（２７）

　週明け、康平に結婚の承諾を得た裕二と亜美は、仕事帰りに美紀の店に寄っていた。

「えぇっ！‥‥‥本当なの亜美ちゃん。」
「ええ。先週の土曜日に裕二さんと父に報告に行ったの。」
「おめでとう。‥‥‥何故か自分の事のように嬉しいわ。」

　美紀が、涙を浮かべて喜んだ。
　康平が居なくなったあの時から、恵美子と共に毎日のように家に訪れ亜美の成長をずっと一緒に見届けてきてくれたのだ。
　美紀の喜ぶ気持ちも亜美は重々に理解していた。

「美紀さん、ありがとう。」

　美紀が、涙を拭きながら答えた。

「でも、いずれはそうなると思ったわ。」
「え‥‥なんで？」
「フフッ、だって、あなたたち、康平さんや礼子さんとそっくりなんだもの。」
「そうかなぁー？」
「ええ。前に私が香坂君を康平さんと雰囲気がよく似てるって言ったでしょ。」

　香坂を見ながら喋る美紀‥‥

「あ、はい。」
「雰囲気だけじゃないのよ。香坂君は性格も考え方も康平さんと似てるわ。礼子さんの娘である亜美ちゃんが香坂君を好きになったのは道理なのよ。」
「‥‥‥‥」
「あなたたち、結婚する事によって、大事な何かを掴めると思うわ。」

（美紀さん‥‥荒尾さんと同じ事を‥‥やはり美紀さんも解っているんだな。）

　裕二は思った。美紀も肝心な部分を知っているのだと。
　それを言わないのは、遠まわししているのではなく、自分達で気付かなければ意味がないと考えているからであろう。

　裕二と亜美は、１時間程して店を出た。

「そう言えば亜美、具体的な話も練っておかなくちゃいかんな。」
「そうね。でも、週末に裕二さんのご両親に、まず会わないと。」
「ああ、あれから直ぐ話はしておいた。えらく喜んでいたよ。」
「そう、よかったわ。」
「亜美の両親にも無理言ってすまないと言っておいてくれ。」
「いいのよ。わざわざ九州から出てくるんですもの。お母さんも料理を作って待ってるって言ってたわ。」
「親父の野暮用が、挨拶日になっちまったな。」
「フフッ、そうね。」
「‥‥‥亜美、俺んとこ寄ってくか？」
「うん、そうしようかな。」

　亜美は、裕二の腕を組んで寄り添った。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「アァァァー‥‥ゆ、裕二さん‥‥‥もう‥‥ァァァァァ‥‥」

　裕二は、大きく足を開いた亜美の股間に舌を這わせていた。
　亜美は裕二の頭部に手をあて愛撫に耐えている‥‥‥

「‥‥裕二さん‥‥キ‥キテ‥‥‥‥は、早くぅ‥‥‥」

　裕二は、身体を起こすと足を抱え込み亜美と結合をした。

「ウァァァァァァー‥‥‥イィ‥‥ァァ‥‥‥」

　裕二の激しい出し入れに亜美の声も徐々に甲高い声に変わっていく‥‥‥‥
　亜美は、裕二の首にしがみ付いて足を腰に巻きつけていた。

「‥‥‥ゥッ‥‥アァァァァァー‥‥」
「亜美‥‥」

　亜美が、裕二の舌を貪った。
　激しく絡め合う二人‥‥
　亜美のボルテージは、ますます上がり身体が小刻みに震え出した。
　亜美から昇りつめる兆候が確認できた‥‥

「‥‥ァァ‥ァァァァァ‥‥‥‥‥ゥゥゥゥゥゥゥ‥‥‥‥」
「亜美、俺も‥‥限界だ‥‥」

　裕二の声に亜美が堪えきれず絶叫した。

「ゥゥゥ‥‥イ‥‥イ‥‥‥‥‥ゆ、‥‥裕二‥‥さ‥‥‥‥ァァ‥‥‥‥アァ‥‥イィ‥‥‥イク‥イク‥アァァァァァァァァァーッ‥‥」

　裕二も亜美の昇天を確認し、肉棒を引き抜くと恥丘に爆弾を放出した。
　無意識に亜美の手が恥丘に延びた‥‥‥
　裕二の放出した液体を手の平で陰毛に擦りつけていく。
　まだ亜美の下半身は微妙に痙攣していた。

「亜美‥‥凄い締め付けだったぞ。」

　亜美は、目を開けると息を弾ませながら応えた。

「‥‥‥もぉぅ‥‥‥裕二さんったら‥‥‥」

　そう言いながら裕二の肉棒に手をやり口に含んでいく。

「ぅ‥‥亜美っ‥‥‥」

　裕二は、手を伸ばして亜美の乳房を掴んだ。

「ンンーッ‥‥‥」

　さほど時間を要することなく裕二は復調していく。
　亜美は裕二を押し倒して、今度は自ら裕二に跨っていった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　結局、３回も淫宴を続け裕二と亜美はベッドにグッタリと横たわっていた。

「ふぅー‥‥亜美の身体を見てると何度も抱きたくなってくるぜ。」
「フフ‥‥嬉しいけど、チョット怖いかも‥‥」

　二人は、声を出して笑いあった。
　その時、裕二の携帯電話のベルが鳴った。

「ん？‥誰だ、こんな時間に。」
「センターからの着信音じゃないわね。」

　亜美の声に頷きながら壁に掛けてあるスーツのポケットから電話を取った。

「もしもし、香坂ですが。」
『遅くにごめんなさい。稲葉です。』

　電話はフェニックスの稲葉真央だった。

「‥‥‥ああ、真央さん‥‥だね。」
『ええ。』
「もう、店は落ち着いたかい。」
『ええ、‥‥なんとか‥‥』
「どうしたんだい？」
『実は、貴方にお願いがあるんだけど。』
「え？　俺に‥‥‥」
『ええ、電話では説明しづらいんで、一度あって貰えないかな？』
「ああ‥‥‥それは構わないけど。」
『私、明日休みなの。もしよければ‥‥』

　裕二は、明日の予定を頭に浮かばせた。
　特に、大事な業務はないと判断し午前中なら開いている事を真央に伝えた。

『ええ、私はいいわ。』
「わかった。じゃ、俺の勤めるセンタービルの７階に喫茶店があるんだ。そこで待ってるよ。」
『わかったわ。じゃ、その時間に行きます。』

　電話を切った裕二に亜美が問い掛けた。

「真央って、この間の？」
「ああ、何でも俺に相談があるらしい。深刻そうな感じだったな。」
「ふぅーん。なにかしら？」
「ま、明日わかるさ。」

　裕二は、そう言って亜美に抱きついた。

（２８）

　翌日、裕二は、課長の野口に断り、真央と会うべく下階の喫茶店に足を運んだ。

　店内に入り見渡すが、真央はまだ来ていないようだった。
　裕二は、窓際のテーブルに腰掛け真央を待つことにした。
　コーヒーを注文し煙草に火を付ける裕二‥‥

　ふと視界に映る自分を見ている女性がいることに気がついた。
　視線を合わせると裕二を見て微かに笑っている。

（？　何だこの女‥‥俺の顔が、そんなに可笑しいかよ‥‥‥‥‥‥‥‥）

　裕二は、無愛想に目をそらす。
　その時、その女性が立ち上がって裕二の席に座り込んだ。

「？！　あの‥すいませんが待ち合わせして‥る‥‥ん？‥‥あっ！」
「気付くのが遅いわよ。香坂さん。」
「ま、真央さん‥‥‥全然、解らなかったよ。」
「フフッ、あんな化粧を普段もしてるわけないじゃない。」
「‥ハ、ハハッ‥‥そりゃそうだ。」

　フェニックスでの真央の化粧は、まさにＳＭ女王張りの派手な化粧で、その格好で街を歩くことは、いくら真央でもしないだろう。
　裕二は、なかば自分に呆れながら真央に話し掛けた。

「ところで、真央さん、相談というのは？」
「ええ、相談というか‥‥‥‥お願いといった方がいいかもしれないけど‥」
「‥‥ま、俺に出来る事なら‥‥‥で、その願いというのは？」

　真央は、少々間を置いてから周りを見渡し小声で喋りだした。

「美貢‥‥知ってるでしょ？」
「ああ、見た事はないけど君の彼だった章一さんの妹だろ。」
「ええ。」
「で、彼女がどうしたんだい？」
「美貢の病気を治して欲しいの？」
「病気？‥‥‥‥も、もしかして‥‥‥ふ‥‥‥‥‥不感症‥‥」

　真央は、裕二のシドロモドロの言葉に頷く。

「ぇ‥‥えぇーっ‥」
「お願いっ、貴方しか頼める人がいないの。」
「でも‥普通は、そういう場合、婦人科とか精神内科とかに‥‥」
「行ったわよ。もう何十回も‥‥でも、駄目なのよ。私も、いつまでも美貢と暮らしてはいられないわ。」
「‥‥‥」
「私は、章ちゃんの事は、本当に吹っ切れているの。それは美貢も同じだけど、大塚に犯された事が、生活していくうえで美貢のネックになっているのよ。美貢に声を掛ける男性はたくさんいるわ。でも、いざ関係を持つと‥‥‥。」
「‥‥‥具体的にどうなるんだい？」
「一種の二重人格のように‥‥」
「例えば？」
「身体が硬直して、思っていないことを口走ったり暴れ出したり‥‥」

（‥‥‥んな、女性を抱けるかよ‥‥）

「私も何度も美貢に試したわ。」
「は‥‥どうやって？」
「‥‥そ、その‥‥レズ用の男性器付きのディルドショーツをつけて。」
「そ、それで。」
「意識が違うのよ。女性同士だから。」
「つまり、君となら大丈夫なのか。」
「ええ。でも、それが怖いの。美貢が本物のレズになってしまうわ。」
「一応、マン‥あ、いや‥‥その、アソコには受け入れることは可能なんだね。」
「ええ。でも、それが男性となると挿入もままならないようなの。」

　裕二は、悩んだ。
　いくらなんでも無愛想に断るわけにもいかない。
　まして違う男性を真央に紹介するのも失礼な行為だ。

「真央さん、少し考える時間をくれないかな？」
「え‥‥ええ。それはいいけど。」
「引き受けたとしても美貢さんが治るとは限らない。だから、今の時点では、即答を避けたいんだ。」
「わかったわ。」
「ところで、美貢さんは、いくつなんだい？」
「２６になった。」
「なるほど、そろそろ結婚を考えてもおかしくはないな。」
「要はそれなの。」
「‥‥‥‥ところで君は？」
「私は、独身でもいいのよ。というか結婚願望がないわ。章ちゃんと天国で結婚式を挙げないといけないしね。」
「ふぅーん、真央さん、イカした事を言うね。」

　そう言いながらコーヒーを啜る裕二‥‥

「でも、フェニックスで貴方にイカされたとき思ったわ。たまには、香坂さんに抱いてもらってもいいかなって。」

　コーヒーを吹き出す裕二‥‥
　咳き込みが止まらず裕二を見て周りの客が含み笑いをしている。

「だ、大丈夫、香坂さん。」

　何とか腹部に力をいれ顔を真赤にしながら裕二は咳を止めた。

「‥し、失礼‥‥」
「フフッ、私、変なこと言ったかしら。」
「いや、そうじゃないが‥‥‥」
「でも、香坂さん‥‥わたし貴方なら色々な意味で信用できるって思ったの。」
「‥‥‥‥‥え？」
「私、章ちゃんが死んでから相談できるような人間は居なかったし、心の中でも、誰かに頼って生きようなんて絶対思わなかったわ。」
「‥‥‥」
「何故か解らないけど、私の心の中で貴方には真意を喋っていいって感じてるの。」
「‥‥真央さん‥‥‥」
「ごめん‥変な事言っちゃったね。」
「いや‥」
「香坂さんも何かあったら遠慮なく言って。私、なんでも協力するわ。」
「ああ、‥‥ありがとう。」
「じゃ、私、行くわ。‥‥‥‥美貢のこと‥‥‥前向きで考えて。」

　裕二は、真央の言葉に軽く頷ずいた。

　真央は、バッグを肩に掛け店を出て行った。
　裕二は、グラスの水を喉に流し込みながら考えた。

（‥‥こりゃ、仮に引き受けたとしても正直、自信ないぜ。）

　それに、仕事ではなく、あくまでプライベートの問題である。
　時間的に無理があるし、何より亜美に説明しづらい‥‥‥
　婚約したばかりだし、任務でもないのに、いくら頼まれごとでも他の女性と身体の関係を持つことに裕二は気が引けていた。

（こうなったら、正直に亜美に説明するしかねぇな‥‥）

　裕二は、オフィスに戻って亜美に真央の依頼を話すことにした。
　駄目なら、真央にもはっきりと断ればいいと決心したのだ。

　オフィスに戻った裕二が亜美を探した。

（あれ‥‥いねぇな‥‥）

「翔子君、亜美は？」
「あ、香坂係長、フフ、婚約したばかりで亜美の処動が気になるようですね。」
「馬鹿言ってんじゃないよ。話があるだけだ。」
「亜美は、加納係長と出かけましたよ。例の偽装契約の関係で‥‥」
「ああ、そうか‥‥‥ＨＩＨ銀行の？」
「ええ。」

　裕二は、別に後から話せば言いと思い自席デスクに戻った。
　腕を組んで、暫し天井を見つめる裕二‥‥

（‥‥やはり、言い難いな‥‥‥かといって黙って承諾するわけにもいかんし。）

「香坂っ。」

　遠藤が裕二を呼んでいる。
　しかし、思考に集中しているのか遠藤の声が聞こえないでいた。

「おい、香坂‥‥‥‥香坂っ！」
「‥あ、は、はいっ！」
「なんだ、考え事か？　‥‥ちょっと来てくれ。」
「はい。」

　裕二は、急いで局長室に入っていった。

「失礼します。」
「ああ、ま、掛けろ。」
「はい。」

　ソファに座る裕二‥‥‥
　遠藤は、煙草をくわえたまま裕二の前に座った。

「所長、何か？」
「ああ、特にこれといったわけじゃないんだが‥‥‥」
「は、はぁ‥‥」
「いや、実は昨日の晩、局長‥‥あ、いや荒尾常務から電話があってな‥‥」
「え、荒尾さん‥‥から？」
「ああ。お前と亜美君が、結婚をする報告に行ったときにお前に足りない部分があるという話を聞かなかったか？」
「ええ。言われました。」
「んむ‥‥ま、俺から何気に言っておいてくれと頼まれてな。」
「え？‥ど‥‥どういう。」
「仕事だけでの成長は、無いと言っておいてくれといわれてな。」
「え！」
「ま、内容は別として、こういう仕事についていると自分自身との葛藤が多い。まして、普通では考えられないよう事もあるし、ある程度の犠牲は付き物だ。」
「‥‥‥」
「特に、結婚が決まり新生活が始まる前までは、人間というのは危険を避けたがる。」
「！」
「常務の言わんとする事は‥‥‥‥‥あ‥‥いや、ま、それは自分で考えろ。」

（‥‥しょ‥所長‥‥）

「んー‥‥ま、それだけだ。」
「はい‥‥‥所長、ありがとうございます。」

　裕二は、そう言うと頭を下げて局長室を出た。
　裕二の背中を眼で追う遠藤‥‥

（しかし、常務も１日で香坂の素質を見抜いたか‥鏑木といい、香坂といい‥‥）

　遠藤は、苦笑いをしながら呟いた。

「やれ、やれ‥‥‥それにしても常務も‥‥‥」

　そう言いながら、遠藤は、声を出して笑い始めた。

　裕二は、何かが吹っ切れた感じだった。

（危険を避けたがる‥‥仕事だけでの成長はない‥‥か‥‥‥‥‥よぉーしっ‥）

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　ちょうど昼を迎えた頃、洋子と亜美がセンターに戻ってきた。
　待ちかねてた裕二は、亜美を早速、社員食堂に誘った。
　洋子が二人に口ずさむ‥‥

「まぁ、羨ましいこと‥‥‥私も洋さんと行こうっと。」
「係長も補佐に甘えてくださいねぇー。」

　亜美は、そう言いながら裕二の後を追った。
　小走りで裕二に追いつく亜美‥‥裕二の後姿がいつもと違って見える。

（？‥‥‥何か‥‥おかしいな‥‥）

　亜美は、裕二の背中が別人に見えた。
　妙に裕二の雰囲気に違いを感じるのだ。

　食堂に入った裕二と亜美は定食を注文した。
　裕二が、亜美を見つめる。

　亜美は、明らかに、昨日までとは違う裕二の顔つきと身体全体から醸し出す雰囲気に戸惑っていた。

「‥‥ゆ、裕二さん‥‥‥‥な‥なにか‥‥あった‥の？」

　裕二は、コップの水を一気に飲むと亜美の眼を見据えて話を始めた。