（２１）

「真央さん、助かるよ。ちょっとの間これを貸してくれないか。」
「ええ。・・・・ただ・・・」
「ん・・・なんだい？」
「大塚をどうやって・・・・」

　裕二は、真央の気持ちを考えた。何年も掛かって復讐を計画し準備をしてきたのだ。
　真央に対して、簡単にケリが着いたという報告では真央も美貢も納得しないだろう。
　裕二は、大塚を落とす所を二人にも見せてやろうと考えた。

「真央さん、奴の人生終了する所を見届けるかい？」
「え？」
「奴を殺す事は出来ないが、ある意味で人間として生きていけないようにしてやる。」
「・・・・・」
「君も美貢さんも、吹っ切れるようにな。」
「・・・・あ、あんた・・・」

　真央は、裕二を見つめると思いを込めて静かに頷いた。

「解ったわ。すべて・・・すべて貴方に任せる。」
「ああ。わかった。」

　裕二は、承諾すると、早速、店を出る準備をした。
　指名料を渡そうとする裕二に真央が首を振る。

「今日は、サービスよ。」
「え・・・でも・・」
「いいの。久しぶりに、男の方からイカせてくれたお礼と大塚の復讐料よ。でも、これぽっちじゃ少ないかしら？」
「いや、貰い過ぎだ。」

　裕二は、笑いながら答えた。

「じゃ、大詰めになったら連絡を入れる。」
「わかった。これが私の連絡先よ。」

　真央が、店の名刺の裏に携帯電話の番号を書いて裕二に渡した。
　裕二は、それを受け取ると急いでフェニックスを出た。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「係長、何処に行くんですか？」

　亜美と翔子が、洋子に尋ねる。

「ＭＡコーポレーションよ。」
「確実なんですか？」
「洋さんが、調査して絞り込んだ会社は、結局、この一つだけよ。」
「一つ・・・・ということは？」
「かなり可能性が高いということね。」

　その時、裕二から洋子に連絡が入った。

『洋子か？　いまフェニックスの稲葉真央から大塚に関する資料を手に入れた。』
「そう・・・で、何かわかる？」
『データの中身を考えると、もし同じ商品を扱うなら、ＭＡコーポレーションだと思うんだが、どう思う。』
「さすがね。さっき、洋さんが調査した会社がそこよ。今向かってるの。」
『そうか、よしっ。そこの宮城一郎という奴が大塚とかなり親しい。もし、データを持っているとしたら奴自身だ。さっき電話をしたら、まだ、会社にいるようだ。そこで俺と落ち合おう。待っててくれ。』
「わかったわ。」

　裕二は、急いで車を走らせた。
　２０分程、走らせただろうか、既に洋子たちはＭＡコーポレーションに到着していた。
「どうだ、洋子？」
「ええ、まだ数人が、オフィスにいるみたいよ。それから洋さんから連絡があって、ＭＡコーポレーションのメインサーバーに侵入できたって。証拠は掴めたみたい。
　１０分後に、私のＣＥ機にメールを送るから、思いっきり暴れてこいって言ってた。」

「そうか、じゃ、一気にカタをつけようぜ。」
「でも、裕二君、大塚はどうするの？」
「・・・フッ・・奴は、所詮は雑魚だ。後でゆっくりと、お仕置きをしてやるぜ。」

　裕二の不適な笑いに３人の女性の身体が強張った。
　洋子も、裕二の迫力ある表情を久しぶりに見たようで思わず口に出てしまう。

「・・・こ、怖っ・・・」
「よし、行くか。・・・亜美、録音を頼むぞ。」
「はい。」
「翔子君、中にいる人物の撮影は君だ。」
「解りました。」

　裕二は、指示を済ますと早速、宮城がいるオフィスに足を運んだ。
　電気のついているオフィスをノックする裕二・・・
　中から怪訝そうな顔をして一人の社員が出てきた。

「何のようですか、こんな時間に。」

　裕二は、何も言わずにオフィスに入り込んだ。

「ちょ、ちょっとあんた、失礼だろ。警察呼ぶぞ。」

　裕二は、男の声を無視して宮城がいるデスクに歩み寄る。
　裕二を見上げる宮城・・・・

「何だね君は。」
「宮城さんだね。私は、太平洋グループ中央管理センターの香坂と言います。」
「・・な・・・・なに・・」

　明らかに宮城は動揺を示した。
　裕二は、冷静な態度で宮城を揺さぶっていく。

「何故、来たかお判りですね。」

　宮城が警察に電話しようとしている部下に首を振ると、その部下の男は、不思議そうに受話器を置いた。

「な、何のようだ・・・」
「何の用だはないでしょう宮城さん、・・・・・データを返してください。」
「し、知らん・・・・何のことだね。」

　横目でもう一人の男を見る宮城・・・・
　裕二も視線を眼で追うと、なにやら胸ポケットにしまい込んだようだ。

「洋子っ！」

　洋子が、その男の胸座を掴み胸の内ポケットに手を入れた。

「何をするっ！」

　男は、暴れ出して抵抗したが、洋子は、その男の腕を取りひね上げた。

「ググッ・・」
「亜美っ。」

　洋子は男の胸ポケットから取り出したディスクカードを亜美に放った。
　亜美は、すかさず自分のＣＥ機に挿し込み中身を確認する。

「係長、間違いありません。エレクトロニクスの商品データです。」

　洋子が男を突き飛ばした。

「フッ、宮城さん、悪い事はできもんですね。」
「・・・・・クッ・・・ど、どうするつもりだ。」
「さて、どうしたもんかな？」

　その時、洋子のＣＥ機に鏑木からメールが入った。
　洋子が確認すると、ＭＡコーポレーションから発せられたエレクトロニクスの商品データを加工した過去ログと署名アクセスが記入されている。
　洋子は、画面を裕二に見せた。
　口元に笑いを見せる裕二・・・・・

「宮木さん、とりあえず、お宅の社長さんに不正を説明させてもらいますよ。」
「お、お、・・おいっ・・・ちょ、ちょっと待ってくれ・・・」
「いえ、私は、待つのが苦手でしてね。それとも自分の口から言いますか？」
「こ、このデータは、勝手に俺に送られてきたんだ。」
「ほぉぅ・・・それにしては、この会社のマシンから加工したデータログが出るとは不思議ですねぇ。」
「しょ、証拠でもあるのか。」

　裕二は、洋子のＣＥ機を宮城に見せつけた。
　青ざめる宮城は、声が全くでない。

「・・そ、そんな・・・・馬鹿な・・・何故・・・・・」
「宮木さん、太平洋グループを舐めちゃいけませんよ。」
「・・クッ・・・・・サーバー侵入は、違法だろう。」
「企業庁から特例査察の許可をもらってるんですよ。・・・宮城さん。」

　そう言って裕二は、企業庁印の入った特別許可証を宮城に見せ付けた。

「さてと、どうしましょうねぇ。」
「・・こ、こ、香坂さん、こ、このデータは・・・・外部・・・」

　宮城の話を中断させて話しに割って入る裕二・・・

「おっと、確か、大塚さんっていいましたっけ・・・貴方と親友の。」

　宮城の顔が歪んでいく・・・・

「うちのエレクトロニクスの専務夫人から手に入れて貴方に渡ったようですね。そして、貴方は大塚に２００万円の謝礼を口座振込せずに直接手渡している。」
「・・そ、それは・・・・」
「今更、何を言っても遅いですよ。」
「た、頼む・・・うちの上部には・・・・」
「それは、無理な話ですね。」
「・・・・・・ぅぅ・・・」
「ま、首を洗って待ってて下さい。・・・・亜美、録音はしたな。」
「ええ。」
「翔子君、全員の顔写真は？」
「ＯＫです。」

　宮城は、裕二たちの会話にガックリと項垂れた・・・

「さて、これで失礼するか。宮城さん、このカードは貰っていくよ。」

　裕二は、洋子ら３人に促してＭＡコーポレーションを出た。
　亜美が裕二に声を掛けてくる。

「裕二さん、物凄く簡単に終わったわね。」
「ああ、しかし、この会社だけでよかった。大手なら今頃は・・・」

　裕二ら４人は、ホッっと胸を撫で下ろした。

「さてと、後は専務の奥さんをどう取り戻すかだな。」
「どうするの、裕二さん？」
「ま、じっくり作戦でも練るよ。さ、戻ろう。」

　裕二らは、車に乗り込むとセンターに戻っていった。

（２２）

「香坂、昨日はご苦労だったな。」

　課長の野口が、裕二に声を掛けてくる。

「ええ、しかし、あっさりと片付いてホッっとしています。」
「桜山専務も安堵していたよ。・・・しかし・・・」
「課長、今夜、専務の奥さんを取り戻します。ついでに大塚にもちょっと制裁を・・」
「そうか、すまんな。専務もはっきりとは言わないが、奥さんを・・・な。」
「ええ、解ってます。任せてください。」
「頼むぞ。」

　裕二は、大塚を徹底的に懲らしめる方法を鏑木に相談しにいった。

「なるほどな。で、香坂、具体的には、どういう風にしたいんだ。」
「出来れば、社会生活ができないように・・・」
「奴の今までやってきた事をパックれりゃ、刑務所に入れるくらい簡単だぞ。」
「いえ、入っても数年で出てきます。できれば一生苦しむような・・・」
「ふーむっ・・・・奴の性格とか人間的な弱点とか解るか？」
「ええ、稲葉真央が何年も掛けて調べた大塚のデータがあるんです。」

　そう言って裕二は真央から預かったノートを鏑木に渡した。
　鏑木が大塚の詳細が書かれたノートを読み始めた。

「ほぉぅ・・・なるほど。・・・フッ、香坂、簡単だぜ。」
「そうですか。」
「ああ、それに、ごく普通の人間だ。ムショ行きをチラつかせてもビビるだろうが、ヤキを入れても一向に問題ないな。こんな悪どい野郎は、不能にしてやったら？」
「え・・・というと？」
「香坂、フェニックスはＳＭクラブじゃねぇのか。道具はいくらでもあるだろう。」
「なるほど・・・・事故に見せかけて・・・」
「フッ、フッ・・・ま、そういうことだ。」
「解りました。ありがとうございます。」
「ま、もうちょっと奴の事を調べておいてやるよ。」
「お願いします。」

　裕二は、席に戻ると、早速、制裁の手はずを考えた。

（んーむ・・・亜美にも協力してもらうかな？）

　裕二は、よくよく考えた末、亜美に頼んで同行する事を考えた。
　さっそく、裕二は亜美をロビーに呼び出す。

「どうしたの、裕二さん？」
「亜美、ちょっと頼みがあるんだが、今夜一緒にフェニックスに行ってくれないか？」
「ええ、いいわよ。裕二さんとなら何処でも行くわ。」
「で、非常に言い難いんだが・・・・」
「え、何？・・・言ってよ。」
「ああ、そのぅ・・・・単独で大塚を指名してくれないかな？」
「えぇー・・・・単独・・・で？」
「ああ、奴を懲らしめたいんだ。」
「でも・・・は、裸になるのよ・・・ね？」
「ああ、まぁ、直ぐに俺が踏み込むつもりでいるが、顔は見られないように化粧して仮面をかぶって隠してくれ。ただ奴に目隠しをして欲しいんだ。」
「目隠し？」
「ああ、そうだ。そうしないと俺が踏み込んだときに亜美がヤバイだろう。危害を加えないとも限らないしな。その後は俺がやるけどな、駄目か？」
「ううん、大丈夫よ。裕二さんのためなら何だってやるわ。」
「亜美・・すまん。」
「いいの。で、その後は？」
「大塚を恐怖に落とし入れる、心身ともにな。それには稲葉真央の協力もいる。彼女の復讐もかねてるから。奴の元恋人を自殺に追い込んだ張本人なんだよ。」
「そうなの。・・・解った、頑張るわ。」
「すまんな。」
「じゃ、私、今から拘束帯を買ってこようかな？」
「え？」
「だって、マニアが集まる店でしょ。普通の格好じゃ可笑しいわよ。」
「そうかな・・・」
「それに、後から裕二さんとも使えるし。」
「・・・は・・・ははっ・・・・」

　亜美は、そう言うと、特に恥らうでもなくセンターを出てアダルトショップに向かった。

（意外と、亜美も度胸あるな・・・）

　裕二は、席に戻ると真央に連絡を入れた。

「もしもし、香坂です。昨夜はどうも・・・」
『あぁ、アンタか。で、どうだったの？』
「助かったよ。データも無事だった。」
『そう、良かったわね。』
「ところで、今夜、君と約束した事を決行しようと思うんだが、少し準備を手伝ってもらえるかな？　」
『え？　今夜・・・』
「ああ、大塚を徹底的に痛めつけるつもりだ。」
『それで・・・私はどうすればいいの？』
「まず、俺の彼女に大塚を指名させる。そして何とか奴に目隠しをして俺が中に入るんだ。当然部屋には、事故防止の為に監視するビデオが回っている。それを切って欲しい。済んだら君も部屋に入ってくればいい。後は自由だ。」
『で・・でも・・・貴方まで・・・』
「それは大丈夫、奴は警察に言えない事情があるんだ。まして性格的には臆病だし、奴を取り巻く会社関係の幹部や代議士連中にも事前に話は通しておくから安全だ。」
『それって、どういう事なの？』
「奴は、著名人が来店した時に、プレーの様子をビデオに収めているんだ。」
『えぇー。』
「今回の事に関係がなかったから君には言わなかったが、それを使って今まで色々な難から逃れていたんだよ。」
『そうだったの・・・・で、そのビデオは？』
「今夜、奴が出たあと、俺の部下がマンションに踏み込む。奴の部屋にある小型金庫に大事に隠してあるはずだ。」
『なんで、そんな事までわかるの・・・』
「ふっ、俺たちは、こういう仕事なんだ。簡単さ。」
『・・・大塚に・・・・ふ、復讐できるのね。』
「奴は、超極悪人だ。何をやっても許されるさ。」
『・・・・』
「じゃ、真央さん、行く前にもう一度連絡を入れるよ。」
『ええ、わかったわ。』

　裕二は、電話を切って他の準備に取り掛かった。

（見てろよ、大塚め・・・・）

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「じゃ、課長、行ってきますので。」
「ああ、気をつけろ。」
「はい。」

　裕二は、亜美と共にフェニックスに向かった。
　車の中で亜美が裕二にアダルトショップで購入してきた拘束帯を見せ付けてきた。

「裕二さん、どぉうコレ？」

　横目で亜美の胸元を見ると既に拘束帯を身体に装着していた。

「おぉーっ・・・凄いな。」
「でしょ。２万円もしたのよ。」
「高いもんだな。・・・下はどうなってるんだ？」
「全部くり抜かれててアソコも丸出しなの。」
「ちょ、ちょっと見せてくれ。」
「何言ってるのよ。お店で見れるじゃない。」
「そ、そうだけど気になるじゃねぇーか。」
「裕二さんっ、前っ、前っ、危ないわよっ・・」

　思わず反対車線に出そうになった裕二が慌ててハンドルを切った。

「ビ、ビックリ・・し・・・こ、こんな格好で死にたくないわよ、裕二さん。」
「・・・す、すまん・・・・」

　裕二は、気を取り直して運転に集中した。

　ムラつく気持ちを押さえながら店に到着すると、裕二と亜美は、入場料金を払い案内されたボックスに座った。
　店員にカクテルを注文すると、今から実行する手はずを亜美に説明した。

「わかったわ。」
「で、どうやって目隠しをさせるんだ。」
「んー・・・まぁ、任せておいて裕二さん。上手く出来たらタッチベルを押すから。」
「・・・ああ・・・・解った。上手く頼むぞ。」
「ええ。」

　裕二が奥のカウンターにいる真央を見つけた。
　軽くウィンクして合図を送る裕二・・・・
　真央は、表情を変えずに頷いた。

「よし、亜美、指名の手続きをしに行くぞ。」
「うん。」

　裕二は、亜美を伴いカウンターに向かった。

「お客様、どのスタッフにしましょう？」

　店員の言葉に裕二が真央の写真を指差す。

「奥様は？」
「え、お、奥さ・・・・あ・・・私は、この人を・・・」

　亜美は、顔を赤くしながら大塚正を指名した。

「かしこまりました。しばらく、お待ち下さい。」

　店員が、確認のためカウンターの奥に入っていった。

「裕二さん、私を奥さんだって。」

　嬉しそうに喋る亜美に裕二が返答する。

「亜美、そんな事より気を引き締めていけよ。」
「・・・・・わ、わかったわよ。」

　ふて腐れている亜美を横目に裕二が時間的な猶予を計算していた。

（１時間もあればいいかな・・・・）

　店員が裕二と亜美の所に戻ってきた。

「それでは、ご主人はパールというお部屋へお願いします。奥様は、スフィンクスというお部屋へお願いいたします。」
「わかった。」

　裕二と亜美は、それぞれ指定された部屋に向かった。

「じゃ、亜美、頼むぞ。」
「ええ。」

　裕二が、部屋に入ると既に真央は待っていた。

「いよいよだな。」
「ええ、ビデオは既に切り替えておいたわ。他の店員には気付かれないと思う。」
「そうか。」
「美貢にも話しておいたわ。」
「・・・・・」
「半信半疑だったけどね。」
「・・・心配するな。必ず朗報を入れてやれるさ。」
「・・・・・ええ。」

　一方、亜美は、まだ部屋に入ってこない大塚を待っていた。
　既に、服を脱ぎベッドに座って部屋を見渡しながら、始めて見るＳＭ器具を珍しそうに見ている。

（どうやって使うのかしら？）

　しばらくすると部屋がノックされ大塚が入ってきた。

「いらっしゃいませ。ご指名を頂きありがとうございます。私、龍と言います。」
「あ・・は、はい。」

（コイツか・・・・見るからに陰険そうな男ね・・・）

　亜美は、大塚の風貌を見て性格を読み取ろうとしていく。
　大塚が、笑みを見せながら亜美に言葉を掛けてきた。

「お客様は、初めてですか？」
「え、ええ。」
「今日はお連れ様は？・・それとも単独ですか？」
「ええ、・・・その・・彼氏と・・」
「そうですか。プレーのご希望は、どういたしましょう。」
「あ・・そ、そのぅ・・・・私、よく解らなくて・・・・あの、お任せします。」
「そうですか、解りました。それではプレーをご説明いたしますので聞いていてください。」

　大塚が、道具を指差しながら亜美に説明を始める。
　亜美は、説明するプレー内容に驚きながら静かに大塚の話に耳を傾けた。