▽

『小便くさい』年齢をとうに過ぎ、いくらお尻の形がいいからとはいえ、誰からも『青くさい』などとは決して呼ばれず、左右の膨らみを少しでも割り広げれば『ウ○コくさい』ことは、美保が誰よりもいちばんよく知っているのだ。
　そんな自分を惨めとも恥ずかしいとも感じないほど、美保が生まれ持った純真な心は、芸能界の裏を流れる汚い泥水に染まっていない。

「それじゃさーあ？　今からアタシんち…までだと遠いから、とりあえず車の中でやる？」
「やるやるやるやる、マジで超超超超やりまくる」
「ということは…四連発ね？」
「さすがデコは頭いいな」
「どして？」
「デコは今、俺が『やる』と『超』を四連発させたのを数えてたんだろ？」
　美保も数えていた。他のことに意識を向けておけば、『こんなふうに』なっている自分の姿を忘れていられる。

「だからね？　ゴロちゃんはそういう細かいこと、いちいち考えないの。考えても意味ないから」
「じゃあどうしてわかったんだよ」
「おとといときのうは…ねえ、エッチできなかったんだし、美保さんを待ってるときだって、すぐに出しちゃったでしょう？　あれはゴロちゃんの亀ちゃんが超ーーーー溜まってる証拠だし、そういうときは、いっつも四連発して、アタシがすぐにゴロンキューと眠れるようにしてくれるじゃない」
「ああ、なるほど」
　美保があいつらから、それぞれ強姦同然に犯されたときもそうだった。
　ただしあいつらは、三連発しかできなかった。しかもそのうちの一人が三発目を挑んできたのは、美保が疲労から眠りに落ちてからだ。
　
　中には…いや、彼らとは別に、一発もしなかった男もいた。
　美保の誘いに応じ、みずからその場で高級ホテルを予約したばかりか、部屋までは一緒に入ったというのに、美保より年下のその男は、なぜかベッドの中にさえ入ろうとはしなかった。
　美保がそれを知ったのは、翌朝、深い眠りから目覚めた後だ。

「さすがにデコは超ー頭が良くて…えーと……」
「その先をすぐに思い出せなくなったのも、超溜まり過ぎちゃってる証拠で、亀ちゃん三兄弟の頭には、マジで血が昇り始めてる証明」
「おい、どうして俺のチンポが三兄弟なんだよ。玉だって二個なんだから、双子じゃんか」
「もう…そういう細かいこと言わないの。串団子だって、ゴロちゃんの先輩のお店は団子が三個だけど、うちのママが買ってくるやつは、いっつも四個あるでしょう！」
「それはそうだけど、四連発なら四兄弟じゃないと不自然だろう」
　美保も同感。その不自然さは、女性の誰もが一個しか持っていないアレを、なぜ関東地方ではマ○コと呼ぶのか、それがまったく理解できないのと同等で且つ同質。

「ねえ、不自然なんていう言葉、ゴロちゃんが使うの初めて聞いたんだけど、そんな難しい言葉まで使うほどのこと？」
「だって気になるじゃんか」
「自分の仕事を考えればわかるでしょ！？　ほら、早くアタシを抱っこして、エッチするリングまで連れて行きなさい」
「御意」
「ねえ。御意の意味、わかってる？」
「ギョイーッ！　鋭いーっ！　なんちゃって、マジでなんちゃって。後で教えてくれ」
　美保の瞼はニキビ男の『ギョイーッ！』で開いた。

《ぎぇーっ！》
　ガングロ女を軽々と抱き上げたパンチ頭の、そそり立った陰茎が網膜に突き刺さってきた。

「御意御意御者さん、御者御者ゴロちゃん、よっしゃよっしゃカクさん、なんちゃって。よしゃーイイのに悪乗りしちゃってしちゃってロッキーロッキー、なんちゃって」
　すっかり上機嫌のガングロ王妃は、久々に乗り乗り。

「♪私の〜ゴロちゃ〜ん、東洋じゃ〜……アタシも満足できないしー、元歌もマジで超ー古すぎだから……」
　その通り。第一、パンチ頭はラバというより、馬並みのアレを持ったゴリラだ。ラバやゴリラが南洋で自然繁殖しているという話しも聞かない。

「私のゴロちゃん頭はパンチ、チンポも元気、元気元気元気でパンチパンチパンチ、相手はフラフラグロッキー、将来必ず日本のロッキー、世界に通じる日本のロッキー、世界のベルトを腹に巻く、その日が来たなら世界のゴロちゃん、その日が来ても、世界のゴロちゃん、オデコのデコの、尻の下、なんちゃって…………」
　ノリノリ王妃は語呂のいいフレーズを、音頭のようなオリジナルメロディーに乗せて連発し、下僕であるパンチ頭の“即席人力車”に乗って、ルンルンと部屋を出て行った。

　カーセックスのどこが普通なのか、マジで美保には超まったくわからない。勃起した陰茎を剥き出しにしたまま外へ出て行くパンチ頭の神経も、超マジに絶っ対、理解不能。

　しかし、いくつかわかったこともある。切りのいい五つには足りないが、四つもあれば今は充分。
　まずひとつには、がっちりした体格のパンチ頭のチンポ…いや、陰茎が、まるでメトロノームの針のように振れ、そのテンポがガングロ王妃の歌のリズムと合致していたこと。

　ふたつめが、ガングロ女もパンチ頭も、そしてサングラス男にしても、それぞれがまだ美保の見ていない顔を隠していそうなことだ。
　
　あれほど執拗に虐めを繰り返してきたガングロ女が、肛門の栓だけは、美保が恥ずかしい台詞を口にする前に、なにも言わずに抜き取ってくれた。

　パンチ頭にしてもそうだ。美保が途中で気づいたときには、両方の耳に大きなヘッドホンを被せ、ヘッドホンのコードの先はラジカセに繋がっていた。両目もアイマスクで覆っていた。

　残るサングラス男はと言えば、肛門の栓を抜いてもらった時点で、金盥をポリバケツに変えてくれた。バケツの底には紙オムツが敷かれていて、跳ね返り音はほとんど聴こえなかった。

　そうしたことを考えれば、三人組が美保を誘拐した目的は、単に陵辱したり、妊娠させたりすることではなく、なにか特別な意図を隠し持っているとしか思えない。それがみっつめ。

　よっつめは言うまでもない。彼らの意図を探る手がかりは、まだまだ先になるまで得られそうにないことだ。

　悪知恵まで働く超頭のいいサングラス男は当然のこととして、頭が良くて頭の切り替えも早いガングロ女が、そうそう簡単にシッポを出すとは思えない。

　常識的知識の少ないパンチ頭にも、まったく期待は持てない。なぜなら彼の場合、美保にとってはどうでもいい会話にしか口を挟まなかった。自分のやるべきこと、言い換えれば、他の二人から与えられたと思われる仕事を、たぶんすべて滞りなく、それも実に坦々とこなした。
　頭が決して悪いわけではなく、自分の仕事は必ず全うするという使命感を強く持ち、仲間との約束を絶対に守り、なにがあっても信頼を裏切らないという意思の強さの証明に他ならない。

　そして今。また新たなことがわかった。これで五つだ。
　おなかの中には、まだガスが残っている。それをすべて出しきらない限り、おなかがすっきりすることはない。いや、それ以前に、出そうな感じがしてきた。

　たぶんこの後は、お尻の汚れを洗われるか拭かれるかして、いよいよセックスの相手を務めさせられる筈。
　もしかしたら先にフェラチオを強要されるのかも知れないが、あくまでもフェラチオは前戯に過ぎない筈。当然、その所要時間も短い筈。
　両手の拘束は解かれていない。解いてもらえることもない筈。従ってセックスの際の体位は、後背位しかない筈。

　フェラチオの間くらいは我慢できるとしても、後背位で貫かれている最中に、サングラス男の鼻先で汚風を洩らしたのでは、なにを言われるかわからない。
　パンチ頭がそうだったように、サングラス男にしても、美保を辱めることを通じ、なにかの目的を果たそうとしているだけで、美保の排便姿や汚らしい放風の音を聴くこと自体は、おそらく嫌っているはずなのだ。
　
　それなら事態を悪化させないように、事前に悪臭を放つガス抜きを済ませておくほうが利口。
　豚のケツとまで呼ばれ、浣腸によって腹下しを起こされ、金盥まで使われて腸を洗濯された美保の肛門は、それが賢い選択だという決断を下した。

　ただ、そのためには準備が必要。背後にいるサングラス男からは、まだ何の指示も命令も受けていないのだから、心の準備を整えるくらいの時間はある。

「美保さん」
　サングラス男が前に回ってきた。
「僕にも美保さんのここにキスさせてよ」
《・・！！》
　左右の乳首を同時につつかれた。サングラス男の両手の動きは、美保が胸を引いたり上体をひねる余裕もないほど、超ー速かった。
　それでいながら、敵が繰り出してきた左右の人差指は、その先端で超正確に乳首を捕えた。

「美保さんはレジじゃないんだから、どうせキスされるんなら、女より男のほうが抵抗は少ないはずだしね」
　抵抗感の強さはどちらも変わらない。わざわざ『レジ』を使われたことにも抵抗を覚えた。

　だが、美保に抵抗の余地はない。仮にサングラス男の急所を蹴って気絶させられたとしても、美保には『こんなふうになってる』ままで逃げ出せるだけの神経が、一本も通っていない。
　たとえ身体が汚れていないとしても、何本あるのかわからない恥毛まで丸出しにしたまま、見知らぬ人に救いを求めに行けるほど、心臓も強くない。

　サングラス男がスツールを持ってきて正面に据えた。座面の低いスツールだ。
　そしてスツールに腰を掛けると、サングラスを外した。

「僕は秀子が言ってたような優しい男じゃないよ」
　そんなことは言われなくても知っている。
　ただ、根っからの悪人のようには思えない。美保の顔を見上げているその眼も、澄み切っているようにしか見えない。
　唯一、不良っぽさを感じさせるのは、左の上瞼と右の目尻に刻まれた大きな傷跡だけだ。

「美保さんは、僕が秀子と別れた理由、話しを聞いてたよね」
　頷いて返した。話しに耳を傾けていられるだけの余裕はなかったものの、会話だけは聴こえていたのだ。
「ゴローが僕を殴った理由は？」
　今度も頷いた。詳しい経緯を思い出せるほどの情報はないが、鼓膜からは『要するに女の奪い合いが原因』という古い情報が脳味噌に届いた。

「あれは僕なんかより、ずっとずっと優しいゴローの作り話しでね。本当は僕に、まだ中学生になったばかりの女の子と、どうしてお前はセックスなんかしてるんだって……いい加減にしろよって……それで僕を殴ったんだ……。僕を殴れば、あいつの夢が消えるかも知れないことも、子供の頃からの努力が無駄になることも……ゴローはみんな知っていながら、僕がしばらく学校に通えなくなるほど殴ったんだ……」
　信じられない。いや、話しの内容に嘘がなさそうなことは、敵がうなだれていることでわかる。
　美保が信じられないという思いを抱いた対象は、そんな行為をした最低の男と、そこまでのことができる『当時は最高だった男』の存在だ。

　しかし、美保が最初に所属したプロダクションの女社長も、その次のプロダクションのマネージャーも、そしてあいつらにしても……みんな信じられないことをした。

「秀子は幼稚園の頃から僕を慕ってくれてて……僕もそれを知ってたから……」
　合意の上のセックスだったと、そう自己弁護したいのかと誤解しかけが、そんなわけはない。パンチ頭の強烈なパンチで目が覚め、純情な少女を性欲の餌食にしたことを悔いているのだ。

「だから秀子は、今も誤解してると思うけど、僕が秀子とうまくセックスできなかったのは、当時は秀子が子供すぎたのと、僕も子供で……今のゴローほど、セックスがうまくなかった…というより、相手のことを考えられる余裕なんか、マジで無かったし、考える必要なんか全然ないと思っていたほどの、超子供だったからなんだ」
　それは理解できる。
　ガングロ王妃はマジ小柄。当時はもっと超小柄だったものと思われる。生理が来るようになったからといって、それが即『性交適齢期』を意味しないことくらい常識だ。

「でも、僕も盥の取扱説明書で、しっかり勉強したからさ。少しは進歩したと思うんだ」
《？？》
　言語明瞭意味不明。美保の両耳はルビーのイヤリングと一体になり、完全な疑問符に形を変えた。

　洗濯機のような電気製品を買うと、必ず取扱説明書が付いてくるのは常識。
　だが、盥やバケツのような日用品の場合には、『使用上の注意』が併記された品質表示ラベルしか付いていないか、あるいはそれが本体にしか刻まれていないか、そのどちらかでしかないことも常識的知識。

《まさか…昔の金盥には……あるわけないわよね》
　金物屋や雑貨屋で売られていたと思われる金盥に、どんなラベルが付いていたのか、またラベル自体が付いていたのか否か、それは美保も知らない。

　しかし。たとえ仮に取扱説明書が付いていたとしても。
　まさか『浣腸を施した女性を立たせたまま排便させるのにも最適です』などといった内容が。日常の洗濯に盥を使っていた女性にとっては、甚だ迷惑極まりない内容の文章が。
　説明書に書かれていたようなことは、絶っ対にありっこない。

　百歩譲って、仮に書かれていたとすれば、売上げに悩む薬局が『いちじく浣腸を百個買うと漏れなく金盥が当たる！』とか、『洩らさせるための金盥を抽選でプレゼント！』といったセールを実施していたはずだが、そんな話しを耳にしたこともない。

「そういうことだから、もし美保さんが気持ち良くなってきたときは、僕に遠慮なく何でも言ってくれていいよ。ゴローと秀子は、朝まで車の中だから」
（・！…◎！）
　左の乳首に吸い着かれた。右の乳房もつかまれた。腰まで抱かれてしまった。

　私の彼…間違えた…美保の敵は左利き、かなり俊敏だ。
　もしかしたら『ヒロミ』という名は、片仮名で書かれただけの仮の名で……本名は俊雄か敏雄かも……今年の干支は蛇だから……蛇年生まれの年男という可能性が……あるとしても……俊夫や敏夫の可能性なんか、絶っ対にないわ……だって私は……ただの動物の『雄』でしかないこんな男を、マジで絶対に夫になんかしたくないから……といったことを、美保は必死になって考えている。

　だが、美保の年齢相応に成熟した肉体と、二十六年の間に育まれた官能と、そして電動マッサージ器では与えてもらえなかった絶頂を、今度こそはと願う脳細胞は、揃いも揃って、美保の努力を完全に無視しているような状態だ。

　例えば左の乳首。
　ヒロミという男の舌先は、まるで忌まわしい蛇の舌のように、チロチロチロチロと動いているにもかかわらず、それを喜んで受け入れ、、完全な勃起を遂げただけでは満足できない様子で、どうせなら、緊縮して隆起した乳輪も舐め回してみてほしいの……と、切に望んでいる。

　また例えば右の乳房。
　敵の手中にあることをすっかり忘れている反面、ガングロ王妃に爪で痛めつけられた時の記憶を蘇らせ、いつまでもヤワヤワと揉んでいるだけじゃなしに、まだまだ自分は固いんだから、もっときつく握り締めて、乳腺の束まで揉みしだくようなことも、やってくれたっていいじゃない……などと、強い不満を訴えている。

　ただ、如何せん乳房は口を持たない。乳頭が二十個近くも有する細かい穴にしても、出産後に乳汁を迸らせることならできるが、汁状のアレを迸らせた肛門と違い、不平や不満を穴からブーブー洩らすことは不可能。

　それを常識として知っている脳細胞は、敵の唇と左手に乳房を押し付けるといった、まったく余計で恥知らずな行為をしているのだ。
　美保としては、堪ったものではない。

「ねえ…ヒロミさん……」
　今度は唇と舌と声帯が裏切った。
　途端に蛇の舌先が、左の乳輪の上で小さな円を描き始めた。右の乳房を揉むその手にも、かなりの力が込められ始めた。

《ああ…もう……どうして？》
　気持ちがいい。それが悲しい。もどかしいことが嘆かわしい。そんな自分が恥ずかしい。

　だが、もう唇と舌と声帯には頼れない。もし頼ったら、もっと恥ずかしい思いをすることを、常識として知っている腰が、敵の右腕を振りほどきそうなほどの動きを始めた。いや、腰だけでは頼りないと考えた両足も、少しずつ少しずつではあるものの、その間隔を広げつつある。

《いや…だめ……》
　敵の左手が、右の乳房から離れ去ってしまった……かと思ったら、地球に帰還…違う、恥丘にようやく移動してくれた。

　今はまだ、たぶん他の女性に比べ、かなり『濃いめ』なのかも知れない恥毛を、何本もの指で梳くような動きしかしていないが、縮れて絡んだような恥毛なんか、たとえ櫛を使って梳かしても無駄であることくらい常識。
　そんなに待たなくても、待ち焦がれている場所へ移動してくれる……と思っているのに、敵の憎たらしい左手は、なかなか秘唇方面へ向かってくれない。

《ねえ…ねえ……》
　両膝が勝手に屈伸した。脂肪を乗せた恥丘までもが、敵の手のひらに密着を図った。

《ああ…そこ……そこなの……》
　敵は本当に従順になった。美保の子宮が望んでいた通りのことをしてくれた。
　だらだらと体液を垂らしていた膣に指を入れたり、蜜液が乾ききっていない花びらを、いつまでもだらだら撫でたりといった無益な回り道もすることなく、秘唇の狭間で指を濡らしただけで、恥豆へと直行してくれたのである。
　
《んん…んん……ん〜ん……》
　固く膨らみきった恥豆が、ゆっくりゆっくと回されるたびに、美保の腰も同調して回ってくれる。
　これなら美保がなにを言わなくても、敵に気持ちを伝えられる。そのことは脳細胞も充分にわかっているというのに。

「んん…いい……ああ…いい……いいの……」
　またしても唇と舌と声帯が裏切った。
「僕は焦らすようなことはしないから、いつでも好きなときにいってくれていいよ」
「うん…うん……」
　首までが二度も頷いて返した。乳首にも、敵の唇と舌が戻ってきた。

　もう美保の周りは敵だらけだ。いや、正確に言えば、敵は一人しかいないのに、美保の身体の中に味方が一人もいなくなったのだ。
　そんな状況で、全裸の美保が一人で戦うのは無意味。どう頑張っても無理。敵わない。
　それを自覚してしまえば、もうなにを頑張る必要もない。これまで自分に正直に生きてきた美保にとっては、頑張ろうとするほうが、却って不自然。

　すでに美保の腰は、まるで全身の血液が、媚肉細胞にでも集まったようにも感じられるほど、すっかり重くなってしまった。両脚の筋肉も血流不足に陥っているから、それを自力で支えるのは難しい状態なのだ。

「ねえ…いいの……気持ちが…いいの……とっても…いいの……。だから…ね？　お願い……お願い……もっと…もっと……」
　美保は全身を震わせながら訴えた。
　訴えは通じた。敵は約束を守ってくれた。恥豆に加える力と回転速度を徐々に上げる一方で、腰を抱える腕にも、さらに力を込めてくれた。
　もう、なにも心配はいらない。美保は自分の官能を抑えつけるすべてのブレーキを解除した。

「あ〜ん…あ〜ん……いい…いい……ああ…気持ちがいい……もっと…もっと……」
　堪らなく腰が揺れる。それでも俊敏な敵は、器用に恥豆を追いかけ、丹念に繊細な愛撫を加え続けてくれる。
「あっ、だめ……それ、だめ…気持ちがいい……だめ……ああ…だめ…あ〜ん、ああ〜ん……」
　恥豆の皮がめくり返されている。剥き出しにされた豆芯が、指の腹でこすられている。
　過去の経験を忘れたがっていた声帯は、それに驚き、思わず心とは裏腹の言葉を発したが、頭のいい敵はそれを正しく理解して、最高に気持ちのいい愛撫をやめようとはしない。

「あっ…あっ…ねえ……もう……もう……あっ…あっ……」
　子宮が収縮を始めた。肺が小刻みな呼吸しかしなくなった。腹筋も酸欠を起こしかけて、痙攣のような痙縮を繰り返すだけだ。

　膣の粘膜からは、溶解した媚肉細胞が恥液と化し、まるで迸っているようにも思えるほどの速度で滲み出している。
　恥豆は恥豆で、豆芯の極薄粘膜の裏側に、隙間なく張り巡らされた知覚神経が、その鋭敏さを片時も失わないようにと図り、敵の指と豆芯との接点に全神経を集中させている。

「ああ…いきそう……ああ…いきそう……ああ…あああ……ああ、あああ……」
　顎が引けない。口も閉じられない。閉じた瞼の向こうに、頂上がはっきりと見えてきた。
　肉体と官能の成熟した女だけが見ることのできる、性なる喜悦の頂上だ。

「あっあっあっあっ…あっ、んーーーっ！　んんーーーーっ！！」
　美保は絶頂に昇った。大きな呻き声を喉に詰まらせながら、全身をのけぞらせるようにして昇り詰めた。それで充分に満足できた。
　その証拠に、子宮も悶えながら収縮した。空っぽのはずの膀胱にしても、思わずオシッコをちびりそうになった。

　だが、敵はその時を待っていたかのように、恥豆を押し潰してくれた。恥豆とは比べ物にならないほど固い恥骨に、ぎゅぎゅっと押し付けてくれた。
　おかげで美保は、さらに高い頂上へと押し上げられ、苦しいほどの呻き声を絞り出す結果となり、その反動で上体が丸まった。

《ああ…んん……ああ……んんん………》
　全身の筋肉は弛緩している。たとえようもない快感を得て、力を失ったのだ。
　両脚に力を込めるのはまだ難しい。だが、敵が腰をがっしり抱えてくれているから、腰が落ちる心配はない。
　ゆっくりと呼吸を整えながら、かつてない絶頂の余韻に浸っていられる……ようなら、何の問題もないのだが。

《ねえ…どうして？　どうしてこんな時に？》
　どちらかと言えば小顔の美保は、頭蓋骨が小さめ。脳味噌しか収めておけないのに、一度にみっつもの疑問を抱え込んでしまった。頭が痛くなりそうだ。

　ひとつには、どうして敵が変わってしまったのか、それがわからないこと。
　敵が最後に発した台詞といい、美保に快感を与えてくれたことといい、まさに『豹変』としか形容しようがないほど超変だ。

　また、いくら敵が豹変したからといって、幼馴染のガングロ王妃や、彼女の下僕であると同時に、自分の親友でもあるパンチ頭を裏切り、美保の味方になることなど、絶対に有り得ないことを承知していながら。
　どうしてその愛撫を喜んで受け入れ、悦び、快感を募らせ、絶頂に達したことを、なぜ恥じないのか。自分の気持ちが理解できない。憎しみさえ覚えなくなったのも、不思議でならない。それがふたつめの疑問である。

　そうした疑問を敵にぶつけても、おそらく答えを返してくれることはないだろう。殊にふたつめの疑問に関しては、自問を重ねても解答を導けそうにないのだから、敵の頭がどれほど良くても、美保の納得のいく答えは返ってこないはずだ。

　ただ、みっつめの疑問だけは、自分で解けないこともない。要するに、話しを切り出すタイミングを失ったせいで、またタイミング悪く……いや、絶頂に達した時、腹筋が収縮しきったことが、最大の原因だと思われる。

　今の美保に、お尻の汚れを拭くのは物理的に不可能。たとえ拘束を解かれても、拭く紙がないから無理。素手で拭く気もしない。
　だが、精神的な面での尻拭いなら、決して不可能ではない。いや、二十六歳にもなれば、自分の尻を自分で拭くくらいのことは当たり前。
　十八歳を過ぎてもなお、親に尻拭いをしてもらえばいいからと、そんなことを考えて安易に犯罪を犯すような奴が非常識なのだ。

　美保は左の鼓膜の上に『旅の恥は』と書き、右の鼓膜には『掻き捨て』と書いた。そして肛門にある浅い放射状の溝にも、心からの願いを込めて『立つ豚、音を濁さず』と書き込んだ。
　準備は完了である。次は呼びかける番だ。

「あのう…」
「ちょっと待って？」
《んっ…》
　膣に指を入れられた。それも一本ではない。一本にしては太すぎる。
　恥豆には、親指と思われる指が当たっている。左右の腿の付け根にも、それぞれ指が当たっていることから考えて、膣の中に入っているのは中指と薬指に違いない……などということを、考えているような場合ではなかった。

　敵の中指と薬指は、すでに膣の中で蠢き始め、関節の曲げ伸ばしまでやっているような感じがして……親指にしても、その腹で恥豆を優しく撫で始めてしまったのだ。
　このままではいけない。早くしなければ、またいってしまう。時間は少ない。確信がある。
　敵の手が粘液でヌルヌルしていて…違う、逆だ。花芯から多量に溢れた蜜液が、敵の手をヌルヌルさせているせいで、媚肉の花びらが重い快感を拾い、悶え始めているのだ。

「ねえ…お願いですから…ちょっとだけ…待ってください……」
　美保は喘ぎながら頼んだ。

「でも盥の取扱説明書には、とりあえず女性がクリトリスへの愛撫で絶頂へ達したら、今度はオベンチョに指も入れて動かしながら、再びクリトリスに愛撫を加えてやらなければ、より高い絶頂へ導くことは叶わず、オベンチョにチンコを入れて真の絶頂へと押し上げてやる夢は、夢のまま終わることを肝に銘じて事にあたるべし……そう書いてあったんだ」
　さすがに敵の優秀な脳味噌も、記憶を正確にたどるのにエネルギーを使ったせいか、指を動かすのを忘れている。
　だが、美保の脳味噌は、またしても新たな疑問と問題を抱えてしまった。事は重大である。

　盥の取扱説明書のことは、もうどうでもいい。わからない物はわからない、そう割り切って済ませることもできる。第一、この場を“お便所”に変えた便器代わりの金盥は、たった一度、それも一回目の噴出の際しか、使わされなかった。

「それとも美保さんのここは、オベンチョじゃなくて、やっぱりオメコなの？」
「だめ、今は…ねえ、指…動かさないで……ね？　ちょっと待って、お願い…後生だから……一生のお願いだから……」
　一合枡を半分も満たさない程度の、非常に小さな『一生の願い』が瞬時に叶った。腰を激しく揺すりながらの訴えが、今度も敵に聞き入れてもらえた。

「それじゃあ、ちょっと教えてもらってもいい？」
「………………」
「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ。僕の質問は一個だけで、そんな万個もあるわけじゃないから」
　美保の“脳力”は、敵のそれに遠く及ばない。
　敵の脳力の高さが、エベレストの頂上の高さに匹敵するとすれば、美保のそれはせいぜいが岡山県の『後山』の中腹程度。七百メートルしかない。いや、愛知県の尾張丘陵の標高と同じ、二百メートル内外なのかも知れない。

　しかしそれでも、敵がなにを知りたがっているのか、質問の内容くらいは読める。敵は今、本来なら『何個』と言うべきところを、わざわざ『万個』などという膨大な数詞に置き換えたのだ。

「ねえ。美保さんのここは、オベンチョ？」
　頷けない。
「それともオメコ？」
　頷く気になれない。首を横に振るのも無理。
「ということは、一個しかないのに、オベンチョとオメコの二個持ってるんだね？」
　頷く必要がなくなった。

　美保が生まれ、小学生時代を過ごした愛知県では、オベンチョだった。岡山県へ引越し、中学校に入学したその一週間ほど後から、オメコという名前が新たに加わった。

　もし中学の三年間で、体育の授業と生理がぶつかることが一度もなかったか、あるいは体育を『見学』する女子生徒をからかう男子が一人もいなかったなら、オベンチョ一個で済んだ。
　ところがあいにく、いや、ごく当然のこととして、美保の生理も体育の授業と何度かぶつかり、それも最初の授業から見学したために、男子生徒の一人から、こんなふうにからかわれた。

　忘れもしない。今はもう顔も名前も思い出せないその男子は『オメコから血ー出とるけぇ、じゃけん、見学しとってじゃ？』と、邪険にも美保が見学している理由を尋ねてきたのじゃ…いや、尋ねてきたのである。

「それさえ教えてもらえれば、もうオベンチョもオメコも、急いでこんなことする必要もなさそうだから、美保さんの用件を聞かせてもらうよ」
　敵がまたオベンチョとオメコの中で、二本の指を動かした。
　それを喜ぶオベンチョとオメコが悲しい。だが、本格的に動かしてもらう前に、済ませておくべきことを済ませなければ、落ち着いて頂上を目指せない。

「まだ…もう少し…出・・なんですけど………」
　瞼を閉じたまま喋った。とても顔を見ながらは言えそうになかった。

「もしかして美保さんは今、もう少しで、おなかの中がすっきりしそうだから、きれいなお尻の穴からブビビビー、ブビビビビーとオナラをしたいんですけど、オナラをするとユルユルウンチが一緒に出るかも知れないから、念のためにバケツを当てといてもらったほうが良さそうなんですけど……って、そう言ったの？」
《・・》
　美保は目が点になった。瞼を閉じていたのに、それでもなおかつ点になってしまった。
　同時に、耳も点になった。肛門までが、ふたつに増えたような感覚も発生した。
　はっきり言って、敵は絶っ対にマジで超優しくない。美保は確信した。

　そんな長い台詞を、あれだけの短い時間で喋られるほど、美保の舌は速く回れない。
　ゲイであることを隠そうとしない点と、早口言葉の速さを買われ、映画評論家からお笑い芸人へ転進した大杉杉男でも、絶っ対に不可能。
　美保はただ『もう少し出そう』と言おうとして、途中で『そう』だけが消え入っただけだ。

「違うんなら違うでいいんだけど、きれいな美保さんのきれいなお尻の穴から、ブビビビー、ブビビビビーとオナラが出たときに、ユルユルウンチも一緒に出るかも知れないから、念のためにバケツを当てておくよ」
《もう！！》
　腹が立つ。優しげな口調で喋るだけに、なおさら腹が立つ。頭にツノが生えそうだ。
　そもそも肛門が汚れているのを承知のうえで、ぬけぬけと『きれいなお尻の穴』などと言うその神経を疑う。

《あ…出そう…》
　ガスが音を立てて出口に向かってきた。敵の右腕も再び“腰巻”に変化した。

「出そうなんだね？　新しいバケツの準備もしたから、遠慮しなくていいよ」
　腹鳴を聴かれたのは明らか。いや、聴こえて当然。かなり大きな音だった。

「美保さんは今、僕の言ったことに怒ったかも知れないけど、諺には『腹立てるより義理立てよ』っていうのもあるし、たぶん秀子がここにいれば、それを『腹を立てると屁音が立つぞ』……なんていう言い換えは、マジで絶っ対、しないな。秀子は頭もいいけど、俺なんか足元にも及ばないほど上品に育ってきたから」
　ようやく決心がついた。
　過去の経験によれば、下痢を起こしているときのオナラに、無音を求めること自体が無意味。
　どうして普段は洩らすことのない肛門が、なぜ下痢を起こしたときだけ締めておけないのか、その疑問さえ解けない美保が、我慢を続けること自体、不自然な行為。

　どうせなら一瞬でおなかを楽にして、二度とこうした事態を迎えないために、この際は思いっきり息むほうを選ぶのが、自然な発想というもの。一気に放ったほうが、恥ずかしさを感じる時間も短縮できる。
　美保の肺と腹筋は、それが最善の選択だという決断を下した。

　鼻から肺に空気を取り入れた。嗅覚はすでに便臭に麻痺しているから、くさいとは感じない。息を止め、腰を少し前にかがめるようにして、腹筋に全力で収縮を命じる。

《んんんんっ……あ、だめ》
　一度では排出しきれなかった。きっとオベンチョの中の中指と、オメコの中の薬指が抜いてもらえなかったせいだ。なにか言われる前に、もう一度、息むしかない。
（むむむむーっ……ふう……）
　ようやく出た。敵はなにも言ってこない。とりあえず、一息つけた。

「さっき秀子は、自分のウンチもオナラも、美保さんと一緒だって言ってたけど、どうしても僕には違うとしか思えないんだ」
　やはり言われる。敵は優しくないから、美保のオナラに好評を…違う、講評を加えてくる。
　講評内容には見当が付いている。美保の鼓膜と肛門が、それを承知している。

　パンチ頭が『もしデコがオナラしても』と言ったのは、ガングロ王妃のオナラを聴いたことがない証拠。逆に言えば、ガングロ王妃は本当は上品で、恋人の前でオナラをしない女性。前の恋人、すなわち美保の前の穴に指を入れている男の前で、オナラをしたとは思えない。

　そういう推理の上に立てば、美保が聴かされる台詞は、『ユルユルウンチは出なかったけど、今のオナラの音は、ブビビビーッ、ブビビビビーッ…だったね』以外にない。
　それをまったく否定できない美保にとっては、仮にそれ以外の台詞が加わったとしても、所詮は枝葉末節。どうでもいい内容だ。

《でもね》
　予想がついている台詞なら、大して心配することもない。蓋の開いたマンホールに飛び込みたくなるような、それほど恥ずかしい思いもしなくて済むというものだ。

「そんなに落ち込む必要ないよ」
　当然だ。敵の台詞さえ聞き流せれば、今度はマンホール…違う、オベンチョとオメコの穴にも刺激を与えてもらいながら、絶頂を目指すことになるのだから、落ち込んでいる暇もない筈。
　第一、美保は十六歳で芸能界に足を踏み入れて以来、数え切れないほど落ち込んだ。

「美保さんは本当に美人だし、人気のある芸能人だからね。だから僕にとっては、どんなオナラをしても芸能人。ウンチでお尻を汚していても芸能人。くさくても芸能人なんだ」
《！！！？ー、！！！！？−……》
　脳細胞がビビッと来た。いや、正確には、ブビビビーッ、ブビビビビーッと来た。『芸能人』の三連発に刺激された脳味噌が、最後の『くさくても芸能人』で、みずから記憶を掘り出したのである。

　♪あれは三年ま〜え、止め〜るアナ〜ウンサー…ではない。止めるマネージャーを振り切り、一人でホテルの近くのバーまで出かけた。
　カウンター席の隅には、若いカップルがいた。そのうち女の子がシクシクと泣き始め、最後は泣きじゃくりながら店を出て行った。
　それを見た美保は、残っていた男の隣に席を移り、血中に溶け始めたアルコールの助けも借りながら、芸能人の“驕り”としか受け取れない物の言い方であることを、充分に承知の上で、こんな言葉をかけたのだ。

『私は見ての通り、そんな美人じゃないし、まだ全然売れてないけど、これでも一応は芸能人なの。今日はちょっと気分が腐ることがあって飲みに来たんだけど、落ち込んでる同士、これからどこかへ行かない？　どこでも夜通しで付き合うわよ？　美人じゃなくても芸能人、売れてなくても芸能人、腐っても芸能人。こんな機会、滅多にないんじゃない？』

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　▼

（なるほど、そういうことか）
　大体のことが読めた。ここから先を読むわけにはいかない。次のページをめくる気は起きない。

　僕が読んでいたのは『タライを使って大腸の洗濯（アイドルタレント：（中川美保）』の５章。
　さっきまでは８章と９章があったことを思えば、まだまだ先は長い。そしてたぶん僕の予想が当たるのは、美保ちゃんとヒロミ君の過去と、ヒロミ君とゴロー君や秀子ちゃんたちの関係だけ。

　もしかしたら、それこそページをめくった１行目に『あれから十五年。美保が“翔子”と名づけた一人娘に、初めての生理が訪れた。』と書かれているかも知れないのだ。
　仮にそうした可能性が皆無なら、たかだか５章の段階で、美保ちゃんとヒロミ君の出会いのきっかけを明かすわけがない。

　御手洗盥さんの著作の中には、母娘３代に渡る物語もあった。
　野々口英世さんと盥さんが知り合いで、作風も非常に似通っていることを思えば、僕が深読みをしすぎているようには、とうてい思えない。

（さてと。この本をどうするかだな‥って、決まってるか）
　店員さんに渡すのが常識。
　棚の中の『ＳＭ趣味でも息子はＬＬ』の６章から最終章を抜き出して‥‥それと一緒に‥‥レジへ‥‥持って行こうとしても‥‥肝心の６章が‥‥１冊もない。

（くっそー）
　頭に来た。失敗した。先に買ってから、立ち読みを始めるべきだった。

「ドラさん」
（ん？）
　後ろから肩を叩かれた。
　僕を「ドラさん」と呼ぶ人物はただひとり。嫁さんの弟で出版社に勤めている「パンちゃん」だけだ。他の人は嫁さんを含め「ドラちゃん」か「薬屋さん」か、あるいは単に「ドラ」と呼ぶ。
　賭け麻雀で暇潰しをしていた頃は、「ドラ３のドラさん」と呼ばれていたこともあるけれど、囲碁を覚えて以後、インドアの遊び場が雀荘から碁会所に変わった。

「ずいぶん熱心に読んでましたね」
「うん。嫁さんが洋服を買いに行ってるんだけど、僕が一緒にいても仕方がないし、どうせならここで暇潰しがてら、立ち読みをしたほうが為にもなるからと思ったんだ」
「やっぱり野々口先生はおもしろいですか」
「うん。盥さんに負けないんじゃないかな。人称が完全な３人称になってない点も、ふたりは共通していそうだしね。その分、感情移入もしやすいよ」
「ほう‥さすが専門的なご批評を」
（うっ）
　頭に来ることはないけれど、専門家に酷評‥‥いや、馬鹿にされたからには、即ビシッと仕返しが必要。敵は僕よりずっと老けて見られるが、ひとつ年下なのだ。

「パンちゃんはズブの素人の僕に、ズブズブっと浣腸でもしてほしいのかな？」
「御意、なんちゃって。ギョイーッ‥‥でしたっけ」
「パンちゃんも読んだんだ」
「もちろん。もしうちの会社からも結膜炎みたいな小説を出版できれば、マジでボーナスも少しは出そうですからね。そのためには、全作しっかり読んでおかないと、話しになりませんよ」
（結膜炎？）
　意味がわからない。僕の耳は悪くない。中耳炎さえ患ったことがないのだ。

「ただ、盥先生はもう手一杯の状態ですし、うちとしては、野々口さんに期待するしかない状態なんですよ。野々口さんの小説も、結膜炎の流れを汲んでいますからね」
「結膜炎て‥‥もしかしたら、盥さんの超銀河小説のタイトルの略？」
「さすが鋭い。業界の一種の隠語です。タイトルも銀河系ですからね」
（なるほどね）
　納得。要するに『ケツをまくった変態は大変』というタイトルが、口にするには長く、人の耳も憚られるので、『ケツまく変』と縮めたうえで『結膜炎』に置き換えたのだ。

　おそらくあのポルノ映画の巨匠、渡辺純一監督の代表作『欠落園』に因んだ‥‥のではなく、超膨大長編で、銀河小説と呼ぶしかないために、一気に読破しようとすると、眼が充血しかねないことから、結膜炎に置き換えたのだろう。

　晩年のジイチャンなら『目薬が売れるように“結膜炎”を全巻オマケに付けたらいい』などと、公正取引委員会が定めた景品表示法まで無視して、良識を疑われることを‥‥いや、やはり言ったとは思えない。

「ということは、今度の会社、マジで景気が良くないってこと？」
「ええ、マジな話し、屋台骨が超傾いてて、車軸の折れかけたオデンの屋台状態ですよ」
「その心は、いつドデンと倒産してもおかしくない‥‥かな？」
「御意」
「で？　そんな環境にいるパンちゃんが、どうしてこんな所で油を売ってるの」
「実はバイトでガソリンスタンドに‥‥というのは、マジに自分でも笑うに笑えない冗談なんですけどね、なにか超いい企画がないかと思って、まあ、一種の市場調査ですよ」
（ふーん）
　僕に手伝えるようなことではないらしい。

「ところで、まだ時間ありますか」
「うん。いちじく浣腸と一緒」
「その心は、売るほどあって売ってはいても、僕に打ってやる気にはなれない‥‥ですか」
「それじゃ覚醒剤の売人みたいじゃないか」
「確かに」
「僕が言いたかったのは、ここで潰すわけにはいかないし、使ってやる相手もいないけど、然るべき場所へ移れば“胃潰瘍”にでも出来るってことさ」
「なるほど。やっぱりドラさんは、マジに駄洒落や問答がうまくて‥‥他には‥‥えーと‥‥」
　こんな敵に塩を送るのは無駄。助け舟を装いつつ、表面を“厭味”で覆い隠した巨大な地雷へ導いてやるほうが、よほど効果的だ。

「どうせ僕はマジに頭も良くないし、囲碁も麻雀もゴルフも野球評論もなにもかも、パンちゃんには超マジで、絶っ対に勝てないよ」
「いえいえ、マジにそういうことじゃなくて、僕の頭は今、仕事のことで超いっぱいで、適当なお世辞が、他にひとつも思い浮かばなかっただけですよ」
「さあ、本格的な浣腸しに行こうか」
「御意」
「グリセリンとヒマシ油とミシン油、それにエンジンオイルとミッションオイルを混ぜて、マジに口に浣腸してやれば、油を売ってるパンちゃんの舌も根こそぎ溶けるだろう」
「ギョイーッ！」
「超大丈夫だよ。溶かすのに失敗したら、マジにガソリンを追加して、火を着けてあげるから」
「どうかそれだけは超ご勘弁を。マジに何遍でも謝りますから」
「そうはイカない、タコ殴りするかわりに特製浣腸だ」
　刑事の気分でトイレへ‥‥ではなく、レジまでパンちゃんを連行していく。
　もちろん“スカート切り”ならぬ“ページ切り”の“被害本”も同行させている。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　※〔１-２♂〕完　 ※〔１−３♀〕へ続く