「おい、秀子。美保さんは金をくれるんだそうだ。どうする？」
「ヒロちゃんは？」
「俺は要らないさ。まとまった金が必要になったら、車を順に売ればいいんだし、それでも足りないときは、ヨットもモーターボートもみんな売って、最後はこの別荘を売り飛ばせばいいんだ」
「えーっ…ここを売っちゃうのー？　あたしヒロちゃんちの別荘の中で、ここがいちばん好きなのにー……ほんとに売っちゃうのー？」
　敵を見損なっていた。

「ねえ、この腕時計…パパが成人式のお祝いに買ってくれたんだけど、これ一個くらい売っても……きっと足りないから……アタシの持ってるアクセサリーとかそういうやつ、みんな売っても……だめに決まってるよね……他はみんな、露店で買ったオモチャみたいなやつばっかりだし……」
　美保もようやく気づいた。
　ガングロ女の腕時計のブランドにも、そしてその価格にも、やっと気づいた。

　ガングロ女がサングラス男に見せた腕時計は、スイスの超高級ブランド『ジンレックス・フィリップ』。略して通称『ジンフィリ』。
　それも、芸能界ではもう半死状態の『見栄っ張り芸人』たちが、まだ完全には死んでいないことを示そうとして、これ見よがしに嵌めている飾り物とは、物が違う。価格も一桁違う。

　澄みきったブルーゴールドの小さな文字盤を、ぐるりとダイヤが取り巻いていながらも、決して成金趣味を感じさせない気品溢れるデザイン。それがガングロ女の嵌めているジンフィリの売り文句なのである。

　価格は３千万円。
　言ってみれば、見栄っ張り芸人たちが、所詮は実用品でしかないジンフィリで飾っているのに対して、ガングロ女は本物の装飾品を、実用品として日常的に愛用しているのだ。

　美保も一度だけ、ガングロ女の物とまったく同じ時計を嵌めたことがある。ただ、その『借り物』を嵌めて出演したドラマでは、最後まで腕が震えて演技にならず、結局はカメラの焦点を意図的にボカす『アウト・フォーカス』で撮影されてしまった。

　端役とはいえ、初めて出演したドラマである。ビデオを何度も何度も繰り返して見た。そしてそのシーンが登場するたびに美保は、『いつかは私もあのジンフィリを買えるタレントになれたらいいな……』とか。あるいはまた『あんな時計が似合う女性になりたいな……』とか。
　そうした願望を夢として抱いていたのである。

　ガングロ女は、その手を何度となく美保の顔や胸に伸ばしてきたのだから、これまで気づかなかったのが、おかしいくらいのもの。
　足下の絨毯にしてもそうだ。織り目が緻密に見えることと、普段は見かけない文様が、非常に正確に描かれていることに気づいてみれば、ペルシャ絨毯に決まっている。

「アタシ、またバイトでコンビニのレジとかやろうかな……」
「だから、例えばの話しだよ。秀子が気に入ってるなら、親父の名義の別荘と取り換えてから売ってもいいし、何だったら、秀子の親父さんに買ってもらうことだって、できそうだろう？」
「あそっか。そいじゃそんときは、パパに頼むから、絶っ対、言ってね？　アタシに内緒で、この別荘、絶っ絶っ絶っ絶っ絶ーっ対、売ったりしないでよ？」
「それより、秀子は金をもらう気があるのかよ」
「ううん、あたしも絶対いらない。だってパパは『人間というのは、身に余る金を持つと、だんだん背中に段々のない恥ずかしい姿のラクダになって、最後は鹿の脚に馬の胴体のせた、馬鹿と言う名の動物になるゾウサン、なんちゃって、でも、それがお前を堕落させたくない父さんからの、唯一の教えだゾ〜サン、ト〜サン、話し〜が長い〜よね』って、いっつもマジで真剣に、超ヘタッピな歌まで唄って言ってるし」

　美保が喋られる状態なら、『そんな立派なお父さんに育てられて、どうしてこんな酷いことをするの？　お父さんの会社は倒産でもしたの？』などと、アウト・フォーカスやソフト・フォーカスとはまったく違う、ピントの外れきった質問をしただろう。

「ゴローは」
「俺もいらない。ヒロミやデコと一緒にいれば、暮らしてく金に困るってことはないし、飯とかあんまし喰えない俺が、人を脅して金巻き上げたんじゃ、クサイ飯とか喰わされて、腹にベルトも巻けなくなるもんな」
「美保さん、そういうことだ。金はご遠慮申し上げるけど、気を悪くしないでくれよな」
「うう…ううう…うえーん……」
　堰を切って溢れ出る涙と泣き声とともに、膝から力が抜けていく。
　美保は絨毯に膝をついた。だがそれでも、陰唇の間から恥ずかしい体液がこぼれないように、両脚をしっかりと閉じておくことだけは忘れなかった。

　ペルシャ絨毯がどうなろうと知ったことではないが、この別荘を気に入っているというガングロ女から、後々まで『この染みはユルユルの超ガバマン美保が、マジに垂らした本気汁』といったことを言われたくないからだ。

「ほら、身体を前に倒せ」
「えーん…えーん……」
　倒せない。倒せば顔がパンチ頭の陰茎に近づく。美保は力なく首を振り続けた。

「ヒロちゃん。この女の背中とか、自分で押したい？」
「どういう意味だよ」
「アタシが乳首引っ張るんでもいい？」
「指で摘まむのか」
「アタシって、爪けっこう長いじゃん。だから、乳首の付け根に喰い込ませるんだけど、そうやって下に引っ張んの」
　すでに一度経験した。聞いただけで乳房の先に激痛が走る。
　美保は慌てて上体を前に倒し始めた。

「うっうっ…ううう……」
　涙のすぐ向こうに、どす黒い陰茎が迫ってきた。顔を横向きにして止める。フェラチオをしろと命じられたわけではないからだ。

　後頭部に手を置かれた。パンチ頭の両手だ。重い。首が痛い。諦めて首の力を抜く。
　頭がパンチ頭の太腿に乗り、頬と鼻が陰茎に密着した。

《ああ…いや……》
　気色が悪い。硬くいきり立った陰茎は、何となく表面全体が粘っている。おまけに、耐え難い悪臭までが鼻を突いてくるのだ。

「よう、くさいかも知んないけど、あんたが悪いんだから、我慢しろよな」
「うう…ううう……」
「ねえ、ゴロちゃん。そんな説明したってさー、この女には、絶っ対、わかんないんだって」
「今度はどうやって説明すんだよ」
「だからー、こいつがマンションに帰ってくるのが遅かったせいでー、みんな車の中でずっと待っててー、することないから二人で生エッチしててー、ゴロちゃんが中出しした途端に、こいつが帰ってきたもんだからー、二人ともティッシュとか使う暇なくてー、そうなっちゃったって、ちゃんと説明してやんなくちゃ、絶っ対、わかるわけないじゃん」
「やっぱしデコは、名前からして優秀だから超頭いいわ」
「頭だけ？」
「あそこの締まりも性格もいい。顔とスタイルも、そんなに悪くない」
「ふふ…」
　頭も性格も態度も極悪の女が、いかにも嬉しそうな笑い声を発した。

「さあ、今度はケツを高く上げるんだ」
　上げたくない。だが、サングラス男の命令に従わなければ、今度はガングロ女がどんな脅し文句を並べてくるか、わかったものではない。敵は鋏ばかりか、長く延びた爪まで持っているのだ。
　美保がいやいや腰を浮かせると、両膝の裏側になにかを置かれた。

「ねえヒロちゃん。その棒、何でそんなふうに置くの？」
「ケツが下がらないようにするのさ」
「どういうこと？」
「ケツを下げると、棒が膝の裏に挟まるから痛くなるんだ」
「へーえ…やっぱヒロちゃんて、頭いいんだね」
　ガングロ女が質問してくれたおかげで、美保は浮かせた腰を下げられなくなった。

「でもさー、こいつが足とか後ろに伸ばしたら、何にもできなくなんない？」
「だからこの紐で、棒の両端と首を結んでおくんだよ」
「ヒロちゃんて、超頭いいね」
「秀子ほどじゃないさ」
　首の下にロープを通された。
　ロープは腕の間を通り、手首で左右に別れたようだ。棒のときと違い、サングラス男はロープの効果を説明してくれないが、美保にはもう理解できている。
　膝を伸ばして腹這いになろうとすれば、ロープが首を締めてくるのだ。

「さあ、準備はできたぞ」
「ヒロちゃんが始める前に、ガバマンとか覗いてもいい？」
「ああ、当然さ」
　覗かれても避けようがない体勢だ。諦めるしかない。

「ビラビラを指で広げんのは？」
　それはやめてほしい。きっと恥ずかしい体液がこぼれてしまう。それがだめなら、せめてビラビラなどという擬態語を変化させたような『中傷名詞』ではなく、花びらという一般的な名詞か、小陰唇という正式名称を使ってほしい。

「それもいいけど、もっと楽しいことをしたほうがいいんじゃないか？」
「アタシにも何かさせてくれんの？」
「秀子に何にもさせないうちから、俺たちが始めるんじゃ悪いからな」
　ガングロ女は、すでに美保の乳房に対して好き勝手なことをした。

「だから秀子が楽しめそうなやつも、いろいろ用意してきたんだ」
「なに？　ねえ、いろいろって、なに持ってきてくれたの？」
「最初はこれを使うっていうのはどうだ」
「わーっ…懐かしい……。やっぱヒロちゃんて最高」
「ゴローの次にだろ？」
　一体全体、なにが用意されたのか。非常に気になる。

「よう、何だよそれ」
「えーっ…ゴロちゃん知らないのー？　信じらんなーい……」
「俺はデコを信じてんだから、早く教えてくれよ」
「これって年寄りとかが、凝ったとこマッサージするやつじゃん。電気入れると、ここの全体が震えるんだ」
「そんくらいのこと、俺だって知ってるに決まってんじゃんか」
「そいじゃ、なにが聞きたかったの？」
「デコは今、懐かしいって言ったよな。俺が聞きたかったのは、その意味だよ」
「だからねー？　ヒロちゃんと付き合ってた頃にー…使ってもらったんじゃん……」
　ガングロ女の語尾が消え入りそうだった。少しは羞恥心を持っているらしい。

「デコは肩とか腰が凝るのかよ」
「もう…ゴロちゃんは鈍いんだからー」
「悪かったな。どうせ俺はヒロミやデコみたく、頭良くねーよ」
「おいおいゴロー、そんなに不貞腐れるなって。すぐに秀子が楽しい使い方を教えてくれるんだし、今度からゴローも秀子に使ってやればいいじゃないか。秀子だって、ゴローに使ってほしいと思ってたんだろ？」
「もう…ゴロちゃんの前で、そんなはっきり言わなくなっていいじゃん……」
「それなら、早く使い方を教えてやれよ」
　美保は教えてほしくない。いや、ガングロ女がパンチ頭に教えるのはかまわないが、自分をモデルとして使われるのはいやだ。

　そんなモデルの仕事は、たとえガングロ女がジンフィリをくれると言ってもお断り。美保はその意思を下半身に伝えた。
　下半身は基本的に従順。内腿の筋肉に改めて力が込められ、膝と膝とが完全に密着した。

「ねえヒロちゃん。こういう格好させてるときは、この丸い玉とか、みんな外したほうがいいの？」
　電動マッサージ器の形状が、すっかり明確になった。昔、祖母が使っていたのと同じはずだ。
　確かあれには、直径二センチほどのプラスチック球が五個セットされていた。

「あそっか。使う目的とか場所とか、相手にもよるよね」
「よう、デコー…。一人でわかってないで、早く教えてくれよー」
「うん、わかった。わかったけど、ちょっと待って。今この女のビラビラとか、よく見てみるから」
「あ、わかった。それをバイブみたいにして使うんだろ？」
「ふふ…やっぱゴロちゃんも、けっこう鋭いじゃん」
「ヒロミやデコには負けるけどな」
　三人組の誰が勝とうと負けようと、そんなことはどうでもいい。今の美保にとって重要なのは、電動マッサージ器の震動に負けないことにある。
　バイブレーターを使われた経験は一度もないからわからないが、固い意思と強い嫌悪感で撃退すれば、今度こそ刺激が快感に変わることはないはずなのだ。

「あーあ。ビラビラがこんなにはみ出しちゃって……みっともないったらないじゃん」
　陰唇一帯に、陰険な視線を感じる。

「よう、デコ。みっともないって、どんくらいはみ出してんだよ」
「こんくらい」
「その指の間は、ビラビラを縦に計ったときかよ」
「もっとちゃんと喋ってくんないと、なに聞いてんだかわかんないよー…」
　いったいガングロ女は、手の親指と人差指とを、どれほどの間隔に広げたのか、正直なところ、美保にも気にならなくはない。
　美保自身、今のような体勢だと、どんな具合になるのかわからないからだ。

　しかし、たとえガングロ女が示したサイズを見ていたとしても、決して参考にならないことくらいは、美保にもわかる。性格が極悪なことを考えれば、実際よりずっと大きく広げたことに、疑いの余地は有り得ない。

「なあヒロミ。ヒロミならわかるよな」
「ゴローが聞いてるのは、はみ出してる範囲を示してるのか、それとも、いちばんはみ出してる所の
根元から先端までの長さを示してるのか、どっちなんだってことさ」
「そんなこと聞かれても……ねえ、アタシだって答えにくいじゃん」
　ガングロ女に『思いやり』の気持ちがあるとは思えない。やはり極端に誇張したせいで、嘘を取り繕えないのだ。
　美保は確信した。気分としては『ざまー見ろ』…ではなく、『ふん！いい気味よ』であり、明石家ハヤシなら『ざまーミホミホ、なんちゃって』と言うかも知れない。

「どうしてだよ」
「だってこの女、端から端まではみ出てて、どこも同じくらいはみ出してんだよ？　今みたいなこと聞かれても、答えようがないじゃん」
「嘘だろう。ビラビラがそんなにはみ出してたんじゃ、みっともないっつうより、やらしくしか見えないじゃんか」
「だってほんとだし、超やらしくしか見えないんだもん」
　小陰唇がチクチクして痛い。ガングロ女の唇が、矢のように刺を放ってくるからだ。

「ねえヒロちゃん。こんなにビラビラが伸びたのは、中学時代からやりすぎたせいだよね」
　ガングロ女の唇を縫ってやりたい。いや、それだけでは許せない。
　もしもそんなにガングロ女の小陰唇が小さいというのなら、ペンチで挟んで引っ張り出し、重りをぶら下げてやりたい。

　方法は簡単だ。小陰唇に穴を開けてピアスを嵌めてやり、そこから鎖を繋げばいい。
　一年かかるか二年かかるか、それはわからないが、いつもそうやっておけば、必ず小陰唇が伸びて長くなるはずだ。
　美保にはそれがわかっていても、実行に移せるだけの残忍性が、恥毛の俗に『キューティクル』と呼ばれる『毛小皮』ほども備わっていない。

　普段の美保であれば、そんな自分を悲しく思うところだが、今は違う。
　今日の美保は、自分でも別人としか思えないほど、あちこちに異常を来している。
　これ以上、小陰唇に“口撃”を受けたら、女にとっての堪忍袋、俗に子袋とも呼ばれる子宮が切れかねない。

「それとも、生まれつきガバマンの女は、ユルユルのおっきな穴を隠そうとして、みんなビラビラが伸びてくんのー？」
「うーん…どうかな……」
　頭の中がスカスカの女に、なにか言ってやりたい。そうでなければ気が済まない。
　すでに喉元には『馬っ鹿じゃないの？　そんなことあるわけないじゃない！』という台詞が込み上げてきている。

　しかし、唇を開いてそれを投げつけるわけにはいかない。そんな真似をすれば、もっとひどい侮蔑
の言葉が、何倍もの長さで何度も跳ね返ってくる。
　いや、唇を開いた途端、怒鳴り声より早く泣き声が出るから、結局はひと言も口にできない。

「ようデコ。この女は土手ばっかじゃなくて、ビラビラのそばにも毛がたくさん生えてんのかよ」
「何でそんなこと聞くの？」
「いいから、ちょっと教えろよ」
「アタシの何倍も生えてるけど？」
「そんならデコが言ったやつで正しいんじゃんか」
「もっとちゃんと説明してくんないと、わかんないよー……」
「だから、生まれつきガバマンの女は、みんなビラビラが長くなって、はみ出してくんだよ」
「どしてそれがわかんの？」
　美保には、パンチ頭の立てた論理と説に見当がついた。

「だから、ほら、象の鼻やキリンの首が長くなったのと、おんなじ理由だと思うんだ」
「つまりー、ゴロちゃんが言いたいのはー、ガバマンの女はみんな、おっきな穴を隠そうとしてビラビラが長く伸びてー、今度はそのビラビラを隠すためにー、毛もたくさん生えてくるって、そう言いたいの？」
「そうそう」
「ゴロちゃんて、かなり頭いいんだね。アタシ、ゴロちゃんを見直すー……」
　美保としては、誰か超優秀な科学者に、ダーウィンの進化論をマジで見直してもらい、彼の唱えた説を完全に否定してほしい気分だ。

「ほらほら秀子。ゴローを喜ばせてやるのはいいけど、早くマッサージしてやらないと、美保さんがかわいそうじゃないか」
「そだね。この女は超ヤリマンで、ビール瓶使ったオナニーとかも超好きだから、超ーやりすぎで、股凝りがひどいに絶っ対、決まってんもんね」
「ぎゃはは…股凝りなんて、超おもろいじゃんか」
　まったくおもしろくない駄洒落と、頭上からの笑い声に続いて、くぐもったような鈍い震動音が聞こえてきた。
　マッサージ器のコードが電源に繋がれ、スイッチが入れられたらしい。

　美保は唇をきつく噛んだ。陰部にマッサージ器を当てられたときに、どんな声も出さないためだ。
　もし声を出してしまったら、ガングロ女はますます調子に乗る。そのことは、ダーウィンが現われる前から広く知られていた『ヒトの増長論』で明らかだ。

「美っ保っさーん」
《！！》
　来た。反射的にすべての筋肉細胞が収縮した。背すじが反り、腰が上がった。
　だが、マッサージ器はしつこく追いかけてくる。逃げる。
　しかし、もうこれ以上は逃げられない。横に無理にねじ曲げている首が痛い。

《んん…いや…もうやめて……お願い……お願いだから……》
　まだ陰唇に押し当てられてはいない。両方の内腿に、丸い玉が二カ所ずつ当たっているだけだ。それでも震動は、大陰唇ばかりか小陰唇にまで伝わってくる。

《やめて…やめて……んん…そんなこと、だめ…だめよ……お願い…んん…もう、やめて……》
　震動の強さは変わらない。それにもかかわらず、女だけが持つ媚肉の細胞は、震動の受け止め方を変え始めている。
　このままでは問題だ。媚肉の細胞までが異常を来す心配がある。
　美保は意識を首の神経細胞に集中させた。途端に、首の痛みがずっと激しく感じられてきた。腰を少し下げる。

《あっ、だめ…》
　陰唇に直接震動を感じた。丸い玉が付いている金属の台に、触ってしまったのだ。咄嗟に腰を上げたから今はもう触っていないが、いつまでもこの首の痛さには耐えていられない。

《ああ…痛い…もうだめ……あっ…んんん……いやいや、それ、早く離して……》
　腰が下がったせいで、小陰唇の縁が金属の台にくっついてしまった。だが、もう腰を上げるのは無理だ。腰を上げれば、首のすじが超寝違え状態になる。最悪の場合は骨が折れるかも知れない。

《だめ…んん…もうやめて……んんん…こんなこと、だめよ……》
　小陰唇が震動している。震動は媚肉全体へと広がりながら、じわじわと熱を発生させてくる。美保は気づかなかったが、乳房を弄ばれた時点で、媚肉はすでに異常を来していたのだ。
　このままでは、媚肉の細胞が溶けてしまう。

　肩や腰の筋肉に比べ、媚肉はずっと軟らかい。だから凝った筋肉をほぐすときに比べ、溶けるのがずっと早いのだ。

　すでに体温が上昇した。全裸だというのに、だいぶ暑く感じられる。もうじき毛穴が広がり、肌に汗が浮かんでくるに違いない。いや、汗より先に、溶けた媚肉の細胞が恥ずかしい体液となって滲み出てくる。
　しかも、すでに膣の中は体液が満ちているから、体外へと流れ出ていくのを避けられない。

《んんん……だめ……声が、出そう……》
　喉元に呻き声が込み上げてきた。息を小刻みに止め、なおかつ素早い呼吸を繰り返すことで耐えるしかない。息は苦しくても、呻くよりはましだ。

「ねえヒロちゃん。この女、ビール瓶使ってオナるときとか、男とやるときは必ずバイブも使ってんじゃん？」
「どうして」
「だって今、マジで自分から、これにビラビラを押しつけてきたもん」
「ようデコ。もしかしたら、それは首が痛いからじゃないのかな」
　パンチ頭が事情を正しく理解してくれた。呼吸の苦しさと呻きを堪らえる励みになる。

「そんなわけないに決まってんじゃん」
「どうしてだよ。何か証拠あんのかよ」
「証拠見たい？」
「ああ」
「そいじゃ見せてあげる」
　助かった。どんな証拠か知らないが、マッサージ器は離れていった。耳障りな震動音も消えた。もう呻くような心配はない。
　美保は唇を噛むのをやめ、鼻で少し深い呼吸を繰り返すことにした。汚れた陰茎の臭いを吸い込むのはいやだが、息苦しさを解消するためには仕方がない。

「いーい？　今度はこの丸いやつをみんな外して、ここをビラビラにくっつけるから、よーく見ててよ？」
　美保の心臓が大きく悶えた。もしかしたら子宮も悶えたかも知れない。媚肉の奥深くで、そんな感覚が発生したような気がする。

「なにを見てればいいんだよ」
「だからー、アタシがこれをビラビラにくっつけたとすんじゃん。そいでもって、この女の豚のケツが、やらしく揺れれば、それって絶対証拠じゃん」
「それだって、いやがってる可能性みたいなやつがあるじゃんか」
　パンチ頭が味方のように思えてきた。美保には、絶っ対にいやがっていたという自信がある。

「そいじゃ豚のケツが揺れた後に、この平らなとこが本気汁でべっとり濡れてたら？」
「そんだって、もっとやってもっとやって、自分がいくまで、絶っ対にやめないでって言ってる証拠じゃんか」
　やはりパンチ頭は敵だった。

「もう…ちゃんと言ってくんないと、全然わかんないよー……」
「なあ、ヒロミならわかるよな」
　もちろん美保にはわかっている。

「ゴローが言いたいのは、ゴローも美保さんが電気マッサージを喜んでるのはわかってるんだけど、さっきケツを下げたのは、首が痛かったからなんじゃないかってことだよ」
「もう…ヒロちゃんまでそんなこと言ったって、全然わかんないじゃーん……」
「だからつまり、どうせ気持ち良くさせてやるんなら、首が痛くならないようにしてあげたほうがいいんじゃないかって、ゴローはそう言いたいんじゃないか？」
「ねえゴロちゃん。そうなの？！　豚のケツの首が、痛くなんないようにしてやれって、そう言いたかったわけ？！」
「いや、そのう…」
「何でゴロちゃんは、こんな豚のケツに、そんな優しくすんのよ！」
「俺は別に…そんな……」
　パンチ頭は気が弱い。敵方にあっさり寝返るタイプだが、いかにも気が弱すぎる。大人と子供ほどの体格差があるガングロ女の尻に、完全に敷かれている。
　たとえ味方に付けられたとしても。まったく頼りにはならない。

「おい秀子。わかった。ゴローの言いたいことが、やっとわかった」
「まさかヒロちゃんまで、アタシに嘘とかつかないんでしょうね」
「馬鹿」
「ふん、アタシはどうせ馬鹿だもん」
「だからゴローが言いたいのは、首なんか痛くさせるより、もっと美保さんの心が痛むようなことをさせて、それからたっぷり気持ちのいい思いをさせたほうが、秀子も楽しい思いができるんじゃないかって、そういうことなんだよ」
「あそっか。そのほうが絶対いいよね」
　パンチ頭が余計なことを言ったせいで、事態はますます悪いほうへ向かうことになってしまった。

「だけどヒロちゃん。どしてもっと早くわかってくんなかったの？」
「ごめん。俺は秀子ほどオデコが広くない分、頭が優秀じゃないからな」
「ふふ…そいじゃ許す」
「ほら、俺は秀子に謝ったぞ？　秀子も誰かに謝ったほうがいいんじゃないか？」
「ゴロちゃん、ごめんね？」
「そんなんじゃ、俺は許せない。絶っ対、許さない」
「えーっ…嘘ー……」
「おいおい、ゴロー」
「ヒロちゃん、いいのいいの。ゴロちゃんはね、アタシに仕返ししたがってるだけだから」
「何の仕返しだよ」
「さっきアタシが、愛してるって言わせたから」
「どういう意味だよ」
「ゴロちゃんはね、アタシにもヒロちゃんの前で、照れるようなことをしろって、そう言ってんの」
「なにをするんだよ」
「ちょっと唄うだけ」
「こんなときに？」
「だからー…ちょっとだけなんだって……。もう…ヒロちゃんて、超頭悪い」
「悪い」
「それって駄洒落？　こんなときに？」
「悪かった。謝るから、さっさと唄ってくれよ」
「♪ごめんね、ゴロ〜…はい、お終い」
　ガングロ女が懐メロを唄った。曲のタイトルは『ごめんねゴロー』。美保も何度かテレビで一緒になった、奥林千代子さんのデビュー曲だ。

「何だよそれ。今の歌だって、駄洒落みたいなものじゃないか」
「だってしょうがないじゃん。ゴロちゃんはあの歌、超好きなんだもん」
「ということは、感激したときも前と同じこと言ってるんだな？」
「よう、何だよその、前と同じことって」
「もう…ヒロちゃんは余計なことばっか言うんだからー……」
「悪かった。謝る。♪ごめんな、デコ〜…」
　音程が目茶苦茶、いや、滅っ茶苦っ茶。サングラス男が音痴であることが判明した。
　だからといって、それが解放を迫るための、脅しの材料に使えるわけもない。

「今ので許してくれ」
「だーめ。ヒロちゃんの歌は、カラオケでエコーめいっぱい効かせても、聴いてやれないくらい超ヘタッピなくせして、今はマジにへたな替え歌まで唄ったし、アタシをデコなんて呼んだから、絶対絶対絶対絶対、ぜーーーったい、許さない」
「ようよう、何のことなんだよ」
「どうする？　秀子が許してくれないなら、ゴローに言うぞ」
「あ、待って待って。ごめんなさい。許す許す、マジで超許すから、絶っ対、言わないで」
「俺が許したら、秀子感激ー？」
「もう…ヒロちゃんの馬鹿」
「ぎゃはは…わかった。ようデコ。今度からは超嬉しいなんて言わないで、秀子感激ーって言ってくれよ。そうすれば俺も、ゴロー感激ーっ！」
「ほら！　豚のケツ！！」
　これまでは『あんた』と呼ばれていたのに、とうとう『豚のケツ』にされてしまった。サングラス男が余計なことを言ったために、ガングロ女がヘソを曲げたせいだ。
　美保にとっては、感激も歓迎もできず、悲観するしかない状態である。

「アタシに何か、頼みたいことがあんじゃないの！？」
　ある。ただし、頼みたいことではなくて、頼まなければならないことだ。

「アタシは超優しいから、どんな頼みでも聞いてあげるけど、マジに豚のケツを持ち上げて頼むんだからね！」
　すぐには頼めない。心の準備が必要だ。時間を稼ぐために別の頼みをする。

「秀子さんたちが私を恨んでいる理由を、教えてください」
　美保は腰を持ち上げ、努めて冷静に喋った。感情を殺す練習を兼ねていたから、抑揚のない喋り方になった。

「嘘。マジでそんなこともわかんないなんて、超信じらんなーい。やっぱ豚のケツって、超超超超、チョーーー頭悪いんだね」
「お願いします、教えてください」
　美保にはまったく心当たりがないのだ。いや、あるにはある。しかしそれは、例えばファンレターをもらったのに返事を出せなかったとか、サインを求められたときに、ことわるしかない状況だったというような、美保としてはやむを得ない理由だ。
　もっとも理由を教えてもらうことに、何の意味もない。所詮は時間稼ぎの質問に過ぎないかったからである。

「わかった。豚のケツの、この毛を半分切った後に教えてあげる」
「ぎゃっ…」
　思わず悲鳴が出た。恥毛をまとめて引っ張られたのだ。

「ほら、早くしないと、土手がマジにドラ焼き置いたみたくなるんじゃん？」
《うう…痛い……》
　耐え難い痛みだ。恥丘が盛り上がることはなくても、早く頼まなければ痛みはさらに強くなる。
　鋏で短く切られるのは避けられないというのに、抜かれるのでは堪まらない。

「お、お願いします。ぶ…ぶ…豚…豚のケツの…ビ、ビラビラを……マッサージ器で、うっ…き、気持ち良く…してください。うっうっ…豚のケツの…うう……豚の首が……ううう…痛く、ならない、ように…ううう……豚を…どうにか、してください……お願い、しますううう…ううう……」
　時間稼ぎも練習も、すべて無駄だった。まったくの徒労に終わってしまった。
　自分で自分を豚のケツと呼ぶ屈辱と、恥毛を引っ張られる激痛とが混ざって、美保の心を半壊させたからだ。

「やっぱ豚って、ブーブービービーよく鳴くから、ほんと最高。でもね、豚のケツに泣いてもらうほうが、もっと楽しいから」
「うう…うえーん……えーん…えーん……」　
　精一杯の抵抗も無駄だった。ガングロ女は、もう一度きちんと言い直せと言っている。
　美保が途中で豚のケツを豚と言い換えたのは、壊れていない半分の心に、まだ自尊心を残しておきたかったからなのだ。

「ほら、豚のケツの首紐を外してあげたんだから、早く豚のケツを上げて、ユルユルのガバマンを広げなよ。そんな格好じゃ、気持ちのいいマッサージがしてやれないじゃん」
　この先、どれだけ鳴かされる…いや、泣かされることになるのか、美保にはまったく予想も予測もつかない。
　しかしそれでも美保は、すっかり重くなった腰を精一杯に浮かせ、膝を大きく広げた。
　もう美保としては、マッサージ器の与えてくれる快感に身を委ねることで、つらく悲しい現実を少しでも忘れるしか、道は残されていないのである。