▽

「そいじゃさあ…」
　今度はガングロ女が囁き始めた気配。
「ああ、そんくらいのこと、ヒロミが駄目って言うわけないじゃんか」
「むふふ…それってマジ最高。そいじゃさーあ？」
　ガングロ女がすっかり調子に乗ってきた様子。

「ぎゃはは…そこまではわかんないけど、秀子から『どうしてもやりたい』って頼めば、どうにかなるかもな」
「ねえ…頼むときは、ヒロちゃんにまた生フェラとかしてあげてもいい？」
「馬鹿言え。駄目に決まってんじゃんか」
「やっぱもうゴムフェラじゃないと駄目？」
「そういう問題じゃないだろう」
「どして？　フェラで硬くしてあげるだけならいいじゃん。それにゴロちゃんだって、こいつとやるときは生でやって、中出しするんでしょう？」
「それは…そうだけど……」

　生々しい会話については、どうにかこうにか右から左へと聞き流せる。
　だが、『生でやって中出し』の言葉だけは別だ。妊娠の可能性がないとは言いきれないだけに、耳から入った声の響きが下腹部まで達し、重苦しく留まってしまう。

「おい、秀子。早く美保さんのジーパンとパンツを脱がせてやれよ」
「うん、わかった。パンツを脱がさないと、なーんにも始まんないもんね」
　背後からサングラス男の声が聞こえ、ガングロ女がジーンズに手をかけてきた。
「いやいや、やめて…」
　美保は上体を折って抵抗した。

「面倒なら、そのまま上から押さえておくだけでもいいよ」
「こう？」
「そうだ」
　上体が起こせなくなった。腰とジーンズとのわずかな隙間に、なにか硬い棒状の物体がもぐり込んできた。
　裁ち鋏だ。じょきじょきと音を立てて、ジーンズが切られていく。

「やっぱヒロちゃんて、頭いいんだね」
「秀子ほどじゃないさ」
「いやよいやっ…やめてやめて……」
　美保は不自由な身体を揺すり、精一杯の抵抗をした。

「ほら、動くんじゃないよ。動くとヒロちゃんは、絶っ対、あんたの髪を全部切っちゃうからね」
「もう少し怖そうな台詞で脅してやれよ。泣き声しか出なくなるような」
「どう言うの？　『おとなしくしてないと、お尻の穴とかを鋏で切って広げるよ？』とか、『乳首を鋏で切り落しちゃうからね』とか？」
「ははは…さすが秀子だ。ケツの穴や乳首を切っても、命にはかかわらないだろうし、やりたいことはやれるもんな」
「嘘。ほんとにやるかも知んないのー？」
「俺が秀子に嘘ついたことがあるか？」
「それはそうだけど…」
「うう…ううう……」
　美保は泣き声しか出せなくなった。

「でも、マジでそんなことして、大丈夫？　マジやばくない？」
「ようデコ。切れ痔って…知るわけないか」
「知ってるけど？」
「まさかデコは……」
「アタシは長女、痔女じゃない」
「おい、秀子、俺のギャグをパクるな」
　サングラス男は長男らしいが、そんな男に、いちばん高いジーンズを鋏で切られている美保のほうは、とんだ災難、なんちゃって………あえて古いギャグを復活させることで、最近めきめき売り出してきた噺家、明石家六甲…いや、明石家ハヤシなら、即座にそんな落ちを付けるところだ。

「それじゃどうしてデコは、切れ痔のことなんか知ってんだよ」
「だってパパは最近、『父さんが切れ痔になるのはウンコが太いからで、太いウンコは健康のアカシやチンコ、赤チン塗っても治らない、なんちゃって、明石家六甲の古くさいギャグより、もっと数段くさいけど、父さんのウンコは、ちょっとやそっとじゃ臭いが消えないからな』なんて、明石家六甲が名前変えたことも知らないで、笑えないこと言って自慢してるもん」
「ぎゃはは……デコの親父さん、ほんとにそんなこと言うのかよ」
　パンチ頭と一緒に笑ってやれば、それで解放してもらえるのなら、美保としては、無理をしてでも笑ってやりたいところだ。
　
「で？　パパの切れ痔がどうしたの？」
「俺にはデコの親父さんの切れ痔が、今どうなってるかなんて、わかりっこないじゃんか」
「もう…ゴロちゃんてば、ホントに超マジメだから、困っちゃう」
「わかってるよ。つまり切れ痔ってのは、イボ痔みたく、痔を切るんじゃなくて、ケツの穴が切れることなんだし、確かテレビに出てるオバサン芸能人の中に、でかすぎる乳首、剃刀みたいなやつ使って、自分で全部切り落した女がいたじゃんか」
「あそっか。並木恵津子は、マジで乳輪しかないおっぱいを、あちこちのテレビで見せまくってたもんね」
　この三人組は、本当に呼吸が合っている。
　サングラス男の鋏は、今まさにブラジャーを、胸の谷間で切り離そうとしているのだ。

「うう…やめて……もうやめて……ううう……いや、そんな…見えちゃう……見えちゃう……」
「見えたっていいじゃん。あんたの乳首って、マジでみっともないくらい超ちっちゃいけど、それでもまだ一応くっついてんだし……」
「うう…ううう……」
　自分では、それほど小さいとも思ったことのない乳首をけなされたうえに、切り落とすとまで脅されれば、泣き声と涙しかこぼせない。

「あ、もしかして、土手に毛が生えてないとか？　全っ然、生えてないのに、ビラビラが超おっきいせいで、すっごいはみ出してるから、マジで足とか閉じてても、ビラビラが外から丸見えになってるとか？」
「うう…ううう……」
　美保にはもうひとつだけ出来ることが残されていた。
　力なく首を振ることで、少しでも耳の中に、ガングロ女の声が入りにくくするという行為だ。
　ただしそれくらいのことなら、美保がわざわざ指示するまでもない。『胸鎖乳突筋』と呼ばれる首の筋肉が、乳首をけなされたことによって目覚め、切り落とされるのは「首」ではないかとマジに怯えたせいで、自発的に開始してくれた。

　そのおかげで、いや、それしかできなかったために、パンティーもあっさり燃えるゴミにされてしまい、美保は手錠ひとつの姿で立たされた。
　敵は鋏を持っているのだ。抵抗のしてみようがなかった。

　いくら脚をよじり合わせているとはいえ、乳房も恥毛も剥き出しであることに変わりはない。そんな格好で立たされているのは恥ずかしい。
　せめてしゃがみたい。しゃがめばどちらも見られなくて済む。

　だが、しゃがむのは無理だ。手錠をサングラス男につかまれている。無理矢理しゃがめば肩が外れかねない。
　結局のところ、今の美保にできるのは、顔をうつむけて、絨毯に涙の染みを作り続けることしかないのである。

「ねえヒロちゃん。その鋏、ちょっとだけ貸してくんない？」
「なにがしたいんだよ」
「これって絶対、生えすぎなんじゃん？」
《いやっ、触らないで》
　恥毛を撫でられて、美保は思わず腰をよじった。

「ふーん…いい態度してんじゃん」
　ガングロ女が腕まくりをした。右の腕に、洒落たデザインの時計を嵌めている。
　だが、腕まくりをした目的が、その腕時計を見せることで、みずからのセンスの良さを自慢するためだとは、とうてい思えない。

「ねえ、ヒロちゃんてばー」
「それはいちばん最後。ここを出ていくときにしてくれよ」
「何で？」
「秀子は短く刈り込みたいんだろ？」
「うん。ゴロちゃんの前の頭みたく、二ミリとか三ミリとか、超短くしたい」
「鋏でそこまで短く切ると、やるときにチクチクするんだ」
「あそっか。ゴロちゃんにクンニしてもらうときだって、ひげが伸びてるとチクチクするもんね」
「だろう？」
　話しを聞いているだけで恥丘がチクチク…いや、胸がシクシクと痛む。

「あ。アタシ、超いいこと思いついた」
「今度は何だよ」
「短くすんのは半分から右だけにしといて、左の半分はそのまんまにしとくの。ねえ、ゴロちゃんもいいと思わない？」
「何でそんな中途半端なことすんだよ」
「だって、みんなおんなじ長さに切ったとすんじゃん？　そうするとさー、この女が子供とか堕ろしに行ったとき、医者とか看護婦さんとか、毛ー見てどう思うと思う？」
「さあ…」
　パンチ頭は首を傾げた様子だが、美保には何となくわかる気がした。

「この女は芸能人じゃん？　だから水着から毛が出ないようにとかー、普通のパンツ一枚になって写真とか撮られるときー、土手とかが絶っ対、もっこりしないように、いっつも短く切ってるんだろうとかー、みんな絶っ対、そういうふうに思うと思うんだ。そう思わない？」
「思う思う。俺もまさか、中川美保が普通に生やしてるなんて、思わなかったもんな」
「だけど、半分だけそのまんま残しとけば、みんな絶っ対、マジで超笑うんじゃん？」
「ぎゃはは…そうだよな。やっぱしデコは超頭いいよ」
　やはりそうだったと知った美保が、何の指示を出すより早く、よじり合わせていた脚の筋肉に力が入った。

「さあ、結論が出たところで、締まり具合を確かめる準備だ」
　サングラス男が背後に回った。ガングロ女は、今の恋人であるパンチ頭の視線を遮るような形で、美保の正面に立った。
　視線が気になる。ガングロ女は、剥き出しの乳房を舐めるように見ているのだ。

「ねえヒロちゃん。毛ー切るのはだめでも、乳首を揉んでみるくらい、今やってもいいでしょ？」
《あ、いや…》
　長い爪を、腕時計の文字盤と同じブルーゴールドに塗った人差指が、左の乳首を押してきた。それを美保は、上体を右にひねって追い払った。

「ねえ、それもまだだめなのー？」
《いやいや…もうやめて…ううう……》
　今度はエメラルドグリーンに塗られた人差指が、右の乳首を乳輪に押し込んできた。
　これでは美保がいくら上体を左右に振っても無駄。ガングロ女の指は追い払えない。

　このまま振り続ければどうなるか。ガングロ女に例の調子で、『アタシの指、マジでバイブと勘違いしてんじゃん？』とか、『ヤリマンだと、乳首とかいじくるだけでいけんの？』などと言われるのは目に見えて…いや、今にも耳に聞こえてきそうだ。
　美保はガングロ女の指を乳房に埋ずめたまま、身体の動きを止めた。

「やるのはいいんだけど、秀子が本物のレズになる心配はないんだろうな」
「アタシがレズにー？　そんなことあるわけないじゃん。何でヒロちゃんはそんな心配すんの？」
「秀子にレズになられたら、今度は俺がゴローに恨まれるじゃないか」
「だってアタシ、マジでゴロちゃん好きだし、超愛してるもん」
「ゴローはどうなんだよ」
「決まってんじゃんか」
「ねえ、どう決まってんの？」
「何だよデコまで。ヒロミの前で、照れるようなこと言わせんなよ」
「いいじゃん。言ってよー…ねえ、言って言って？」
　ガングロ女の声が弾んでいる

「ったく、しょうがねーな……。デコの何倍も愛してるに決まってんだろ」
「むふふ…やっぱゴロちゃんて、マジで超最高」
　パンチ頭は大嘘つきだ。
　本当にガングロ女を愛しているのなら、美保を犯そうとするはずがない。そんな簡単な理屈さえわからないガングロ女も大馬鹿だ。

《ふん！　あんたなんか絶っ対、脳味噌がマジゆるゆるに溶けてるバカバカウーマンに、超マジ絶っ対、決まってんじゃん。名前の漢字は秀子だと思うけど、感じはマジで超悪いし、全っ然、優秀なんかじゃなくて、超超ひでー子もいいとこ》
　美保はガングロ女の下品な口調を真似て、胸の奥で悪態をついた。

「そうか。そういうことなら、俺は別に止めないさ。俺がこのまま、美保さんの動きを止めておいてやるよ」
「やったね」
　まだやられていない。だが、右の乳房の中には、ガングロ女の指が埋まったままだ。

「美っ保っさーん」
《ん…いや……》
　乳房の中で、ガングロ女の指がゆるゆると回転を始めた。
　とはいえ、状況が状況である。しかも相手は年下のガングロ女、脳味噌がゆるゆるに溶けているバカバカウーマンだ。
　美保にしてみれば、ただただ嫌悪感しか覚えず鳥肌が立つ…筈なのに、なぜか鳥肌が立たない。

　鳥肌は立たなくてもいい。全裸でも寒さを感じないほど室温は高いのだ。湯煙の立つ温泉に浸かっているときに、サブイボの立った記憶はない。
　ただ問題なのは、何となく乳腺が膨れ、乳房全体がしこってきたような気がすることだ。
　美保は上体を固くして、意識をガングロ女の指から遠ざけた。

「どーお？　もう乳首は超おっ立ってるけど、女にこんなことされてマジ喜ぶなんて、あんたってほんとはレズなんじゃん？」
　首だけ横に振って応えた。

「だってちょっと前の週刊誌とかに、山中美保はマジでレズだっていう記事とか載ってたじゃん」
　知っている。美保も驚きとともに読んだのを憶えている。
「隠さなくたっていいじゃん。だってあの記事には、あんたとお風呂の中で、おっぱいの触りっこした友達の話しとかも、ちゃんと載ってたんだから」

　友人が雑誌記者にそういう話しをしたのは、美保がまだデビューしたての頃だ。それを雑誌社が今になってまた、『修学旅行先の大浴場で、みんながふざけて』という肝心の文章を意図的に削り、美保がレズビアンだという説の傍証として再掲載しただけに過ぎない。

　しかしそれをいくら説明しても無駄だ。絶対に納得は得られない。
　仮にこの女がそうした業界事情を理解できたとしても、『それはそうかも知んないけど』と言うだけだ。なにしろこの女は、信じられないほど決めつけが激しい。

「ねえ…ほんとのこと言ったっていいじゃん……。超ユルユルのガバマンだと、もう彼氏とかは絶っ対、できっこなくて、レズになったって全っ然、不思議じゃないんだから……。ねえヒロちゃん？」
「ああ、そうかも知れないな」
「ほらね？　だからほんとのこと言ってよ。あんたは超ユルユルのガバマンだから、仕方なくレズになったんでしょう？」
　美保は今度も首を振った。途端に、乳房の中に親指まで入ってきた。

「ちゃんと言ってくんないと、わかんないじーゃん……」
《痛っ…》
　マジに痛い。乳首の付け根に爪が喰い込んできた。
　閉じていた唇が、徐々に広がっていく。

「ほら、ちゃんと言いなよー……」
「だからー…違うわよー……」
「なに偉そうにタメグチ利いてんの」
　突如としてガングロ女の口調が厳しくなり、美保の痛みがいっそう激しくなった。痛みの範囲も急速に広がり、深さも増した。長く伸びた爪の数が四枚に増え、乳輪をその輪郭に沿うような形で押し込まれているせいだ。
　もう一度、言い直すしかない。

「私…レジじゃ…ありません……」
「きゃはは…レジだって。あんた、やっぱ頭が超悪いんじゃん。チンコ咥えるのは得意だろうし、パチンコなら打てるかも知れないけど、マジでそこまで頭が超超悪いんじゃ、とってもじゃないけど、スーパーのレジなんか、絶っ対、打てっこないね」
　舌がもつれただけだ。
　とはいえガングロ女には、殊の外ご満足していただけたらしい。ようやく右の乳房が残忍な爪の群れから解放された。

《ああ…痛い……》
　鈍い疼きが乳房の奥にまで残っている。だがもう少し経てば、徐々にそれも消えていく…はずなのに、おかしい。
　痛みはあっさりと消え去り、疼きだけが増していく。しかも信じられないことに、乳首の勃起が治まらないばかりか、乳輪までが緊縮と隆起の度合いを高めてしまったようなのだ。

《いやだ…私、どうしちゃったんだろう…》
　気になる。今やガングロ女の興味は左の乳房へと移り、手のひらで重量を計っているだけだから大丈夫だが、もしも右の乳房に興味を戻されたら一大事だ。

　性格が凶暴で陰険なだけに、乳首と乳輪の状態を知られたら、必ず何だかんだと言われて侮辱される。もしかしたら、今度はマゾヒストだと決めつけられるかも知れない。

《すー…ふー…すー…ふー…》
　美保は、ゆっくりゆっくりとした静かな深呼吸を始めた。
　肺の中の空気を何度も入れ換え、血液中の酸素量を増やしてやれば、右の乳房の異常も治る筈……だったというのに、数分も経たないうちに、すっかり予定が狂ってしまった。

　ゆっくりおこなっていた深呼吸は、今や浅くせわしない息づかいへと変わり、呼吸音もまた、美保自身でさえ気になるほど大きくなっている。

「よう、デコ」
「んー？」
「今なにやってんだよ」
「見ればわかんじゃん」
「よく見えないから聞いてんじゃんか」
「左のおっぱいとかを、モミモミしてんの」
「どんなふうよ」
「どんなふうって？」
「だからほら、硬さとかあんじゃん」
「あんまし硬くない」
　それでも美保には、すっかりしこっているのが自覚できる。恥ずかしくて堪まらない。
　深呼吸を始めた頃から、瞼さえも開けられないのだ。

「よう、デコと比べてどうなんだよ」
「そんなことわかるわけないじゃん。アタシ、自分でなんか揉んだことないもん」
　ガングロ女の口調は、美保の乳首以上に尖っている。

「乳首とかは？」
「立ってる」
「何だよおい。もっとちゃんといろいろ説明してくんないと、全然わかんないじゃんかよー……」
「いいじゃん。どうせあとから自分で触るんだから」
　ガングロ女は吐き捨てるように答えた。どうやらパンチ頭の浮気的行為に腹を立てているらしい。
　美保としては、その怒りの矛先が自分の乳房へ向けられないように、心から願うばかりだ。

「ねえ、あんた。気持ちいいの？」
　首を横に振って返したい。だが、振っても無駄だ。
　美保は恥ずかしさを堪らえ、小さくこくりと頷いて返した。
「もっと続けてほしい？」
　そういう質問なら大きく首を振れる。もちろん振る方向は上下でなく左右だから、誰に恥じることもない。

「やっぱそうだよね。アタシってば、マジで馬鹿なこと聞いちゃった。やっぱ揉んでるだけじゃ絶対だめだよね」
《あ、いや……》
　安易に首を振ったのは失敗だった。乳首が小刻みに振られ始めた。もちろん振っているのはガングロ女だが、今までと違って今度は舌先だ。

《いや…やめて……やめて……》
　乳首が唾液の濡れを感じる。気色が悪い。乳輪にも唾液が塗り広げられている。
　ただそれ以外の場所には、ただの一カ所として唇の存在を感じない。ガングロ女は、舌先だけを突き出して乳首を舐め振っているのだ。

《いや…気持ち悪い……》
　ガングロ女の舌の動きが、美保に蛇の舌を想像させてきた。しかし左の乳房までが、完全に異常を来している。

《ああ…いや……私…変……恥ずかしい……どうして、こんなふうになるのー？》
　敵は陰険陰湿で凶悪凶暴で年下で、しかも同性の誘拐犯だというのに、そのチロチロとした舌の動きを、乳房は歓迎しているのだ。
　美保としては、とても乳房の神経を正常な状態とは判断できない。

　強いて正常な点を探すなら、乳首周辺で発生している快感を、乳腺と脊髄経由で全身の細胞に伝えていくことだけ…いや、やはり違う。その点に関しても正常ではない。
　普段であれば、全身細胞に均一に伝えていくというのに、今日はその大半を、女だけが持つ媚肉細胞に伝えているのだ。

　このままでは、もっと恥ずかしい事態を迎えてしまう。媚肉を中心に据えた腰が揺れ始めたり、媚肉細胞が溶けて粘膜から滲み出てしまったら……美保はそれを考えるのが怖い。
　そんな事態を迎えるのは、どうしても避けたい。避けるためには、いくら口も利きたくない相手だろうと、頼むしかない。

「お、お願い……」
「うん、わかった」
「あ、違うの…違うの……」
　乳首に吸い着かれた。勘違いも甚だしい。美保は『もうやめてください』と言おうとしたのだ。
　ところが声が震えたせいで、次の言葉の出るのが遅れただけなのである。

「お願い…お願いだから……んっ」
　正しく喋ろうとした途端、乳輪ごと一気に吸い込まれ、息が詰まった。
《んん…やめて……》
　きつい吸い方だ。声が出ない。乳房の芯でも吸い出そうとしているとしか思えない。

　吸い方が弱まった。ひと息つく。いや、ひと息では足りないために、肺が拡縮をせわしなく繰り返している。鼻息の大きさが恥ずかしい。
　美保は唾を飲み下したのをきっかけに、閉じていた唇を緩めて口呼吸に変えた。

「おい、秀子」
　サングラス男の呼びかけに、ガングロ女が乳首を咥えたまま「んー？」と応じた。
　決して難しいことではない。誰でもできる。難しいのは、ガングロ女に乳首を解放してもらうこと…いや、解放してもらう手立てを考えることだ。

「そろそろやめたほうが良さそうだ」
「何で？」
　乳首がようやく解放された。美保は急いで唇を閉じた。

　唇を半開き状態にしているのは、淫らな表情に見えるだけでなく、頭の中まで空っぽに見られる。
　美保と同じプロダクションにいた棚田江美子などは、その典型だ。いつも口をぽかんと開けていたせいで、社長は彼女の顔を見るたびに、『ほら、戸棚を閉めなさい』と注意を与えていた。

　彼女は以前、テレビ局のアナウンサーをしていたのだが、当時の仕事といえば、画面に映っているときと、マイクのスイッチが入っている間は、なにも喋らないこと。
　それもそのはずで、舞台ショーのアシスタントをやれば、「賞品です」と言うべきところを「景品です」と言ってしまい、それをまた言い直すときに「粗品です」と言ったばかりか、自分の歌の歌詞さえ満足に覚えられないといった具合で、結局は三年と経たないうちに業界から消えていった。

　本名は大久保ジュンコだったように美保は記憶しているが、プロダクションを去る際にも、何とも驚いたことに、『私、みんなも知ってる大相撲さんの横綱と、風呂ポーズされたの。披露宴には呼んであげるから来てね』と、あきれるしかないような挨拶を残していったのを憶えている。

　それも、本当に結婚できたのならともかく、芸能週刊誌に名前さえ登場しなかったのだ。口の悪い人は、『きっと褌かつぎの連中の前で、風呂に入ってあそこを洗う真似でもしてみせただけじゃないか？』と言っている……にもかかわらず。

　口の利き方は普通でも、極めてタチの悪いサングラス男のほうは、まともな喋り方のできないガングロ女の質問に、まだなにも答えを返していない。
　それが美保には、何とも気になる。

「ねえ、何で？　何でなの？　ねえ、ヒロちゃん」
「美保さんがレズになり始めたからさ」
「え？　嘘。ほんと？　それって、マジほんとなの？」
　嘘に決まっているではないか。まったくこれだから、脳味噌ユルユルのバカバカウーマンは困る。
　もしもこの場に、美保のサイボーグが、それも正常な状態の美保二号がいれば、美保二号の脳細胞は必ずそんなふうに思ったはずである。

「だから俺は、ゴローと秀子には絶っ対に嘘をつかないんだって」
「それはわかってるけど、この女がレズになり始めたって、何でわかんの？」
「美保さんのケツ振りダンスが、マジで全っ然、止まらなくなったからさ」
　そんなことを理由にしてほしくない。それに今はもう止まって…いや、持って生まれた羞恥心を懸命に呼び起こして、必死に止めにかかっているのだ。
　美保二号に口が利ければ、『その努力だけでも買ってあげてください』と頼んでくれただろうが、独身でレズではない美保に、二号さんがいるわけもない。

「それってもしかして、本気汁が出てきてるってこと？」
「さあ…そこまでは俺にもわからないけど、そうかも知れない」
「ねえ、どうなの？　もう出てんの？」
　美保に聞いているらしい。正直に答えたほうがいい。

「出て…いません……」
「ほんと？　アタシ、嘘つきは泥棒の始まりって言われて育ったから、嘘つく人は、マジで大大大大大っ嫌いなの。わかる？」
　ガングロ女に頬を撫でられた。

「アタシに楯突くのは自由だけど、嘘つくと、乳首とか噛み切っちゃうから。いーい？」
　いいわけがない。
「ヒロちゃんにおっきな鋏とか借りなくても、絶っ対、噛み切れるんだからね。わかった？」
「嘘じゃ…ありません……出てなんか、いないんです……」
　惨めだ。美保は唇をきつく閉じた。唇を開けば、間違いなく泣き声がこぼれてしまう。

「だってほら、こんなに出てんじゃん」
　また頬を撫でられた。いや、憎たらしい限りの手は、美保の涙を情け容赦なく拭ぐってくる。
　そんな真似をされるくらいなら、殴ってもらうほうが余程いい。
　殴られた痛みが、股間に抱えている悩みを忘れさせてくれる。

「うっ…うっ…うう…ううう……」
　意思に反して唇が開き、遂に泣き声がこぼれてしまった。
　美保も馬鹿ではないから、陰険で陰湿な性格のガングロ女がなにを考えているのか、涙の伝う頬を最初に撫でられた時点で理解できたのだ。

「ねえ…泣いてたって、ちゃんと言ってくんないと、わかんないじゃーん……」
　敵は脳味噌がユルユルのくせに、こんなことにだけは頭が回る。
　悲しいことに、今の美保にはそれが頭に来なくて、どうしても胸に来てしまうのだ。

「ようデコ。その女は俺よりもっと頭悪いんだろー？　そんだったら、もっとちゃんと説明してやんないと、わかりっこないじゃんか」
「あそっか。そうだよね」
　パンチ頭にもわかったらしい。さすがにガングロ女とお似合いだ。

「ねえ。あんたほんとは、なにが出てないって言いたいの？」
　言うしかない。敵は心臓にも剛毛が生えていそうだが、美保の毛は、生えていておかしくない場所にしか生えていないのだ。
　これほど陰湿を極めた虐めに対しては、いつまでも泣いて耐えているより、学校に行かず…違う、言ったほうがよほど楽になれる。
　美保は覚悟を決めて唇を開き、震える舌を動かし始めた。

「うっ…私…ほ、本…本……」
「本でも読みたいの？　それなら超エロい本とかの朗読とかも、させてあげようか？」
「うう…違います…違うんですううう……」
　否定しただけのつまりだった語尾が、そのままスウッと泣き声に変わってしまった。

「あそっか。そうだよね。いっくら何でも、人とかのいる前で、本に出てくる女の名前とかを自分の名前と取っ替えて、今や発情期まっさかりの雌豚と化した美保は、あたかも雌犬に変身したかと思われるような体勢で、白灯油のような汗をじっとりと浮かべた白い尻を、ただクナクナと淫らに振り続けるばかり。
　どれだけ美保が、ああ…もう入れてくださいまし……後生ですから、どうか美保にお情けをかけてくださいまし……美保はもう、これ以上、我慢ができないんです……美保のユルマンでは、あなた様にご満足いただくことは叶わないかも知れませんが……もうすっかりグチュグチュになってしまって……マン毛までグッショリになっているのでございます……
　あなた様にお情けを頂戴できましたなら、そのあとは口でのご奉仕でも、玉をオシャブリするのでも何でも、美保は何なりとご奉仕させていただきますから……ああ…あなた様のご立派なそれを……早くユルマンに入れてくださいまし……
　などと、その尻を回すように振りまくりながら、どれだけ涙声で哀訴しても、男は美保を金で買った余裕からか、美保のしとどに濡れきった恥ずかしい二枚の唇の縁を、ただただ指でヌルヌルと撫で続けるばかり。
　美保の望む剛直した熱い肉の棒は、いっこうに挿入してもらえる気配が見受けられないのである…みたいなこと、声とかに出して読めっこないもんね……」

「うう…ううう……」
　美保は自分の言うべき台詞を見失った。ついついガングロ女の朗読の物真似に聞き入ってしまい、我が身の置かれた状況を嘆いていたせいである。
　ただ、それも無理のないこと。ガングロ女は余程そうした小説を読み慣れているらしく、ほとんど言い淀むことなく、淡々と喋り続けていたのである。

「あそっか。ヤリマンのあんたなら、そんなの何でもないかもね。そんなら……」
　またしても悪知恵を働かせているらしい。

「ねえ、こんなのはどーお？」
　どうもこうもない。どうせ悪いことに決まっているのだから、聞きたいわけがない。
　だが、あいにく美保の聴覚だけは、普段と変わらぬ正常状態を保っている。それをたやすく難聴状態に近づけられるはずの両手も、悲しいことに、後ろ手に拘束された状態が保たれている。

「えーと……美保、あのときは困っちゃったな。だってカレってば、美保のオシリに、指なんか入れてくるんだもん。あ、でもね、ホントは指じゃなかったの。何だと思う？
　うふっ…ビンゴ、大当たり。果物の一種。だけど美保、イチジクにあたって…うふっ…ウソ。ホントはタダの食べすぎだったの。でも美保、ホントにおなかが痛くなってきて、マジで腸が超痛くなっちゃって……ホントに困ったの。
　だってカレってば……の後は……えーと…カレってばの後はー……うーん…何て続くんだろう……ねえヒロちゃん。何て続くと思う？」
「俺の予想では、その先はゴローも予想できると思うな」

「ゴロちゃんも予想できたの？」
「ああ、デコがそこまで話しを作ってくれれば、サルでもわかる。俺みたいなゴリラでも簡単だ」
「ほんと？　じゃあ続けてみて？」
「そうだな……カレってば、カレーが一番好きでー、美保はいっつも作ってあげてるんだけどー、その日は、美保がカレー作るとこ見たいって言われたんだもん。あ、でもね。ホントにカレーを」
「いやいやいや、もうやめてやめて…お願いだからやめて……ううう……」
　美保は激しく首を振ることで、ようやく言葉が絞り出せた。
　そんな作り話しをいつまでも聞かされていたら、胸の痛みが増すばかりか、おなかまで痛くなってきそうだ。
　いや、甘口インスタントカレーのＣＭに起用したいと言った、食品会社の宣伝部長、西条の甘言に釣られ、騙され、裸にエプロン一枚の姿で流し台の前に立たされた、あの日の辛い記憶までが、鮮明に蘇ってしまう。

「何で？　せっかくゴロちゃんが物語とか聞かせてくれてんのに、どうしてやめさせんの？　やっぱ自分で朗読とかしたいわけ？」
　したくない。急いで台詞を準備する。

「ねえゴロちゃん。どっかでそういう本、買ってきてよ」
「えーっ…今からかよー……」
「いいじゃん。アタシたちみんな、このまま待っててあげるんだし、時間とか食べ物とかも、いーっぱい、腐るほどあるんだから」
「そうだよな。そんじゃ、本もいっぱい買ってきて、みんな読んでもらうのがいいか」
「あ、お願い。待って待って、お願いだから、ちょっと待って」
　焦りで瞼が開いた。パンチ頭はすでに腰を上げていた。

「よう、デコ。どうすんだよ。買ってきたほうがいいんだろ？」
「ちょっと待ってね？　いまこの女に聞いてみるから。ねえ、どうなの？」
　急いだほうがいい。パンチ頭に余計で迷惑なだけの手間をかけさせないために、美保は余分な言葉を省略することにした。

「私、本気、汁は……」
「本気がどしたのよ！」
　熟語を離すつもりはなかった。言い直しにかかる。
　だが、ガングロ女の厳しい口調に、涙声しか出そうにない。

「うっうっ……私…本気汁は……うっ…出ていません……出て、いないんです……ううう……」
「それって、全っ然、一滴も出ないってこと？」
「うっ…違います……出ます……」
　首を振りながら否定した。

「オシッコ出そうなの？」
「違いますーっ……」
「ヒロちゃん。ちょっと横に動いて、鼻摘まんだほうがいいんじゃん？」
「どうして」
「だってこの女、オナラするって言ってるもん」
「うう…違う違う…うっ…私、そんなこと…言ってません……」
「だからー…ちゃんと喋ってくんないと、わかんないって言ってんじゃーん……」
「うっうっ…お願い、します……もう…虐めないで……」
　執拗な虐めに、美保の惨めさは増すばかりだ。

「ねえゴロちゃん。アタシ、虐めたりなんかしてないよねー」
「デコは性格も超いいからな」
「ほらね？」
　もしもガングロ女と立場が逆なら、『ほんと、いい性格してるわね』と厭味のひとつも言ってやるところだ。
　しかし、今の立場は美保のほうが遥かに弱い。いくら悲しくて恥ずかしくて惨めで悔しくても、言える台詞はひとつしかない。

　今の美保にできるのは、できるだけ台詞を短く縮めること。それただひとつだ。
　そして注意しなければならないのは、一度きりで済むようにすることと、ごまかすべき点はごまかし続けること、そのふたつである。

「私も…うっ…本気汁が…うっうっ…出ますけど…今は……まだ、出ていないんですううう……」
「出させてほしい？」
「いやいやいやいや…うう…もうやめて…もう、やめてください……」
　美保は目が回りそうなほどに首を振りながら、年下の虐めの首謀者に訴えた。

「ねえヒロちゃん。やめないとだめ？　もうちょっとくらい、続けてもいいんじゃん？」
「うう…やめてください…お願いします……お願いしますから……」
　美保はなおも首を左右に振り、前後の敵に訴えた。
　もう一度再開されたら、すぐにでも恥ずかしい体液が、膣の外までこぼれ出そうなのだ。

「そうだな。これ以上やると、問題が起きるから」
「それって、マジでレズになるから？」
「いや、締まり具合を楽しく確かめるためには、濡れさせないほうがいいんだよ」
「ふーん…」
　ガングロ女の返事を聞く限り、サングラス男のわけのわからない説明を理解できたとは思えない。
　美保にもまったく理解できない。
　だが、とにかくガングロ女は美保の脇に移動した。今がチャンスだ。

　これまでは驚きの連続であり、絶え間なく羞恥心を煽られてきたために、美保の頭は芯から混乱を来していた。そのせいで、いちばん肝心な話しを切り出すきっかけさえ、容易につかめなかった。
　しかし、最後の頼み事をするなら、チャンスは今しかない。

　美保は唇を閉じ、息を止めた。
　せくりあげるものがあって、肺はその苦痛から、今にも悲鳴を上げそうになっているが、急いで泣き声を止めるには、息を止めるのが一番。
　泣きながらでは上手に喋られない。

「ほら、膝をつきな」
　美保が喋り始めるより早く、サングラス男に手錠を下に引っ張られた。
　瞼が開き、視界の中にパンチ頭の陰茎が入ってきた。
　いよいよフェラチオを始めさせられるらしい。

　いま唇を開けば、まだ泣き声がこぼれ出る。喋り方も途切れ途切れにしかならない。
　だがそれでも、今を逃したら最後。一週間も犯され続け、挙げ句の果ては恥毛までが、不格好に刈り込まれてしまう。

「うっ…お願い…うっ…どうか、お願いですから……後生ですから……このまま、帰して…ください……。うっうっ…お金でしたら、私に…払えるだけ、うっ…払わせて…いただきますから…うっうっ…絶対に、警察にも、誰にも…うっ…絶対に、言いませんから、どうか…うっ、皆さん……お願い、いたします……」
　考えていたより、ずっと上手に喋られた。敬語も忘れなかった。
　ガングロ女による朗読の物真似が参考となり、これまで一度も使ったことのない『後生』などという死語も咄嗟に織り込めた。

　本来なら床に膝をつき、頭も下げたかったのだが、剥き出しの陰茎を前にして『お願いします』と切り出すのでは、言った途端に間違いなく口に押し込まれる。
　それは避けたかった。避けるための申し出でもあった。