいでしょうか」
　秋山は首を何度も横に振って応じた。
「それでしたら……」
　今度は二回頷いて返した。椿に尋ねられたとき、ふたつ返事をしなかったことへの、無意識なお詫びである。
　過去に数え切れないほどの女性から、何百回となく尺八を受けてきた秋山も、歯茎を使っての尺八だけは一本も経験したことがなかった。

　菊江がテーブルを降り、壁に掛かった電話のほうに向かった。彼女が秋山の返事を待ち続け、その一挙手一投足に気を配るどころか、わずかな頷きさえ見逃すまいとしていたのは明らかである。
　
「菊江です。……………はい、きちんと穿かせてもらいました。茜ちゃんも……………はい、当分は出ないと思います。……………はい、秋山さんも。……………はい、お願いします」
　さすがに「秋山さんも抜いていかれるそうです」とは言わなかったが、マダムに何を尋ねられたのかは、容易に推測できた。

　マダムが部屋に入ってきたのは、二人の女がテーブルの上を片付け、ふたつの箱をワゴンに戻し終えた頃である。

「秋山さん。ご案内しますから、どうぞこちらへ」
　マダムが先頭に立ち、茜がワゴンを押して続いた。秋山も二人の後に続いて歩き始めた。
　部屋を出るときに振り返ると、すでに菊江は椿のズボンの前に手をかけていた。

　オムツに包まれた尻を汚しているためか、茜はへっぴり腰で歩いていた。
　前も後ろも汚している気分というのは、いったいどんなものなのか。茜の尻のあたりを眺めながらそんなことを考えて歩いているうちに、先頭のマダムが歩みを止めた。

「どうぞこちらの部屋でお待ちくださいな。茜ちゃんはそういうわけですから、用を済ませたらすぐにまた参りますからね」
　マダムは茜を従えてすぐに立ち去った。だが秋山のほうは、急にマダムの口調が柔らかくなったせいで、いつまでも尻のこそばゆい感じが消えなかった。

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　読み終えた。
　この本をどうするかは決まっている。はなから買うつもりは毛頭なかったのだから、目の前の棚に並ぶ本の上に、横に寝かせて突っ込んでおくだけだ。

　そうした行為が、お店に迷惑をかけることになるのは、私も充分に承知している。普段なら、そんなことは絶対にしない。過去にやった記憶もない。

　でも、今だけは特別。例外。最初に並べられていた棚まで戻る勇気がない。早くお店も出たい。早く出なければならない理由もある。

　しかも私は、お店に一方的に迷惑をかけるわけではない。
　手元には、囲碁の他にゴルフをやり、プロ野球と駄洒落の好きな３０代半ばの男性が、親切に選んでくれた本がある。その代金を迷惑料の代わりにすれば、充分にお釣りがもらえるはずだ。

　レジへ向かう。歩きにくい。パンティーがあそこにまとわりついて‥‥などという表現が、日本語としておかしいのは常識‥‥という言い方も変。
　
　しかし。他に適当な表現が見つからない。理由は単純明快。でもふたつある。

　ひとつ。私は日本語を『国語』として習っただけで、小説家も教師も志したことはないから、文学を学んだ経験を持たない。当然『明快国語辞典』を買う必要もなかった。

　ふたつ。ポルノ小説を書く小野幸一郎にしても、『アタシってば、パンティーがへばりついちゃって、困ったの』などという生々しい表現はしない。
　昨日発売された週刊誌には、彼にしては珍しい短編小説が載っていたけれど、その書き出しは確かこんなふうでしかなかった。

『アタシ、あのときはホントに困ったの。だって、歩きにくくて歩きにくくて、お尻フリフリして歩くしかなかったんだもん……。
　あ、でもね。靴が合わなかったとか、ロングスカートの裾がまとわりついたとか、そういうんじゃないの。どうしてだったかわかる？
　うふっ…ビンゴ、大当たり。可愛いフリルのついたパンティーが、ちょっぴり…うふっ…ウソ。ホントはちょっぴりじゃなかったし、人もたくさんいたから、お尻をフリフリするしかなかったの』

　ようやくレジに到着。困った。新たに買い物が増えたというのに、レジが混雑している。
　だからといって、万引きを働こうとしたり、買わずに帰ったりもできない状況は、ジャイアントカメラでウオークマンを買ったときと一緒だ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　※〔１-１♀〕完　 ※〔１−２♂〕へ続く